星野源、話題にならないらしい「キッチン」を聴いて。

ばかのうた
星野源
ビクターエンタテインメント
2010-06-23


今回は星野源の1stアルバム「ばかのうた」に収録されている「キッチン」を取り上げてみたい。ラジオ『星野源のオールナイトニッポン』にて、星野源自身が”話題にならない曲…”と言っていたのを受け、当ブログでしっかりと話題にしてみたいと思う(笑)。本人も言っていた通り、ライブでやっていたのを聴いた覚えはないし、割と地味な曲なのでファンの間でも人気のある曲というわけではないと思う。この曲に限らず、初期の「ばかのうた」収録曲は、SAKEROCK時代のテイストも強く残る素朴な味わいで、しみじみと、じわじわ心に響く曲が多いと感じる。MVやダンスがあるわけでもなく、地味で話題にならないかもしれないが(笑)、今では書けない、当時の星野源ならではのセンスと感性が光る、実直で素朴な名曲だと思う。

※参考 ラジオ『星野源のオールナイトニッポン』 筆者要約文
・2018年9月11日放送分
ライブでも全然やったことのない曲なんですが…。これを作った8年前…もう8年前か。夏から秋にかけて涼しくなってきて、こう、寂しいというか、胃の辺りに穴があいているようなあの感じを曲に込められたのではないかと思っておりましたが…誰も話題にしてくれないという記憶がとても強いこの曲を…。
(曲終わり)これ失恋の歌なんですよ。失恋というか、お別れをした後の歌なんです。それまでの人生の中で付き合っていた人と別れた時のことを思いながら…まだ家の中にその人の雰囲気が若干残っている、その人が作っていったご飯の感じがちょっと残っているという、そういう感じを思いながら、切ない思い出を持っているんだけど、きっとこれも忘れていくんだろうなと、そういう歌を作ろうと思って作ったのが「キッチン」という歌です。


●「キッチン」(2010年6月23日発売アルバム「ばかのうた」収録曲)

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ラジオで本人が語っていた通り、この曲は夏の終わりから秋の始まり頃の曲で、この季節独特の切なさと、大切な人との別れという切なさを重ねた、ダブルで切ない楽曲である。直接的に相手への思いを伝えるでもなく、”別れ”や”さよなら”といった直接的な表現を用いるでもなく、部屋の中のキッチンの描写だけで切なさを描き出す歌詞の秀逸さが光る作品だと思う。しかも、今感じている切なさが刹那的なもので、”いつかはこの切なさも忘れてしまうのだ”という客観的なクールさも持ち合わせているところが星野源らしい。感受性豊かだけれども、ひどく現実的というか、そういうところがあると思う。

「ふと気づくと キッチンで寝ていた
 昨日の料理 捨てずに眺めていた
 秋の風が 硝子を叩いた
 胸の穴が ポッカリと風を通した
 
 昨夜を境に 時が止まったかのように
 同じ言葉が 繰り返し部屋の中 巡る
 おかずの匂いだけを残して」(1番Aメロ、サビ)


この歌詞には、”僕”や”あなた”すらも出てこない。それでもはっきりと2人の存在が目に浮かぶような、何なら、ショートドラマの脚本ひとつでも書けそうな、そんな物語性がある。

「ふと気づくと キッチンで寝ていた」ということは、普通はない。酒でも飲み過ぎたか、魂が抜けるようなショックな出来事があって、時間を忘れてぼーっとしてしまった時くらいなものだろう。事件が起きたのはついさきほど、「昨夜」の出来事で、「昨日の料理 捨てずに眺めていた」ら、もう明け方になっていた。この間まで暑い暑いと寝苦しい夜を過ごしていたのに、「秋の風が」「胸の穴」を通り抜ける季節となっていたらしい。

大切な人との別れのあとは、ついつい”あの時こう言えていたら…”、”あの時のあの態度に気づいていたら…”などと、後悔したり過去に戻ってやり直せたらいいのに、といった思いが湧き上がってくるもので、相手に言われた「同じ言葉が 繰り返し部屋の中 巡る」ような状況というのは容易に想像できる。それはつい数時間前の出来事で、いつも通り仲良く夕飯を食べていた(と自分では思っていた)時の、あの「おかずの匂い」は、今も生々しく鼻を突き刺してくる。嗅覚というのは大脳辺縁系に直接伝わるため、記憶と直結していると言われるが、「昨夜」「おかずの匂い」はこの日の出来事と密接に結びつき、同じ「おかずの匂い」を嗅ぐたびに、この日の記憶が呼び起こされるのだろう。


切ない胸の苦しみ…でも、この思いを忘れてしまうこともまた、切ない。

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「ごみの袋開けて 捨てよう
 はみ出している思い出 入りきらず
 
 いつかなにも 覚えていなくなるように
 今の気持ちも 忘れてしまうのかな きっと
 腐った体だけを残して

 いつかなにも なかったかのような顔で
 飯を食べて 幸せだなどとほざくだろう
 
 つないだ右手 深く沈めて
 笑った記憶 川に流して
 安い思い出 静かに消えて
 おかずの匂いだけを残して」(2番Aメロ、サビ、ラストサビ)


現実を直視し、とりあえず「昨日の料理」を捨てようと「ごみの袋開けて 捨てよう」と試みる。物理的に「昨日の料理」「捨て」ることはできるが、「はみ出している思い出」まで「捨て」きることはできなかった…。

次のサビでは、自分が死んでしまう時のことを想像しているようだ。肉体が「腐った体」になるように、切ない「今の気持ち」「忘れてしまうのかな」ということだろう。この部分はとても複雑で、大切な人との別れという寂しさや切なさを感じつつ、そういったいわゆる”負の感情”みたいなものを、いつかは「忘れてしまう」ことにさえも寂しさや切なさを感じているという、そういった構造があるように思う。今感じている寂しさや切なさは苦しいけれど、でも「忘れ」たくはない。生きていればあらゆる気持ちや感情を抱くのは当たり前で、悲しいから嫌だとか切ないから忘れたいとか、そういう単純なものでもなく、どんな気持ちや感情や思い出も尊いものとして大切にしようという、そんな思いを読み取った。

次の部分では、「いつか」「飯を食べ」た時に、今日のことを「忘れ」「幸せだなどとほざく」時が来ることを想像している。「ほざく」と言っていることから、そのことに対してあまりポジティブにとらえていないような印象を受ける。多くの場合、”別れて悲しい…切ない…”と感情に飲まれて、悲劇のヒロインぶって落ち込んでいても、時間が経てばケロッとしているものだ。所詮、今感じている感情はその程度のもの。”でも、人間そんなものだ”という思い、とはいえ今の切なさも苦しいので、”時が経てば忘れられるさ”と自らを励ますような、そんな思いもあるのではないかと感じた。

ラストサビはとても印象的で、リスナーの心にも「おかずの匂いだけを残して」去るような、そんな名歌詞だと思う。楽しかった「記憶」「思い出」は時が経てば色褪せていくものだが、この日の寂しさ・切なさと密接に結びついた「おかずの匂い」はずっと心に留まり続けるのだろう。

時が流れ、この日の出来事をすっかり忘れて「幸せだなどとほざく」日々がやってきた9月のある日、帰りに近くの家から「おかずの匂い」が漂ってくる。それは紛れもなく、彼女の作ったあの「おかずの匂い」だった。”あの子もお母さんになって、大切な家族に得意の料理を振る舞っているのだな…”。ショートストーリーはそんなシーンで幕を閉じる。

「キッチン」
歌手名・作詞・作曲:星野源

歌詞サイトはこちら

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