サカナクション、アルバムのリード曲「忘れられないの」を聴いて。


今回は2019年6月19日に発売されたサカナクションのアルバム「834.194」に収録されたリード曲「忘れられないの」を取り上げてみたいと思う。この曲は2019年8月21日に8cmCDシングル盤としても発売された。80年代をテーマにしたPVの世界観を忠実に再現し、当時主流だった8cmCDという形態で発売することにしたらしい。PVは画面サイズも当時の比率を採用し、あえて映像の粗さを出すなど、こだわり抜かれている。ソフトバンクのCMソングにも起用されたタイアップ曲。
楽曲に関しては、これまでの楽曲にはなかったようなAOR的なアレンジで、かなり明るく軽快でポップな印象がある。歌詞については最も難産だったようで、この曲について歌詞ができずに苦悩したことが各種インタビューで語られていた。タイアップで使う部分が上手くできてしまったため、その後フル尺の1曲として仕上げるのに苦労したようである(「多分、風。」の時もそんなことを言っていた)。
歌詞の中身は、山口一郎が考える”ポップス”についてを歌っているような内容となっており、ユーミン氏とラジオで共演した際に言われたことが大きなヒントになっていると様々な媒体で語られていた。下記ラジオでも語られていたように、自分たちが今好きで愛している音楽の影響を受けて、現代に落とし込むということを真剣にやっていけば、5年後やその先に渡り評価されるようなもの(ユーミン氏が言うところの”ポップス”)になるのだという、そういった思いを表現し、形にしたような曲、それがこの「忘れられないの」なのだろう。

※参考 8cmCD盤「忘れられないの/モス」
忘れられないの/モス
サカナクション
ビクターエンタテインメント
2019-08-21


若い読者は見たことがないという人もいるかもしれない。カラオケバージョンも収録。筆者が初めて買ったCDも8cmCDだった…。封入特典として入っていたMVの演出コンテにも注目。こういったものを見たのは初めてなので面白いなと思った。

※参考 ソフトバンクのCM動画


本人も出演している。珍しくコミカルな役どころ。映像監督は田中裕介氏。

※参考 雑誌『MUSICA 2019年7月号』


山口一郎のロングインタビューの中の参考になりそうな部分を一部引用してみる。まずはAORという新しいジャンルに挑戦した経緯や理由については以下の通り。
「(略)新しい曲が生まれない中で、今までの曲でライヴのセットを構成していって。それを繰り返してると、その中で足りないピースみたいなものが明確にわかってくるんですよね。で、BPM160ぐらいで4つ打ちで楽しく盛り上がる速い曲をサカナクションでやりたいとは、今は誰も思ってない。となった時に、サカナクションというキャラクターでオーバーグラウンドに対して曲を発信するために、自分たちが許せるポップスであったり歌謡性みたいなものはどこにあるのかを考えて、メンバーも好きだし世の中的にも絶対に受け入れられるのはたぶんAORだなと。自分のメロディセンスも歌詞の世界観も含めてね。それでAORだったりシティポップだったりにチャレンジしたんですよ。(略)」

CM部分があまりに完璧にできてしまったため、その後曲を完成させるのに苦悩し、180パターンも歌詞を書いたとのこと。”完成”を感じた瞬間についてはこう語っている。
「(略)でもこの曲ができたなと思ったのは2Aの<素晴らしい日々よ/噛み続けてたガムを/夜になって吐き捨てた>っていう矛盾、そこの皮肉が書けた時に、もう大丈夫って思った。あとはリズムが美しければいいと思うくらい、自分の中でも納得できましたね」

※参考 ラジオ『サカナロックス』
・2019年6月14日放送分
「サカナクションのニューアルバム『834.194』を半解剖!」
https://www.tfm.co.jp/lock/sakana/index.php?itemid=13144&catid=27&catid=17

リスナーからの「忘れられないの」の感想メールを紹介したあと、山口一郎はこんなことを話していた。

「おー。上京の郷愁ということですけど、この曲が生まれるきっかけは、ユーミン(松任谷由実)さんとの出会いがあったんですね。ユーミンさんが、ポップスとは何かっていうのを僕に教えてくれたんですよ。「ポップスっていうのは、横並びじゃない。今、理解されることでもなく、遥か遠くにあって、人が手を伸ばしても届かないものでもない。5年後に理解されるものがポップスなのよ」って僕に言ってくれたんですね。じゃあ僕もその5年後に理解されるポップスを作ってみようっていうので、この「忘れられないの」を作りました。歌い始めの歌詞がタイトルになるっていう。しかも、シティ・ポップだったり、AORっていうものが若者たちの中で古き良きものとして聴かれてリバイバルしている中で、僕らが思う今のポップスと、当時の素晴らしき音楽をミックスしたらどこに行くのか…そして、5年先はどこに着地できるのかっていう思いで作ったのがこの曲なので。サカナLOCKS!やSCHOOL OF LOCK!のリスナーの皆さんにはいい感じに刺さるんじゃないかと思って作りました。(略)」


・2019年6月21日放送分
「ニューアルバム『834.194』発売!完成までの6年間を振り返ります。」
https://www.tfm.co.jp/lock/sakana/index.php?itemid=13184&catid=17&catid=17

「忘れられないの」の話題になった際の諏訪氏(放送作家)との会話。
諏訪「これはAORではあるんですか?」

山口「うん。1978年の、Bobby Caldwellっていう、日本でものすごく流行ったミュージシャンがいるんですよ。こういう音楽ってどういう構造で出来ているのかなとか、こういう時代の音楽ってどういう音楽があるのかなとか、これに影響を受けている人たちはどういう人たちなのかなっていろいろコンテキストを探しながら聴いていってたんですよ。山下達郎さんとか。」

諏訪「そうですね。今、山下達郎さんってまためっちゃ海外で評価されているって言っていましたね、横川さん。」

山口「そう。それが和物っていう形で山下達郎さんのレコードが出回って、めっちゃ高くなってるんですよ。日本に今はあんまりなくて、海外にいっちゃってるんで。」

諏訪「えー。」

山口「なぜ今、山下達郎さんの音楽が海外で再評価されているのかっていうのを分析した結果、僕らがたどり着いた答えは……つまり、山下達郎さんはあの時代に聴いて影響を受けていた音楽を本気で愛してそれを模倣したっていうか……本当にそのグルーヴを出そうとして試行錯誤して出来たのが当時のアルバムだと思うんですよ。なんだけど、日本人が感じているグルーヴと海外の人たちが感じているグルーヴって本質的に違うというか。」

諏訪「わ……」

山口「僕たちは、カスタネットを小学校で叩くわけじゃないですか。ドン、パ、ドン、パ、ドン、ドン、パッ!って。表のノリが日本人にはあるから、どうしてもそこでリズムを取るけど、海外の人は裏でとるというか……よく、踊るのがかっこいい人は裏でのっているとか言うけど、そういうのが本質的にあると。だから、海外の人が、日本人が真剣にカバーした時にその通りにならない違和感を今聴くと「何このグルーヴ!」ってなっている。そのずれが、いい意味で。僕らも今自分たちが愛してきた音楽だったり、美しい過去の音楽の影響を受けて、現代に落とし込むとどうなるのかなって真剣にやってさえいれば、今この時代にも、5年後にも10年後にも20年後にもちゃんと聴いてもらえるものになっているんじゃないかなっていう答えがあったんです。「忘れられないの」はそういうものにしようって、作っていたのがあります。」
※参考動画
Bobby Caldwell「What You Won't Do for Love」



●「忘れられないの」(2019年6月19日発売アルバム「834.194」収録曲)



山口一郎杉山清貴風のヘアスタイル&肩パッド衣装で踊る、斬新なMV。少し古臭いような、懐かしいような、それでいて新しいような、”良い違和感”を感じる作品となっている。コミカルで明るい雰囲気なので何も考えずに観て楽しめる、サカナクションにしては珍しいMVだ。
この曲だけでなくアルバム全体の歌詞に言えることだが、”忘れる”、”思い出(す)”、”ずっと昔”、”永遠”、”今”など、”記憶””時の経過”に関する単語が多いように感じる。「忘れられない」と感じるときは過去に意識が向いているし、「思い出」も過去を振り返る時に使う言葉だろう。

「忘れられないの

 春風で揺れる花
 手を振る君に見えた
 
 新しい街の
 この淋しさ
 いつかは
 思い出になるはずさ

 素晴らしい日々よ
 
 噛み続けてたガムを
 夜になって吐き捨てた

 つまらない日々も
 長い夜も
 いつかは
 思い出になるはずさ」(1番Aメロ)


1番冒頭のAメロ前半までがソフトバンクのCMに使われている尺であり、確かにここまでで一度完結している感はある。CMの内容が、上京してきた主人公が故郷の恋人を思い出すために動画を観ようとするが制限がかかり…という話なので、この部分の歌詞はその内容に沿ったものになっている。とは言え、この部分の歌詞は北海道から東京に上京してきたサカナクション自身にも重なる内容であり、アルバムのコンセプトにも合致したものであると言える。

続く「素晴らしい日々よ 噛み続けてたガムを 夜になって吐き捨てた」の部分について。上記雑誌『MUSICA』において、山口一郎「矛盾」「皮肉」と表現している。「素晴らしい日々」と言っておきながら、続く「噛み続けてたガムを 夜になって吐き捨てた」の部分はどちらかと言うとネガティブな印象を受ける歌詞だ。はじめは味のしていた「ガム」だが、だんだん味がしなくなっていき、退屈やマンネリを感じるようになる。そんな「ガム」「吐き捨て」ることで、「素晴らし」く退屈な「日々」や生き方・考え方から脱却しようという、そんな意図を読み取った。「素晴らしい日々」は時の経過や慣れ、飽きにより新鮮さが失われ、徐々に「つまらない日々」になっていく。そして、明けることはないのではないかと感じるほどの「長い夜」「いつかは 思い出になるはずさ」と言っている。その時は辛く、長く、永遠と思われるような時間も、時の経過によっていつしか(ポジティブな)「思い出」として語れるように、そして(創作の)糧にもなるというような意味かなと思った。


”ポップス”とは何か、深く理解したい。辿り着いた先の答えは…?

57fb55fca711f32ddcefdc3a077689b3_s

「ずっと
 ずっと
 隠してたけど

 ずっと昔の
 僕の答えをまた用意して

 夢みたいなこの日を
 千年に一回ぐらいの日を
 永遠にしたいこの日々を
 そう今も想ってるよ」(1番Bメロ、サビ)


1番Bメロ、語順を変えてみると、「ずっと昔の僕の答え」「ずっと ずっと 隠してたけど」「また用意して」ということになるだろうか。この部分は山口一郎”ポップス観”がとても出ている歌詞なのかなと思う。時代の一歩先を行くような感度の高い人が反応して、少し先の未来を先取りしているような作品を作りたいと考えていた山口一郎だが、それは、”ポップス”と呼べるものではないのではないかと考えていた。しかしある時、実はそれこそが、自分が深く知りたいと思っていた”ポップス”であると大先輩に言われたことにより自信がつき、”これがポップスである”と大手を振って「また用意して」作ったのがこの「忘れられないの」という楽曲ということなのだろう。今回考えを改めたわけではなく、「ずっと昔」からそれが「僕の答え」だったのだと。しかし、自信がなかったため「ずっと ずっと 隠してた」と。そういうことなのではないだろうか。
サビについては後述する。

何が”古く”て、何が”新しい”音楽?音楽への向き合い方に対する一つの答え…。

beach-1236581_640

「ずっと
 ずっと
 この言葉を

 ずっと昔の
 僕の答えを今用意して

 夢みたいなこの日を
 千年に一回ぐらいの日を
 永遠にしたいこの日々を
 そう今も想ってるよ
 
 夢みたいな夜の方
 千年に一回くらいの月を
 永遠にしたいこの夜を
 そう今も想ってるよ」(2番Bメロ、サビ)


2番Bメロは1番Bメロを一部変えたものとなっている。2番Bメロの「この言葉」とは一体何なのだろう?この曲のテーマが”ポップス”であることを考えると、「この言葉」”ポップス”という見方もできると思う。「ずっと ずっと この言葉を(考え続けてきた)」などと補足してみるとどうだろう。「この言葉」ポップスに対する「僕の答え」というのが、まさにこの曲であると見ることもできるのではないだろうか。

サビについて。「夢みたいなこの日」「千年に一回ぐらいの日」という歌詞は、1番の「素晴らしい日々」「つまらない日々」のくだりと相反するような表現だと思う。毎日を漫然と退屈に過ごすことも、すべての瞬間を「夢みたいなこの日」ととらえたり、「千年に一回ぐらいの日」ととらえて生きることもできる。同じ”一日”や”一瞬”をどうとらえて過ごすかは、それぞれの考え方によるものだ。毎日を「夢みたいな」日、「千年に一回ぐらいの日」ととらえ、それを「永遠にしたい」、つまりは全ての瞬間を素晴らしい二度とない日なのだというポジティブな気持ちで生きたいというような思いが読み取れた。退屈で辛い日々も、後から振り返れば「思い出」という糧になる。そう考えれば、無駄で価値のない日などないのだ。「そう今も」、つまりは昔から「想ってるよ」ということなのだろう。

ラストのサビはやや詩的で、サカナクションらしく「夜」の情景に置き換えている。「夢みたいな夜の方」という単語は実にサカナクションという感じで、「僕はいたって最後方」「ネイティブダンサー」)の歌詞を彷彿とさせる。

※参考記事



サビの部分の解釈だが、「日々」「夜」の描写を”音楽”に置き換えてみても面白いと思う。
「夢みたいなこの”音楽”
 千年に一回ぐらいの”音楽”
 永遠にしたいこの”音楽”
 そう今も想ってるよ」

どうだろう。これでも意味が通じるのではないだろうか。むしろこちらの方が主題に近いのかもしれない。山口一郎は、”音楽に古いとか新しいとかあるのだろうか?”ということを考え続けていたようで、究極のところ”音楽に古いも新しいもない”という結論に至ったのではないかと思う。もちろん、今聴いたら”○○年代っぽさ”が出ていて、”今風”ではないという音楽はたくさんあるだろう。しかしそれでもその音楽の本質的な価値や素晴らしさが失われるわけではない。本質的に素晴らしいものは「永遠に」残り聴かれ続けるので、退屈でつまらないものにはなり得ず、多数派にはならずとも、必ずその時代にその音楽が響く人はいるのである。

サカナクションの理想、野望として、彼らの音楽が長く聴かれ続け、”どうもあの曲が「忘れられないの」”と思ってもらいたい、ということがあるのだろう。そして、10年後、20年後の自分達が歌っていることを想像できるような、より大人っぽい雰囲気の楽曲にシフトしていくという意思表示の歌でもあったかもしれない。50歳、60歳になった時の彼らは「忘れられないの」を歌っているだろうか?その時代にこの曲はどのように響いているのだろう。”この曲って懐かしいけど、新しいよね”、そう言っている未来の若者の顔が目に浮かぶようである。


※おまけ 中学生レゴ動画作家Drop氏による完全再現作品(山口一郎正式発注)




「忘れられないの」
歌手名:サカナクション 作詞・作曲:山口一郎

歌詞サイトはこちら

※「834.194」収録曲も
 

 

 

 

 




※すべての記事一覧はこちら 

※ライブのレポ&感想記事
ライブ感想@幕張メッセ 2019年4月 (834.194)6.1chサラウンド公演
ライブ感想@六本木 2018年12月 魚図鑑ゼミナール・ビジュアルライブセッション
ライブ感想@幕張メッセ 2017年9月 10周年6.1chサラウンド公演

※サカナクション関連記事
「多分、風。」歌詞の意味&解釈
「目が明く藍色」歌詞の意味&解釈(その1)
「目が明く藍色」歌詞の意味&解釈(その2)
「シーラカンスと僕」歌詞の意味&解釈
「アイデンティティ」歌詞の意味&解釈
「スローモーション」歌詞の意味&解釈
「ネイティブダンサー」歌詞の意味&解釈
「魚図鑑」感想&レビュー記事
「アルクアラウンド」歌詞の意味&解釈
「フクロウ」歌詞の意味&解釈
「夜の東側」歌詞の意味&解釈
「エンドレス」歌詞の意味&解釈

※サカナクションのコラムも
【コラム】【サカナクション】夏フェスに関する山口一郎の思いに共感!サカナLOCKS!感想
【サカナクション】ストイックに音楽と向き合う山口一郎の"乙女座すぎる"アイデンティティ
【サカナクション】グッドナイト・プラネタリウムに行ってきた!感想とネタバレ(曲名伏せ字)
【NFパンチ】「音楽のススメ」議題について語る
【コラム】前を向こう!アーティストたちの下積み&デビュー当時エピソード