サカナクションの「仮面の街」を聴いて。
今回はサカナクションの2011年9月28日に発売されたアルバム「DocumentaLy」に収録されている「仮面の街」を取り上げてみたいと思う。この曲はサカナクションの曲の中でも、かなりわかりやすい楽曲と言えると思うし、(サカナクションを好むような人には特に)共感できるような内容なのではないだろうか。筆者が今になってこの曲を取り上げようと思ったのは、この曲の歌詞がこのコロナ禍において、より一層のリアリティをもって迫ってくるように感じたからだ。もともとこの曲の中で描かれているような人々の傾向はあったが、コロナ禍においてより如実に表れてきたような気がする。表面的には外面よく、同じ仮面(マスク)をしている人は仲間、同調圧力、他人をばい菌扱いするような心理…人間の心の中にある、目を背けたくなるような側面。コロナ禍でその名の通り”仮面の街”と化した現代社会に何を思う?
※参考 ベストアルバム「魚図鑑」
2018年に発売されたベストアルバム「魚図鑑」においては、中層、昼行性の魚として紹介されている。解説によると、メンバーが上京したての頃、知人の結婚パーティーに参加した時のエピソードがもとになっているとのこと。業界人の集まる場所やパーティーが初めてのことで、戸惑いを隠せなかった心象を歌にしているらしい。
※参考 雑誌『MUSICA 2011年11月号』
アルバムの全曲解説インタビューが掲載されている号。この曲に関する部分を一部引用してみる。(発言者部分は筆者アレンジ)
(山口)「そうです。歌詞の内容もシニカルだし。……僕は誰かと接する時に、ガチで接したい人間なんです。でも、人と出会う機会が多いと、やっぱり接触で終わっちゃうことのほうが多くて。それがずっとフラストレーションになってて、そういう気持ちを歌詞に書いたんですよ。そしたら、初めてメンバーから『歌詞が嫌だ』って言われた」(インタビュアー)「それはこの歌詞が意地悪過ぎるってこと?」(山口)「そう。でも僕は自分が日常で感じたことしか歌えないし、ポジティヴなことだけ歌うのは絶対嫌だし。ネガティヴなことを歌うほうが表現に近いと思ってる節もあるしね。だから僕の中では自然に書いたんですけど、みんなには結構パンチがあったみたい。まぁたぶん心配になったんだと思うんですけど……でも、嫌だって言われたことは凄い嬉しかった。初めて言われたから。みんながちゃんと歌詞に対して考えてくれてんだっていうのを感じたんですよね。」
●「仮面の街」(2011年9月28日発売アルバム「DocumentaLy」収録曲)
コロナ前はたくさんの人が集まるパーティで表面的なあいさつや名刺交換をし、”機会があればよろしく”などと言って握手を交わすシーンは東京のそこかしこにあったものと思われる。2021年現在、そういう機会はめっきりなくなってしまったし、今後またそういう世界が現れるのかは未知数だ。アルバム「DocumentaLy」が発売されたのは2011年、タイトル通り、”時代を切り取ったドキュメンタリー”のようなアルバムとのことだったが、今後人が集まることや人と人とが接触することが制限されるのが当たり前になってくると、”あの時代はそうだったね…”と思うようになるのかもしれない。まさかこんな未来が来るとは思いもしなかったが、2021年に振り返ると、非常に当時の”時代”を感じる曲であり、また、あり得ないほどのリアリティを持って共感もできるというのは面白いものだなと思う。
「つまらないのに僕は笑って 慣れた手つきで身振り手振りさ
さよならで振った手のひらを降ろさず次の誰かと握手
矛盾だらけの街は夕暮れ 満員電車を追いかけ飛ぶ鳥
仮面被ったスノッブばかり 僕は眠りたいんだ
笑って 笑って 笑ってたのにな
笑って 笑って 笑ってたのに泣いていたんだ」(1番Aメロ、サビ)
歌詞はわかりやすいので解説不要かと思う。1番Aメロはまさにパーティーにおける人々の”表面的”な振る舞いと、自分もその空気に触れると同じように振る舞ってしまう、そのことへの嫌悪感や違和感を表現しているように感じた。
続くAメロ「矛盾だらけの街は夕暮れ」とある。この「矛盾」とはどんなことだろう?一つは、「僕」自身の「矛盾」、すなわち違和感を感じつつも自分も業界人のように振舞ってしまうことへの「矛盾」、本心ではやりたくないのにそうしてしまうということではないだろうか。もう一つは、そういった”表面的”な振る舞いには「矛盾」があるということ、つまり本心では違うことを考えているのではないかという「矛盾」のことだろう。タイトル通り「仮面」を被っているということだ。
「満員電車を追いかけ飛ぶ鳥」という部分からは、「満員電車」という東京や都会の風物詩とも言える描写と、自由に大空を「飛ぶ鳥」という対比が読み取れ、この「僕」が「満員電車」内から「飛ぶ鳥」を見ていたとすると、人が多い都会への戸惑いや、鳥を”自由でいいなぁ…”と思ってしまうような、そういった気持ちが感じられた。
「仮面被ったスノッブばかり 僕は眠りたいんだ」の部分はかなりキツい歌詞だと思うが、言いたいことはよくわかる。「スノッブ」というのは、”俗物”や”気取った人”といった意味で、ネガティブな印象の言葉である。”表面的には素晴らしい人のように振舞っていても、中身は俗物なんだろ”、という気持ちなのだろう。慣れないパーティでどっと疲れてしまった「僕」。
自分はきれいで他人は汚い?そういう態度がトゲになるんじゃ…?!
「傷がついたらそれでさよなら 売れ残ったりんごになるだけ
トゲがある手で触らないでと言いたげな人の手にトゲ
矛盾だらけの街は夕暮れ 満員電車の遅延にも慣れ
仮面被ったスノッブばかり 僕はもう死んだんだ
笑って 笑って 笑ってたのにな
笑って 笑って 笑ってたのに泣いていたんだ」(2番Aメロ、サビ)
2番もきつい歌詞が続く。冒頭「傷がついたらそれでさよなら 売れ残ったりんごになるだけ」とある。この部分はミュージシャン(や俳優など表に出る人全般に言えることだが)が、持ち上げられもするが、ひとたび「傷がついたらそれでさよなら」となってしまうこと、つまり、売れる=利益になると判断されれば綺麗な「りんご」として売り出されるが、用なしになれば「売れ残っ」てしまうということを言っているのだと思う。ミュージシャンも「りんご」と同じ商品のように扱われるものなのかもしれない。
「トゲがある手で触らないでと言いたげな人の手にトゲ」の部分はとても秀逸で、コロナ禍においても非常にしっくりくる歌詞だ。今風に言えば「トゲ」はウイルスだろうか?自分のことは棚に上げるような態度や、他人をよく知り、見もしないで、偏見で判断するような態度のようにも見える。そういう態度が他人を傷つける「トゲ」になりうるし、そういう人々によって傷のついた「りんご」になってしまった人も大勢いるのではないだろうか。
続くAメロもかなりきつい。「矛盾だらけの街は夕暮れ 満員電車の遅延にも慣れ/仮面被ったスノッブばかり 僕はもう死んだんだ」とあり、1番から状況がより一層進んだことが伺える。「満員電車の遅延にも慣れ」てしまった「僕」。都会のマナーに染まってきてしまった。ついに「僕はもう死んだんだ」とまで言っている。「死んだ」「僕」というのは、表面的な振る舞いを嫌い、人とちゃんとぶつかりたいと思っていた「僕」だろうか。いつしか違和感を感じることもなく、心も無になり、仮面も本音もなくなってしまうのだろうか…。
自分らしくない自分の振る舞いに嫌悪感。いつしか仮面と一体化した、自分!?
「意味もないのに僕は笑って 慣れた手つきで君を触ったよ
汚れてないのになぜか手を洗いたくなってしまったんだ
笑って 笑って 笑ってたのにな
笑って 笑って 笑ってたのに泣いていたんだ」(ラストAメロ、サビ)
ラストで初めて「君」が出てくる。「意味もないのに僕は笑って 慣れた手つきで君を触ったよ/汚れてないのになぜか手を洗いたくなってしまったんだ」とあるが、この部分もコロナ禍っぽい歌詞だ。「意味もないのに笑っ」た「僕」は、ありのままではなく「仮面」を被った姿だったのではないかと思う。都会に染まる前の「僕」なら「慣れた手つきで君を触」ることはなかっただろうから。
「汚れてないのになぜか手を洗いたくなってしまったんだ」の部分からは、非常に潔癖で、何かを嫌悪する気持ちが読み取れる。都会に染まって、都会的な振る舞いを自然とするようになってしまった自分に対する嫌悪感なのではないかと思う。「手を洗」おうとすることは、「仮面」を剥がそうとする行為にもつながると思った。なんか自分が嘘くさい、という気持ち悪さ。嫌悪していた対象に自分もなりつつあることへの抵抗感。
そして女性メインコーラスのサビ。「笑って 笑って 笑ってたのにな/笑って 笑って 笑ってたのに泣いていたんだ」とある。「仮面」を被って表面的には「笑ってた」けれども、心の中では「泣いていた」ということなのだろう。ありのままの自分で生きられていなかった、ありのままの思いや感情を表現できていなかったのだ。ラストで「君」が登場することによって、若干恋愛っぽい空気が出てくるが、”表面的な付き合いしかできていなかった”恋愛という意味では、「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」と似たようなテーマ性も感じられる。
※参考記事
”触る”、”汚い”、”洗う”、”仮面”といったワードと、他人との関係性、人間の心理描写なども相まって、2020・2021年のコロナ禍においても、時代を反映した、何か感じる所のある楽曲だなと思った。マスク半強制の現代社会はまさに、「仮面の街」そのもの。物理的に仮面を被るのが当たり前になることは、心の在り方や人間関係構築にも徐々に影響を与えてくるだろう。サカナクションにはぜひ、「仮面の街(2021)」バージョンなども作ってほしいものである。
「仮面の街」
歌手名:サカナクション、作詞・作曲:山口一郎
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