2005年07月

2005年07月31日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(9)_市民記者は暇人の集まりではない。

わたしが考えているのは、駅のホームの階段の下で困っている車椅子の人を、みんなで力を合わせてホームまで持ち上げるようなこと。そんなときに名乗る人なんかいません。誰か人に親切にしたときに名乗るような人は、ちょっとおかしな人。

世の中には、功名心のために動く人もいるでしょう。
でも逆に、立場にしばられて発言できないだけではなく、「目立ちたくないから発言しない」。「売名行為と思われるから発言しない」という人も多い。

匿名にする理由は、名前を知らすことがはばかられる恥知らずのゆえではなく、「名乗るに及ばず」という個人のプライドの現れの場合もある。



市民記者活動を暇人の活動ととらえる人がいる。曰く、市民記者は余った時間に記事を書くから、既存のマスコミと対峙するような勢力にはならない。と。
マズローの欲望段階説をひきあいに出し、衣食足りた人が市民記事を投稿するのであって、記事数が少ないのは登録者が日々の生活に忙殺されているからだと…。

インターネット上で、反論は機能しないが、あえて私は反論を試みる。

作詞家・小説家のなかにしれい氏は、「豊かな世の中でしか芸術は必要とされない」という言葉に反発している。彼は著作の中で次のように述べている。
満州からの引揚船の中で、りんごの歌を聴いた。何もかも失い茫然自失した彼の心は、その明るい歌詞に反発した。だが、それでも尚、あの歌が辛い状況を乗り越えるために、日本中の人たちが必死に歌っていることに気づいたという。りんごの歌が芸術かどうかは分からない。だが、カラオケのCMではないが、辛いとき程うたいたいのだ。
たしかにレーニンは大金持ちだったし、太宰治は東北の金持ちのボンボンだった。だが、それでも尚、生活が安穏としている人しか書かない、書こうとしないというのは、間違っていると思える。そして、ほとんどの場合、国民的な歌や文学作品が生まれるときは、その国家が存亡の危機にさらされたときというのは、歴史が証明している。

いまの日本が平和であり、生活に困らない豊かな社会と考える人も多いだろう。だが、それは一部の富裕層に属している人たちの意見に過ぎない。リストラで自殺する人、会社が倒産して自殺する人。そのような社会の現実を知っている若者たちが大人の社会に入っていこうとせず、NEETを決め込むのも当然のことと思える。
外国と比べることも意味はない。否、外国と比べるならば、私たちの国が理想の国とは程遠いことを、出生率の低下が端的にあらわしていると考えることはできないだろうか。



市民記者の記事の投稿が、自らの自己実現を第一目標にされるなら私の意見は空論だ。しかし、市民記者が社会的有益性を第一目標に投稿されるならば、私の考えも間違っていないと考える。

市民記者とは、誰かに向かって歌いたい人である。
カラオケルームで一人歌いたいような人は、ブログでかまわない。また、沢山の人に向かって歌うための訓練として、ブログで修行している人もいるだろう。
勿論、ブロガーの中にも社会的に意義がある情報発信をしたい人はいるだろうから、それは市民記者媒体とコラボレーションをすればいい。

市民記者とブロガーの違い・位置づけを私はそう考える。

2005年07月30日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(8)

私が考える市民参加型ジャーナリズムの記事の一般的なタイプは、ニュースショーなどでスタジオと回線からつながれたテレビでの現場からのレポートだ。現場のレポーターは、客観的な立場から現場をリポートするが、最終的にはスタジオのアンカーマンから感想を聞かれ、自分の意見を述べる。そういう按配が標準であって、新聞の三面記事のような記者の視点はおろか、記者が存在さえしないような記事は興ざめだと思う。
そして、記者の中には、木村太郎氏や田原総一朗氏のように自分の意見を大々的に述べる記者もいるだろう。

たんなる感想でも記事としては成立するのだろうが、私は感想だけの記事は書かない。そう読んでもらえなければ自分の筆力を反省するしかないのだが、たとえテレビ番組を取り上げる場合でも、問題点を指摘し、現状の改善を求める取り上げ方をしてきた。テレビ番組の社会的な影響力を考えれば、問題を指摘することは意味があると考える。
私は、そうした記事の有用性こそ、市民が重い腰をあげて参加する新しいメディアの意義だと思う。
もし、市民記者が自分の感想を述べることだけで終わってしまうのならば、それは有名になりたいという自分の欲望に他者を巻き込むことにしかならない。そういうものも全否定はしないが、そういうものが横溢するようなメディアの有用性は低いと思う。
日本人は四季とともに生活しているから、花鳥風月を記事にすることもいいだろう。また、そういうものは新人市民記者がはじめて記事をあげるには格好の題材だと思う。でも、だからといって、そういうものばかりでメディアを埋め尽くしていこうという姿勢には納得がいかないのである。

2005年07月28日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(7)_市民記者はスーパーマンだ。

私が市民参加型ジャーナリズムに求めているのは、八百屋屋のご主人が八百屋の記事を書くこと。
ただ、ここが微妙な話なのだが、八百屋屋のご主人がジャーナリストになるのではない。八百屋屋のご主人が八百屋のご主人のまま記事を書くことが重要なのだ。と、前々回に書いた。

世田谷区にはオンブズマン活動に熱心なパン屋さんがいる。彼は、熱心なあまり、パン屋さんでありながら地方議員になってしまった。たしかにパン屋のご主人のまま物を言う市民になったといえるのだが、彼のお店は、物を言うパン屋さんになってしまって、もう市井の市民ではなくなってしまったと思える。いうなればパン屋さんの地方議員。彼の市民オンブズマン活動を尊敬する人たちもいるが、市井の市民感覚とは、距離感ができてしまっているとも思える。



私がイメージするのは、サラリーマンのクラーク・ケント氏が背広を脱ぐとスーパーマンに変身すること。
さえないクラーク氏を知る人は、仰ぎ見るスーパーマンを彼だと思う人はいない。彼の彼女だけ「おやっ」と首をかしげる。そんな世界だ。そして、クラーク氏本人も有名になること、英雄になることを良しとしない。
アメリカ人の人生の目標は英雄になることだというが、スーパーマンのストーリーを見る限り、そう単純ではないと思えてくる。

市民が社会悪と戦う場合、その戦いは人生の長い時間から比べればほんの一瞬の出来事だと思う。その一瞬のために、告発者や情報提供者が自分の人生でこつこつと積み上げてきたすべてを失うのだとしたら、それは避けるべきである。また、そういうシステムが構築されない限り、市民参加型ジャーナリズムは隆盛しないと考える。

思えば、ウルトラマンは3分しか戦わないし、科学特捜隊のハヤタ隊員もさえない若手隊員といった位置づけだった。ただ、クラーク氏もハヤタ氏も、悪と戦う勇気を心に秘めていた。
そういう勇気の受け皿が市民参加型ジャーナリズム媒体だと考えている。

2005年07月27日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(6)_市民記者は妙好人

鈴木大拙の「妙好人」などを例にあげて、訳が分からないという人もいるだろう。妙好人とは、念仏を唱えることが生活の中の一部となっている市井の人たちとでもいうのだろうか。大拙氏は、経を読み、長年修行した位の高い僧よりも、妙好人の方が仏教の本質を理解していて、魂のグレードも高いことがあると紹介した。

私が市民参加型ジャーナリズムに求めているのは、魚屋のご主人が魚屋の記事を書くこと。
ただ、ここが微妙な話なのだが、魚屋のご主人がジャーナリストになるのではない。魚屋のご主人が魚屋のご主人のまま記事を書くことが重要なのだ。
勿論、魚屋のご主人が魚屋の商いの傍ら記事を書くのだから、商いに支障がでないとも限らない。市民参加型ジャーナリズム媒体は、魚屋のご主人が安心して書けるようなシステムを構築すべきである。間違っても、「実名でなければ真実の報道はありえない」などと乱暴に主張してはならない。

なぜなら、私たちは雪印という日本の大企業が瓦解した事件を経験している。社会悪ともいえる一企業の悪事を暴いたのは、西宮冷蔵という独立した倉庫業者の主だった。彼は自分の倉庫で悪事が行われていることを許せなかった。だから勇気を持ってマスコミに顧客の事件を告発した。だが、そのことは、大阪の商い道徳からいえば、違和感があったのだろう。彼の会社は営業がいきづまり、彼の人生は大きく挫折した。
このようなことが頻発するならば、社会正義を貫く人は居なくなり、社会には不正があふれるようになるばかりだ。たしかに西宮冷蔵の主は短慮ではあった。だが、彼の勇断をつかって大企業の社会悪を糾弾し、あるべき状態に導いていったマスコミや行政が、彼を見殺しにするのは非情すぎると思う。
せめて市民社会は、彼の勇気を讃えることをすべきではないか。

このケースなども、市民参加型ジャーナリズム媒体が知恵を出し合い、工夫することによって、告発者の被害を最小限に留めることができるのではないか。告発者が英雄になることを望まないならば、それほど難しいことではないと考える。

2005年07月26日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(5)_市民記者は自分の経験を書くのだ。

私が市民参加型ジャーナリズムにこだわっている理由を披露したい。

私は今村昌平監督がつくった映画の学校を卒業してから、テレビ・ラジオ・舞台などの仕事を経て、現在はビジネス関係の映像の制作をしている。修行時代は、ドラマなど人間の喜怒哀楽といった感情を扱う仕事だった。だが、ディレクターとなってからは、企業にとって有益な情報をいかに効率的に伝達するか。そして、伝達するだけではなく、それを消費行動などに結びつけるかということを目標に映像をつくってきた。
テレビやラジオでは受け手が感動したり、納得すればそれで成功。だが、ビジネスの世界では、受け手が行動を起こさなければクライアントを満足させない。その意味では、私にとってのコンテンツの意味は、大手メディアの住人たちが考える情報よりも、より実利性・ツール性が高いといってよいだろう。基本的な感覚として、納得しておしまい。感動しておしまいというメディアのあり方に不満があったのだ。
だから、私のホームページやブログや市民記者媒体の記事では、受け手である読者が何かの行動を促すキッカケとなるようなものでない場合には記事を書かない。ただ、それは理想であって、筆力不足で未完成で掲載された記事もあるし、諸般の事情によって、描写しかできなかったものもある。



さて、私がブログをスタートしたキッカケは次のようなことである。
私は娘の公園デビュー以来、さまざまな子育てに接してきた。その経験から、こういう子育てをすべきであるということがなんとなく分かってきたし、こういう子育てをした人は、こういうこどもになるということも明らかになってきた。
ある日、うちの娘があるクラスメートの女の子にいじめられて保育園に行きたくないという。保育園のいじめなんて、どっちが悪いという話ではない。いじめる方もいじめられる方もそれぞれの理由や問題を抱えているはず。そこで、娘の保育園のクラスメートの女の子のお母さんに、相談を持ちかけた。私は、うちの娘がいじめに弱い気持ちも打ち明けたし、そういう諍いがこどもの心を育てていくから、双方の親が情報を共有して、まずは静かに見守るべきであるという私の気持ちも訴えた。
すると、何日かたったお迎えの日に、そのお母さんのご主人が私を睨みつけた。私は、彼に近寄っていき、彼の怒りの理由を聞いた。彼の言い分は、「俺の女房に文句を言うな」そんなことだったと思う。
私は私なりに、自分の経験を披露して、こういうことをすると、こうなりますよ。と提案したつもりだった。
だが、私の提案は娘をとりまくコミュニケーションを悪化させることにしかならなかった。

同じようなことが、娘の成長にしたがって、さまざまな場所で起きた。その典型は、こどものための施設における環境問題だろう。私はその都度起きている問題を指摘し、進むべき方向を示唆したが、交渉先のほとんどは問題が発生していることすら認めなかった。



経験で人の考えが変わる。
私はそのことをおもしろいと思う。

たとえば、子育てをする前は、「怒ってはダメ。こどもは叱るの」というのが正しいと思っていた。
だが、実際に子育てをしてみると、子供を怒らないなんてことはまず無理。そして、叱るという行為は、アルプスの少女ハイジのロッテンマイヤーさんじゃないが、とっても冷たい行為に思えてくる。
勿論、怒るにも程度が必要。怒った場合にはその倍の愛情を注ぐ必要があったり、さまざまな注意が必要。それでもなお、怒るというのは、親の喜怒哀楽を見せることだから、すばらしいこと。もし、親が自分の喜怒哀楽をみせずに子育てをしていたとしたら、そのコミュニケーションって、イビツだと思う。



自分の経験から、他者に助言する。経験は事実であり、意見でないから、口論にはならないはず。でも、現実はそうではなかった。経験から導き出した考えに、相手は不快になったり、反論する。そして、起きている事実さえ、認めなかったりする。
まさに袋小路…。

そこで、私は、現実社会で、自分のまわりから、口コミ的に情報を発信することができないのなら、インターネットを使って、実生活で関係のない人に情報を伝達することで、少しでも日本の子育てのあり様を変えようと思った。もちろん、無名の自分が日本の社会を変えることなんかできるはずはない。
でも、10年ぐらい続けてみて、俺はやってみたけどダメだったんだ。と、娘と正々堂々と嘆くことはできる。
ジョン・レノンだって、世界に平和をもたらすことはできなかったんだから、それでいい。やらない理由にはならないと考えた。

そのようにして、ホームページをはじめたし、ブログをはじめた。そして、ブログを書き始めて1年にならない頃、ブログの記事が700に近づいた頃、なるべく多くの読者と出会いたい。そういう気持ちから六本木系の市民記者に応募した。



生活者でありながら記事を書くことは誰でもできること。
しかし、生活者でありながら読者を持つこと。
これはなかなかブロガーにはできないことだと思うのです。
そういう認識において、私は市民参加型ジャーナリズムに期待するし、それが日本では実現不可能などという認識に反旗を翻したいのです。



プロフェッショナルなブロガー(職能で記事を書く人)を集めるのが市民参加型ジャーナリズムではない。
かといって、主義主張のとりことなっている活動家たちの主戦場になるのが市民参加型ジャーナリズムでもない。(とはいえ、彼らを拒絶するのも市民参加型ジャーナリズムではないのですが…)

私は、鈴木大拙氏の著作「妙好人」のような市井の叡智を集めたものが、市民参加型ジャーナリズムの理想だと思いたい。著作の中での妙好人は、加賀の農家のおばあさんだったが、平成日本においては、労働者・生活者・消費者だと思うのです。

2005年07月25日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(4)_肩書きを捨てれば、誰でも市民記者になれる。

市民参加型ジャーナリズムの定義について、あえて厳密にしていない。それは、厳密に定義することによって、意味が狭まり、実現可能性を低めることにもなりかねないからだ。

とはいえ、私が考える、広義の市民参加型ジャーナリズムの定義をするならば、「メディアや組織の特権的な地位を背景に、市民が発信することに背を向けた行為」となる。

たとえば、小泉首相といえども、総理大臣の立場での発言と私人としての発言がある。彼が、息子の俳優が出演した番組の感想を述べるのは、私人としての発言であって総理大臣としての発言ではない。



そのように発想を転換すると、いままで無名の市民が発言することが市民参加型ジャーナリズムであるとばかり考えてきたが、すでにメディア発信力を持っている有名人であっても、そのパワーの源泉であるメディアや組織から決別を表明することで、独立した市民となり、市民参加型ジャーナリズムに加わることも、市民参加型ジャーナリズムのひとつの形であると考えられる。
そして、そのことが、市民参加型ジャーナリズムを早期に実現するための近道に違いないと感じる。



すでに書いてきたことであるが、既存のジャーナリストたちは、市民ジャーナリズムのスタートにあたり、自分たちの存在を危うくするという意識に捉われた。
既存メディアの編集委員である湯川氏は、そうした思いで本を書き、ブログをつくったと、私に語った。

彼らのうちのほとんどは無視を決め込んでいたが、その一部は、市民参加型ジャーナリズムの実際を見るにつけ、本気で原稿を鑑別したり、無視・軽蔑のコメントをした。文章の素人が市民が書いたものであるにも関わらずである。
だが、考えてみると、市民記者たちは、既存のジャーナリズムの受け手でもある。だから、既存のジャーナリストたちにとってのお客さんと敵対表明をすることは、長期的にみれば大きなデメリットがあるに違いない。

私が考える既存のジャーナリストたちのあるべき姿は、市民記者の筆力をなさを鑑別する側にまわるのではなく、自らの特権的に得た能力で、市民記者の援護をすることだと思われる。
そういうことを通じて、既存のメディアと市民参加型ジャーナリズムの友好関係がひらかれるし、ニュース全体に関する一般の興味ももりあがると思うのです。

既存のメディア人たちが、みずからの特権に気づき、その特権にあぐらを書いている自分を反省する。そういう既存のメディア側の行動も、市民参加型ジャーナリズムを成立させるための大きな要因になるだろうと考える。

追記:
昨日、フジテレビの局をあげての大イベントのグラントフィナーレを見たことが、私にこの記事を書かせたといってもよい。
つるべ氏の独白以降は、オンエア終了後にやるべきものだったと思う。
その中で女子アナウンサーが「フジテレビの社員でいることがこんなに幸せなんだ」と語った。私は、それは、「フジテレビの視聴者であることが幸福であること」を保障しないと思った。
メディアの一員であることの特権を自覚し、内省的に生きる。そういうメディア人たちが増えることを望みたい。
もっとも、ホリエモンからの一連の騒動で、そういうコーナーをつくりたかったフジテレビ首脳部の気持ちも理解する。…つらかったんだよね。

2005年07月24日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(3)_市民記者はいろいろあっていい。いろいろあっておもしろい。

否定論:
日本人は、聖徳太子の「和をもって尊しとなす」精神が人々の心に根付いており、議論そのものを嫌う傾向がある。

私の見解:
聖徳太子は何故、「和をもって尊となし」という言葉を残したのだろうか。
答えは明白である。当時の社会にいさかいや戦争が続発していたからである。社会に和があふれていたら、聖徳太子は和のことなど話題にするはずがないのだ。
たとえば、板垣退助が「板垣死すとも、自由は死せず」と語って死んだと言われている。もっとも、これは周りの人のつくり話という説が有力らしい。まぁ、真実として解釈するなら、板垣退助が死んだら、自由民権運動も終わってしまうと思ったから、そういう言葉を残したのだと思う。また、5.15事件の犬飼首相は、「話せば分かる」と言って銃弾に倒れた。

私が思うに、言葉とは本来、現実を追うものではなく、現実に立ち向かうものであることが多いのだ。
では、「和をもって尊となし」の精神が宿った日本で、戦乱はなかったのか。集団の中で内乱はなかったのだろうか…。



アメリカなど他民族国家で文化的に同質性の低い社会では、御互いの異質性は当然のことなのであまり気にならない。構成員たちは、御互いの異質性には目をつぶり、御互いの限られた同質性を見つけ出し、共有することによって融和し・親睦を深める。
一方、日本は単一民族国家であり、文化的に同質性の高い社会である。そこでは互いが同じであることは当然のことだから、御互いの些細な違いを見つけることが、構成員同士のわだかまりにつながる。そういう経験の蓄積から、構成員たちは自らの他者との差異を隠そうとするようになる。

アメリカの異質性の高い地域では、個が自分の立場を確保しようとするとき、自分の異質性を主張することが必要となる。異質性の高い社会では主張することによってのみ、自己の存在が明らかになるからだ。主張しない個は無視され、あたかも存在しないかのように扱われてしまう。
日本では、個が自分の立場を確保するために、自分の特異性を主張すると、その異質性によって集団から弾き出されてしまう。いわゆる、出る釘は打たれるという奴である。とはいえ、日本においても個においての充実がないわけではないし、特異的な個を社会に反映させたいという無意識も存在するから、「相手の気持ちを察する」とか「あうんの呼吸」などというもので、人事や社会の方向が決められていくのだと思う。

さて、アメリカを国際社会といいかえてもいいが、集団の異質性・同質性と個のアイデンティティーの確保に関わる問題について、私はそういうことだと思っている。ただし、異質性・同質性についてどのように基準を置くかで、まったく変わってしまう。また、現代において、社会はさまざまなカテゴリーや規模のものが重なり合いながら営まれているから、ことは単純ではない。

たとえば、私の属する社会・集団のことを考えても、日本という社会、地域社会、娘の保護者の社会、ビジネスマンとしての社会、性別、年代などさまざまな社会・集団に含まれていると思う。そして、それぞれの中で、集団の異質性と同質性は異なり、私の存在もマジョリティーの側にいたりマイナーな存在だったりする。

つまりは、日本を同質性の高い国家であると決め付けてしまうところに、論の乱暴さがあり、それがひいては「和をもって尊なし」という思い込みになっていると思うのです。



平均な人間などどこにもいないし、平凡な人間などどこにもいない。
そのことをすべての日本人が体験しているはずなのに、教育関係者をはじめとして、十ぱ一からげにして扱っている。そういう乱暴な思考が日本人は同質性の高い社会だという社会通念を高めている。

日本の社会が同質性の高い社会だとしても、それは国際社会や多民族国家に比べての話であって、日本の社会を単独で見れば、貧富の差、地域の差、個性の差、性別の差、宗教の差などけっして同質性が高いとは言い切れない。



インターネットにおける市民参加型メディアが、多様な異質性を認める方向で運営されるならば、市民参加型ジャーナリズムは成立すると考える。
私が考える一つの障壁は、日本人の行動パターンのひとつとして、安易にまとめや合議・合意を求める習慣があることだ。
たとえば、ブログにおいて、意見が並立することを念頭に開発されたTBというシステムがあるが、そういうシステムがあっても、いつしか当事者同士で論争がはじまってしまう。本来は、それぞれのブログの読み手たちが勝敗を判断すべきなのに、ブログの書き手同士が戦いをはじめてしまうのだ…。



煎じ詰めれば、人と人は分かり合えない−−−。
そういう諦念のうえにしか、新しい市民参加型ジャーナリズムが成立しないと確信する。

2005年07月23日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(2)_すでに成功した市民記者媒体は存在する。

私がまず指摘したいのは、コミュニケーションツールとして無限の可能性を秘めているインターネットといえども、ユーザーは限定された与えられたメニューの中から、自分の好みにあったものを利用しているに過ぎないということ。
いまの市民参加型ジャーナリズムの状況は、せいぜい従業員食堂でA定食かB定食かの選択がある程度。だから、みんな従業員食堂で食べないで、会社外の店で食べたり、御弁当を持ってきたりする…。



わたしが注目する、無名市民の書き込みが隆盛なサイトの代表的なものは、以下である。
・カカクコム
・2ちゃんねる
・みんなの就職活動日記
それぞれが、書く人間の心をとらえて書き込みが盛んだ。勿論、ROMだけの人のかなりの数にあがるから、書き込みもあれだけの数になるのだろう。電気製品などはカカクコムで価格や評判を確認してから購入する習慣が一般的になっている。2ちゃんねるも賛否両論の掲示板ではあるが、その絶大な人気をもはや社会は否定できない。また、「みんなの就職活動日記」は、就職面接という密室のできごとをオープンにするという画期的な出来事。もちろん、内定を諦めた人たちが書き込むのだろうが、彼らの指摘によって、その会社の評価や評判が落ち、内定辞退者が続出するのでは、企業としても見逃すことはできない。

これらに私が注目するのは、そういうサイトに書き込む動機が、あくまでも私情だということだ。組織やビジネスを離れて、自らの価値観と判断力で書き込みをする。そこに確固たる個を感じて誇らしいのだ。
事実、そういうサイトにビジネスの匂いがするコメントが書き込まれると、その匂いをかぎ付けた人たちが非難する。きっと、消費動機・消費行動・就職活動をともにしていない人間の発言に嫌悪するのでしょう。私は、書き込む人たちの、何物にもとらわれずにいたいという気持ちに、すがすがしささえ感じことがあります。

こういう個が日本には存在するのです。

カカクコム、2ちゃんねるなどの隆盛をみると、その数はけっしてマイナーな数字ではないと思える。
とすれば、そういう確固たる個たちが、参加型ジャーナリズムに加われないのは、参加型ジャーナリズムが、彼らにふさわしいメディアの形を提供できていない。それにつきると思うのです。



集団の中に個を埋没させることが、日本人のコミュニティーでうまくやりすごすひとつの方法だった。
しかし、最近では若者たちの間に、キャラクターがダブルことを嫌う風潮がある。同じグループの中に、自分とキャラクターが同じものがいることで、いじめの対象になりかねない。そうした若者たちの傾向の深層心理には、他人とは違う自分を表現したいという気持ちがあるはずだ。
そういうものをすくいとってあげること。
それがインターネットならできるはずだ。

これから日本に市民型ジャーナリズムを根付かせるための方策について、私なりの分析を述べるていきます。
リナックスのように、巷の叡智が集まって新しいメディアが現出するなら、これほどうれしいことはありません。

2005年07月22日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(1)_私はラルフ・ネーダーになりたい。

諸氏が日本には市民参加型ジャーナリズムは根付かないとの見解を示している。私が総括すると以下のような項目になる。

・日本人は、聖徳太子の「和をもって尊しとなす」精神が人々の心に根付いており、議論そのものを嫌う傾向がある。
・日本のジャーナリズムがさまざまな問題点を抱えているといっても、市民参加型ジャーナリズムがないとその問題を解消できないという程に危機的状況ではない。
・日本には巨大掲示板やタウンミーティングなど、市民の不満のガス抜き装置がたくさんあるので、市民参加型ジャーナリズムに書き込む人は少ない。
・日本の市民記者は週末のあいた時間をつかって記事を書くのだから、既存のジャーナリズムとの質の差は歴然であり、そのようなものを社会は評価しないのは当然である。
・日本の市民記者は自らの楽しみと自己実現のために記事をかくのだから、独りよがりのものが多く、読者の支持を得にくい。



私が市民記者をしてきた結果到達した、市民参加型ジャーナリズムが一般化しない理由は以下になる。

・日本は同一性の高い社会なので、発言することで自分の存在をしめさなくても、社会の構成員として認められる。逆に、自らを主張すると、異分子として自分の属する集団から弾き出される可能性がある。
・公平中立であるべきというジャーナリズムの概念が、他者の悲しみも自分の悲しみとする市民感情と乖離している。
・誹謗中傷であるかどうかは、司法機関によって事実性・真実性が争われることによって決定する。一般市民には、裁判に関わる費用(経費・時間)を支払う余裕はないから、市民記者が世の中の物事を批判するためにはかなりの覚悟が強いられる。
・実名で記事を書くと、掲示板やコメント欄にさまざまな反響がある。なかには市民記者を喜ばせるものもあるが、市民記者を怒らせるばかりでなく、市民記者本人や家族の生活を脅かす場合もないとはいえない。
 ネット上のできごととはわりきれないような事態も想定外とはいいきれない状態だ。
 そういうものにひるんでしまって、市民が記者を書きにくい状況がある。
・実名・匿名など署名に関わる混乱。トレーサビリティーの確保および、複数人へのなりすましなどへの対策の不備。
・運営に関する透明性の確保がなされていないので、市民記者が媒体にたいして疑心暗鬼になっている。
・編集権が権力として機能し、市民記者が運営システムなどに意見をいいづらい。
・市民記者同士の横のつながりができにくい。(多様な意見の並立が難しい。無意識のうちに、合議や合意を求めてしまう。)
・市民記者が参加型ジャーナリズムに加わって記事を書いても、受け手の側は旧来の読者のままである。つまり、読者のほとんどは記事に対して賛成も反対もしめさない。TBやコメントをつける機能はあるが、反応する人のほとんどは、記事に意義を唱える人だ。



ネガティブな分析の大行進である。
だが、それでもなお、私は日本に市民参加型ジャーナリズムを根付かせることは可能であると考えている。
その思いは、昨日、湯川氏のアクティビズムとジャーナリズムという見解を聞いてさらに深まった。

もっとも、私の思っているものが世の中に現れたときに、それが「市民参加型ジャーナリズム」と呼ばれているかは疑わしい。アクティビズムとジャーナリズムが渾然一体となったもの。それをなんと呼ぶのだろうか…。



ラルフ・ネーダー氏は「情報は民主主義の通貨である」と語ったという。法律家からスタートし、消費者運動、市民運動、はては大統領選出馬まで、彼の活動の幅は広い。
彼の言葉を私流に解釈するならば、「民主主義のすべての構成員が情報を発信することによってのみ、健全な民主主義が運営される」。
現実には、物を言いたくない人もいるだろうし、ITリテラシーはおろか、国語力さえもたない人もいる。破綻のないメディアの文章になれた人には素人以前の文章と感じられたり、テーマや切り口についても、意味のない、つまらぬことしか思えるものも多いかもしれない。
しかし、そんなものであろうと、情報は情報、通貨は通貨なのである。
もし、苦々しい手触りに囚われて、それらを参加型ジャーナリズムから放逐するなら、メディアそのものが崩壊していく…。

現状は悪貨が良貨を駆逐する状態であっても、悪貨がひとりの個性から発せられた一枚のコインであれば、それを認めねばならぬ。それが民主主義だと思う。

一円を笑うものは一円に泣く。
私の言葉をラルフ・ネーダー氏が知るべくもないが、もしも彼に笑ってもらえたとしたら私は狂喜乱舞するだろう。

2005年07月21日

「ネットは新聞を殺すのか」の湯川さんと会った。

ネットは新聞を殺すのかの湯川さんと会った。

私はまず、「湯川さんのブログにたくさんの書き込みをしていますが、嵐と感じていないですか」と謝罪した。
すると、「いやぁ、あなたの書き込みには沢山反論が書き込まれますよねぇ」と苦笑した。そして、「どうしてライブドアって、あんなに叩かれるのかなぁ」と続けた。

私はカミサンから、「あなたは聞き役にまわりなさい」と、忠告を受けていた。だが、一歳年長で聞き手のプロである湯川氏の前では、素直に答えていかざるをえなかった。
私が反論される理由、ライブドアが叩かれる理由、わたしなりの説明を試みた。

2時間以上話した後、市民ジャーナリズム、市民記者の将来の展望について話題にすると、驚くほどふたりの意見が一致していたことが分かり、固く握手した。
私の思いが入り混じっていることを恐れずに書くと次のようになる。

///

私はいま、参加型ジャーナリズムという形でとりあげているが、それは記者というよりも、ジャーナリズムという言葉の方が、書きたい人たちの意欲をかきたてるだろうという理由からだ。

インターネットのなかった時代では、マスコミにしか情報発信ができなかった。だが今、ブログや掲示板をつかって、誰でも情報発信ができる。
そのような時代にあっては、アクティビズムとジャーナリズムの垣根はなくなると思う。
今後は、NPOやNGO、そしてブログに身辺雑記を書き留めているような人たちが、積極的に情報発信していく時代になることを期待したい。

いままでは、既存の報道機関が跋扈していたので、ジャーナリズムにアクティビストたちは入っていけなかったが、インターネットの発達とともに、今後はアクティビストもジャーナリスティックな活動をするようになるだろう。(湯川氏の話を、スポンタ的に解釈)

///

ジャーナリズムとアクティビズムという話をはじめて湯川さんから聞いた。
一方、私にとって重要なのは、表現者であり実践者であること。
湯川さんのアクティビズムという言葉と、私の実践者であることの意味は非常に近いと感じられた。

私は、失礼を承知で次のように質問してみた。
ジャーナリズムが持つべき取材対象との客観性・中立性は、ジャーナリストに冷酷さを強いるのではないか…。
すると彼は、「私はジャーナリストである前に、一人の人間でありたい」と明解に答えた。
長年のジャーナリストとしての経験が、ジャーナリストという概念に縛られない確固たる個を醸成している。理論や思想が現場において鍛えられるとは、こういうことなのだろう。

初対面にも関わらず2時間以上も歓談できたことを奇跡のように思いながら、私は築地のビルを後にした。

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