2005年08月09日

日本に市民参加型ジャーナリズムが根付かない理由はない。(13)_私怨を公憤に高める。

私怨を公憤に高める。

玉井義臣氏(あしなが育英会会長)が大切にしていた言葉だ。

私と公。

PrivateとPublic.

プライベートがブログなら、パブリックは市民参加型ジャーナリズムだと思う。

市民参加型ジャーナリズムで個人的なことを扱うことは問題がないが、その扱いについては、市民記者と市民メディアの両方の「公憤に高める」作業が不可欠であると思われる。

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