あれから25年の時が経ちました。今でも鮮明に覚えています。早朝だったので、まだベッドの中にいました。突然の大きな揺れに、心臓が止まりそうになりました。当時はもちろんLINEもTwitterもなく、とりあえずテレビをつけても、震源地や地震の規模、具体的な様子など全く判らないままに家人は仕事に向かいました。あの大地震の中、何故か、近鉄電車だけは動いていて、とにかく難波までは遅れながらも行きつくことができたのです。今から思うと、不思議ですよね…。その先は…もう、前日までの風景とは一変、ガラスの瓦礫の中、御堂筋をひたすら歩いて勤務先までなんとか辿り着いたという家人…。今から思うと、余震が続く中、よくもそんな危険を冒してまで仕事にいったなぁ…と。また、それを止める者もいなかった不思議…。そういう時代だったのかなぁ…。もちろん、職場に着くと、出勤していたのは自分を含め3人のみ、なす術もなく、そのまま家人は帰宅することに…。

時間が経つにつれ、どんどんと情報が入ってきて、その惨状にただただ絶句。言葉を失いました。その後、家人が無事帰ってきて、みんなで安堵しましたが、本当に、あの時の記憶は失われることはありません。私のように、直接大きな被害をうけた訳でもない人間ですら、はっきりと、あの日のことは覚えています。

街は復興され、元通りになっても、被災された人々の心からあの日の記憶が消え去ることはないと思います。今日一日、皆様が心穏やかに過ごされていますように…。この日は私にとって、3月11日と同じ、鎮魂の日です。自然災害の前では人間は無力です。が、それらから多くのことを学ぶことができるのもまた、人間です。自分の中で、この日のことを風化させることなく、日々、できる範囲で備えていきたい、と思います。


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