2年前のあの日、私は江陵アイスアリーナの天井席に座っていました。あの時の感動は、何事にも代えがたく、未だ色褪せることなく心の深いところに刻まれています。
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それまではオリンピックはテレビで観て楽しむもの、と思っていましたので、まさか、自分がそこに行くことになろうとは、努々思っていませんでした。きっと、後にも先にも、夏冬含めても、オリンピック現地観戦はあの日が最初で最後だと思います(もし、ゆづくんに北京があるのなら、その時はまた考えるかも)。個人的なことになりますが、平昌オリンピックの数年前に持病を患って以来、とにかく、オリンピックで金メダルを掲げるゆづくんを観たい、現地で応援したい、その一心で日々過ごしていたように思います。だから、ゆづくんに絡む投資は私にとっての正真正銘「生命維持費」そのもの。きっと、他にもそんな方、たくさんいらっしゃると思います。

今までたくさんの試合を現地で観てきましたが、やはりオリンピックは自分の中では一番、特別な試合だったかなぁ。苦労に苦労を重ねてやっと入手できたチケット、心配で心配でたまらなかったSPの「バラード第一番」から、ゆづくんが表彰式の会場から去って行かれるまでの一部始終を見届けたところまで、その過程全てが、私にとっての一生の宝物です。
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そんな私にとって、ゆづくんの演技は「唯一無二」なんです。「唯一無二」とは「他に代わりがなくただひとつしかない」の意味通り、それ以上でも以下でもない。もちろん、私にとっての、です。誰にでも、自分にとっての「唯一無二」の存在があるように。

昨日からこの言葉でファン同士が揉めていらっしゃるのを見るにつけ、とても悲しい気持ちになります。この言葉とゆづくんのお名前を使って抗議活動する、というのは確かに上手なやりかたとは思えません。私も最近の採点や連盟のありかたに不信感を抱いている一人ですので、言いたいことは判りますし、疑問点を発信していくことは大切なことだと思います。ただ、ゆづくんのお名前を掲げながら、ゆづくん引退後はもうフィギュアを観たくもないし一生観ない、そんな匿名のファンがたくさんいる、と言ったところで、相手にとっては「じゃ、次のスター作るだけ」って思われるだけで、逆効果な気がしています。そして実際今、それ(次のスター作り)が行われているようにも感じています。抗議をするなら、やはり本名を名乗って、理論的に事実を並べていく方が効果的とは思いますが、果たしてそれが通用する組織なのかどうなのか…。先日、ルール改正案らしきものが流れてきましたが、読んでため息しかでませんでした…。なんか、単なるファンが事実を突きつけ正論並べて抗議したところで、相手にとっては痛くも痒くもないどころか、どんどんつまらない方向にルール改変されていきそうで(個人の感想です)。

どなたかが、一度オリンピックで金メダルを取るとその時点でその選手の評価は高止まり、また新たな金メダリストを生む方向に舵を切られる、今までもそうだった、みたいなことおっしゃっていました。また、ゆづくんのお名前を掲げながら抗議活動するとジャッジのゆづくんに対する心証が悪くなってしまう、とおっしゃる方も。確かに、おっしゃる通りなのかもしれません。けれど、私にとってはこれこそ、フィギュアってスポーツなん?と疑問に思うところなのです。普通、採点にそんなジャッジの個人的感情が入っていいものなのか?好きであろうと嫌いであろうと、ルールがある限り、ルールに則って正しくジャッジするのがプロの仕事(ジャッジはボランティアなんで、は無しでお願いします)であり、スポーツなんじゃないのかな?これがキレイごとであるというのなら、個人的感情やナショナルバイアスでいくらでも恣意的に順位を操作できるものを、純粋な気持ちで、スポーツとして観て楽しむことができるのかな、という段階にきているのが正直な今の気持ちです。

だから、私もゆづくんが引退されたら、恐らく、わざわざ遠方までお金と時間を使って試合を観にいくことはないかな、と思います。自分が使えるお金も時間も限りがあるのですから、自分にとって大事なものから使っていきたい。こういうことを言うと、何故か、ゆづくんが愛するフィギュアスケートをディスっていいのか、とか、他の選手をリスペクトしていない、とか、そういうことを言い出される方もおられます。残念ながら、ゆづくんが出場されない試合を観に行くことは、自分の中では、「限りあるお金と時間を費やしてでもしたいこと」の上位に位置付けられないので、その分、ゆづくんが出場されるショーなどにお金も時間も回したい、というのが本音です。自分にとってのプライオリティの問題ですかね。別にフィギュアをディスってもいないし、他選手をリスペクトしていない訳でもありません。あくまでも、自分にとっての優先順位としてどうするか、ということです。これを、勝手に解釈されても戸惑うばかりです。別に宣言して去っていくつもりもありませんし、去ることを誰かに批判されることでもない、と思っています。人の想いなど、人夫々、ですよね。

私はゆづくんのスケート人生の、半分くらいの時間を応援させてもらっている、古参でもない新規でもない、中間のファンくらいに思っています。だから、「唯一無二」という言葉が、悪質と呼ばれるアンチさんたちに使われていたことも知っています。その言葉と共にゆづくんが誹謗中傷の対象になっていたことは事実です。でも、だからと言って、その言葉そのものを否定するのはどうなんでしょう?「唯一無二」の本来持つ、言葉の意味はポジティブなものだと思っています。私にとって、ゆづくんの演技はかけがえのないもの、という意味で私も「唯一無二」を使っています。そこに他の誰かを貶めるような意図は全くありません。比較的新しいファンの方たちがこの言葉を使われるのも、同じような意味合いで使われていると思っています。そこに他意、まして悪意などないはずです。特に、過去の悪質アンチさんたちの言動などご存知ない方たちにとっては。それを古参と思しき方たちが、過去にあんなことがあったのに、と結構強めの言葉で嫌悪感を示されることにより、傷付くファンがいらっしゃるのは見ていて辛いです。そういう方、何人も見かけました。この言葉に嫌悪感をお持ちの方がおられるのも理解できますが、一方的に不快感を示されてしまうと、それに対し、また不快感を持つ人が出てくる、という悪循環。とっても難しい問題ですね。

最近、なんといいますか、ファン同士の揉め事が多いのが気になります。ファンの数が膨大になったこと、世界中にファンがいること、誰でも気軽にSNSで言葉を発することができること、その他理由は色々とあるのかもしれません。そんな中、全てのファンが同じ方向を向いている訳ではないことを心に留めておく必要がある、と個人的に思っています。特に、一部海外のファンの方たちが、今回の件で自由と権利を奪うやり方は理解できない、と主張されているのを見るにつけ、これはもう、これだけファンダムが世界中に広がっていると、日本人の常識は通用しない(悪い意味ではないです)と思いました。

向いている方向が四方八方であれ、ファンみんなが一番願っていること。それはゆづくんが健康で、笑顔で、日々幸せでいてくれたらいい、だと思います。ワールドまであと1か月。それまであまりファン同士が波風立てることなく、ひたすら、良い気と良い風が送れたらな、と思います。





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