January 31, 2007

再び移転しました。

しばらくfc2で書いておりましたが、
今年から「はてな」に移転しました。
これを機会にサブタイトルも変更。

度々の変更で申し訳ありませんが、
ブックマークしていただいている方、ご変更願います!

新ブログ:
TRAVEL HETEROPIAー広告とアートの間で
http://d.hatena.ne.jp/camelkondo/


  
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March 15, 2006

移転しました

やっとブログ、移転しました。
前々からしようとは思ってたのですが、意外と探してみるとMacにとって使い勝手のいいのが見つからず、見つからなかったりして。

とりあえず、今度からFC2のブログで行きます。同じタイトルで。
TRAVEL HETEROPIA
http://sprkd.blog2.fc2.com/


こちらで書いたテキストも無事全部エクスポートできたので、
これでめでたし、めでたしと。

今後、FC2のブログと、mixi、
TOKYO SOURCE関連については、TSのブログの方で
書いて行く所存です。まあ、宣言するほどのものでもないので、
あくまでも、自分の中での整理、ということで。

それにしても早2年ほど、読んでくれた皆様、
今後ともよろしくお願いします。  
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March 07, 2006

「エレクトリカル・ファンタジスタ」キュレーター公開インタビュー、ゲストに黒崎輝男氏

ようやくマック復活しました…。
先週末には遅れを取り戻すべく、TS019、020とダブルでアップ。

今日は、横浜のBANK ARTで開催されている展覧会「エレクトリカル・ファンタジスタ」キュレーターへのTOKYO SOURCE公開インタビューを、ゲストに黒崎輝男氏を迎え開催します!

○開催日= 3月7日(火曜日) 20:00-22:00
○参加費=1500円(ワンドリンク込):展覧会チケット持参1300円
○本展覧会もそのまま御覧になれます
○会場:BankART Studio NYK (Studio B)

 ・ ・ ・

終盤を迎えた「エレクトリカル・ファンタジスタ」。
クリエイティブクラスの時代を迎えた今、アートがどのようにくらしを豊かにして行くのか?
本展キュレーターへのTOKYO SOURCE公開インタビューとして、ゲストにデザインコミュニケーションのあたらしい流れを作り続けている黒崎輝男氏を交えて、会場で語ります。

●「エレクトリカル・ファンタジスタ」キュレーター x TOKYO SOURCE x 黒崎輝男氏
本展キュレーター岡田智博と、インタビュープロジェクトTOKYO SOURCE、デザインコミュニケーションで東京に流れを作り始めるために今年新たに始動する黒崎輝男氏(流石創造集団代表スクーリングパッド・デザインコミュニケーション学部長)。キュレーター本人が影響され、注目している10個のsource(源)を交えながら、「エレクトロニック・ファンタジスタ」から見える、未来のクリエイティブ時代の可能性を語るナイトトークを開催します。

●TOKYO SOURCE「東京発、未来を面白くする100人」
未来を面白くする「源:source」である同時代の新しい表現者を発掘し、紹介していくインタビュー・プロジェクト。近藤ヒデノリ(編集長)、米田智彦(副編集長)
TOKYO SOURCE ウェブサイト
http://www.tokyo-source.com/


●ACCESS
○会場:BankART Studio NYK (Studio B)
 「エレクトリカル・ファンタジスタ」展会場
神奈川県横浜市中区海岸通3-9
横浜みなとみらい線「馬車道駅」6番出口
「万国橋口」より徒歩4分
問い合わせ クリエイティブクラスター
080-1223-2561=会場直通
03-6219-0112(東京オフィス)
公式WEBサイト http://fantasista.creativecluster.jp/
電子メール info@creativecluster.jp
* 今週末も益々イベント開催します

Electrical Fantasista 2006
主催: クリエイティブクラスター
後援: 文化庁 横浜市 CG-ARTS協会
財団法人日本産業デザイン振興会 デザイン&ビジネスフォーラム
協賛: アドビ システムズ 株式会社
協力: BankART1929 株式会社ソリッドアライアンス
PBJ株式会社 株式会社情報工房  
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February 02, 2006

アジアのすごい人

ホリエモン事件があってから、ここに書くのもなんだか複雑だけど、
とりあえず面倒なので、まだここに書きます。(ブログの著作権をめぐってや、マックユーザーへのずさんな対応に頭にきてた去年あたりに、やはり移っておくべきだったか…)

最近、たまたま続けてアジアの宗教家と活動家?の本、映画に触れた。
「ダライラマ自伝」と「ガンジー」。実はこの二人、僕は恥ずかしながら今まで「チベットのえらい宗教家」「非暴力を唱えてインドを独立に導いたえらい人」くらいの認識しかなかったんだけど、自伝と映画を見てのまずの感想は、とにかくレベルの違うすごい人だと(恥笑)。しかもダライラマは、まだ同時代に生きている人だということに、なんとなく驚く。

ガンジー コレクターズ・エディション

ダライ・ラマ自伝


ダライラマの祖国、チベットへは僕も以前に行ったことがあったので(その時はこういう背景とかは全然知らなかったけれど)チベット人が猛烈に中国人を嫌っていたのは、言葉がほとんど通じてなくてもわかった。そして、中国によるチベットへのアウシュビッツを思わせる民族浄化政策が「昔のこと」ではなく、「つい最近まで」起こっていたことだということ(この本が書かれているのが90年代初頭)に、底知れぬ恐ろしさを感じた。極小国チベットを、飲み込もうとする膨大な人口をもつ中国と…去年、おととしと何度も行っていたところだけに、とても複雑な気になる。

宗教というもの自体には,僕はもともとあまり積極的に関心はないんだけど、ダライラマの言葉で印象に残ったのが「宗教ってのは、病気を直す薬みたいなもの。だから病気の種類だけ宗教があっていいんだ」という、ひとつの宗教だけじゃなくて、他の宗教の併存も許す考え方。その辺がキリスト教に代表される西欧的な考え方になくて、仏教をはじめ、アジア的な宗教の懐の深さなんだな、と思ったり。また、この言葉の「薬」の部分を「アート」に読み替えても成立する(その場合は、偽薬とか毒薬になるのかもしれないが)んじゃないかと思ったりもする。そういや、ダミアン・ハーストも偽薬の作品をつくっていたな。

同じようなことはガンジーも言っていて(真理は宗教を越える)、映画の中でも、「非暴力」によって大国イギリスから独立したインドが、今度は、回教徒とヒンズーとの内ゲバ争いで泥沼化する中、ガンジーは、「宗教に関係なく、インドはひとつなんだ」とずっと言い続ける。

それにしても、すごいなと思ったのが、ガンジーの提唱した「非暴力/非服従」というインド独立のためにとった方法・戦略。支配側(当時の大英帝国)の理不尽な暴力にも、決して手を出さないで、甘んじて殴られ、暴行されつづける。ただし、決して服従しない(ここが重要)。あるいは、自分たちの綿生産を守るために、当時インドに多く輸入されていた英国製の衣服を焼くというインド中に広まったパフォーマンス、あるいは、生命にとって大切なものの象徴としての「塩」をつくるために、ガンジーが自ら数百キロの道のりを歩いて塩をつくりに行くというパフォーマンス。それらは、暴力を伴わない、利益のためでもない、純粋に、メッセージを発するためだけのパフォーマンスだ。その精神的な強さ、高潔さは、すごいとしか言い表せない。そして、このやり方は、マイノリティにとって可能な唯一の有効な抵抗の方法なんだなと。きっと今でも使える。

ガンジーのそういう「非戦・不服従」のパフォーマンスは、アート界で言えば、ベトナム戦争時にオノ・ヨーコとレノンが行った「ベッドインパフォーマンス」とか、M・アブラモビッチによる万里の長城の端から端まで恋人同士が歩く,というパフォーマンスとも通ずると思う。これらのパフォーマンスのメッセージは「平和」だったりと、行われた文脈は違うけど、一人の人間が、身体ひとつで生み出す無償のパフォーマンスが発する、純粋なメッセージの強さ。国家の独立を目指すという状況で、それをやりきったガンジーは、ほんとにすごい思想家であり政治家、活動家、パフォーマンスアーティストでもあると思う。

  
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January 14, 2006

作者の死、その後。

雨。休日。溜まってしまったTSの原稿を書いてる合間に、久しぶりにmixiで知人の日記をサーフィン、美術家の奥村雄樹くんのブログへのコメントのつもりで思ったら、だらだらと長くなったひとり言めいてきたので改めてここに書き直してみる。



小説の自由


奥村くんがとりあげていた保坂和志のちょっと前の新刊「小説の自由」は、僕も彼と同様に「小説」のところを「アート」に読み替えて読んでいて(ところどころ専門的になりすぎて飛ばしよみしていたが)、それを読んで奥村くんが書いている、「作者」と「作品」の関係/作者に作品の意味を求めること/「作者中心主義」的な読解の無用さは、僕が去年からTOKYO SOURCE(TS)をやりつつも、それまで基本的に支持していたバルトやフーコー、デリダらフランス現代思想家たちの「作者の死」的な考え方との整合性のとれなさに、実のところ常々考えていたことでもあった。

もともと僕が「作者の死」という考え方に興味をもったのは、クラブとかによく出入りしてて「リミックス」とか「カバー」に触れた後に、先のフランス系思想家の本を読んだからなのだが、作者の死による読者の誕生→作品(テキスト)の自由な読解の可能性ということに多いに惹かれつつも(NY時代に英語で読まざる得なくて理解度が少なく、帰ってから日本語で読み直してもなお今イチわからず/ちなみに当時つくった「消されたファッションモデル」という作品もその辺の意図もあった)若干の疑問点が消えずにいたて、ちょっと前にも「作者」という概念を音楽分野で考察している本を読んだりしていた(これはこれで作品に唯一の作者がいた「ディスク文化」の時代と「作者」の概念が拡散する「リミックス文化(たしかそう書いてあったような)」という分け方も明快ではあった)。

その音楽の<作者>とは誰か リミックス・産業・著作権


有限責任会社
零度の文学

それでこの冬に読んだのが加藤典洋の「テクストから遠くはなれて」(この本も「小説」を「アート」と読み替えながら読んでいたりするんだけど)で、この中でバルト、デリダ、フーコーらの言う「作者の死」の概念の穴と可能性が納得できたような気がしている。


テクストから遠く離れて

僕は今まで、彼らフランス現代思想家の言う大きくはテキスト論的な「作者」と「作品」は完全に独立したもので、作品は作家とは完全に切り離して読解するべきだという考え方に深く共感しつつ、

「とはいえ、作者と作品が全く無関係ではないんじゃない?作者が唯一の意味の源泉ではないけど、じゃあ自伝的な要素のある作品はどうするの?「作者」の別の作品とがつくりだす文脈があってもいいんじゃない?」
とか思っていた。

それに対して加藤氏は作者ではなく「作者の像」という考え方をもってきていて、読む側は作品を読む中で、作者そのものに遡行するのではなく「作者の像」を思い浮かべながら読むのだと。ここでいう「作者の像」とは実在の「作者」とはつながっていない。

僕はインタビューをしながら常に、常にインタビュイーが「本当のこと」を言っているとは思っていなくて、あくまでも彼/彼女が話しているのは「自分がつくりあげたい作者像」であって、いわば、ふたりで架空の作者像をつくりあげているようなものだと思っていた(トークライブでも土屋くんとの話しで、そういうことを話した)。逆にそういう意識がインタビューする側になくて、作者の言ってることが全部本当だと思ったりすると痛い目に遭うだろう。(ちなみに昨日、六本木で話した某超有名写真家も、去年の個展で受けた300件!というインタビューでたまに「完全に嘘を言い通している」と言っていたが、それを見抜けない相手も相手だし、あえてそうする彼のスタンスが作品とも関連して面白い)

そういう意味でTSでやっているのは、あくまでも作品の唯一の意味、答えとしての作者の考えを聴こうとしているのではなく、作品から遡行される「作者の像」をインタビュー/対話を通じて、共謀してつくっていく行為だと。だからTSで書かれている「作者の像」=「作者」ではないし、そこに書かれていることがその作品への唯一の読解ではない。TSに書かれているのは作品を解読する「ひとつの」方法で、読者へ開かれたソースにすぎないのだ。



  
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January 10, 2006

TS017秋山さやか(美術作家)アップ

2006年第一弾、秋山さやかさんへのインタビュー(前半)をアップしました。
http://www.tokyo-source.com/japanese/archives/2006/01/017_part12.html

  
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帰国、G4復活、Happy New Year!

今日の夜、帰ってきました。

空港に着いたら「G4の修理が完了」との留守電。
早速とりにいってみたら、液晶画面からトップパネル、ロジスティックボード、スーパードライブからバッテリーまで、データ以外ほぼすべての部品交換済み。完全復活!!しかも無料。ほんとビッグカメラの3年保証入っててよかった…。これからはちゃんとこまめにバックアップとることにします。

おそくなりましたが、
Happy New Year.
今年もよろしくおねがいします。
(年賀状いただいていた方、明日、発送します)

06  
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December 27, 2005

仕事納め

仕事納め、といいつつまだ終わってない仕事も出てしまったが、フライトをすでにとってしまったこともあって上司にお願いして今日から休みにさせてもらう。これから一年ぶりのNYへ行ってきます。1/3からは初めてのサンフランシスコへ昔のルームメートを訪ね、8日にロスから帰国予定。というわけで、みなさんよい年を!  
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December 25, 2005

Merry X'mas!!! DM & TS忘年会

TS忘年会@POINT
恵比寿POINTで行われたイベント「FREE WALL」に便乗させてもらって行わせてもらったTSの忘年会。POINTのオニューのプロジェクターで30人・団体近くのスライドが上映される中、暗いせいかいつもよりちょっと大人な雰囲気のパーティー。内沼くんや、もうすぐTSでインタビューアップする森田浩彰、高田洋三、Soul switchの古田秘馬&井島健至ほか、昔会った人に会えたり、最後には中村ケンゴさんも登場、いろいろいろいろみんな来てくれて盛り上がりました。イベントに便乗させてくれたpointの古井くんに感謝。

そんなこんなで来年からのTSでのインタビューの人選の方針を改めて考えさせられたり、来年からはインタビューの他にもこうしたいとか、いろいろアイデアが出てくるただ今クリスマス。来年もよろしくです。

「Depositor's Meeting」
Xマスイブの午後は、天気もよかったのでバイクで多摩川沿いのギャラリーArt & River Bankへ。この日までアーティストのファイルが閲覧できる「Depositor's Meeting」がやっていたのだ。全部で200名?くらいの作家のファイルが、無印のA4ファイルに入って棚に並んでいた。最近、こうやってファイルを閲覧する形式での展示は恵比寿のPOINTとか、以前にはたしか森ミュージアムでもやってたけど、やっぱりネットと違って、手にとって見られるのはありがたい。あとここでよかったのは、現代美術製作所のディレクターや写真専門学校の人の選んだファイルとか、白石ゆりさん(アートライター)とか、AppelのTattakaさんなど知人が選んだファイルもあって、彼らがどんなのを選んでいるのかを見られるのも楽しみのひとつ。あまりにのアーティストの多さに目移りするが、それでもやっぱり何人か見た瞬間に「おっ」と楽しくさせてくれるのがあって、来年またTSでインタビューしてみたりもすると思う。

ファイルを保管して閲覧出来るシステムといえば、先日BANK ARTで会った「Meeting Caravan」という本を出版したばかりの武藤さんらが始めている、日本中のローカルなアート情報をつないでいるAAN(ART AUTONOMY NETWORK)というのも楽しみな活動の一つ。

そんなこんなで、今日は家中の白い家具を全部塗り直しと大掃除。
古い家がシャキッときれいになって気持ちいいです。

Merry X'mas!!!
  
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December 22, 2005

あさって金曜日、恵比寿pointで

いよいよ年末。
またギリギリの告知になってしまいましたが、
TSの忘年会をあさって23日(金曜)、POINTでのパーティーに便乗してやります。前回TSのパーティーをやった恵比寿のギャラリーPOINT、当日はいろんな人に壁をただで開放した「FREE WALL」だそうで、もちろん入場も無料。酒あり音楽あり。なのでもちろんTS以外の人もいろいろ来るし、楽しい夜になりそうです。

僕のPCが入院中ということもあり、みんなのメルアドもわからないのでここで告知しまっす。
ぎりぎりですが、空いてたら今年最後、へべれけに飲みましょう。

Point(恵比寿)
http://www.enough.jp/point

(当日のイベント)
FREE WALL year end party
12/23friday,18:00start-till late night
entrance FREE BAR POINTオープン!
恒例1夜限りの今年最後の大パーティー!
「POINT忘年会」とも言える FREE WALLは
すべての人にPOINTの壁を解放します。
  
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December 20, 2005

フリーペーパー「Soul Switch」にインタビュー掲載

YAMAHAがスポンサーになっているフリーペーパー「Soul Switch」に、僕へのインタビューが掲載されました。いつもはインタビューする側なんで、逆にインタビューされるってのも新鮮。TSを始めようとした動機について、TSでやろうとしていることなどなど、いろいろしゃべってます。

Soul Switch→インタビュー全文はこちら

sssmall  
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December 12, 2005

水戸芸のグラフィティ展のことも

もう終わってしまったけど、写真家の高田洋三くんらと4人で行った水戸芸でのグラフィティー展のことも、やっぱり書いておきたい。今やすでに消す作業中なのが、水戸芸キュレーターの森司さんのブログに載っているが、国内初の美術館でのグラフィティー展、2時間程かけて行った甲斐があった。

デパートが2件も潰れている、どこかうら寂しい水戸の街にやけにグラフィティーが似合っていたのも皮肉。でも、あれだけ巨大な壁画が街中に溢れれれば、子供たちはさぞわくわくするだろうな。街中にグラフィティがあるのだから、水戸芸そのものの外壁にもグラフィティーがあれば最高だったけど、諸事情で難しかったんだろう。

館内での展示も、特に入ってすぐの部屋のインパクトはすごかった。でかい部屋の真ん中にめちゃめちゃにペイントされたクルマの残骸と、まわりにはタイヤとか鉄板とか、街のがらくたがゴロンと置いてあって、そこら中に置いてあるラジカセからはヒップホップが流れてたりする。美術館がここまでワイルドに「汚された」のを見るのは、それだけで開放的な気分にさせられる。

そしてそこを抜けると、TSでもインタビューしたKAMIとSASUによるペインティングのある天井の高い部屋。彼らはやはり群を抜いていた。彼らの平面に描かれた壁画というより、壁から天井までつなぐKAMIの太い線が空間全体を活性化させていた。とにかくすげー、ライティングでした。拝。



  
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TS 015 ハセベケンpart2アップ! TS今後のアップ予定

TSインタビュー、渋谷区議、グリーンバード代表のハセベケンpart2をアップしました。今回から、一回に読める分量を考えて2週に分けて更新することにしました。というわけで、
TSはこれから毎週月曜アップされます。

先週までちょっとペースをあげて6週連続でインタビューしてきたものの1発目。来週もひとり行くし、これからどんどんアップしていきますのでお楽しみに。

今後のアップ予定リスト:
016 猪蔵(編集者/経営者)次週[part1]アップ
017 秋山さやか(美術家)
018 高田洋三(写真家)
019 森田浩彰(美術家)
020 ムードマン(DJ)

■TS内にあるブログ「TS編集室」を若干リニューアルして見やすくしました。こっちも時々覗いてください。




  
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December 11, 2005

オラファー・エリアソン@原美術館

御殿山の「franklin Ave.」でハンバーガーを食べてから、原美術館で開催されてるオラファー・エリアソンの個展へ行って来た。
最近新しくなったパリのヴィトンのショップでも作品を出しているらしいが、個人的には一昨年にテートブリテンで展示されていた、擬似的に太陽をつく作品にノックアウトされた。光を使った体験型の作品がメインの今回も、期待にたがわず見応え十分。「beauty」と題された、真っ暗な中天井から降る滝に光があたる作品は本当に美しい。ちなみに光を使った作家といえば、越後妻有や直島「光の館」で有名なジェームズ・タレルが浮かぶ。先の新しくなったパリのヴィトンショップでも同居してるらしいが、思いつくまま比較してみた。お互い重なる部分もあるけど、出自、やろうとしていることが違うってところでしょうか。
J・タレル:   光を使う/静的/美術的/四角いフレーム/年配
O・エリアソン: 光を使うのが多い/動的/美術というより地球を感じる/円/若い




  
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横浜がすごい。横浜美術館、BANK ART

先週行った水戸芸でのグラフィティー展に引き続き、
昨日の横浜めぐりでやっと、この秋目玉ぞろいのアート展に全部行けて、
なんだかスタンプラリーを終えたような気分。


lee


横浜美術館での「余白の芸術」byリー・ウーハン
モノがあるだけで、その周りの空間が活性化する、余白が力を帯びる静謐な作品。
絵や彫刻というモノではなく、場をつくるというのがすごい。年配のお客さんが多かったのもなんとなく納得。

その後、BANKARTで開催中の「24時間のホスピタリティー」、ついでに古い建物にアーティストや建築家のぎっしりと入ったNYのDUMBOを彷彿とさせる場所をはしご。BANK ARTも古い銀行を改装した味のあるスペースの他にもう一つ、でかい3階建ての倉庫での展示もあって充実。こっちもなんだかNYっぽい。埠頭にはカフェもあってデートスポットにもなるし、いやー、横トリも合わせて横浜がすごいことになっている。下の写真は先日、美術家中村ケンゴさんの家でのワイン会でお会いした磯崎道佳さんによる作品。

bank


>TSでインタビューした内沼くんらによる、書き込みのできる書店「Encounter」も行って来た。中身の見えない本がずらっと並ぶ、本を手に取ると知らない人からのメッセージが…ああいう本屋が現実に存在するってだけですごいことかもしれない。
bk


>全国の独立系書店の本を集めた「ブックフェアー」も、ふだん見かけない本がいっぱい。目移りして大変。そこで全国のアート系の人に会いに出かけ、そこでミーティングをするという「ミーティングキャラバン」を行ってそれを本にした武藤さんにも会ったり、BANKARTの展示ではメディアアート系の展示もあったり、とにかくなかなか面白い!












  
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November 23, 2005

変わりゆく広告

最近、仕事の関係で広告界に起こっている新しいコミュニケーションについて調べている。その関係で読んだ、電通の杉山氏による本。広告関係の本をここに載せるのは初めてか。

カンヌの広告祭でも街メディアを使った広告コミュニケーションが注目されているような現在の状況をざっくりとわかりやすくまとめている。アート界では90年代初頭から起こり始めていた「参加型」「双方向性」というテーマが、ここへ来てメディアの発達によって一気に広告というマスの中で顕在化してきている。もはや単発のTVCMなんて大した注目度はないし、それを生態系のように全体のコミュニケーションな中に位置づけてこそ効果があるということ。

それにしても杉山氏、ピカピカの一年生やらサントリーのランボーなどの伝説的CMをつくり、その後は社会性のある広告、そして名古屋万博誘致のクリエイティブディレクター、今度はニューコミュニケーションとポジションを変えつつ一線を走りつづけるのはすごいとしか言いようがない。

ホリスティック・コミュニケーション
  
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リヒター、デユシャン、ティルマンズ

先日、川村美術館で開催されているゲルハルト・リヒターの個展に行って来た。静かな場所にひっそりと立つ同美術館に、リヒターの初期の作品からガラスの作品まで天井の高いスペースでゆっくりと見れて気持ちいい。とにかくこれも圧巻。アブストラクト、ミニマル、具象、広告風と一見同じ作家がつくったとは思えない様々なスタイルの混在。まず単純にカッコいい。

カタログに清水穣が「リヒター目の上のたんこぶとしてのデュシャン」ということを書いていたが、たしかにカラーチャートの作品もいわば絵画によるレディメードだし、ガラス作品もデュシャンの大ガラスのリミックス、そして「階段を降りる裸婦」のカバーだと言える。杉本博司も自らをデユシャンピアンと書いていたが、同じ時期、ふたりのデュシャンピアンの大物アーティストをつづけてみられるいい機会。

そして、リヒターを見ていてつくづく感じたのが、さらにひと世代下になる写真家のティルマンズへの影響。アブストラクトなものと具象の混在、色彩感覚、さりげない政治性…意識的か、無意識的かはわからないけど、ドイツのアーティストにDNAのように引き継がれ、発展させられていっているように見えた。

richter  
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その音楽の作者とは誰か

横浜トリエンナーレでも、どこまでが「作家」による作品なのか曖昧だと書いたけど、音楽シーンではそういう傾向がずっと前から進んでいる。芸術の中で、音楽は新しい概念が実践され始めるのがいつも早い。ちなみにそれを一番最後の列でとりこむのが広告だ。クラブシーンに精通しているらしい増田氏による音楽を素材にした現代における作家概念の検証。増田氏は、東浩紀らと並んで言論界で注目され始めている71年生まれ(僕とも同じ歳)だけに、スザンヌ・ヴェガのTom's Diner→DNAによるリミックスあたりの例がスッと入ってくる。
その音楽の<作者>とは誰か リミックス・産業・著作権
  
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November 06, 2005

現代美術って何? 横浜トリエンナーレ

身の回りでほとんどいい噂を聞かなかった横浜トリエンナーレに、ついに行って来た。東横線がMM(みなとみらい)線に乗り入れしてるので、思いのほかすんなりと会場に着く。

山下公園には早速コンテナが危なっかしくアーチ型に積み重ねられた作品があって、ちょっと胸が高まる。そして入口にはポスターにも使われているダニエル・ビュレンの赤と白の端が壮観。入口付近も埠頭という場を生かしてチケット売り場から何から青いコンテナだ。なかなかいい雰囲気でないか。ベネチアビエンナーレを思い出して、ちょっとわくわくする。

会場に入るとデカデカと「アートとは運動態である」という文字が踊り、そばには鉄骨で組まれた巨大な橋のようなものがあるが登らない。こういうところでは初めに体力を使ってしまうと後できつくなるから、体力温存。ちなみに横トリのポスターには「現代美術の祭典」「アートサーカス」とあるから、人はここに、あまりふだん馴染みのないアート/現代美術を期待して見に来るのだろう。ただ今回の場合、数は多けれど、ここにあるのはアートの限られた一面でしかない。

というのは、今回のトリエンナーレはもともと総合ディレクターだった磯崎新氏が直前になって降りてしまい、開幕まで時間のない中でアーティストの川俣正さんが引き継いだという経緯で、彼自身の作品の特徴でもある「完成系ではなく進行形」「サイトスペシフィック:その場に合った作品」というコンセプトを生かし「動きつづける展覧会」を目指したものだからだ。だから今回の展示のほとんどは途中であり進行中=運動態なのだ。

yokotori


まず、全体の感想から言うと、期待しないで行ったせいかけっこう楽しめた。面白い作品はたくさんあったし、埠頭の屋外で演奏されていた横トリラジオ曲のライブも気持ちよかったし、タコ焼きとかタイカレーとか飲み物も名古屋バンパクみたいなボッタくり感はないしおいしかった。少なくとも入場料はバンパクの半分以下。それだけの価値は十分にある!!!

ただ事前に周りの人が言っていたように、全体にいい意味でも悪い意味でも「文化祭」っぽい。よくいえば進行中、参加型で親近感がもちやすく、作家のエゴをあまり感じないから、開かれていて、祝祭的=いい意味で文化祭っぽい。逆にいえば、完成されていなくて(完成度が低くて)、どこまでが作品か分からなくて、素人っぽい=悪い意味で文化祭っぽい。

特に初めの3Aの部屋は悪い意味での「文化祭」度満載…。あそこでいきなりガクッと来てしまうのは、会場構成としてはどうなんだろう。いつも思うことだけど、こういうアートイベントで壁に細かく展示した博物館的なものや、ドキュメント的な長いビデオ作品をじっくり見ようという人はどれだけいるんだろう。

現代美術のひとつの流れとして体験型、参加型などプロセスをそのまま見せる作品は、僕もどちらかといえば旧態依然な完成され、固定された「作品」よりも好きな方だ。ただ、こういう作品は日常との差が曖昧だけに、どこからが作品なのか、どこが作品なのかが一般には分かりにくい。しかも、これだけそういうのばかり集まると、正直ちょっと飽きる…。前回の横トリだって、いろんな作家による「完成された」作品の合間に「とんちきハウス」などがあるから効いていたのだ。

ボランティアが多いこと、ひとりの作家ではなくグループによる作品が多いことも「文化祭」的印象に影響しているだろう。TSでインタビューした木村友紀さんにしても、彼女個人ではなく彼女を含む卓球チーム、COUMAとして参加している。それはそれで全体の狙いからくるのだろうから単純に批判してもしょうがないが、個人がじっくりとつくった作品を見たい気持ちがあるのも確か。
(会場では木村さんに久しぶりに会う。もっとも今日は元日本チャンプを読んでのトーナメントということで卓球しっぱなしだったが。もうちょっと卓球からインスパイアされてつくったものを見てみたい気もする。これも進行中だけに、もう少し後に行けば増えているのだろうけど。)

そんなこんなで印象に残った作品は以下のもの。やっぱりビジュアルアートだけにビジュアルに力があったもの、進行中にせよ体験型にせよ完成度が高かったものが印象に残った。

・小金沢健人のビデオ作品
夜に輝く様々な企業のネオンをムービーで次々にコラージュしたビデオ作品は単純にクール。田中偉一郎のいろんな企業のロゴを組み合わせた「某合併」を思わず思い出す。

・屋代敏博の写真作品
床上を意味もなく回転しつづける彼自身の写真作品。立体写真の手法で見せるべく、三脚に乗せたルーペで点在させたのは秀逸な展示法だった。他にも種明かし的にケイタイやデジカメを使ってそのままビデオを見せていたのもよかった。

・高格さんの光の作品
ストーリーとかはわからなかったが、よくできた光の舞台美術を見た感じ。未完成とか素人っぽさが多い中でその完成度に惹かれただけなのかもしれないが。

・横トリラジオ曲のライブ
埠頭で行われていた3人による過激な音のライブ。ああいう場所だから出せる音。激しくて危険な感じがしてかっこよし。

・電話ボックスの作品
最近あまり見かけなくなった電話ボックスが並んでいる。そのひとつに入ると電話が鳴り、見知らぬおばさんからの声が聞こえてくる。会場で電話が鳴るという昔のオノヨーコの作品を彷彿とさせるが、密閉された場所で知らない人からの妙にリアルな声を聞くのはやっぱインパクトがある。

・奈良美智さんの掘建て小屋の作品
さすがの完成度。奈良さんの描く世界観に合わせた掘建て小屋の中に彼の絵や、立体作品が。そこを歩いて抜けて出た埠頭の気持ちよさ。あの場でビールも売ってくれたらよかったが。

勢いで書いていたらえらい長くなった。
横浜ではトリエンナーレの他にもBANK ARTでのグループ展などあるから、
また近いうちに行ってみたいと思う。





  
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November 04, 2005

スケールの大きさ

最近のブコウスキーの映画からの再「ビート」つながりで読んだ本。
杉本博司の作品にも感じた作家の「スケールの大きさ」はもちろんだが、まずは文字通りふだん身の回りを見ている時間のスケールが違う。そういえば昨日会った「FILING」の織畑さんが言っていたのも、デザインをサイズを引き直すところから始めようと思う、ということだった。
スケールの大きい時間で見ているから目先のことに囚われないで何代も先の世代の未来を見据えながら事を起こす。だから必然的に地球や環境のことを考えることになり、フラーの最小のもので最大の力をや、持続可能性という考え方につながる。そして放浪を繰り返していた彼自身が提唱する「再定住」という考えかた。いろんな意味で今後に向けて大きな影響を受ける1冊になりそうな予感がする。それにしてもアメリカの別名「亀の島」ってのはなんかいいなぁ。

惑星の未来を想像する者たちへ
  
Posted by sprkd at 02:03Comments(8)TrackBack(0)