飛んでる社労士のいやはや日記

飲兵衛で飛行機好き。  社会保険労務士という長ったらしい名前の プロフェッションであります。  が、社会保険に余り力を入れていないので自らを「労務士」と名乗ることが多いです。 たまに「労務者」と間違えられることもあります(>_<)   労働紛争の劇的な増加に対応しつつ、ANAで移動しながら仕事を求めて全国を飛び回る。   1年365日毎日飛行機に乗っていたいと、マジで思ってますから。   見たこと、聞いたこと、思ったことをつらつらと、駄文を撒き散らしたものです。

いやはや、ブログを随分とサボっている。このところ、震災対応に当たっていたり、マインドが災害モードでそういう気分になれないのだ。

久々に九州新幹線に乗った。熊本地震後、一時は不通だったのだが、JR各社の支援を受けて、早期に回復できたのは素晴らしい。ただ、地震の爪跡は随所に残っていて、ところどころ徐行したりするため、所要時間も長く、ダイヤも臨時ダイヤで運行されている。
それでも、この時間空間を突き進む新幹線は、旅に誘う魅力を十分に持っており、気分を高揚させる。
ローカル新幹線は、余裕の4人掛けだ。
快適である。

さぁ出掛けよう。

朝から降っていた篠突く雨もやみ、風も収まった。

昨日辺りからスーパーにもカップ麺や飲料水が並び始めている。

九州、中でも熊本は地下水に恵まれ井戸水を飲料水として使っている家庭も多い。
震災後は井戸水が濁っているそうだ。一時的に飲料水が不足する理由がここにもある。

今日は大きな余震もなく、収束の方向に向かっているのだろうか?

おっと、これを書いている間にもまた余震があった。

不謹慎なもの言いだが、これだけ地震が続くと、震度3程度では驚きもしなくなる。感覚が麻痺してしまっているのだ。

東京育ちの私は、「東京の人は地震に慣れているから平気でしょ」と良く言われるが、1週間も地震が続くことになぞ慣れてはいない。

相変わらずテレビでは「ACジャパン」のCMばかり、パターンが限られているので同じものが2回続くこともあり心が塞ぐ。

以前から思っていたのだが、熊本県のテレビはパチンコ店のCMが異様に多い。そのCMが流れていないのでこういう状況なのだろう。どちらがいいのかわからない気もするが、ACジャパンのメッセージはもう見飽きてしまったので、どうせなら心安らぐ動物の姿とか、美しい風景でも流した方がいいのではないかと思う。

地震の起きる前にリセットしたいと誰しも思っているが、現実世界が目の前にあり、倒壊した家屋を見てただ茫然とするだけの人がたくさんいる。

熊本人の「がまだす」(頑張る)姿を全国に流してもらいたい。

昨晩は大きな余震はなかった。今朝は、この所の寝不足を解消するべく思いっきりの朝寝坊。起床したのは10時半だった。それでもまだ、寝たりない気がする。

気になるのでついテレビを観てしまうが、「ACジャパン」のCMばかり流れていて、気分が塞ぐ。

この所は、橋の崩落やがけ崩れなどの映像も飽きられていると思ってか、避難所の人達やボランティアを直撃して足りないモノを聞き出しているが、淡々と事実を伝えるだけで十分であり、被災者への配慮が足りていない。私が感じるに、多分一番足りていないのは、輸送手段だろう。

想像以上に道路が寸断されていて末端まで物資を届けられないでいるのだ。ヤマト運輸も佐川急便も県内全域で集配をストップさせている。道路がうねり、切れ切れとなり、隆起して、陥没して、乗用車は勿論、トラックなどが走れない道が多い。

全国から支援物資を送ってもらったとしても、末端まで届けることができないでいる。現時点では自転車、バイク等で物資を運ぶ小まめな輸送が必要に思う。都会で使っているリヤカータイプの宅配が有効だろう。ただ、大量輸送には向いていないので、本来の道を何とか回復させる必要があるが、単純にブルドーザーで土砂を除けても更なる土砂崩れの恐れもあり、そう単純に解決も難しい。ヘリコプターやオスプレイ等の空輸手段で当面は乗り切らざるを得ないだろう。

一方で、九州道と九州新幹線の九州の2つの動脈の早期復旧が必要だ。

国土交通省が発表した九州新幹線の被害写真を見ていると、その被害状況は想像を超える凄まじさだ。

http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160417001431.html

保守基地のクレーンが落下している。復旧が遅々として進まないのも致し方ないのだろう。九州新幹線は、熊本駅近くで車両基地に向かう途中の回送列車が全車両全輪脱線という状況は、揺れの凄まじさを表しているが、これがJR東海、JR東日本であれば、少なくとも脱線車両が地震後3日経ってもそのままということはないだろう。JR東海やJR東日本、JR西日本に比べて資本的な体力の弱いJR九州に対して、新幹線を運用している残りのJR4社から技術者や資材、ノウハウなどの援助が必要だろう。

九州の物流の中で、九州道の存在を無視することはできない。

熊本空港へ向かうのにも九州道を利用するが、空港インターそのものが利用できない状態だ。熊本空港は、益城町に近く、空港インターの正式名称は「益城熊本空港インター」である。
今回の地震で前震とされた震度7の地震が記録されたのが益城町だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160416-00050050-yom-soci.view-000

写真は空港インターの1つ先のインター(御船インター)にほど近い場所だ。九州道に架かる県道の陸橋部分が崩落し、九州道を分断している。

私の周りでは停電も断水もしていないが、近くのスーパーやコンビニの店頭から水が消えている。恐らくは断水に備えてストックしている、若しくは県内の親戚や友人に頼まれての事だろう。食パンや菓子パンの類も見かけなくなっている。

物流の早期の回復が復興の鍵を握る。

昨夜の地震には本当に驚いた。

一昨日の益城町の震度7の地震で、相当動揺はしていたが、あれを境に収束する方向に向かうと誰しも思っていただろう。もちろん、私もそう思っていたが、夜中の1時25分頃、突然の大きな揺れに、正しく叩き起こされた感じだ。

睡眠のさなか、突然の音響と揺れで起こされても、人間、にわかに覚醒できるものではない。まず、何をするべきか、考えた末に明かりをつけ、出口の確保をするのが精いっぱいだった。この間およそ2~3秒位だったと思うが、1分くらいかかったように感じた。

震源地から若干離れていたおかげで震度5弱の揺れで済んだのだが、それでもそのエネルギーの凄まじさには恐怖を覚えた。一昨日の地震の時には、さほどの被害もなかったが、昨晩のエネルギーには日常の生活は全く太刀打ちできないことを思い知らされた。

幸いにして、ケガもなくいくつかの瀬戸物が割れた程度で済んだが、部屋の中の様々なものが散乱し、何が起きたのかにわかに理解しがたい惨状を目にして呆然としてしまった。

一瞬の凄まじいエネルギーの怖さを知るとともに、絶え間なく続く余震の恐怖に結局寝付くことはできず朝を迎えた。この余震の恐怖はたまらない。冒頭書いたが、一昨日の震度7の地震から徐々に収束するのではなく、もしかしたら昨晩の1時25分の地震すらも「前震」で、その後に更に巨大な「本震」が来るのではないかと考えてしまうからだ。

人と話すと皆一様に「眠い」という。2日続けての地震で殆ど寝れていない人ばかり。無理もない。
これを書いている今も余震は続く。ひっきりなしに余震があるので、三半規管がおかしくなったのか、立っていると常に揺れているような感覚にとらわれ、気分を悪くする。

夜になると巨大地震が襲うということが二晩続いた。眠い熊本県民は今晩も熟睡はできそうもない。

昨晩の地震は結構激しかった。
熊本にこんな地震のエネルギーが溜まっているとは夢にも思わず本当にびっくりである。

ちょうど、晩酌の最中だったが、にわかに建物が揺れはじめ
「おいおい、ちょっとこれはデカいぞ」と思わず口から出てしまうほどだった。

本震と思われる9時20分過ぎの地震の後も、じわじわと余震が続くのには
さすがに生きた心地がしなかった。真夜中にも幾度となく揺れ、大きな余震の度に
マンションの自動放送が警報を鳴らす。

幸い、私自身は事務所も自宅も家族も全く被害はなかった。
高いところにあった軽いものがいくつか落ちたりする程度であった。

ところが、一夜明けて報道を見ると、益城町、熊本市内を中心に結構な被害が出ている。
亡くなった方もおられる。亡くなられた方には謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

都会の方はご存知ないと思うが、最大の震度を記録した「益城町」は熊本空港から近い場所で、空港がどうなったのかが心配となったが、滑走路は無事とのことだ。
ただ、空港へ向かう際にいつも利用する九州道は、益城町付近で大きな陥没と亀裂ができており、当分は利用できず、今月の残りの出張計画は見直しが必要となりそうだ。

しかも、この九州道は空港へ行く時だけでなく、博多や久留米などにも繋がる交通の動脈でもあり、仕事に少なからず影響は及ぶので早期の復旧を待ち望む。

地震発生から早々にお見舞いを頂いた方もいたが、誠にありがたい。
心よりお礼申し上げます。

いやはや、今月も順調に東京入りしている。先日の出張は、飛行機移動を常とする者にとって、気候の変化に常に油断してはならないと改めて感じた日となった。

この日は、前日の雨も上がり、ポカポカと暖かく、街全体にモヤがかかっているようで、カメラ日和ではないなぁとのん気な事を考えながらモノレールに乗って浜松町を後にした。 

国際線ターミナル駅の前の運河に「もや」がかかっているようで、まるで沸騰した鍋から湯気が上がっているように見えた。

出発時刻まではかなり余裕があるので、国際線ターミナルや第2ターミナルの展望デッキから写真を撮りまくっていた。

偶然のショット


滑走路は見通す事ができたが、その先の海にはもやがかかっているようでビル郡などが微かに見える。

ひとしきり写真を撮り、出発時刻まで原稿でも書いていようとラウンジに向かう。

エスカレーターを上がってラウンジのカウンターが見えると、そこには見たことのないような長い列があった😵

運航状況をみると午前中に発生した霧で、かなりの遅れや欠航便が出ている。遅れの状況も2時間とか5時間など大幅である。😱
今回私が予約していたのはANAとのコードシェア便で運航するのはソラシド航空である。電光掲示板(古い言い方?)の表示を見ると、同じANAとのコードシェア便である前の便はなんと欠航していた😰

無事に移動できるのか?にわかに黄色信号状態。遅れは必至かもしれない 😖

出発時刻は16:30、通常であれば遅くとも16:15には搭乗開始のはずだが、16:10を過ぎても、電光掲示板に便名の表示が出ていない。午前中の便の出発遅れで、表示するスペースがないのだ


閑話休題

電光掲示板と言えば私は昔のパタパタ式のものが好きだ。今は、液晶パネルの普及で表示の全てが一瞬のうちにパッと変わるが、昔のパタパタ式は、1番上に表示されている便が出発してしまうと、次の便以下の表示を1段ずつ上に繰り上げて行く動作がしばらく続き、それを見ているのがとても好きだった。普段余り表示されない項目をチラッと観れるのが何より楽しかった。

と言っても何のことだかご存知ない方のために動画はこちら



さて、話は戻るが搭乗開始時刻になると同時に便名の表示が現れたので、急いで51番ゲートへ走った。

たどり着いてみると何やらどんよりした雰囲気は漂っていて、いやぁな予感。

周囲の人の話すことを総合すると、午前中の霧の影響で羽田に来るはずだった飛行機が欠航してしまったためにやり繰りしているが、出発時刻段階で宮崎空港をまだ離陸してもいない便が羽田に到着するのを待たなければならないとのこと。

軽く2時間はディレイ確実です。

これでは、ヘタをすると次発のANAの便の方が早く離陸できそうなので、慌ててANAのカウンターに向かう。

まぁ人間考えることは同じな訳で、次発のANA便は満席でした。

「キャンセル待ちしますか?」と尋ねられたので順番を聞いてみると18番目なのだと。

終了、チーン!

ところが、嬉しい一言がANAのグランドスタッフから。

案外、乗れるかもしれませんよ〜。

詳しくは書けないが、可能性はあるとの事。

結果、乗れたのです。

感謝です。

たまたまラッキーってことでしたが、いつもこう上手く行っているわけじゃないんです。

グランドスタッフ、CAさんみなさんありがとう〜。

波乱万丈の3月なのです。






博多にやって来ました。

今日は飛ばずに新幹線です。

JR東海やJR西日本の新幹線と違って九州新幹線は普通車でも4人掛けって知ってますか?


グリーン車並みのゆったりしたスペース。グリーン車との違いは、椅子の仕様と電源が無いことぐらいでしょうか。


今日乗るのは「つばめ号」。
JR東海で言う「こだま」に相当するいわゆる各駅停車です。






お約束の先頭車両撮影








つばめ号は、博多から熊本までの各駅停車の新幹線で、のどかなものです。しかも6両編成!
井の頭線と大して変わらないローカル新幹線って感じです。もちろんスピードは井の頭線の比じゃありませんが。
イマイチスピード感が伝わらない写真😢

博多の阪急で酒の肴を仕入れて帰宅です。









昨日から東京出張をしている。いやはや今月はこれで3回目、でも今回もANAに乗れるので幸せなのだ。
昨日は、いつもより10分ほど遅く熊本空港に着いたが、4番スポットに787が駐っていなかった。
なんとなァく嫌な予感。久しぶりに一眼レフとコンデジを持って来たので飛行機を撮りまくった。

と言っても羽田や成田の様な華やかさは無く、のどかなローカル空港そのものの景色が広がっているだけ。

都会の方々から見て珍しいと言えば天草エアラインだろうか。

そうこうしているうちに1機着陸して来た。ジェットスター機だ。



熊本-成田便の出発時刻は確か10時50分だったはずだが、今10時50分。
こりゃ私の乗るANA便も遅れる事必至だろう。来た来た、私が乗るシップが着陸だ。787は相変わらず スリムで美しい。
ラウンジで待つ事にする。

しばらくすると案の定遅れるアナウンス。と言っても10分遅れで済むのだとか。やれやれである。

シップに乗り込み、程なくするとプッシュバックが始まり、第一エンジンスタート、直に第二エンジンもスタート。
阿蘇山の中の誘導路を滑走路目掛けてタキシングする。

チャイムが4回ゆっくりとなり、さあ離陸となるはずだが、なぜか滑走路の手前で待機。しばらくして、操縦席からアナウンスが入る。

なんでも、熊本空港のレーダーに不具合があって、いつもより離着陸の間隔を空けているのだとか。をいをいである。そのせいでこのシップも到着遅れになったのだそうだ。
滑走路手前で待つこと5分、ようやく離陸の許可がでたようだ。
離陸する時のエンジン音は気分を高揚させる。最初、スロットルを少しだけ開け、少し間を空けてフルスロットルへ。
徐々にスピードが上がってきた。おそらくはV1だろうというとき、ローテーション、フワッと足元が沈むような感触がして離陸した。上がってすぐにギヤアップ。途中雲の中を通過する時に若干揺れたが、もう巡航高度に達したようだ。
青い空に白い雲
見渡す限りの雲海。雲海というと「そば焼酎」(をいをい)ではなくて、アテンションプリーズを思い出す。あ、上戸彩主演ではなくて紀比呂子主演の方ですよ。歳がバレるな.....。紀比呂子演じる美咲洋子がドラマの中で「雲海」を見つめながらスチュワーデスになる決意を新たにするシーンが目に浮かぶ。この当時は男女雇用機会均等法などあるわけもなく、当たり前にスチュワーデスって言ってましたね。今は、キャビンアテンダントですね。
飲み物のサービスも終わりCAさんが微笑みながら巡回をしている時にちょっと気になったので質問をした。

最近老眼が酷くて良く読めないんだけど、そのバッジになんて書いてあるんですか?

そうしたらチーフパーサーのバッジでした。写真撮ってもいいですかって聞くと外して写真を撮らせて貰えて感激。
パーサーのバッジも持って来てくれておもてなしに感激。良いフライトでした。

Gに抗いながらリバースのショットをパシャ。

お世話になりました。

「新聞ひろい読み」という別のブログに松嶋屋のことを書いた後、自分で読み返してみて改めてここ暫くの出来事を思い返した。何より衝撃だったのは、勘三郎丈が亡くなったというニュースだった。当代一の人気役者であり、チャレンジャーだったし、エネルギッシュに活動の舞台を常に開拓する俳優だった。以前に浅草に住んでいた頃、偶然に草津亭から出て来られる所を見かけたが、舞台で観たままにオーラを放っていたのが懐かしい。何より「華」があり、その周りには常に笑みが溢れていた。舞台でも、決して手を抜くことなどなく、毎日が全力疾走だったと思う。 歌舞伎は「型」が大事だとして勘三郎丈のスタイルに疑問を呈する方も居なくはなかったが、古典的な歌舞伎に現代風のアレンジを加えて、歌舞伎のハードルを低くしたのは大きな功績だろう。

次なる衝撃は、團十郎丈の訃報だった。海老蔵丈の襲名興行の最中に病いに倒れ無念の時を病床で過ごしながらも、地道な治療を続け、完全寛解まで漕ぎ着けて力強く舞台に復帰された姿を観れた時、それだけで涙を拭わずには居られなかった。復帰なってからの團十郎丈は、病いにあったのが嘘のように以前にも増して精力的に舞台を続けた。周りが将来の團十郎が生まれるかにや期待を寄せた麗禾ちゃんの誕生の時も、大らかな芸風そのままに好々爺のような笑みを浮かべて喜んだ。そして、まさかの再発の報。完全寛解ではなかったのかと耳を疑った。未来の市川新之助の誕生をその目で、耳で、手で実感できず成田屋は旅立った。
「色は空 空は色との 時なき世へ」
時なき世で舞台を演じ、海老蔵丈を見守り、觀玄くんの新之助襲名の口上を考えているにちげぇねぇ。不謹慎な物言いで口はばかるが、勘三郎丈が亡くなった時ほどの衝撃ではなかった。もしかして、という心の準備のようなものがあったのかもしれない。芸能ニュースなどで暫く報じられるたびに涙した。
 勘三郎丈と棒縛りを舞う三津五郎丈を観たのはもう10年以上前のことになってしまった。なにより坂東流の家元の頂点、This is Bando であり、その所作は首の動き、指先からつま先まで観る者を魅了して止まなかった。お城に深い知見がありCSで番組を持つほどだった。時にテレビドラマにも出演し歌舞伎役者らしい(テレビ的にはクサイ)芝居を見ることも叶わないのは、とても辛くて歌舞伎から少し距離を置いてしまった。
 今、新しい世代が将来の大看板になるべく頭角を現して来つつある。勘九郎丈は中村屋を背負って行く気概を漲らせ七之助丈と競っている。方や七之助丈の娘姿を観ると将来が楽しみでならない。市川中車を襲名した香川照之氏は、テレビや舞台で鍛えられ、培ってきた素地があり、俄かに歌舞伎界に身を投じた違和感を感じない。なにより団子くんの利発で男前な素材を猿翁丈が見逃さなかったのは口上を述べる姿を見て、誰しも思うだろう。成田屋というサラブレッド、別格の大看板を海老蔵丈は團十郎丈とは違うスタンスで導き始めている。チャレンジャー精神は将来にしか評価されないことが多いが、自身の芸の幅が確実に厚くなって行くのは誰しも疑わない。

ここしばらく、歌舞伎から少し距離を置いて来てしまったが、若手俳優の伸びを楽しめるような気がしている。

久しぶりに上野のHARD ROCK CAFE にやって参りました。アメリカンなハンバーガーが食べられるこの店は、都会人ではなくなった私のオアシス。まずはハーフ&ハーフで喉を潤します。

程よくクリーミーな泡がナイスです。











続いていつものシーザーサラダを
いただきます。                                     


ビーフをトッピング致しました。

そしてメインは定番の
レジェンダリーバーガーです。






240グラムのパティの量を全く感じさせない質感と味付け、さすがはHARDROCK CAFE だと再確認致しました。


HARDROCK  CAFEの店員さんは、首から下げているストラップに注目です。

今日の注目はChieさん


 Chieさんのピンバッジのストラップは2連です。細身の体では肩こりする人もいると聞いたことがありますボーイッシュな出で立ちですが、細やかな心遣いが見逃せません。伊達にピンバッジを集めていないんだというキャリアを感じました。

ご馳走さまでした。

プレスリーがヒルトンホテルで行われていた歴史的なツアーで履いていた
靴(レプリカ?)


Michel Jackson の衣装

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