震災後1週間
昨日辺りからスーパーにもカップ麺や飲料水が並び始めている。
九州、中でも熊本は地下水に恵まれ井戸水を飲料水として使っている家庭も多い。
震災後は井戸水が濁っているそうだ。一時的に飲料水が不足する理由がここにもある。
今日は大きな余震もなく、収束の方向に向かっているのだろうか?
おっと、これを書いている間にもまた余震があった。
不謹慎なもの言いだが、これだけ地震が続くと、震度3程度では驚きもしなくなる。感覚が麻痺してしまっているのだ。
東京育ちの私は、「東京の人は地震に慣れているから平気でしょ」と良く言われるが、1週間も地震が続くことになぞ慣れてはいない。
相変わらずテレビでは「ACジャパン」のCMばかり、パターンが限られているので同じものが2回続くこともあり心が塞ぐ。
以前から思っていたのだが、熊本県のテレビはパチンコ店のCMが異様に多い。そのCMが流れていないのでこういう状況なのだろう。どちらがいいのかわからない気もするが、ACジャパンのメッセージはもう見飽きてしまったので、どうせなら心安らぐ動物の姿とか、美しい風景でも流した方がいいのではないかと思う。
地震の起きる前にリセットしたいと誰しも思っているが、現実世界が目の前にあり、倒壊した家屋を見てただ茫然とするだけの人がたくさんいる。
熊本人の「がまだす」(頑張る)姿を全国に流してもらいたい。
地震で足りていないもの
気になるのでついテレビを観てしまうが、「ACジャパン」のCMばかり流れていて、気分が塞ぐ。
この所は、橋の崩落やがけ崩れなどの映像も飽きられていると思ってか、避難所の人達やボランティアを直撃して足りないモノを聞き出しているが、淡々と事実を伝えるだけで十分であり、被災者への配慮が足りていない。私が感じるに、多分一番足りていないのは、輸送手段だろう。
想像以上に道路が寸断されていて末端まで物資を届けられないでいるのだ。ヤマト運輸も佐川急便も県内全域で集配をストップさせている。道路がうねり、切れ切れとなり、隆起して、陥没して、乗用車は勿論、トラックなどが走れない道が多い。
全国から支援物資を送ってもらったとしても、末端まで届けることができないでいる。現時点では自転車、バイク等で物資を運ぶ小まめな輸送が必要に思う。都会で使っているリヤカータイプの宅配が有効だろう。ただ、大量輸送には向いていないので、本来の道を何とか回復させる必要があるが、単純にブルドーザーで土砂を除けても更なる土砂崩れの恐れもあり、そう単純に解決も難しい。ヘリコプターやオスプレイ等の空輸手段で当面は乗り切らざるを得ないだろう。
一方で、九州道と九州新幹線の九州の2つの動脈の早期復旧が必要だ。
国土交通省が発表した九州新幹線の被害写真を見ていると、その被害状況は想像を超える凄まじさだ。
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160417001431.html
保守基地のクレーンが落下している。復旧が遅々として進まないのも致し方ないのだろう。九州新幹線は、熊本駅近くで車両基地に向かう途中の回送列車が全車両全輪脱線という状況は、揺れの凄まじさを表しているが、これがJR東海、JR東日本であれば、少なくとも脱線車両が地震後3日経ってもそのままということはないだろう。JR東海やJR東日本、JR西日本に比べて資本的な体力の弱いJR九州に対して、新幹線を運用している残りのJR4社から技術者や資材、ノウハウなどの援助が必要だろう。
九州の物流の中で、九州道の存在を無視することはできない。
熊本空港へ向かうのにも九州道を利用するが、空港インターそのものが利用できない状態だ。熊本空港は、益城町に近く、空港インターの正式名称は「益城熊本空港インター」である。
今回の地震で前震とされた震度7の地震が記録されたのが益城町だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160416-00050050-yom-soci.view-000
写真は空港インターの1つ先のインター(御船インター)にほど近い場所だ。九州道に架かる県道の陸橋部分が崩落し、九州道を分断している。
私の周りでは停電も断水もしていないが、近くのスーパーやコンビニの店頭から水が消えている。恐らくは断水に備えてストックしている、若しくは県内の親戚や友人に頼まれての事だろう。食パンや菓子パンの類も見かけなくなっている。
物流の早期の回復が復興の鍵を握る。
その後の熊本
昨夜の地震には本当に驚いた。
一昨日の益城町の震度7の地震で、相当動揺はしていたが、あれを境に収束する方向に向かうと誰しも思っていただろう。もちろん、私もそう思っていたが、夜中の1時25分頃、突然の大きな揺れに、正しく叩き起こされた感じだ。
睡眠のさなか、突然の音響と揺れで起こされても、人間、にわかに覚醒できるものではない。まず、何をするべきか、考えた末に明かりをつけ、出口の確保をするのが精いっぱいだった。この間およそ2~3秒位だったと思うが、1分くらいかかったように感じた。
震源地から若干離れていたおかげで震度5弱の揺れで済んだのだが、それでもそのエネルギーの凄まじさには恐怖を覚えた。一昨日の地震の時には、さほどの被害もなかったが、昨晩のエネルギーには日常の生活は全く太刀打ちできないことを思い知らされた。
幸いにして、ケガもなくいくつかの瀬戸物が割れた程度で済んだが、部屋の中の様々なものが散乱し、何が起きたのかにわかに理解しがたい惨状を目にして呆然としてしまった。
一瞬の凄まじいエネルギーの怖さを知るとともに、絶え間なく続く余震の恐怖に結局寝付くことはできず朝を迎えた。この余震の恐怖はたまらない。冒頭書いたが、一昨日の震度7の地震から徐々に収束するのではなく、もしかしたら昨晩の1時25分の地震すらも「前震」で、その後に更に巨大な「本震」が来るのではないかと考えてしまうからだ。
人と話すと皆一様に「眠い」という。2日続けての地震で殆ど寝れていない人ばかり。無理もない。
これを書いている今も余震は続く。ひっきりなしに余震があるので、三半規管がおかしくなったのか、立っていると常に揺れているような感覚にとらわれ、気分を悪くする。
夜になると巨大地震が襲うということが二晩続いた。眠い熊本県民は今晩も熟睡はできそうもない。
熊本地震
熊本にこんな地震のエネルギーが溜まっているとは夢にも思わず本当にびっくりである。
ちょうど、晩酌の最中だったが、にわかに建物が揺れはじめ
「おいおい、ちょっとこれはデカいぞ」と思わず口から出てしまうほどだった。
本震と思われる9時20分過ぎの地震の後も、じわじわと余震が続くのには
さすがに生きた心地がしなかった。真夜中にも幾度となく揺れ、大きな余震の度に
マンションの自動放送が警報を鳴らす。
幸い、私自身は事務所も自宅も家族も全く被害はなかった。
高いところにあった軽いものがいくつか落ちたりする程度であった。
ところが、一夜明けて報道を見ると、益城町、熊本市内を中心に結構な被害が出ている。
亡くなった方もおられる。亡くなられた方には謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
都会の方はご存知ないと思うが、最大の震度を記録した「益城町」は熊本空港から近い場所で、空港がどうなったのかが心配となったが、滑走路は無事とのことだ。
ただ、空港へ向かう際にいつも利用する九州道は、益城町付近で大きな陥没と亀裂ができており、当分は利用できず、今月の残りの出張計画は見直しが必要となりそうだ。
しかも、この九州道は空港へ行く時だけでなく、博多や久留米などにも繋がる交通の動脈でもあり、仕事に少なからず影響は及ぶので早期の復旧を待ち望む。
地震発生から早々にお見舞いを頂いた方もいたが、誠にありがたい。
心よりお礼申し上げます。
霧に揉まれて
九州新幹線
Flight to Tokyo
歌舞伎にもう一度
HARD ROCK CAFE UENO TOKYO

