『所詮、男子女子』

一応、小説です。

 外堀通りを下に見て丘橋を渡り切ると東京ドームが地上にぽっかりと
浮かんでいるように見える。それにしても、と有馬は思った。

(白鳥君は、なぜ、自分が外出するとき、戻るか戻らないかを瞬時に見
 破ってしまうのだろう。きっとなにか、自分の癖のようなものを頼りに彼
 女はそれを見分けているのだろう。)

そこまで考えたところで、お目当ての青いビルに着いた。そそくさと”黄色
いボックス”と呼ばれる当日券売場に向かう。

「南側は空いてますか?」

「はい。中段から後ろの方でしたら、まだ空きがございます。」

「では、1枚ください。」

有馬は受け取ったチケットを一瞥し、エレベータで5階に向かう。チケットに
は”I-10番”と書かれていた。

(ま、これくらいの席がいいかな。たしか、真ん中くらいでリングに向かって
 右寄りの感じだったはず。)

と、有馬はリングと自分の距離感をイメージした。

 客の入りは試合開始前とはいえ、フルハウスにはほど遠く、メインエベントま
でに八割方埋まれば上々といったところだろう。今日の試合は連日興行の二日
目で出場選手は昨日の試合で全力を出し切り、疲れきっているのではないか、
とも思われた。いわゆる消化試合が多くなる可能性も高い。

そんなことを考えながら有馬は”I-10番”に腰を下ろした。



 

 神田川の流れに一瞬だけ目を向ける。コートの襟に手をかける。そして、
その襟を無造作に立てる。冬の後楽橋を渡る有馬崇の仕草は、寒さの程
度に関係なくそれはいつものお決まりのポーズであるかのようだ。 

「先生、今日は事務所に御戻りになりませんね。」

事務員の白鳥葉子はドアに手を掛けた有馬の背中に向かってこう言った。

「うん。監督署に行って、そのあと山中工務店によって、そのまま上がります。
 白鳥さんも今日は早く上がってね。」

有馬は、振り返りながらそう答え 事務所を出てきたのであった。

 有馬にとって水道橋は”娯楽の殿堂”だ。野球、競馬、プロレス、ボクシング。
彼の視覚を十二分に満足させ、日頃の鬱憤をきれいさっぱり洗い流してくれる
非日常的空間。彼のお気に入りの理由はそんなところにあるのだろう。とりわけ
彼が気に入っているのは”青い
ビル”。そう、プロレスの聖地「後楽園ホール」である。


 

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