しかし、今日の日経新聞「経済教室」の記事では、必ずしも若者の無気力無責任だけが原因でないと書かれています。
職探しについては「探したが見つからなかった」「希望する仕事がありそうにない」といった理由で求職活動をしていない人々が増えていると指摘していますが、これは我侭でしかないと思います。現在働いている人が必ずしも自分に合った仕事をしているわけではありません。
多くの場合、置かれた環境で仕事をしているうちにそれを好きになったとか、それでも合わないときは別の仕事を探したり独立しているわけで、それを働きもせずに何を言っているのかと言いたくなります。
しかし、働けない理由として「病気・けがのため」と答える人が急増していて、02年の調査では非求職型の無業者42万6千人中10万人を超えているそうです。
ニートのおよそ半数は過去に就業した経験を持っているそうですが、職場の過重な業務やノルマによるプレッシャーで心身の健康を害し、結果的に働けなくなっている場合が多いかもしれないと指摘されています。
そうであれば、企業にも責任がないとは言えません。ここで言う責任は直接損害賠償に直結するようなものでなく、広い意味での社会的責任です。
以前、最近の若い人たちは、ストレスを発散できる人とそうでない人が両極端になってきているという話を聞いたことがあります。
例えば今までであれば上司から叱られたとき、多くの人はそれを受け止めて反省したり酒を飲むことでストレスを発散させていました。しかし、今の若い人たちは両極化しているため、片や叱られてもまったく意に介せず、片や極端に落ち込んでしまうそうです。そしてどちらも目立ちますので「今時の若い連中は何を考えているのかわからん」となってしまうのです。
考えてみれば私が大学を卒業して入社したころは「新人類」と呼ばれていました。そして私の次の世代は「バブリーくん」と呼ばれたりもしていて、どの時代でも中堅クラスと若い人との間には隔たりがあるものです。しかし同じ職場で長年かけて仕事をしていくうちに世代間の垣根が取り払われ、若い人たちも企業人として育っていきました。
しかし今はそうなる前に辞めていく人が増えてきていますし、企業の労務管理に対する姿勢も、一面ではそれを助長していると思います。加えてサービス残業などの問題や過酷なノルマが耐性の低い若者をニートにしてしまっているとすれば、「甘えるな」で済まされる問題ではありません。
今後労働力人口は減っていくことがわかっているのですから、特に中小では労働者の選り好みできる状況ではなくなってきます。ニートの問題を社会的責任と書いたのはこのことで、個々の企業が結果として多くのニートを今後も生み出していけば、そのツケは必ず払わされることになります。
採用難による募集価格の高騰=一人当たりの賃金高騰、働き手が少ないことによる社会保障費の企業負担増、少ない人員による無理な労務管理による事故、労災の増加・・・。
飛躍しすぎの部分もあるかもしれませんが、対岸の火事でなく自分達の問題として、ニートの問題を考えなければならない時期なのかもしれません。
Posted by sr_office at 11:38│
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中田 最近、「ニート」っていう言葉を頻繁に聞くよね。
大田 ジャズの巨匠、音楽の神様、ニート・オブライエンのことだね。
中田 違うよ! さもありそうなこと言って!
大田 じゃあ将棋界の暴れん坊、新井戸武則のことだ。
中田 誰だよ、将棋界の暴れん坊
ニート【連続 ヘロイン日記】at 2005年04月13日 14:24