私たち夫婦は大学時代の同級生である。
したがって、OBは夫婦共通の知り合いが多くなる。

そんな共通の知り合いである同級生のT君から、喪中のハガキが届いた。
そんな季節ね、と文章を読んで心臓が止まりそうになった。

今年2月に妻が他界した、と。
「療養中のところ」などという説明はいっさいなく、非常に短い定型文のみで、差出人が連名ではなく彼ひとりのハガキに、だからこそ深い悲しみと喪失感があふれている。

病気なのか、事故なのか、全くよくわからない。
だけど、年始に成人式を迎える上のお嬢さんと、年始に大学受験の下のお嬢さんと、多感な中2の弟君、まだまだお母さんが必要な年頃だと思うと、胸が痛い。

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T君の奥様は、T君の上司が紹介した取引先に勤務する同い年のOLだったから、私たちは全員ほぼ同い年である。
私たち夫婦もT君の結婚式に参加して幸せそうなふたりの顔を見ている。
私たちとT君夫妻はほぼ同じ頃に結婚して、ほぼ同じ頃に子供に恵まれ、お互いに遠く離れていたけど年賀ハガキの写真で一家の近況を知っていた。


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私が30歳後半、お世話になった上司やその家族が、たて続けに病気で亡くなった。
みんな勤勉に働き必死に育児と仕事を両立し定年後の生活を楽しみにしていたけど、定年後はなかった。
私に定年後の生活がなかったら、このまま公務員を続けていていいのか、と考えさせられて辞職した。

そして10年経過した頃、「人生の姉」とも言うべき大好きな5歳上の女性が、現代医学では治癒できない病であっけなく逝去してしまった。
ひさしぶりに「もし明日がなくても、今日を悔いなく生きたか」と問われている気がした。

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その痛みに慣れた頃、再び、強烈に胸の奥をパンチされた気持ちの喪中ハガキだった。

産業カウンセラー育成講座を受講し「痛みを癒やす」なんて大それたことはできない、「癒やされない痛みと共存していく」人々のそばにたち、その痛みを一緒に感じることで今日も一歩を踏み出せるのだと知った。

T君や3人のお子さんたちの悲しみの深さ、心の痛みははかり知れない。
そばに行き、痛みを共感しわかちあえたら、と思うけどお互いに仕事をしながら子供達を育てているから無理なのだ。

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どんな家族にもいつか死による別れはやってくる。

「明日がなくても、今日を悔いなく生きたか」

たくさんの先達が私につきつけた問に、まだまだこたえられない。

T君の奥様、ユミさんの早すぎる逝去を心から悼む。
合掌。