☆仕事にヒントな一粒

2017年03月03日

☆No.68【神戸市との連携協定について】


2017年3月2日

SRCグループは神戸市と連携協定を締結し、記者会見を行いました。
https://www.kobe-np.co.jp/news/keizai/201703/0009963224.shtml
会見動画はこちらです↓
http://www.city.kobe.lg.jp/information/public/media/movie/mayor/index.html

神戸市は、神戸経済の持続的成長を目指すため、ITを活用したスタートアップ(成長型起業
家)の育成支援を行っており、また、オープンデータの蓄積・公開を推進し、市民・事業者
とICTを活用して地域課題を解決するオープンガバメントを推進しています。

これらに関してSRCグループが持つネットワークを課題解決の手法として提供することや、
起業支援に関して神戸市と連携した取り組みを進めることは、大きな地域貢献につながると
考え、このたび、起業家支援及びオープンガバメントの推進にかかる連携協定を締結するこ
ととなりました。

これまでも神戸市の方々とも長期にわたって様々な協議を行い、いくつかの連携イベントな
ども運営してきました。その結果、今後もこういった起業やICTをキーワードとした地域
貢献を推進していくためにも連携協定を締結することが近道であると考えここに至った次第
です。


会見である記者から鋭い質問がありました。

「他の都市がやっている起業支援とどう違うのか?」

当社グループのような地域企業が、行政と連携することによって生まれる、
他にはない実効性の高いユニークな仕組みを構築していきたいと思います。


■神戸市との連携項目(連携協定書の内容)
(1)スタートアップをはじめとする起業家の育成・支援 
(2)イノベーションを起こし得る創造的人材の育成  
(3)オープンデータをはじめとするICTを活用した新たな市民サービス・ビジネスの創出


_MG_3018小

2017年02月08日

☆No.67【起業家の街へ 取り組み方とその課題】



最近国内で起業ブームが再び到来しています。

もちろんいくつか理由がありまして、

*企業のカネ余りで投資に資金が向かっている。
*行政が経済活性化の為に様々な施策を行っている。
*安定的な就職先の減少。
*経済的な余裕から自分探しに起業が選択肢になっている。
*起業経験が就職に有利という噂になっている。
*なんとなく起業が良いという空気感。

などなど、他にもまだまだあると思います。

でもですね。80年代のバブル期の起業ブーム、その後のITブーム、その次の第二次IT起業ブーム、これらと比べると、今回の起業ブームは明らかに違いが感じられます。

それは、なんか「ユルい」。です。

いいか悪いかは別にして、「いっちょやったろか」感が薄いんです。

具体的には、ベタにお金儲けとか、目立ちたい欲求とかでは無く、なんとなくスマートでカッコイイ生き方ということを求めているのかも知れません。

それに加えて官民挙げての起業ブームです。

こういった背景の中で今の時代の起業をこれからシリーズで考えたいと思います。

※このブログは今週の訪問先であるシリコンバレーのGoogle本社で書いています。このようにIT事業の多くが世界的寡占によって巨大企業化した今、起業のあり方を根本から変える必要があると思っています。


srcblog01 at 16:20

2016年01月01日

☆No.66【2016年 年頭所感】


あけましておめでとうございます。

毎年、年初には従業員に向けて各事業の概要や方向性を伝えると共に、年頭所感を発信しています。
今回はその年頭所感の部分を転載したいと思います。

毎年、いいたいことは同じなのですが、前年にあった出来事や、今年の計画や目標などによって
微妙に言い回しが変わっているのが自分でも興味深く、過去の文章を読み返したりしています。

読んで頂いた方には感想などお聞かせ頂けると大変嬉しく思います。

本年もよろしくお願い申し上げます。


【2016年 年頭所感】


企業の存在目的は、言うまでも無く社会に貢献することです。

社会に対する貢献度を高めることは、即ち、収益の拡大につながります。

収益の拡大はそれを地域に還元し、また再投資することでさらに社会に対する貢献度を高めます。

この繰り返しによって、会社全体にストック(金融資産、ノウハウ、ブランド、事業システム、
企業文化)が積み上がり、結果としてスタッフ全員の幸福につながります。

つまり最終的に求められる結果は、「従業員の物心両面での満足=幸福」ですが、
それを成し遂げるための順序を正しく認識が重要です。

その為には、ひとりひとりが、現状に満足することなく、成長を続け、
社内社外問わず目の前にいる人の為に貢献度を日々高めていくことが必須です

従って、自らの貢献度を常に客観的に捉え、磨いていく努力を怠らず成長することを
ひとりひとりに求めます。人への貢献度を高めていくことが、物質的だけでなく、人の心の
幸福につながることは言うまでもありません。

「人は自らの幸福を求めるが、他者への貢献がそれを成し遂げる最も近道である」
ことを肝に銘じておいて下さい。

もちろん私自身も、地域の為、そして共に働く皆の幸福のために一生懸命行動することで、
結果的に自分自身の幸福を実現できればと考えています。今年も率先垂範にて実行していきます。

平成28年1月1日
SRCグループ会長 横山 剛


2015年04月28日

☆No.65【大学の経営学は役に立つのか?】



「経営学者に経営はできない」
「理論と実際は違う」
「大学の経営学など実際の現場では役に立たない」

昔からよく言われていることです。

例えば、

『理論負荷性を強調する解釈主義的パースペクティブの観点から、マックス・ウエーバーが論じた「価値自由」について、それがいかなるもので、研究者はどう対処すべきかを論じなさい』

これは、先日私が大学院で受けた経営学のある分野における試験問題の一つです。

一見すると、確かに実際の経営に役立つとは全く思えませんね。
しかも専門的な勉強をしていなければ、ほとんど何を言ってるかすら不明だと思います。

これは経営学は実際の経営の役に立たないと言われる原因の一つです。


しかし私は、「経営学は、実際の経営に重要な示唆を与えることができるだけでなく
実際の経営に非常に有益な効果を生む知識となり得る」と考えています。

その理由は大きく分けて3つあります。


第一に、

理論的な背景を知ることによって、行動や決断、また仕組み作りにおいて、
その効果が一定レベルで予測できるようになります。

理論的な背景を知らずに何かに取り組むことは、効果的な結論を導き出すために、
やみくもに数をこなさなければならず、時間的な無駄が生まれます。しかし、数多くの基礎的な
理論的背景を知っていることで、最小限の時間で最大効率を生む判断と行動が可能になります。


第二に、

多くの事例を知ることで、理論を背景とした応用手法についての
選択のバリエーションが増えていきます。

基本理論に基づいて実際の事例を検証分析することで、応用が理解でき、実際の経営判断時の
バリエーションが増え、経営に最適解を与えることができる可能性が飛躍的に高まります。


第三に、

経営者自身の思考レベルの高まりによって、より良い経営についての洞察が高まっていきます。

良い経営とは何か?これは経営者にとって永遠のテーマです。
経営学を学ぶことで様々な角度から経営を観察することができ、経営がもたらす社会的価値
について深く検討し、常に正しく、良い方向へ進むことができるよう指針を得ることができます。


確かに、実際の経営現場を知らない学生が、これらを理解することは大変難しく、
疑問を抱きながら経営学を学んでいる学生は数多くいることも事実です。

結果、単位を取るだけの勉強に終始し、せっかくの学問が社会において
何も役に立たないという悲劇的な結果も生まれています。

大学で学ぶ経営学が実社会で役に立つことができるよう
その橋渡しを現役の「学生経営者」(笑)として取り組んでいきたいと考えています。



srcblog01 at 10:53

2014年08月25日

☆No.64【起業を勧めない理由】


最近、起業を志す方々の相談を受けたり、お手伝いをしたりすることが多くあります。

その中には、学生もいれば、それなりに社会人経験を積んだ方、
引退後の第二の人生に起業を選ぶ方もいます。

私自身は、学生時代に起業しましたので、どうしても
その体験が、自分のスタンダードになっていて、もし起業するなら、
若い、また、責任もリスクも少ない学生時代が良いのでは無いかと思ったりもします。

また一方では、何も知らない学生が起業するより、ある程度社会や
企業を経験で学んでから実行すべきという考え方もあるでしょう。

実を言うと、私自身は、どのようなケースでも、あまり起業を勧める事はありません。
(既に起業を決めている人にはできる限り応援をしたいと思っていますが)

社会にとって、また経済全体にとって、起業家が多く誕生することは、プラスであり、
個人の経験やスキルを考えても、大きく成長する機会になることは疑いようのない事実です。

しかし、あまり勧めないのです。

理由の一つに、当然ながらリスクの問題があります。リスクというか、成功確率の問題でしょう。

なかなか正確なデータがありませんが、色々調べてみると、
起業から10年以上その会社が存在している確率は、10%を越えることがありません。

私の身の回りの知っている限りにおいても、感覚的にはこの程度です。

つまり、成功というか、10年存続する可能性が、10%に満たないということになります。

まずこの数字をどのように捉えるかは、その人次第ですし、
もちろん能力の高い人が充分に準備をして、取り組んだ場合は確率も変わると思います。

とはいっても、エリート企業家が、充分な資本を調達し、ビジネスモデルに
自信を持って起業しても、成功と言えるレベルに到達することは、非常に希に感じます。

どちらかというと、やむにやまれずとか、成り行きで
起業した人の方がそれなりの成果を残しているような感じさえします。


第二の理由は、精神的な負担です。

起業するということは、つまり自らその責任の全てを背負うということです。

自分自身に対してはもちろんのこと、顧客に対して、従業員に対して、
取引先に対して、投資家に対して、世間に対して、それら全てに責任を負わなくてはなりません。

もちろん言い訳や、責任転嫁は絶対に出来ません。

何かある度に、起業家の精神を叩きつぶすようなプレッシャーに襲われることになります。

眠れない、食べられない、などはもちろんのこと、生きた心地のしないことも必ず起こることでしょう。

これは世間的に成功者とみられる起業家でも同じ事です。

成功者とみられるほど企業を成長させた経営者は、その企業の維持発展へ
のプレッシャーや従業員に対する責任、日々厳しくなっていく世間の目に精神を蝕まれます。
もちろん妬み、僻みの類も数多く受けることになるでしょう。

もちろんそのような苦しさを表に出すことも出来ません。

成功している起業家ですらこのような精神的負担があるのですから、
うまくいかなかった起業家の精神的な苦痛は、想像を絶するものがあります。


とは言え、起業を選択するということは、自分の人生の幅を大きく広げることは間違いありません。


例え失敗してもその経験を糧にすれば、ビジネスマンとして
大きく飛躍することも出来ますし、そのチャレンジ精神を、世間は評価するでしょう。

後の後悔先に立たず。やらなかった後悔は、取り返すことが出来ません。

起業を選択するときは、勢いも、夢も必要です。でも、もしダメだった
ときにそれを受け入れることができる覚悟を持つ事が最も重要だと私は思います。


srcblog01 at 18:25

2014年03月04日

☆No.63【毒まんじゅうを食べると必ず体を壊します】



あまりにも当たり前すぎる題名ですが、実はビジネスの現場ではこの
当たり前のことに気がつかずに「毒まんじゅう」を食べてしまうことが結構あるのです。


ビジネスおける「毒まんじゅう」とは、


簡単に言うと、

目先の利益にはなるが、長期的には、
会社やビジネスの価値が損なわれる取引


のことを指します。


例えば、

*製品の原料や材料に価格は安いが粗悪であるものを使う。
*知識のあまりない顧客に高値で商品を売りつける。
*顧客のためにならないとものを売ってしまう。
*ユーザーに不利益があるかも知れないものを売ってしまう。
*誇大(または違法)広告と分かっていながら掲載(放送)する。

こういったものは、ほぼ例外なく利益率が高く、
商売人にとってはついつい手を出したくなるものです。


普通に考えれば、こういった行為が、長期的に、
ビジネスの価値を失わせて行くであろう事は、子供でも分かる話です。

まさに「毒まんじゅう」。食べる瞬間は甘くておいしくても、後々体を壊す代物です。


でも、信じられないことに大のおとながこれをやってしまうのです。


なぜか。


多くの企業が、売上高や利益額などの数字を指標に、経営を行っています。

売上げや利益が、そのビジネスが生み出した付加価値と捉えれば、
このこと自体は、決して悪いことではありません。

しかし、過度に数字を追い求めることで、いつのまにか、
企業の目的が、数字そのものになってしまうことが往々にして起こります。


結果的に目先の利益。「毒まんじゅう」に手を出してしますのです。


少し擁護しましょう。


「毒まんじゅう」を食べてしまうには、


目先の資金繰りをクリアするために必要であったり、
上司からにプレッシャーに耐えられなくなったり、
業績に対する株主の目線が厳しかったり、
そもそも企業や業界の文化が数字ありきだったり、

様々な理由がある事は、想像に難くありません。
「分かっているけど仕方なく」というケースもあると思います。

しかし、少なくとも経営者には、目の前の取引(まんじゅう)に
「毒」が入っているかどうかを見極め、取引の是非を判断することが求められます。

それが全てのステイクホルダーに対しての絶対的な義務であると同時に、
企業の持続性を高める、最低限のノウハウとも言えるでしょう。


■3月20日 神戸市が主催する「デザイン経営者フォーラム」にパネラーとして参加します。
 企業経営の視点から、デザイン都市としての地域発展に貢献したいと思います。
 ご興味のある方は是非ご参加下さい。
 http://www.kobe-hasshin.net/designforum/index.html

■3月27日 「日本マーケティング学会」にて講師を行います。
 パラドキシカルなテーマ設定ですが、逆説的にマーケティングの本質に迫ります。
 http://www.j-mac.or.jp/salon/

srcblog01 at 14:08

2014年01月20日

☆No.62【なぜ評価には不満がつきものなのか】



【問題1】

例えば、同じ8時間で、「10」の仕事をこなす人(A)と、「2」の仕事しかこなせない人(B)がいます。

あなたは、この二人をどのように評価しますか?


完全なる実力主義で評価すれば、Aの報酬はBの5倍となります。
働いた時間で換算すれば、AとBは同じ報酬となります。

さて、どうしましょう。


【問題2】

問題1と同じ条件で、

Aは、仕事は出来るが、遅刻が多いなど規律を乱します。
Bは、仕事の取り組み姿勢が真摯で、真面目です。時間に遅れたこともありません。

あなたなら、これをどのように評価しますか?


さらに、

【問題3】

Aは、10の仕事を一日8時間、残業無しでこなしました。
Bは、10の仕事を一日10時間、月間残業40時間でこなしました。

結果、残業手当を含めると、Bの報酬の方がかなり高くなりました。

Aはこれに対して不満を持ってきました。
あなたならどうしますか?

さらに、同時期に、

Bは、自分だけが残業をやらされている、と不満を言ってきました。
あなたならどうしますか?


【問題4】

ベテラン社員が年々動きが鈍くなり、生産性が下がってきました。
しかし報酬は高く、他とのバランスが悪くなり、社内に不満が溜まっています。

そして本人にその自覚はありません。
また、過去の貢献があるのだから当然との考えも持っています

あなたならどうしますか?


【問題5】

一生懸命努力して時間もかけて、10の仕事をやり遂げる社員と、
才能だけで、簡単に短時間で同じ10の仕事をこなす社員がいます。

あなたなら評価に差をつけますか?
差をつける場合、どちらを高い評価にしますか?



これらに共通して重要なのは、これらの問題の
解答は、目の前の社員だけの評価に留まらないことです。

その評価を行ったときに、組織全体に
どのような影響が生まれるかをも予測しなくてはなりません。



このような問題は、会社の中では日常茶飯事に起こります。
通常の判断では、「あっち立てればこっち立たず」、で、常に不満が残る結果となります。



果たしてこれらを解決する手段はあるのでしょうか。



そもそも人の評価には、少なからず、哲学的な側面が存在します。

例えば、「人は生まれながらにして平等か否か」という概念です。

もし、平等だと考えるなら、全て、働いた時間で換算すべきでしょう。
評価に差をつけるべきではありません。

また「努力をどう評価するか」ということも課題です。
努力することも才能と捉えれば、それも評価すべきではありません。


しかし、完全に時間で平等に評価すれば、モチベーションの上がらない組織になりかねません。


しかし、これにも異論があります。


「自ら生まれ持って得た才能は、授かり物なのだから、
それを持って世のため人の為に使うことが使命なのだ」


と、


働く人間全員が、そう思えたのなら、完全平等でも
生産性の高い組織が完成される可能性があります。

この場合、組織的に強力な宗教的な概念が必要となるでしょう。
一部非常に生産性の高い宗教団体が存在するのもこれが理由です。



哲学的には、自由主義者は、自分の稼ぎは、自分のものであり、
弱者保護も、慈善活動も、その人間の自由意思によって行われるべきと言う発想をします。

アメリカ合衆国の文化は、こういった思想が強い文化です。
実際に慈善活動に熱心な大富豪は数多く存在します。


逆に共同体主義者は、一定の格差を認めながら、その格差を埋めるために、
組織や国の中でルールを定め、それを埋めることを提唱しています。

日本の資本主義は、これに近い発想です。


所得税の仕組みからしてもこの違いは明確です。


少し、話が飛躍しましたが、個々人の思想に違いがある以上、
どのような評価を行っても必ず不満が残ります。

あなたの周りにも、完全に会社の評価制度に満足している人は殆どいないはずです。


でも、不満を極力減らすことは可能です。

それは、企業の経営側に責任があります。


 1 評価基準と評価思想を明確にすること。

 2 その制度が、最も会社全体の生産性を高めることができる論理的裏付けがある事。

 3 会社の利益の使い方が明確なこと。(一部の利益の為に使われないこと)

 4 評価実務に際して立場の異なる複数の人間が関わること。

 5 その組織で最も評価を受ける人物像を想定し、明示すること。

 6 その評価が、個々人の人生にとってプラスに作用すること。


さらに上記に関して、その考え方が理解されるよう
社内で時間を割いて制度と考え方を伝えていくことが重要です。


そしてもちろん、評価される側の自覚を促す事も重要です。

もしあなたが自分自身の評価に不満を持ったなら、視点を少し上げてみて、


「もし自分が評価者ならどうするか?」


と考えてみることから始めて見ましょう。


必ず何かが見えてくるはずです。


srcblog01 at 17:43

2013年12月23日

☆No.61【なぜ女性の活用は失敗するのか】



最近、様々な形で女性の活用が声高に叫ばれるようになりました。


実はこれ、景気が上向くと必ずクローズアップされるのです。

つまり、景気拡大による人手不足を補いたい企業の論理を、
まるでこれまで女性が差別されてきたことの解決であるかのごとく、
お題目を並べて、女性の活用を声高に言い始めているように感じます。

もちろんそれ以前に人口動態変化による就業人口の減少が長期的要因として存在しています。


「何を今さら」であります。


思えば、バブル絶頂期の1990年頃、同様の理由で女性の総合職採用が進みました。

その後、日本企業の組織はどのように変わってきたか。果たして女性の活用は成功したのか。

その検証が行われないまま、あれから20数年もたった今、またもや同じような現象が起こっています。

バブル時代の女性活用ブームの失敗における反省は行われたのか。
行われてきたとすれば、それを活かした対策はできているのか。

この「2回目」といえる女性活用ブームを、当時と同じく今も経営者として人材ビジネス
に関わっている私から見れば、その反省は全くもって活かされていないように思います。


このままでは、今回の女性活用ブームも失敗する可能性がとても高いように感じます。


それでは、なぜ女性の積極活用が失敗するのか。今回はその要因と対策を提示したいと思います。


まずは、失敗の第一要因


女性活用の為の数値目標やインセンティブを設定する。


女性を管理職の〇〇%にしよう、とか、女性の職場比率を上げよう、
とか、そういった単に数値目標を設定しただけでは、この施策は必ず失敗します。

その理由は簡単です。

ひとつは、「女性」がステレオタイプに規定され、まるで、「女性」が一種類かの如く
扱われることです。「女性」にも、もちろん「男性」にも様々なタイプが存在すること
は今さら言うまでもありません。「女性」を一つの種類かの如く扱うことで正しい結果を
生み出せるかどうか。これは議論するまでも無いでしょう。

また、「女性」を主語にした時点で、女性だから、という理由での特別な目線が生まれます。
また、目標数値を達成する為に優遇を行われる場合もあります。
これは、同じような境遇の「男性」には適用されませんので
結果的に職場に違和感や逆差別が生まれます。

また、女性の管理職を登用した企業に、行政が
補助金(インセンティブ)を出す政策はリスクが高いと考えられます。

なぜかと言えば、これによって、本来の実力によって、
管理職の地位を手に入れたはずの女性も、「補助金枠」管理職と
みられることがあり、かえって肩身が狭くなってしまうことがあるからです。

また、企業が補助金目当てで、実力も意思も無い女性を管理職等に登用すれば、
本人も、周りの従業員も、そのアンバランスさに戸惑ってしまうこともあるでしょう。

それこそ、補助金目当の「名ばかり管理職」を増やしてしまう結果にもなり得ます。



第二要因


本来、女性がこうありたいという希望と相反する傾向が生まれる。


少し前の調査ですが、

※「夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」と考える既婚女性の割合がこれまでの低下傾向から一転し、増加したことが31日、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の「第4回全国家庭動向調査」(2008年7月に実施)で分かった。

※2010/05/31 【共同通信】記事より抜粋

となっており、若い世代でこの傾向はより顕著です。

大げさな定量調査なんかしなくても、普段から若い世代と接していると、
異口同音にこういった声を大変多く聞くことが出来ます。

本音でこのように考えている女性に、「無理矢理」負担の大きい
仕事をさせようとしても無駄に終わるであろうことは想像に難くありません。



第三要因


極端な例をマスコミが取り上げすぎる。


マスコミや研究者が、女性の活躍を紹介するとき、多くの場合、
社会的にも大きく成功した女性を例に挙げ、いかにもそれが女性の活用事例のごとく喧伝します。

特にマスコミは、見栄えが良く、成功した女性を取り上げ、それを語ります。

まるで、誰もがプロ野球選手になれるとでも言ってるかの如く聞こえます。

多くの人が気がついているように、その女性達の殆どは、
何らかの制度によってその地位を手に入れたわけではありません。

それをいかにも、「これが見本です」的に紹介することで、普通の女性は、「彼女たちは特別。
私には無理」と感じ、さらに女性が責任ある仕事に就こうとする意欲を削ぐ結果になるのです。

また、活躍している女性がテレビ等で紹介されるとき、紹介に「二児の母」などど
男性では決して使われないテロップが平気で出されることです。これは逆に、子供を持たず
に活躍している女性に対する、大変な差別心が潜んでいるように感じます。



第四要因


極端なフェミニズム


極端なフェミニズム論者が、テレビなどを通じて、女性差別を声高に叫びます。
それを見て、多くの女性達は、「ああはなりたくない」と感じます。

男性が「男らしく」生きたいと思うのと同様に、
女性が「女性らしく」生きたいと思うのは、大変自然なことです。

それを否定するかのような、極端なフェミニズムや
ジェンダーフリー論は、かえって女性の活躍を阻害します。

(もちろんそれら唱えている論者はそう思っていませんが)



これらにはもちろん解決策が存在します。それを提示したいと思います。

(公的な保育所の充実による待機児童の解消等は、行政の義務であり、産休育休などの制度は企業として当然のことですのでここでは触れません)

第一の解決策


社会的背景


国税庁の調査によると、この15年間、給与所得者の平均年収は
平成9年をピークにほぼ減少の一途を辿っています。こうなると、一人で
家計を支えるのは困難となり、自然と女性の就業意欲が高まることになります。

これは解決策と言うより「仕方なく」ですね。


第二の解決策


企業の対策


そんなに難しいことではありません。

上記の所得環境を鑑みつつ、個別の事情に合わせて、
多様な働き方を認める制度を創設し、柔軟に対応することです。

これは十把一絡げのルールだけでは不十分です。

「男女や年齢などにかかわらず」(ここが重要です)、その人の家庭環境や、
向上心、能力、等に応じてどのような働き方でも認めていくということを、ルール化することです。

誤解を恐れずに敢えて極端な言い方をすれば、
「男だって子供を産むかも知れない」
というくらいの想定をしておくと言う意味です。

制度が先に立つと、制度に当てはまらない場合、職場を去らなければならなくなります。
そうならぬよう制度そのものに柔軟性を帯びたものを設け、その都度、権限を持つ責任者が
各自に適応した勤務体系、賃金体系を決めていくことが出来るようにすることが重要です。

これは個別雇用契約(I-Deals)※の概念です。個別配慮契約とも訳せます。

100人程度の会社であればトップの意思一つですぐにでも適応可能です。

大企業の場合は、100〜200人程度の組織単位で、それを
決裁できる責任者を定めることで、この制度は実現可能となるでしょう。

これはダイバーシティマネジメントの一つの解と言えます。


第三の解決策


らしさを認める


女性を活用する。と考えるから無理があるのです。

今まで、男性中心の社会で企業が成り立ってきた歴史は、今さら変えようがありません。
そのような環境に、無理に女性を加えようとしても混乱が生じます。

女性を受け入れると考えるのでは無く、「その人らしさ」を受け入れ、活用すると考えることが重要です。

男性であってもキャラクターとして「女性らしさ」を持つ人はいます。逆も然り。
それと同じようにパーソナリティの一つとして自然に受け入れる意識を持つことです。

「らしさ」を企業の人事評価の基準に加えることは、
既に、いくつかの企業において制度化され始めています。

この考え方と、第二の解決策をミックスすることで、
自然と女性が職場で活き活きと働く企業が生まれる事でしょう。


私は、昔から、男女で仕事の差別を行ったことがありません。
しかし、採用時によく、「らしさの評価はします」と言っています。

それは、男らしさ、女らしさ、である場合もあれば、
逞しさ、しなやかさ、優しさ、厳しさ、といった「らしさ」もあります。


男女や年齢にかかわらず、「らしさ」を活かして「楽しく」働いて欲しいと思います。


【参考文献】※

I-DEALS: IDIOSYNCRATIC TERMS IN EMPLOYMENT RELATIONSHIPS DENISE M. ROUSSEAU Carnegie Mellon University  Academy of Management Review 2006, Vol. 31, No. 4, 977-994.

srcblog01 at 17:16

2013年12月03日

☆No.60【就職活動】



何を隠そう、私は就職活動をしたことがありません。
理由は簡単、学生時代に起業してしまったからです。


そんな私ですが就職活動についてとてもよく考え、また意見を求められる機会は数多くあります。


もちろん仕事柄、その関係に関わることが多いのも事実ですが、
普段から就職活動中の学生諸君の意見や希望をよく聴き、自社の説明会では
語り合う事を重視し、また大学での講義では敢えてこれを話題にすることが頻繁にあります。


そこでよく思う事。


そもそも「就職活動の目的は何か」と言うことです。


大学3回生も後半にさしかかると、何かと就職活動の話題が多くなるのがスタンダードな学生像です。

インターンシップを行う企業が増えるのもこの時期です。

今年からは、「3回生」の12月1日が会社説明会の解禁日。
来年度からは、3月1日に後倒しされます。

過去に遡ると、この申し合わせは、1986年「就職協定」という名の下に、
「4回生」の8月2日会社訪問開始、11月1日内定解禁として協定合意されていました。

この頃これを破る「青田刈り」という言葉が流行しており、
就活解禁日には、既に内定をもらっている学生が多数いました。

そして1996年にこれが廃止されて以来、就職活動は年々早まり、
ついに、「3回生」の10月に主な新卒向けメディアが情報を開示するようになったのです。


そして再び、就職協定(みたいなもの)が生まれ、
今年からは前述のようなスケジュールになっています。


これは、

「学生は学問優先」という意見と、
「時間をかけて就職先を選ぶべき」という意見がぶつかり、

また、企業は、

「出来るだけ早く優秀な学生を取り込みたい」

という意思が入り込みました。

といいつつ、

「企業にとっては出来るだけ公平に」

採用機会が与えられること。等が条件となっていると考えられます。

とても日本らしいバランスを鑑みた制度です。
(ちなみに米国にはこのようなものは一切ありません)


学生諸君は、これらの狭間で、右往左往し、
さらにネットによる情報過多がこれに拍車をかけていくのです。


私は、学生諸君に、


「なぜ就職するのか」


という単純な問いを投げかけることをよくやります。

一番多い答えは、


「生活のため」


です。でも世の中が豊かになった為、生活のために
どうしても就職しなければならないという学生は、実はかなり少数派です。


試しに、


「就職決まらなければたちまち生活に困る人は?」


と、聞くと、殆どいません。


「じゃあ、就職なんかしなくて良いんじゃ無い?」


と、問います。


さて、ここからが議論の始まりです。
様々な回答が返ってきます。


「なぜ就職するのか」


これをよく考え、自分なりの回答を思ってから就職活動を開始すると、
結果うまくいく確率が上がると私は思っています。


今年も、個性的な回答を期待してます。


srcblog01 at 18:10

2013年10月12日

☆No.59【半沢直樹と大和田常務のリーダーシップと官僚的組織構造】



官僚的体質は、悪者か?


ミーハーネタでアクセスを稼ごうという訳ではありませんが、
ドラマの半沢直樹シリーズを組織構造とリーダーシップの観点から論じてみたいと思います。

銀行という組織は、いわゆる官僚的な組織です。

官僚的組織というと、日本では悪い印象があるかも知れません。
ちなみに英語の同義語である「bureaucracy」も批判的な意味が含まれます。

しかし、そもそも官僚的組織とは、
目的を達成するに当たっては、最も優れた組織構造のひとつなのです。

ロバート・K・マートン(1961)は、「形式的組織の理想的なタイプ」とし、
その理想的な組織を評価しています。

しかし同時に、官僚的組織が長期に渡ることで以下の弊害があるとしています。※

〃盈された無能

∈把禝容行動

8楜劼良塰足

ぬ槁乎峇

ジ朕妖成長の否定

Τ弯靴料乏


つまり、はじめは理想的に作られた組織が、長期にわたって
制度疲労を起こすことによって、上記のような弊害が起きることが多く、
それが、官僚的組織が悪く言われる所以だと考えられます。

官僚的組織とは、営利目的では無い行政や、銀行などの行政による許可などが必要な
既得権益的な企業内で生まれる事が多く、本来であれば、外向き(市民や顧客)に
向かうべき目的が、組織そのもの維持することにエネルギーが向かってしまう状態になることです。

つまり、組織内では、市民や顧客よりも、組織内での目の前の部分最適を重視する
大和田常務的なリーダーシップを発揮する人間が出世することとなります。

そして、逆に半沢直樹のような、市民や顧客のためという本来の組織の目的に忠実で、
かつリーダシップを持った人間がかえって排除されるというおかしな現象が起きるようになります。

組織そのものが、上記のきキΔ里茲Δ別簑蠅鮖っているのですから、
いくら半沢直樹がボトムアップで組織を変えようとしても限界があるのはドラマの通りです。

しかしそれは「意図せざる結果としての逆機能」※ですから、もちろん官僚そのものが
悪いのではありません。同じ構造の組織が長く続くことによって弊害が起きるだけのことです。

官僚的組織が、こうなってしまっているケースは日本にも大変多くあるのでは無いでしょうか。
(最近のみずほ銀行の事例もこれらの弊害のひとつに当てはまるかも知れません)

結論を言えば、疲弊した官僚的組織を変革するためには、
官僚的組織出身では無い、「強力且つ正しい理念と実行力を持った
新しい価値観を持ったリーダー」によるトップダウンによる変革が必須となります。

そして、新たな官僚的組織を作り出し、目的を明確化しそれを実現させていくのです。
それによって組織は生き返り、活き活きと人間らしく働ける組織へ変わっていくことでしょう。

もちろん、これもまた時間と共に制度疲労を起こします。
その時には、また再び強力なトップリーダーの出現が必要になるのです。

つまり、官僚的組織は、意図的かつ定期的に変化を起こし、進化させなければならないということです。


みなさんの今の組織はいかがですか?
 銑Δ当てはまっているように感じたならリーダーを変えなければなりません。



野中郁次郎(一橋大学名誉教授)の「経営管理」から引用、この著書でマートンの著書「社会理論と社会構造」に記述されていることを引用し整理している。「意図せざる結果の逆機能」もマートンの言葉である。


個人的には「既得権益」に関して、このような考えを持っています。
No.50【既得権益を守れ

srcblog01 at 16:00

2013年01月06日

☆No.58【年頭所感】


あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりありがとうございます。

昨年後半は、なかなか時間がとれず、
ほとんどブログを更新することが出来ませんでした。

個人的は、今年前半も、時間の足りない状況が続きますが、
何か良い情報や考え方などが、見つかり次第更新したいと思います。

今回は、社内向けに広報した方針確認と所感をほぼそのまま、紹介します。
社内向けの文章ですので、言葉遣い等に違和感があるかと思いますが、
これらよって私たちの日頃の行動指針などご理解頂ければ大変嬉しく思います。

本年もよろしくお願い申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

簡単に今年の方針を伝えます。

目の前の、顧客、読者、生徒、リスナーの満足を徹底的に追求し、
地域に豊かさをもたらすという役割を果たすことで、
会社が正しくかつ有益に存在し、
それによって得た収益を長期的視野を持って地域と従業員に還元していくこと。

結果として、個々人が自らの成長を楽しみ、
また、豊かな人生を送ることができる。

今年も変わらずこの方針で運営していきます。

今年3月で、2010年に策定した3カ年計画「3Tプロジェクト」最終年度となります。
事業毎に濃淡あるものの皆の努力により全体としては達成する見込みです。

新経営計画は、超長期的視野(10〜50年)から中長期(1〜3年)、
そして短期(月〜四半期)に落とし込んで、各事業毎に行動計画の策定を行います。


ここからは所感になりますが、

ひとりひとりにとって興味あること。
それは、健康で豊かな人生をおくることに他ならないと思います。

まず健康は、非常に大切でありその為に自己管理は徹底して行わなければなりません。
でもそれだけではどうしようも無いときもあります。

しかし、豊かな人生は、自らの努力で切り拓いていくことが可能です。

些か宗教的な物言いになりますが、自らの豊かな人生は、
他の人の豊かさに貢献できた総量によって決定づけられると私は信じています。

それが真実であるならば、我々の行動すべき方向は自ずと定められます。

企業の成長も同じ事が言えます。

少なくとも私の根本にある考え方は上記であり、
私の全ての言動はこれらに帰結すると考えて下さい。

質問などあればいつでも気軽に。



※最近になって、これらの考え方は、学術的にも認められるようになってきました。
興味のある人は、以下の文献を読んでみて下さい。

■「経営の精神」加護野忠男(神戸大学名誉教授 甲南大学客員教授)
※日本で最も著名な経営学者の一人。長期にわたる継続した研究から日本の経営の正しさを示唆。
■「百年続く企業の条件」(帝国データバンク 史料館・産業調査部)
※調査会社らしく客観的指標で企業継続の条件を示す。
■「企業生命力」アリー デ・グース (the head of Shell Oil Company's Strategic Planning Group and is a public speaker) ※50年以上存続している企業に共通する4つの特徴を明らかにした。
■「幸せな資本主義」(日経ビジネス2013年1月7日号特集記事)
※今現在の、世界の優良企業の事例から模索する「幸せな資本主義」に迫る。

2012年03月10日

☆No.56【会社は誰のモノか】



会社が誰のモノであるか。それを決めるのは誰か。


と言う議論は経営層だけで無く組織で働く人全てが関心を持っていると思います

もちろん法律的には株主のモノである事に疑いの余地はありません。
株主がいなければその会社は存在し得なかったのですからこのことはある意味当然といえるでしょう。

ところが昨今の考え方では、その会社の利害関係者、
所謂ステークホルダーのモノであると言われる事が一般的となりました。

但しこれには、法や制度に基づく明確な根拠はありません。
つまり会社がステークホルダーのモノであるというのは単に「考え方」にすぎないということなのです。

では、何故考え方に過ぎないものが一般的になったのか。

その背景を理解する事が企業を健全に運営していく鍵になると思います。

高い経緯成長が終焉を迎え、国際的な厳しい競争にさらされるようになると、経営者の考える企業環境に於ける最も強力な武器は従業員の自ら発する動機である事に気がつくようになりました。

従って現在のマネジメントには、「モチベーション」(動機)という言葉が頻繁に使われるようになってきたのです。

従業員にととっての「動機」は様々ではありますが、その中でも特に重要なのは,帰属意識です。

従業員が企業に帰属意識を持つ事は、
企業間競争に大きな優位性を持つ事になるのは間違いありません。

つまり企業が誰のモノであるかという議論は、企業間競争の激化に
よって生まれた企業の戦略的思想だと置き換える事ができるかもしれません。

過去に於いては、年功序列と終身雇用がこの帰属意識から発生するモチベーションの源泉となっていましたので、マネジメントの現場に於いて、それ以外の動機付けを意識する比率は今よりも低かったと思われます。

そしてこれらの制度が過去の物になってしまった結果、
従業員に対し新たなモチベーションを持たせるための施策が必要になってきたということです。

ビジネスマンにとって最もモチベーションにつながるのは自らが働く会社と自己を同一化、とまでは行かなくとも、共同所有物として見なす事が出来る事です。

つまり会社に守られているのでは無く、会社は皆の所有物なのだから、
自分も含めて皆で支えていこうという動機が生まれてくるように思います。

もちろん現実的に考えても、会社は株主のものである
という法的な規定のみによって定められるほど単純ではありません。

また、ビジネスモデルだけで利益が生まれる事もありません。

当然ながら、その会社の社会に於ける位置付けや、存在意義、
社員一人一人、取引先、これらの存在が無ければ組織は成り立たたないのです。

大切なのは、株主がこういった意識を持つだけで無く、発信し続ける事だと思います。

例え社長一人が株式を持つようなオーナー企業であったとしても、会社は本来誰のものであるか。という意識と言葉を持って社会や社員と向き合う事で、高い動機を持ったすばらしい組織へ会社を導く事が出来るのでは無いでしょうか。



srcblog01 at 16:12

2012年02月26日

☆No.55【会社を辞める】



入社した会社を辞める。


とても勇気のいる事だと思います。

辞めるのが正解なのか。
タイミングは今なのか。
次の仕事は決まっているか。
隣の芝が青く見えるだけなのか。
独立してやっていけるのか。

しかも辞める前には、様々な理由を考え、
当たり障りの無いようにしようと思い悩みます。

特に昨今の様に一概に何が正解と言える経済環境では無い事が、
さらに悩みを深くしていきます。

特に若い時は、刹那的な感情に左右されて、短絡的に物事を
決めてしまいがちにあることも否めません。

何が正解かをここで示すことは全く持って不可能ですが、
もし転職を条件に考えるならそこには一定の傾向がある事は事実です。

それは在職期間についてです。

企業の人事担当者が、履歴書を見て最初に判断材料にするのは、
前職の在職期間です。理由はともかく、前職の在職期間の短い転職はかなり不利です。

それと古い考えと言われるかもしれませんが、転職回数です。
あきらかなキャリア形成を伴った右肩上がりの転職履歴であれば話は異なりますが、
一般的な人材選考の場合、転職回数が多ければ多いほど不利に働きます。

理由は3つです。

我慢が足りない人物では無いか。
何か問題のある人物ではないか。
うちの会社に来てもすぐ辞めるのでは無いか。

大半の企業の選考担当者は同じ様な意見を持っており、
理由の如何を問わず書類の時点で選考から外されることもあります。

また、「○年以内の退職履歴のある人は採用しない」とか、
「転職歴○回以上の人は採用しない」といった内規を設けているケースも散見されます。

「石の上にも3年」

古い言葉ですが、今でも同じ事が言えるということでしょう。


もちろん企業には、一度入社した人がしっかりとやりがいを持って成長できるよう、
制度の整備と適切なマネジメントを行う必要がある事は言うまでもありません。


先日、とある大企業の責任ある立場の人が、
社員に対してかけているという、とても良い言葉を聞きましたので紹介します。

「卒業は認めるが退職は認めない」

会社を辞める時は、単に辞めるのでは無く、何かそこで得たものを持って、
次のステップへと飛躍する事が、退職の条件だと言っているように聞こえます。



srcblog01 at 00:54

2012年01月16日

☆No.54【生産年齢人口の罠】



生産年齢人口という言葉を聞いた事があるでしょうか。


経済の議論が行われる時に共通の認識としては、一般に15歳から64歳までのことを指します。

この生産年齢人口が減っていくのだから、経済構造の変化に伴って社会保障関係費は増加し、結果的に国家の財政は破綻に向かうという方向であるという議論が最近最も強力であると感じます。


私は、ここに生産年齢人口の罠が存在すると考えています。


江戸時代、人生50年と言われていたそうです。
今は、人生80年から90年くらいでしょうか。


時代と共に、寿命が延びます。


生産年齢はどのように変化するのでしょうか。


65歳を過ぎても充分に「生産年齢」である人の比率はどうでしょうか。


65歳からは仕事をしないと決めつけていませんか。


70歳でも、80歳でも、「生産年齢人口」の一翼を担う事はできませんか。


前節で書きました、「終身雇用を目指せ」も
議論の出発点は、この「生産年齢人口」です。


年齢で、生産的かどうかを定義づける現在の認識そのものを変化させなければ、社会保障費の問題など解決するはずがありません。

「生産年齢人口=仕事に対する能力と意思がある人」と定義づける事はできませんか。

これができれば、社会保障の問題などすぐに解決します。

さらに高齢者の社会的存在意義の高まりによって、
生き甲斐にあふれた元気な社会が創造されるのでは無いでしょうか。



私がこれに関して考えを巡らせ始めたのは、きっかけがあります。


私の父は、健在で、75歳を超えていますが、まだまだ元気です。今は年金生活者です。

その父親が先日、

「生きていてハリが無い」と言います。

ハリとは何かと、訪ねると。

「責任も無い、やりがいも無い、朝起きる事に意味を感じない」

などと言います。



父は、現役時代はバリバリのビジネスマンでしたから、余計にそう思うのかもしれません。



しかし、誰でも人は、元気で、仕事ができるうちは、「誰かに頼られたい」とか「何かに貢献したい」という意識が無くならないのではと思います。


それを、「生産年齢人口」という、作られた定義の元で、奪い去っているのではないか。
そしてその定義に振り回され、社会運営そのものを困難にしてしまっているのではなか。


私は、「生産年齢人口」にとらわれない発想を持ちたいと思います。



srcblog01 at 12:54

2012年01月12日

☆No.53【終身雇用を目指せ】



なんとも時代錯誤な題名です。


近代の経営にとって終身雇用ほど悪者扱いされていたモノはありません。

様々な経営環境の変化に伴って、終身雇用を
伴った企業運営はもはや過去の遺物扱いされています。

最近では公務員ですら政治家の交代でその保障を奪われかねない状況になりました。

これらは、経営に於ける課題を終身雇用制度そのものの
否定によって解決しようとしているかに見えます。

しかし、私は、これからの企業運営こそ終身雇用を目指すべきだと考えています。

経済構造の変化や、株主重視の経営によって極限までの経営効率を求められた結果、いわゆる「デキる」人材だけを残そうとする「習慣」が昨今の経営のスタンダードとされていました。

そして、物理的に経営効率を高めた経営者が賞賛される事となりました。

私は、今、物理的にと書きました。

数字的にと表現した方が分かり易いかと思いますが、いずれにしても、人間が持つ数値化されない価値を無視したところで欧米的な価値観を評価しているようにも思います。

これは日本に於いてはまもなく限界を迎える事になると私は考えています。

理由の一つは人口構造の大幅な変化です。
言うまでも無く、急速に高齢化が進んでいます。

もうひとつは経済構造の変化です。
人口減によって土地の価値は下がり続けます。
不動産をベースとした経済構造は終焉を迎えます。

そして家が余ります。

何が起きるかというと、生活のベースとなる居住にかかるコストが大幅に下がるということです。

このような環境下では今までよりもさらに生活が多様化していきます。一般的に思われてきた標準的な日本人の生活パターン(というか人生のパターン)は、逆にマイノリティとなっていくでしょう。

このような社会環境の変化に伴って企業はその社会的役割を見直さなくてはなりません。

日本人の価値観の大幅な変化は既に若者から始まっています。

その価値観とは「豊かに生きる事」です。

「豊かに」とは、「お金を儲ける」ことではありません。
「豊かに」とは、その人の「存在意義を際立たせる」ということです。

企業に於いても同じ価値観を共有する事で、終身雇用を目指すべきだと考えています。

簡単に言うと、金銭的価値をもたらす生産性と、
人としての存在価値を全く別の視点で、また同時に評価するということです。

これを制度として昇華させるにはもう少し研究と実証が
必要ですが、企業を一つの国と捉えれば取り組みやすいかもしれません。

これらを実現するには相当の努力と時間が必要ですが、次世代の企業思想を
伴ったあるべき姿とその仕組みをできるだけ早く構築し実証していきたいと思います。



srcblog01 at 12:34

2011年08月25日

☆No.52【ビジネスにおける数値目標とは】



目標数字をそのまま目標にしてはいけません。


ほとんどの会社は、売上げ目標や利益目標なるのが存在します。

3年以上の長期に渡るケースもあれば、
今日、明日と言った目の前の数字を設定することもあるでしょう。

目標数字を目の前にすると、やる気が出たり、
悲壮感が生まれたり、はじまってもいないのに達成したような気分になってしまったりと、
そのときの状況に応じて様々な感情が生まれます。

ところがほとんどの場合数字に対しての感想には意味も根拠もありません。

そして根拠の無いままに数字を追いかけ、また追いかけられる日々が始まります。

数字を求めることが目標に変わってしまう瞬間です。


果たしてビジネスにおいて数字は目標なのでしょうか。


大抵の場合、数字を追いかけるだけでその数字が実現できることはありません。

ところが、数字の目標というのは、現在の実力よりも少し上のところを目指すのが常套ですから、とにかくもうちょっと頑張ったら到達すると思い込んで、気合い一発でスタートしてしまいがちになります。


そして日々数字を目の前にして、進捗を見ながら
期限か近づいてくる頃にはだんだんと顔が青ざめていく結果となります。


そうならないためにどうしたら良いのでしょうか。


まず、数字の目標が提示されたら、それをすぐに結果に置き換えるという作業をします。


第一に、結果から逆算して、KPI※を決定します。

ここまではよく行われます。

主に行動の種類と量から逆算して結果を求める手法です。

この場合得られる結果は、過去に、これらの手法を行ってこなかった場合に有効に機能する場合がありますが、これらが既に習慣化されていくことで、徐々に意味を持たなくなってきます。

しかも、これだけをやっていたら、永遠に行動量を高めなくてはならない悲壮な状態が生まれます。


したがってKPIが着実に実行される風土が完成したら、次にKQI※を設定します。

設定と書きましたが、QはQualityですので
設定というよりも、向上の方が分かり易いかもしれません。

個々で需要なのは、そのQualityが何かと言うことです。

もちろん販売する製品であったりサービスであったりすることは
言うでもありませんが、実はそれをコントロールできない営業現場でもQualityは存在します。

一般的に指標として明確に出されることはありませんが、簡単に言うと人の質そのものです。

行動量が全く同じでも、その人のQualityで大きく結果が異なることを恐れずに直視し、各々が自覚することが重要です。そして人そのもののQualityを向上させることを指標に入れ込むと言うことです。

企業においては数字上の目標達成と人材育成を個別に考える傾向がありますが、混ぜ込んでしまうのが正解です。


最後に、KPI※を設定します。同じKPIですがここでのPは、Processです。

KPIやKQIで設定した項目を実行するためのProcessを設定します。同じPerformanceでもProcessを変えることで結果は大きく変わります。

これらの3つをindicatorとする。つまり目標を「数字」ではなく「目標」はあくまでも「結果」に置き換え、これら3つのindicatorを成し遂げることを「目標」に置き換えるという作業が重要となります。


つまり、「目標数字」を与えられたら、それをすぐに「結果数字」に
置き換える癖をつけることが、目標達成のコツなのです。


ちなみに後述の2つのindicatorは、専門的にはCSF※に含まれると考えられますが、個人的な意見として2つを抽出してみました。さらに言うとこの2つは、私の造語で、一般的な経営や業績の管理指標として用いられている言葉ではなく、英語表現として正しいかどうかも疑わしいものです。


※KPI(Key Performance Indicator)
※KQI(Key Quality Indicator)
※KPI(Key Process Indicator)
※CSF(Critical Success Factors)



srcblog01 at 17:06

2011年06月10日

☆No.51【建前が本音であること】



大人の世界では、必ず本音と建前があります。

お世辞なども、建前の一種かも知れません。

政治家の演説における建前、企業の運営方針における建前、男女の間にもあるでしょうか。


人は普段この建前を自然に使っています。


おなかの中では「バカヤロー」と思っていても、
面と向かって「バカヤロー」と怒鳴ることはあまりありません。

暇な人だと分かっていても、「お忙しいところ恐れ入ります」と言ったりします。


建前にも種類があって、

自分自身が好かれたいから言う建前。
人をマネジメントするための建前。
何かを売り込む為の建前。
人を傷つけまいとする建前。

人間関係をスムーズにするためには、建前は必要です。

でも、同時に、本音と建前の落差は、なるべく小さくすることをお勧めします。


建前は、(当たり前ですが)本音では無いので、状況に応じて
言うことが変わったりします。

さらに、時間がたつと自分が言った建前を忘れてしまい、
同じ状況で従前とは違った建前を言ってしまうこともままあります。


つまり建前が多くなると本人に悪気は無くても
周りからは自然と嘘つきだと思われてしまうのです。


私自身は、建前が大嫌いなので、極力使わないようにしています。


交渉や、営業、講演などの場面に於いても、基本的には建前を抜きに話をするようにしています。

但し、工夫もあって、話をする前に、「私はついつい本音を言ってしまう性格なので、もしご気分を害されたらすみません。」と、断りを入れたりすることもあります。

聞く側も大抵の場合、建前は建前として聞き流す事が多いですから、
特にビジネスの現場では、建前を減らしていくことが望ましいと考えます。


逆に、


建前は、立派なことを言うことが多いと思います。それを言い
続けていくことで、自らの考えを立派なものにしていくという一種の洗脳効果もあります。

建前を貫くことで自分自身の考えを立派で尊敬されるものへと変えていく。

つまり、建前を本音に変えていくということも自らを磨く為の一つの方法となり得る
ということも頭の隅に置いておきましょう。



srcblog01 at 15:37

2011年06月04日

☆No.50【既得権益を守れ】



世の中には様々な既得権益があります。


代表的なのは、今話題の電力関係などインフラ関連企業や政府や地方自治体が抱える外郭団体などもこれにあたります。

もちろん民間にも様々な既得権益があります。

例えば、大企業から委託されている仕事を持っている企業や、ある商品の販売権、もちろん放送局が持つ電波を使うことができる権利も既得権益と言えるでしょう。

また、一般的には既得権益は団体に対して用いられる言葉ですが、会社や団体の中で管理職等が持っている権限に伴う利益(所得)なども既得権益のひとつと言えるものかもしれません。

長期に渡って既得権益を持つ団体はその権利に甘え、生産性を高めることや本来の目的であったはずの社会貢献の役割を果たすことに熱心ではない傾向が見られます。

人間は、自分自身に対しては甘くできていますから、長年の安定的な既得権益に慣らされてしまうことで、その既得権益を世のため人のために使うことよりも、「既得権益そのものを守ること」に熱心になっていきます。

ですから普段はあまり仕事熱心では無いにもかかわらず、
既得権益を失う危機に直面したときには、ものすごい力を発揮する傾向があるのです。


私は、「既得権益=悪」という発想は全くありません。


ただ、既得権益を持つ団体が、その権利と利益を活かして世のため人のための活動を精一杯やっていないのであれば、その既得権益をもっと有効に使える方々に譲るべきだと考えています。


ですから、既得権益を持つ団体や人は、その権利を守るために、それを活かした社会に貢献する活動をめいっぱい行うことでその権益を守って欲しいのです。


繰り返しになりますが、既得権益を持つ団体や人は、それそのものを守るのでは無く、それを有効活用することで、立派な社会的な存在価値を確立し、結果としてその既得権益が守られているような存在であるべきだと思っています。


既得権益は安定的に楽して儲ける為にあるのではありません。



srcblog01 at 18:32

2011年04月10日

☆No.49【経営は「効率化を考えると効率が上がらない」の法則】




なぜ効率化を第一に考えると効率が上がらないのでしょうか。



今回は、私が知る経営ノウハウの中で最も肝となるものを公開します。


経営を長くやっていると、必ず


「如何に生産性を上げるか」とか

「経営効率を高める方法」


などについて様々な角度から検討し、またいろいろな方々から提案を頂いたりします。


会社は利益を上げるのが本分だと考えれば、
いかにもこの視点は正しいかのように見えます。


そしてその手法と言えば、顧客を、モノやサービスを売る側がら選別し、どうすればモノやサービスが「効率的」に「高生産性」をもって売れるようになるかを考えます。


そして、それが実現されれば、大きな利益が生まれ、
会社がグングン成長していくような錯覚に陥るのです。


実際、殆どの場合、この考え方で効率的に高生産性が実現されることはありません。


もっと分かりやすく言えば、もし効率化の計算式通りにやって利益が上がるのであれば、
世の中の会社はもっと成長し、また儲かっているはずです。


こういった間違いが生まれる背景には、どうしても成功した会社の「やっていること」に目が行きがちで、その背景や思想、また経営者の人格や普段の言動を検証することが難しいからだと思われます。


多くの経営者の方々と直接接して思うことは、


ちょっとしたアイデアや時流に乗ったり、
モノマネ事業を効率化することによって一時的な成功は生まれます。


しかし、長期的な成長や成功は、それ以前の思想が明確であることが求められます。


効率化や高生産性を求めるところの思想の出発点が、


「会社が成長するため」ではなく、
「顧客満足のため」であったり「社会貢献のため」であるということです。


世界一の自動車メーカーが、効率化を行って車の価格を下げるのは、

「価格を下げて世界的なシェアを拡大して儲けるため」

ではなく、

「よりリーズナブルな価格で、高品質な車を楽しんで欲しい」

という顧客本意の思想からくる戦略なのです。


新聞記事などを見ると、


「○○自動車がコスト削減による低価格戦略で世界シェア拡大へ」


といった記事が踊ります。


まるで、○○自動車が自社だけのことを考えて、
経営効率化を行っているかのような錯覚が生まれます。


その裏にある、経営思想を読み解くことが、経営を学ぶと言うことだと考えています。


つまり、経営者がその思想を会社の隅々まで浸透させることが真の効率化を生み、真の効率化が顧客満足と社会貢献を実現することで、利益という名の「感謝」がその会社にやってくるのです。



srcblog01 at 13:34

2011年04月02日

☆No.48【新入社員へのメッセージ】




ビジネスマンとしての人生を充実したものにする為に。



今年も数多くの企業で新入社員が入社しました。

SRCグループでも全社で新卒、中途合わせて29名が入社しています。例年に無く多い人数ですが、新規事業の成長によるものと今後10年単位での事業計画を実現するための人材育成を考えて先行投資として採用を行いました。

1000人を上回る応募者から選りすぐった精鋭ですので、
今後の活躍に大いに期待したいと思います。



さて、


「期待と不安」


一般的すぎる言葉ですが、世間一般の新入社員の心理を表すとこうなるでしょうか。

「これでよかったのだろうか」

そんな後悔に似た感情もあるかもしれません。


高度成長期や、バブル時代までの就職と今の就職は
全くその様相を変えてしまった感があります。

バブル時代までの就職は、終身雇用が原則であり、
ある程度の会社に入ってしまえば一生安泰的な空気が残っていた時代です。

それが今や、どんな会社に入っても、何が起こるか分からない時代です。

超優良企業だと思って入っても、経済状況の劇的な変化は容赦ない組織再編やリストラを生み、大手銀行や日本一の航空会社でさえ倒産してしまうような市場環境になりました。


そう考えると、就職先によって人生そのものが影響を
受けることは否めませんし、それ自体は事実として存在します。


しかしながら、自分自身がどのような環境に置かれても、
しっかり立ち直る人材とそうでない人材ははっきりと分かれます。


その差は何か?


一番大きな考え方は、根本思想が「自己責任」か「タコ責任」かです。


タコ責任?


「自己」の反対語は「他者」ですが、
「他者責任」ではインパクトが弱いので「タコ責任」という造語を作ってみました。


何か悪いことが起こった時に第一に「自己責任」からスタートするか、「タコ責任」からスタートするか、その思考の習慣がビジネスや人生における成功と失敗を振り分けます。


もちろん自分自身が関わらないことで、自分自身に大きな影響があることは多々あるでしょう。


それでも自己責任を第一に考えるのです。


なぜか?


答えは簡単です。

そのようなあなたの思考習慣を周りの人が見ているからです。


つまり、


何かが起こった時に、「タコ責任」を最初に考える人を
周囲の人がどう見ているかを考えてみれば分かります。


あなたは、「自己責任」最初に考える人と「タコ責任」を
最初に考える人とどちらが好きですか?どちらを応援したいと思いますか?


人は人との関わりの中で生活しています。あなたが人から応援される
人であればあなたの人生は、何があっても人の力で立ち直ることができます。


そうでなければ、思わぬ事が起こった時に誰もあなたに
手を貸さず、立ち直ることがとても困難になってしまいます。


何かが起こった時に全てが自己責任では無いことは当然です。


しかし、「最初に自己責任を考えることで、自然と自分自身に対して自己解決を促す思考習慣」があなたの人生をより充実したものにしていくことは間違いありません。




srcblog01 at 11:36

2010年12月02日

☆No.47【下手な鉄砲は当たらない】



時代は変わってしまいました。



下手な鉄砲数撃ちゃ当たるなどと言います。
今でも言う人は大勢います。


当たりませんよ。


当たりません。


でも昔は当たったのです。
ほんの15年前くらいまでは本当に良く当たってたのです。


でも今は当たらないのです。


なぜ当たらなくなったか。


一言で言うと余裕が無くなったからです。


昔は、人も企業も多少は無駄遣いしても、
右肩上がりでまた儲ければ良いと言った考えが支配的でした。


今は違います。


右肩が下がろうとしている経済状況の中では、
人も企業も多少の無駄遣いすらできなくなってきたのです。


充分すぎる情報が誰でも即座にしかも簡単に手に入るので、
一か八かというお金の使い方も殆どなくなりました。


人も企業も下手な鉄砲を簡単に避けることのできます。


ですから下手な鉄砲しか撃てない人には、仕事は回ってこなくなりました。


本来の仕事。つまり、本当に顧客メリットのある仕事しか成り立たなくなり、それができる人と企業しかビジネスの世界では通用しなくなりました。



上手い鉄砲しか当たらなくなったのです。



今後もこの状況はさらに強まっていくことでしょう。



「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」



あなたの上司は言ってませんか?



srcblog01 at 15:40

2010年09月04日

☆No.46【コネをこねるな】




コネなど無い方がよいのです。



仕事を進めていく上で、よくコネを探すということをすると思います。


「誰かあの会社の決裁者を知らないか?」

「あの社長と話したいのだけどコネはないか?」


さて、この場合コネは必要でしょうか?



また、成功者に対してこんあなことを言ってみたりします。


「彼はコネがあるからうまくいったんだ」


さて、本当でしょうか。?



結論から言うと今時のビジネスに人のコネは必要ではありません。



決裁者に会いたいなら、決裁者に会いにいけばいいのです。


社長と話をしたいなら社長に話をしにいけばよいのです。



今の世の中、会いたいと思っても会えない人は世界的スーパースターか総理大臣くらいでしょうか。


上場企業の社長や政治家や芸能人ならその気になれば必ず会って話ができます。


条件は二つ。


自ら会うための行動をすること。


会う目的がその人物や企業の為になること。


この二つを誠実に実行すれば、必ず会いたい人に会うことが可能です。


中途半端なコネを使った場合のほうが時間はかかるし、かえって会える確立を下げていきます。


自分で行動して自分で作る。


これがもっとも強力なコネクションとなり、あなた本来の人脈となります。



コネは使うモノではなく作るモノ。



このことを忘れなければ、あなたのビジネス力は飛躍的に高まります。


srcblog01 at 16:35

2010年05月09日

☆No.45【権限や権力】



権力と権限に磨きをかけると言うこと。



権限を振りかざす。

そんな言葉があります。

権力を手に入れる。

そんな表現があります。


それなりにビジネスマンをやっていると肩書きが付くことで
少なからず権限や権力と言われるものを与えられることがあると思います。


身近なところでは、人事権、決裁権、予算執行権などがあるでしょうか。


社長ともなると、その全ての権限を持つことになります。


さらに私のように株式の過半数を持つ所謂オーナー社長と
もなれば、株主の監視からも逃れ、全てを自ら決定することが可能になります。


そして、人はそういったものを与えられると、
その力を自分自身の所有物だと勘違いしてしまうことがあります。


ですから「権限や権力を振りかざす」という愚行に出てしまうのです。


結果は火を見るよりも明らかで、早晩その権限は取り上げられ、
またオーナー社長はその会社を失うことになるでしょう。


そうならないためにどうするべきか。


権限や権力を持ったなら、まず最初に立ち止まって自分自身に伝えることです。


「これは得たものではなく預かったものだ」


主任であれ社長であれ、その権限と権力は、あなたの属する社会から
あなたへ預けられたものであって、決してあなたのものではありません。


預かりものですから、乱暴に扱ってはいけませんし、
また決して壊してはなりません。


その権限や権力が輝き続けるように、大切に大切に扱わなくてはなりません。


そしてその権力や権限はあなたの属する組織や
社会のために正しく使用されなくてはなりません。


そうしていくことでその権力や権限にはいっそう
磨きがかかり、永遠にその輝きを増し続けることになるのです。




あなたの権限は輝いていますか?

srcblog01 at 18:13

2010年04月24日

☆No.44【役割は自ら創るもの】




組織図から飛び出そう




私は普段から、


「人は人として生まれた以上、その役割を自ら創り出さなければならない」


と考えています。


ビジネスの現場で考えてみましょう。


組織の中で、自らの役割を自らの力で創り出して尚かつその役割によって成果を出すことができた人のみがビジネスマンとして成長します。


誰もが社長になれるわけでもなく、誰もがトップセールスになれるわけではありません。


ただ自らのビジネスにおける守備範囲を、組織図の中に求めることだけは避けなくてはなりません。


成長できないビジネスマンは一様にこう言います。


「それは私の仕事ではない」


それは誰が決めたのでしょうか。


上司ですか?

または組織図にそう書いてあるからですか?

与えられた仕事以上のことをするのは損だと思っているからですか?



「それは上司が決めることだ」


「それは経営者の仕事だ」


「それは他部署の責任だ」



そんな気持ちになったら、立ち止まって考えて下さい。



自らの役割としてそれを自らの力でこなすことはできないか。

自らの判断を上司や経営者に納得させることはできないか。


自らの役割を自ら創り出す事が成長の原点であることを
心に留めて仕事に取りかかってほしいと思います。




■Twitter始めました。

※フォロワー100人プロジェクトにご協力を(笑)
Twitter

2010年03月04日

☆No.43【仕事力のモノサシ】




仕事力は才能を越える事ができます。



仕事をする力には様々な種類が挙げられます。


営業力
企画力
行動力
指導力
統率力
会話力


そんな中で私が最も重視したい「力」は、「意思力」です。


人が生まれながらに持っている力にはそれなりの差があり、努力によって埋められないものあることは事実です。


但し、ビジネスの現場における仕事をする力は、生まれながらの力を超越することが珍しくありません。


どこでそのような差が生まれるのでしょうか。


人は大きく変わるもので、昨日まで仕事レベルの低かった人が、今日になると見違えるようにバリバリのビジネスマンになっていたりします。


そこでその差を生み出すモノ、それが「意思力」です。


ここで気をつけなければならないことは、「意思力」は「やる気」とは違うと言うことです。


急に妙なテンションだけを上げて、張り切りだしても邪魔になるだけです。


しかも「やる気」はそもそもの問題で、やる気がない人は仕事をしてはいけません。もし「やる気」無しに仕事をしている人がいれば、それは組織や社会にとって罪悪にしかなりませんので即刻仕事を辞めるようにして下さい。


そこで重要なのは「意思力」ということになります。


「意思力」とは具体的にどのように力を発揮して成果を残すか。つまりより良い結果を残すための明確なイメージを持って仕事に取り組むと言うことです。


与えられた仕事に対して与えられたとおりに「やる気」を出して取り組むことは当然のことであり、それに加えて顧客や組織の役に立つために自らを研鑽し、求められる以上の結果を残していくことを目指すのが「意思力」です。


「意思力」によって生まれる差は、その人の生まれながらに持つ力の差を大きく越える結果をもたらします。


才能なんか無くても嘆くことはありません。明確な「意思力」を持って仕事に取り組めばそしてそれが「仕事力」の差となり、その結果、あなたを優秀なビジネスマンに育んでいくことでしょう。



srcblog01 at 14:43

2010年01月21日

☆No.42【仕事力と孤独感】




孤独感を恐れては自らを成長に導けないのです。



一般に仕事の出来る人は、人よりも先を進んでいきます。


例えばビジネスで人より前を走るためには、


より多くの行動をします。

より多くの工夫をします。

さらに新たな取り組みに挑戦します。


これが継続して出来ることと、それに加えて結果を残すセンスが伴えば、いわゆる仕事が出来る人と認識されます。


上記のどれを取ってみても、周りと一緒に仲良くできることはありません。


仕事では、前に出れば出る程、孤独感が生まれます。


仲間が減っていくような錯覚に陥ります。


つまり、本当に仕事ができるようなるには、この孤独感に打ち勝つことが必要です。


優秀なビジネスマンになろうとすればする程、この孤独感レベルは増していくことでしょう。


ところが、この孤独感に打ち勝って、自らのステージを引き上げることができれば、そこに新たな仲間が存在することに気がつくはずです。


自分と同じように孤独感に打ち勝ってきた素晴らしい仲間に出会えるのです。


この仲間は、孤独感に打ち勝てなかった過去の仲間達とは比べものにならない満足感をあなたに与えてくれることでしょう。



ビジネスマンとしての成長はこの繰り返しだと言って良いと思います。


つまりさらに自らのステージを高めるためには、新たに出会った仲間達と別れを告げて再度孤独感と戦う覚悟が必要です。


その戦いが、困難であればある程、次のステージにおける出会いの満足感は高まっていきます。


逆に言えば、孤独感を恐れ、失うことを恐れた時点でビジネスマンとしての成長は止まるということになります。


「失う覚悟」と「得る希望」が成長の原点なのです。




srcblog01 at 23:56

2009年11月16日

☆No.41【資本主義は善?悪?】




胸を張ってお金を儲ける。



金儲けと聞くとそれが何か悪いことのように聞こえることがあります。

一方で、

「金儲けの何が悪いのだ」

「いや金儲けが悪いのではない、問題は拝金主義だ」

なんていう議論があったりします。


はたして金儲けは悪なのでしょうか。


金儲けが悪いことなのであれば、資本主義そのものを否定することになるような気がします。

つまり毎日一生懸命はたらいて、お給料をもらって帰ることが悪いことだということになります。


では、金儲けは善なのでしょうか。


実は金儲けには「金を儲けようと思ったら儲からないという」一定の法則があります。

なぜかというと、お金を儲けたいという人はたくさんいますが、人にお金を儲けさせたいと思う人はいないからです。

でも何かを欲しい思う人や、便利なサービスを受けたいと思う人、また何かに困っている人はたくさんいます。

そういった人たちの役に立とうとする気持ちと行動が、結果的にお金儲けにつながるのです。

つまり誰かの役に立ちたい、社会に貢献したいという気持ちが、必然的にお金儲けにつながっていくと言うことなのです。

企業においてCSR活動とか、フィランソロピー、メセナ等の言葉を使って、企業が儲けたお金を社会貢献に使おうなどという動きがあります。

企業人の心のどこかに、お金儲けに罪悪感があり、それをこういった活動で打ち消そうとしているのではないのかと思ったりします。

心から社会や人に貢献したいと思っているのであれば、自らの事業に自信を持って取り組むべきであり、それで得た利益に誇りを持つべきなのではないのでしょうか。

つまり、どれくらいお金が儲かっているかということは、社会貢献のバロメーターであり、儲けたお金は感謝の集まりだと言い換えることが出来ます。


逆に、お金儲けることだけを目的にお金そのものを右から左へ動かすことで儲けているようなビジネスは、一時的に稼ぐことは出来ても、いずれ今回の金融危機のようにおおきなしっぺ返しを食らうこととなります。


金融でビジネスを行うのであれば、それによって社会発展を促そうという根本的にお役立ちの気持ちがなければ継続して利益を上げ続けることは出来ません。

このように考えると、人や社会に対しての貢献度が高い程、お金が儲かるという資本主義の仕組みの根本は善だと言うことが出来ます。

仕事を続けていく以上、お金を儲けようと考えるのではなく、よりたくさんの人々や社会に役立つ行動をしようとする気持ちや行動が、お金を儲けるコツなのだと思います。



srcblog01 at 16:35

2009年10月21日

☆No.40【愛社精神を考える】




愛を語ってみました。



ビジネスマンをやっていると「愛社精神を持て」とか「会社に対してロイヤリティを持て」などと言われることがあると思います。


果たして皆さんは愛社精神を持っているのでしょうか。


愛社精神とは文字通り会社を愛する気持ちのことです。日本の会社内においてはロイヤリティも同じような意味で使われます。


愛するという行為は、自然発生的に生まれるものであり、持てといわれて持てるものではありません。


その愛という尊い気持ちを、会社から強制的に持たされているというビジネスマンが多いのが現状ではないでしょうか。


当然のことながら、組織に属して報酬をもらう以上は、その報酬に見合う仕事をするというのがあたりまえの論理です。


それと愛社精神は異なります。


大抵の経営者は従業員に愛社精神を持って欲しいと願っています。

しかし

大抵の従業員は愛社精神を持ちたいとは思っていません。


このギャップが「愛社精神を持て」という何とも言えない妙な言葉となって宙をさまようことになる原因なのです。


愛は与えるものであり求めるものではありません。


与えられたミッションに対してロイヤリティを求めることは可能ですが、会社という組織体に愛を求めることは出来ません。


組織に帰属意識を持つ人が少なくなってきている昨今であるからこそ、従業員と企業が互いに愛を与え合えるような土壌のある組織であることが、これからの企業に必要とされることなのだと思います。




srcblog01 at 16:01

2009年10月06日

☆No.39【未来における会社のあり方】




思い切って会社の目的を変えてみました。



ちょっとテーマが重たくて面白くない感じがしますが。

現代から未来における会社はどうあるべきかという観点で書いてみたいと思います。

「会社は誰のものか」というテーマでは以前書いたことがありますが、今回は特に会社で働く人にとってどうあるべきかということに焦点を当ててみたいと思います。

会社で働くと言うことは、過去においては、生活のためであったり、より良い生活を送るためのだけの手段として考えられており、今現在ももその目的に沿って仕事をしている人は多いと思います。

一方で今増えているのは、生活のためと言うより自分自身の満足のためであったり、会社が社会との繋がりを持つためのツールに過ぎなかったりする人たちです。

こういった傾向は今後も間違いなく続きます。

念のためその理由を説明しておきます。

第一に、仕事を一生懸命やることが生活を良くすることと必ずしもイコールではなくなってきていること。

第二に、少子高齢化によって、家の数が余り住むところに苦労しなくなっている上に、親の年金をたよる子や孫世代が増えたことにあります。

簡単に言うと、

「あくせくはたいても先にことは分からない」

と感じていたり、

「たとえ失業しも家もあれば小遣いもある」

といった状態の人が増えていることにあります。


そのような人たちが増えている状況においては、私は、会社の役割を大きく変えていかなければならないと考えています。

具体的に表現すると、

「会社はある共通の目的に向かう為のコミュニティであり、人生を楽しむ場でもあり、大失敗から大成功まで様々な体験を積むことが出来る学習機関であり、生涯の友人を作るサークルとしての機能を持ち、しかも稼ぎたい人や人を動かしたい人、人の力になりたい人など様々な欲求を満たすことの出来る場でもある」

ということになります。

「会社=生活の糧を得るために働く場所」であることはもちろん否定をしませんが、それ以上に多彩な機能を備えた組織を構築していくことが未来の経営には求められるのではないのでしょうか。

もちろん企業の中には、こういった機能を利益追求の結果又は手段として持っているケースも多数存在します。

ただ私が感じる未来の会社というのは、そういった機能を結果として持っている会社ではなく、目的として持っている会社なのです。


つまり会社の存在目的そのものを、「利益」ではなく「組織」に変えていくと言うことです。


今後20年以内に間違いなく世界的に低成長の時代がやってきます。


その時代に生き残る組織というのは「人のための組織構築を目的とした」組織ではないのでしょうか。


「利益」は単なる会社が生み出す副産物のひとつに過ぎなくなるかもしれません。



srcblog01 at 14:11

2009年09月05日

☆No.38【蹴落とす】



ヒーローになろう。



映画やドラマで良くあるシーンですが、自分が勝つためにライバルを蹴落として勝利を掴もうとする。

大抵の場合、ライバルを蹴落とそうとするのは悪役で、自らの力で這い上がろうとするのがヒーローです。

映画では、それがとてもわかりやすく演出されていますが、実際のビジネスの現場でも同じ事が起こります。


課長の悪事をばらして課長の椅子に座ってやろう。

同僚のミスを大げさに報告し自分自身の評価を上げよう。

気に入らない社長のスキャンダルを暴いて溜飲を下げよう。


それぞれの行為の善し悪しはケースにもよりますので、何とも言えません。

ただ、日々組織で働いていると実際にするかどうかは別としてこういった衝動に駆られることは普通にあると思います。


ただその場合、一つだけ忘れてはならないことがあります。それは、人を蹴落としても自分自身の場所は変わらないと言うことです。


例えばロッククライミングで登る早さを競う競争においてライバルを蹴落としても自分自身のいる場所が自動的に上に登ることはありません。

例えそれで勝利しても自分自身の能力が上がっているわけではありません。


つまり絶対的な自分自身の場所は変わらないのです。


私たちは一つの組織の中にいるとどうしても自分自身の価値を組織内の相対的なものとして判断しがちです。


もう少し視野を広げてみましょう。


蹴落とすのことより自分自身の登るスピードを上げることでヒーローを目指す方が仕事は楽しく先は明るいと思います。


srcblog01 at 18:00

2009年07月08日

☆No.37【世界一カンタンな経営感覚】




経営感覚なんて実に単純なものなのです。



「もっと経営感覚を磨け」とか、
「経営感覚が足りない」などとよく言われたりしませんか。

そもそも経営感覚とは何のことでしょう。

辞書を調べてみましたが、出てきませんでした。


となると分解するしかありませんので「経営」に「感覚」が付いたもの。

ということになります。



経営感覚は経営能力とは違う感じですね。


ということは、先見性とか、指導力、勘、経験、度胸、知識等ではないと言うことは分かります。


よく考えると経営感覚なんてチョーカンタンであることが分かってきました。


それは「経営感覚=足し算と引き算」ということです。


そうやって周りを見渡してみますと、経営能力はあるのに経営感覚の無い人はたくさんいることに気がつきました。


優れたアイデアを持ち、人間的魅力にあふれ、指導力も資金もある人でも、「足し算と引き算」ができない人はたくさんいます。


会社には、売上があり、原価があり、経費があり、そして利益が出ます。


実は、経営者自身の力が強ければ強い程、この足し算と引き算の作業を怠ってしまう傾向があるようです。


つまり、理想やこだわりが強く、自分の力に自信があるのでついつい目の前の単純な計算から遠い世界で仕事をしてしまい、ごく初歩のところでつまずいてしまったりします。


つまり経営感覚とは、「売上−原価−経費=利益」であり、利益がマイナスでは経営が成り立たないということをきちんと理解し、常に日常のビジネスにおいて、行動の判断基準としてその感覚を持っているということなのです。


「経営感覚がある=優れた経営ができる」と言うことでは決してありませんが、ビジネスマンにはこの「足し算と引き算を常に意識する」能力は必須です。



ところで、あなた自身は差し引き+ですか?



srcblog01 at 20:37

2009年07月04日

☆No.36【成功者になる可能性の見分け方】




成功するか失敗するか。その違いはとても単純なことです。


ある人がビジネスマンとして一定の成功を収める可能性が高いか低いか。

実のところこれを見極めるのは比較的簡単です。


分かりやすく確実な要素を一つ挙げてみたいと思います。それは、


【同じ給与でより多くの仕事を与えられたときにどう思うか】


ということです。


あなたはどう考えますか?

「同じ給与なのだから、働いた分損している」

と思いましたか?


それとも、

「それだけ期待されているということだから嬉しい」

「仕事が増えればその分成長できる」

「仕事は多い方が、時間が早く経つから良い」

「仕事は楽しいので増えれば増える程良い」

「これをこなすことができれば認められて給与が上がるかも」

などと考えましたか。


どちらにビジネスマンとして一定の成功を収めるための素養があるかは言うまでもありません。

ただ、私自身が経営者であるが故、このようなことを書くと、「労働強化を目指している搾取型の経営者だ」と一部の方から時代錯誤とも言える指摘を受けそうです。


でもよく考えてみて下さい。


会社という組織に所属するひとりひとりが、ビジネスマンとして成功できる素養を身につけていれば、必然的にその組織は発展し、結果的としてそこで働く皆に大きな利益を還元できます。

もちろんそれは経営者自身にとっても同です。

つまり現代の経営にとって、従業員の幸せ(物心両面で満足を得ること)は、経営者の幸せと同義でなくてはなりませんし、またそれは必然でもあるのです。


経営者も含めて、全員がビジネスマンとして成功する素養を身につけていること。


永続的に発展する組織とはこんな組織です。



srcblog01 at 14:14

2009年06月12日

☆No.35【企業は人をどのように捉えているか】




自らを大切にされる存在であり続けさせること。



厳しい時代になりました。


あくまで一般論ですが、一昔前、経済が右肩上がりに順調に発展しているときは、普通に仕事をしていれば、個々人の能力や努力に関わらずそれなりに給与が上がり、年と共に肩書きが重くなり、仕事人生を全うすることができました。


言うまでもなく今はそういう時代ではありません。


市場のニーズは複雑且つ多岐にわたり、企業の人を見る目が厳しくなり、より一層人を見極め、選別を強化するという状況にあります。


昨今のように不況期に突入すると、さらにその傾向は強まります。

人材に関わるビジネスをやっているとこのあたりの変化が手に取るように分かりますので、「厳しいなあ」と心の中ではいつもつぶやいています。


ただ、私は経営者を20年以上やっていますので、経営側の理屈も良く分かります。


実は企業は人を「人材、人財、人在、人罪」とに分けて判断しています。


□人材「材料としての人」
 企業を営むにあたっての要素として人、頭数。

□人財「財産としての人」
 まさに企業にとって宝となる財産のような大切な人。

□人在「いるだけの人」
 企業にとって害にもならないが益にもならないという人。

□人罪「いるだけで罪な人」
 企業の活動を妨げたり雰囲気を悪くするなどマイナスの作用をもたらす人。


言うまでもなく今、企業が求めているのは「人財」のみです。

ですからビジネスマンは、自分自身が企業にとって如何に財産になるべきかということを念頭に置いて日々努力をしなければならないのです。


私自身も会社にとって「人財」と呼ばれる経営者でありたいと思います。



srcblog01 at 10:38

2009年05月26日

☆No.34【戦争と将棋とビジネス】




仕事を将棋だと思えば新たな発見があるかも知れません。



仕事をしていると毎日のように判断を迫られるときがあります。

例えば、営業現場では、


顧客に要望を言われたとき。

クレームが発生したとき。

競合優位性を問われたとき。

戦略を考えるとき。


起こった問題や事柄に対してできるだけ早く対処する事も重要ですが、対処によって何が起こるかを予測することがもっと重要です。


例えばクレーム発生。


まずはすぐに対処することを優先しながら。

考え得る対処法を全て考える。

その全ての対処法に対し、相手側が考え得る反応を全て予測する。

この全てとは、


最悪の場合〜最良の場合までのことです。

とにかく考え得る全てを想定します。


そしてその反応に対してそれぞれどのように対応するかを決めておきます。


これで大丈夫。その先までは考える必要はありません。


つまり、ビジネスの現場では、営業であれ開発であれ、「先の先」まで予測することが重要です。

先の先と言っても、一つ目の先が3つであれば、その先は、最低でも6つ。場合によっては9つくらいにに広がります。

意外と大変な作業です。


しかもそれだけ考えても役に立つのは1つだけ。もしかすると1つも役に立たないかも知れません。


でもそれで良いのです。


戦争や将棋に例えると分かりやすいと思います。敵がいて、どう出てくるかは分からない。情報にも限界がある。

その状況で勝利を収めるには、ありとあらゆる敵の動きに対して対処方法を考えなくてはなりません。

最低限「先の先」まで予測しておかないと、勝ちはおぼつかないでしょう。

「先の先の先」までいくとそれだけで数十通りのものパターンが必要になるので、ビジネスの世界ではそこまでは必要ありません。

「出直す」という方法がありますから。


このことはあたりまえのようで意外とできている人は多くありません。


「先の先」


意識して考えてみましょう。





srcblog01 at 21:14

2009年05月21日

☆No.33【批判にさらされる】




自分自身を批判にさらしてみましょう。



普段の生活の中で、人から直接批判されることはそう多くはありません。

特に私のように経営者だと面と向かって批判されることはまずありません。(もちろん陰ではそれなりに批判されていることは容易に想像できますが)

逆に言うと人を批判すると言うことは、自分自身に対して大きなリスクを伴います。

批判されることが好きな人はいませんから「批判をする=その人から嫌われる」という可能性があるからです。

一般に批判好きと思われている人も、人に面と向かって批判するのが好きな人は殆どいません。


もちろん面と向かって批判するのが好きな人の周りには誰も近寄りませんが・・。


そして、社会的立場が高ければ高い程、批判されることは少なくなります。

そしていわゆる「裸の王様」になっていくのです。


裸の王様は、自分が裸であることに気が付かないが故に裸のままです。


ビジネスマンにとって大切なのは、自分自身が知らぬ間に裸の王様になっていないかを自分自身で意識してチェックする必要があります。


その方法は容易ではありません。
自分自身に対しての批判など人に聞いてもなかなか教えてくれないからです。


私は一つだけ有効な方法を実践しています。


それはネットの掲示板です。


いわゆる匿名で書かれたあらゆるものに対する無責任な批判や誹謗中傷のオンパレード。(幸か不幸か私自身を批判する書き込みは見つけたことがありませんが)


どんなジャンルのことでも関係ありません。それらに書かれていることがもし自分自身に言われたことであれば、それに対して明確に説明ができるかどうか。


「そんなものを相手にするのか」


そう思われるかも知れませんが、もちろん相手にすると言うわけではなく、それがどのような内容であってもそれぞれにきちんと説明をしたり、裏付けを持った反論をしたりできるかどうか。時に痛いところを突かれたら素直に反省できるかどうか。


もちろん実際に説明や書き込みをするのではありません。頭の中でシミュレーションします。


そうすることで、自分自身の普段の行動や発言が「裸の王様」になっていなかをセルフチェックするのです。


まずは何かの力を借りて自分自身を批判にさらしてみましょう。


何かが見つかるかも知れません。



srcblog01 at 14:25

2009年04月27日

☆No.32【転職を成功させる方法】




あなたは履歴書を書いたことがありますか。



転職するときに履歴書を書きます。そんなことはお昼にお昼ごはんを食べるかの如く当然のことです。

何を今さら。

でも、転職しようかなあ。と考えていたり、会社や仕事、待遇などに不満があって日々悶々と過ごしていたりしたら。

会社を辞める決心をする前に履歴書を書いてみましょう。


なぜって?


それを書く理由を考えてみれば分かります。

ビジネスマンにとって履歴書(職務経歴書を含む)は転職するときに書くものです。すなわち履歴書は自分自身の現在や過去の経験や実績、仕事に対する取り組み姿勢などを表現するものです。

つまり次の会社で自分自身が如何に役に立つかをアピールする文書です。


「自分自身が如何に役に立つかをアピールする」


これが履歴書の最大の役割です。

翻って考えると、自分自身が、今現在所属している会社でどのように役に立っているかを考えなくてはなりません。

一つの組織で役に立つことが出来ない人が別の組織に行って急に役に立つビジネスマンになるわけがないからです。


今、役に立ってないならステップアップや今より良い会社への転職なぞ望むべくもありません。
(仕事や待遇のレベルを落とす場合は別です)

したがって、転職を考える前にしなければならないことは、今いる会社で誰もが認める活躍(履歴書に書けるレベルの)をするビジネスマンになることなのです。


そしてそれは結果としてそれはあなたの転職を成功に導くことになるしょう。
(そうなった時には転職そのものを考える必要が無くなっているかも知れません)

履歴書を書くことで自分自身のビジネス力を知ること。

それが転職成功へのスタートラインです。

応募先を決めてから履歴書を書いているようではお話になりません。


srcblog01 at 10:55

2009年04月13日

☆No.31【乞食になるな、ビジネスマン】



あなたは知らぬ間に乞食になっていませんか。


乞食(こじき)という言葉は差別用語らしく、マスコミなどではホームレスと言われています。

しかし、これは明確な誤りで、乞食とホームレスはその意味が全く異なります。

乞食は、「食物や金銭を人から恵んでもらって生活すること。また、その人。ものもらい。おこも。」と辞書には書いてあります。

一方ホームレスは「住む家をもたない人。公園や駅・地下道などに住みついている人。浮浪者。」

つまり、乞食=ホームレスではありません。

家(ホーム)のある乞食も存在しますから、明確に区別しなければなりません。

このあたりは、分かっていながら批判を恐れて表現できないマスコミと、異常とも言えるヒステリックさで差別用語(実は差別でも何でもない)に反応するエセ人権団体のなせる技でしょう。


そんなことはさておき。


ビジネスマンの中にも乞食は存在します。


「なんもしてないのに給料もらったと喜んでいるビジネスマン」

「義務を果たさず、また、成果を出さずして権利だけは人一倍に求めたがるビジネスマン」

「ラクで給料が高くて安定しているという理由で公務員になることを選択した人たち」


全く個人的な意見ですが、これらは乞食と言っても決して言い過ぎではありません。

そして普通の乞食よりも問題なのは、彼ら自身に自らが乞食であるという自覚がないということです。

最近の社保庁の怠慢ぶりや農水省のヤミ専従問題などでは、当然ながら彼らは乞食でありさらに詐欺師であるとしか言いようがありません。

そもそも乞食根性で職を選んでいるからこういうことになるのです。


マスコミは彼らにこそ「乞食」という言葉を当てはめるべきでしょう。


私は諸々の事情によって乞食を生業としている人そのものを否定するつもりも差別する意識もありません。

しかし、ビジネスマンやそれに類する人たちが、乞食根性を出し、そのことに自覚のないといったことが増えている現実は、大げさにい言えば、日本国の先行きが非常に暗いものであることを表しているしているように感じています。


あなたは乞食ではないですか?



※一粒万倍では、ビジネスマンのマンを、「男」ではなく「人」という意味で使用することにしました。「ビジネスパーソン」ってなんか違和感がありますので。

srcblog01 at 10:09

2009年03月18日

☆No.30【「会社」とは誰のことか】



やっぱり会社は生き物です。


ビジネスマンたちの間で、

「それは会社の決めることだ」
「会社の指示に従う」
「会社はそう思っている」

といったような表現が良く使われます。

何れも主語は会社です。

でも会社って誰なのでしょうか。

逆にこういうケース。

「それは社長の決めることだ」
「部長の指示に従う」
「主任はそう思っている」

主語は明らかにある人物を指しています。

主語を会社にする場合、誰か特定の人物を指していない場合が殆どのはずです。でもまるで会社というものに意志があるかのような表現をするのはなぜなのでしょうか。

ビジネスマンたちは普段、特に意識することなく「会社」を主語に語っています。

当然ながら、明らかに「誰か特定の人の意志」があるときにはわざわざ「会社」を主語にすることはありません。

長く経営をやってきて分かることがあります。

それは会社ある時期を過ぎるとそこに特定の個人にコントロールできない意志が生まれてくるということです。

そして会社そのものにひとつの人格が備わります。

「法人」とはよく言ったもので、まさに会社に人としての機能が備わると言って良いでしょう。

ではどんな機能が備わるのでしょうか。

ひとつは病巣やばい菌の除去です。

組織における病巣やばい菌とは、

・バランスの悪い組織構造
・意思の疎通が図れない仕組み
・組織の目指す方向に同意しない従業員
・働かずして、また義務を果たさずして報酬だけを得ようとする従業員
・秩序を乱す従業員

などです。

これらを排除するのに、会社は意志を働かせます。誰かではなく自然とこの病巣を取り除く作用が働くのです。

こういった作用の働かない会社は、病巣が広がり、ばい菌に冒され文字通り「死」を迎えます。

もうひとつは進むべく方向です。

もちろん会社の目標とする到達点は、社長であったり経営陣が決定します。

ここで言う方向とは、目標に向かう為の道筋のことです。

この道筋は、その時の外部環境や組織力によって様々に変化し、結果自然とその道筋が決まっていきます。

つまり会社という組織が意志を持って動いていくということです。

その力が弱い会社は弱い人格になり、その力が強ければ立派な人格になります。

やがて、これらの会社の持つ人格は、その会社の生い立ちや外部環境などにより様々な性格を持つこととなります。


srcblog01 at 15:39

2009年02月25日

☆No.29【会社は社員を守れない】



社員を守るのは誰なのでしょうか。


会社が社員を守らない?!

こんな事を書くと「経営者として如何なものか」などと言われてしまうかも知れません。しかし我々が現代のビジネスパーソンとして生きていく以上、最も必要な感覚であると感じていますので、敢えてテーマにしたいと思います。

このことを論じる前に、
_饉劼話のモノであるか。
会社の最も大切な使命とは何か。
という問いかけに答えておきたいと思います。

,亡悗靴討蓮∈鮑では全てのステークホルダー(利害関係者=株主・従業員・顧客・経営者・地域etc.)のものであるというのが最も近代的であり、当を得た答えだと思います。

では△呂匹Δ任靴腓Α

それは「企業として存続していくこと」です。

現代にように経済成長率が低迷、またはマイナスである経済環境下の中では、年単位の先を予測した経営は難しく、経営者は長くても4半期単位の戦略のもとで経営を行っていかなくてはなりません。

そのような中で経営者の第一の使命は、企業を如何に存続させていくかということであり、その為には全てのステークホルダーに最大公約数での責任を果たす選択を行わなくてはなりません。

もちろん従業員は会社が守るべき重要なステークホルダーです。しかしながら第一に優先されるものとは決まっていないということです。

ではどうすれば良いのか。

全てのビジネスパーソンは会社を守るために仕事をするべきであり、経営者は、そういう人材を育てることで、従業員を守るべきなのです。

全ての従業員が、会社を守る使命の元で組織を支えていけば、結果的に組織は従業員を守ることが出来るのです。

よく巷の経営者が雇用確保などを理由に「私は社員を守っている」などと言いますが、従業員ひとりひとりの自らの努力で組織が守られていることを理解していない発言であり、恥ずべきことだと個人的には思っています。

従って、組織の従業員(経営者も含め)は、会社に守られるのではなく、自らを会社を守る人材に鍛え上げることで、それが最良の武器となり、結果的に自らを守ることになることを理解すべきなのです。


srcblog01 at 18:10

2009年02月03日

☆No.28【あなたが会社人でなくなったら】


肩書きの無い自分自身を知る努力を。


普段何気なく様々な人たちとのお付き合いがあります。もちろん仕事関係でのそれが多いですが、少しプライベートな飲み会などにも参加させて頂いたりもしています。

そんなときいつも考えるのがもし私に肩書きや仕事がなかったら。ということです。

自分自身もそうですが、様々な出会いの中で、まずは名刺の肩書きを見てその人を判断します。そして仕事で関係がありそうか、メリットがあるか無いかを判断します。

その時点ではその人の人間力などは関係ありません。

そしてどうも仕事においてメリットがないと判断した場合、人として付き合うメリットを自分の中で判断します。勉強になるか、楽しいか、刺激になるか、その人と仲良くなることが自慢になるか、等々。

誰もが多かれ少なかれ、無意識のうちにそういった判断をしているのではないでしょうか。

いわゆる損得勘定で人付き合いを決めていくと言うことです。

ビジネスの世界ではこれらの計算抜きに人間関係が構築されていくことはまずありません。

逆に言うと自分自身の周りの人たちのうち、私の肩書きや、仕事から離れれば、去っていってしまう人が大半ではないかという悲しい現実を感じたりもしています。

そういったことから個人的には、自分の人間力をなるべく正確に知っておくために、全く肩書きや職業の関係ない組織に積極的に身を置くようにしています。

そんな中でこそ、自分自身にどれくらい魅力があるのか、また無いのか。ということを客観的に判断し続けることができるようになれるのではないかと考えるからです。

そこで気がつくことは、肩書きや仕事が通用しない組織にいる自分が如何に力無く弱い者であるかということです。

今ある環境に甘えず、本来の人間力を鍛えていかなければならないと感じます。


srcblog01 at 11:13

2009年01月23日

☆No.27【ビジネスモデルに踊るとコケル】



本当のビジネスモデルは、「思い」の中にあるのです。


近年ビジネスモデルという言葉がよく使われるようになってきました。

私自身も何か事業を興そうとするとき、そのビジネスモデルはどうなっていますか?などと質問されることも多くあります。

そのためでしょうか、事業を考えるときに最初にビジネスモデル、つまり「儲かる仕組み」を考えてしまうビジネスパーソンや経営者が増えてきているような気がします。

誤解を恐れずに言うならば、ビジネスや事業は金儲けが目的ではありません。従前から話をしていますが、「儲け」は、「感謝」の集合体であるので、事業を遂行するにあたっては「儲け」そのものを目的としてはいけません。

事実、儲けようと思えば思う程、儲けは遠ざかっていきます。

例えば誰かに何か商品を売ろうとするときに、「これをあなたが買ってくれたら私が儲かりますから買って下さい」と言って(または心で思っていて)、果たしてそれを買う人がどれくらいいるでしょうか。

ところが普段仕事をしていると、企業の中では当然のように収益が重視され、いかに儲けるかが論議され、それが目的化され、そしてそれがビジネスモデルとしてできあがってしまうことは良くあります。

このようなプロセスでできあがったビジネスモデルは、ほぼ確実に「儲かる」という結果にはなりません。その理由は言うまでもないでしょう。

現在のように、誰もが経験したことのない程の景況感である時こそ、「自分が何のために仕事をしているのか」ということを見直す良い機会です。

あなたは「儲けよう」と思っていませんか?

srcblog01 at 17:17

2008年12月10日

☆No.26【あなたは必要な人ですか】


自分自身の価値を見直す絶好の機会です。


昨今の景気低迷で、企業業績の悪化に伴ういわゆる首切り、リストラの話題が様々な業界で吹き出しています。

この度の景気後退は、過去にそれに比べるとその低下スピードは突出しており、あれよあれよという間に奈落の底に一直線と行ったような印象を受けています。

これらの現象の最大の原因は経営者が持つ過去の経験則と世界規模での情報伝達スピードの飛躍的な高まりによって各企業が我先にと自社防衛に打って出たことです。

これがさらなる負のスパイラルを呼び、猛スピードで景気悪化が進む要因となっています。結果としてほんの少し前まで絶好調だったはずの企業が、僅か6ヶ月程度の期間で倒産に至るような急激な変化をもたらしました。

わたしは、このような環境下でこそ考えなければならないことがあると思っています。それは、

「わたし(たち)は必要とされているか」

ということです。

好況期においては、ある程度のバッファーの中で、必要される度合いが低くとも組織や社会の中でビジネス的に存在が許されてきました。

しかし環境が厳しくなればなるほどビジネスにおける自分自身の必要度合いが厳しく査定されていきます。もちろん企業そのものの存在意義についても全く同じ事が言えます。

ビジネスマンにとって、こういった環境下で必要とされるかどうかの判断基準は、それまでの期間、どのような時も努力を怠らず、自らに磨きをかけて世の中に貢献することを継続してきたかどうかということに他なりません。

自らを高める努力をせず、組織にぶら下がってきた人にとっては冬のせいではないところで非常な寒さを感じる時期に入ったと言って良いでしょう。

このような状態になってから、自らの境遇が悪いのは政治のせい、会社のせい、世間が悪い等と言って急に間違った方向にヒーロー気取りで立ち上がる人がいます。

立ち上がるのが遅すぎます。

そうなる前に、そのエネルギーをなぜ自らの価値向上に向けなかったのか。

今の環境は誰にとってもどんな企業にとっても、自らの価値を見直す絶好の機会であり、足りないところを補強し、次のステップに進んでいく大きなチャンスなのです。

物事を始めるのに出遅れはありません。やるかやらないかの判断があるだけです。今すぐ出来ることを始めまていきましょう。

srcblog01 at 11:44

2008年11月14日

☆No.25【さらにおカネを考える】



お金の持つ意味を考え直す時代がやってきました。


世の中全てカネだ。
やっぱカネ持ってる奴が勝つ。
男はカネだ。
カネで買えないものはない。

お金にまつわる様々な(決して良くは思われない)言葉があります。100%否定する訳ではありませんが、やはり間違っていると思います。

実はこれには明確な理由があって、これらは全て、お金をお金そのものとして判断していて、まるでその紙切れに価値があるかのように錯覚している言葉だからです。

ではお金とは何者なのでしょうか。

少しは話はそれますが、日本的な風潮として「貧乏=善」「金持ち=悪」みたいな傾向が若干あることは否めないと思います。

これは全くの間違いであることを私たちは認識しなければなりません。

従前からの繰り返しになりますが、お金などと言うものは、そもそもは金属や紙切れに過ぎないものでそれ事態には何の価値もありません。

お金は、物々(サービスを含む)交換をスムーズに行うためのツールに過ぎないのです。

では、物々交換はどんな時に成り立つか考えてみると、当たり前の話ですが双方にメリットがあるときです。言い換えれば双方に「感謝」の気持ちがあることです。

つまり「お金とは感謝の集まりである」と言えるでしょう。

そう考えると、お金が集まってくるときは、感謝が集まっており、そうでないときは感謝があまり集まっていないと言うことになると思います。
(もちろん詐欺的行為や泥棒的行為でお金が集まっているときは別ですが。)

ビジネスにおいてはそういう気持ちを持って、感謝される仕事をすることによって自然と収益が増大するという思いで取り組むべきでしょう。

しかしながら最近はお金そのものが先走り、動くことで、お金にお金を生ませるような高度な金融技術の発達も重なってきました。そして、それを利用したいわゆる「金儲け」のためのビジネスモデルが広がることで、お金の持つ意味合いが大きく変わってきています。

ただ、自然の摂理というものは良くできたもので、お金にこういった動きをさせればさせる程後で大きなしっぺ返しを食らうことになります。

ご存じバブルの崩壊、またこの度の金融危機でしょう。

本来感謝の気持ちの集合体であるお金を何か違った価値があるように動かしてそれを増大させる行為が間違いであることを我々は認識すべきなのだと思います。

お金を得るには額に汗して人に感謝される仕事をするという原点に回帰すべき時代が来ているのだと思います。


srcblog01 at 12:21

2008年10月22日

☆No.24【お金がお金に見えなくなるとき】



お金とカネを区別することでビジネスは前進します。


ビジネスに必要なモノ。一般的には「ヒト・モノ・カネ」そして情報と言われます。

そんな中で、わたしたちは、「カネ」だけを別物として捉えています。ヒトを稼ぐとは言いません。モノを貯める人もいません。情報では何も買えないと考えます。

だから、カネだけはいつも別格。経費(カネ)、人件費(カネ)などには結構敏感に反応します。

ところがカネをカネと見ている間は大きな成功はありません。

仕事において、お金だけを特別扱いすると、それ以外の価値のあることに目が行きにくく、カネ=価値と考えてしまうからです。

カネはカネそのものには何の価値もありません。カネは単にあらゆるものに姿を変えることが出来る便利な道具に過ぎません。

そのカネという道具は、多ければ大きな価値に姿を変えさせることができ、少なければそれなりの価値のものにしかその姿を変えることは出来ません。

カネはそういうものであり、企業活動においては単なるモノであり製品なのです。

それが証拠にカネだけ持ってても価値ある経済活動は出来ません。

そのカネという道具を如何に使いこなすか。

つまり、カネを他の道具やヒトのように上手く使いこなせる人が、価値あるビジネスを生み出していくということになります。

カネという道具を上手く使いこなせれば、その道具はさらに増えることもありますし、またカネの状態では考えられない程の価値を作り出すことも出来ます。

従って企業活動に必要なのは「人、物(カネを含む)、情報」の3つだと言えます。

カネを特別視せず、カネに惑わされないよう、上手く使いこなすことで、ビジネスにおける成功はグッと近くに引き寄せることが出来るでしょう。

もしかしたら人生においても同じ事が言えるかも知れません。

srcblog01 at 18:57

2008年10月10日

☆No.23【いつまでもあると思うなその仕事】



不安は活力の元であることを意識しましょう。


通勤電車に揺られ、いつも通り出社。そして仕事が始まる。今日も、明日も、明後日も。

このことに疑問を持っているでしょうか?

出社する、仕事する、終わる。

明日も仕事はあるのだろうか?
お客様は仕事をくれるのだろうか?
私のデスクは明日もここにあるのだろうか?
私は必要なのだろうか?

不安に悩まされて、心が病んでいるかのような文の羅列になりましたが、意外と成功しているビジネスマンはこのような感覚を持っています。

明日も仕事があるか分からないから、明日も仕事がちゃんとあるように仕掛けをしておこう。
お客様が明日も仕事をくれるように仕事の質を上げておこう。
私のデスクが明日もあるように皆の役にたつことをしよう。
私が必要とされるよう日々生産性を高めよう。

つまり明日への不安を仕事のクオリティを上げる原動力として活かしているのです。

仕事において明日への不安がない人は、出世も成功もありません。成功している経営者の話を聞くと不安とは言わずとも先行きに対して楽観的な発言をしないのはこのためです。

不安こそ明日への活力です。

不安によって不安になることなく、不安を持つことが出来る自分の能力を活かして不安を現実のものにしない生き方を実現してみませんか。

srcblog01 at 16:18

2008年09月18日

☆No.22【自分が1番、他人は2番】



大切なのは真剣に深く自分のことを1番に考えること。



ちょっと誤解を招くような題名ですが。

世の中では、まるで世のため人のために尽くすことが偉くて、美学で、尊敬されるかのごとく喧伝され、それを普通に我々は信用し、そうあるべきだと思いこんでいます。

だから自分がしたいことを我慢して、人のためにしなくちゃとか思って無理したり思い悩んだりすることがあったり、また「人のため〜」って思いすぎで無理してよけいなお世話になったり押しつけになって人のためになってなかったり。それがまたストレスになって体を壊してしまったり。

まじめで実直な性格の人ほどそんな経験が多いのではないかと思います。

結論から言えば、そんな呪縛に縛られる必要など全くありません。

人間誰しも自分が一番大事。
もっと言えば生き物全て自分が一番大事。
全ての行動は自分のため。

なのです。しかも。そうすべきなのです。

例えば、自分の人生にとってどうすることが得なのか、有利なのか、満足できるのか、お金が得られるのか、モテるのか(笑)、長生きできるのか、等々。

多くの人を見てきて思うのは、自分にとって得か損かの判断が甘くて結果的に損をしている人のなんと多いことか。

例えば、

ちょっとした小銭が欲しいが為にセコい奴と言われて嫌われたり。

ちょっと自己主張して一時的に気分良くなりたいが為に人に不快な思いをさせて逆に評判を落としてしまったり。

思うままに陰で愚痴や文句ばっかり言ってたら、マイナス思考で使えない奴だと思われてろくに仕事を与えてもらえなかったり。

ラクして儲けようと思って要領かましてたらバレバレでいつまでたっても昇給しなかったり。

モテようと思って見栄をはったらすぐにバレて簡単にフラれたり。

自分を楽な方に楽な方に持って行ってたら10年たっても全く成長してなかったり。

苦境から逃げて壁を乗り越える力を得られなかったり。

会社を辞めるときちゃんと引き継ぎもしないで二度と同僚に顔合わせができなくなって世間を狭くしてしまったり。

一時の感情で大切なお世話になった人と約束を反故にしたり裏切ったりして二度と助けてもらえなくなったり。

等々・・。

とまあ、例を挙げればきりがないくらい一時の快楽や逃げの心(その時点でははその選択が自分のためだと思っている)のために、結果的に少し長い目で見れば全くもって自分のためにならない行動をとっていることのなんと多いことか。

もったいない。

本当に自分のことを大事だと思うなら、正直であるべきだし、自分を鍛えるべきだし、他人を思いやるべきなのです。

もっと真剣に深く考えて「自分自身の為に」行動しようではありませんか。


srcblog01 at 19:35

2008年09月05日

☆No.21【泣く子と地頭と歴史には勝てない】



自らの歴史を負けないものに。


企業間競争の中でいくらがんばっても勝てないもの。それは「歴史」です。

同レベルのサービスと価値を提供しても最終的にそれを使うことを判断するのが人間である以上、ほとんどの場合歴史のある方を選びます。
それは自然であり必然です。

この歴史が持つ力に打ち勝つには、2段階上の異なる価値を持って戦わなくてはなりません。

私自身は起業をした頃はそんなことは全く考えず、営業力と提案力で勝ち抜いていけると考えてきましたが、実は違っていました。

どこが違うのか。

まずひとつは、長い間やってきてるから間違いないだろうという顧客側の信頼感と確率的にもそれが数学用語的に言うところの確からしいということ。

もう一つは歴史が支える過去の取引における関係性。これが良好であればあるほどいわゆるリピーターが多く存在し、大きな差別化無しではこの壁を崩すことが出来ないと言うこと。

そして人材。その起業にその歴史の量に応じて経験豊富な人材が揃っていれば、対応力にも差が出る。

もちろんこれらは、その都度時代に応じて変化することで生きながらえてきた企業もあれば、あえて伝統を守ることでその歴史そのものを市場における優位性の材料として君臨してきた企業もあります。

これはブランドと言い換えることができると思います。

かつて、京セラやオリックスはベンチャー企業でした。

そしてその当時では新しかった技術やサービスを、継続して長く提供し、変化させながら発展していくことで、歴史が重みのあるブランドを築き上げたのです。

そしてそのブランドが、さらに新たな価値を提供する事業に於いて信用力となり同じレベルの価値を提供するベンチャー企業ごときではとうてい太刀打ちの出来ないレベルに到達しています。

つまりは、企業が長い期間に渡って、社会や従業員に高い価値を提供し続けるためには、歴史が裏付けるブランド力が非常に重要になってくるということ。

もちろん長くやればいいと良いと言うものではありません。

長い期間に亘って、顧客に対して信頼され頼りにされる活動を行ってきた企業にのみ、歴史は力を与えてくれます。

もちろん人も同じ。

長い期間に亘って人に貢献し人に信頼されてきた人にのみ、その人自身がブランドとなります。

自分自身に対しても強いブランド力を築いていきたいものです。

srcblog01 at 14:41

2008年08月27日

☆No.20【寝食を忘れる】



寝食を忘れて自らの限界を知る。


いわゆる成功者の歴史をひもといてみると(ここで言う成功者とは歴史に残るという意味ではなく、ビジネスパーソンとして一定の成功を成し、充実した人生を送った人のことを指します)誰もが一時期、文字通り寝食を忘れて仕事に没頭したという時期があります。

やり甲斐や楽しさが尽きずについつい没頭してしまった場合と、何かをやり遂げるために結果的にそうなってしまった場合、また、上司や会社の命令でそうせざるを得なかった場合など理由は様々ですが、絶対と言っていいほどこのことを経験しています。

仕事に限らず、スポーツでもなんでもだと思いますが、もう限界だ。と本気で思えるレベルにまで自分を追い込んだ経験は、その後の人生にとって大きな自信となり糧となります。

ところが、ですよ。

最近は、コンプライアンスや過労死の問題、鬱などの心の病(鬱病経験者の私が言うのも何ですが、昔は仕事が原因の鬱などただ「甘えてるだけだ」の一言で片づけられていました)などのクローズアップ、企業の危機管理の問題などの問題で、「寝食を忘れて」仕事をすることが非常に困難になってしまっています。

もし、寝食を忘れて仕事をしようものなら、四方八方から妨害されるでしょう。

その上、働く側も情報過多になり、義務を果たすことや、自らの力で報酬を勝ち取る喜びを得る前に、権利を主張することで、ある意味ラクして稼げる方向ばかりへと頭を働かせているという場合すらあるというのが現実です。

これらは社会の変化であり、風潮であるので、このことを私が憂いても仕方がないのですが、実際相当まずいことになってるぞと思っています。

本来、何をするにしても、人が成長するためには、その人が持つ能力の限界まで動かさないとそれ以上はなかなか成長しません。

ずーっと限界点に達している必要はありませんが、様々な面で自分の限界やどこまで出来るかを知ることはビジネスパーソンにとって必須と言ってもいいでしょう。

そういう私自身も、様々な枠に縛られながら経営を行っているので、限界を感じさせるためのマネジメントは残念ながら全くもって出来ていません。

経営者という立場を離れて言えば、「若いうちは限界がきてぶっ倒れるまで寝食を忘れて仕事に打ち込む経験をすべきだ」と思っています。

それがその人の近い将来にとって間違いなくプラスの効果をもたらすことを知っているからです。

このままでは日本が危ない!(大げさか?)

これだけではただの愚痴で終わってしまうので、解決策を示しておきたいと思います。

限られた時間でどれだけ成果をもたらすことができるか、に挑戦してみましょう。

そして当然の事ながら会社は働く時間で評価はしない。限られた時間内でどれだけの成果をもたらしたかと言うことだけを評価していく。

今与えられている時間でやっている仕事は、これが限界か?もっと生産性を上げられないか?もっと工夫する余地はないか?別のやり方はないのか?さらに顧客満足を引き上げるにはどうすればよいか?

これらのことに寝食を忘れるほどのエネルギーを費やし、成果を残すことで、将来に繋がる経験を積み重ねることを体験して欲しいと思います。

自分がどれだけ出来るのかを知ることが未来の自分自身の指針となるでしょう。

srcblog01 at 17:55

2008年08月20日

☆No.19【人を信頼する資格 持ってますか?】



信頼できる人たちと楽しく仕事が出来る方法あります。


信頼できる人たちと共に仕事をすることは、何よりもやりがいと楽しさ、充実感を得られます。このこと自体は今のあなたの周りを見渡してみればすぐに気がつくことでしょう。

でも、信頼していた人に裏切られるようなことがあると、その時点から 人を信頼できなくなったり、そもそも人を信頼しなくなったりすることがあります。

そうです。裏切った奴が悪いのだ。と考えるのです。そして人というものは裏切るものだと思い込み、そして人を信頼しなくなっていきます。

果たしてこれでいいのでしょうか。

信頼を裏切られると言うことは、とてもつらいことであり、からだが締め付けられる思いがします。

私自身はそんなことを何度か繰り返していくうちに、信頼を裏切られるということは、自分自身が「その人のことを信頼する度合いが少なかったからではないか」ということに気がつきました。

ではなぜ、その人のことを完全に信頼することができなかったのか。

結論から言うと私自身の「人を信頼する資格」が完全では無かったと言うことだったのです。

自分自身を省みて、

「決して嘘をつかないか」
「人を口先だけで動かそうとしていないか」
「100%誠実であるか」
「自らの利益を優先していないか」
「常に関わる人々の満足を追求しているか」
「自らの職務に完全に忠実か」
「関わったこと全てに責任をとる覚悟があるか」
「常に人の立ち位置に立って考えることができているか」
「自分の権限を自分の能力だと勘違いしていないか」
「表と裏で言うことが違わないか」

これらのことに全て自信を持ってイエスと言えて初めて100%の「信頼する資格」が与えられるということが分かってきました。

つまり人を100%信頼すると言うことは、自分自身が100%信頼される人間であることが必要なのだということなのです。

嘘つきである人ほど人を疑う。さぼり癖のある人ほど人はさぼりだと思う。表裏がある人ほど人には表裏があると思う。

自らが信頼に値しない人ほど人を信頼できないのです。

人を信頼する前に自分自身が「信頼する資格」を持っているか確認してみて下さい。

あなたが信頼に足る人物であればあるほど、あなたの周りに信頼できる人材が集まり、毎日楽しく充実した仕事ができるようになることでしょう。

※注・・・ここで言う「信頼」とは人と付き合っていく中で自然と生まれる感情のことであり安易に人や物事を「信用」するという意味ではありません。何でもかんでも安易に「信用」してしまうと詐欺師の餌食になるので要注意です。



srcblog01 at 11:18

2008年08月08日

☆No.18【いわゆる言霊(ことだま)】



もっと言葉のエネルギーを利用しましょう。


ある男が「不安だ」と言った。

それを聞いた私は、彼は不安なんだ。と思った。

同じ立場の別の男が「希望がある」と言った。

それを聞いた私は、彼は希望があるんだ。と思った。

私に、ある仕事が舞い込み、どちらかの彼にお願いしようと思った。

私は迷うことなく「希望がある」彼にお願いした。

そうして希望がある彼の元にその通りの結果が舞い込んだ。

こうして、物語的な例を出すまでもなく、常にプラスの言葉を発する人の元には、必ずプラスの結果が引き寄せられます。またマイナスの言葉を発する人の元には必ずと言って良い程、マイナスの結果しかもたらされません。

またマイナス、プラスに関わらず、ある言葉を発するときに、同じような意味であっても言い方を変えるだけでプラスの効果をもたらすことができます。

「そんなんじゃダメだ」ではなく、
「もう少し力をかければうまくいく」と言う。

「結果が悪い」ではなく
「来週は良い結果を出そう」と言う。

「できない」と言う代わりに
「できる方法があるはずだ」と言う。

失敗したときに
「しまった」ではなく
「これが間違いであることが分かって良かった」と言う。

精神が参ってしまう程のトラブルに巻き込まれたときに
「運が悪い」ではなく
「勉強になった」と言う。

欲しいモノが手に入っていないとき
「それを持っていない」ではなく
「それをこれから手に入れる」と言う。

高い目標を与えられたとき
「とても無理だ」ではなく
「できる可能性がある」と言う。

どちらの言葉が、周囲の人に良い影響を及ぼすか。考えるまでもなく全て後者です。人は良い影響を与えてくれる人のところに集まり、良い結果をもたらしてくれる。

「有言実行」も同じ。周囲に自分のやりたいことや目標を公言することで自然と周りが協力してくれる。そして実行できる可能性が高まります。

断言しても良い。

最初から「不安だ」、「不満だ」、「無理だ」等と発言する人の元には絶対に成功も幸運も訪れない。

だれもその言葉に共感できないからです。

もっと「言葉が持つエネルギー」を味方に付けていきましょう。


srcblog01 at 16:32
最新記事
※このアドレスは横山本人に直接届きます。できる限り返信させて頂きます。
Archives
QRコード
QRコード
RSS