October 17, 2015

カフェだより 2 国連総会での習近平主席演説

しばらくぶりのブログです。Face Book には長いので、ブログにしてみました。それでも長いですが、ご勘弁を。
国連総会での習近平主席の演説がFace Bookに掲載されていました。
https://www.facebook.com/xiusavisit?pnref=story
鶴が注目したのは、中国の国際開発政策を宣言している内容はもちろんですが、その中での王毅外相(前の駐日大使、川崎にも来られていました)のコメントです。読者コメントにJesus Christ の言葉が散見されるのは、やらせでないとすれば、ローマ教皇の演説もあった今回の国連総会をめぐる世相を象徴しているように思えます。

この記事中、王毅外相のコメントを抜粋すると、中国がヨーロッパとアフリカを含む発展途上国の双方をみながら丁寧に中国がやっていることが分かります。

China is the first among world's major countries to set win-win cooperation as its main objective in dealing with ties with other nations, Wang said.

この中のwin-win cooperation 、欧州諸国が植民地支配の中でやったことに対して、それとは違うことを強調していると思われます。現実は中国も収奪的だという批判もありますが、目指すものはwin-winだと宣言していることは、重要です。

The Chinese president called for building a security architecture contributed and shared jointly by nations and featuring fairness and justice, and also called for an open, innovative and inclusive outlook of development that benefits all, as wellThe Chinese president called for building a security architecture contributed and shared jointly by nations and featuring fairness and justice, and also called for an open, innovative and inclusive outlook of development that benefits all, as well as increasing inter-civilization exchanges to promote harmony, inclusiveness and respect for differences, Wang said. as increasing inter-civilization exchanges to promote harmony, inclusiveness and respect for differences, Wang said.

この中の
as increasing inter-civilization exchanges to promote harmony, inclusiveness and respect for differences, Wang said.
という下りも中国トップの発言として重要です。多様性、違いを認めること、これも、ゴールとしてもっともなことです。王毅さんは、日本駐在中、日本のことや思考様式をよいこと、悪いことを丁寧に勉強されていたようで、少なくとも私には、共感できる発言です。漢民族の明から満民族の清に政権が移ったときに、「華夷変態」という言葉が喧伝されたと言われていますが、「夷」という言葉はともかく、孫文の頃以降失望させられた日本に来られた王毅さんがこうして共感できるコメントをされているのは、いいですね。

この記事のなかでの潘基文国連事務局長のコメントも中韓連携の最近の動きからみて、注目すべきでしょう。
UN Secretary-General Ban Ki-moon said China has played a positive role and made remarkable contributions to promoting world peace and development as well as proper solutions to regional and international issues.


weseesea at 18:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)鶴さん 

July 09, 2014

カフェだより 1 農業ビッグバン

カフェだより 1 農業ビッグバン
facebookと連動しながらのブログ記事掲載を再開します。
7月4日、郡山市で開催された地域産業おこしの会in福島「福島は今、これからの10ねん、20年、農業の未来を考える」セミナーに参加しました。基調講演は、宮城からの(株)舞台ファーム代表取締役針生信夫さんの「農業ビッグバンへの挑戦」、通常の農地農業だけでなく、70億円をかけて農業工場を建設、地元出自の農業生産法人がここまでやっているということに農夫らしい巨漢ぶりとともにただただ感嘆です。時代がスターを生んでいますね。生産現場から、お店までの6次産業のサプライチェーン構築にもしっかり取り組んでいます。
後半は、群馬や島根からの産業おこしの会メンバーを交えたパネルディスカッション、地元福島からは、美里町の農業生産法人(有)グリーンサービスの新國文英さん、8千万円の売り上げというから立派なものです。災後の1年はともかく、次の1年は支援もあって売り上げが9100万円に伸びたこと、ところが、3年目の去年は6700万円に落ちてしまったという話に何ともせつない気持ちになりました。安全、美味しいというだけでは売れない、フクイチの処理が終わっていないことが買うのをためらわせているらしいのです。
この会の主宰者・いわきテレワークセンター社長の会田和子さんは、災前に立ち上げたネット通販のふるさとマルシェで、福島産品の販売を推進しています。20年間、福島のIT化による産業おこしを続けてきた観点から今は農業に目を向けているのはさすがです。http://www.furusatomarche.com/
どちらかというと工業中心だった地域産業おこしの会の目が農業に向けられ出したということも時代を感じさせます。厳しい状況のなか、福島の農業が活路を見出し、農業ビッグバンへつながることを期待します。
アジアサイエンスカフェを営業中です。お出かけください
http://www.asia.or.jp/cafe


weseesea at 12:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)鶴さん | みちのくだより

August 17, 2013

みちのくだより 81 震災復興 四号機問題その後

FACEBOOKにかまけて、ブログの方ご無沙汰してしまいました。ブログでないと書ききれない話はやはりブログなんですが、私の怠慢ですっかり間が空いてしまいました。
 福島第一原発四号炉問題が大変な状況にあり、その処理について米国から早急の対応を迫られているということを昨年の6月19日のブログに書きました。昨日・16日、その話をしてくれた友人と話す機会がありました。あれから一年、いろいろ公表できない水面下の話も聞いたり関わったりしてきたのですが、状況だけをいうと、汚染水問題がより深刻化したことを除いては、まったく進んでいないというのが実態、しかもそのことが日本のマスコミで報道されていないことについて友人ともども、悲憤慷慨していたところです。ちょうどその16日のブルームバーグに「東電:長崎原爆製造拠点の廃炉技術活用もー福島第一原発に」
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MR34OV6KLVR801.html 
という記事が掲載され
 東電が2012年9月に米エネルギー省との間で、汚染された地下水の処理や遮水の技術、廃棄物処理の技術の福島第一原発への適用方法の研究について6か月間の委託契約を締結して、同省が調査
 その結果をふまえ、廃炉から周辺地域の復興まで7分野について東電が今後の具体策や米国側の技術の活用の可否について検討を進めている。結論を出す時期について、東電によれば未定
というような経緯が明らかにされました。
ともかくも、日本だけの技術で解決しようとしないで、米国の知恵を借りようとしていることはいいことですが、事態の緊急性を考えると、早急な意思決定と作業開始が必要と思います。
 除染・廃炉についての日米協力ということに関しては、7月18日と19日に経済産業省で「Acquisition,Progaram and Project Management & Workshop」というセミナーが開催されています。内容は、タイトルのとおりなのですが、中心話題は除染と廃炉、それだけをストレートに出さずに、取得・調達のやり方や予算策定の仕組みまで米国の意思決定の仕組みを披露する(教える)というものでした。私流にみると、昨年の6月というか、そもそも2011年の3月11日以来、大津波の被害のあとの最大の問題は4号炉と米国側は考えていたふしがあり、米国からみるといろいろ手を差し伸べようとしているのに、日本側はまったく答えていない、これは日本の意思決定構造に問題があるのではないかということで、こういうセミナーを開催するにいたったのかと思うところです。ルース大使が最初のあいさつ、METIはじめ関係各省の幹部が大勢出席したそうです。そこまでアメリカから教わらなければならないかというのは、国辱的な感じですが、前にも書いたとおり「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」、日本国の判断として、しっかり米国の協力を仰いで除染・廃炉の作業に入ることを期待したいものです。
 が、このセミナーから1ヶ月、前述の東電の話にもあるように、具体的話に進んでいないのが実態のようです。米国側の情報に通じた友人によれば、彼らは、日本側の動きの遅さ、危機感のなさにイライラしているとのことでした。7月のセミナーについては、日経新聞が少し記事にしていましたが、途中でマスコミの方々は外に出されたらしく、その内容等はあまり伝わってきません。その後の日米両者の動きについて、知りたいものです。ブルームバーグは岡田さんという記者の署名記事となっていて、さすがと思いました。
 たまたま終戦記念日の翌日、友人とは、これはもう新たな敗戦という状況だねと話したところです。何とか、最悪の事態にならないうちに除染・廃炉に入れるよう動こうよという話になりました。団塊世代としては共々微力ながら最後のご奉公というところです。いろいろお力を貸してください。


weseesea at 21:23|PermalinkComments(2)TrackBack(0)鶴さん | みちのくだより

March 15, 2013

葉山港の黄昏れ

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葉山港は
暖かいヒカリで
風が心地よくなって来た。
明日のセーリングを待つヨットは
暖かい風の音を感じとっているようだ。

post_bell at 23:31|PermalinkComments(2)TrackBack(0)葉山 | 湘南

February 22, 2013

軽井沢ナショナルトラスト

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寒い寒い軽井沢で「軽井沢ナショナルトラスト」の理事会です。

「軽井沢ナショナルトラスト」も来年で20年になります。今回の理事会には私が2人の若手メンバーを新理事に推薦し、半数以上が30代になって、かなり戦力になってきました。事務局長も地元軽井沢彫りの店を継ぐ気鋭の人に代わりました。

先ず、出てきたのがこの地図です。原案を弁理士のアイディアマンが考え、新理事になってもらった建築家兼デザイナーが絵にしてくれました。

これをFaceBookとサイボーズに掲載、現在、反応が続々と来ています。今回の理事会でもiPad miniを使ってプレゼンをする人が2名、プロジェクターが要らなくなりました。

この春からこの地図のようなものを実現化していくためにいくつかのプロジェクトを立ち上げます。中にはトロッコやトラムという交通改善のプロジェクトもスタートします。

また国内外の関連組織と連携します。SROとも何らかの連携が出来ると良いと思います。

max82 at 10:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

February 18, 2013

鶴の文明考現学 ウズベキスタン 3

 すいません。しばらく間が空いてしまいました。1月13日は、早朝出発、ヒヴァから約150km圏内にあるカラといわれる古代ホレズム王国時代の都市遺跡めぐりです。砂漠の中に、日干し煉瓦を積み上げて作られたお城というか砦のようですが、広場やマーケットらしき場所もあり市民生活も営まれたという意味で都城というのがふさわしい様相です。二階建てとなっているのは、建築技術のレベルがしのばれます。
 今回は三つのカラをみたのですが、最後のアヤズカラが立派、アヤズカラ湖が近くにあり、立地環境にも恵まれていたのでしょう。紀元前、ゾロアスター教の時代からお城はあったようですが、現存するのは5-6世紀に建てられたもので、イスラム以前の土着のスタイルをのこしています。近くのユルタ(遊牧民のテント、モンゴルのゲルに似ている)での食事はプロフ(油をたっぷり使ったピラフ)がメイン、油ッこいですが、美味しくいただきました。モンゴルでの様子を知っていたので想定内ですが、ユルタでは、ソーラーパネルが備えられていました。灯りやパソコン等に使われているのでしょう。
 アヤズカラから宿泊地のブハラまで、500キロほどのバスの旅、国の幹線道路なのですが、未舗装部分も多く、快適とはいえません。冷戦時代を振り返って考えると、米国の高速道路が地方までしっかり整備されていたのと比べ、ソ連体制でのインフラ整備はずいぶん見劣りしていたのだなと再認識しました。綿花や鉱物資源の産地ではあるものの、計画経済の中で、それらが他地域との交易のなかで、新たな付加価値を生み出すという方向にはすすまなかったのでしょう。シルクロードの交易で栄えた地域だったことを思うと、皮肉な結果です。市場経済を導入して高度成長を続ける中国の高速道路の整備状況と比べても大変な差が出てしまっています。
 ガソリンスタンドやスーパーなどがあるわけでないので、トイレは原始時代に戻って青空トイレ、夜は星空トイレとなりました。周りに光がないので、満天の星を眺めながら用を足すというのも粋なものでした。ホテルに着いたのは11時近く、ハードな行程でしたが、運転手のタフさにも感心したしだいです。


weseesea at 00:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)鶴さん | 文明考現学

January 23, 2013

鶴の文明考現学 ウズベキスタン 2

 12日は、朝5時15分にホテルを出て空港へ。世界遺産都市・ヒヴァ観光のため7時発ウルゲンチ行きの飛行機に乗る予定だったのですが、雪のためか、2時間の遅れ、空港で待ちぼうけと相成りました。翼についた氷を作業員が放水で溶かすのです。
 ヒヴァは、全周2.2km の日干しレンガの城壁で囲まれた古都、昔のままの建物と街路がそっくり残っていて、往時にタイムスリップした気分になります。西門脇の城壁と一体となったクフナ・アルク(古い宮殿)には見張り台や覗き穴があり、形は違うものの、日本のお城と同じ、外敵の攻撃を防ぐということで、機能的に行きつくところは一緒ということですね。
 アラル海に注ぐアムダリア川の肥沃なデルタ地帯は、ホレズム地帯と呼ばれ、紀元1世紀には、古代王国が栄えていました。ヒヴァはここで古代ペルシャの頃からオアシス都市として繁栄してきたのですが、ホレズムの中心都市となったのは17世紀、イスラム文化の華が開きました。その頃から建設され続けた数多くのモスク、宮殿、神学校(メドレセ)、ミナレット(モスクに付随し礼拝時刻を告知する塔)と居住跡が残っているのですが、ジンギスハーンの侵略後に作られているので、中央アジアのイスラム建築・都市がコンパクトに純粋に遺っていて、それが世界遺産として登録された理由だと思われます。
 最初に訪れたのが、44.5mのミナレットの美しいイスラーム・ホジャ・メドレセとミナレットのコンプレックス。その名のとおりヒヴァ最後のハン、イスフェンディヤル・ハンの大臣イスラーム・ホジャによって1910年に建てられたものです。20世紀になってこうしたイスラム風建築が建てられていること、その華麗さにまずは圧倒されました。日干し煉瓦の家並みの間からのぞめるミナレットは素晴らしいランドマークとなっています。メドレセは神学校と訳されますが、本来は、神学だけでなく科学から文学、外国語、歴史まで幅広く教える高等教育機関で、最初のメドレセは859年にモロッコで設立されており、以降の一世風靡したイスラムの文化と学芸を創りだしてきた源です。メドレセは子供のころから全寮制、早くから大人としての自立をうながすというものです。ボーディングスクールの原点のようなところもありますね。このメドレセはイスラーム・ホジャが寄進したものですが、財を成した人、権力を成した人が教育機関の設立に寄進するというイスラム流のお金の使い方は立派なものだと思います。
 ムハンマド・アミン・ハン・メドレセは1852年に完成した中央アジアで最大規模の神学校で、これも立派なタイル装飾が施されています。ロシアの支配下になったときは監獄として使われ、今はホテルと、その後の歴史のなかで二度の変転を経ているというのも興味深いところです。このメドレセの角にある塔は、そこから罪人を突き落す処刑台の役割も果たしていたとのこと、処刑のやり方については、現代日本人からみるとずいぶん生々しく残酷な感じがしますね。
 タシュ・ハウリ宮殿、1830年頃にアラクリ・ハンによって建てられたものです。これもタイルと装飾インテリアが大変豪華、木の柱には精密な彫刻が施されています。公務の場、接待の場、ハーレムに分かれているのですが、4人の正妻と100名の側室がいたそう。王様もなかなか大変です。 
 ジュマ・モスク、10世紀に建てられたもの、特徴は213本の木の柱より成る多柱式建築ということ、コルドバのモスクの円柱の森を思い浮かべました。柱には一本一本違う彫刻が施されています。イスラム隆盛期を彷彿とさせます。もっとも古い柱は古代ホレズムの都から運ばれたもので、地域の歴史と文化をベースに築かれたということを改めて感じます。付随のミナレットも装飾は控えめで渋い感じですが立派なものです。
 中央アジアのイスラム建築を見るのは今回が初めてだったのですが、風土と建築ということに改めて思うところがありました。構造的には、日干し煉瓦が使われています。といって焼きを入れているので土器のような感じですが、モジュール化されていて合理的です。梁の部分や階段には木を使っていることや、土壁が藁入りなのは少し意外で、日本というか東アジアとの共通性を感じました。タイルの装飾は青と緑が大変印象的、製陶の技術とそれを使ったデザインは独特のものといえます。木は楡の木を使っています。王様や上流階級の建物にせよ、壁も柱も彫刻が施されているのは、イスラム文化のレベルの高さを示しています。街路は石畳でしっかりできています。木と土と草と石とタイル(これも元は土と鉱物)を基に作られたオーガニック建築・都市というところです。



weseesea at 00:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)鶴さん | 文明考現学

January 21, 2013

難しい時代

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今日は日帰りで軽井沢から東京に出て新宿住友クラブで、昔の住信の仲間との読書会です。朝、軽井沢を出るので完全武装、マスクまでしても足はしびれるほどの寒さです。

事件の起こったアルジェリアの天然ガス開発のプラントは場所は少し西側に寄ったところのサイトを銀行の調査の仕事で行ったことがあります。今回と全く同じような風景の居住区に泊まっていろいろ見たり聞いたりの調査をしたのですが、アルジェリアの流血の歴史の中で、結局、天然ガスという資源がひとびとにとって何をもたらすのか。

資源がなければ、アルジェリアはフランスの植民地にもならなかったかも知れず、アトラス山脈に自生する松茸を日本にでも売って独自の文化を形成したのでしょうか。あの過酷なサハラ砂漠の中で彼等はどのように生きる道があるでしょうか。

豊かさとは何か、経済成長とは何か、今年のテーマはこれを考えることにしたいと思います。実際には自分はそれなりに豊に暮らしていて、偉そうに他人や国の豊かさに関与するのも、一歩下がって見れば愚かな人間の自己満足のためなのではないかという気もします。

このお節介がアルジェリア人を自分達の本当の姿を見る機会を失わせているのではないか、アルジェからサイトに向かう途中にあったガルダイヤというオアシス都市の輝いている姿を見たときのことを思い出しています。

max82 at 21:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 13, 2013

鶴の文明考現学 ウズベキスタン

1月11日(金)からウズベキスタンに来ています。アシアナ航空で仁川空港乗り継ぎでタシュケント空港着。驚いたのが、ウズベキ人が大量の荷物を運び込んでいること。多い人は10個くらい、梱包は段ボール箱や大きなビニール袋をパッケージしただけのものなど、中身もガスストーブやヒートキャビネットなどの暖房器具から布団まで様々です。生活用品が多いのは、分業体制をとっていた旧ソ連体制のなかで中央アジアの国々ではそれらを生産するシステムが出来上がっていないからか。それだけなら歴史過程は別にして現在の米国と変わりはないわけですが、昔の運び屋さんみたいになっているのはリーズナブルな価格での貿易のシステムが整っていないからでしょうか。それにしても、それが韓国から運びこまれているのは、同国がアジアにおけるこの種の生活用品の製造工場となっていることを感じさせます。ハブとしての仁川空港の役割も大きいですね。
   持ちこむ外貨の申告も必要で、空港に着いてから出るまで2時間近くかかってしまいました。宿泊は四つ星のパークトゥーロン、ロビーも室内もwifiが繋がるのは同時代です。
    世界有数の綿花栽培、石油や天然ガス、鉱物資源等の豊富な資源国であることと、にも関わらずあるレベルの生活用品が不足しているらしいことを考えると、まだまだ色々な可能性のある国だと思えます。アジア起業家村の仲間にウズベキに行くことを話したら、「ウズベキは熱いですよ」と言われました。経済的には成長が楽しみな地域です。
   中央アジアはイスラム文化の華が咲いた地域、ウズベキにもイスラムの文化遺産が多く残り、てっきりイスラムの国かと思っていたのですが、ホテルのロビーはクリスマスの飾りつけで、Merry Christmas。ガイドさんの話では、イスラム国でないので、お酒もOK、正統のイスラム教徒もいるが、多くは無宗教、それを称して「なんちゃってイスラム」とか。アフガン戦争での役割を考えると納得できるところもあり、現代文明のボーダー地域のなのでしょう。もともと、中央アジアがそういうところなのかもしれません。


weseesea at 00:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)鶴さん | 文明考現学

January 07, 2013

渚の散歩!

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駅伝で話題になった、西の強風「ならい、と葉山では言う」
 が吹き荒れる,季節ですが、
時として,ウソのように静かな渚もある。
 散歩の幸福を味わう時である!

post_bell at 15:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)