July 01, 2012

次は「クーデター」

 大飯原発再稼動へのデモが行なわれている。
 日本の場合、軍部が余り力を持っていない、という以前に歴としたものが存在しない為、厳密には「クーデター」の用語の適用は的確でない。しかしながら、450万人とも言われるこうした動きを、恐らく今回は見逃す・何の対処も取らないものと思われるが(オールド・メディア含め)、それが今後の市民感情に一層火をつけることになる。
 これまで一連の民主党政権というものについて、特に言及して来なかったのには理由がある。それは「そもそも、力が弱い」「責任を直接問う事が出来るほど、頭が良い連中ではない」という点である。当然のことながら、何しろそういう「頭の弱い」者達であったから、実際「政権担当云々」と言われても、立たされてみた所で、視点が定まらなかったのが実態で、彼ら以外の介入が非常に容易でありまた深部にまで入っていた、ということになるが、確かに前代の政権がある種の飽和状態を迎えていた中、また新しい動きが求められる部分、予定調和や既得権益と言われるような状態にどっぷり浸かっているために周囲が見えにくくなっていた事も一つの事実である。そこで民主党にやらせてみたわけだが、蓋を開けてみるとこれがまたひどい内容の者達であった。簡潔に表現するならば「バカ」に尽きるのであるが、もう少し早い時点で、政権を自民党に戻させておくべきだった。
 今後の動きとしては、恐らく「外国人(広い意味で)」に対する嫌悪感・排斥する動きが強くなり、今の時点ではシュプレヒ・コール位の段階で留まっているが、上記の項目となると「直接衝突」が起きる事が容易に予測される、と言うよりも恐らく「回避不能」であろう。潰す対象となるのは、民主党、オールド・メディアなど、広義での「親韓・中派」である。ある時点でどのような判断・行動を選択していたのか、ということについては、現時点でも情報がどんどん蓄積されている。身に着けるもの、表現方法、発言などなど、それら一つ一つを詳細に検討し・点数化すれば、どのような立場であったか、殆ど正確に把握する事が出来る。以上のデータを元に、激しい攻撃の対象となる、という絵が、今の段階から見えている。こうした動きは、早ければ8月、遅くても9月(この期間は極めて短いことに注意)に生起するだろう。
 「右傾化」という表現は適切でない、これまでが、余りにも「国政」や「国民意識」というものに無関心あるいは否定的だっただけで、ようやくそれらが萌芽して来たといった所である(勿論、右の人はいるにせよ)。デモやらメガホンの使用などといったものについて、日本国民はそれほど慣れていなかった、そのようなものに親しみが無かった、というよりは「使うまでする必要は無かった」という所である。それが、この段階まで来ている。こうした動きは、殆ど急速に成長する。従って、その次の動きが非常に気になる訳である。先鋭化が一体どこまで進むのか、かなり厳しい行動が起きてくる、と考えておいた方が良いだろう。  
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June 30, 2012

「罰」としてのフクシマ

 無論、この事は一頃より現在に至るまで悲しい印象しかない。そしてこれが、この後一体いつまで続くのか、とため息が漏れるばかりである。
 しかしながら、「神国日本」を明示した立場からすれば、「神は護ってくれなかった」と言うよりは「神罰」として捉えられるもので、「自分達が生まれ育った国を蔑ろにして来たことへの反省を促す(あるいは一連の「外部への身売り行動」)」と共に、端的には「日本人の意識について、ある種の立ち返りが必要であった」という状況として解釈する事が出来る。事実、フクシマで起きた自然災害(または人災)を経た結果、色々な影響が生起してきた。例えば「家族やこれまでの人間関係を大事にする」「大学受験はなるべく地域に留まり(家族と過ごす時間を増やす・減らさない為。遠い場合でも、毎週帰宅する例もある)、場合によっては就職も生地周辺として地域の活性化に参与する」との判断が強くなって来ている。これらが果たして良い判断なのかどうか、競争する意識をそもそも投げ捨てた事の意思表示なのかも知れないと思う部分もあるが(「ゆとり」教育を経て)、少なくとも「傾向が変化しつつある」事は、どうやら言えそうな事実である。
 人災については、余り取り上げたくないが、ある見方からすれば「原発・地震・津波による被害」、中でも「原発の被害」が関わっている点が大いに引っかかる。他の二つはさておき、この「責任が問われる」のは必至であった。電力会社は勿論、恐らく「国」にまでその部分は問われるであろう、賠償額が幾らになるのか、ざっと計算しただけでも大変な額になる。誰がそれを訴えるのか、「遺族または関係者」である。仮にその「遺族または関係者」が件の地域に固まって住んでいるのであれば、しばらくそのままにしておけば、あるいは手を下さない時間を延ばせば延ばすほど、「死んで行く可能性」が高くなる(せっかく放射能やら何やらという、目に見えず・結構な殺傷力を持つ毒ガスのようなものが、大気中に蔓延してくれている訳だから)、従って「賠償を請求する人間も少なくなる=払う額も減る」。早急に救ったりなどしようものなら、金銭面に限定するならば、自分で自分の首を絞める事にしかならない。その二つの状況についてそろばんを弾くのに、時間は殆ど掛からない。大変な事態が起き、その責任を負わされることになった彼らの願いは「一人でも多くの、賠償を請求するであろう人間が、なるべく早い時点で死んでくれる事」である。以前の政権であった場合どのような決断を下したのか、推測する事は難しいが、少なくとも民主党、または東電の判断はこういうものであった。かなり早い時点で、某国の識者が指摘していたように、この事は近い将来、国際法廷に掛けられる可能性がある。  
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June 29, 2012

無名

 「今の、日本の総理大臣の名前は何ですか。」
 との質問は、
 「誰にも覚えられる努力をされないもの」「相手にされない・重要視されていないもの」
の代表として捉えられるものである。仮に取り上げた所で、殆どの人はスルーする内容でしかない。  
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ニコ生盛況

 写真が「格好良すぎる」のが多少気になるものの(「限界まで持って行った」という感じである)、「お前らに、こういうことは出来ないだろう」と言わんばかりに、国民が(殆どの場合「日本語を母語とする乃至それに精通した者)「ここの部分が見たかった」「人々の需要と合致する内容とは、こういうものだ」といった部分を、存分に出しているこの分野である。ただ、負けたものだから、プライドを見失っている・または意識的にかなぐり捨てている部分があり、随所に「今、お金が無いので」「だからチョーダイ(票含む)」との要素が滲み出てしまっている点が、悲しいと言えば悲しい。
 どこかの「反日色」や、大陸・半島に阿る要素をあちこちに含めている、あるいは新興宗教などの立場からしか発言できないようなものとは全く別の分野が出てきた、という所である。「だったら出て行け。捨てるから」としかいいようのない間抜けっぷりを晒し続けているバカであるが(既に捨てられている側面も多々見られるが)、一ついえることは、オールド・メディアと呼ばれる分野が、プロパガンダを示すものとしての力を、最早備えていないということである。あるいは「発言や提示されるものに、信頼が置かれていない」点も指摘される。  
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June 28, 2012

進む同化政策 2

 いずれにしても、ごく近くにある小さな島で、規模が小さいのに諸事情により「お宝満載」である国には一定の気遣いが必要である。
 それを前提とした上で、一連の動きについては、冷静な客観視をした場合、あえてやや右寄りの表現を使わせて貰うならば、「大東亜共栄圏建設」の一環としか思えない。あるいは、百歩譲って表現するならば、頭に「新たな」をつける位で十分である。勿論21世紀あるいはその前夜から、先の大戦中に見られたような「対抗意識」を持つ必要は最早無くなっており、どちらかと言うと「支援する側」ではないかとの印象も、次第に強まっている今日この頃である。その意味で「日本」という国名についても、「大日本帝国」との名称を復活させて(「帝国」の名称が許されるのは、今の所世界中でこの国くらいのものであるから)、外部に新しい姿勢を打ち出しても良いとさえ思う。いずれにしても、それを進めるなら、一応Beasleyの「見解」位は目を通しておく必要がある。
 といった次第で、ある国に新規に入ってくる者について、どのようなものが進められるのかと言えば、インパクトの強弱はさておき「アイデンティティーの崩壊」である。
 こうしたものは、現在の技術や情報伝達機構をもってすれば、「実現可能」という側面が非常に強い点が、大いに引っかかる。  
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June 27, 2012

進む同化政策 1

 この単語自体、古くから使用されてきた言い回しではあるが、結局はこういうことである。
 門はなるべく大きく開けておいて入りやすくする事が肝要である。そしてあれこれ餌をまいて置く準備が進められるべきである。「あなた方の権利は、十全な仕方で保持する、それは新しい場所に入ってくる者への対応としては当然の事である。そしてその約束を、我々はしっかり守る。」という立場を示しておく。どうやら入り易そうだということで、頭を突っ込んでみる者が数名現れる。中をのぞいてみると、なるほどいわれたとおりの環境だ、と合点して「足を踏み入れる」。
 この時点で、一連の作業の殆どの段階は達成された事になる。後はただ、「日本人としての誇り」「日本人として生きる」姿勢が、自ずと育っていくだけである。戦後と現在とでは、状況は随分違う。戦後であれば、恨みつらみがあり、その障壁を抜きにして会話を始める事はなかなか難しかった。しかし随分文明の進んだこの現代という時代の中で、「第二次世界大戦の時の〜」という事を「実感している世代」が、果たしてどの位あるというのだろうか。彼らはあくまで「伝え聞いた」だけであって、日本の文化・水準といったものには、結局の所「憧れ」を抱いているというのが実際の所である。もう一つ言うとすれば、戦争を国家規模で経験している以上、そして一頃は世界の中でも経験から軍事力から、アジア圏域では圧倒的な力を持つこととなったこの国にとって、周辺の国は、(眠れる獅子含め)支配の対象であった。のみならず、遺伝子のどこかで、「日本周辺のアジア諸国家は、基本的に食べ物」「支配・被支配の関係の中で、隷属の図式が明示されているもの」少なくとも「こちらに恩恵を与えてくれるもの」であり、日本人の肉体を形成する何割かに、彼らの肉が含まれている事も一つの事実である。
 その意味で「憧れの国」「理想郷」に足を踏み入れ、その文化的水準・伝統や築いて来たものへ感嘆のため息を漏らすと共に、「この国の人間として生きた方が、どうやらよさそうだ」との発想が脳裏をよぎった時点で、計画は終了である。
 日本が「自立する道」「発展していく筋書き」は、クローン技術を進める以外に見え難くなっていた。ある国の法律に従い、文化圏の中で生活し、三代もすれば考えも変わる。「取り込み」の動きが加速化する中、最初の段階では幾つかの衝突も生じる事が十分予想される。無論、その際に頭を下げるべきは、向こうの方である。第2、第3段階を経る中で、一層文化的に「自然で」「濾過され」「洗練されたもの」が育成されていく事が、今後目を向け・大いに期待すべき部分である。  
Posted by srv1 at 10:15Comments(0)

June 25, 2012

速報「最近、TVが面白い」

 正確には「面白いTV番組が、幾つか出始めている」である。一頃はすっかり「老人・犬猫向けの板」として地位を確立したこの分野であるが、ここの所変化が見られる。
 某民放局の評価が高まっているのはちらほらと聞いていたが(深夜帯に力を入れているのかと思っていたが)、確かに地方が独自に作成するものを含め、単純に「面白い」と思えるものが出て来ている。
 いくつかの所、または番組の中では相変わらず「親韓」「親中」、ひどい場合には「反日」を直接・間接的に示しており、こうしたものはやはり早晩淘汰されなければならないと考えているが(生き残るつもりが無いのだろう)、「反日」色の濃いNHKでも、先日の某博物館関係のものは興味深かった。尤も、「博物館に陳列してあるものの紹介」というよりは「ある時代の歴史考察」に力を入れたところが今一つであったのが残念であるが、評価が地に落ちるばかりの昨今、良質な技術を提示した例となったように思う。コンテンツは今一つであっても(それなりの努力や考察の跡は無論見て取られるが、どうしても「一歩足りていない」)、大きな規模で取り組む事で勝負してみた、といった所である。「独占すればいい」と思ってやって来ていた事の誤りが露呈した中、内容が伴うようになれば、もう少しましになるだろう。
   
Posted by srv1 at 17:19Comments(0)

June 20, 2012

まっかっかの韓国

 「まっかっか」と言えば、「猿の尻」の色であり、「赤」と言えば、中国という印象があるが、財布に関する事である。
 一応二つほどの会社が元気が良いという事で、何となく景気が良いような雰囲気になっているが、実情は全く違う。下手をすると、西欧諸国のどこかよりも先に、音を上げるかもしれない。  
Posted by srv1 at 18:42Comments(0)

June 13, 2012

日本に「取り込んで欲しかった」韓国人

 第2次世界大戦中の話である。
 人道的措置云々というのは、随分見当違いの話であって、そもそも「戦争中の話」である。もしそこを取り上げるなら「戦場または戦争状態において、人を殺す事についての、人道的観点」をはっきり示す事ができるなら、考えても良いというところであるが、どこの国に聞いても、一定の共通した見解が得られる。そもそも責任者や当事者がもう殆どいない。この問題を盾にして色々と動き回りたい、という算段なのだろうが、どうにも他国に取り合ってみた所で、問題性が今一つ不明瞭、またはそもそも「相互利益が存在しうるもの」ではないか、との見方が、特にこの場合は先に来る。その意味でも、結論として「問題は、無い」。
 結局の所、韓国人は日本に取り込んで欲しかった、仲良くしたいと言うよりは、色々な状態を鑑みて吸収される事を望んでいた、というのが実際の所であったのではないか。元より、労働力や兵力としての「外からの支援」という仕方が望ましいものであって、内部に入り込もうとしても、色々な面で無理がありすぎる。何か動きがあったとしても、「差が歴然としている」のを感じ取るだけである。
  
Posted by srv1 at 18:17Comments(0)

June 08, 2012

民主党の意見は日本政府のそれ「ではない」

 少なくとも「日本の意見」、あるいは「この国の利益となる事を見越したもの」ではない。顔を出す度・口を開く度に、頭の弱さを露呈するばかりの今日、早々に消えてもらうのが良い。
 何か「決めた」つもりでいるとしても、変えた事柄については、どの道元に戻す方向、場合によって一層厳しくした上での調整が進められる事となる。  
Posted by srv1 at 23:17Comments(0)

June 06, 2012

食料としての韓国人

 韓国人は、どうもIQが、どれだけ頑張ったところで上がらないという特徴がある。
 「バ○」だ「チョ○」だと長らく言われて来たのも、決して理由が無い訳では無く、端的に「問題解決能力に乏しい」と一括りにまとめても良いが、いずれにしても日本の場合、歴史上のある時点で、ある種の飽和状態を迎えていた事態は指摘しうる。それがいつから始まったのか、通常は第二次世界大戦後という分かり易い図式を設ける事が出来るが、本質的にはその前から始まっていた。というよりも本来の姿を見失い始めていたとした方が正確である。いずれにしても、 「既得権益」や「しがらみ」、「壁」といったものが「今以上の」成長を見えにくくさせていた、あるいは「出来上がってしまっていた」「全て・一通り網羅した」中では、上記の意味で何かの刺激なり、今一度自分達の姿を見直す必要があった。
 例えば、「国民としての意識」がそれである。日本の国歌が「君が代」であり、「日の丸」を掲揚する運動は、一頃であれば「右より」かあるいは良くて「公務員としての仕方ない立場」と思われていた。「君が代」の歌詞については、別に「皇帝」という余りその辺に無いものを頂く国であれば当然こういう内容になる訳であって、つい先頃色々とお祝いのあったイギリスの国歌と比較してみても、内容は「大体同じ」である。
 現状として問題は余り無いのであるが、「鴨が葱を背負っている」という事態は、鍋を作る際にはどうしても必要、というか「大変お得な状況」である事に変わりは無い。ただ、先に指摘したように、どうにも「味が悪い」、悪くてたいした使い道が無い為、一応確保だけはしておき、何ならトウモロコシを「もう食べられない」と言っても関係なくどんどん押し込んで内臓の一部を発達させ(「食べ物は与えた」「十分与えていた」という点だけでも、国際的には問題が無いし、むしろ評価される)、味覚の優れた日本人の舌にはそもそも合わない為、頃合を見て中国辺りに高値で売りつける*という手もある。  
Posted by srv1 at 23:22Comments(0)

May 24, 2012

「節電の為、TVを消そう運動」に一票

 TV自体を消そう、といっているわけではない。
 とはいえ、最早不要のものである事も確かである。  
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May 23, 2012

朝鮮半島 沈没のお知らせ

 今から130万年前、あるいは大体その辺りで、日本と朝鮮半島または中国の大陸は、陸続きであったとされている。
 何人かの手によって現在へと至るプレートの動きがシミュレートされているが、どのような過程で、日本海にあたる部分が沈没したのか、いまひとつ明確でない。いずれにしても大きな動きがあった事は事実で、ほとんど「陥没」している所から、そこを中心とした火山の噴火活動が活発化していたことが一つの可能性として指摘される。
 火山と言えば、すぐ富士山が思い浮かび、過去の歴史が大仰に取り上げられ、我々が慌てふためく要因となるのであるが、確かに富士山は何度も噴火して来ており、決して死んでいる訳ではない。これは一つの事実であるが、大まかに地形に目を遣って、単純に「この状況が進行して行く」と考えた場合、活動を急速に活発化させるのは、この山ではない。
 「白頭山」である。
 ここが噴火すると、偏西風の影響で火山灰がこちらまで流れて来て、日本が多大な迷惑を被らなければならなくなるのは過去の事例を見るまでも無く、実に都合の悪い話であるが、いずれにしても大陸の一部、北朝鮮また韓国といった辺りが壊滅的な打撃を受けるであろう。その明確な形が「沈没」であると推測する事が出来る。
 一般に「プレート」は、動く事が大変危険視されており、それによる地震・火山の噴火活動が大いに懸念される所であるのだが、少し見方を変えて、日本と言うものを、その可動域が大きく与えられた「線路の上に乗せられた電車」と捉えると、状況は180度変わってくる。仮に「固定」されていた場合、「力の伝わり方」は限定され、あるいは「力が逃げ場を失う」。この「逃げ場を失った力」は多様な仕方で影響を齎すものと思われるが、その一つの形が、「日本海としての沈没」であったのではないだろうか。反対から捉えるならば、先にたとえたように、「線路の上に乗せられた電車」である場合、後ろ(北西方向)から「力」を受けても、プレートが、かえって有効なものとして機能する可能性が生じている、力を反対方向に逃がす事が出来る為、「沈没」などの壊滅的な事態を回避できる可能性があるという事でもある。
 早晩、、、晩かった場合、200万年後である可能性もあるが、いずれにしても当該火山の動きは活発化する事であろう。我が国としては大陸と半島の大部分を失った場合の、今後の身の振りについて、現在まだ穏やかな内から用意をしておきたいものである。  
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May 22, 2012

facebook strategy

 仮に自分がここの創立者だったとしたら、結婚相手はもう少しいいのを選ぶだろう。
 じゃなくて、仮に創立者なり責任者で株式云々の権利を持っているとしたら、株式公開によって「儲ける」とか「会社を拡大する」事はそもそも視野に入れない。
 利益の如何に係わらず、この「システム」は、既にある種の人々にとって必要不可欠な情報交換・コミュニケーション手段として確立しており、社会的に明確な需要が認知されるものとして今後も継続していく(日本で何%の人が使っている・有用と感じているか、というのは別問題として)。仮に「よりすぐれた」ものが現れたとしても、それへの移行は一斉且つ即座に行なわれ、「facebook」というネーム・バリューに拘泥する必要は、自他共に全く無い。理由は、それが「ただの『仕組み』である為」である。ただ、ここにポイントがあって、仮に「会社として」成立しなかったとしても「ただの『仕組み』に過ぎない」ものである為、仕組み自体は一向に問題なく存続する。「会社の利益」と「社会的需要」とが、本質的に無関係の所にある、従来の「方法」や「利益獲得の道」と全く性質を異にする、ネット普及ありきのこの時代ならではの新規な形態と捉えられる。もう少し言えば、仮に「この会社が倒産した」としても「開発者及びその友達関係は、このシステムを依然として有用なものとして使用し続けるだろう」ことが、火を見るよりも明らかである。「折角株式を公開したのに、翌日になって急に云々」と口にしてばたばたしているのは、この本質を掴んでいない、いわば「旧来型」の頭、「金銭模索方法」でしか捉えていない者達に過ぎず、現時点ではあわてふためいても良いが、本質的には(これまでは「そう」だったが)「陳腐」である。
 マーク・ザッカーバーグは、全てを手にしたと言われている。一連の動きを通して多額の財産を手にし、医学の資格を認められた同校の者と結婚して家族を持ち、社会的名声については言うまでもない。先週一連の報道をした後の、某海外放送局の人達の「違うのは分かってるけど、自分との比較をどうしても隠し切れない」様子は、少々気の毒なほどであったが、自分が彼であったとしたら、こうした選択は決してしないだろう。大体中国人は、「人間」を「食料」または「食材の一種」、より正確には「調味料に少々工夫を凝らす必要のある食材」としか捉えていない。もう少し肉をつけさせた上で、「マークの角煮」が皿の上に盛り付けられる日は、決して遠くないが、彼女が「実は菜食主義者」である事を願うばかりである。  
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May 20, 2012

禁韓日食

 韓国を禁じ、日本が食べる。  
Posted by srv1 at 19:32Comments(0)

May 15, 2012

全ての人間は平等

「早晩死ぬ」という意味で。
 問題はこの「早晩」というのが、一般に「ある程度予測可能」という範囲で扱われている事と、基本的に「ばらばらに来る」ということで、これらは経験的に理解されている。「経験的に」というのは、物理の世界でしばしば混乱や誤解を齎すものでもあるが、要するに「経験していない事柄」については「予測不可能」ということでもある。
 これらの前提は、例えば予測されているようなある年のある月のある日に「一遍に」訪れた場合、何の為に物事がなされ・継続されて来たのか、その意味が闇に包まれる事になる。何らかの危険に対して、人類は様々な仕方で対応を試みてきた。しかしながら「逃げ場が無い」(地球上に)状況が生じた場合、いずれにしてもある種の悟りが求められる事であろう。 仮に「言われているような事態」が実際に起きるとして、幸か不幸か、我々はその状況に居合わせている、その際人間としての最後の時にどのような行動を選択するか、その判断が問われているとしても良い。
  
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May 13, 2012

民主党打ち切り

 余りの不評につき。当然である。  
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May 12, 2012

韓国人の技術・700年にわたる汗と努力

 三日で超えられる(日本人の場合)。

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Posted by srv1 at 22:27Comments(0)

May 11, 2012

evidences

http://www.cnn.co.jp/fringe/30006528.html

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120511-00000008-jij-soci  
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May 10, 2012

価値の最大化について

 「安くても良いもの」「限られた中で価値の最大化を図る事」は、一つの知恵であると言う事が出来る。
 某国では、必ずしも上記の課題が達成されておらず、くっきりとした境界線が設けられている。
 A地域からB地域への移動について、ハイヤー、電車、バスと三つを使用した。これらは、「快適さ順」である。と同時に「値段の張った順」でもある。対応については、明らかに違いが設けられており、「可もなく不可もなく」という意味では、真ん中のものが適当ということになろう。所要時間については、どうしてもこれが一番速いという利点もアル。  
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May 09, 2012

イギリスは、食べ物がうまい

自分で調理する場合。
 世界にその「味のひどさ」において悪名を轟かせるこの国の料理であるが、殆どの場合、誤解が含まれている。その本質はと言えば、実は決して悪いものではない。腸詰めには、ごく普通の「食用の」肉を使っているし(中国や韓国の事例とは異なり)、「サラダ」と書いてある場合には、自分が確認した限りでは一般的に人類が「口にしておいしい」と感じる「食べられる」種類のもののみが厳選されている。ただ、それらの80%以上において、「くさみ」や「まずさ」を加えているというだけの事である。どうしてこの要素をわざわざ加えるのか、加えずにはいられない事情についての考察は別に譲るとしても、いずれにしても、それらを隠そうという気配さえ見せない。多分、それがないと調理とは言えない・料理として完成しないと考えている為であろう。食事はある種の「修行」であって、「おいしい」「舌を喜ばせるもの」「楽しい時間」などという軟弱な要素は否定して、ストイックに「生きる為に、必要最低限の栄養を摂取する」事を目的としているものと考えられる。
 ワインについては、極めて初期に口にした段階で諦めた。元々あちらは良質の葡萄が育つ感じではなく、従って穀類によるスピリッツの類が普及している。これについては、泥炭なり樽の焦げた感じなりある種の木の実の香りを含めるなり、所謂「風味付け」というものが基本的に様々な仕方でなされているが(こうして見てみても、食事についてもやはりある種の「風味付け」が必要と考えた結果なのかも知れない)、いずれにしても「寒いので、体温を上げるために必要」な処置として捉えている・乃至歴史の中でそういう対処をしてきた(結果、中毒症状を呈してしまう者もいた)事は事実である。
 それらの過酷な状況はあるにしても、紅茶black tea及びそれに合わせるものについては、殆どの場合満足の行くものであったことは確かである。このことから、恐らく「紅茶を2時間ほど掛けてたっぷり飲み、お茶菓子を口にしている」段階で、彼らは「既に空腹を覚えない」所まで至っているのだろう。わが国にそのような食習慣は無いが、食事と食事の間の時間、紅茶とお茶菓子を口にしている、と前提した場合、寝る時間以外は常に何かを口にしている事になる。とすれば、多少味覚の方にも支障が出たとしても、当然と考える事が出来る。いずれにしても、わが国は色々な意味で優れた性質を持ち合わせているので、あちらの人のその辺のことについては、目をつぶるか、口に運んだものは「噛まずに」「すぐ飲み込む」位の気概で食事に臨みたいものである。
 といった次第で、あちらに行く場合には「料理の腕を磨いておく」か「嚥下能力及びそれに伴う消化力を高めておく」かのいずれかが重要である。  
Posted by srv1 at 19:21Comments(0)

May 08, 2012

世界からバカにされる国、韓国

http://www.nicovideo.jp/watch/sm17752821
爆笑  
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May 07, 2012

雹との遭遇 

 「ある日の暮方、ある門の下で雨止みを待っている」のは某作家による有名な物語の冒頭にみられる描写であるが、昨今こうした状況を目にする事は、余り無い。その理由の一つは、「人々が予めネットの天気予報をチェックしており、より具体的で詳細な区域と時間帯を絞り込んでさえ予想して行動しているから」であるが、必ずしもその予測が当たる訳でもない。
「この国には、晴れ、曇り、雨、寒さ(chilly)、暖かさ等々、一日の中に四季の全てがある。」との表現は、些か言い過ぎの感はあるものの、少なくとも変わりやすい天候である事は事実であった。
 全体的に「曇りがち」で、「どんよりとしていて」「暗い」(雲が低い。というか近い)という日ばかりであったが、とりわけ「寒い」印象が強かった。途中まで気温が上がる傾向があり、「このまま春になるのだろう。だとすると、現在購入するつもりでいるジャケットは、暖かい日差しの中では不要なものになってしまうかもしれない。いわんやわが国のわが地方をやである。さて、どうしたものか。いずれにしても、次の秋冬用という理解で入手して行くべきか。暖かくなるのも、この場合に限っては考え物だ」などと来たるべき日々を期待していたら、その次の日辺りから気温が一気に十度も下がり、後は大体その辺りの気温で安定して日が進んで行った。予め「あの辺りは寒い、特にこの時期はまだ冬みたいなものだ」と聞かされており、緯度の高さも関係して、時期的にまだ「春」には遠い辺りであったが、その寒さにしても日本のそれと違い、「底冷えのする感じ」で、腹部が冷えないように何らかの衣類を着用する必要性を覚え、従って「ベストwaist coatは、ファッションではなく実際的なもの」だと肌で感じたものであった。大体が暖かい所が好きで、「寒い所は合わない」体質を持ち合わせる自分は、当初より「そんな冷える国に行くのではなく、南国に行きたい」と再三口にしていたのだが、実際的な要件を十分な仕方で満たすのがここの国のあの地域だった為に、なかば武装するつもりで衣類の準備をしたものであった。
 雨は兎に角良く降ったが、基本的に傘は使用しない、というよりも使う必要が無い。一回の降雨量が少なく、粒の小さなものが短時間降る、感覚的には「風花(量を少し多めにした)」のような軽さを伴っている為であると同時に、何よりもわが国のそれのように「浸み込むような・浸透する感じの水質でない為」である。一寸油を引いた衣類があれば弾いてくれるし、多少多めに降った場合でも、フードか帽子を被れば良い。降雨量に従って、仮に「濡れた場合」でも、すぐに乾燥するような感じがある。そして何よりも「文化的に、それを受容する空気がある」という所も合わせて指摘しておく。
 そんな某国の気候であるが、滞在中一度だけ、人々が小さな叫び声を挙げて、建物の軒先またはアーケードに駆け込む、その為大通りに人が誰も歩いていない事態があった。その日はとりわけ気温の低い日で、自分も例の如く、目的地にて幾つかの書物に当たるべく道に出ていた。雨は最初から降っていたから、やや厚めの素材で出来た紺色の帽子を引っ掛けていた(これは大して値の張るものでもなく、家に適当に転がっていたのを持って行った所、旅の間中大変重宝したものであったのだが、帰国まで後数日という所で紛失した。図書館の中に置き忘れたものと思われる為、次に行った時には聞いてみるつもりでいる)。上着は、数日前に某地域で入手した、バイク用のややスポーティな「防水加工の施してあるやつ」を引っ掛けていた為、勿論内部までじめっとするような事態にはならない。雨は次第に大粒になり、やがて「パタパタ」という音がし始めた。気温は兎に角低く、道に出ている数分の中でも急にまた温度が下がったように感じられる。ふと濡れた路面に目をやると、白い小さな粒が地に当たっては跳ね返っている。雨音はすぐ「バタバタ」に変わり、より大き目の白い粒が降って来た。人々の小さな声を上げたのも、ほぼそれと同時であった。「雨には慣れている」「雨には強い」と言わんばかりのこの国の人々も、流石に閉口したものと見える。「そういう反応をしたのは、外国からの観光客のみであった」としても良いのだろうが、歩道の大通りを行く者が誰もいなくなり、皆軒先に避難した事から、そっちの人にとっても尋常ならざる事態であった事が理解された。
 というわけで、自分も少々閉口して、他の人々が既に雨除けをしている家電製品店か何かの軒先に入ったのだが、「目的地まで5分ほどである事」と、「濡れても別に大丈夫(色々な意味で)」「こんな所でいつ止むとも知れぬ雨を待っていても時間が勿体無い」との判断から、余り人の出ていない中、いつも通りの道を歩き始めた。あちらの方から「great..」との声が聞こえるのを覚えつつ、そのまま目的地に無事到着した。雨自体はその10分後位に止んだようであるが、どの位の雨量になると、ここの国の人々が「これは雨だ」と認識するのか理解できる、興味深い経験であった。
「この時期に、(いや、そもそも)雹を経験するなど、なかなか無い事だ。」と感じたものであったが、つい昨日、比較的気候については温厚な雰囲気の漂うわが国の中にあって、それと同様の状況があった。風も強く、雨脚は強くなる一方、傘などさしている方が危険なので畳み、ロウ引きをしてある帽子を引っ被って、雨の中を目的地に向かって歩いた。その十分後にはもう晴れ間が差し、やがて晴天となる慌しい天候となったのだが、ごく短期間に二度もこうした「余り日常的でない」経験が出来ても、特に嬉しくも何とも無い。  
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May 06, 2012

ランニング考

 こちらのランニングは大体区分けが出来上がっており、いわゆる「ホットな時間帯」は、次の大会など狙うような者が半分「見せる意味で」走っているように思われてならないが(ただ、顔は殆ど真っ暗で見えないので、個を特定する事は困難である)、そこから下って夜遅い時間帯になると、余り人前に出られない・あるいは人から見られたくないと考える主に外国人などが出て来る。いずれにしても、歴史的に人気のある場所として設けられたものであることに違いは無い。
 「ランニング道」という言葉は余り聞いた事が無いが、見た限り、走っている人間はどこか「修験者」の相を浮かべている。自らと戦う、最大の敵は己の中にある弱さだ、と言わんばかりであるが、この見解は概ね的を射ているものと思われる。  
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May 05, 2012

Bodleian prisoner 2

 ○リー・○ッターのそれよろしく、壁の天井部分には過去の学者達の肖像画が並んでいる(というよりも「ガンを飛ばしている」)中で、資料に当たっていると、一つの感覚が自分を襲った。それは、
「ここの人たちは、囚人である。」
というものであった。もう少し説明を加えて言い換えるならば、
「この建物は一つの監獄であって、研究に身を捧げたこれらの人々は、(肖像画のそれ含め)自らその監獄に入り込んだ囚人である。彼らは往々にして行動の自由や興味関心を向ける対象が大きく広がる外の世界との接触を意識的・無意識的に拒絶し、自分が関心を持ちあるいは責任を持たされた特定分野の理解を深化させる事・また次の答えを導き出す為に時間と生命の全てを捧げ、自分を閉じ込めている」
という感覚である。これまでに目的とするものが納められた幾つかの国の図書館やら何やらに足を運び・文書資料を同じようにあたっているのだが、通常自由な雰囲気や知的関心に向けられる好奇心あるいは闊達な空気があるものである。勿論そこでページをめくりあれこれ作業をしているおじさんやおばさん達(自分も「おじさん」の部類に入るのだが)は、担当分野で名の知れた人であり、自分に「失礼ですが、この機械のログアウトの仕方が分からないのだけれども、教えて頂けませんか?」と笑顔で丁寧に質問してくる、その辺にいる紳士淑女ではあるのだが、席に戻って本に向かう姿や建物全体について、そこに漂っていたのは険しさと「閉塞感」であり、ある種の「覚悟」であったように思う。
 国柄によって、ある事柄の理解は変化する。「学習」というものは、自分にとって果てしなく広がる地平または空間であったのだが、ここでは地獄の深部に向かって、只管掘り進める作業との印象が強かった。いずれにしても幾つかの資料はあちらに放ったままであり、許可証を半年以内に更新する必要がある。次に訪れた時には少し新たな感覚で接しようと思っている。  
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May 04, 2012

Bodleian prisoner 1

 訳あって、某大学図書館に通っていた。
 大体4週間の滞在で、資料収集が目的であったが、「うちには500万冊の本がある」と誇りを持って発言する位であるから、この短い滞在期間では目標としていたものの数%にも達しなかった事は言うまでもない。尤も、誇りを持って発言している割に、担当している分野に関して資料的に価値があるものがどの位あるのかと言えば、結局は西欧世界の中でも文化的に後れを取った国の事とあって、「新規の研究」及び「継続的になされた末の、情報の集大成」については構築的なものが散見されるものの、「実際にこのことが起きた為に、その直接的な記述資料が云々」といった1次史料については余り収穫が無い事もまた一つの事実であった。行く前からある程度予想された事態ではあったが、「細々とやっている」割には、「粘着質である為(「しつこい」とか「執念く」などでも可)、一応の整理をつけてくれる点」が、あの国のいい所と言えばいい所である。
 市民用の図書館であれば、そこに所属する者であるとの証拠を示す必要があるが、ここの場合、「資料の外部持ち出しは、一冊たりとて許さない」し、入る前にはあれこれ聞かれた上で認可が下りた後、誓約文を、声に出して読み上げなければならない。昔はこれをラテン語でやっていたということで、自分も張り切ってその場に臨んだのだが、現在では各国語のそれが用意されており、「第一言語」でやるようになったとのことで、「あなたの第一言語は日本語か、それともラテン語か。日本語なのか、それならこのページだ」と、訳されたものを読むだけだったので、少々肩透かしを食らった(ただ、折角なので、ラテン語のページを開けて、写真だけ撮らせてもらった)。
 入る際に受ける面接は、極めて厳しい。「一寸興味があるので」とか「個人的な関心に従って」位の事では簡単に門前払いを食らうし、どうもあちらで準備している文書には大変な誇りを持っているものと見えて、そこの運営に従事する者の態度も非常にでかく且つ高圧的かつimperativeである。「自分達が、この大いなる遺産と知的伝統と格式とを保持し継承しているのであり、今後も永遠に価値あるものとして受け継ぐべく守る役割を果たしているのだ」といった所である。韓国人の一人の学者がコピーの取り方を分からず右往左往していたが、殆ど虫けらを見るような目で、「分からないのは、頭が悪いからだ」「ここの言葉も十分に話せないようなのは、そもそも入る資格が無いのだから来るな」といった態度であったのだが(というよりもはっきりとそう言っていた。「バカだ」とも言っていた)、残念ながら韓国人及び中国人は、どうも語学力が無いというのか、交渉が下手というのか、そもそもの知力が低いようで、大して英語学に精通している訳でもない自分が「この英語は無い」と思う位だからそのひどさもおおよその憶測がつこうというものである。自分としては「かわいそうに」としか言いようが無かった一方で「同じアジアの括りにされても嫌だな」と思っていたが、正直な所、近所ではあるがあの辺りの国民に万般含めその辺の事態を収拾させる事、状況を理解させるのは無理である。いずれにしても当地の言語による交渉力(米語ではなく、英語。米語は無論通じるが、文化的程度の低さを示す嘲笑の対象でしかなく、由緒正しいとされるそれを少しでも習得しており運用できる事が望ましい。時々フランス語の感嘆詞などを「あ、無意識に出てしまいましたけれども」的に交えると、評価が更に上がる)、一定の知力が求められる事は勿論、何らかの仕方で知的探求作業に従事している事の証明、人柄、明確な目的の提示、使用に関する十分な理由、推薦する者2名以上の推薦文及びサイン、所属している大学学長からの推薦状等など、幾つもの証拠を用意して、多くのハードルを越えなければ入館が許可されない。というか、その方が話が早く、余計な手間を取らずに済む。  
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May 03, 2012

暦の作り方 2

 問題は、「ではその、これまで何千年という単位で、殆ど一定の動きを続けてきた太陽が、運行を変える事態」乃至「何らかの要因により、これまでの軌道とは異なった動きをするようになる事態」とは、どのようなものなのか、という所にあるのであって、これについては暦がどうこう言う前に、十分な対処をしておく必要がある。
 ある者の見解によれば、太陽は一時的に萎んで「赤色矮星になる」ということである。「太陽が赤色矮星になること」と「運行への支障」との因果関係について、またはその後辿るであろう軌道について今の所明らかでないが、序でに言うと、その後白色矮星になるので、あたかもphoenixの如く復活するとのことであった。以下に述べるが、なるほど太陽の立場としては、如何にもドラスティックな変化とドラマチックなストーリーが用意されていて心地よいのかも知れないが、この場合も、それ自身は復活したつもりでいたとしても、地球にとって事態は穏便でない。別の者は、「太陽が暗くなる。いずれにしてもこれまで得られていたような光と熱量を受けられなくなる」従って、「耕作に影響が出るであろう」とのことであった。確かに、ほんの少しでも現在の軌道から逸れる事態になった場合、太陽から届く熱と光の量の変化は、地球上の作物に多大な影響を及ぼす。
 技術的に、人工の熱と光で植物を育てる事は可能である。後はその「畑farm」とでもいうものを、如何に充足された規模で展開するか、どれだけ資金を投入可能なのか、あるいは例えば養分だけ抽出して培養したようなそれへの代替食物をどの位準備するかが緊急の課題である。と自分なら考えるのだが、今の所いずれの所でもそうした動きが現れていない・声高に喧伝されていないのは、一つにはそれをやると従来の体制に支障が出るということと、それほど差し迫ったものを感じていない・事態を正確に把握しているかどうかはさておき必要性を見出していないから、ということになるのだろう。
 いずれにしても、太陽の都合によって地球上の生命体があたふたしなければならない事態というのは、余り良い心地のするものではない。あちらの都合で、「少しお休みします」という事であるのならば、「その代わりといっては何ですが」といったサービスを準備しておき、事前の処置なり事後処置なり提供するのが、常識ある者の選択する社会的な姿勢であろう。ましてやそれを通じて、例えば一年が525日になるとかあるいは286日になるなど、カレンダーを大幅に変えなければならなくなるとするならば、全地球上の人々のスケジュールに一遍に影響が出る事になる訳である。誕生日にしたって、「6月42日」を用意しなければならないのか、それとも「14月13日」の方が良いのか、あるいは逆に短くなった場合に「12月29日生まれなのだが、今後誕生会はどうしたらいいのか。月の最後の日に何十人もが集中してまとめてやる事になるのか、それとも次月へ先送りした方がいいのか。」など、一寸想像するだけでも大変な事態となる事は火を見るよりも明らかである。
 これらの事から、仮にも運行を変更せざるを得ない事態となった場合、太陽の方にはあちらとこちらの関わりあいというものを、しっかり考えてから、今後の行動を選ぶよう厳しく訓戒するものである。  
Posted by srv1 at 17:42Comments(0)

May 02, 2012

暦の作り方 1

 例えば2010年11月の時点で2011年度のカレンダーが配られて、最後までめくっていった結果12月31日が入っている所でページが終わっているのを見て、「ああ、2011年12月31日で、この世はもう終わるのだ」と考えた人が一人でもいるだろうか。いた場合には、そう考えるに至った理由と背景、及び、ではその日付をもってそれが終わったのかどうか、個人的に「終わった」と判断しているケースについては、客観的な判断が必要になってくる為、逐次報告するようにしてもらいたい。
 先日BBCの放送で、「ペリカンが大量に死んでいるのが発見された。ついこの間はイルカに同様の現象が見られた。」との事態が示され、一応専門家の意見も聞いていたが、わざわざ引き合いに出したものの、結論は「理由は良く分からない」との事であった。何かが起きているらしい、あるいは起こりつつあるらしい事態は、理解する事が出来る。それが何なのかはっきりしない所が、色々な憶測、往々にしてネガティブな発想を生み出し、人々の不安を駆り立てる所以でもある。
 古代より人々は、暦の形成に知恵を振り絞ってきた。それは人々の生活のリズムを決定する、というよりは、自然界のリズム、とりわけ潮の満ち引きや食料となる植物の成長及びそれに伴う収穫時期の算定に、多大な貢献をした。それを正確に把握する事が出来れば、いつごろ種をまくと、いつごろ実がなるということを知り、それに備えて予め手を打っておくことが出来るのだ。古くからわが国及び幾つかの地域では、太陰暦を採用して来た。この利点は「15日ほどの期間で、かなり正確に日数を計ることが出来る」点にある。太陽の位置またはその動きを見て、それが出来なくもないのだろうが、相当の観察眼と何かしら突出した能力が前提されている点で、一般的と言えない。「ああ、この太陽の高さと位置から算出すると、今日は9月28日だ」といった類の発言は、これまでに余り聞いた覚えが無い。月であれば、大体の人が「見て分かり易い」という利点がある。しかしながら、その最大の欠点は、「近視眼的な暦」である点であって、「15日または30日の周期」に限定するならば比較的有用であるが、一年、10年という単位になると、殆ど機能しない(しなくもないが、理解の方式として適切と言えない)。その意味で太陽暦が、一応全世界規模で、いずれにしても有用なものとして採択されてきた訳である。
  マヤ暦が、2012年12月23日で終わっているので、「これは世界の終わりを意味している」との見方がある。なるほど、これまで連続して来たものが、ある時点で終わっている事態をもってそう考える事も出来るかもしれないが、もう少し冷静に、現実的に考えてみる必要があることも確かである。即ち、「暦が終わっている」と言う事は、「従来の仕方での、暦が終わる」、正確には「現時点までの太陽の運行を元に計算されていた太陽暦が、終わる日」なのであって、と言う事はつまりどういうことなのかと言えば、「太陽の運行が、従来のものでなくなる」という意味と解釈するのが妥当であろう。その意味で、もし古代マヤ文明の人たちが非常に高度な天文学を有しており、また非常に高度に「気が利いている」者達であったとするならば、どこかに「といった次第なので、新たな太陽の運行に基づいて計算した太陽暦についてはこちらを参照」といったものが用意されている可能性も無くはない。こちらを探し出す方が、あるいは今度は自分達で知力をふりしぼってそれを計算する方が(今は色々機材も揃っているのだし)、より有益であると思うのは、自分だけではない筈である。  
Posted by srv1 at 12:43Comments(0)

May 01, 2012

外からの落下物

 ついこの前、地球に何かが降って来る、大体この辺りになるとの報告があった。大きさは、それ程でもないが、落下速度が速い為、地表面または海面(または運悪く当たった生き物含む)へのインパクトが、このくらいと計算される、とのことであった
 結果的に、大事には至らず「運悪くそれに当たって亡くなった人」は出なかったが、このことを通して、我々は、ある一つの事実を知る事となった。
 その事実とは、
「地球に何かが降ってきた場合、それを回避する手段は『殆ど何も無い』」
ということである。
 前回のケースは、「それ程大きくないもの」であったが、「それすら回避・防御する手段を持たない」訳である。「いわんやもっと大きいものをや」(例えば、直径200kmの隕石)である。その「比較的大きなもの」が地球のどこでもいいから兎に角どこかに衝突した場合どうなるのかというシミュレーションを見た事があるが、これだけの事態に至った場合には、文明はおおよそ消滅するだろうと思わせるようなものであった。
 我々が日々目にする「月」について、これが「地球の一部だった」事が、NASAの報告によって明らかにされた。「大きな隕石が地球に『衝突して』『吹っ飛んだ部分』」なのだそうである。一定の周期で太陽系を、楕円軌道を描いて回っている惑星があり、それが接近してどうこうという話であるが、そんなものにぶつかられた日には「火花が散る」程度で済まない事は明々白々である。  
Posted by srv1 at 21:19Comments(0)

April 30, 2012

2013年の「商売のあり方」2

 「ロボット」と言えば、特に日本文化圏または○○ク文化圏にあってそれが意味するものは、「技術を駆使した結果、人間の持つ力を何倍・何百倍にも増加させ、目的に従った科学兵器を装備しており、操縦者の意志に従って動かす事の出来る、金属部品で出来た機械」の事を、大体指すものと思われる。例えばこの最後の部分が「〜動かす事の出来る、各部品が野菜類によって構成されたもの」となると、ちょっと「ロボット」の名を与えたくないような気がするのは、自分だけではない筈である。
 この用語は、比較的ポジティブに解釈されるが、「所変われば解釈も変わる」とばかりに、ある文化圏においてそれは「人間の仕事を奪う」「人間を襲い、築き上げた文化を破壊する」ものとして、否定的なものとして扱われている。簡単に考えてみれば、「人間の仕事を手伝う・補助する」ということは、「従来別の人間が担当していたものを、その何かが『取って代わる』」ことを意味している。最高裁判所の裁判官が、神妙な顔をして座っていた所に、モニターが一つ置かれており、状況をインプットした数秒後「判決は…、シケイ!」などと、かつての何かのそれよろしく一言発するだけになる、しかも判断の根拠また資料としたものの正確さがとびぬけている(人間と比較して)としたら、仕事はそちらにやらせるようになると考えるのは決して無理な推測ではない。序でに言うと、機械の場合、電気代・定期のメンテナンス費用を除けば金が掛からないし(それに、莫大な費用が掛かる可能性もあるが)、名誉欲も見栄も持ち合わせない。極端な例ではあるが、何らかの「労働」について、こうなる事態をおそれた乃至おそれている訳である。  
Posted by srv1 at 00:34Comments(0)