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高校のころ、柔道部に入っていました。
生意気盛りだった当時は、二つ上の先輩方によく怒られたけど、結局なんだかんだとかわいがってもらい、今でも付き合いがあるのは非常にうれしい限り。(おもちゃにされたなぁ…。)

数年前、4つ上のH先輩が自宅で倒れてなくなっているのが見つかり、後輩一同大きくショックを受けました。そんなことがあって、二つ上のT先輩は「もうみんなええ年なんやから、たまには生存確認をしとかないかん」とおもわれたそうで、生存確認を兼ねた飲み会を催すようになったそうです。昨年、その会に参加させてもらい、大いに笑わせてもらいました。

高校のころ、柔道部で3人の先生にお世話になりました。
T田先生。直接練習に参加することはなかったけど、地域の柔道のえらいさんであり、某大学の1期生のすごい先生でした。練習試合で勝ってくると「調子ええやないか」とニコニコされていたのを思い出します。
T山先生。私が入学した時には転勤でうちの高校にはいなかったけど、なにかと気にかけてもらい、合宿などで鍛えてもらいました。「お前らがしっかりせんと下のもんがついてこんのやぞ」とよく言われました。
S田先生。3年生の時に移ってこられ、短い期間でしたが、面倒を見てもらいました。特に2段昇段時に練習を付けてもらったことが印象に残っています。後輩が[S田のおっさん」と先生の前で行ってしまったときのニタァと笑った顔が面白かったなぁ。

このうち、T田先生、T山先生は残念ながら亡くなられてしまいました。S田先生とももう10年以上連絡を取っていませんでした。
「おまえ、先生に連絡とれ。俺らみたいに連絡がつかない間におらんようになるのは悲しいぞ。」
先輩にそういわれ、電話を入れてみました。

「え? 島根におるあれか?」(いやいや、先生、鳥取です。)
久しぶりに聞く先生の声は相変わらず元気そうで何よりでした。

高校の頃ってはるか昔のことになるけど、こうして連絡をとってあの頃にちょっとだけ戻ることができました。来月には大きなOB会が開かれるそうです。どの先輩もええ歳になって丸くなっているんやろうけど、集まった時にはやっぱり体育会系のノリになってしまうんやろうなぁ。
それが怖いとおもいながら、ちょっと嬉しく感じてしまう今日この頃なのでした。
(ちなみに、うちの代は幸か不幸かお声がない!ラッキー!!)