SSI創業者 田中孝顕コラム
2010年03月19日
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定額&低額で毎月目標達成へのヒントをお届け
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「香り」ではじめる新しい脳力開発
サーキュエッセンス・ブロッサ
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←←←twitterでの
Insight編集責任者のつぶやき。
フォローはお気軽に。
ご来社歓迎です。いつでもどうぞ↓

明日3月13日は弊社創業者である田中孝顕の講演会が新潟で開催されます。
というワケで今日は講演会前日ということもあり、田中に関する事前情報のお知らせ的な意味合いも込めて田中孝顕の連載コラムをお届けします。
少し前回分から間が空いてしまっていますが、この「読書遍歴」のタイトルは全3回の続きモノですので、前回のその1とその2からお読みいただくことをお薦めします。
それでは、田中孝顕のコラムをお楽しみください。
読書遍歴3
前回まで
その1 その2
株式会社エス・エス・アイ
創業者・社主・Insight発行人
/ 田中孝顕
※田中孝顕が運営する日本語研究サイト
「埋もれ木」
※田中孝顕の講演情報は
こちら
相性に合っていた法律学
●カフェー丸玉女給事件
法律学は私の相性に合っているようだった。
岩波から出ていた我妻 栄の『民法講義』シリーズや、創元社で出版されていた当時の刑法学の重鎮、団藤重光『刑法綱要総論・各論』など、実際、手当り次第に何度も読んだ。
民法というのは判例が非常に面白く、今でも「カフェー丸玉女給事件」とか「宇奈月温泉木管除去請求事件」などという判例に付けられた事件名を覚えているほどである。
カフェー丸玉女給事件というのは、名前のごとく、かなり昔の事件で、昭和10年に大審院(今で言う最高裁判所)判決が出た。カフェー(大阪の南区道頓堀にあった。今ではパチンコ屋「まるたま」としてあるらしい)というのは、今のキャバクラのようなもので、そこでどこかの金持ちのボンボンが女給、すなわちホステスを口説くために、巨額の金員(当時の金で400円)を独立資金としてその女給に与える、という念書に実印まで押して渡したところ、いつになっても実行してくれないため、女給が裁判所に訴えたという案件である。
金を渡すという実印が押してある証拠書類まであるのだから、当然女給が勝訴すると普通は思う。
事実、一審、二審は女給が勝訴した。
青くなった金持ちのボンボンは最後の望みを大審院に賭けたところ、逆転勝訴となったものである。
理由は
「カフェーのような場所で、しかもごく短期間しか通っていない客が、女給を口説くために行なった約束は、客がちゃんとその金額を支払えばその約束は有効だが、そうでない場合、その客に対し、債務の履行を裁判所が命ずるほどのことはない」
といった趣旨であった。
●憲法への関心
憲法は当時、清宮四郎博士と宮沢俊義博士の本が著名だったので、有斐閣から出ている清宮『憲法Ⅰ』、宮沢『憲法Ⅱ』を読んだが、印象に残ったのは、当時、中央大学教授であった橋本公亘の平等概念で、同氏は、有斐閣の『日本国憲法』において、「差は差として認めながら、両者間に価値の上下をつけないこと」と定義した。
これは実に明晰な定義だと私は思って大いに感心したものだが、最近の憲法学での平等概念はより緻密になっており、法律の内容が平等であることと、各人の事実的差違を前提として、同一の事情と条件の下では均等に取り扱う(言い換えれば同一でない事情と条件下では取り扱いの違いは容認される相対的平等)、という考え方が主流になっているようである。
とはいえ結局、法律の場合、幾ら民法、刑法を熟読しても、民事訴訟法と刑事訴訟法を学ばなければ何の意味もないことを知り、有斐閣から出ていた三日月章の『民事訴訟法』を読んだが、この、通称「民訴」は、私にとっては「眠素」であった。
そのため訴訟法は挫折したが、最近になって、そろそろ頭の体操代わりに読んでみようと思っている。かつて三島由紀夫は団藤重光教授から刑事訴訟法を学び、その精緻な論理性や美しさに魅了された、と述懐しているほどであるから、今から楽しみである。
最近の読書
●日本語の起源への関心
これらの専門書以外には、松本清張の社会派の推理小説、後には司馬遼太郎の時代物をおおむね読んだ。
今はもっぱら、以前に少しかじった万葉集や古事記、日本書紀などを読んでいる。
その理由は、最近お亡くなりになった日本語学の泰斗、大野晋博士が今から約30年前に日本語は南インドのタミル語に由来する、という説を発表し、研究の成果を『日本語の形成』と題して岩波書店から出版したものを読んで以来、音韻対応、語彙対応、文法対応という三つの対応すべてをクリアしているところに興味を持ち(これまでのアルタイ語説とか南東語説は、文法対応において全くと言っていいほど対応していない)、これほど対応しているのであれば、万葉集や記紀の語義未詳語もタミル語で解けるのではないかと思い、一つずつチェックしている次第である。
●つまりは愛書狂
以上が大雑把な私の読書遍歴だが、私は元々、読書というより、本そのものが好きだった。
つまり愛書狂(ビブリオマニア)である。
たとえば、これは小学生時代のことだが、校門の出口近くに若宮堂という文具店があった。春三月ともなると、私は定期的にそこを訪れ、新年度の教科書をいち早く入手することに夢中になった。
若宮堂のおじさんは、そういう私を見て、かなりの勉強好きと思ったであろう。
ところで、新しい教科書を買って上機嫌で家に戻った私は、まずすべての教科書をパラパラめくり、そこから発せられるインクの匂いに酔い、また、乱丁がないか、落丁がないかを調べ、そして教科書の造りを鑑賞したまではいいが、中身を勉強しようという意欲は遂に湧かなかった。
学校で実際に授業が始まり、教科書を開いた結果、折れ目が出来ると、もう関心は別の方に向いていた。
中学以降はそういう奇妙な癖はなくなったが、それでももう8年以上前から、購入した本をルリュール工房に送り、カバーをすべて外して、革装にしてもらうことを続けている。
私の書斎はそういう革装本で既に満杯になっているが、読むと形が崩れるという心配をしながら読むのもまた、スリリングと言えなくもない。
この稿終わり
株式会社エス・エス・アイ
創業者・社主・Insight発行人/ 田中孝顕
※田中孝顕が運営する日本語研究サイト「埋もれ木」ではさらに最新書き下ろしコラムがアップされています(不定期更新)
【最新著書】
田中孝顕著
ささがねの蜘蛛
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というワケで今日は講演会前日ということもあり、田中に関する事前情報のお知らせ的な意味合いも込めて田中孝顕の連載コラムをお届けします。
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●カフェー丸玉女給事件
法律学は私の相性に合っているようだった。
岩波から出ていた我妻 栄の『民法講義』シリーズや、創元社で出版されていた当時の刑法学の重鎮、団藤重光『刑法綱要総論・各論』など、実際、手当り次第に何度も読んだ。
民法というのは判例が非常に面白く、今でも「カフェー丸玉女給事件」とか「宇奈月温泉木管除去請求事件」などという判例に付けられた事件名を覚えているほどである。
カフェー丸玉女給事件というのは、名前のごとく、かなり昔の事件で、昭和10年に大審院(今で言う最高裁判所)判決が出た。カフェー(大阪の南区道頓堀にあった。今ではパチンコ屋「まるたま」としてあるらしい)というのは、今のキャバクラのようなもので、そこでどこかの金持ちのボンボンが女給、すなわちホステスを口説くために、巨額の金員(当時の金で400円)を独立資金としてその女給に与える、という念書に実印まで押して渡したところ、いつになっても実行してくれないため、女給が裁判所に訴えたという案件である。
金を渡すという実印が押してある証拠書類まであるのだから、当然女給が勝訴すると普通は思う。
事実、一審、二審は女給が勝訴した。
青くなった金持ちのボンボンは最後の望みを大審院に賭けたところ、逆転勝訴となったものである。
理由は
「カフェーのような場所で、しかもごく短期間しか通っていない客が、女給を口説くために行なった約束は、客がちゃんとその金額を支払えばその約束は有効だが、そうでない場合、その客に対し、債務の履行を裁判所が命ずるほどのことはない」
といった趣旨であった。
●憲法への関心
憲法は当時、清宮四郎博士と宮沢俊義博士の本が著名だったので、有斐閣から出ている清宮『憲法Ⅰ』、宮沢『憲法Ⅱ』を読んだが、印象に残ったのは、当時、中央大学教授であった橋本公亘の平等概念で、同氏は、有斐閣の『日本国憲法』において、「差は差として認めながら、両者間に価値の上下をつけないこと」と定義した。
これは実に明晰な定義だと私は思って大いに感心したものだが、最近の憲法学での平等概念はより緻密になっており、法律の内容が平等であることと、各人の事実的差違を前提として、同一の事情と条件の下では均等に取り扱う(言い換えれば同一でない事情と条件下では取り扱いの違いは容認される相対的平等)、という考え方が主流になっているようである。
とはいえ結局、法律の場合、幾ら民法、刑法を熟読しても、民事訴訟法と刑事訴訟法を学ばなければ何の意味もないことを知り、有斐閣から出ていた三日月章の『民事訴訟法』を読んだが、この、通称「民訴」は、私にとっては「眠素」であった。
そのため訴訟法は挫折したが、最近になって、そろそろ頭の体操代わりに読んでみようと思っている。かつて三島由紀夫は団藤重光教授から刑事訴訟法を学び、その精緻な論理性や美しさに魅了された、と述懐しているほどであるから、今から楽しみである。
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●日本語の起源への関心
これらの専門書以外には、松本清張の社会派の推理小説、後には司馬遼太郎の時代物をおおむね読んだ。
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その理由は、最近お亡くなりになった日本語学の泰斗、大野晋博士が今から約30年前に日本語は南インドのタミル語に由来する、という説を発表し、研究の成果を『日本語の形成』と題して岩波書店から出版したものを読んで以来、音韻対応、語彙対応、文法対応という三つの対応すべてをクリアしているところに興味を持ち(これまでのアルタイ語説とか南東語説は、文法対応において全くと言っていいほど対応していない)、これほど対応しているのであれば、万葉集や記紀の語義未詳語もタミル語で解けるのではないかと思い、一つずつチェックしている次第である。
●つまりは愛書狂
以上が大雑把な私の読書遍歴だが、私は元々、読書というより、本そのものが好きだった。
つまり愛書狂(ビブリオマニア)である。
たとえば、これは小学生時代のことだが、校門の出口近くに若宮堂という文具店があった。春三月ともなると、私は定期的にそこを訪れ、新年度の教科書をいち早く入手することに夢中になった。
若宮堂のおじさんは、そういう私を見て、かなりの勉強好きと思ったであろう。
ところで、新しい教科書を買って上機嫌で家に戻った私は、まずすべての教科書をパラパラめくり、そこから発せられるインクの匂いに酔い、また、乱丁がないか、落丁がないかを調べ、そして教科書の造りを鑑賞したまではいいが、中身を勉強しようという意欲は遂に湧かなかった。
学校で実際に授業が始まり、教科書を開いた結果、折れ目が出来ると、もう関心は別の方に向いていた。
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私の書斎はそういう革装本で既に満杯になっているが、読むと形が崩れるという心配をしながら読むのもまた、スリリングと言えなくもない。
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【最新著書】
田中孝顕著ささがねの蜘蛛
2010年03月02日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
累計500万部のベストセラー作家特別セミナー
夢を叶える魔法の法則~潜在意識の活用法
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「香り」ではじめる新しい脳力開発
サーキュエッセンス・ブロッサ
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気温も上がり、そろそろ春が近そうだし、冬モノは片付けておきますか・・・と思ったらドーンと寒くなり、季節の変わり目をいよいよ実感しています。
気候の変化の多い昨今なので、皆さんも体調管理には万全を期してください。
間違っても暖かいからと言って、薄着のまま酔っ払ってそのまま寝込んでしまったりすることのないようにしましょう。
というワケでインサイト関連のお知らせが続いていたので、最近少し間が開いてしまいましたが、今日は田中孝顕の連載コラムをお届けします。
今回も続きモノですので、前回のその1からお読みいただくことをお薦めします。
読書遍歴2
前回のその1はこちら
株式会社エス・エス・アイ
創業者・社主・Insight発行人
/ 田中孝顕
※田中孝顕が運営する日本語研究サイト
「埋もれ木」
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教科書に出てくるような知識は、ほとんど身につけていなかった
●色々と読んだが、ほとんどは短編もの
私はどうも、長編ものが苦手のようだ。
その次に読んだのはトルストイの『イワン・イリッチの死』という短編であった。
これは二度読んだ。
平凡な官吏が、あるとき体に変調をきたし、遂には死に至るまでの彼を取り巻く家族や友人などの、イワンが直面する病いに対する無関心さなどが描写され、最後にイワンが光に包まれた至福の死を迎えるというストーリーである。
次に、ゲーテの『ファウスト』を読んだ。
私が読んだのは中央公論社から出版された手塚富雄訳のものである。
これはなかなかの名訳で、長編ではあるが読み切ることが出来た。
これ以外にも色々と読んだが、ほとんどは短編もので、あまり印象に残っていない。
また、私は小学校、中学校、高校、大学を通して、教科書に出てくるような知識はほとんど身につけていなかった。
大学では教養科目の一つとして、「経済政策」を選択したが、教授が「試験問題には、ビルト・イン・スタビライザーとは何かという問題を出すから、復習しておくように」と言われたことがある。
私がそれを教授から聞いたのは、始めて経済政策なる授業に顔を出したときであるから、これが最初で最後の出席ということになる。
急遽、友人からノートを借りて書き写していったが、もとより何が書かれているのか、意味すらわからなかったため、試験には欠席した。
●教わるより、自発的に学ぶ方が楽しい
このような状態で社会に出ても、うまくやっていけるはずはない。
そこで、24歳のとき、中学校から高校までの教科書のアンチョコ(教師用の教授指導書)を東京・神田の三省堂の二階で売っていることを知り、一度に買って中学一年用のアンチョコから学び始めた。
そのとき私は、自分が、人から教わるより、自発的に学ぶ方が楽しいタイプであることを知った。
ほとんどゲーム感覚というか、謎解き感覚で、高校三年までのアンチョコを精読したが、すべてを理解するまで読み切るのに、二年もかからなかった。
これで気分を良くし、同時に自分は理工系の頭脳ではないことを知り、哲学ではプラトン、ショーペンハウエルからカント(ただし、これらはほとんど理解できなかった)、経済学では当時岩波書店から出されていたサミュエルソンの『経済学上・下』という分厚い本を読んだ。
サミュエルソンはノーベル賞を貰っている経済学者だが、彼の著書は、経済学の分野だけでなく、あらゆる博識が織り込まれており、日本の経済学者の著書と較べると、抜きん出ていた。
もっとも、私にはどうもこの分野も相性が合わないようで、なかなか集中できず、数ページ進んでは小島剛夕の『子連れ狼』(小池一夫原作)とか、『料理人』などの劇画を見ては頭を休め、また読む、ということの繰り返しだった。
その3へつづく
株式会社エス・エス・アイ
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気候の変化の多い昨今なので、皆さんも体調管理には万全を期してください。
間違っても暖かいからと言って、薄着のまま酔っ払ってそのまま寝込んでしまったりすることのないようにしましょう。
というワケでインサイト関連のお知らせが続いていたので、最近少し間が開いてしまいましたが、今日は田中孝顕の連載コラムをお届けします。
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読書遍歴2
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/ 田中孝顕
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教科書に出てくるような知識は、ほとんど身につけていなかった
●色々と読んだが、ほとんどは短編もの
私はどうも、長編ものが苦手のようだ。
その次に読んだのはトルストイの『イワン・イリッチの死』という短編であった。
これは二度読んだ。
平凡な官吏が、あるとき体に変調をきたし、遂には死に至るまでの彼を取り巻く家族や友人などの、イワンが直面する病いに対する無関心さなどが描写され、最後にイワンが光に包まれた至福の死を迎えるというストーリーである。
次に、ゲーテの『ファウスト』を読んだ。
私が読んだのは中央公論社から出版された手塚富雄訳のものである。
これはなかなかの名訳で、長編ではあるが読み切ることが出来た。
これ以外にも色々と読んだが、ほとんどは短編もので、あまり印象に残っていない。
また、私は小学校、中学校、高校、大学を通して、教科書に出てくるような知識はほとんど身につけていなかった。
大学では教養科目の一つとして、「経済政策」を選択したが、教授が「試験問題には、ビルト・イン・スタビライザーとは何かという問題を出すから、復習しておくように」と言われたことがある。
私がそれを教授から聞いたのは、始めて経済政策なる授業に顔を出したときであるから、これが最初で最後の出席ということになる。
急遽、友人からノートを借りて書き写していったが、もとより何が書かれているのか、意味すらわからなかったため、試験には欠席した。
●教わるより、自発的に学ぶ方が楽しい
このような状態で社会に出ても、うまくやっていけるはずはない。
そこで、24歳のとき、中学校から高校までの教科書のアンチョコ(教師用の教授指導書)を東京・神田の三省堂の二階で売っていることを知り、一度に買って中学一年用のアンチョコから学び始めた。
そのとき私は、自分が、人から教わるより、自発的に学ぶ方が楽しいタイプであることを知った。
ほとんどゲーム感覚というか、謎解き感覚で、高校三年までのアンチョコを精読したが、すべてを理解するまで読み切るのに、二年もかからなかった。
これで気分を良くし、同時に自分は理工系の頭脳ではないことを知り、哲学ではプラトン、ショーペンハウエルからカント(ただし、これらはほとんど理解できなかった)、経済学では当時岩波書店から出されていたサミュエルソンの『経済学上・下』という分厚い本を読んだ。
サミュエルソンはノーベル賞を貰っている経済学者だが、彼の著書は、経済学の分野だけでなく、あらゆる博識が織り込まれており、日本の経済学者の著書と較べると、抜きん出ていた。
もっとも、私にはどうもこの分野も相性が合わないようで、なかなか集中できず、数ページ進んでは小島剛夕の『子連れ狼』(小池一夫原作)とか、『料理人』などの劇画を見ては頭を休め、また読む、ということの繰り返しだった。
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2010年02月03日
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ここ数日ブログの更新が滞っておりましたが、別にサボっていたわけではありません。
さて、いよいよ来週末2010年2月13日(土)へと開催が迫りました、今年初の田中孝顕の講演会の神戸開催。
あれよあれよで、すでに定員を余裕で突破しており、実はここ数日は追加枠の確保に奔走しておりました。
ご参加のお申し込みいただいた皆様、本当にありがとうございます。
当日神戸でお会いできますことを心より楽しみにしております。
そして、ご参加をご検討中の方、お席は無事に増枠できておりますので、ご安心してお申し込みください。
(追加枠が一杯になってしまたっらすいません・・・)
というワケで、今日は引き続き田中孝顕のコラムをお届けいたします。
社員の私が言うのも手前味噌すぎて、すっっっごいなんですが、田中孝顕の頭の中から出てくる発想というのには、いつもまぁ驚かされます。
今回からのシリーズは、そんな田中孝顕の頭の中が、どのように出来上がってきたのかを垣間見ることができる、これまでの田中孝顕読書遍歴について語っています。
読書遍歴
株式会社エス・エス・アイ
創業者・社主・Insight発行人
/ 田中孝顕
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「埋もれ木」
※田中孝顕の講演情報は
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小学生時代の思い出
●よく遊んだ仲間たち
私は、小学校から高校まで、学業成績は下からおおむね三番目であった。
したがって、ことに小学校、中学校時代では、成績のいい生徒のグループからは、当然軽く見られていた。
といっても、東京の区立若宮小学校時代は、常にそうであったわけではなく、遊ぶときは一緒に転げ回ったものである。
おそらく一年生の時から六年生の時まで、クラス替えがなかったことも影響しているように思われる。
私のよく遊んだ仲間は、阿部直君とか舟久保勲君などだったが、阿部君は成績が常にトップだった。後に彼は東京大学を志望したが、阿部家は代々慶応大学で学んでいたため、東大受験を断念させられたという私には信じら
れない実績(?)を持つ。
舟久保君は、父上が日本銀行の統計局長で、当時からすれば、かなり豪華な日本庭園を持つ社宅に住んでいた。
彼も成績はトップクラスであった。
あとから、九州出身の熊本泰則君というのが転校してきて、彼ともよく遊んだ。
熊本君は転校前の九州時代、イタチの放屁で気絶した経験を持つということで、私も関心を持って、どんな悪臭だったかを聞いたものである。
負けん気が強く、喧嘩も強かったが、あるとき、彼を含め四人で奥多摩の日原にある鍾乳洞に探検に出かけたとき、彼は足を滑らせて、大きな穴のようなところに落ちてしまった。
しかし、両手だけはかろうじて私の足下にある岩を掴んでいた。突然のことで皆驚き、懐中電灯で見ると、深さは彼の背丈と同じ程度だった。
それで事なきを得たが、落ちるとき、大きな声で「おかーちゃーん」と絶叫したのが仇となり、それ以降は、だいぶ大人しくなった。
●イソップ物語の問題
小学三年生までは、森本久子先生という先生が担任となった。
あるとき、先生は、今どういう本を読んでいるのかを生徒一人一人に聞いたことがある。
私の番が回ってきたので、私は「イソップ物語」と答えたが、どうしたものか、森本先生は驚きの表情を見せて、
「イソップ? それはちょっと問題だなあ」
とおっしゃった。
幼稚過ぎる、と言うのである。私は先生がなぜイソップ物語が幼稚だと判断したのか理解できず、かなり不満に思ったことを今でも覚えている。
中学から高校、そして大学へ
●英語の勉強に
やや身を入れていた中学生時代は何を読んだのか、よく覚えていない。
ただ、世界地図や日本地図、それと東京の地図はしょっちゅう見ていた。
そのためか、今でも世界地図は一筆書きで書ける。
こういうのが試験に出てくれたら、成績ランクも多少は上がったと思うが、出たことは一度もない。
この当時は、ペンパル(外国の同年代の人たちとの手紙のやり取り)が盛んで、私はアメリカの女子中学生とフィンランドの女子中学生をペンフレンドとして、手紙のやり取りをしていた。
フィンランドの中学生の名はマリア・リーナ・ニプリといって、彼女とは高校時代まで文通していた。
このあたりまでは、私も英語の勉強にやや身を入れていたのだが、高校時代以降は、完全に勉強を放棄してしまった。
●量子物理学への関心
高校時代は『リーダーズダイジェスト』の日本語版をもっぱら読んだ。
これは様々な小説や随筆をダイジェストとしてまとめた雑誌で、日本語版も大いに売れていたが、やがて時代の趨勢について行けず、廃刊となった。
小説以外にはジョージ・ガモフ(ロシア生まれのアメリカの理論物理学者)の『ガモフ全集』を読んだ。
これは物理学を易しく説いた読み物だが、私はこれを読んで、量子力学に興味を持った。
ところが、数学や物理は大の苦手であったので、岩波書店から出版された『ファインマン物理学』の第一巻はかろうじて読み切ったが、後はお手上げだった。
この本は今でも自宅の書棚に並んでいる。
●本格的な読書の開始
本格的に本を読むようになったのは大学時代で、最初は中央公論社の『世界の文学』の中の一巻であるドストエフスキーの『罪と罰』だった。
ロシアのサンクトペテルブルクが舞台で、主人公ラスコーリニコフが、金貸しの老婆を殺すという事件から話が始まる。
予審判事、ポルフィーリ・ペトローヴィチが心理的にじわじわとラスコーリニコフを追い詰めていくところの描写は見事である。
ただ、私にとっては、長たらしいロシア人の名前がやたらと出てくるため、誰が誰だったか、ごっちゃとなり、読むのに苦労した。
そのあと、岩波書店から夏目漱石全集が出たので、予約購入した。『吾輩は猫である』と『坊っちゃん』『三四郎』などを読んだ。
『三四郎』に出てくる里見美禰子は三四郎に気があるような素振りを見せ、三四郎が多少その気になると身をかわし、自分はストレイ・シープだと何度も言う。
迷える子羊という意味だが、結局、三四郎の兄の友人と結婚する。
当時の視点から眺めると、恐らくこれは通俗小説であろう。
その2へつづく
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さて、いよいよ来週末2010年2月13日(土)へと開催が迫りました、今年初の田中孝顕の講演会の神戸開催。
あれよあれよで、すでに定員を余裕で突破しており、実はここ数日は追加枠の確保に奔走しておりました。
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当日神戸でお会いできますことを心より楽しみにしております。
そして、ご参加をご検討中の方、お席は無事に増枠できておりますので、ご安心してお申し込みください。
(追加枠が一杯になってしまたっらすいません・・・)
というワケで、今日は引き続き田中孝顕のコラムをお届けいたします。
社員の私が言うのも手前味噌すぎて、すっっっごいなんですが、田中孝顕の頭の中から出てくる発想というのには、いつもまぁ驚かされます。
今回からのシリーズは、そんな田中孝顕の頭の中が、どのように出来上がってきたのかを垣間見ることができる、これまでの田中孝顕読書遍歴について語っています。
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小学生時代の思い出
●よく遊んだ仲間たち
私は、小学校から高校まで、学業成績は下からおおむね三番目であった。
したがって、ことに小学校、中学校時代では、成績のいい生徒のグループからは、当然軽く見られていた。
といっても、東京の区立若宮小学校時代は、常にそうであったわけではなく、遊ぶときは一緒に転げ回ったものである。
おそらく一年生の時から六年生の時まで、クラス替えがなかったことも影響しているように思われる。
私のよく遊んだ仲間は、阿部直君とか舟久保勲君などだったが、阿部君は成績が常にトップだった。後に彼は東京大学を志望したが、阿部家は代々慶応大学で学んでいたため、東大受験を断念させられたという私には信じら
れない実績(?)を持つ。
舟久保君は、父上が日本銀行の統計局長で、当時からすれば、かなり豪華な日本庭園を持つ社宅に住んでいた。
彼も成績はトップクラスであった。
あとから、九州出身の熊本泰則君というのが転校してきて、彼ともよく遊んだ。
熊本君は転校前の九州時代、イタチの放屁で気絶した経験を持つということで、私も関心を持って、どんな悪臭だったかを聞いたものである。
負けん気が強く、喧嘩も強かったが、あるとき、彼を含め四人で奥多摩の日原にある鍾乳洞に探検に出かけたとき、彼は足を滑らせて、大きな穴のようなところに落ちてしまった。
しかし、両手だけはかろうじて私の足下にある岩を掴んでいた。突然のことで皆驚き、懐中電灯で見ると、深さは彼の背丈と同じ程度だった。
それで事なきを得たが、落ちるとき、大きな声で「おかーちゃーん」と絶叫したのが仇となり、それ以降は、だいぶ大人しくなった。
●イソップ物語の問題
小学三年生までは、森本久子先生という先生が担任となった。
あるとき、先生は、今どういう本を読んでいるのかを生徒一人一人に聞いたことがある。
私の番が回ってきたので、私は「イソップ物語」と答えたが、どうしたものか、森本先生は驚きの表情を見せて、
「イソップ? それはちょっと問題だなあ」
とおっしゃった。
幼稚過ぎる、と言うのである。私は先生がなぜイソップ物語が幼稚だと判断したのか理解できず、かなり不満に思ったことを今でも覚えている。
中学から高校、そして大学へ
●英語の勉強に
やや身を入れていた中学生時代は何を読んだのか、よく覚えていない。
ただ、世界地図や日本地図、それと東京の地図はしょっちゅう見ていた。
そのためか、今でも世界地図は一筆書きで書ける。
こういうのが試験に出てくれたら、成績ランクも多少は上がったと思うが、出たことは一度もない。
この当時は、ペンパル(外国の同年代の人たちとの手紙のやり取り)が盛んで、私はアメリカの女子中学生とフィンランドの女子中学生をペンフレンドとして、手紙のやり取りをしていた。
フィンランドの中学生の名はマリア・リーナ・ニプリといって、彼女とは高校時代まで文通していた。
このあたりまでは、私も英語の勉強にやや身を入れていたのだが、高校時代以降は、完全に勉強を放棄してしまった。
●量子物理学への関心
高校時代は『リーダーズダイジェスト』の日本語版をもっぱら読んだ。
これは様々な小説や随筆をダイジェストとしてまとめた雑誌で、日本語版も大いに売れていたが、やがて時代の趨勢について行けず、廃刊となった。
小説以外にはジョージ・ガモフ(ロシア生まれのアメリカの理論物理学者)の『ガモフ全集』を読んだ。
これは物理学を易しく説いた読み物だが、私はこれを読んで、量子力学に興味を持った。
ところが、数学や物理は大の苦手であったので、岩波書店から出版された『ファインマン物理学』の第一巻はかろうじて読み切ったが、後はお手上げだった。
この本は今でも自宅の書棚に並んでいる。
●本格的な読書の開始
本格的に本を読むようになったのは大学時代で、最初は中央公論社の『世界の文学』の中の一巻であるドストエフスキーの『罪と罰』だった。
ロシアのサンクトペテルブルクが舞台で、主人公ラスコーリニコフが、金貸しの老婆を殺すという事件から話が始まる。
予審判事、ポルフィーリ・ペトローヴィチが心理的にじわじわとラスコーリニコフを追い詰めていくところの描写は見事である。
ただ、私にとっては、長たらしいロシア人の名前がやたらと出てくるため、誰が誰だったか、ごっちゃとなり、読むのに苦労した。
そのあと、岩波書店から夏目漱石全集が出たので、予約購入した。『吾輩は猫である』と『坊っちゃん』『三四郎』などを読んだ。
『三四郎』に出てくる里見美禰子は三四郎に気があるような素振りを見せ、三四郎が多少その気になると身をかわし、自分はストレイ・シープだと何度も言う。
迷える子羊という意味だが、結局、三四郎の兄の友人と結婚する。
当時の視点から眺めると、恐らくこれは通俗小説であろう。
その2へつづく
株式会社エス・エス・アイ
創業者・社主・Insight発行人/ 田中孝顕
※田中孝顕が運営する日本語研究サイト「埋もれ木」ではさらに最新書き下ろしコラムがアップされています(不定期更新)
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2010年01月26日
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さて、先日よりご案内差し上げてますとおり、2010年2月13日(土)には今年初の田中孝顕の講演会が神戸で開催されます。
すでに定員間近となっており、現在お席の枠を増やす段取りを組んでおりますが、こちらも早々に埋まる可能性がありますので、日程のご都合の良い方はお急ぎご参加のお手続きをお済ませください。
というワケで、今日は田中孝顕のコラムをお届けいたします。
講演会での話しとは一味も二味も異なるコラムですが、あらためて田中孝顕の人柄を知っていただける内容ですので、講演会にご参加される方はその事前情報として、そうでない方も、いずれ参加されるときのための情報収集や、一つの読み物としてお楽しみください。
行き詰まったときは連想思考がおすすめ
vol3
前回分はこちら→vol2
(続きモノですのでぜひvol1からお読みください)
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/ 田中孝顕
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「埋もれ木」
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こちら
●お呼びでないパニック
近世の話ですが、ハインリッヒ・クーデンホーフ・カレルギー伯爵というオーストリア・ハンガリー帝国の外交官がいました。
日本人女性の青山ミツと結婚したことで、日本では多少知られています。
むろん西欧でも、ヨーロッパ統合(今のEUの先駆け)を唱えた先駆者として、専門書には少しだけ登場します。
彼は映画「カサブランカ」に出てくるヴィクター・ラズロのモデルだという説もあります。
このカレルギー伯爵があるとき、早朝の習慣である乗馬中に狭心症の発作を起こしました。
彼はすぐ家に引き返し、執事に「ミツコが悲しがるのを見たくないので、まだ寝ている彼女を起こさないように。すぐ神父を呼んでくれ」と命じました。
神父を呼ぶのは、終油の秘蹟を行うためで、神父が信者の額に聖油を塗り、平安に死を迎え、天国へ行けるよう祈る儀式です。こうして彼は死にました。
現代人、殊に私のように、神を信じることのできない人間は、こういう、窮鳥が懐に飛び込むようなことは出来ず、ただただ死の不安で一杯になるだけでしょう。
私は20代後半のとき、起業資金を貯めるために、昼は東急不動産という会社に行き、夜は朝の5時まで、テレックスを前にして、並行輸入の仕事をしていました。
ちょうど、当時の大蔵省が並行輸入の解禁をしたばかりのころで、西欧の商品を日本の高額所得者に提供する仕事は、競争相手がいない、いわばニッチ(隙間)な分野でした。
このため、この事業は成功しましたが、睡眠時間は2時間しか取れませんでした。
こういう環境の時、今では有名になったパニック・ディスオーダーが私を襲ったのです。
これはどういう現象かというと、まず胸のあたりがゴロゴロしているように感じます。と、間もなく「自分は死んでしまう」という思いで満たされます。
ほぼ同時に、心臓の鼓動が高鳴り、心は死の恐怖で満たされます。
脱力感が生じ、視野も狭くなり、心臓はドキドキというより、トトトという感じで弱くなっていきます。これは、そう感じられるのではなく、実際にそうなるのです。
ゆえに、完全にパニックになり、これが自動車を運転しているときに起きると大変です。
私は一度だけ、運転中にこのパニック・ディスオーダーになったことがあります。
妻が助手席に乗っていましたが、当然、何が起こったのか、彼女には理解できません。
それにまだ彼女は運転免許証を取得していませんでした。
女性を横に、あまりみっともない姿は見せたくありません。それに周囲は商店街です。私の車の後ろには後続車がつらなっています。
私は通行人を轢かないように(当然ですが)、不安と恐怖に耐えながら妻に「近くに病院はないか?」と、実際、息も絶え絶えに言いました。
腹に力が入らないので、声も擦れて、息をしてもしていないような感じです。
やがて、丸山病院と書いた屋上看板を妻が見つけました。少し行って右に曲がったところです。
病院に着き、受付に状況を述べ、待合室の長椅子に座った途端、何もかもが元に戻りました。すべての症状は消え、何で自分がこんなところに座っているのか、という感じです。
これがパニック・ディスオーダーです。
直訳すると、恐慌異常となりますが、dis-は否定の接頭辞、orderは注文という意味もあるので、私は「お呼びでないパニック」と名付けています。
こういうときに天国を信じていれば、どれほど楽だろうと、このお呼びでないパニックが生じるたびに思ったものです。
会社を辞め、睡眠時間も十分取れるようになったら、この発作はパタリとやみました。
●畏敬の念への解釈
何であれ、心の拠り所というものがあると、いかなるパニックもかなり柔らぐに違いありません。現代では科学が優勢になり過ぎて、信仰心を持つ人は、相対的にですが、かなり少なくなっています。
しかし、人間の脳には原初からヌミノーゼ(das Numinose)というものを経験しうる機能があります。
ヌミノーゼというのは、まず、自己とは隔絶したもの、つまり「他者」です。
そしてそれは姿を現さない、つまり「隠れ身」なのです。ヌミノーゼは一方で人を畏怖せしめ、他方で人を魅惑してやまない性質を持つ神秘(的経験)です。
これは『古事記』などに出てくる神の性質と同じで、あるときは荒魂、あるときは和魂となって人に作用するというのと合致するところが興味深いところです。
もっとも、ヌミノーゼというのは「経験」であり、その経験、つまりヌミノーゼは「聖なるもの」や宗教上神聖なもの、あるいは先験的なものに触れることで湧き起こる「感情」です。
その感情が「自己とは隔絶した他者」であるというのは、自分自身を完全に支配してしまう感情であるがゆえに、その感情が自己に由来したものであるという自覚がない、つまりそれは他者だと認識してしまう特性があるからなのです。
一例を挙げれば、『古事記』や『日本書紀』によく登場するように、巫女に神が憑依して神託をたれる場合の、その憑依が、いわば「聖なるもの」との接触(つまり経験)、言い換えれば神との接触なのです。
また、神社などに詣でて、その神域に接触すると、畏敬の念を抱くときがあります。この畏敬の念というのがヌミノーゼという経験であり、その経験を実体化したものが神なのです。
このヌミノーゼという概念は、宗教学者のルドルフ・オットーが提唱したものですが、爾後、少し難解であるためか、色々な学者が様々に解釈を展開して今日に至っています。
ここに述べた解釈は私流の解釈です。
●-lessと-letの語源
シェークスピアがなぜ考えて考え抜いて、なお実行しようとしない人物の名にハムレットと名付けたのか。
それは、ハムレットの意味が、「教会を持たず近くの村・町の教区に属する小村」という意味だからです。
教会は中世には人々にとって心の支えであり、行動の基準であり、その程度はともあれ、ヌミノーゼを引き起こす「場所」でもありました。
もしこの教会が自分の村になかったら、遠い離れた場所にあったら、庶民の心は落ち着かないでしょう。「くつろげる場所」がないからです。
行動の基準を決めてくれるところも遠いところにあります。したがってハムレットのセリフ、「なすべきか、なさざるべきか、一体どうしたらいいのか途方に暮れてしまう」(この意訳が正しいと思われます。一般には「それが問題だ」と訳されますが、これでは意味が曖昧となってしまいます)ということになります。
こう考えると、-lessと-letの語源はあまり意味の相違はなかったように感じられます。
随分回りくどい文章になりましたが、それもそのはず、「意識の流れ派」が衰亡したのも、この回りくどさにあったからです。
・・・この稿おわり
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神父を呼ぶのは、終油の秘蹟を行うためで、神父が信者の額に聖油を塗り、平安に死を迎え、天国へ行けるよう祈る儀式です。こうして彼は死にました。
現代人、殊に私のように、神を信じることのできない人間は、こういう、窮鳥が懐に飛び込むようなことは出来ず、ただただ死の不安で一杯になるだけでしょう。
私は20代後半のとき、起業資金を貯めるために、昼は東急不動産という会社に行き、夜は朝の5時まで、テレックスを前にして、並行輸入の仕事をしていました。
ちょうど、当時の大蔵省が並行輸入の解禁をしたばかりのころで、西欧の商品を日本の高額所得者に提供する仕事は、競争相手がいない、いわばニッチ(隙間)な分野でした。
このため、この事業は成功しましたが、睡眠時間は2時間しか取れませんでした。
こういう環境の時、今では有名になったパニック・ディスオーダーが私を襲ったのです。
これはどういう現象かというと、まず胸のあたりがゴロゴロしているように感じます。と、間もなく「自分は死んでしまう」という思いで満たされます。
ほぼ同時に、心臓の鼓動が高鳴り、心は死の恐怖で満たされます。
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ゆえに、完全にパニックになり、これが自動車を運転しているときに起きると大変です。
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それにまだ彼女は運転免許証を取得していませんでした。
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腹に力が入らないので、声も擦れて、息をしてもしていないような感じです。
やがて、丸山病院と書いた屋上看板を妻が見つけました。少し行って右に曲がったところです。
病院に着き、受付に状況を述べ、待合室の長椅子に座った途端、何もかもが元に戻りました。すべての症状は消え、何で自分がこんなところに座っているのか、という感じです。
これがパニック・ディスオーダーです。
直訳すると、恐慌異常となりますが、dis-は否定の接頭辞、orderは注文という意味もあるので、私は「お呼びでないパニック」と名付けています。
こういうときに天国を信じていれば、どれほど楽だろうと、このお呼びでないパニックが生じるたびに思ったものです。
会社を辞め、睡眠時間も十分取れるようになったら、この発作はパタリとやみました。
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シェークスピアがなぜ考えて考え抜いて、なお実行しようとしない人物の名にハムレットと名付けたのか。
それは、ハムレットの意味が、「教会を持たず近くの村・町の教区に属する小村」という意味だからです。
教会は中世には人々にとって心の支えであり、行動の基準であり、その程度はともあれ、ヌミノーゼを引き起こす「場所」でもありました。
もしこの教会が自分の村になかったら、遠い離れた場所にあったら、庶民の心は落ち着かないでしょう。「くつろげる場所」がないからです。
行動の基準を決めてくれるところも遠いところにあります。したがってハムレットのセリフ、「なすべきか、なさざるべきか、一体どうしたらいいのか途方に暮れてしまう」(この意訳が正しいと思われます。一般には「それが問題だ」と訳されますが、これでは意味が曖昧となってしまいます)ということになります。
こう考えると、-lessと-letの語源はあまり意味の相違はなかったように感じられます。
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ツイッターのほうでは今日の午前中に少し書きましたが、弊社創業者である田中孝顕の2月の講演予定が確定しました。
なので、本来ならその詳細をご紹介すべきなのでしょうが、まだ細部に関して最終的に決まっていないところもあったので、今日はその前段階として、人気の田中孝顕連載コラムをお届けさせていただきます。
あ、ちなみに日程は2月13日(土)場所は兵庫県神戸市内となります。
関西近郊の方、ぜひ当日のスケジュールを今のうちに確保しておいてください。
前述のとおり、詳細が確定し次第、当ブログでもご案内させていただきますので、もう一両日程度お待ちを。
というワケで、今日は田中孝顕のコラムをお楽しみください。
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vol2
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●中世の教会が人々に与えた影響
そこで、先ほどの辞書を再び見ると、"hamlet"の項(小文字のh欄)に、「1・小さな村。2・(イギリス英語で)教会を持たず近くの村・町の教区に属する)小村」とあります。
私はあることを思い出しました。
ヨーロッパの中世は暗黒時代だと、20代に何かの本で読んだことがあります。
最近は暗黒時代説は否定されていますが、しかし現実的には当時の教会(まだカ
トリック教会しかなかった)は専横を極めており、人々にとっては、これを暗黒
と言わずして何が暗黒か、と今生き返らせ、今の世の中の生活を経験したら言うのではないかと思います。
ただし、先進国の都市で生活させたら、こんな暗黒な世界はない、と思うに違いありません。
庶民にとって、教会なくして自己は成り立たず、生活すら不可能でした。
しかし、教会は様々な利権を持っていて、諸侯でも貴族でも庶民でも、教会に上
納金(金銭だけとは限らない)を支払わないと生きていけないほどです。
教会からお札を買うと、犯した罪が許されるという免罪符(インダルジャンス)商法などはその最たるものかもしれません。
こういう場面のみを見れば、暗黒な世界と言えるでしょう。
ルネサンスがこの西欧の苦境を救いました。
英語でnaissance(ネイスンス)といえば「誕生」を意味するから、それに「再度」という意味のre-を接頭すると、再生という意味となります。
何を再生したかといえば、ギリシャ、ローマ時代の文化や精神を、です。
ナポレオン・ヒル財団と交渉するために、アメリカのシカゴに何度か行ったとき、私は西欧人が、自分たちの文化の故郷はギリシャとローマだと考えている(思い込んでいる)ことを知りました。
実際、アメリカのビルにはホワイトハウスがそうであるように、大きく太い柱を並べたものが目につきます。
20代に学んだ高校の社会の教科書の「あんちょこ」の知識(私は学生時代、教科書に出てくるような勉強はほとんどしなかったため、遅くなってからの独学でフォローするしかありませんでした)によれば、ギリシャの神殿建築様式には、ドーリア式、イオニア式、コリント式の三様式があります。
こういうことは、若いときに「自主的に」学ぶと、かなりあとまでよく記憶に残るものです。
こういう三様式がアメリカには揃っているのです。
ところが皮肉なことに、西欧とギリシャ、ローマ文化、あるいは精神は直結していないのです。
これらの文化や精神は、早くにヨーロッパのほぼ全域を支配下に置いたフランク王国(衰退期にフランスとドイツに別れた)が若干を継承しましたが、主流とはならず、8〜9世紀に、これらの文化・精神を復興させようとするカロリング朝ルネサンスと呼ばれる運動が起こったほどです。
その他、マケドニア朝ルネサンス(10世紀の東ローマ帝国)、パレオロゴス朝ルネサンス(15世紀の「末期」東ローマ帝国)など、間欠的に、ギリシャ、ローマ文化の蘇生術が施された後、ようやく、「いわゆるルネサンス」が到来しました。
「ゴロリンと負けたにゃ次に彼を殺すルネさんでした」
と語呂合せで暗記すると、以上のような、いかにもわけ知りの文章がすらすらと書けるようになります…(実際、これらは事実ですが)。
で、本格的な「いわゆるルネサンス」も、中世にカトリック教会がギリシャ、ローマ時代の研究が盛んなイスラム圏諸国に留学生を送って学ばせたことが原点に
あります。イスラム圏から学んだ、というのは奇異に感じられますが、歴史と
いうのはこういうところが面白いのです。
これらから見ても、中世は暗黒面だけではないと言えるでしょう。
庶民もキリスト教を信じ切っていました。
信じ切るということは、死の不安ですらイエス・キリストが用意した天国の家への期待以上にはならないことを意味しています。
vol3へつづく
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●中世の教会が人々に与えた影響
そこで、先ほどの辞書を再び見ると、"hamlet"の項(小文字のh欄)に、「1・小さな村。2・(イギリス英語で)教会を持たず近くの村・町の教区に属する)小村」とあります。
私はあることを思い出しました。
ヨーロッパの中世は暗黒時代だと、20代に何かの本で読んだことがあります。
最近は暗黒時代説は否定されていますが、しかし現実的には当時の教会(まだカ
トリック教会しかなかった)は専横を極めており、人々にとっては、これを暗黒
と言わずして何が暗黒か、と今生き返らせ、今の世の中の生活を経験したら言うのではないかと思います。
ただし、先進国の都市で生活させたら、こんな暗黒な世界はない、と思うに違いありません。
庶民にとって、教会なくして自己は成り立たず、生活すら不可能でした。
しかし、教会は様々な利権を持っていて、諸侯でも貴族でも庶民でも、教会に上
納金(金銭だけとは限らない)を支払わないと生きていけないほどです。
教会からお札を買うと、犯した罪が許されるという免罪符(インダルジャンス)商法などはその最たるものかもしれません。
こういう場面のみを見れば、暗黒な世界と言えるでしょう。
ルネサンスがこの西欧の苦境を救いました。
英語でnaissance(ネイスンス)といえば「誕生」を意味するから、それに「再度」という意味のre-を接頭すると、再生という意味となります。
何を再生したかといえば、ギリシャ、ローマ時代の文化や精神を、です。
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20代に学んだ高校の社会の教科書の「あんちょこ」の知識(私は学生時代、教科書に出てくるような勉強はほとんどしなかったため、遅くなってからの独学でフォローするしかありませんでした)によれば、ギリシャの神殿建築様式には、ドーリア式、イオニア式、コリント式の三様式があります。
こういうことは、若いときに「自主的に」学ぶと、かなりあとまでよく記憶に残るものです。
こういう三様式がアメリカには揃っているのです。
ところが皮肉なことに、西欧とギリシャ、ローマ文化、あるいは精神は直結していないのです。
これらの文化や精神は、早くにヨーロッパのほぼ全域を支配下に置いたフランク王国(衰退期にフランスとドイツに別れた)が若干を継承しましたが、主流とはならず、8〜9世紀に、これらの文化・精神を復興させようとするカロリング朝ルネサンスと呼ばれる運動が起こったほどです。
その他、マケドニア朝ルネサンス(10世紀の東ローマ帝国)、パレオロゴス朝ルネサンス(15世紀の「末期」東ローマ帝国)など、間欠的に、ギリシャ、ローマ文化の蘇生術が施された後、ようやく、「いわゆるルネサンス」が到来しました。
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と語呂合せで暗記すると、以上のような、いかにもわけ知りの文章がすらすらと書けるようになります…(実際、これらは事実ですが)。
で、本格的な「いわゆるルネサンス」も、中世にカトリック教会がギリシャ、ローマ時代の研究が盛んなイスラム圏諸国に留学生を送って学ばせたことが原点に
あります。イスラム圏から学んだ、というのは奇異に感じられますが、歴史と
いうのはこういうところが面白いのです。
これらから見ても、中世は暗黒面だけではないと言えるでしょう。
庶民もキリスト教を信じ切っていました。
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気付けば正月ムードも過ぎ去り、すでに世の中的にも社内的にも通常モードになっています。
個別にはいろいろあるにせよ、社会全体のこの切り替えの速さというのには、毎年感心させられます。
まぁ流行の切り替わりが早いように、人間(と人間が構成する社会)というのは、時と場合、そして関心に応じた切り替わりが、素早くできるようにできているのでしょう。
とは言いつつも「流される」のでは意味がないので、いかに切り替えに主体性をもつかが重要なのでしょうが・・・
というわけで、今年も時の流れに応じて素早く切り替えを行いつつも、流されないように足元は固めて、日々前進していきたいですね。
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※田中孝顕が運営する日本語研究サイト
「埋もれ木」
●意識の流れ派の文体
何かに行き詰まり、何の考えも浮かんでこない、アイデアが出ない、という場合、自由連想思考をするといい場合が
あります。
これは英文学を学んだ人は解ると思いますが、ジョイスやプルーストといった「意識の流れ派」のような文体、つまり文章は自由連想に基づくので脱線に次ぐ脱線で、一見、混沌としているが、書く側の心理の流れがもろに露出しているところが、読み手の興味を呼ぶ(場合がある)、といった一派が流行ったときがありましたが、その手法の応用です。
私は小説家ではないので技巧は凝らせませんが、ここでは冒頭で述べた窮地の打開策の一つとして、実際に自由連想思考で書いてみることにします。
内容は当然面白くありませんが、過去に記憶はしていて、すっかり忘れてしまっていたことなどを思い出す方法としては優れています。
そうして思い出した項目の一つを自己の現代の課題と結びつけて考えてみる、ということで、新たなアイデアなり、思考の展開が可能となります。
たとえば以下のように…。
●「ハムレット」の意味は?
私はあるとき、ホームレス(homeless)とハムレット(Hamlet)の音が近いことに気づきました。
まあ、そこまではいいとして、それがどうした、というところで行き詰まってしまいます(そこで連想思考をする)。
前者の-lessは名詞に接辞する場合は「…のない(without)」という意味です。
一方、-letは名詞に付ける指小辞です。指小辞というのは、何であれ小さいものを意味します。一見、両語とも語源
は同じように見えますが、ランダムハウス英語辞典によれば、違うようです。
なお、英語での発音は前者はホウムリス、後者はヘムリッに近いです(最後の-tは日本人には聞き取りにくい)。
ホームレスといえば、子供の時『家なき子』という本を読んだ記憶があります。フランスの作家エクトール・マロによる児童文学です。
原題は"Sansfamille"ですが、このSansというのは英語の-lessと同じ「…のない(without)」という意味なので、直訳すると「無家族」となります。そういえば『家なき子』の主人公は捨て子でした。
ところで、なぜhomelessとは言うがhouselessとは言わないのでしょうか。
これはhomeには「くつろぎを与える場所」という意味合いが強いためでしょう(houseにも家族という意味があるが、それは二義的意味)。
事実、イギリスではそういう意味で用いる場合が屡々あります。
当人にとって、くつろぎが与えられる場所と言えば、古代では同族のいる村落以外にありません。
イギリスにはバーミンガム(Birmingham)とかバッキンガム(Buckingham)という地名があります。
アメリカのアラバマ州にもBirminghamがありますが、こちらはバーミングハムと日本語では言い表されています。
これらの単語の末尾にある"ham"は、homeの中期英語hamに由来します(元々はドイツ語Heim(ハイム。住まい)からのもの)。したがって「住まい」=「くつろげる場所」=「村」という意味となります。
そうするとハムレットの"ham"も「村」であることがわかります。その「村」に指小辞が付いているということは、村よりも規模の小さい「部落」という意味に違いありません。
つまり、ハムレット=部落です。
しかしこれだけでは、なぜシェークスピアが戯曲の主人公にこの名を用いたのかという謎には迫れません。
vol2へつづく
株式会社エス・エス・アイ
創業者・社主・Insight発行人/ 田中孝顕
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気付けば正月ムードも過ぎ去り、すでに世の中的にも社内的にも通常モードになっています。
個別にはいろいろあるにせよ、社会全体のこの切り替えの速さというのには、毎年感心させられます。
まぁ流行の切り替わりが早いように、人間(と人間が構成する社会)というのは、時と場合、そして関心に応じた切り替わりが、素早くできるようにできているのでしょう。
とは言いつつも「流される」のでは意味がないので、いかに切り替えに主体性をもつかが重要なのでしょうが・・・
というわけで、今年も時の流れに応じて素早く切り替えを行いつつも、流されないように足元は固めて、日々前進していきたいですね。
さて、本日は昨年に引き続き、弊社創業者田中孝顕のコラムをお届けいたしますので、どうぞお楽しみください。
行き詰まったときは連想思考がおすすめ
vol1
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「埋もれ木」
●意識の流れ派の文体
何かに行き詰まり、何の考えも浮かんでこない、アイデアが出ない、という場合、自由連想思考をするといい場合が
あります。
これは英文学を学んだ人は解ると思いますが、ジョイスやプルーストといった「意識の流れ派」のような文体、つまり文章は自由連想に基づくので脱線に次ぐ脱線で、一見、混沌としているが、書く側の心理の流れがもろに露出しているところが、読み手の興味を呼ぶ(場合がある)、といった一派が流行ったときがありましたが、その手法の応用です。
私は小説家ではないので技巧は凝らせませんが、ここでは冒頭で述べた窮地の打開策の一つとして、実際に自由連想思考で書いてみることにします。
内容は当然面白くありませんが、過去に記憶はしていて、すっかり忘れてしまっていたことなどを思い出す方法としては優れています。
そうして思い出した項目の一つを自己の現代の課題と結びつけて考えてみる、ということで、新たなアイデアなり、思考の展開が可能となります。
たとえば以下のように…。
●「ハムレット」の意味は?
私はあるとき、ホームレス(homeless)とハムレット(Hamlet)の音が近いことに気づきました。
まあ、そこまではいいとして、それがどうした、というところで行き詰まってしまいます(そこで連想思考をする)。
前者の-lessは名詞に接辞する場合は「…のない(without)」という意味です。
一方、-letは名詞に付ける指小辞です。指小辞というのは、何であれ小さいものを意味します。一見、両語とも語源
は同じように見えますが、ランダムハウス英語辞典によれば、違うようです。
なお、英語での発音は前者はホウムリス、後者はヘムリッに近いです(最後の-tは日本人には聞き取りにくい)。
ホームレスといえば、子供の時『家なき子』という本を読んだ記憶があります。フランスの作家エクトール・マロによる児童文学です。
原題は"Sansfamille"ですが、このSansというのは英語の-lessと同じ「…のない(without)」という意味なので、直訳すると「無家族」となります。そういえば『家なき子』の主人公は捨て子でした。
ところで、なぜhomelessとは言うがhouselessとは言わないのでしょうか。
これはhomeには「くつろぎを与える場所」という意味合いが強いためでしょう(houseにも家族という意味があるが、それは二義的意味)。
事実、イギリスではそういう意味で用いる場合が屡々あります。
当人にとって、くつろぎが与えられる場所と言えば、古代では同族のいる村落以外にありません。
イギリスにはバーミンガム(Birmingham)とかバッキンガム(Buckingham)という地名があります。
アメリカのアラバマ州にもBirminghamがありますが、こちらはバーミングハムと日本語では言い表されています。
これらの単語の末尾にある"ham"は、homeの中期英語hamに由来します(元々はドイツ語Heim(ハイム。住まい)からのもの)。したがって「住まい」=「くつろげる場所」=「村」という意味となります。
そうするとハムレットの"ham"も「村」であることがわかります。その「村」に指小辞が付いているということは、村よりも規模の小さい「部落」という意味に違いありません。
つまり、ハムレット=部落です。
しかしこれだけでは、なぜシェークスピアが戯曲の主人公にこの名を用いたのかという謎には迫れません。
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2009年12月22日
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もうこの時期になると、過ぎていく毎日をほんとに一日単位、それこそ一時間単位で真剣勝負です。
単純な話しで、年末年始に入るとその間は仕事が止まるわけで、それまでに片付けないと、とんでもないことになる事が山盛りなのです。
自動的かつ強制的な「明確な目標」ですね・・・
と言うわけで、本日は人気の弊社創業者田中孝顕コラムから『イメージが成功への道の扉を開く』のVol2をお届けいたします。
「イメージ」というと、極めて抽象的かつ概念的で、とらえどころのないものと思われがちですが、その「イメージ」がどのように成功に対して作用するのか。
前回のvol1に引き続き、具体的事例とあわせて紹介しています。
それでは田中孝顕コラムをお楽しみください。
イメージが成功への道の扉を開くvol2
前回のvol1はこちら
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「埋もれ木」
●イメージの実現が歴史を作ってきた
イカロスは鳥のように空を飛びたいという夢を持っていました。
そして父にロウで鳥のように羽をつけてもらって空を飛び、その夢を果たしました。
しかし太陽が近すぎたためにロウが溶けて羽がバラバラになり、無残に墜死してしまいました。
羽を持たない人間が空を飛ぶとは不合理な欲望であり、人間の傲慢であるとギリシャ神話は暗示しています。
しかし、この神話が生まれたときから、実は人類が空を飛ぶことを本気でイメージしていたのだという解釈は不自然でしょうか。
実際のところ、人類は一見不合理で不可能なことをイメージしながら、そしてその実現の可能性を考えながら歴史を作ってきました。
ウィルバー・ライトと、オビール・ライトの兄弟が「飛行機で空を飛んでみせる」とアメリカの各新聞者に連絡し、その公開飛行実験をしたのは、1905年10月5日のことでした。
しかし、取材に来たのはニューヨーク・ヘラルド・トリビューンの記者がたった一人。
その記者でさえ、取材の真意は「有人飛行機で飛ぶというホラを吹くライト兄弟のまやかしを確かめ、叩いてやる」というもので、少しも信用していなかったのです。
●イメージを実現させたライト兄弟
そして実験がはじまりました。
トリビューン誌の記者の前で、ライト兄弟は実に滞空時間38分。
45キロの距離を飛んでみせました。
記者は一転して感動的な長文の原稿を社に送り、ライト兄弟は一躍脚光を浴びることになったのです。
当時、世間ではそれほどまでに「人を乗せた金属の塊が空を飛ぶ」ということを信じていませんでした。
著名な科学者でさえ、そのようなことは不可能だと公言し、米国陸軍も、飛行機の研究と実験には、幾度も失敗を繰り返していたからです。
人々は飛行機という存在へ、関心どころか、目すら向けていませんでした。
「ふん、子供みたいな夢さ―」
ということだったのでしょう。
しかし、ライト兄弟はその「子供みたいな夢」の研究に没頭しました。
彼らにとってそのイメージは、幻や白日夢ではなく、それはまさしくビジュアライゼーションそのものだったのです。
彼らは研究当初から特許を取るつもりでいました。
「幻」に特許を取ろうという人間はいません。
そう。彼らは絶対的な確信を持っていました。
●扉を開くかどうかはあなた次第
イメージを、ビジュアライゼーションまで高め、見続けたことが、彼らの潜在脳力を活性化させ、やる気を持続させたのです。
リアルなビジュアライゼーションは、大脳を媒体として現実とつながっています。
本誌をお読みのあなたはすでに、アルファ支配という考え、あるいはそういう状態になれる技術についてはご存知でいることでしょう。
その意味では、あなたはもう「成功への道」の正面にまできているのと、同じことなのです。
その扉を開くかどうかは、まさにあなた次第です。
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創業者・社主・Insight発行人/ 田中孝顕
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2009年12月10日
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さて、本日も前回に引き続き田中孝顕のコラムをお届けいたします。
お伝えしておりますとおり、今週の土曜日12月12日に福岡で開催を予定しております、田中孝顕講演会/SSI DISCOVERY MEETINGが超満員御礼となりましたことに合わせ、ご参加いただく方には、その事前情報として、ご参加いただけない方には「こういう人物の講演です」という参考情報としての連投です。
決っして、手を抜いてコピペで済まそうとかいう、よこしまでセコい考えだったりするものではありませんので、何卒ご理解とご容赦を・・・
あ、ところでこのブログに掲載している田中孝顕のコラムは、過去にインサイトで掲載したものですが、実はインサイトに掲載していない最新の田中孝顕コラムというのもあります。
こちらの日本語研究サイト「埋もれ木」では、不定期ですが、田中孝顕が直接書き込んでいるコラムをお読みいただけますのであわせてお楽しみください。
と言うわけで、引き続き田中孝顕コラムをぜひお楽しみください。
イメージが成功への道の扉を開くvol1
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「埋もれ木」
●イメージとは漠然とした想像や、
白日夢のことではない
「成功への道」は、あなたの中に組み込まれているのだから、遠いはずは
ありません。
私の目には、あなたの大脳の奥底に敷かれ、息づき、あなたがそこに向かって歩きはじめるその道がよく見えます。
当然ながらどの道でも事は同じですが、あなたがその道に向かって一歩を歩みはじめない限り、その道は近づきません。
そういう意味では「成功への道」は近くにありながら、同時に遠いといえるでしょう。
しかし本誌をお読みいただいているあなたは、すでに「成功への道」の正門前まで来ているも同然なのです。
ではあと必要なこととは何でしょう。
簡単なことです。
あとはあなたが、ただひたむきに成功(それが何であるかはあなた次第)、つまり願望を実現する過程の、または実現したときの、あなた自身の姿をイメージとして鮮明に浮かべさえすればいいのです。
達成し得る願望はイメージをその出発点とします。もちろん、その前提としてアルファ支配が土台となることは、あなたもすでにご存知でしょう。
私たちが陥りやすい誤りのひとつは、イメージを白日夢、あるいはただ漠然とした〝想像〞として考えてしまうことです。
私自身が脳力開発に30年以上に渡って取り組んできた実感として言えることは、イメージとは決してそのような白日夢や漠然とした想像の類のものではないということです。
●イメージの真の意味
少なくとも脳力開発(願望実現や目標達成技法なども含む広義での)に関していえば「能動的に目的とするイメージを想起する」ということが、ここでいうイメージの真の意味です。
この能動的(主体的)なイメージ想起のことを、私はビジュアライゼーションと
呼んでいます。
ビジュアライゼーションをアルファ支配下で大脳に浮かべるということは、大脳への成功回路の刻み込み作業そのものです。
コンピューターでいえば、プログラミングすることそのものといえるでしょう。
ですから「成功への道」の正門を開けることは、決して難しいことではありません。
「イメージを浮かべるなんて子供じみている」
そういってイメージを軽蔑するとしたら、その人にはもう「成功への道」は閉ざされていると見てもいいでしょう。
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2009年12月08日
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先にツィッターではお知らせさせていただきましたが、今週の土曜日12月12日に福岡で開催を予定しておりました、田中孝顕講演会/SSI DISCOVERY MEETINGが超満員御礼となりましたので、お申し込み受付は終了とさせていただきました。
お申し込みいただいた皆さん。本当にありがとうございます。当日会場でお会いできますことを心より楽しみにしております。
さて、だからというわけではありませんが、今日はシリーズでお届けしています、弊社創業者でありインサイト発行人である田中孝顕のコラムです。
前述のとおり、年内最後の福岡講演会は満員御礼でのお申し込み締め切りとなってしまいましたが、たくさんのご要望にお答えして来年も各地で開催を予定しています。
これまで、そして今年ご参加いただいた方はもちろん、まだご参加いただいていない方は、ぜひ来年は田中孝顕の講演会にもご参加ください。
来年の予定は近いうちにお知らせします。
と言うわけで、本日も田中孝顕コラムをぜひお楽しみください。
運がいい、 ということ vol2 ※vol1はこちら
株式会社エス・エス・アイ創業者・社主・Insight発行人
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●日本語の真実での触発子
私は、日本語学者の大野晋博士が提唱した、「日本語の起源はタミル語である」という説は正しいと思い、幻冬舎から『日本語の真実』という本まで出版しました(※1)。
しかし、この本は少し難解過ぎる上に、こういう分野は学者の著作以外はすべて語源俗解として嘲笑されるのが常です。
私の本も安本美典という産能大の元教授から罵詈雑言で迎えられました。奇妙なことにこの分野では学者は理性を失うようで、彼に限らず、大野説自体、これまで多くの学者からの感情的な批難に晒されてきました。
この元教授は、あろうことか幻冬舎の社長にまで手紙を書き「このような本を出すとは貴社のこれまでの高い評価を汚すものだ」とし、出版の撤回を求めてきました。更には営業社員にまでしつこく電話を掛け、回収するように圧力を掛けてきたということです。
そこで幻冬舎は「社としてタミル語説を支持しているので、これ以上の電話はご遠慮いただきたい」という作戦でこの圧力を排除したそうです。
このようなこともあり、より厳密で、かつ分かりやすい内容の本を新たに執筆し、現在は最終稿を幻冬舎に引き渡したところです(全ページ、四色カラーにしたのは少しやり過ぎでしたが)(※2)。
とにかくこの大野説、もう発表後25年以上になりますが、最悪なことに、誰一人、学者は賛成していません。
これには理由があります。
現在の学者は日本語の語源といえば、即、日本語の系統(○語→○語→○語といったような変遷を経た言語で、印欧語はその典型)という視点で以外、思いも付かないからです。
しかし、日本語には系統などの入り込む余地はなく、南インドのタミル語からおそらく海上交易によって直接もたらされたと考えられます。
つまり、
「これ食べるのこと、うまいあるよ」
といったような言葉をピジン語と言いますが、日本語はこれが更に発展したクレオール語として考えると辻褄が合うのです。
しかし、クレオール語の研究は特殊な分野で、大野博士も当初は日本語の系統としてタミル語説を述べてきた時期がありました。
●30年後の妙味
先日その大野先生からお電話をいただきました。(※3)
介護施設に入ることになったそうです。
何度か下見に行かれたらしく、「なんだか田中さん、周りは頭がおかしい老人ばかりで、どうもねえ」と困惑されている様子でした。
以前、作家の丸谷才一先生のご紹介で、ある料亭で大野先生と四時間ほどお話しする機会があったのですが、昔から運動が大嫌いとのこと、足腰はかなり弱っておられました。
おそらく八八歳という米寿を迎えられて、奥様だけでは手に負えなくなったのでしょう。
このようなわけで、日本語クレオールタミル語説は、当面、言語学には素人の私が孤独な作業を続けるしかなさそうです。
もっとも、これがまた三度の飯より楽しいのです。
これまで苦手だった日本語古典文法も独習せざるを得ず、また、古事記、日本書紀や万葉集も再点検しなければならない上に、古代タミル語も勉強しなければなりません。
しかし、基礎は大野博士が発表されているので、応用はある程度、楽です。
まあこのような場合、「他の人が動かない、だからチャンスだ」というわけでもないのですが、たとえばあと30年後あたりに、大野説に関心を持った学者が、資料が少ないために、素人の私の著述も引用せざるを得ない…かも知れないところが妙味です。
●運がいい、とは何か
話が少し逸れてしまいましたが、負の触発子は確かに多いのですが、プラスの触発子はそれ以上に確実にあります。
なぜならば、この社会というものは、利便性、機能性、独創性、新奇性などといったものを常に求めているからです。それに応える何かをあなたが提供できるとすれば、当然にプラスの触発子の方が優勢になります。
ということは、結局、あなたは運がいい、とあとから評価される蓋然性も高くなるのです。
もうかなり以前から、日本人は安定性の方を強く求めるようになってきました。
一人っ子である事による過剰な保護や奇妙な教育指針(ゆとり学習とか、みんな一番とかいった人間性を無視した教育)の影響もあるでしょう。
しかし、安定性を求めるからといって、大船に乗ろうとすると、同じような傾向の人ばかりいて、一日一日を惰性で生きる、お互いを慰め合う、といったようなことで一生を費やすことになりがちです。
また、フリーターが自由だからいい、と勘違いして、あちこちを渡り歩く人もいますが、特殊な技能、あるいは何らかの強い目標をもたない人がそれをやっても、結局は生活に不自由することになりがちです。
目標がないと、負の触発子をノウハウ化することすら出来ません。
いわんや、プラスの触発子にたくさん遭遇する機会も失われてしまいます。
運の良さは、とにかく目標を持ってそれに向かって行動することから生まれるのです。
株式会社エス・エス・アイ
創業者・社主・Insight発行人/ 田中孝顕
【管理人小川による注釈】
※1 現在は内容を見直したバージョンとして『ささがねの蜘蛛』として発売中。
※2『ささがねの蜘蛛』のこと
※3 本稿の掲載当時のエピソード。大野博士は2008年7月に天寿を全うされた。
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田中孝顕著ささがねの蜘蛛
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さて、今日は昨日に引き続き、弊社創業者でありインサイト発行人の田中孝顕のコラムをお届けいたします。
こうしてブログにアップするにあたり、あらためて読みながら掲載当時を思い返すと、Insight連載時には読者の皆さんからの反響が多く、大変なご好評をいただいていたのが、この田中孝顕コラムでした。
やはり普段は講演などの催事でしか田中孝顕が皆さんの前に出てくることがないので、毎回書き下ろしでの連載は、皆さんに高いご関心を持っていただけたのでしょう。
と言うわけで、本日も田中孝顕コラムをぜひお楽しみください。
運がいい、 ということ vol1
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●単純に運がいいとは
よく、何らかのことを成し遂げた人に対して、「あの人は運がよかったのだ」と評価する人がいます。
しかし「運がいい」という表現が示す意味範疇が広すぎるため、誤解を招きがちです。
ギャンブルに勝った、という場合、文字通り「運がいい」と言えるかも知れません。
私は子供の時に、帰りの電車賃をなくしてしまい、途方に暮れたことがあります。
東京の西武新宿線、上石神井という駅から都立家政という駅に戻ろうとしたときです。
驚くほど遠い距離というわけではありませんが、遊んで疲れ切った私にとっては、歩いて帰るのはある意味、絶望的な距離でした。
十円さえあれば電車で戻れます。そこで、道路に十円が落ちていないか、下を向きながら歩いていたところ、ほんの数分後に落ちていた十円玉を見つけました。
交番に届けるほどの金額ではありませんから、ありがたく頂戴し、電車に乗って帰ることが出来ました。
今でも覚えているくらいですから、よほど安堵したのでしょう。
ところで、この些細なエピソードは、やはり単純に運がいいことの一例です。
以上のような単純に「運がいい」例はしかし、そうそうあるものではありません。
運がいいことを「棚からぼた餅」という言い方をする場合があります。
棚に置かれたぼた餅が、自然に落下する可能性は非常に低いからです。
●失敗のない成功はない
他方、必ず訪れる「幸運」というものもあります。
あなたも必ずそれを手に入れることが出来るでしょう。
もっとも、それにはいくつかの条件があります。
まず、「目標とする何かに向かって、実際に行動を起こす」ことです。
行動すれば、「犬も歩けば棒に当たる」という古いことわざにあるように、とにかく何かにぶつかります。
私はこの「何か」を触発子(しょくはつし)と呼んでいます。
たとえば、
「目標達成に助力となる未知の人と知り合いになる」
「思わぬ参考文献を入手する」
「目標達成に大いに役立つ技術がどこかで開発される」
「思わぬ協力者が出てくる」
等々です。
これらは皆、触発子です。
触発子は、あなたを一歩、目標達成に向かって進ませます。むろん、すべてがあなたにとって役立つとは限りません。
「資金を盗まれる」とか、「裏切られる」、「当てが外れる」とか、これらも触発子です。言い換えればこれらの負の触発子は、目標達成途上で必然的にぶち当たる障害です。
ただ、これらがあなたにとって全くの損失となるかといえば、そうではありません。
これらの失敗や失意も、成功へと向かうあなたに蓄積されるノウハウなのです。
「どうやったからこうなった」という原因と結果として保存しておけば、次第にそういう負の触発子も減らすことが出来ます。
さて、このように失敗のない成功というものは滅多にありません。成功の影には必ず失敗があるのです。
名ホームランバッター、ジョージ・ハーマン・ベーブ・ルースといえども打率は絶頂期でも三割七分六厘です。
むろんこれは驚異的な打率ですが、打率10割というわけではありません。年間152試合に出て、六割二分四厘は打てなかったわけです。
もっともこれは野球の世界の話です。
ただ、分かりやすい例なので取り上げました。
現実の一般社会でも、やることなすことすべてうまくいく、などということはほとんど奇跡に近く、現実的でもありません。
しかし、何があっても粘り強く目標に向かって行きさえすれば、触発子にぶち当たる可能性もそれだけ多くなります。
現在の先進社会では、負の触発子もかなり多く、そういう不安で事を起こさない人々もかなりいるのは事実です。
私などは、「他の人が動かない、だからチャンスだ」と考える癖がついています。
・・・つづく
株式会社エス・エス・アイ
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やはり普段は講演などの催事でしか田中孝顕が皆さんの前に出てくることがないので、毎回書き下ろしでの連載は、皆さんに高いご関心を持っていただけたのでしょう。
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よく、何らかのことを成し遂げた人に対して、「あの人は運がよかったのだ」と評価する人がいます。
しかし「運がいい」という表現が示す意味範疇が広すぎるため、誤解を招きがちです。
ギャンブルに勝った、という場合、文字通り「運がいい」と言えるかも知れません。
私は子供の時に、帰りの電車賃をなくしてしまい、途方に暮れたことがあります。
東京の西武新宿線、上石神井という駅から都立家政という駅に戻ろうとしたときです。
驚くほど遠い距離というわけではありませんが、遊んで疲れ切った私にとっては、歩いて帰るのはある意味、絶望的な距離でした。
十円さえあれば電車で戻れます。そこで、道路に十円が落ちていないか、下を向きながら歩いていたところ、ほんの数分後に落ちていた十円玉を見つけました。
交番に届けるほどの金額ではありませんから、ありがたく頂戴し、電車に乗って帰ることが出来ました。
今でも覚えているくらいですから、よほど安堵したのでしょう。
ところで、この些細なエピソードは、やはり単純に運がいいことの一例です。
以上のような単純に「運がいい」例はしかし、そうそうあるものではありません。
運がいいことを「棚からぼた餅」という言い方をする場合があります。
棚に置かれたぼた餅が、自然に落下する可能性は非常に低いからです。
●失敗のない成功はない
他方、必ず訪れる「幸運」というものもあります。
あなたも必ずそれを手に入れることが出来るでしょう。
もっとも、それにはいくつかの条件があります。
まず、「目標とする何かに向かって、実際に行動を起こす」ことです。
行動すれば、「犬も歩けば棒に当たる」という古いことわざにあるように、とにかく何かにぶつかります。
私はこの「何か」を触発子(しょくはつし)と呼んでいます。
たとえば、
「目標達成に助力となる未知の人と知り合いになる」
「思わぬ参考文献を入手する」
「目標達成に大いに役立つ技術がどこかで開発される」
「思わぬ協力者が出てくる」
等々です。
これらは皆、触発子です。
触発子は、あなたを一歩、目標達成に向かって進ませます。むろん、すべてがあなたにとって役立つとは限りません。
「資金を盗まれる」とか、「裏切られる」、「当てが外れる」とか、これらも触発子です。言い換えればこれらの負の触発子は、目標達成途上で必然的にぶち当たる障害です。
ただ、これらがあなたにとって全くの損失となるかといえば、そうではありません。
これらの失敗や失意も、成功へと向かうあなたに蓄積されるノウハウなのです。
「どうやったからこうなった」という原因と結果として保存しておけば、次第にそういう負の触発子も減らすことが出来ます。
さて、このように失敗のない成功というものは滅多にありません。成功の影には必ず失敗があるのです。
名ホームランバッター、ジョージ・ハーマン・ベーブ・ルースといえども打率は絶頂期でも三割七分六厘です。
むろんこれは驚異的な打率ですが、打率10割というわけではありません。年間152試合に出て、六割二分四厘は打てなかったわけです。
もっともこれは野球の世界の話です。
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現実の一般社会でも、やることなすことすべてうまくいく、などということはほとんど奇跡に近く、現実的でもありません。
しかし、何があっても粘り強く目標に向かって行きさえすれば、触発子にぶち当たる可能性もそれだけ多くなります。
現在の先進社会では、負の触発子もかなり多く、そういう不安で事を起こさない人々もかなりいるのは事実です。
私などは、「他の人が動かない、だからチャンスだ」と考える癖がついています。
・・・つづく
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