2017年08月14日

お互いに確認してる臍の位置

夕方から瀬戸近辺の会社時代の悪友5人(ひとりはまだ現役で東京からお盆で帰省中)で飲み食いをした。
歳も職場もバラバラで不思議な縁を感じる。過去の組織に密着した集まりの案内がないことはないが、空気の読み方を忘れてしまった今はほとんど出ていない。
今回のtさんは20年ぶりの再会だった。皆さん、日常はアルバイトや仕事や趣味や油売りや粗大ゴミ等、様々な過ごし方しているようで共感。
現役のnさんが、兵役の満期をもうすぐに控え、人生の先輩に今後どう泳げばよいか聞きたいというのが、今回の集いの発端だったかもしれない。
それぞれが理系らしく粗大ゴミ最小化の法則・条件をのたまったが、感触はどうだったか。
話題の切れ目で、ところで穂村弘って知ってる?
と聞いたら全員「知らん」だった。それが世間だ。
9時頃にはみなさんで、地上の星の間の再会を約束して散会した。
最寄り駅からはひとりで「地上の星」を口ずさみながら帰った。歌詞が途中で飛んでやばい。


2017年08月13日

今週はアリバイ作りとアリ退治

穂村弘



(クリックで拡大)






カミナリでパソコンをオフにすると、ぽっと空白の時間ができる。
溜まっている応募川柳等を作ればと思うが、それにはギアチェンジが要だし、そもそもパソコンが前にあった方がよい。積読本や句集もいっぱいあるが気分(モード)が違う。テレビはあるがチャンネル権はない。偶にあっても、どれも区切れまでの話が長い。
こんな時、数独がよいこともある。すっと出来るとラッキーだが、ドツボにはまると逆効果の時間つぶしだし、遺恨が残る。
そんな時、かっこうな本(のようなもの?)がった。先日パルティの図書室で借りてきたもの。「穂村弘のこんなところで。」という題で、穂村弘が何人もの美女(イケメンも少し)と対談というか軽いトークをしたものを写真付きでまとめたもの。写真は荒木経惟が撮ったいる。ツーショットの可愛いのもあるし、荒木が落書きしたケバケバしいのもある。ひとり約5ページで35人分載っている。3分ほどでどこ(誰)からでも読めて楽しい。
ちなみに相手は、木谷有紀子(劇作家)、朝吹真理子(作家)、藤田貴大(劇作家)、尾川智子(クライマー)、康本雅子(ダンサー)・・・
と続く。各界の売れっ子や著名人がずらり、女性プロ棋士などもいた。
穂村のほんわかした突込みに嫌味がなくて、案外、短いが本音トークになっているように思う。おすすめ。


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2017年08月11日

田舎ではゴロゴロ様と言っていた

昨日も今日も断続的に土砂降りの雨で、夕方からは雷もあった。
雨の時は溜まっているデスクワークもいいかと始めたが、
雷がゴロゴロと鳴りだすとリスク回避でパソコンの電源は切るしかない。
もう少しと作業続けてパソコンや膨大なデータがおしゃかになったら元も子もない。
山奥の雷の産地で育ったので雷の怖さは知っている。
幼児の頃、隣の家の子が家の中で落雷で死んだ。電球の真下に居たからと聞いた。
親から電球の真下に居てはだめだと、よく言われたものだ。
その頃、電気を使うと言えば普通の家は部屋の電灯くらいしかなく(それも1部屋か2部屋以下)他の電化製品などほとんど無かった。
だから外の電柱電線は雷を家に招く誘導装置のようなもので、電灯の真下に水分の多い人が居れば、そこに雷が落ちやすいのは理屈としても分かる。
幼児の頃はゴロゴロ様と言ってた。ゴロゴロのうちはよいがピカっとドカンがほとんど一緒の事態にすぐなるし、
そんな体験もいっぱいした。
中でも怖い思いをしたのは高校生の頃、仲間10人ほどで尾瀬にキャンプに行った時だ。山小屋で一泊した翌日尾瀬ヶ原を歩き至仏山に登った。頂上近くまで行った所で雲行きが怪しくなりゴロゴロし出した。すぐ空が暗くなりピカドカン状態になった。回りに隠れる場所もなく大き目な岩に身を寄せるくらいしかなかった。すぐ近くに何発か落雷したが、運よく誰も打たれることなく済んでほっとした。ピカドカン中は生きた心地がしなかった。



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2017年08月10日

ガキの頃の遊び

川柳「めいばん」2017・8号の「ティールーム」にエッセイを載せていただいた。
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「ガキの頃の遊び」
子供の頃は山に囲まれた群馬の田舎で過ごした。
戦後のまだ貧しい子沢山の時代の小学生で、宿題や部活はなく、学校から帰ると、毎日子供同士で遊んだ。
親から勉強しろと言われたことはない。テレビやゲーム機等なく自分たちで工夫して遊んだ。林の中に秘密基地を作ったり、川で泳いだり魚獲りをしたり、メンコ、ビー玉、ベーゴマ、おはじき、縄跳び等なんでも。水鉄砲、パチンコ、鳥もち等は上級生に教わり自分で作った。
遊びのルールや技も自分たちで考え進化させながら遊んだ。野や山を駆けまわるので野草や木の実で食べられるものは自然に覚えて食べた。時々は腹が減ると他所の畑のトマト等食べた。見つかると「こらっ」とは言われたが、
どの家も子沢山、その辺はお互い様で大らかだった。当時村で車を持っている家は無く、あっても大人用自転車だけなので、跨げない子供は三角フレームに片足を入れて漕ぐ「三角乗り」で走らせた。お転婆の子も同様にしてすいすい庭や道路を走っていた。
印象に残っているのはチャカポコという遊びだ。竹筒をノコギリで切って凸と凹の形にして紐で繋いだ、今でいうけん玉のような遊び。凸側を持ち紐を引き上げ合体させる遊びで、技の難易度が一から二〇以上まであり、皆が学校まで持って行き休み時間に技を競った。適当な太さの竹筒があれば子供でも簡単に作ることができた。
更に印象に残っているのは魚獲りだ。近くの利根川(上流)に行き、川虫の餌でクキ(うぐい)をよく釣った。箱メガネを使って川底にいる鰍(カジカ)をヤスで突き刺して獲るのも簡単だった。
ある日釣りに飽きた時、魚が下に潜って居そうな適度の大きさの石に、自分の頭ほどの石を上から叩きつけたらクキがヨタヨタと腹を見せて浮いてきた。何度か同じような石を見つけて試したら、釣るよりいっぱいクキが獲れた。
仲間内では、このやり方を「石打ち」と呼んでいた。掬いあげたクキはどこにも傷がないので、多分音のショックで一時的に麻痺したのだろうと子供心に思った。
でもそんな遊びも長くは続かなかった。川でガタゴト騒いでいたら、鮎釣りの大人から「うるさい!あっちへ行け」とか「鑑札を持ってるのか」等と、大人げないことを言われ、バカらしくなり、子供の遊びは山ほどあるのですっきりと止めた。魚を獲っても家で食べず冷蔵庫等ないし捨てたり、猫や鶏の餌にするくらいだった。
思えば遊びのために昆虫や蛙や魚や蛇や小鳥等をいっぱい苛めたり殺してしまったなあと思う。六年生の頃にはどんな生き物も遊びのために無闇に殺してはいかんと自然に思うようになった。農家の子等は家の手伝いが増えてきて遊び方も変わってきた。
時代が急速に変化した時期で、私も勉強や運動や世の中にも興味が持てるようになった。思えば良い体験の子供時代だった。


2017年08月09日

センス界のカリスマ生い立ちを語る

「川柳入門講座」4回目がパルティせとであった。
20名参加。宿題は「印象吟」と「雑詠」。
受講生の中には「フェニックス」や「おもしろ川柳」のメンバーも混在しているが、講座のみの人達も前からの継続が多いので、全体としてレベルは相当上がっているように思える。
レベルで言えば初級から中級になったような感じか。
そして皆さんの個性なり色彩が目立つようになってきた。
前期は今日で終了だが、恒例になった補講を9月に行って総括(反省会)をしたい。

今日は長崎原爆の日。若い人もそうでない人も6日、9日、15日を知らない人が増えたという。
原爆や戦争の語り部が年々減っているという。
何だか年々アワダチソウが増えたりタニシが減ったりの自然現象のように扱うのがおかしい。
日本の有史以来の最大最悪の人災の記録を国がきちんと保存し若者や次世代に伝えなければならないのに
それを放棄してしまっているのがおかしい。
最近の自衛隊が戦闘地域から撤退した原因や状況の大切な記録を破棄したなんて感覚も全く信じられないことだ。
自衛隊員やその家族だって、そんな現実は不安でしかたないだろう。
旧軍の隠ぺい無責任体質がそのまま引き継がれているようで怖い。
武器と金と秘密を握っている実力組織の実態は限りなくオープンでなければならない。それが出来ないならどう転んでも悪影響がないよう小規模にするしかないだろう。

2017年08月07日

八日目の蝉は空を仰いでる

朝の散歩は涼しいうちにと6時半頃出る。
蝉はまだほとんど鳴いていないが、一回りして帰る頃にはうるさいくらいになる。シュンシュンとクマ蝉の声が圧倒的だ。
田舎(群馬)に居た子供の頃はミンミン蝉とアブラ蝉がほとんどだったが、横浜でも瀬戸でもミンミン蝉の声はない。ミンミン蝉とよく似ているクマ蝉は姿を見つけ難いが、ミンミン蝉はお尻を振って鳴くのですぐ分かった。
でも捕まえようとするとオシッコをかけられ逃げられる。そんな思い出も今や、ん十年前になってしまった。
午前中かみさんと眼科へ行った。ほぼ4カ月毎に通っている。検眼と目薬を貰うだけだ。私は緑内障だが、いつものように悪化は深刻ではなく、寿命が解決するだろうとの判定。感覚としては脳味噌の残存率の方が思いやられる。


2017年08月06日

お昼寝の後の寂しさ西瓜食う  安井紀代子

朝日新聞東海柳壇8/3の掲載句。

のほほんと暮らす中指泣く小指     小林祥司

カルチャーで習っています枯れ方を   三好光明

素面では言えないことが三つある    金沢市兵衛

ヒマなので挑発に乗る電話口      青砥和子

路地裏にぽそっ父の日のような花    丸山 進

仰向けの蝉のみつめる籍乱雲      丹下 純

来年を疑わないで梅仕事        早川由香

岡崎にサラマンダーが居るじゃない   深谷江利子

種を蒔く権兵衛さんがいない村     木村行吉

約束をしている検査出る前に      水野奈江子


2017年08月05日

学びキャンパスせと講座紹介展(29年度後期)

パルティせと5階アリーナにて実施。
今回は10時開場なので、9時半には車で家を出て自分(川柳)のコーナー(B-22)の展示など準備をした。
毎度のことでパネルに短冊を貼ったり机に資料や本を並べたり簡単に終了。左隣のコーナーは「司馬遼太郎を読む」の町井先生だった。3日に文化センターの百人一首で一緒にサポーターをやったばかりだ。右隣はワイン講師の女性。全133講座がエントリー。軽運動(ダンス、ヨガ、エアロビ、ストレッチ、他)だけで33種もある。
語学、音楽、美術、裁縫、パソコン等も種々あるが、文芸がほとんどないのは淋しいか。
各講師はほとんど顔見知りなので、各コーナーでちょっと話すのも楽しい。魅力的な講座・講師が多いので皆さんが講座開設となればいいなと思う。
今回は13時で終りなのと猛暑でもあり、見学者はいつもより少なかったかな。
コーナーに応援で寄ってくれた仲間は香代子、小川、尾形、浅見、吉田、W高橋(ひろこ、智子)さん他でした。
ありがとうございました。
終了後、帰路の途中で昼食を食べて帰宅。

その前に3階で原爆や被害者の赤裸々な悲惨な写真展があったので寄って見た。
無残な子供や大人の写真が痛々しい。でもこれは決して目を背けてはならない事実だ。
過去の無謀な戦争と悲惨な被害と加害に目を向けない向けさせない国のリーダーを選んでしまった
現実の不幸をしみじめ噛みしめている。

2017年08月04日

百人一首で遊ぼう 2麑

子供夏休み体験の3回目。
文化センター和室にて午後から実施。
今回は川柳チームが当番。31名?参加、香代子、田地、松長、三好さんが応援参加してくれた。
最初に私が川柳の話をちょっとした(百人一首も短歌も俳句も川柳も連歌も皆五七調の仲間と)。
その後すぐ全体を五グループに分けカルタ取りをした。前回までで自分の実力は分かったのか、ほぼレベルに応じた組に自然に散らばった。
大部屋なので絵札の読みは一人で、マイクを使って流し
一斉に各組が札を取るやり方にした。
読みは田地さんにお願いした(短歌経験があり美声の通りがよいので)。
各組には応援の大人のサポーターが付いて円滑に流れるようにした。
一回読み終わるのにかなり時間はかかったので、次は各組毎に坊主めくりをした。
これは実力に関係なく思わぬハプニングもあるので、あちこちから歓声や悲鳴が上がり盛り上がる。
かるた取りで泣いた子もうさ晴らしができ、遊びの順番としてはよい。
三時半には終了し解散。
その後は2階の茶店で長老や有志と談笑して帰宅。
次回18日は最後なので、カルタ取りはせず、
五七調の自作の歌を作り用紙に仕上げる。
その作品は10末のふれあい芸術展に参考出展される
予定。
小学生ながら百人一首をほとんど暗記している子がいるのには驚いた。
全体には女子が圧倒的に強い。


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2017年08月02日

ヌーブラに隠す夕陽は濡れている   一帆

タイトルは「おかじょうき・無人駅」6月の月間賞。
以下の文とは特に関係はないが、関係を持たせて読むのは勝手だ。

松江への3日間の旅は竜宮城へ行ったようだった。
鯛やひらめの舞い踊りらしきもあったし。
帰ったら現実が待っていた。
でも浦島のように歳とる暇がない状況。

31日夜帰宅したら、孫が遊びにきていた。
孫殿にとってジジババの家は好き勝手な暴君になれる場所だ。
翌日1日は孫と近くの小川に魚とりにいった。炎天下で暑かったが100均の竿と網を持って。
釣りは餌だけ喰われてダメだったが、網では小魚3尾獲れた。孫にとっては人生初めての成果だ。
川に降りる道路沿いに、大きな亀が車に轢かれて?潰れて死んでいた。
狭い道だが、けっこう車がスピード出して通り危ないと思っていた場所だ。
「亀は背が低く歩くのも遅いので、車が来ても見えないし逃げられないのだ」
と言ったら、ショックだったのだろう。いつになく神妙に聞いて素直に手を合わせていた。
その後は、テレビの録画アニメやゲーム三昧で遊んでいた。かみさんが使い始めたばかりのスマホも
ほとんど独占で、訳の分からないダウンロードして騒いでいた。この分野はジジババとも手が出せず、
無法地帯になっていてやばい。
夕食後、孫を約束通り帰すため車で名古屋まで送って行った。

2日は午後から、文化センターにて文芸部会の作業として、先に投句を締め切った「窯火」作品の校正をした。
例年通り選者選は除き、自選分のみである。小中学生や県外からの投句も多数あった。
既に事務局にて一応のチェックは済んでおり、それの確認作業が主である。
ほとんどは問題なしだったが、ひとつ気になったのは小学生の作品「川柳」で、中8をリズム改善との理由で
中7に直していたのがあった。中8も個性であり、リズムは主観的な問題、直すのは越権行為と説明し元に戻してもらった。川柳は五七五ゲームではないし。
俳句、短歌もそれぞれの部会委員がチェックし、三時頃には終わった。
窯火の発表会・表彰式は11月5日の予定。


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