2017年08月10日

ガキの頃の遊び

川柳「めいばん」2017・8号の「ティールーム」にエッセイを載せていただいた。
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「ガキの頃の遊び」
子供の頃は山に囲まれた群馬の田舎で過ごした。
戦後のまだ貧しい子沢山の時代の小学生で、宿題や部活はなく、学校から帰ると、毎日子供同士で遊んだ。
親から勉強しろと言われたことはない。テレビやゲーム機等なく自分たちで工夫して遊んだ。林の中に秘密基地を作ったり、川で泳いだり魚獲りをしたり、メンコ、ビー玉、ベーゴマ、おはじき、縄跳び等なんでも。水鉄砲、パチンコ、鳥もち等は上級生に教わり自分で作った。
遊びのルールや技も自分たちで考え進化させながら遊んだ。野や山を駆けまわるので野草や木の実で食べられるものは自然に覚えて食べた。時々は腹が減ると他所の畑のトマト等食べた。見つかると「こらっ」とは言われたが、
どの家も子沢山、その辺はお互い様で大らかだった。当時村で車を持っている家は無く、あっても大人用自転車だけなので、跨げない子供は三角フレームに片足を入れて漕ぐ「三角乗り」で走らせた。お転婆の子も同様にしてすいすい庭や道路を走っていた。
印象に残っているのはチャカポコという遊びだ。竹筒をノコギリで切って凸と凹の形にして紐で繋いだ、今でいうけん玉のような遊び。凸側を持ち紐を引き上げ合体させる遊びで、技の難易度が一から二〇以上まであり、皆が学校まで持って行き休み時間に技を競った。適当な太さの竹筒があれば子供でも簡単に作ることができた。
更に印象に残っているのは魚獲りだ。近くの利根川(上流)に行き、川虫の餌でクキ(うぐい)をよく釣った。箱メガネを使って川底にいる鰍(カジカ)をヤスで突き刺して獲るのも簡単だった。
ある日釣りに飽きた時、魚が下に潜って居そうな適度の大きさの石に、自分の頭ほどの石を上から叩きつけたらクキがヨタヨタと腹を見せて浮いてきた。何度か同じような石を見つけて試したら、釣るよりいっぱいクキが獲れた。
仲間内では、このやり方を「石打ち」と呼んでいた。掬いあげたクキはどこにも傷がないので、多分音のショックで一時的に麻痺したのだろうと子供心に思った。
でもそんな遊びも長くは続かなかった。川でガタゴト騒いでいたら、鮎釣りの大人から「うるさい!あっちへ行け」とか「鑑札を持ってるのか」等と、大人げないことを言われ、バカらしくなり、子供の遊びは山ほどあるのですっきりと止めた。魚を獲っても家で食べず冷蔵庫等ないし捨てたり、猫や鶏の餌にするくらいだった。
思えば遊びのために昆虫や蛙や魚や蛇や小鳥等をいっぱい苛めたり殺してしまったなあと思う。六年生の頃にはどんな生き物も遊びのために無闇に殺してはいかんと自然に思うようになった。農家の子等は家の手伝いが増えてきて遊び方も変わってきた。
時代が急速に変化した時期で、私も勉強や運動や世の中にも興味が持てるようになった。思えば良い体験の子供時代だった。


この記事へのコメント

1. Posted by 月波与生   2017年08月11日 23:24
ウグイのこと、わが町では「ツキ」といって、釣りよりも、石の下に手を入れて、手掴みでとっていました。川原で焚き火をして焼いて食べましたが、骨の粗い魚で、あまりおいしくなかったです。オトナが投網で根こそぎとるようになってから、ウグイとりもやらなくなりました。オトナげないオトナが子供の遊びを変えていきますね。
2. Posted by マル   2017年08月12日 13:40
月波与生さん
コメントありがとうございます。
ウグイを手掴みで、私もやったことはあります。でも引き上げたらヒキガエルだったり、ナマズに似た魚に針で射されたりしたりで止めました。昔は上流にダムがほとんどなかったので川の流れがよく変わり、石や石の下がきれいだったので石打ちで獲れたのだと思います。深い所では手作りの水中鉄砲で糸付きの銛を発射させウグイを獲ったこともあります。今では学校で絶対に御法度になるでしょうね。
与生さんの感性豊かな句はあちこちで拝見していますし、お友達とは顔を合わせるチャンスが時々ありますが、ご本尊とはまだお会いできてませんね。どこかでお会いするのを楽しみにしております。

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