以下は,北海道の朝里川温泉スキー場での顛末を,検査入院中に記録しておいたものである。
 「一過性脳虚血発作」と診断された。
 ちょうど1年が経ったところなので,「記念」としてアップしておきたい。

※当日はさまざまな方々にご迷惑,ご面倒をおかけしたので,この場を借りてお礼申しあげます。

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3月3日(日)午前8時起床。
 ベッドに入ったのが午前2時頃で,それまではホテルの部屋で宴会をしていた。
 前日は猛吹雪だった。北海道各地で多数の被害が出た日である。
 小樽市内でも前に向かって進めないほどの猛烈な雪と風だった。
 夜遅くなると帰れなくなるかもしれないと考えて,早めにホテルに戻ったのだった。
 翌朝には風は治まったものの,雪は降ったりやんだりで寒さが厳しい。
 ここ数年間は,2泊3日の滞在のうちスキーをするのは1日だけだったのだが,最終日の今日,この雪を見て何故かまた滑りたくなった。
 札幌方面に出るという若者たちと別れて,女房とNさんの3人で滑ることにする。
 午前10時,ホテルを出て,歩いてスキー場へ向かう。
 15分くらいの距離だが,斜面を登ることになるので,とうてい痩せているとは言えない私は汗だくになる。
 スキーとストックを借りに行って,また汗びっしょりになって歩く。
 リフトを2本乗り継いで上に行くと,猛烈に寒い。
 汗に濡れたシャツやパンツまでもパリパリに凍ってしまった。
 そのまま一気に下まで降りる。
 もう一度登る。

 異変はリフトを降りる直前に起きた。
 右手が全く動かない。
 ストックを握りたいのだが,握れない。
 中途半端に握る格好にはなっているのだが,缶コーヒーでも持っているようなサイズで開いたままである。
 閉じることもそれ以上開くこともできない。
 自分の手ではないような感じ。
 なんというか,そこに手があることはわかっているのだが,あるというだけで私のコントロール下にはない,って感じだ。
 痛いとか,痒いとかそういった感覚もない。
 ただ,半開きに開いた手があるだけ。
 生まれて初めての感覚だ。
 左手と両足は動くので,なんとかリフトを降りる。
 しかし,このまま滑っていけるとは思えない。
 「あれっ!」「あれっ! なんか変!」と声を出したのだが,女房もNさんも先に行ってしまう。
 20mほど下った所で,転倒しかかる。
 これは無理だ。
 倒れこむように横になる。
 そのままじっとしていたが,感覚は戻らない。
 何人かのスキーヤーが通り過ぎていく。
 パトロールを呼んでもらうのは大げさだろうか?
 しばらくすれば元に戻るだろうか?
 結局,近くを通りかかった家族連れに声をかける。
 若い4人家族だ。
 奥さんが上にいたスキーヤーに声をかけて,リフトの係員に取り次いでもらう。
 そばに来てくれて,心配そうに声をかけてくれる。
 少し落ち着く。
 大丈夫ですから降りてください,と言ったのだが,結局パトロールが来るまでいてくれた。
 ありがたいことである。 
 お名前等を伺う心の余裕はなかった。
 グレイのスキーウエアを着た方だった。小学生ぐらいのお子さんが二人とご主人がいた。
 パトロールが来るまでそれなりの時間がかかったと思うが,全員がその場にとどまっていてくれた。
 きちんとお礼を言ったかどうか思い出せない。

 「その節は本当に有難うございました。」

 この場を借りてお礼申し上げたい。

 しばらくすると手が動かせるようになった。
 しかし,ストックでビンディングをついて板を外そうとしても,全く狙いが定まらない。
 横になって膝を曲げているからビンディングまでの距離は近いのだが,うまくつつけないのだ。
 突くたびに狙いを外してしまう。
 腕がどうかなってしまったのか。
 不安に思いつつ,ストックを外して右手を伸ばしてビンディングを押してみた。
 やっと外れた。

 遠くから,ピーポーピーポーと音がする。
 リフトからもパトロール隊員が降りてくる。
 Nさんも戻ってきてくれた。
 何とか立ち上がって,スノーモビルにまたがる。
 二人乗りの前に乗ってしまった。
 後ろに移ろうとするが,なかなか手に力が入らない。
 そのままでいいよと隊員は声をかけてくれるのだが。
 必死の思いで少し後ろに移動する。
 隊員にくっついたまま麓まで降りる。
 なんだか大変なことになってしまったなあ,格好わるいなあ,などと思いつつ,なにか相当にまずいことが起きているのかもしれないと不安感が募る。
 途中,女房も追いかけて来たようだ。

 救護所に到着し,しばらく休む。
 皆さん親切に声をかけてくださる。
 畳が敷いてあって横になることもできるのだが,座っていれば大丈夫な気がする。
 もう平気だから滑ってきて,とNさんに言う。
 調子が悪いようなら近くに病院があるから,と紹介してもらう。
 行ったほうがいいのかなあ,などと考えるうちに,再び異変。
 今度は,右半身がざわざわしてくる。しびれるような感覚だがもっと気目の粗い何かが内部で蠢きだした感じだ。
 これも初めての感触だ。
 ちょっと耐えられそうにない。
 さすがにここで倒れてはいかんだろう。
 なにか変です,しびれてきました,これはまずいかもしれないですみたいなことを口走って,救急車を呼んでもらう。
 到着まで15分間ぐらいだったと思うのだが,よく覚えていない。
 体がどういう状態にあったのか思い出せないのだ。
 そりに寝かされて,チャックを閉じられてオレンジ色の視界の中,下まで降ろされたのは覚えている。
 救急車に移動するときに,隊員が叫んだのは覚えている。
 ストレッチャーに手を挟んだらしい。
 大丈夫だったのか。

 測定器をあちこちに付けられる。
 いろんな数値は正常のようだ。
 正常なのか…。
 女房と話すが,なんか少しろれつが回らない感じ。
 女房も話し方が変だと言う。
 何故か右足だけが,がたがた動くので,女房に押さえてもらう。
 ろれつが回らないのも右足が動くのも寒さのせいだと思いたいが,そうでないかもしれない。
 いずれにしても,頭はずうっと正常というか普段通りな感じだ。
 右半身が痺れたとなると,脳は左側だろう。
 言語中枢がやられると厄介だな,なんて思う。
 このまま死んでしまうと随分と楽だなあと思ったのは事実。
 隊員が,携帯で電話をかけている。病院の空きを確認しているらしい。
 20分ほど(多分)で病院に到着。
 救急隊員にお礼を言ったら,仕事ですから,皆さんのお役に立てば嬉しいというようなことを言われてとても格好いい。
 私としては,手を挟んだらしい隊員にまで気が回らなかったのが残念である。

 医師や看護師に囲まれて,ストレッチャーからベッドにシーツごと移される。
 テレビドラマでやっているような感じだ。
 もう一台救急車が到着してそちらはさらに緊急らしく「カイトウの準備…」とか何とか声が聞こえる。
 開頭か?
 ますます不安になる。

 どうやってスキーウエアから着替えたのか覚えていないのだが,途中,看護師に「全部脱いでこれを着て」と言われて,「パンツもですか」と聞いたのは確かだ。
 お馬鹿なおじさんである。

 MRIは初体験。
 胸部のレントゲンも撮られた。
 車椅子に乗って,病室に行く。
 途中,トイレに寄る。アコーディオンカーテンの中で立ち上がって体のあちこちを動かしてみたのだが,普通に動かせる。
 治ったのか?
 点滴開始。
 医師がきて,いつ帰るのかと聞かれる。
 ○時の飛行機で,と答えると,それに間に合うように点滴を調節しよう,と言われる。
 しばらくして,女房が来る。
 医師から説明を受けたらしい。
 現時点では問題は発見されない。ただ精密検査を受けたほうが良いので,紹介状を書くから東京に戻ったらすぐに病院に行くようにとのこと。
 いや,同じようなことを医師から直接聞いたような気もする。
 記憶が曖昧だ。

 女房は,着替えや荷物の発送のため私のスキーウエアを持ってホテルに戻る。
 スキー靴のまま,病院まで来たわけだ。
 救急隊員に,スキー板も一緒に運んでもらえますかと尋ねたらしい。
 夫婦で気が動転している。
 Nさんも来る。
 リフトの上でサイレンを聞いてたいそう驚いたということだ。
 申し訳ない。せっかくのスキーツアーを台無しにしてしまった。
 女房から聞いたが,スキー場とホテルを2往復して私のスキー靴や女房のスキー板を運んでくれたとのこと。
 ますますもって申し訳ない。
 Nさんの方角には足を向けて寝られない。
 そういえば,私のスキーとストックはパトロール隊員が返しに行ってくれたらしい。
 まったくもって,皆さんにはお世話になりっぱなしだ。
 小樽の方角にも足を向けて寝られない。

 もちろん女房にもだ。

 16時頃,点滴終了,プラビックスという薬を飲む。血栓を防ぐ薬らしい。
 看護師さんがタクシーを呼んでくれたので,3人で小樽駅へ。
 そういえば,誰も昼食を食べていない。
 いやはやなんとも,私のために。
 駅でビールと弁当を買って,私が払う。
 こんなものですむわけがないが,とりあえずの気持ちだ。
 さすがに私は飲むわけにはいかない。
 札幌駅から,他のメンバーと合流。
 女房が事の顛末を嬉しそうに(?)話している。
 私は穴があったら入りたい気分。
 飛行機を待つ間,ラーメンを1杯。
 こんなときでも食欲は落ちていない…。
 22時頃,自宅に到着。
 治ったみたいだから,明日は病院に行かないと言ったら,女房にえらく怒られた。
 もちろん冗談。
 冗談を言う余裕は出てきた。

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 翌日,某総合病院に行き,3日間の検査入院。
 「一過性脳虚血発作」の疑いが高いとの診断。
 もともと高血圧等の治療中でもあるし,歳も歳だからいつそうなっても不思議はないということらしい。
 以来,従前の薬に加えて,プラビックス等を継続服用中。

 で,一件落着かというと,さらにちょっとしたことがあったのでそれは後日。