1:2014/07/03(木) 21:24:33.13 ID:

前に書いたこれら↓の類似品

シロ「潜り込む宮守SS」
http://blog.livedoor.jp/ssweaver/archives/40325830.html

シロ「こんなに可愛い小蒔が」豊音「こんなに可愛い小蒔ちゃんがー」
http://blog.livedoor.jp/ssweaver/archives/40325842.html

白望「五人の距離の概算」
http://blog.livedoor.jp/ssweaver/archives/40325862.html

白望「
http://blog.livedoor.jp/ssweaver/archives/40325899.html

シロと豊音中心の全国SS


2:2014/07/03(木) 21:25:54.00 ID:


   *


 高校最後のインターハイが終わり、一ヶ月が過ぎた。

 うち、末原恭子は、元主将の愛宕洋榎、真瀬由子とともに、引退し立場上はOGということになったものの、頻繁に麻雀部に顔を出していた。

 漫ちゃん、絹ちゃんを中心とした新チームと、世界ジュニアの代表に選抜される可能性のある元主将の練習相手を務めるため……という口実を与えられ、半ば公然と、高校麻雀が終わった寂しさを紛らわせていた。

 進路安泰の元主将はともかく、うちと由子はそう毎日部活に顔出してるわけにもいかへんのやけどな。

 どうも、あかんわ。

 受験勉強に集中しようと思っても、気づいたらネットでプロの牌譜とか見てもうたり、もう出られへんのに、秋大のために他校の情報集めてもうたり。

 勉強に集中しようとすればするほど、麻雀のことばかり考えてまう。

 手が疼いてしゃーない。

 元主将と由子に誘われるがまま、つい部室に顔出してまう。

 去年引退した先輩たちも、インハイ終わったあともしょっちゅう顔だしてたけど、きっとこんな気持ちやったんやろなあ……。

 なんやねん引退したんやからもううちらの好きにさせえや、とか思てたけど。

 いざ自分が三年になってみると、うちも人のこと言われへん。




3:2014/07/03(木) 21:26:33.70 ID:

 あんまりOGが顔出しすぎても迷惑やってのはわかってるんやけどな……。

 みんなとまだ麻雀やりたいって気持ちが勝ってまう。

 元主将、由子、漫ちゃん、絹ちゃん……あと、こんなん思うの癪やけど、代行と別れるのも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しい。

 レギュラー競い合った他の三年もちらほら来とるみたいやし、きっとみんな同じ想いなんやね。

 高校麻雀、終わってもうたんが寂しくて、つい来てまうんやろな。

 わかるわ。

 ようわかる。

 でもな――




4:2014/07/03(木) 21:27:05.98 ID:

豊音「ツモ! 2700オール!」

洋榎「かぁ~! また裸単騎で和了りよった!」

由子「はえ~。やっぱり強いのよー」

赤阪「やるな~、姉帯ちゃん~」

 なんで――

白望「絶好調だね……」

豊音「「えへへー、ぼっちじゃないよー」

恭子「…………」

 なんで、他校の三年生まで来とるん……?

 なんで、宮守女子の小瀬川と姉帯がここに……?

恭子「なんでや……?」

 うち、なんも聞いてへんで……?

洋榎「なにが?」

恭子「え、あ、いや……」

洋榎「?」

由子「恭子、なんかぼーっとしてるのよー」

洋榎「ははー、あれやな? うち受験勉強ほったらかしてこんなとこで麻雀なんてやっててええんやろか~、とか、そんなこと考えとったんやろ?」

恭子「い、いや……」




5:2014/07/03(木) 21:28:06.36 ID:

白望「大丈夫だよ、恭子。まだ九月だから……まだ慌てるような時間じゃない……」

豊音「シロは慌てたほうがいいけどー、ちょっとくらいゆっくりしても平気だよー。末腹さんと麻雀打ちたいよー」

恭子「せ、せやな……」

 姉帯はインハイで同卓したよしみやから、馴れなれしいのもまだ分かる。

 せやけど小瀬川なんやねん。

 いまこいつ、めっちゃ普通にうちのこと下の名前で呼び捨てにしたけど……。

 ……話すの初めてやんな?

洋榎「豊音の言うとおりやで。せっかくなんやからゆっくりしまひょ」

由子「進路安泰の洋榎がそれ言うと腹立つのよー」

白望「まったく。これだから全国区のスター選手は……」

豊音「愛宕さん、プロに行ったらサイン頂戴ねー?」

絹恵「それはええですけど姉帯さん、おねーちゃんのプロ入り最初のサインはうちが予約済みですからね? そこだけは譲れませんから~」

豊音「さすがに姉妹の間には割って入れないよー。じゃあ、私二番でー。デビュー戦、絶対見に行くよー」




6:2014/07/03(木) 21:28:57.53 ID:

洋榎「ふふ。ま、うちがプロ入りしたらあっちゅう間に天下とってもうて、インハイの時に書いたったサインにプレミアついてまうわ」

豊音「ああ~、そっか~! 貰っておいてよかった~!」

白望「すごい自信……」

漫「あれ? ていうか主将。プロ入り決めたんですか? たしか昨日、まだ進学とどっちにするか迷ってるって言うてはりましたよね?」

洋榎「ん? ああ、そやった。うちまだ迷とるんやった」

由子「ふふ。なによー、それー」

洋榎「なはは、いかんいかん、絹と豊音に乗せられてサクっとプロ入り決めるとこやったわー」

豊音「あははー、いいじゃん。もうプロ行っちゃおうよー」

洋榎「あほ! そんな簡単に決められるかい!」

絹恵「おねーちゃんやったら決めてまいそうやけど」

漫「ほんまに」

白望「ほんとにね」

赤阪「ま~? 洋榎ちゃんやったら、そんな決め方でもアリや思うけど~?」

恭子「……」

 二人とも、めっちゃ馴染んでんな……。

 それに小瀬川……元主将のことも名前呼びて……。

 うちかて引退してから元の呼び方に戻すタイミング逃して、まだ元主将って呼んでんのに……!

恭子「~~ッッ」

 なんで……!?

 なんでみんなそんなにこの二人と親しげなん……!?




7:2014/07/03(木) 21:30:07.88 ID:

 あれか……?

 あれやろか。

 インハイのとき、うちの知らん間に仲良うなったんやろか。

 二回戦のあと、うち清澄の大将に凹まされて少し周り見えてへんときあったし……。

 そんときとかに、仲良うなって連絡先交換したとか……?

 小瀬川も姉帯も結構な打ち手やったし、卒業後も麻雀続ける気でいて、腕錆びつかせんようにインハイのときのツテ頼ってウチに出稽古に来とるとか……そんな感じなんやろか。

 ほいで、元主将か由子か代行か誰か知らんけど、二人の受け入れの窓口になった誰かが、うちに二人が来ること伝え忘れてたとか……。

 ……うん、多分そんなとこやろ。

 みんながあんまり普通にしてるから、なんでおるんか聞きそびれたけど、これですっきりしたわ。

 ほんま。

 一年の指導してたら元主将に呼ばれて一局打つことになって、場決めして席ついて、ふと対面見たら小瀬川、上家に姉帯おったときは「は?」ってなったけど……。

 うん……うん。

 なんも不思議なことあらへん。

 いまさら「なんでおるん?」とか聞きづらいし、もう普通に打っとこ。

 考えてみれば姉帯とは一ヶ月振りの再戦、小瀬川とはこれが初対戦なんや。

 引退したあとで他県の強豪と打つ機会なんてそうあらへん。

 ここは対局に集中せな損ってもんや。

 小瀬川、姉帯がなんでおるんかは、二人が帰ったらみんなに聞けばええ。

 いまは集中や。

 集中しゅうちゅ――

由子「ふーんふふーん」

 ――う?




8:2014/07/03(木) 21:30:55.09 ID:

恭子「……?」

 なんや……?

 うちの下家、元主将の後ろについて見学しとった由子がなんかやっとる……。

 あれは……。

 折り紙……?

洋榎「なんや由子、なに折ってんねん。対局中やねんから鼻歌やめーや」

由子「あー、ごめんよー。またリボンなくしたから折ってたのよー」

漫「またですか」

由子「うん。今度は緑にしようと思ってー……と、できたのよー」

恭子「……」

 折り紙リボン完成。

 由子、装着。

 ……うん、緑はないな。

由子「どうー?」

絹恵「似合てますよー」

恭子「……」

 ……なんでやろ。

 なんでか知らんけど、妙にリボンに引っかかる……。

白望「うーん……」

洋榎「なんや白望、長考かい」

シロ「うん、ちょっとごめん。タンマ」

恭子「……!」

 まぁ、いまはええわ、リボンのことは……。

 来おった小瀬川……来はりましたよ!

 こっから手ぇ高なってくはず……!

 要警戒や、そうそう好きにはさせへんで!




9:2014/07/03(木) 21:31:25.59 ID:

白望「……」

恭子「……あ」

 あ。

白望「変だけど、これで……」

恭子「わかった……」

洋榎「なにが?」

恭子「ああ、いえ。なんでも……」

白望「……」

恭子「……」

 なんでリボンに引っかかったんかわかった……。

 小瀬川……それによう見たら姉帯も……。

 リボンが宮守のやつやない……!

 あれ、姫松の制服のリボンや……!

恭子「……っ!」

 なんやねん……どういうことや?

 よう見たら二人とも、ブラウスも宮守のブラウスちゃうやん……!

 姫松みたいな襟が丸まったやつ着とる……!

 たしか宮守のブラウスって、襟にブレザーと同色の縁取りがあったはず……!

 リボンももっと幅のあるタイプのリボンタイやったはずや……!

 これは……つまり……ど、どういうことや……!?




10:2014/07/03(木) 21:32:09.70 ID:

 なんでこいつら、姫松のリボンブラウスを……?

 この二人いったい何のつもりや……。

恭子「……」

 ブレザーは宮守のやつみたいやけど、ブレザーとスカートだけやっったら姫松の制服と大差ないから見分けつかへん……。

 リボンとブラウスを姫松のものに変えている二人は、まるで姫松の制服を着ているように見える……。

 二人が宮守の生徒と知らんもんには、二人は姫松の生徒にしか見えへんや、ろ……な――

恭子「――ハッ!」

白望「……」

豊音「……」

 まさか……!

 まさか二人は……二人は変装してる――!?

 姫松の生徒に成りすましてるんか!?




11:2014/07/03(木) 21:32:45.85 ID:

恭子「~~~~ッッ!!」

 な、なんでそんなことするんかは分からん……!

 分からんけどひとつだけはっきりしてることがある……!

 それは小瀬川……姉帯ッ!

 お前らが襟に巻いたリボンはッッ!!

洋榎「あー、由子。うちにもリボン折ってー」

由子「あらー? 洋榎もなくしたのー?」

洋榎「せやねん。昼にはずしたらどっかいってもうてん。なんか首元落ち着かんから頼むわ」

由子「了解よー。何色にするー?」

洋榎「金で」

由子「ええー、だめよー。金は大事にとっとくのよー」

洋榎「なんやねんケチくさい」

絹恵「……おねーちゃんが金にするんやったら、うちは銀かなぁ……」

漫「姉妹で金と銀の紙リボンとか、やっすい漫才コンビみたいやね」

洋榎「お、それええなぁ。なぁ、由子ー?」

由子「うーん……それはちょっと面白そうなのよー。貴重な金と銀の使いどころかもしれないのよー」

漫「貴重って……枚数は全色同じなんちゃいますの?」

由子「そういう問題じゃないのよー。気分の問題よー。漫ちゃんも折り紙買ってみれば分かるのよー」

漫「そんなもんですか……」

由子「そんなもんよー」

白望「……」

豊音「……金は大事だよー」

恭子「~~~~ッッ!」

 お前らが着けとるリボン、元主将と由子のやな……!? 




12:2014/07/03(木) 21:33:19.21 ID:

 ふたりとも今日なんでリボン着けてへんのやろって思てたけど!

 ていうか、いつの間に盗んだんや……! うち今日はほとんど元主将と由子と一緒に行動しとったのに全然気づかへんかったわ!

 おっそろしい……! どんな手つこたんや……!

白望「……」

豊音「……」

恭子「……ッ!」

 し、しれっとした顔して……! 

 二人も気づけや! 目の前に姫松のリボン着けとる二人おるやん! 

 そもそもなんで二人は変装してんねん……!

 なにリボン盗んどいてしれっと同卓してんねん!

恭子「!」




13:2014/07/03(木) 21:34:44.95 ID:

恭子「――……そうか」

洋榎「なんや、恭子。さっきからひとりで……」

恭子「いえ……わかったんです。すべてが」

洋榎「……どないしたん? なんか変やで……?」

由子「なんか一人でぴりぴりしてると思ったら、急にすっきりした顔になったのよー」

恭子「……いえ、気にせんとってください」

 なぜ、二人は姫松の生徒に変装しているのか……。

 その理由がわかった……。

 うちはこの二人は、この場にいる姫松の関係者、その誰かに呼ばれてここ来とるんやと考えた。

 この二人は客人なんやと。

 うちがそれを知らんかっただけやと。

 しかしそれは間違いやった……。

 この二人、おそらく――

赤阪「ふたりは何色にする~」

白望「白で……」

豊音「赤がいいなー」

恭子「――――ッ!」

 誰にも呼ばれてへん……。

 紛れ込んどるんや……潜り込んどるんや! 姫松に!

 そのための変装……!

 他に変装する理由なんて思いつかんし……!

 間違いない……!

 この二人は客人やなく侵入者……!


   * 



14:2014/07/03(木) 21:35:21.12 ID:

   * 


 うち、愛宕洋榎ちゃんは、その日もいつもどおり部活に顔だしとった。

 もう引退した身なんやけど、あかんな、ついふらっと部室来てまう。

 授業終わりに、恭子と由子に親指と人差し指つまんで見せて、「ほなこれいっとこか~」「仕事終わりのサラリーマンかい」ってやり取りも、もう何回やったかわからんな。

 そういやお母ちゃんも、昔試合行くとき指先つまんで「ほなお母ちゃん今日これもんやから、仲良う留守番しとくんやで~」って言って出かけて行ったもんやった。

 あんときは絹がぐずってえらい難儀したもんやけど、その絹ももう高二、うちは三年で、部活も引退して早くも進路のこと考える時期や。

 ほんま、時が経つのは早いもんやで。

 ほんまに……。

 ……。

 あかん、なんか感傷的になってもうた。

洋榎「絹……」

絹恵「なにー?」

洋榎「大きなったな……ほんまに」

絹恵「なに……? 急にどうしたん? ていうかどこ見て言うとるん?」

 豊満な胸をかき抱くように隠す絹。




15:2014/07/03(木) 21:36:25.06 ID:

 いや、隠せてへんし胸見て言ったわけちゃうし、おねーちゃん相手にちょっと自意識過剰ちゃうか。

 まあ絹は美人さんやし~? スタイルもグンバツでいらっしゃるからして? たとえ姉が相手でも性的な視線を意識してまうのはしゃあないってことなんやろけど~?

洋榎「……」

絹恵「お姉ちゃん?」

 ほんま、どこで差がついたんや……。

 この胸部の成長の差は……。

 毎日同じもん食べとるはずやのに。

 帰ったら揉みしだいたろ、腹いせに。

 そんくらい許されるやろ。

 ほんま、時が経つのは早い。

 うちももう十八、もはや胸の成長にも希望を持てん歳や。

 ままならんもんやで……ほんまに、時の流れっちゅうのは。

由子「洋榎できたのよー。ご所望の金色リボンよー」

洋榎「おう、できたか。どれどれ……」

由子「銀もできたのよー」

絹恵「ほんまに作ったんですか」




16:2014/07/03(木) 21:37:01.77 ID:

由子「さー、ふたりとも装着するのよー、写めるのよー」

豊音「私も撮っていいかなー?」

洋榎「おう、ええで」

 由子パシャリ、豊音パシャリ。

 のよーとだよーの二人はご満悦やな。

豊音「いい絵だよー」

由子「姉妹コンビやねー、これは保存よー」

洋榎「うちの携帯にも送っといてや。恭子も撮ってええんやで」

恭子「……」

洋榎「恭子?」

恭子「え?」

洋榎「写真撮らんでええんか? 洋榎ちゃん金ピカピン絹ちゃんギンギラギンやで?」

恭子「ああ、はい。ほな撮っときましょか……」

洋榎「……?」

 恭子、心ここにあらずって感じやな。

 いや、この場合、心ここにあらずなんは遊んどるうちらのほうか。

 恭子の奴、えらい集中しとるもんな。

 無理ないわ、インハイでかわいい後輩凹ませてくれた宮守の先鋒と、自分のこといいように翻弄してくれた大将が相手やもんな。




17:2014/07/03(木) 21:37:58.05 ID:

 白望にタンマ入ったから警戒しとるんやろ。

 豊音もへらへらしとるようで手ぇ抜いてるわけでもないみたいやし、うちも本気だしとこか。

 まぁ――

白望「……」

豊音「いらないのしかこないよー」

洋榎「……」

 この二人がなんでおるんかは、疑問やけどな。

 まあ、どうせ代行が、いつもの謎ブッキング能力発揮して呼んだんやろ。
  
 気にせんと打っといたらええわ。 


   *



18:2014/07/03(木) 21:38:35.18 ID:

   *


 やっぱり部活楽しいのよー。

 今日は知らないお友達もいてなお楽しいのよー。

 受験勉強なんてうっちゃって麻雀に折り紙よー。

 宮守の子がなんでいるのかわかんないけどー、キーウィの子も来ればよかったのにー。


   *




19:2014/07/03(木) 21:39:24.06 ID:

   *


絹「ちょっとお手洗い行ってくる」

漫「あ、うちも」

洋榎「連れションかい」

絹「おねーちゃん、下品」

漫「あはは」

 部室の扉ガラリ、ピシャリ。

 廊下に出て二人きりになったところで、うち、愛宕絹恵は同級生の漫ちゃんに、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

絹「なぁ、漫ちゃん」

漫「なに?」

絹「宮守の二人、なんでおるん?」

漫「え?」

絹「ん?」

漫「いや……うちもそれ、聞こうと思てたんやけど」

絹「漫ちゃんも知らんの?」

漫「うん。なにも聞いてへんよ……?」

絹「ふうん……」

漫「……」

絹「……」

漫「まあ――」

絹「ん?」

漫「あれでしょ? 代行が呼んだんでしょ。うちらの練習相手に」

絹「ああ、そうか……」

漫「うん……」




20:2014/07/03(木) 21:40:03.52 ID:

絹「……」

 漫ちゃんの言うことはなんもおかしないけど……。

 あの二人、打ち筋が特殊すぎて秋大の練習になるとは思えへんのやけどな……。

 代行って、いつも外部から練習相手呼ぶときは試合に合わせた面子呼ぶよな……?

絹「うーん……」

漫「絹ちゃん?」

絹「ま、ええか~」

漫「?」

 考えてもしゃーないし~、今さらなんでおるんとか聞きづらいし~。

 お姉ちゃんも楽しそうやし、ええよね~。


  *




21:2014/07/03(木) 21:41:29.22 ID:

  *


赤阪「ん~」

白望「……」

豊音「他校の監督さんに見てもらうの、緊張するねー」

白望「だね……」

赤阪「あ~、気にせんとのびのび打ってや~」

豊音「はーい」

 ん~。

 二人ともおもろい打ち方するわ~。

 うちの子らも難儀しとったもんな~。

白望「……」

赤阪「……」

 小瀬川ちゃんは六順でピンフドラ2の手ぇ張ったのに~、聴牌に取らんとタンマ入れて、なんやかんやでタンヤオ、ピンフ三色ドラ2、ダマでも跳満一向聴~。

 早い順目やしリーチかければええのにって思たけど~、迷うと手ぇ高なるのってほんまなんやね~、不思議な感じやわ~。

 それに比べて姉帯ちゃんはこの局調子悪そうやね~、迷ったときは小瀬川ちゃんの力のほうが強いんやろか~?

 単になんにも力使ってないって線もあるけど~、ていうかどうもその可能性が高いけど~、なんやろ~、洋榎ちゃんの実力見たいんかな~?

 洋榎ちゃん、ちょっとくらい変な力使われてもしっかり対応できる子やから遠慮せんでもええのに~。

白望「……」

赤阪「……」

 小瀬川ちゃん、聴牌~。




22:2014/07/03(木) 21:42:06.96 ID:

 洋榎ちゃんもなんか張ってそうな気配やな~……。

 ちょっと洋榎ちゃんの手牌見とこか~。

赤阪「……」

 お~お~、あらあら~。

 洋榎ちゃん、さすがやな~。

 小瀬川ちゃんの待ち牌、ちゃっかり手牌に入れとるわ~……。

 でも~、まだ枯れたわけちゃうし~――

白望「ツモ、3000、6000」

 ――やっぱり、和了るのは小瀬川ちゃんか~。

 裏乗らず~倍満ならず~。

洋榎「う~ん、あかんかー……」

豊音「やられたよー」

赤阪「やるね~」

白望「いえ……」

 二回戦はほんま、巡り合わせがよかったね~。

 さすが、熊倉さんの教え子なだけあるわ~。

絹恵「ただいま~」

漫「もどりました~」

赤阪「おかえり~」

 連れションコンビご帰還~。




23:2014/07/03(木) 21:42:41.17 ID:

漫「あ、一局おわっとる」

由子「いいとこ見逃したのよー」

洋榎「なんもいいとこちゃうし。洋榎ちゃんがばしっと和了るとこ見逃してへんから大丈夫や」

漫「あ、それはいつも見てるんで……別にもうええかなって」

洋榎「なんやと~? 漫~……お前ほんま、生意気な口聞いとったら、おっぱいおしぼりすんで……?」

漫「おしぼり!?」

絹恵「! あかん、おねーちゃん! いくら部活の後輩やからって、よその子にあれはあかん!」

漫「絹ちゃんやられたことあるん!?」

絹恵「しょっちゅうや!」

洋榎「ほんま、めろめろにすんで……?」

漫「めろめろ……!? 体罰の類やないんですか!?」

絹恵「おねーちゃんの乳捌きは天下一品や!」

洋榎「ほんま……洋榎ちゃん浪速のゴールドフィンガーやで……?」

白望「興味あるなぁ……洋榎、ちょっとやって見せてよ」

豊音「うわーうわー、私も見てみたいよー」




24:2014/07/03(木) 21:43:28.19 ID:

洋榎「おう、ええで。よっしゃほな漫、まず四つん這いんなりぃ――」

漫「いやです! もうその時点でなんかやらしいです!」

白望「……! そうか。それで垂れさがったおっぱいを……?」

洋榎「そういうこっちゃ。下から牛の搾乳のように――」

漫「あんたら普段姉妹で何やっとんねん……!」

絹恵「え? スキンシップの範疇やと思うけど、そんなにおかしいかな……」

漫「変態プレイの域やから!」

洋榎「おうおう漫、うちらの美しい姉妹愛を変態プレイとは随分やないかい。もうええ、わかった。ええからブラはずして四つん這いんなりぃ。そしたらわかるわ、なんもやらしいことないって」

漫「何をどう考えてもやらしいですって!」

豊音「私もしぼってみたいよー」

洋榎「ええで。うちが教えたる。ほら漫、お客さんもこう言っとることやしはよ脱ぎや」

漫「いやです! そんなもん完全に性的虐待やないですか!」

赤阪「え~、やらへんの~? うちも見てみたいのに~」

漫「教師が虐め容認すな!」

赤阪「んふふ~」

 別にええも~ん。

 うちが止めんでも、末原ちゃんがしっかりストップかけてくれるも~ん。




25:2014/07/03(木) 21:44:32.46 ID:

漫「末原先輩! 黙ってないでこの人らになんか言うたってくださいよ!」

恭子「……」

赤阪「……?」

 あれ~?

漫「? 先輩?」

恭子「え、ああ。別にええんちゃう? 乳搾りくらい」

漫「!?」

洋榎「堪忍しいや、漫ゥ~。恭子のOk出たってことは、これはもうやる流れやで」

由子「これはまたもシャッターチャンスなのよー」

豊音「携帯準備OKだよー」

白望「壮観だろうなぁ……漫の乳搾り」

漫「どないしたんですか先輩! 先輩やったら止めてくれると思たのに……!」

恭子「は? え、みんなでどっかの牧場でも遊びに行こうって話ちゃうの?」

漫「ちゃいますよ~! うちのお乳がですね!?」

恭子「はぁ? 漫ちゃんのお乳がどうかしたん?」

由子「聞いてなかったのー?」

洋榎「……恭子、今日はほんまにどうしたんや。ぼっけぇーっとして……」

恭子「い、いや……すんません。ちょっと対局に集中してて……」

赤阪「……」

 ほんまにそれだけやろか~……?




26:2014/07/03(木) 21:45:52.67 ID:

 いま、ちらっと宮守の二人のこと見たけど~、さっきから末原ちゃん、二人のことえらい気にしとんな~。

 最初は単に、二人のこと警戒してるんやと思てたけど、どうもそれだけやないみたいやね~……。

 まあ~、でも気持ちはわかるわ~。

 この二人~――

豊音「やらないのかなー、乳搾りー」

白望「みたいだね……」

豊音「シロー、あとでシロにおしぼりやっていいー?」

白望「うーん……痛くしないなら、いいよ……」

豊音「やったー」

白望「ほどほどにね……」

赤阪「……」

 なんでおるんやろね~。

 誰が呼んだんやろ~。

 不思議な感じやわ~。


   *




27:2014/07/03(木) 21:46:28.44 ID:

   *


 そう――

 この日、私、小瀬川白望と姉帯豊音は、姫松高校に潜入していた。

 誰の許可も得ず敷地内に侵入し、なんの挨拶もなく、インターハイで戦ってそれきりの姫松高校レギュラーと卓を囲んでいた。

 ブラウスは、ここに来る前に似たタイプのものを購入して着替えた。

 ブレザーはほとんど同じなので宮守のものをそのまま使い、リボンは潜入したあと校内で、愛宕おねーさんと真瀬さんのものを拝借して着けた。

 簡単な変装である。

 そのまま放課後になるまで校内を堂々と歩いてみたが、豊音の長身が人目を惹いたくらいで、誰にも見咎められることはなかった。

 放課後を待ち、部活に向かう三年生三人のあとを尾け、私たちは首尾よく部室に紛れ込んだ。

 一般の生徒と違い、麻雀部員の中には私たちを覚えている者も多数いたが、三年生三人と入室のタイミングを合わせ堂々と振舞ったことで、みんな首をかしげつつも私と豊音を受け入れてくれた。

 堂々としていればバレない、バレても、自分はここにいて当たり前だという態度でいれば、相手が不審を口に出すことはない。




28:2014/07/03(木) 21:47:05.46 ID:

 不審が表面化しない限り、姫松高校麻雀部の皆さんは私たちを、違和感を覚えつつも受け入れてくれるだろう、という計算があった。

 果たして、私たちの潜入は計算どおりに事が運んだ。

 ――監督あたりが練習相手として呼んだのだろう。

 とでも考えたのか、姫松の皆さんは私たちと同卓してくれさえした。

 赤阪監督代行に身咎められるのが唯一の懸念だったが、何も言われることはなかった。

 案外、この人はこの人で、三年生の誰かが私たちを呼んだとでも思っているのかもしれない。

 少し調子に乗り、姫松のみなさんを下の名前で呼び捨てにしてみたりしたが、愛宕おねーさんなどは「お、名前呼びでええんかい」といった感じでこちらを名前で呼び返してくれた。

 さりげなくこちらのフルネームを覚えていてくれるあたり、さすがである。

 ちょっと嬉しい。この辺がスターたる所以か。

 真瀬さんは、なんか知らんけど楽しいのよーって感じ。

 二年生の二人は現役部員の緊張感ゆえか妙に思っていたようだが、結局は私たちを受け入れた三年生の対応に従うことにしたようだ。

 ただ、一人……。

恭子「……」

豊音「……」

白望「……」




29:2014/07/03(木) 21:47:34.43 ID:

 末原さんだけが、私たちへの不審を隠そうとしなかった。

 さっきから、「なんでおるん、なんでおるんやこいつら!」といった熱烈な視線をこちらに向けてくる。

 愛宕おねーさんと真瀬さんはまったく気づいていないが、拝借したリボンにも気づいている可能性が高い。

 さっき折り紙リボンの話をしていたとき、末原さんの視線がこちらの首元と他の三年二人の間を忙しなく行き来していた。

 きっと、この人は気づいている。

 少し姫松のみなさんと話した限りでは、どうも末原さんはツッコミ役というか、みんなのボケを拾う役割のようだし。

 一歩引いた立場にいるというか、なんというか。

 そのおかげで、細かい異常によく気がついている、という感じ。

白望「……」

 これは時間の問題かもしれないな、バレるのも。




30:2014/07/03(木) 21:48:21.77 ID:

 末原さんも、いつまでも黙ってはいないだろうし。

 しかし、まぁ、それでもいいかな……。

 姫松に来た目的は、もうすぐ果たされる。

豊音「……んふふー」

白望「……」

 豊音、この局は調子が良さそう。

恭子「……」

 そして、末原さんも手が早そうな気配。

 もうすぐ、目的が果たせる。

 私たちが今日、姫松にやって来た目的は――

恭子「……あ、リーチで」

洋榎「おう、早いな」

白望「……!」

豊音「!」

恭子「あ」

 なぜ私たちがいるのかという疑問に気を取られ、末原さんは豊音の力のことを失念し、リーチを掛けてしまったようだ。

 自分の失態に気づき、目を剥く末原さん。




31:2014/07/03(木) 21:48:54.81 ID:

白望「――ふっ」

豊音「にやり」

恭子「――っ!」

 ――今日、私たちが姫松にやって来た理由。

 それは、

豊音「じゃあ、私もリーチ!」

恭子「あ、ああ……!」

 末原さんを、追いかけるためだ。

 豊音は末原さんをそがるため、私はそのサポートのために、姫松までやって来たのだった。

 なぜ末原さんをわなくためにわざわざ大阪まで来たのかといえば……。

 インハイが終わり、二学期に入って一週間が過ぎた頃、宮守ではこんなことがあった。

 少し、回想。


   * *




32:2014/07/03(木) 21:54:21.40 ID:

   * *


 二学期が始まって一週間が過ぎたある日の放課後。

 私と塞、胡桃の三人は部室に来ていた。

 遠慮する下級生もおらず、部室は引退後も変わらず、私たちの溜まり場になっていた。

 サンマをしながらエイスリンと豊音を待っていると、塞が手牌に視線を落としたまま言った。

塞『シロ、知ってる?』

白望『なにが……?』

塞『運動部の子たちが最近よく話してる噂』

白望『知らない……どんな話?』

塞『二学期が始まって何日かすぎた頃……ある運動部の一年生が、部活終わりに体育館横の水道で顔を洗っていると……』

 目を半眼に、声を潜める塞。

 話の合間に妙なタメを作るその語り口は、まるで――

白望『え、何、怖い話……?』

 そんな……唐突に怖い話とかされると困るんだけど。




33:2014/07/03(木) 21:54:54.18 ID:

胡桃『大丈夫、怖くないから。特に私たちは』

白望『私たちは?』

塞『もう、胡桃、ばらさないでよ』

胡桃『ごめん』

白望『どういうこと?』

塞『仕切り直し。ある運動部の一年生が……』

 再び声を潜める塞。

白望『あくまで怪談のていでいくんだね……』

塞『流し台で顔を洗っていたら、突然後ろから誰かに抱きしめられたの。最初はその子、同じ部活の子がふざけてじゃれついてきてるんだと思って笑ってたんだけど、何か様子がおかしいことに気づいたの……』

白望『どうおかしかったの……』

塞『その後ろから抱き付いてきた誰かはね、何も喋らないの。何も言わないまま、ただがっしりその子を抱きしめて、「ふーふー」って息を荒げてたんだって』

白望『変態さん……? 侵入者……?』

 え、そっち系の怖い話なの……?




34:2014/07/03(木) 21:55:33.01 ID:

塞『その子もそう思ったみたいね。でも、どうやらそういうわけでもない。自分の胸元に組まれた後ろの誰かの腕は女性のもので、うちの制服を着ていたの。背面に感じる相手の体の感触も、間違いなく女のものだった』

白望『へ、変態レズだったの……?』

塞『ちがうわよ。それでね、その子は怖くなって聞いたの「ねえ、誰? 誰なの?」すると後ろの誰かは――』

白望『……ごくり』

塞『「ふーっ! ふーっ!」とさらに息を荒げ、抱きつく腕の力を強め体を密着させてきたんだってぇ!!』

白望『ひぇ……』

 内容よりも塞の話し方が怖い……!

胡桃『バカみたい!』

塞『より強く密着されたことでその子は気づいた。後頭部に何か柔らかな感触がある。何か二つの柔らかくて丸いものの間に、自分の頭がむにゅっと納まっている。すぐにそれが胸だとわかった。自分の後頭部が収まっているのは胸の谷間だと。その子はパレー部員で、身長も170センチあったのね。それで、そんな自分の後頭部に直立した状態で胸が当たるということは、背後の女は恐ろしく背が高いんだって、連鎖的に気づいたの』

白望『……』

 ん……?




35:2014/07/03(木) 21:56:05.34 ID:

塞『170センチといえば、女子としては結構な長身よね。その自分より、少なくとも頭二つ分は大きい女の子なんて見たことがない、よく見ると腕もすごく長い。なんで何も言わないの? なんで離してくれないの? その子は恐怖で動けなくなり、声も出せなくなってしまったそうよ』

白望『…………』

 170センチ、プラス頭二つ分って、それ……。

塞『どのくらいそうしていたかわからない。五分――十分――? その子は目を瞑り、ひたすら謎の人物の荒い息遣いを聞きながら不可解な抱擁に耐えたんだって』

白望『………………』

塞『全身に嫌な汗を滲ませながらじっと耐えていると、不意に抱きしめる腕が緩んでその子は開放された。おそるおそる目を開け、振り返るとそこには……』

エイスリン『キャ~』

豊音『待て~』

白望『……』 

塞『そこには……』

胡桃『……』

 いよいよ話のオチという段になったとき、部室の扉が勢いよく開き、エイスリンと豊音が駆け込んできた。




36:2014/07/03(木) 21:56:33.35 ID:

 どうも二人は追いかけっこをしているらしい。
 
 ふざけて遊んでいるようだ。

豊音『おっかけるよ~』

エイスリン『きゃ~』

白望『……』

 卓の周りをぐるぐる駆け回る二人。

豊音『捕まえたよー』

エイスリン『ツカマッタヨー』

 追いかけっこは、豊音がエイスリンを後ろから抱きつくように捕まえて決着。

 走ってここまできたせいで、二人とも行き息が荒い。

 「ふーふー」と、満足げにエイスリンを抱きしめる豊音。

 きっと塞の話のバレー部員も、こんな感じで抱きしめられていたに違いない。

塞『ふ、振り返るとそこには――』

白望『豊音がいたんだね……?』

塞『……うん』




37:2014/07/03(木) 21:57:21.12 ID:

 なるほど、たしかに怖い話ではない。

 胡桃の言っていた「特に私たちは」とはこういう意味か。

白望『それで、その結果どういう噂が流れたの……』
 
胡桃『部活終わりに一人になると、運動部の一、二年生を狙うすごく大きい三年生が現れるって。追いかけられたり後ろから抱きしめられたりするって』

白望『ふうん……豊音』

豊音『なにー?』

白望『なんで運動部の子を追いかけるの?』

豊音『んんー? えへへ~』

エイスリン『?』

 エイスリンを抱きしめたまま、悪戯がばれた子供のように笑う豊音。

豊音『スパッツはいてたりー、髪の毛アップにしてる子見ると末原さんを思い出すよー。うずうずしてつい追っかけちゃうよー』

白望『なるほど……』

 インハイが終わってから、やけにべたべたと後ろからくっついてくると思ったら……。




38:2014/07/03(木) 21:58:00.74 ID:

 末原さんを追っかけた楽しい記憶を反芻していたのか。

 末原さん、いい逃げっぷり、そして捕まりっぷりだったもんね。

 あの、異常を察しつつも果敢に先制リーチをかける姿が、豊音の脳裏に強く焼きついているのだろう。

 背向の豊音的に、彼女は逸材だったということか。

豊音『んふふ~、んふふ~……! 楽しかったなぁ……楽しかったなぁ……インターハイ……また末原さんと打ちたいなー……!』  

 捕まえたエイスリンの頭に頬をこすりつけながら、ぶつぶつと呟く豊音。

白望『……?』

エイスリン『ト、トヨネ……?』

豊音『ふーっ……ふーっ……』
 
 息を荒げる豊音。
 エイスリンは困惑している。

 スキンシップにしてはやや過剰というか、密着する時間が長い。

 それになんだか、豊音の様子がおかしいような……。

塞『と、豊音……? そろそろエイスリン離してあげたら……?』

豊音『え? え? なんでー? せっかく捕まえたのにー……!』




39:2014/07/03(木) 21:58:36.36 ID:

 ふーっ! ふーっ! と、豊音の息がさらに荒くなる。

 エイスリンを抱きしめる腕に、傍目にも力がこもっていくのがわかる。

 目がぎらぎらしている。

白望『と、豊音……?』

 こ、興奮している……? 豊音……これは……!

エイスリン『イ、イタイ……! トヨネ、ハナシテ……!』

豊音『いやだよー……! 逃がさないよー……!』

エイスリン『ヒィ』

胡桃『豊音……!』

 見かねた胡桃が立ち上がり、豊音をエイスリンから引き剥がそうとするも、到底力が及ばない。

塞『豊音、どうしちゃったの……!?』

白望『豊音……!』

 明らかに何かがおかしい。

 私と塞も立ち上がり、胡桃に手を貸す。

 しかし、三人がかりでも豊音を引き離せない。




40:2014/07/03(木) 21:59:07.88 ID:

エイスリン『グ、グエ……!』

豊音『エイスリンさん……エイスリンさん……』

 エイスリンの首が絞まる。
 豊音ホールドに耐え切れなくなり膝をつき、ついには床に、うつ伏せにくず折れてしまう。

 それでも豊音は離れない。
 恍惚とした表情でエイスリンの頭髪に鼻先を埋め、ふごふご匂いをかいでいる。

 飼い主にじゃれつく大型犬のように見えなくもない。
 微笑ましい光景と言えなくもない。

 だが、豊音の目の輝きが尋常ではなかった。

 いまの豊音からは、普段とは違う何かを感じる。 

 これはまるで、対局中に力を使ったときのような……。

 しかし、力を使ったからといて、このような異常な興奮状態に陥った豊音は見たことがない。

 いったいどうしてしまったというのか。

エイスリン『トヨネ……! ヤメテ……!』

白望『……!』




41:2014/07/03(木) 21:59:33.52 ID:

 とにもかくにも、豊音をエイスリンから引き剥がさなければ。

 塞と胡桃とともに豊音をぐいぐい引っ張るが、うんともすんともいわない。

豊音『ふぅっ……ふぅっ……』

エイスリン『ウウ……トヨネ、ドイテ……』 

豊音『ふっ、ふっ……!』

エイスリン『!』

 豊音はエイスリンに体をこすり付けるように、体を上下させ始めた。

 腰がくいくい動いている。

塞『とっ、豊音! こら! やめなさい!』

 塞が顔を赤くして豊音を止める。

 たしかに、これはちょっとまずい……。

 どうまずいのかというと――

胡桃『豊音ストップ! 破廉恥だよ!』

 そう、なんかエロい。




42:2014/07/03(木) 22:00:08.90 ID:

 体の大きな豊音が小柄なエイスリンをうつ伏せに組み敷き、息を荒げながら体をこすり付けるその様は、なんだか官能的で、背徳的だった。

 ものすごくいけないことをしているように見える。

エイスリン『アワワ……!』

 背面の感触で自分が豊音に何をされているのかを理解したらしいエイスリンが、カタカタと震え出す。
 瞳にみるみる涙が溜まっていく。

エイスリン『トヨネ、ヤメテ……! ハズカシイヨ……!』

白望・塞・胡桃『――――』

 絶句する。

 エイスリンの「恥ずかしい」という言葉が、傍観していた私たちに現状を正しく理解させた。

 なんだかいやらしいことをしているように見えてはいたが、豊音はやはり……その、つまり……エイスリンにあれをあれして……?

 そんな風に見える、というだけだと思っていたのだけど……え? 嘘、まさか本当に?

 つい、二人の体の密着具合を確認する。

 うつ伏せに倒れたエイスリンに、同じくうつ伏せで覆いかぶさり、一切遠慮なく体をこすりつける豊音。

豊音『ふぅっ……ふっっうう……!』

エイスリン『イヤァ……』

 豊音ずりずり、エイスリンいやいや。




43:2014/07/03(木) 22:00:54.20 ID:

白望『……』

 ……OK。

 落ち着け、落ち着け私……。

 体全体が密着しているので、たしかに豊音はいやらしい意味で体をこすりつけているようにも見える。
 だが、二人は着衣のままだし、その、あれだ、あれ……大事な部分をそれほどがっつりこすりつけているわけではない。

 大丈夫……大丈夫……なぜ豊音が急にこんな奇行に走ったのかはわからないが……。

白望『うん、違う。そんなはずがない……』

 これは性的なあれこれではない。

 豊音がそんなことをするはずがない。

 エイスリンから引き剥がし落ち着かせれば、いつもの豊音に戻ってくれるはずだ。
 
 そうに決まっている。




44:2014/07/03(木) 22:01:34.64 ID:

 私は豊音の肩に手を掛けた。

白望『豊音、お願い落ち着いて……やめよ? ね、やめよ……?』

豊音『ふーっ……! ふーっ……!』

 妙な焦燥感に駆られ肩を揺するが、豊音はこちらを見向きもしない。

 豊音の上下運動は止まず、その興奮はより一層高まっていくようだった。

塞『豊音……! こら、やめなさいってば!』

豊音『ふーっ!』

 塞が豊音の襟首を掴引っ張る。
 通行人の足にしがみつき腰を振る飼い犬。そのリードを引っ張る飼い主のような、強引な動作。

 しかし、それでも豊音は止まらない。
 止まるどころか、塞の強引な制止に反発するように、豊音の息遣いと上下運動はさらに激しくなっていく。

豊音『ふっ! ふっ! ふっ! ふっ!』

エイスリン『ア! ア! ア! ア!』

 息遣いは浅く、腰使いとともに速くなる。
 
 エイスリンのあえ――うめき声もそれと同調していく。




45:2014/07/03(木) 22:02:08.65 ID:

 ま、まずい……! これでは、まるで豊音は……!

白望『豊音! お願いやめて! 今ならまだ間に合うから!』

胡桃『豊音ぇ! おすわり! おすわりだから! 伏せじゃないでしょ!』

塞『あ、あ、えっと、あ! ほら、豊音お菓子! こっちにお菓子あるよ! 早く来ないと私食べちゃうよ!?』

 動転した塞と胡桃が豊音を完全に犬扱いし始める。

 気持ちはわかる。
 それほど今の豊音には言葉が通じる気がしないし、速まる上下運動はまるで――

豊音『ふっ!ふっ!ふっ! ふうっ! ――あッ!』 

エイスリン『!!』

塞『あ』

胡桃『ああ……!』

白望『……ッ!』

 ――まるで。




46:2014/07/03(木) 22:03:21.31 ID:

 近づく絶頂に向かい、興奮を高め、性感を強めるような――そんな、うご……きに、

音『ん!んっ……! ッ! ッ! ~~~~ッッ!!!』

 み、見え……。

エイスリン『ア、ア……!』

豊音『~~……ッ! ハアッ! ハアッ! ああ~……』

エイスリン『ヒグッ。フエエ……』

 ……豊音は。

 きつく目を閉じ、顔を真っ赤にしてエイスリンに激しく体をこすりつけ、最後に何かに耐えるように体を強張らせ、数度、体を大きく痙攣させた。

 痙攣が治まると、それまでの獣じみた激しい動きが嘘のように体を弛緩させ、エイスリンに体重を預けた。

 そして、

豊音『ふぅ……』

 と。

 ものすごく爽やかな顔で息をひとつ吐いた。




47:2014/07/03(木) 22:03:53.95 ID:

白望『……』

塞『…………』

胡桃『………………』

豊音『ふふ……』

エイスリン『ヒック……グスッ……』

 「事」が終わり、豊音はエイスリンの首筋に唇を這わせ、まだ赤みの残る顔に艶のある笑みを浮かべていた。

 いまにも「ふふ……よかったわよ、エイスリン」とでも言い出しそうな、普段の豊音からは想像もできない大人びた表情だった。

 いったい、あの妖艶な雪国美人は誰なのか。

 私たちの可愛い豊音はどこに行ってしまったのか。

 言葉もない。

 塞と胡桃は青ざめた顔で二人を見詰めていた。

 エイスリンの漏らす嗚咽だけが、断続的に部室内に響く。

 輝きを失った瞳でされるがままのエイスリンと、明らかに正気を失った様子の豊音。

 今の二人を見ていればわかる。
 先ほどの塞の話は、やはり怖い話だったのだと。

 今の豊音に後ろから突然抱きつかれたら、私とて恐怖に震えるかもしれない。




48:2014/07/03(木) 22:05:02.95 ID:

 誰も言葉を発することができないまま、数十秒が過ぎた。
 
 沈黙と気まずい空気に耐え切れなくなり、私は口を開いた。

白望『知ってる……?』

塞『なにが……?』

白望『猫ってさ……犬もなのかな? わかんないけど、とにかく猫ってさ』

胡桃『……?』

白望『子猫同士でじゃれあってるうちに、発情して交尾の真似事をすることがあるらしい……そういうのが、将来の生殖の、ほんとの交尾の練習になってるんだってさ』

塞『へぇ……』

胡桃『ふぅん……』

白望『飼い猫だと、飼い主の腕とか足とか、お気に入りの毛布とかに体をこすりつけて、練習をするわけ……それでね』

塞『……ああ』

 私が何を言いたいのか察したらしい塞が、合点がいったように小さく声を漏らす。  

白望『い、今の豊音のも、そういうあれなんじゃないかなって……』

塞『……』

胡桃『……』

 ど、どうだろう……?

 無理あるかな、やっぱり……。




49:2014/07/03(木) 22:05:43.56 ID:

塞『あ』

白望『……』

塞『ああ~……』

胡桃『そっかぁ~……』

白望『……』

 どうやら二人は、無理矢理にでも納得することにしたようだ。

 そういうことにしておこう、ということだ。

 私の思惑を察してくれたらしい。

塞『練習! 練習ね~……そっかぁ……』

胡桃『そっかそっか、ああ、なんだぁ……。そうだよね! 豊音がエイちゃんをいきなりナニしちゃうわけないもんね!』  

白望『そ、そうだよ……だから、その、今のノーカン、だよね……』

塞『! うん、ノーカン!』

胡桃『ノーカンノーカン!』

白望・塞・胡桃『ふふふ』

 なんか、同意して貰えたら安心してきた……。

 もうちょい押しておこうかな。




50:2014/07/03(木) 22:06:19.41 ID:

白望『ノ~カン……』 

 手拍子を打ちつつ、塞と胡桃に同調を促す。

塞・胡桃『……! ノ~カン……!』

白望・塞・胡桃『ノ~カン』

 そう、今のは無し、ノーカウント。

 私たちは手拍子のテンポを上ながら、リズムよく声高に叫んだ。

白望・塞・胡桃『ノ~カン! ノ~カン! ノ~カン! ノ~カン!』

エイスリン『ノーカン……?』

塞『うん! そうだよ、エイスリン! ノーカン! ノーカウント!』

胡桃『よかったね、エイちゃん!』

白望『ほんと、よかった……』

 宮守女子麻雀部は今日も平和。

 部員同士の淫行なんてなかった。

 あったのは、見るに微笑ましいじゃれあいの延長上にある、交尾の練習……。

 何も疚しいことなどないのだ。

 さらに手拍子のテンポをあげていく。




51:2014/07/03(木) 22:07:15.60 ID:

 さらに手拍子のテンポをあげていく。

白望・塞・胡桃『ノーカン! ノーカン! ノーカン! ノーカン!』

エイスリン『……』

 手拍子ともにノーカンコール。

 班長は押し切れなかったが、私たちはいける……!

 このまま押し切ってやる……!
 
白望・塞・胡桃『ノーカン! ノーカン! ノーカン! ノーカン! ノーカ――』
       
エイスリン『ソンナワケナイデショ!!』

白望・塞・胡桃『!!!』

 え、エイスリンが怒った……!?

エイスリン『トヨネ、イマ、アキラカニガチダッタヨ! イッチャッテタヨ! ゼッチョウダヨ!』

 そんな身も蓋もない……!

塞『そんな、だってエイスリン……』

胡桃『豊音がそんなことするわけが……』

エイスリン『ソノメデ、ミテタデショ! ゲンジツトウヒ、ダメ!』

塞『だって……だってエイスリン……! インハイ終わって! あとは受験勉強がんばって卒業まで五人で楽しく過ごすだけだと思ってたのに! こんな……こんなブレイクスルー私いやだよ!』




52:2014/07/03(木) 22:10:56.55 ID:

 私も塞に同感だった。

 今までどおり、五人で仲良くのほほんと卒業まで過ごしていければと思っていたのに、部員同士の淫行で関係にひびが入るなんてごめんだった。 

 同性での恋愛関係への発展なんて、私たちの誰も望んでいない。

 ヘビーな展開が待っていそうで、想像するだけでものすごくだるい。

胡桃『豊音とエイちゃんはえっちなことなんてしてないもん! 今のは交尾の練習だもん! ノーカンだもん!』

エイスリン『コウビノレンシュウッテ、ソレ、エッチデショ!』

塞・胡桃『!!?』

白望『……!!』

 エイスリン……! それ言っちゃうかぁ……!

エイスリン『コウビノレンシュウ、オンナノコドウシデヤッタラ! シチャッタヨウナモンデショ!』

塞・胡桃『!!!!!』

白望『くっ……!』

 言わないでおいたのに……!

エイスリン『トヨネ、イマ、ナンカオカシイ! マージャン、スルトキミタイ! オーラ、デッパナシ! ボウソウジョウタイ!』

塞・胡桃『……!』

エイスリン『センセイ、ヨンデキテ! センセイナラ、トメラレルカモシレナイデショ! ゲンジツトウヒ、シテルバアイ、チガウ!』

塞・胡桃『は、はい……』




53:2014/07/03(木) 22:11:37.78 ID:

白望『……』

 押し切れなかった。
 やっぱり、ノーカンコールの必要に迫られた時点でもう駄目なんだなぁ……。

 私たちは、意外に冷静なエイスリンの指示に従うことにした。

胡桃『……じゃあ、私先生呼んでくる』

塞『あ、うん。お願い……』

 胡桃が部室を出ようと扉に向かって歩き出した、その時だった。

豊音『んん~?』

白望『!』

 それまで、そがニー……いや、そがずり? に夢中だった豊音が、ぎょろりと視線をこちらに向けた。
 エイスリンを組み敷く体勢を維持したまま、首だけが不気味に動く。
 
 顔を覆った髪の間から覗く双眸は血走り、未だ豊音が狂気の獣欲に支配されていることを私たちに知らせていた。

 恐怖に身がすくむ。 

 豊音はどうやら、胡桃を見ているようだった。




54:2014/07/03(木) 22:12:24.67 ID:

豊音『く、くく、く・る・みぃ~~~~?』

胡桃『?』

豊音『D、d、どどこ、いくのかなァ~~~?』

塞『豊音……?』

白望『豊音……まさか……』

 く、胡桃が自分に背中を向けたことに反応した……!?

豊音『おっ!O・O ! OKKAKERU、よっぉぉおおおおお!!』

胡桃『! ひ! うわぁ!』

 四つ足で床を這い、一息に胡桃の背に取り付く豊音。

塞『いやぁ! 胡桃ぃぃっ!』

白望『豊音! お願い! もうやめて!』

豊音『うがー』

胡桃『ひぃぃぃ』

 あっさりと組しかれてしまう胡桃。

 しかし、エイスリンよりもさらに小柄な胡桃だとベストな体勢に持っていくのが難しいらしく、豊音はもどかしそうに身をよじる。




55:2014/07/03(木) 22:13:06.53 ID:

 やがて豊音はベストな体勢を見つけた。体を丸め、胡桃に覆い被さる。

 ちっさいのがおっきいのに襲われるその様は、エイスリンのとき以上に背徳的で、危機感を感じる絵面だった。

 非常にまずい感じである。

胡桃『あ、ああ……』

豊音『ふふ~……』

 準備完了。
 胡桃もそれを察したらしく、青い顔でカタカタ震え出す。

塞『豊音! やめなさいったら!』

白望『……!』

 いけない……このままじゃエイスリンに続いて胡桃までも……!

 どうする、どうすれば豊音を止められる……! 今から熊倉先生を呼びに行っても間に合わない。そもそも、呼んで来たところで先生が対処法を知っているとは限らない。

 私たちでなんとかするしかない。

 考えろ……!

 何か、何かないのか……豊音を元に戻す方法、それが叶わなくとも、胡桃から引き剥がす方法は……!




56:2014/07/03(木) 22:13:37.57 ID:

白望『……』

 「マージャン、スルトキミタイ」「ボウソウジョウタイ」   
 
 どちらもエイスリンの言葉。
 確かに今の豊音からは、麻雀を打つときのような力の高まりを感じる。
 そしてそれが暴走した結果が、色情狂雪国美人豊音ちゃんなのだとしたら、打てる手は一つだけ。

白望『塞』

塞『な、なに?』

白望『私が豊音を引きつける。豊音が私に取り付いたら、豊音を塞いで』

 これしかあるまい。

 塞が豊音を塞ぐには、相手をしっかりと見据える必要がある。
 体を丸め、顔を伏せている今の状態では効果が薄いかもしれない。

 私なら、塞が塞ぐのに無理のない体勢で押し倒されることが可能なはずだ。

塞『塞ぐって、やっぱり、そいういうことなの……!?』

白望『多分。時間がない、すぐやるよ』

塞『う、うん』

シロ『いくよ』

 私は豊音に背を向け、扉に向かって歩き出した。

 豊音が反応を示す行動はもうわかっている。

 豊音に背を向け、豊音のもとから遠ざかる素振りを見せれば、反応する。




57:2014/07/03(木) 22:14:05.56 ID:

豊音『シロぉ~~』

 来た!

 振り返りたくなるのを堪え、ドアノブに手を掛ける。

豊音『あれーあれーあれあれあれあれどこ行くのー? ねぇ、どこ行くのー? ねぇねぇねぇねぇねぇ…………』

白望『……』

 無視して扉に手を掛ける。

豊音『ねぇねぇ…………ねぇっってばぁっ!!』

白望『!』

 直後、背中に衝撃。

白望『ぐ!』

豊音『つかまえたよー』

 豊音は私の頭を抱きかかえ、両足で胴体を挟み、無理矢理おぶさる形で取り付いてきた。

 背中の加重にふらつき、仰向けに倒れそうになる。
 反射的に背中の豊音を庇い、床に膝をつく。

 そのまま手も床につき、私は四つん這いの姿勢になった。




58:2014/07/03(木) 22:14:38.48 ID:

豊音『うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ』

白望『……くっ!』

 殺せ! という気分。

 実際に自分がやられてみると、泣いていたエイスリンの気持ちがよくわかる。

 同性で友達の豊音が相手でも、こうしてむりやり押し倒されると悲しい気持ちになる。
 悔しいやら切ないやらで、涙が滲む。

白望『と、豊音、駄目でしょ、こんなことしちゃ……おりて。ね? 怒らないから、もうやめよ? ね?』

豊音『はあーっ! はあーっ! あむっ。れろれろれろれろ』

白望『うう……』

 聞く耳持たず。

 豊音が私の後ろ髪をかき上げ、首筋を食む。
 舌が首を這う。
 素肌に感じる口内の熱、粘膜、唾液の感触。

 くすぐったくはあったが、不思議と嫌ではなかった。

豊音『ふががー』

白望『ん、いや……!』




59:2014/07/03(木) 22:15:25.54 ID:

 豊音の髪が、私の顔の側面に垂れ下がる。
 整髪料、シャンプー、豊音が最近覚えた薄化粧の香り。

 それら人工香料の匂いに混じり、鼻腔をくすぐる豊音自身の体臭。
 エイスリンと一戦交えたあとの汗の匂い、女の匂い。

 これも不快には感じなかった。
 友達の発汗などの生理現象、興奮の高まりを、密着し体感することに奇妙な照れはあったが、それでもやはり、嫌ではない。

 豊音とくんずほぐれつするうちに、自覚していく。
 なぜ嫌ではないのか、その理由に、気づいてしまう。

白望『豊音……! っ! いや、だめ……! だめだってば……! ん!』

豊音『にに逃がさないよー』

 豊音が発する熱に、匂いに、制服越しに感じる肉感に……私は劣情を煽られている。

 強引な行為を嫌だと思う一方で、肉体的な接触が否応なしに、私の理性の奥底にある何かを刺激する。

 これが見知らぬ他人が相手であるなら、私は相手を傷つけてでも拘束を振りほどき、逃げ出していただろう。
 だが、豊音が相手ではそうする気にはなれない。
 



60:2014/07/03(木) 22:16:06.63 ID:
 
 友達とこんなことしちゃいけないと思いつつも、豊音ならまぁいいかと、すべてを諦め受け入れてしまいそうになる。

 もう諦めよう、受け入れよう。いいじゃない、気持ちいいんだもの。
 いや駄目でしょ、何考えてるの。豊音を止めなくちゃ、こんなことやめさせなくちゃ……。

 迷わず豊音を止めるべきなのに、自然に生じてしまう理性と本能の押し引きが、ものすごくダルい。
 
 冬場の朝、なかなか布団から出られないあの感覚に似ている。

 起きなければならない現実をかなぐり捨て、暖かい布団の感触に耽溺してしまいそうになるあの感覚と、親しく想っている人間に抱かれる感覚が似ていることを、この日私は初めて知った。

 ひとつ大人の階段を昇ったのかもしれない。

 たぶん、違うと思うけれど。




61:2014/07/03(木) 22:16:50.99 ID:

豊音『しろしろれろれろ』

白望『……っ! 豊音……!』

 もういいかな……我慢しなくても。

 こんなにも熱烈に求められてるんだもの。

 もう、豊音の好きにさせてあげてもいいかな……。

豊音『れろれろれろれろれろれるら』

白望『ふああ……』

 豊音の舌が、首筋から頬へ。柔らかで生々しい熱の塊が、頬を這い唇の端に触れる。

白望『……!』

豊音『れるらー』

 その瞬間、私はすべてがどうでもよくなった。

 意識が溶けていく。蕩けていく。

白望『あ、ああ……』

 なぜか胸中でお母さんに謝りつつ、豊音ホールドによる快楽に堕ちかけた、そのときだった。

胡桃『シロ……!』

エイスリン『シロ……』

白望『……!』

 胡桃の声、エイスリンの声。

 私は思い出した。




62:2014/07/03(木) 22:17:30.09 ID:

白望『豊音……! 豊音! まって!』

豊音『ふんふが』

 ここにはみんながいて、私たちのこの行為を見ていることを、思い出した。

 先ほどエイスリンが言っていたとおりだった。

 確かにこれはかなり……。

白望『恥ずかしい……! 豊音、やめよう……! お願いやめて……!』

豊音『ふんふがふー』

 慌てて豊音を振り払おうと暴れるも、やはり豊音が相手では力を加減してしまい、上手く抵抗できない。

豊音『うがー!』

白望『っ!』

 強い抵抗に怒りを示すように、ぐいと私を押さえつける豊音。

 床についていた手が滑り、肘をつく。豊音に対して尻を突き出すような姿勢になってしまい、顔が熱くなる。

 ちょうど私の臀部の辺りに豊音の腰が密着している。

 完全にバックポジションに移行してしまった。




63:2014/07/03(木) 22:17:57.47 ID:

 女同士なのだから、移行したところでそれがどうしたという話なのだが、より恥ずかしい格好になってしまったことは確かだった。

 豊音が腰をぐいぐいと私のお尻に押し付けてくる。

 いやほんと、押し付けたからなんだという話なのだが、こみ上げる羞恥心から私は声を荒げた。

白望『豊音! やだってば! お願いだからやめて! ――っていうか!』

 塞はなにしてるの!

 豊音が私に取り付いたら塞いでって言っておいたのに!

 塞――

塞『ひゃー』

白望『……』

 塞は……。

 真っ赤にした顔を両手で覆い、指の隙間から私たちの行為を見ていた。




64:2014/07/03(木) 22:18:32.12 ID:

白望『塞、そんなベタな……!』

塞『へ? ベタ?』

白望『いいから! 早く豊音を塞いで!』

塞『あ! そうだった! ごめんなんか見入っちゃって!』

白望『早く!』

塞『あいさー! 豊音!』

豊音『ふがー?』

 塞が豊音に駆け寄り、顔を掴んで無理矢理自分のほうに向けさせた。

 豊音を見据える塞。モノクルを掛けていないが、あれ無しでやれるものなのだろうか。

塞『塞ぐよー……』

豊音『うあうあー?』

 さっきから豊音の獣化の進行が止まらない。

 だんだんと言葉が覚束なくなってきているような……。

 もう、呂律も回っていない。

 塞の力で事が収まればいいが、果たしてどうなるものか。

 これで駄目なら、もう打つ手はない。




65:2014/07/03(木) 22:18:58.85 ID:

塞『……っ!』

豊音『ういうい』

白望・胡桃・エイ『…………』

 数分……いや、数十分? どれくらいの時間が経ったのかはわからない。

 長時間の力の行使で、塞の額には大粒の汗が滲んでいた。

 永遠とも思える時間の中、この場にいる全員が押し黙り、事の成り行きを見守った。

 やがて――

塞『豊音……お願い、戻ってきて……』

豊音『…………………さ……え……? あれ、私……』

白望『!』

胡桃『やった!』

エイスリン『トヨネ!』

 豊音が久方ぶりに、正気づいた様子で意味のある言葉を口にした。

 力の波動も、平常時のものに近くなってきている。




66:2014/07/03(木) 22:19:28.98 ID:

豊音『あ、あれー……? なんで私、シロの上に乗ってるの……? たしかエイスリンさんと追いかけっこしてて……あれー……?』

白望『戻った……』

 どっと力が抜ける。

 どうやらエイスリンを捕まえた時点で記憶は途切れているらしいが、豊音は正気を取り戻したようだった。

塞『はぁー……よかったぁ……』

胡桃『おつかれ、塞!』

エイスリン『ヤッタネ!』

豊音『???』

 豊音は目をぱちくりさせて、安堵の歓声を上げる私たちを不思議そうに見ていた。
 
白望『はぁ、よかった……豊音』

豊音『?』

白望『とりあえず、どいて』

豊音『あ、ごめん』

 私の上からどく豊音。

 一言であっさりと離してくれるということは、もう安心していいということなのだろうか。




67:2014/07/03(木) 22:20:12.78 ID:

豊音『? シロ、なんかお顔べっちゃべちゃだよー?』

白望『ああ、ちょっとね……猫に熱烈にグルーミングされて……』

 もう、そういうことにしておこう。

 さっきのあれは、愛撫ではなくグルーミングのようなものだったと思っておこう。

 豊音は私の顔を洗ってくれただけ。そが擦りに関しては、ちょっとマーキングしてみただけだ。

 それで、堕ちかけたことも忘れてしまうことにしよう。

豊音『!! 猫ー! 猫どこー? 私ももふりたいよー』 
  
エイスリン『トヨネ……』

胡桃『豊音、憶えてないの……?』

豊音『へ? 憶えてないって、何のことー……? そうだ、なんで私シロの上に乗っかってたのー? 私いつの間にか寝ちゃってた? 寝ぼけてたのかなー?』

白望『……』




68:2014/07/03(木) 22:20:43.19 ID:

 エイスリンの言っていた「暴走状態」という表現はあながち間違ってはいなかったのかもしれない。

 やはり豊音は、私たちを押し倒したことを憶えていないようだった。

 力が暴走した結果、豊音は一種のトランス状態に陥り我を忘れていた……。

 そういうことなのだろうか。

塞『ま、まぁ、説明は後にしよう。とりあえず私、熊倉先生呼んでくるね』

白望『うん、それがいいね……』

 また同じ状態に陥っても困るし、豊音に起こったことをありのままに説明するのも気が引ける。

 とりあえずは熊倉先生に事の顛末を報告し、豊音には適当にでっち上げた嘘を話して納得させておけばいい。

 私はちょっとグルーミングされて、とよくわからない言い訳を済ませてしまったが、エイスリンは割りとがっつりヤられてしまった観があるので、出来れば何もなかったことにしてしまいたい。

 豊音が何も憶えていないというなら、すべてをなかったことにする上では都合が良い。




69:2014/07/03(木) 22:21:10.38 ID:

 声を潜め、エイスリンに耳打ちする。

白望『エイスリン、さっきのことなんだけど……』

エイスリン『……ワカッテル。トヨネ、ナニモシテナイ』

シロ『ありがとう。ごめんね』

エイスリン『イイッテコトヨ』

 エイスリンもわかってくれた。

 あとは熊倉先生が予防と対処の方法を知っていれば、事はすべて丸く収まる。

塞『それじゃ、行って来る』
 
 塞が立ち上がる。

 胡桃が自分が行こうかと申し出たが、塞はそれを断り、扉に向かって歩き出した。

 そのときだった。

豊音『……』

白望『……?』

 豊音の目から、すっと輝きが失せる。

 その視線は、塞の背中を追っていた。




70:2014/07/03(木) 22:21:43.02 ID:

豊音『――』

白望『!』

 無言だった。

 私が止めるより先に、豊音の体は動いていた。 

 信じがたい速度で、一足に塞の背中に迫る豊音。

塞『!』

豊音『まてー』

 塞が気づいたときにはもう遅かった。

 豊音は塞の肩を掴み、自分の胸に抱き寄せた。

塞『! 豊音! まだ――』

豊音『どこいくのかなー……』

 にちゃりと笑う豊音。

胡桃『そんな! 塞いだんじゃなかったの!?』

エイスリン『モドッチャッタ!?』

シロ『せ、背中を見せたから……!?』




71:2014/07/03(木) 22:22:31.72 ID:

豊音『うがう!』

塞『ひ!』

 塞を押し倒す豊音。

 先ほどの私と同じように四つん這いの体勢で組み敷かれ、涙目になる塞。

豊音『がうー、あむっ』

塞『うわ! 駄目! お団子食べちゃ駄目ぇ! いやぁぁぁ!』

胡桃『塞ぇぇぇぇ!』

エイスリン『サエノ、オグシガ……!』

 豊音は塞のお団子にかぶりつき、ぐじぐじ口で弄んでいる。

 というか、豊音は塞を抱き寄せたときに胸をわし掴みにしていたのだが、そっちはスルーでお団子もぐもぐには悲鳴を上げるのか……。

 謎である。塞の乙女心がわからない。

胡桃『どうしよう! どうすれば……!』

エイスリン『ナンテコト……!』

 青くなる二人。

 私も似たような顔色をしていると思う。

 胡桃は難を逃れたのはいえ、このままでは四人中三人が豊音のお手つきになってしまう。




72:2014/07/03(木) 22:22:58.26 ID:

白望『こうなったら、もう熊倉先生を呼んでくるしかない……』

エイスリン『デモ、ソト、デヨウトスレバ、トヨネニネラワレル』

白望『豊音に背中を見せないように扉まで移動して、外に脱出する』

胡桃『それでも駄目だったら?』

白望『そのときは私が捕まってる間に、ふたりのうちどっちかが窓から逃げて。先生を呼んで来て』

胡桃『大丈夫かなぁ……』

エイスリン『シロ、オトリ……?』

白望『そういこと。よろしくね……』

 今、私たち三人は窓側にいて、塞と豊音は扉側にいる。

 まずは豊音に近い扉から脱出を試みて、それで駄目なら、そのまま私が囮になり胡桃とエイスリンが窓から脱出する。

 唯一豊音を止められる塞が押し倒されてしまった以上、もうなんとかして部室を脱出するしかない。




73:2014/07/03(木) 22:23:27.78 ID:

胡桃『わ、わかった……』

白望『よし、それじゃあ、状況開始……』

エイスリン『キヲツケテ……』

 豊音に背中を向けないよう、カニ歩きで壁伝いに扉に向かう。

豊音『あぐあぐ』

塞『あ、あう……ああ……』

 お団子を齧られた塞は、放心した様子で涙を流し、されるがままになっていた。

 豊音の顎が動くたび、なぜかビクンビクンと痙攣している。

 その、まるでお団子に神経が通っているかのような反応に戦慄する。

 髪の毛の固まりを齧られただけにしては反応が過剰で、なんか怖い。

 お団子のことが頭に引っかかり、いまいち塞のピンチに感情移入できないが、ともかく嫌がっているので一応急ぐ。

 私は豊音に気づかれないよう移動して、扉にたどり着いた。




74:2014/07/03(木) 22:24:14.43 ID:

 ドアノブに手を掛ける。

 静かに回す。

豊音『!』

白望『!!』

 塞に夢中だった豊音が、薄く扉を開けた瞬間にこちらを向いた。

豊音『……なんでー?』

白望『ごくり……』

豊音『なな、なんでみんな、わたしからにげようとするのかなー……かなかなー』

白望『……!』

 どうやら背中を向けなくとも、豊音から離れようとするだけでアウトらしい。

 先ほどよりは言葉がしっかりとしているが、獣から子供に格上げされたという感じだった。

 塞の力が中途半端に通じた結果なのだろうか。

 何にせよ、これなら時間稼ぎが出来るかもしれない。

 横目に胡桃とエイスリンを確認。

 二人はすでに窓を開け、逃げ出す準備を整えていた。

 私も覚悟を決める。




75:2014/07/03(木) 22:25:02.29 ID:

白望『豊音、別に私たちは、豊音から逃げようとしているわけじゃないよ……』

豊音『べべべべつにいいよーにげてもー。でもそのまえに、ぺろぺろすりすりしてわたしのにおいをつけておかないとー……』

白望『……!』

 まさか本当にグルーミングとマーキングだったとは……。

豊音『はなれてもわたしのなかまだって、しるしをつけるよー。そういえば……シロ、さっきとちゅうでやめちゃってたねぇ……』

白望『……私たち帰ったらお風呂入るし、匂いつけても無駄になるよ? 二度手間になるから明日にしない……?』

 これは最悪、熊倉先生でも止められなかった場合、豊音のグルーミングが日課になるのも覚悟しておかないといけないのかもしれない。

豊音『あ~そっか~。おふろか~……』

白望『そ、そうだよ……明日にしよう。ね?』

豊音『でもな~……』

白望『でも……なに……?』

 胡桃が窓から外に出た。
 外からこちらを覗き込み、目配せしている。




76:2014/07/03(木) 22:25:40.41 ID:

 どうやら、胡桃ひとりで先生を呼びに行くことにしたらしい。

 いま会話を途切れさせ、胡桃の不在に気づかれるとまずい。

 豊音に話の続きを促す。 

豊音『でもでもー、みみ、みんなとはぐはぐすると、なんだかおなかのしたのほうがぽかぽかしてきもちいいしー……』

白望『――! それって……』

 お腹の下のほうがぽかぽか……それがどういうものなのかは判っていないようだが、性的快感を得てはいたらしい。

 エイスリンは、「ガチダッタ」と言っていたが、まさか本当にガチだったとは。

 これは、まずいことになってきた。

 このままじゃ私たち、本当に全員、豊音に食べられちゃう。

 交尾の練習だマーキングだと、あれはエロいことではないという欺瞞も、通用しなくなってしまう。

 のんびり居心地の良い宮守女子麻雀部が、力と色に狂った豊音の巣になってしまう……!

豊音『ふむん?』

白望『……!』

 豊音が窓の方を向く。




77:2014/07/03(木) 22:26:19.98 ID:

豊音『あれー……?』

塞『あ、あ……』

 いけない、気づかれた。

豊音『あれーあれーあれー……』

 豊音は塞を離して立ち上がり、鼻をすんすんと鳴らしながら部室を徘徊し始めた。

 一通り室内を探し回り、卓に手をついて立ち尽している。

 その肩が、ふるふると震えていた。

 ……怒っているのだろうか。

豊音『う……』

白望『……?』

豊音『うわぁぁん! くるみどこー!?』

白望『……!』

 怒っていたわけではないらしい。

豊音『たいへんだよー! くるみにはまだにおいつけてないのにー! はぐれたらわかんなくなっちゃうよー! ほかのこににおいつけられちゃうよー!』

白望『他の子はマーキングとかしないと思うけどね……』

 完全に群れを成して生活するタイプの獣の考え方じゃない、それ……。




78:2014/07/03(木) 22:26:51.58 ID:

 本当、どうすればいいの、これ。

 熊倉先生早く来て……。

豊音『まずいよまずいよー、はやくさがしにいかないとー……たいへんなことになったよー……! くるみちっちゃいから、よそのこにいじめられちゃうよー……!』

白望『!?』

 この状態で、外に出る……!!?

白望『豊音、だ、大丈夫だから……胡桃ならすぐに戻ってくるから、ここにいよう?』

 それによその子って、いまの豊音のことだから、多分よその縄張りのボスにゃんこ的な何かを想定してるよね……?

 いないからね、そんなの! そりゃあ人間にだって多少は縄張り意識みたいなものはあるけど、動物みたいに縄張り侵入、即攻撃とかないから!

豊音『そんなゆうちょうなこといってられないよー。わたしちょっといってくるー』

白望『待って、豊音!』

 こんな状態で校内を徘徊させるわけにはいかない。

 私は豊音の背中にしがみついた。




79:2014/07/03(木) 22:27:42.05 ID:

豊音『しろー、すぐもどるからへいきだよー、くるみもきっとみつけてくるよー』

白望『そういう問題じゃなくて……! 塞、エイスリン、手伝って!』

エイスリン『ハ、ハイ!』

塞『う……あ……』

 塞は使い物にならない感じだったが、エイスリンは加勢してくれた。

 しかし、それでも豊音を止めることは出来ない。

 私とエイスリンを引きずったまま、扉までずんずん進んでいく豊音。

エイスリン『トヨネ、トマッテ!』

白望『豊音!』

豊音『もー、しかたないなーふたりともー』

白望・エイ『!!』

 豊音はぶんと体をひねり、私たちを振りほどいた。

 二人揃って床に尻餅をつく。

豊音『すぐもどるからー、さんにんでおるすばんしててねー?』

白望『豊音……!』




80:2014/07/03(木) 22:28:40.11 ID:

 もう、なす術がない。

 力ずくでも止めることは出来ないし、いまの豊音は獣のような論理で行動していて、話も通じない。

 どうしようもなかった。打つ手がない。

 しかし、それでも、なんとか事を麻雀部内で収めないと、豊音の残りの高校生活が色々とまずいことになってしまう。

 すでに運動部員の下級生の間では、悪評ともとれる噂が流れてしまっているのだ。

 これ以上、豊音に変態のそしりを受けさせるわけにはいかない。

白望『豊音!』

 もう、問題を解決する上で私に出来ることはない。
 
 しかし、豊音が校内で部員以外の生徒に何か変なことをした場合、フォローすることくらいはできる。

 そう腹を決め、豊音のあとを追って駆け出した、そのときだった。


『お困りのようね――』


 後ろから、聞き覚えのある声。


 ここにいるはずのない、一ヶ月前に別れたきりの、ある人物の声――


 振り返る。


 そこには――





81:2014/07/03(木) 22:30:07.00 ID:


霞『少し力が弱まったけど、塞ちゃんがやったのかしら……』

春『でも、まだ強い……』

巴『さすが、といったところですかね』


 純白の上衣、鮮やかな緋袴、足袋に草履。
 
 巫女装束に身を包んだ、永水女子の三人がそこにいた。


エイスリン『カスミ!』

白望『春に巴も……! なんで……』

霞『話はあとにしましょうか。まずは――』

 いつもの柔和な笑顔を浮かべたまま、霞は豊音に向かって一歩踏み出す。

豊音『あー! えいすいのみなさん!』

霞『豊音ちゃんをどうにかしないとね……』




82:2014/07/03(木) 22:34:08.59 ID:

白望『で、できるの……?』

巴『大丈夫ですよ。それほど難しいことじゃありません』

春『私たちにとっては、いつものこと』

 春と巴は、あの神主さんが持つ棒に紙がついたあれ――御幣、というのだったか――を持っていた。

白望『祓えるの……?』

霞『ええ、根本的な問題の解決には、まだ他にやらなきゃいけないことがあるけど。とりあえずはなんとかなると思うわ』

白望『お願い……豊音を助けて……』

霞『お任せあれ。お安い御用よ』

豊音『わーわー、いわとさんだー、うわー』

霞『久しぶりね、豊音ちゃん。また大きくなったかしら』

白望『……』

 霞もまた大きくなったんじゃないかな、胸が。




83:2014/07/03(木) 22:35:06.09 ID:

春『御神酒はどうするの? ぶっかける?』

霞『それじゃあ制服がお酒臭くなっちゃうし、可哀そうだわ。自分で飲んでもらうのも難しいでしょうし、例の手でいきましょう』

巴『あれやりますか……まぁ、たぶん記憶はなくなってるでしょうし、大丈夫ですよね』

霞『ええ。それじゃあ、いくわよ』

豊音『???』

 豊音を囲うようにして立つ三人。

 霞が手に持っていた荷物から酒瓶と杯を取り出し、杯に瓶を傾ける。

 杯に口をつけ、一息に呷る霞。

 飲み込んだ様子はない。口に含んだだけのようだ。

白望『……』

 例の手というものに、この時点で察しがついた。

 ……手というより口だね。

霞『……』

春『姉帯さん、しゃがんで』

巴『怖くないですよ。すぐ終わりますからね』

豊音『?』

 豊音に近づく霞。

 春と巴の二人が、まるで小児科のナースのように豊音に寄り添う。 




84:2014/07/03(木) 22:35:46.60 ID:

 豊音も不思議と素直に二人に従い、廊下の床に膝をついた。

 三人に囲まれただけで、輪の外側にいる私には豊音の力が弱まったように感じられる。

 三人が囲むあの輪の内側に、豊音の力が封じられているような印象だった。

 巴が豊音の背後に回り、顎を両手で掴んだ。春は御幣を豊音の頭上にかざし、ゆっくりと左右に振っている。

 巴が固定した豊音の顔に、酒を口に含んだままの霞が手を添え、顔を近づけていく。

 どうやら霞は、御神酒を豊音に飲ませるつもりのようだ。 

霞『はむ』

豊音『!』

 そう、口移しで。

 二人の唇が重なる。

白望『……』

エイスリン『OH……』

霞『ん、ん……』

豊音『んん……んー』




85:2014/07/03(木) 22:36:19.19 ID:

 霞の顎が、御神酒を送り込むために小さく動く。

 こぼさないためだというのはわかるが、霞はかなりしっかりと唇を重ねていて、その顎の動きは豊音の唇を食み、口腔内に舌を這わせる動きにも見えた。

 なんだかどきどきする光景だ。

 ディープキスってこういうふうにやるんだなぁ……。

霞『ぷは。はい終わり』

豊音『んんー』

 酒を移された豊音は、味が気に入らなかったのか顔を歪ませている。

 飲み込めないようだ。

霞『吐いちゃだめよ、ごっくんしてね』

豊音『んんー……』

 豊音、素直にごっくん。

霞『はい、よくできました』

豊音『なにこれー、へんなあじがするよー』

霞『飲んだわね。それじゃあ……』

 豊音が御神酒を飲み込んだのを確認して、霞は胸の谷間から一枚のお札を取り出した。




86:2014/07/03(木) 22:37:02.01 ID:

霞『これを使っておしまい』

白望『祝詞とかあげないの……?』

 てっきり、あの何を言っているのか全然分からない呪文みたいなやつを唱えると思ったんだけど。

霞『ええ、必要ないわ。最近は便利なものがあってね、一言で済むの』

白望『……?』

 一言……?

霞『……』

 人差し指と中指の間にお札を挟み、何かを念じるように目を閉じる霞。

 すう、と大きく息を吸い、吐くと同時にゆっくりと目を見開く。

霞『おーだー』

白望『!?』




87:2014/07/03(木) 22:37:45.73 ID:

 霞が一言唱えると、お札が青い燐光を纏い、鉄板のようにピンと伸びた。

白望『!!???』

霞『少し眠ってもらうけど、心配いらないからね。起きたら全部元通り』

豊音『はえー?』

 霞は豊音の眼前にお札をかざし、手を離した。

 手を離してもお札は床に落ちず、青い光を纏ったまま浮いている。

 豊音は呆けた顔でお札を見詰めていた。

豊音『ふにゃ……』

 豊音の瞼が落ちる。こくりこくりと船をこぎ、体から力が抜けていく。

 やがて完全に眠りに落ちた豊音は、床にうつ伏せに崩れ掛け、その体を巴が支えた。

 豊音が意識を失うのと同時に、お札の青い光も消える。

 春がそれをさっと回収して、霞も杯や酒瓶などの片付けを始めている。




88:2014/07/03(木) 22:38:21.46 ID:

 三人はやけに手馴れていて、その様子はお祓いをする巫女さんというより、患者を捌く女医さんとナースのように見えた。

春『おふたりとも……』

白望『あ、はい……』

春『姉帯さん、運ぶの手伝って』

白望『うん……』 

巴『そこの部屋でいいですか?』

白望『うん、そうしよう。そこ、私たちの部室だから……』

エイスリン『Amazing……』

白望『ほんとだねぇ……』

 あれほど猛威を振るった豊音を、こうもあっさりと止めてしまえるなんて……。

 神社生まれってすごい。

 私はそう思った。


   +++





94:2014/07/04(金) 21:29:25.65 ID:

   +++


熊倉『悪かったね、わざわざ岩手まで』

霞『いえ。事が事ですから、仕方ありません』

 意識を失った豊音を部室のソファに寝かせたところで、熊倉先生を連れた胡桃が戻って来た。

 先生は永水の三人がいることに、さほど驚いてはいなかった。

 今日の三人の来訪を、先生は知っていたようだった。 

白望『三人を呼んだのは先生? まさか、豊音のため……?』

熊倉『うん、そうだよ。インターハイが終わってから、なんだか様子がおかしかったからね。ちょっと診てもらおうと思って、呼んでおいたんだよ』 

白望『そうだったんですか……』

熊倉『でも、ちょっと遅かったみたいだねぇ……』

塞『…………』

エイスリン『サエ、ゲンキダシテ……』

塞『……うん』

 ちらりと塞を見やり、熊倉先生はため息をついた。

 塞はまだ呆けている。お団子を解き、エイスリンにべとべとになった髪を拭いてもらっていた。

 正直、お団子をがじがじやられたくらいで何をそんなにショックを受けているのか全く理解できないのだが、塞がショックだというのならそっとしておこう。




95:2014/07/04(金) 21:30:19.60 ID:

熊倉『悪かったねぇ……運動部の子たちは、ちょっと抱きつかれたりするくらいで済んでたって話だったから……』

胡桃『ほんと、びっくり……まさか豊音があんなことするなんて』

熊倉『まぁ、あんたちが相手だったから……ってことなんだろうねぇ。その辺のことを考慮しておくべきだったよ』

霞『親しい人が相手だったから、行為が過激になってしまったということね』

白望『……』

 ちなみに霞と先生は、私とエイスリンが豊音にされたことはなんとなく察しているようだが、塞が具体的に何をされてあれほど落ち込んでいるのかは知らない。

 まさかお団子もぐもぐに乙女の純情的な何かを汚されてのレイプ目だとは思うまい。

白望『結局、豊音のこれはなんだったの……? 試合中みたいな力の高まりを感じはしたけど、やっぱり暴走とか、そういうことなの?』

霞『暴走……まぁ、そんなところね。力の制御に完全に失敗しているもの』

白望『力の制御……?』

霞『あなたたちは自覚があるのかないのか、対局中の力の制御に関しては、私たち専門家が舌を巻くほどに上手いわ。でも、麻雀以外、普段の日常の中での力の制御となると、少し心許ないの……』

 霞は、寝息を立てる豊音の傍らに膝をつき、そっと髪を撫でた。




96:2014/07/04(金) 21:31:08.24 ID:

霞『豊音ちゃんもあなたたちも、みんな自分の中にある力を、ただ当たり前に自分が持っている麻雀の才能として使っているけれど、その力にはどれも「由来」がある。それは謂れのある神様だったり、個人的な情念がもとになっていたりと人によって様々で、形もなく目にも見えない。でもたしかに、存在する力なのよ。存在を自覚して抑制することもできれば、意識的に開放することもできる。当然、それに失敗して、今日の豊音ちゃんのようになってしまうことだってあるの』

巴『阿知賀のドラローさんのように、はっきりとした力の顕現が麻雀の対局中に限定される人なら、安心して見ていられるんですけどね』

春『長野のステルスさんのように、麻雀以外で力を発揮しても安定している人もいる。けど、姉帯さんは行使する力が大きいし種類も多い。まるで修行していない姫様みたい。無邪気すぎて心配……』

霞『夏に会ったときは平気だと思ったんだけどねぇ……』

熊倉『ちょっと、インハイでてんしょん上がり過ぎちゃったのかねぇ……どうも、リミッターが外れちゃってる感じがするよ』

霞『問題は、それが外れっぱなし、ということなんですよね』

 豊音の状態は落ち着いて見えるが、先生と霞の口ぶりは、まだ事が終わっていないと暗に告げていた。

白望『そういえば、さっき根本的な問題の解決にはまだやらなきゃいけないことがあるって……』

霞『ええ。私たちがさっきやったのは、一時的な対処に過ぎないの。豊音ちゃんのこの状態を完全に元に戻すには、もう一手、打つ必要がある』




97:2014/07/04(金) 21:33:24.13 ID:

白望『……言って、対策を。私にできることはある?』

霞『……直接できることはないわ』

白望『そんな……』

霞『豊音ちゃんが元に戻るには、豊音ちゃん本人がリミッターを掛け直して、自分自身を安定させるしかない……』

エイスリン『トヨネ、ドウスレバイイノ?』

霞『想いを遂げて、すっきりするの』

白望『想いを遂げる……?』

霞『ええ。力が暴走した原因は、春ちゃんが言うように、豊音ちゃんが無邪気すぎるせいだと思うのよね。自分の力の強大さに溺れて、なんてこと、豊音ちゃんに限っては考えにくいもの。ちょっと力の行使が楽しすぎたんだと思うの。それも、単に力を行使することではなく、特定の状況下で力を使うことが楽しかった……その記憶が鮮明に残っているばかりに、普段は上手く抑制できている力を日常の中で開放してしまった。そのうちに自分でも制御しきれなくなって暴走、ということなんだと思うの……』

 ……特定の状況下での力の行使、その鮮明な記憶が暴走の原因……。

白望『想いを遂げる、というのは……つまり、豊音はその、「特定の状況下での力の行使」の、再現を望んでいるってこと……? それが叶えば、豊音は安定すると……?』




98:2014/07/04(金) 21:33:59.68 ID:

霞『そういうことよ。暴走した豊音ちゃんが執着していたのは、「自分から離れて行く者を追いかけること」「自分に近しい者が自分から離れていくのを防ぐこと」総合すると、「追っかけること」……そして豊音ちゃんがおかしくなったタイミングは、インターハイが終わったあと……となれば、豊音ちゃんが望んでいる「特定の状況」として思い当たるのは……』

塞『……インハイ二回戦、大将卓』

 どうやら話を聞いていたらしい塞が、ぼそりと呟く。

 元気に……は、まだなっていないようだけど。

白望『間違いないね……豊音、エイスリンを押し倒す直前に、あの人のことを話してたんだ』

胡桃『運動部の子を追っかけるのも、あの人に似てるからだって言ってたね』

熊倉『豊音の温存策が、ここに来て裏目に出たのかもしれないねぇ。結果的に負けてしまって、団体戦でのお披露目はほとんどできないままだったし』

塞『不完全燃焼だったってことかな』

白望『豊音の場合、遊び足りなかったって感じなんじゃないかな……』

霞『ふんふむ……どうやら原因ははっきりしたようね』

白望『でも、大丈夫なの? 暴走のきっかけになった状況を再現して、それが解決につながるってのは、どうも違和感があるんだけど……悪化したりしない?』




99:2014/07/04(金) 21:34:30.29 ID:

巴『末原さんとの対戦が暴走の契機になったというより、末原さんとの対戦が楽しかったという記憶、もう一度戦いたい、あるいは遊びたいという想いが膨らんだ結果が、今回の暴走なんだと思います』

春『満たされないものへの希求や、欠けて無くなってしまったものへの追憶が力を増幅させるというのは、よくある話……姉帯さんもこのケースに当てはまる』

霞『楽しかったからまた遊びたい、でも末原さんは遠くにいて、そう簡単には遊べない。それでもやっぱり、また遊びたい。そんな満たされない想いが、暴走の原因なんだと思うわ』

巴『最後のインハイを終えてしまって、この先対戦できる可能性がぐっと低くなったことも関係あるのかもしれません』

春『末原さんとの再戦が、実現の可能性が低いただの願望になってしまった……叶わない夢だから、余計にそれを望む気持ちが強くなった……』

白望『なるほど……』

胡桃『じゃあ、豊音がやらなきゃいけないことは……』

霞『簡単よ。豊音ちゃんがもう一度あの子と対戦して、同じようにあの力を使える状況を作り出す……それで豊音ちゃんが満足できれば、すべては解決するはず』

白望『まさか呼びつけるわけにもいかないし、大阪に行くしかないよね……』

 これはまた、ダルい話になってきた。




100:2014/07/04(金) 21:34:58.91 ID:

胡桃『いつ行くの? 今日月曜だし、週末まで豊音をこのままにしておくのもまずいよね……?』

熊倉『そうだね。明日にでも出かけるのがいい』

塞『でも、平日だし、先生は行けませんよね?』

熊倉『うん。だから誰か一人だけ、明日休んで、豊音と大阪まで行ってきてくれないかい?』

胡桃『一人だけ……』

熊倉『立場上、さすがに五人全員休ませるわけにもいかないからね。決めとくれ、旅費はあたしが出すから』

白望『どうする……?』

エイスリン『ワタシ、シラナイトコロ、ムズカシイ……』

白望『そりゃ、そうだよね……』

 たしかにエイスリンでは、土地勘のない場所での豊音の引率は厳しいだろう。

胡桃『私もちょっと……行きたいけど、もし豊音がまたおかしくなったら玩具にされちゃいそうだし……』

白望『三人がかりでも何もできなかったもんなぁ……』

 胡桃では、豊音との体格差を考えると、もしものときが怖い。

 となれば……。




101:2014/07/04(金) 21:35:30.32 ID:

塞『し、しかたないなー、そそ、それじゃあ、わ、私がいくしかないよねー』

 部長の出番、ということになるのだろうけれど、立候補した塞の声は震えていて、顔色も青白い。

 小刻みにカタカタ震えている。

 本当に嫌だったんだなぁ……お団子もぐもぐ。

 だというのに、なんて健気でいじらしい。

 これは……もう仕方ないかな。

白望『私が行くよ……』

塞『い、いいの?』

白望『いいよ。でも、霞たちもついて来てくれると助かる』

霞『いいわよ。じゃあ、私たちもお休み延長ね』

春『やった、大阪……』

巴『こら、不謹慎だよ。遊びに行くんじゃないんだから』

春『ごめんなさい……』

霞『ふふ。小蒔ちゃんたちにお土産買わないとね』

熊倉『それじゃあ頼むよ、シロ』

白望『はい……』

 こうして私たちは、どうにもオカルティックな理由で、大阪は姫松高校まで出かけることになった。




102:2014/07/04(金) 21:35:59.13 ID:

 豊音は何も知らないまま、ぽかんと口を開けて眠っている。

 埃が入るといけないので、近寄って口を閉じてやる。

豊音『あむ……はが』

白望『……』

 しかし、すぐにまた開いてしまう。

白望『……』

豊音『はぐ……むあ』

 閉じる開くを何度か繰り返し、私は諦めて豊音の横にしゃがみ込んだ。

 頬を指でつつくと、寝ぼけた豊音は顔を横に向けて、私の指を口に咥えた。

 すぐに抜く。豊音は指を抜いても、あむあむと口を動かしている。

 口内の感触に、押し倒された際の気の迷いがフラッシュバックして、明日の大阪行きに不安を覚える。

 また襲われたら……なんてことを、どうしても考えてしまう。




103:2014/07/04(金) 21:36:27.38 ID:

白望『はぁ……』

霞『ふふ。幸せそうな顔して寝るわね、豊音ちゃん』

白望『ほんとうに……こっちの気も知らないでさ……』

霞『大丈夫よ、私たちも同行するんだから』

白望『うん……』

春『難しく考えないで……』

巴『そうですよ。言ってみれば、姉帯さんは激しい運動を終えて心拍数が上がりっぱなしで、どきどきわくわくが止まらない状態……ちょっと興奮しているだけなんですから』

霞『そういうことね。だから、クールダウンのために軽く運動しに行きましょうって、それだけの話なのよ。心配はいらないわ』  
  
白望『うん……』

 クールダウンの運動……。

 確かにそう考えれば、豊音の抱えた問題が大したものではないように思えてくる。

 春の言うとおり、難しく考えるべきではないのかもしれない。

 豊音に暴走の一件を詳しく話すわけにもいかないし、自然に振舞うためにも、深刻に考えるのはよくないだろう。

白望『まぁ、とにかく、明日はよろしく……三人とも』

霞『はい、こちらこそ』

巴『よろしくどうぞ』

春『大阪……』

 その後、私たちは豊音が起きるまでに大阪行きの打ち合わせを済ませた。

 目覚めた豊音は永水の三人とも麻雀を打ちたがった。

 その打牌は、いつも以上に冴え渡っていた。


   *



104:2014/07/04(金) 21:37:53.95 ID:

   *


 そうして私たちは姫松高校にやって来た。

 潜入していた。

 最初は普通に、熊倉先生から赤阪監督に話を通して貰おうと思っていたのだが、霞の意見でその方法は却下された。

 事前に申し合わせての大阪行き、それも練習試合や出稽古といったぬるい名目では、豊音のモチベーションが下がってしまう恐れがあるというのだ。

 豊音が力の暴走を抑えるために、より強い満足感を得られる方法を模索するべきだと霞は言っていた。

 そして私たちは豊音を除く全員で、公式戦レベルとはいかないまでも、それに近い満足感を得られる状況とはとはどんなものかを話し合った。

 負けたら終わりの緊張感、チーム戦の高揚感。そして私たち宮守女子には、最初で最後のインハイであるという意識が生む集中力があった。

 豊音には祭りを楽しみ尽くそうという、ある種の貪欲さもあったように思う。

 それらの再現は、話し合うまでもく暗黙のうちに、難しいと断念した。




105:2014/07/04(金) 21:38:35.11 ID:

 引退した私たちでは、あの充足感の再現などできるはずもない。そのことをわざわざ口に出して確認し合うのもなんだか切なくて、話は自然とそれ以外の方向にシフトしていった。

 練習試合、出稽古という『名目』に問題があると言い出した霞から、名目そのものを豊音がわくわくできるものに変えるという意見が出た。

 そして霞の意見を受け、熊倉先生から、『野良試合』『道場破り』という名目はどうかという案が出た。

 妙に時代がかった、先生らしい発案である。ちょっとどうかと思ったが、如何にも豊音が目を輝かせそうな名目に思えた。

 豊音の遊び心を煽るにはこれ以上ない意見であると、全員が納得した。

 だが、すぐに一つの問題が浮上した。

 豊音にはよくても、同行者である私には、その妙に荒っぽくて能動的な大阪行きの名目が相応しくないという問題だ。

 霞たちから姫松への殴りこみを提案するのは不自然である。かといって私が提案するのも、私の性格的にありえないと皆は言うのだ。




106:2014/07/04(金) 21:39:06.14 ID:

 私自身は大した問題ではないと思ったのだが、豊音に不審を与えて楽しい気分に水を差すことは避けるべきだと、霞に釘を刺された。

 ではどうすると、全員で首を捻った。

 同行を他の三人のうちの誰かに代わってもらおうかとも考えたが、前提がアポ無しで他校に乗り込み、非公式な試合を仕掛けるという荒っぽい作戦である以上、真面目な塞や胡桃、エイスリンが先導しては不自然で、比較的自然なのは私しかいない。

 平日に学校をさぼって他校に乗り込もうと提案しても自然な人間、これも比較的ではあるが、私しかいない。

 つまり、大阪行き、姫松殴り込みは私の先導で行われるのだから、私が自然に思いつく案をそのまま実行することが、豊音に不審を与えないためにはベストであると、その時になってようやく気づいた。

 そして私に、名目のでっち上げと、それに付随する具体策の発案が一任されることになった。




107:2014/07/04(金) 21:39:39.17 ID:

 私は考えた。

 すぐにだるくなって、考えるのをやめた。

 具体策なんてものを考えている時点で、もう楽しくないなと思ったのだ。

 要は豊音を楽しませつつ、末原さんとの対戦を実現させればいいのだ。

 具体策なんていらない。遊び心重視でいくなら無策でいい。場当たり的でもいいと、私は判断した。

 そしてその晩、豊音に電話をかけ、学校をさぼって鹿児島に帰る霞たちにくっついて旅行に行こうと提案した。

 さぼって旅行、それも、他の面子には内緒で。そのいけないビッグイベントに、豊音は戸惑いながらもノリノリだった。

 霞たちは大阪に寄るから姫松に遊びに行こうと言うと、もうウハウハだった。

 大阪に着き、用事がある(と嘘をついた)霞たちと別れ、姫松にやって来た私たちは近所の洋品店でブラウスを買い、生徒を装って校内に侵入した。

 普通に訪ねるよりも楽しいと思っての行動だった。

 幸い、豊音はもうウッキウキのワックワクで、とりあえず遊び心を刺激することには成功していたようだった。

 そして愛宕のおねーさんと真瀬さんが外したリボンを盗み、部室に侵入し、現在に至る。




108:2014/07/04(金) 21:40:12.82 ID:

恭子「やってもうた……!」

白望「……」

豊音「ふふー」

 もうすぐ目的は果たされる。

 豊音の欲求不満を満たし、暴走を抑えるという目的が。

恭子「うう……」

洋榎「無用心やで、恭子ー」

白望「おり……」

 末原さん、当然、一発ならず。

 愛宕さんは無難にオリ、私も現物を処理して確実にオリ、ツモ順は豊音に回る。

 豊音が例の、怖い感じのオーラを放つ。暴走気味ということもあって、いつもより気持ち禍々しい。

 少し不安になる。首筋に、豊音に舐められた感触が蘇る。

 もし、いま豊音が暴走した場合、末原さんが集中的にヤられることになるのだろうか。

 どうなってしまうのか想像もつかないが、今日は校外に霞たちが待機している。何かあっても大丈夫。

 指先の震えを抑え、私は豊音のツモを見守った。

豊音「……」

 豊音が山から牌をツモる。異様な空気が卓を包む。

 申告を待つまでもない。私にとっては見慣れた光景だった。

 姫松のみなさんも、豊音が和了ると確信しているだろう。




109:2014/07/04(金) 21:40:49.80 ID:

豊音「ツモ! 2000 4000!」

 満貫。

豊音「リー棒うまいよー」

洋榎「ほんま、おっそろしいな、お前ら……」

恭子「……」

 悔しがるより呆れた様子の洋榎さんと、呆然とする末原さん。

 末原さんのこの表情は、インハイのときにも見た覚えがある。

 今にもカタカタ震え出しそうな顔だ。

豊音「ふふ」

白望「……」

 豊音はそんな末原さんの顔を見て、楽しそうに小さく笑った。

 ショックを受けている様子の末原さんを気遣っているのだろうか。思ったよりもリアクションが小さい。

 もっと、諸手を上げて大喜びすると思っていたんだけど……。




110:2014/07/04(金) 21:41:16.44 ID:

 果たして、これで私たちは目的を果たすことが出来たのだろうか。

 思えば、豊音を楽しませる、満足させるという目的は、目的と言えるほど確かなものではない。

 どのくらい遊ばせれば豊音を満足させられるのか、はっきりとした基準などないのだから。

白望「……」

 ここはひとつ、末原さんには徹底的にカタカタしてもらうしかない。

 ちょっとしか遊べないよりは、たくさん遊んだほうがいいだろうし。

 悪いね、末原さん。

 もう少し……。

末原「あ、ああ……」  

豊音「んふふー」

 もう少しだけ、付き合ってもらうよ……?

 本当に、その顔見てると申し訳なくなってくるけど。


  *




111:2014/07/04(金) 21:41:45.15 ID:

  *

 
 うう……。

 あかん……あかんでこれは……。

 宮守の二人への疑念のせいで、対局にまったく集中できてなかった……。

 早い順目とはいえ、ちょっと考えれば姉帯の手が早いことくらい察しついたのに。

 さくさく両面待ちの聴牌形作れたからついリーチ掛けてもうた……。

 インハイのときを思い出すわ……あんときも、こんなふうにぼけっとしてもうて、そんでも精一杯抵抗して、挙句の果てにはカタカタ震えてもうったけ……。

豊音「ふふ」

恭子「……」

 姉帯もあんときみたく、えらい楽しそうに笑とるし。

 あかん、本格的にあかんで、これは。ブルってもうとるもん、うち。

 なんや二回戦の記憶が、どうもトラウマになっとるみたいや……。

 どないしよ、怖なってきたもうた。

 姉帯と小瀬川の妙な力にせよ、この二人がうちらの学校に侵入してきとる理由にせよ、不可解なことだらけでなんか怖なってきた。




112:2014/07/04(金) 21:42:13.78 ID:

恭子「あ、ああ……」

 あかん、あかんあかんあかん……!

 せめて誰かに相談したい、宮守の二人が侵入者であることを話したい……!

洋榎「恭子」

恭子「主将ぉ……」

 金ぴかリボンの主将ぉ……。

 あんたのリボン、小瀬川か姉帯が着けてますよぉ。

洋榎「もう主将ちゃうわ。なに情けない声出しとんねん。南入や、恭子親やで?」

恭子「はい……」
 
豊音「はやく打とうよー」

恭子「わ、わかっとるわ」

 もう嫌や。なにが嫌やって、姉帯のこの無邪気な笑顔が嫌や。 

 ちょっと可愛らしいのが腹立つ。

 気ぃ抜いてると、リボンのことも侵入の疑いも、のほほんと全部スルーしたろかって思てまう。

 そうはいかんで……! 他のもんはともかく、うちは騙されへん……! 守りたい、その笑顔。とか思てへんし!




113:2014/07/04(金) 21:42:40.24 ID:

恭子「これで……」

 オタ風の西切りたいとこやけど、姉帯の翻牌やから我慢や。

 ここはひとりぼっちの六萬で……。筒子の混一、もしくは一通考えてもよさそうな配牌やし。

豊音「ポン」

恭子「は!?」

 い、一打目から……!? 姉帯やなかったら、内心小馬鹿にしとるとこやけど……!

洋榎「早いねん。もう仕掛けるか」

豊音「なんかそれ、可哀そうだったからー」

恭子「……!」

 ぼっちやから……? うちが浮いとる牌切ったのがわかったんか……?

 あかんわ、こっちが集中しようがしまいが、魔物は魔物っちゅうことか……。

 もう、どないせえっちゅうねん……。

 頭ん中ぐちゃぐちゃや……。

 なんやねん。

 なんやねん反則やろ、そんなもん……ていうかなんでおんねんお前ら。おかしいやろ、由子はともかく主将は気づけやリボン盗られてるって……。

 二人が侵入者やて指摘して、もし違ったらと思うと言い出せんし、これほんまどないしよ。




114:2014/07/04(金) 21:43:08.97 ID:

恭子「はは……」

 わらけてきた。

 インハイ二回戦大将卓以上の混乱や。 

 あんときはまだよかった。公式戦やし、大将にオーダーされた責任もあったから、怖なっても逃げる気なんて起きようもなかったし。

 でも今はあかん。引退してちょっと腑抜けとるとこに、いきなりこの二人の相手せぇ言われても、そんな急に気持ち作れへんて。

由子「あらー? なに笑てんのー? 恭子、ようやくノってきたのかしらー」

洋榎「なんや様子おかしかったけど、やっとか」

恭子「……ええ、まぁ。そんなとこです……」

 ……もう、それでええわ。

 公式戦やないから気持ち乗らへんなんて、何様やっちゅう話やもんな。

 インハイ時のチーム全体ならともかく、個人ではうちが格下なんやから、胸借りるつもりで思い切り打ったらええねや。

 なんのつもりで姫松に忍び込んで来てんのか知らんけど、こうなったら今度こそ、全部忘れて対局に集中や……!

 やったるで!

 せめて一太刀浴びせたるわ!!


  *




115:2014/07/04(金) 21:43:40.46 ID:

  *


 あははー。

 超うけるのよー。

 恭子が宮守の二人にぼっこぼこにやられてるのよー。

 きりっとした顔で挑みかかって返り討ちに遭ってるのよー。

 なんか恭子、ひとりで盛り上ってて面白いのよー。

 うけるー。

 のよー。


  *




116:2014/07/04(金) 21:44:13.54 ID:

  *


恭子「…………」

白望「ありがとうございました……」

豊音「ありがとうございましたー」

洋榎「お疲れさん」

 あかんかった……。

 全然あかんかった……。

 うちが本腰入れて打ち始めてから、打ちも打ったり四半荘。

 うちは一戦目でラス引いて、結局そのまま、最後まで一人沈み。

 うちと姉帯だけが四半荘すべて打ち、途中小瀬川と主将が抜けて由子と絹ちゃんが入った。

 もうぼちぼちお開きにしよかってときに、漫ちゃんがいらん気ぃ回して、最後は三年とお客さんでーとか言い出して、締めは一半荘目と同じ面子で打った。

 そんでぼっこぼこ。最初から最後までぼっこぼこ。ハコにならずに済んだのが奇跡といっていいほどの絶不調。




117:2014/07/04(金) 21:45:12.26 ID:

 全体的に姉帯が絶好調で、三連続トップ。まったく手がつけられん感じやった。

 最後の半荘で主将が意地見せて一勝したものの、姉帯も最後まで僅差で食らいついとった。

 小瀬川が妙に大人しかったのが気になるけど……。

 まぁ、こいつは調子よくても派手にいくタイプちゃうしな。

 うん、まあ、勝負に関してはもうええわ。

 負けは負け。思いっきりいけたからそれでよしとしとこ。

 残る問題は……。

豊音「帰る前にお手洗い行って来るよー」

白望「あ、私も……」

洋榎「おう。片しとくさかい、ゆっくり行ってきぃ」

絹恵「お二人とも今から岩手までお帰りですか? もう結構いい時間ですけど」

白望「ん、いや……こっちで一泊していくつもり」 
 
洋榎「ホテルでもとってんの?」
 
白望「いや……これから安いビジネスホテルでもとろうかと……今から帰るのはダルいけど、そんなにお金があるわけでもないし……」

洋榎「ほーん」

恭子「……せやったら、家来ぃや。泊まって行ったらええ」

豊音「! いいのー?」

白望「……」

恭子「うん、ええよ。今日うち、おとんとおかんおらんくて一人やねん。だから遠慮もいらんし」

 ……嘘は吐いてへん。みんながおらんところでなら、なんの気兼ねもなく二人の目的も訊けるしな。




118:2014/07/04(金) 21:45:41.34 ID:

白望「……それじゃあ、お言葉に甘えて、お世話になろうか」

豊音「うん! やったー! 末原さんちにお泊りだよー!」

洋榎「そんなら二人が恭子んち行く前にみんなで飯やな。お好みでもいこか」

豊音「うん!」

恭子「ほな、はよトイレ行ってき」

豊音「うーん!」

 そうして、姉帯と小瀬川をうちに泊めることになった。

 トイレから戻ってきた二人の襟元からは、リボンが消えていた。

 おそらく、トイレに行ったついでに二人の教室に戻してきたんやろ。

 ほんま、どいうつもりなんやろな、こいつら……。


  *




119:2014/07/04(金) 21:46:10.35 ID:

  *


 食事を終えて家に到着……したのはええんやけど。


豊音「お好み焼き美味しかったよー」

白望「げふぅ……」

春「堪能した……」

巴「つい食べすぎちゃいましたね」

霞「たまにはいいじゃない。本場のお好み焼きなんて滅多に食べられないんだから」

巴「それもそうですね」

恭子「……」

 なんか増えよった……。

 なんで永水の三人までおんねん……。

 宮守の二人を連れてお好み焼き屋に行ったら、なぜか永水の三人が巫女服でヘラ持ってお好み焼いてて、そのまま一緒に晩飯っちゅうことになった。

 姫松のみんなは宮守の二人のとき同様、奇遇やなぁと単純に再会を喜び、なんで三人が大阪におるんかはまったく疑問に思てへんようやった。

 これまでそんなことないと思てたけど、みんなってもしかしてアホなんやろか……。




120:2014/07/04(金) 21:46:48.29 ID:

 どうもうちのがっこに侵入していたらしい宮守の二人のこともあって、うちは食事の席でも悶々とさせられるはめになった。

 永水と宮守の連中が、同時に大阪にやって来たことが単なる偶然とは思えず、頭を駆け巡る疑問でお好みの味もようわらん始末やった。

 ようわからん……ほんまに、ようわからんことになってきた。

 永水の三人、袴でお腹締まっとるやろに、ものすごい量のお好み食うっとたし……。

 飯終わって家行こかって段になって、自分らも宿ないとか言い出して、なんかこいつらも泊めることになってもうたし……。

霞「悪いわねぇ、恭子ちゃん。大勢で押し掛けちゃって」 

恭子「いや……」
 
 小瀬川だけやのうて、石戸も下の名前で呼ぶし……。

 やめて欲しいねん、それ。よう知らん者に馴れなれしくされると、こっちも名前で呼んでええんやろかーとかいらんこと考えてもうて、なんかむず痒いねん。照れんねん。

恭子「……ええて、二人も五人も一緒や。姫松の連中もよう遊びに来るしな」

霞「そう?」

恭子「うん。せやから遠慮せんとくつろいでや……」

 それに、ここまで来れば、もう我慢もせんでもええしな。

 とっととなんでおるんか訊いて、すっきりしとこ。




121:2014/07/04(金) 21:47:15.43 ID:

白望「だる……うま……」

恭子「し、小瀬川……」

 リビングに入るなり、ふらふらとソファに座り込んだ小瀬川に、うちは訊いた。

白望「なに……?」

恭子「ひとつ訊いておきたいことがあんねん」

白望「ああ……うん」

 うちが質問することを待っていたかのような反応。

 小瀬川のほうも、うちが気づいとることに察しがついとったんかもしれん。

恭子「今日、無許可やったやろ。監督にも誰にも、話通してなかったんちゃうか」

白望「てへダル……」

恭子「それは肯定なんか、否定なんか……」

 てへペロみたいに言うてもわかりづらいわ。

白望「肯定……」

恭子「あんたらが着けとったリボン、主将と由子のやんな?」

白望「そう。ちょっと変装のために拝借した……」

恭子「はぁ……やっぱりか……」




122:2014/07/04(金) 21:47:46.68 ID:

白望「ばれたらそれまでだと思ってたんだけど。結局気づいたのは恭子だけだったみたいだね……黙っててくれてありがとう……」

恭子「いや、それはええねん。確信あったわけやなかったから、言い出しにくかっただけやし。それより、なんであんなことしたん? 出稽古やったら、普通に申し入れてやったらよかったんと違う?」

豊音「えへへーごめんねー。私とシロ、学校さぼって遊びに来て、なんとなく面白そうだから忍び込んでみたんだよー。悪気はなかったんだよー」

恭子「遊びにって……ほんまにそれだけ……?」

豊音「うん。リボンも教室に返してきたからー」

白望「……」

霞「……」

恭子「……?」

 なんや……? しろ、小瀬川と石戸のこの反応……。

 姉帯の弁明に口を出さんと、二人で目配せし合っとる。

 とよねちゃ――姉帯の話した侵入の理由は、事実ではない……? 

 考えすぎやろか。




123:2014/07/04(金) 21:48:23.65 ID:

 姉帯だけが本当の来意を知らず、遊びに来ただけやと思い込んどる……そんなふうに見えるけど。

白望「恭子」

恭子「……なんや」

白望「まぁ、あれだよ……侵入の目的に関しては、そんなところ。豊音の話した通り」

恭子「……」

 ほんまか……? なんか怪しいで……。

霞「その話はもういいじゃない。別に二人は悪いことをしたわけでもないのでしょう?」

恭子「そうやけど……」

 小瀬川も石戸も、露骨に話を逸らそうとして……いや、これは、私にも話を逸らせと、暗に伝えてきとる……?

 姫松侵入の本来の目的は、姉帯が話したものとは別にある。だが二人は姉帯に、真の目的を伝えていない。知られてはいけない理由がある。

 それで二人は話を逸らそうとして……?

 そういうことなら――

恭子「うん、まぁ、そうやな。もうええわ、その話は。リボン返したんなら、なんも言うことあらへんし」

 姫松に来た本当の目的は、後でこっそり小瀬川か石戸に訊くとして、今はこれでええわ。




124:2014/07/04(金) 21:48:58.53 ID:

白望「そう、そうなんだよ。そんなことは些細な問題なんだ……」

霞「そうよねぇ……他にもっと、考えなければいけない大きな問題があるわ……」

豊音「大きな問題ー?」

恭子「……? え、なんの話……?」

 え、何? そんな深刻そうな顔して、今度はいったいなんや……?

 姉帯もわかっとらんようやけど。

春「私たち、六人いる……」

恭子「? そうやな、六人や……」

 ?? 人数がなんか関係あるんか?

巴「図々しい話ですが、私たちはこれから、お風呂をお借りすることになると思います……」

恭子「ああ、うん。今から沸かしに行こうと思てたとこや……別に遠慮はいらんで? それと人数になんの関係が……?」

霞「六人がひとりずつ入っていたら、時間がかかりすぎてしまうわ。六人一度に入るわけにもいかないし、ここは何人ずつかに分けて入るのがいいと思うの」

恭子「ああ、なんや。そんなことか。確かにな、うん、そうしたほうがええやろな」

白望「六人だから、二人ずつ三度に分けて入るのがいい……問題というのは、その組み合わせのこと……」

恭子「……それってつまり……」




125:2014/07/04(金) 21:49:26.79 ID:

 みんな、うちと入るのが嫌ってことなんやろか……。

 そうやろな……なんか宮守と永水の連中、仲ええみたいやし、こん中でうちだけ浮いてもうとるもん。

 よう知らんもんと二人で風呂とか、気まずいんやろな。 

 うちの風呂、三人ずつ入れるほど広くないし、ここはひとつ空気読んどこ。

恭子「ああ、なんやったら、うちだけひとりで――」

豊音「はいはいはーい! 私末原さんと入るー!」
 
恭子「は?」

白望「ちょ……豊音、抜け駆けはずるい……」

恭子「ん?」

霞「そうよ、今から誰が末原さんと入るか協議するところだったんだから」

恭子「え」

巴「ここは公平に。話し合って決めましょう」

恭子「ええ……」

春「ここは譲れない……」

恭子「ええ~……」

 うち、なんか好かれるようなことしたかなぁ……。




126:2014/07/04(金) 21:49:55.04 ID:

豊音「わかったよー。でもどうやって決めるのー?」

霞「どうしましょう? 協議とはいったものの、話し合いだとたぶん、永遠に決まらないわ……」

白望「うーん……ここは麻雀で、と言いたいところだけど、五人だからね……」

春「くじでも作る……?」

霞「それしかないわね」

巴「なら、くじは末原さんに作ってもらいましょう。私たちの誰かが作ると、不正の恐れがありますし」

白望「それもそうだね。というわけで恭子、頼めるかな?」

恭子「別にええけど……」

 なんでそんなにうちと風呂入りたいねん、みんな……。

 作れ言うなら作るけど……。

 うちはティッシュ箱を手元に引き寄せ五枚抜き出し、こよりを作った。手近にあったマジックペンで一つだけ先端を黒く塗り、当たりくじにする。

 自分との入浴権を賭けたくじを、自分の手で作ることに何も感じないではなかったが、今は考えないことにする。




127:2014/07/04(金) 21:50:23.56 ID:

恭子「できた。先が黒いやつが当たりや」

 こよりを握りこみ、五人に差し出す。

霞「では私から……」

 石戸がくじに手を伸ばす。

 くじの一つを手に取り掛け、石戸は動きを止めた。

恭子「い、石戸……?」

霞「コォォォ……」

恭子「!?」

 目を閉じ、なにやら普通ではない呼吸法で、無駄に集中を高める石戸。

 その時やった……。

霞「破ぁぁっ!!」

恭子「!!!??」

 石戸が気合一閃。うちの手元のティッシュくじに、何か目に見えない、尋常ならざる力が集約される。

 何が起きているのかはわからへん。しかし、確かに力の高まりを感じる。

 そして、姉帯が追っかけリーチで和了るときのような、小瀬川がタンマをかけて和了る直前のような、得体の知れない凄みを感じた次の瞬間――

恭子「!」

 こよりの一枚が、ばちりと音を立て、青い燐光を纏い石戸の手に引き寄せられた。




128:2014/07/04(金) 21:50:52.28 ID:

 超常的な力で引き寄せたくじを掴む石戸。その表情には、勝利を確信したかのような、穏やかで余裕のある笑みが浮かんでいる。

恭子「……っ!」

 なんちゅうこっちゃ……まさかこいつ、神社生まれの超パワーで当たりくじを引き寄せて――!?

 これ、くじやる意味ないやん……! そんなんできるんなら、なんも公平な決め方ちゃうやん!

 この現象に驚いとるのうちだけみたいやし、みんな石戸がこういうことできるって知ってたんやな……!?

 なら、なんでこいつらくじで決めようとか言い出したんや!

 あほなんか! それともみんなこれと同じことできんのか! こいつらにとってのくじ引きって超パワーの比べっこか!

霞「ふふふ……」

 石戸がくじを引き抜く……!

 その結果は……!

霞「あら、はずれ」

恭子「外れるんかい!」

 外れるんかい!




129:2014/07/04(金) 21:51:27.22 ID:

恭子「ほんならなんやったん!? 今の!」

霞「うふふ。ちょっと気合を入れすぎたみたいね、残念だわ~」

恭子「……!」

 無駄にびびらせよってからに……!

豊音「びっくりした~、当たり引いちゃうかと思ったよ~」

春「次は私……」

恭子「もうサクサク行こうや……びりびりすんのとかやめてや……」

春「そういうわけには……」

恭子「!」

 滝見もびりびり……!

 そんで結果は……。

春「はずれ……」

恭子「……当たり引けるわけやないならやるなや……なんやねん、お前らのそれ……」

春「まだまだ未熟ということ……」

恭子「さよか……」




130:2014/07/04(金) 21:51:56.54 ID:

巴「次は私です」

 そして、次の狩宿もびりびりやって外れ、その次の小瀬川は、残る二つのくじをさんざん迷った挙句に引いて外れ。

 うちとの入浴権は、姉帯の手に渡った。

 永水の三人のびりびりは不可解やったが、小瀬川が迷って外したことで、なんとなく、姉帯以外の四人の意図が読めた気がした。

 わざわざくじをやる理由はわからんけど、こいつら、姉帯にうちとの入浴権を譲ったんとちゃうやろか……。

そうやとしたら、なんでそんなことするんやろ。

 大阪に来た本当の理由を姉帯だけがそれを知らんことと、何か関係があるんやろか。


  *




131:2014/07/04(金) 21:52:30.30 ID:

  *


 二十分後、風呂焚き完了。

 末原さんと豊音が一番風呂を使うことになり、二人は浴室へ。

白望「危なかったね……」

霞「ええ、本当に……あと少しで、本気で当たりくじを引きにいくところだったわ」

巴「霞さん、がちでしたね。途中まで」

春「ぎりぎりで空気を呼んだ感じ……」

白望「ものが末原さんとの入浴権となれば、我を忘れるのも仕方ない……」

霞「あの子、身持ちが堅そうなんだもの。ボディチェックのしがいがありそうで、ついね」

春「分かる……姉帯さん、楽しいだろうなぁ……」

巴「姉帯さんを楽しませるのがこの旅の目的なんだから、私たちは我慢だね」

霞「ふふ。そんなこと言って巴ちゃん、くじを提案した時点ではそのこと忘れてたんじゃない?」

巴「……否定はしません」




132:2014/07/04(金) 21:53:14.25 ID:

白望「悪いね、うちの豊音のために……」

霞「いいのよ、私たちも熊倉先生持ちで大阪旅行させてもらってるし」

春「昼間、たこ焼きも食べた……」

白望「春は満喫してるね……粉物ばっかりだけど」

春「あの素敵なB級感は本場でないと味わえない……食べられるうちに食べておかないと……」

白望「そう……」

 楽しんでいるのなら、それでいいけれど。

 さんざん食べて、なお黒糖を齧る姿を見ていると、少し心配にもなる。

白望「それで、成果はあったのかな? 豊音、昼間は随分楽しそうだったけど……」

 昼間の対局に豊音の暴走を抑える効果があったのか、永水の三人に訊きでもしない限り、私には確認のしようがない。

霞「それが微妙なところなのよね……」

白望「? 効果、なかった?」

霞「いいえ、そういうわけでもないのだけど。昨日と比べれば、随分よくなったと思うわ」

白望「まだ完全ではない……?」

春「まだ何か……くすぶっているような、いないような……」

白望「煮え切らない言い方だね……」




133:2014/07/04(金) 21:53:44.07 ID:

巴「実際、今の段階では判断しかねます……明日、帰る段になって、楽しいことが終わったときの状態を見てみないと……」

霞「今はまだ、豊音ちゃんにとっては楽しいことの最中だもの。楽しい時間が終わったとき、豊音ちゃんが自分を抑えられているかどうかを見てみないとね」

白望「なるほどね……」

 確かにそうだ。霞たちは昨日、豊音にとっては今回の大阪旅行が、インハイの後のクールダウンだと言っていた。

 ダウン運動の効果があったかどうかは、運動が終わったあとでないと確認のしようがないということだろう。

 上手くいっていれば豊音は落ち着いて、元に戻る。

 いっていなければテンション上がりっぱなしの状態が続いて、山女モードの豊音が再臨すると。

白望「どちらにせよ、今夜のうちにできることは、もうないってことだね……?」

霞「ええ、そうね。今日はもうゆっくりしましょう。お風呂いただいて、寝るだけね」

白望「うん……」

霞「ご苦労様、白望ちゃん」

白望「うん……」

 とりあえず、今日のところは上がりのお許しを貰えた……。




134:2014/07/04(金) 21:54:24.65 ID:

 平日に学校をさぼって旅行なんて柄にもない真似をしたせいで、ものすごく疲れた。全身がとてつもなくダルい。

 ソファの背もたれに体重を預けたまま、私は体から力を抜いた。足を伸ばし、首からも力を抜いて、顔を天井に向ける。

 疲れて何も考えたくないのに、つい、昨日から今日までのことを反芻してしまう。

 豊音の身に起こったこと、豊音にされたこと……。

 何が何でも離さないという、暴走中の豊音の、力強い抱擁と愛撫。

 あれが一種のグルーミング、マーキングのようなものだったと分かってみれば、昨日の私の気の迷いも、思い出すだに恥ずかしい。

 忘れてしまおうと瞼を閉じる。

 そのまま、意識が朦朧としていく。自覚できないレベルで、私の疲労は限界に達していたらしい。眠りに落ちていく。

白望「……」

 しかし、眠れない。




135:2014/07/04(金) 21:55:28.17 ID:

 なんとなく、まだ眠ってはいけないような気がして、意識を完全に手放せない。

 なぜだろう。

 考える。

 すぐに思い当たる。

 霞に、訊いておかなければならないことがある。

白望「霞」

霞「なに? 寝ててもいいわよ? お風呂の順番が来たら起こしてあげるから」

白望「うん、それはいいんだけどさ……豊音、まだ暴走が収まったかどうか、微妙なところだって言ってたよね……」

霞「ええ。もう大丈夫かもしれないし、そうじゃないかもしれない」

白望「大丈夫かな……『そうじゃないかもしれない』のに、二人きりにして……」

霞「……」

白望「昨日私たちがされたようなことを、お風呂場で……全裸で……なんてことになったら……」

春「それは……」

巴「たしかに……」

霞「まずいわね……ものすごくまずいわ……」




136:2014/07/04(金) 21:55:56.65 ID:

 事情を知らない者からすれば、同性から性的暴行を受けたとしか思えないだろう。

 知っていたとしても、いやらしいことをされたという感覚は拭えまい。

 もし、豊音がヤッちまったらの話だけど……。

 「もし」がまだ有り得る以上、これはちょっと、判断ミスだったかも……。

霞「よかれと思って豊音ちゃんに譲ったけど……よく考えたらものすごくリスキーね……」

春「末原さん、いただかれちゃう……?」

巴「怖いこと言わないで……」

白望「ちょっと、様子見てくる……」

 不安になり立ち上がる。霞も青い顔で、私に続く。

霞「私も行くわ……二人は念のために祓う準備をしておいて」

巴・春「はい」

 嫌な予感がする。

 私たちは急いで浴室に向かった。


  *



137:2014/07/04(金) 21:57:12.86 ID:

  *

  
恭子「あんた、めっちゃスタイルええな……」

豊音「そお? でも大きすぎるんだよー」

恭子「まぁ、確かにでかいけど、手足長おてかっこええよ?」

豊音「でもー、ミニスカートとか履けないよー」

恭子「ああ、たしかに。その身長でその足の長さやと、ためらうやろな」

 脚線美のアピール過剰、あんど無防備になってまうもんな。

豊音「そうなんだよー。なんか似合わない気もするしー」

恭子「そうか? 似合わへんてことはないと思うけど。履いてみたらええやん」

豊音「そんなことないんだよー。これがー」

 ロンスカとかパンツルックのが似合うのは確かなんやろけど……。

 ……あかん、うち、その辺のことはようわからんわ。

豊音「末原さんこそ、スカートの下のジャージやめればいいのにー」

恭子「うちはこれでええねん。落ち着くねん。ジャージとかスパッツ脱ぐと弱なんで? うち」

豊音「そうなんだー」

恭子「そうやねん。ほな入ろか」

豊音「うん!」

 脱衣所で服を脱ぎ終え、浴室へ。




138:2014/07/04(金) 21:57:54.89 ID:

 うちが扉を開け、後ろから姉帯が続く。

 こんだけでかいと、背中向けとっても、ものすごい存在感あるわ。

 すっぽんぽんやとなおさらや。背中にびんびん感じるわ。

豊音「んふふー」

恭子「なんやねん、もう。風呂くらいでえらい楽しそうやな?」

豊音「うん、たのしいよー」

恭子「……?」

 あれ……気のせいか……?

 姉帯の無邪気度が心なし上がったような……。

 風呂でテンション上がったから……? 口調が微妙に子供っぽくなっとるような。

豊音「はやくはいろうよー」

恭子「ああ……せやな」

 姉帯に急かされ、浴室に入る。

 姉帯が後ろ手に扉を閉めた。

豊音「うふふふ……これでにげられないよー」

 ……?




139:2014/07/04(金) 21:58:57.06 ID:

恭子「なに言うてんの? 今から風呂やのに逃げるかい」

豊音「なによりだよー」

 妙な物言いするな……?

 まあ、ええか。さっきは当たりくじ引いてやたらと喜んどったし、テンション上がっとるんやろ。

恭子「……とりあえず、体流そか」

豊音「……」

 しゃがみ込み、風呂の蓋に手を掛ける。

 すると、姉帯がうちの背後、真後ろに移動し、しゃがみ込んだ。

豊音「んふふー」

恭子「……!」

 急な接近に息を呑む。

 ほとんど、張り付くような距離。

 姉帯は、膝の間にうちの体を抱え込むようにして、ぺたりと床に座り込んだ。

恭子「な、なぁ、近いで、姉帯」

豊音「とよね」

恭子「?」

豊音「とよねってよんで……?」

恭子「……ごくり」

 どないしたんや……姉帯、なんか変やで……?




140:2014/07/04(金) 21:59:24.45 ID:

豊音「ねーねー、とーよーねー」

恭子「あ、ああ……豊音? えっと、近いて。離れてや……」

 とりあえず、逆らわんほうがええよな……?

豊音「んーん。これでいいんだよー、はなれないよー」

恭子「なんなん……なんのつもりや……?」

豊音「んふふっ」

恭子「ひゃあ!」

 突然、うちを抱きしめる姉帯……豊音。

 肩甲骨の辺りに柔らかな感触。豊音の胸が背中に当たる。

 胸の感触は、背中で弾むことなく、強く押し付けられたまま。 
 
 離す気はないと言わんばかりに、うちの胴に回った腕に力が篭っていく。

 肌と肌の接触に、突然の不可解な抱擁に、うちは体を強張らせた。




141:2014/07/04(金) 21:59:52.89 ID:

豊音「むふー」

恭子「なに!? なにすんの!?」

 次いで、頭皮に熱い豊音の吐息。

豊音「すんすん」

恭子「!?!???」

 に、匂いをかいで――!?

 なにしてんの、この子……!?

恭子「!」

 ま、まさか……豊音って、そっちの子ぉなん……?

 だからうちと風呂に入りたがって……!? ていうか、そしたら他の四人も!?
 
恭子「……!」

 なんちゅうこっちゃ……!  なんちゅうこっちゃ! ということは五人が大阪に来た目的って、まさか……!

恭子「あわわ……!」

 うち、うち……!

 手篭めにされてまうん!?




142:2014/07/04(金) 22:00:27.65 ID:

豊音「ふんふん……」

恭子「い、いや……! あねたっ、豊音……! やめてぇ……!」
 
 豊音は鼻先を後頭部から首筋へと移動させ、まるで何かを検分するように、うちの匂いを嗅いでいく。

 そして、

豊音「れろん」

恭子「ひうっ!」

 豊音は、うちのうなじの辺りを舐めた。

 生暖かい肉の塊が、ぬるりとうちの素肌を這う。

 鳥肌が立つ。反射的に拘束を解こうともがくも、豊音の力が強すぎて脱出は叶わず。

 自分の体が、異常な緊張状態にあるのがわかる。全身が恐怖でガチガチに固まっている。やがて、力が入りすぎて、自分の意思とは無関係にカタカタと震え出す。

 震えが大きくなるにつれ、膝から力が抜け、歯の根が合わなくなり、涙がちょちょぎれる。




143:2014/07/04(金) 22:01:12.11 ID:

恭子「う、うう……! とっ、豊音やめてぇ、うちこんなん嫌や……!」

 冗談であって欲しいという最後の望みを託し、豊音に離してくれるよう頼む。

豊音「れろれろなめなめ」

恭子「うう~……!」

 しかし、豊音は聞く耳持たず。うちの首筋や頭髪を丹念に舐めながら、ふんふん鼻を鳴らしている。

豊音「ふん……」

恭子「……?」

 ぴたりと豊音の動きが止まる。

 拘束が緩み、離して貰えるのかと思ったそのとき、豊音の手がうちの胸を鷲掴みにした。

恭子「ちょ……! あんた、ほんまにほんまなん!? やめて、痛い!」

豊音「やわこいよー」




144:2014/07/04(金) 22:02:08.83 ID:

 悲しいかな、うちの胸に揉みしだけるほどのボリュームはない。

 従って豊音のおいたは、うちの胸を摘んでこねくり回す行為に終始する。

 うちにとっては痛いだけ、怖いだけで、とても気持ちがいいとは言えない行為。

 しかし豊音は至極楽しそうで、その様子がより一層、うちの恐怖を煽る。

豊音「ふぅ。さて、おあそびはここまでだよー」

恭子「お遊びやて……!?」

 まだ先があるんか!? 

豊音「よっこらせ」

恭子「うわ!」

豊音「どっこいしょ」

恭子「ひぃぃ……!」

 豊音はうちの体を軽々と抱え上げ、そのままお風呂マットの上に横たえた。

 そして、仰向けのうちをごろりとうつ伏せにし――

豊音「さて、すりすりだよー」

恭子「!?」

 ――マットに手をつき、うちの上にのしかかってきた。




145:2014/07/04(金) 22:02:37.92 ID:

豊音「んふふー……これでもうあんしんだよー」

恭子「!!!!!!!!」

 うちの体に体重を預け、体を上下に動かし、擦りつけ始める豊音。

 まだ体を洗っていないため、これほど密着すると少し汗の匂いがする。整髪料などの香りも合わせて、うちの嗅覚がその匂いを、「豊音の匂い」として感知、認識する。

 認識した瞬間、うちは奇妙な感覚に襲われた。

 豊音の匂いに包まれた瞬間……一瞬、ほんの一瞬だけ、豊音への恐怖と、この行為への拒否感が消し飛んだ。

恭子「…………っ」

 すぐに我に返り、驚愕する。

恭子「……!!」

豊音「ふにゃふにゃー」

 うち、いま何考えた……!?

 今、別に好きにさせてもええかなとか思わへんかったか……!?

恭子「~~~~っっ!」

 やばい、やばいでこれは!




146:2014/07/04(金) 22:03:35.96 ID:

 なんやこいつ、まさか、麻雀のときみたいな妙な力でうちの意識を奪おうとしたんか……!?

 そんなことができるんかどうかは分からんけど……!  

 これは逃げなまずい、あかんやつや! 

豊音「ふんっふんっ」

恭子「ぐっ……! ぬっ……」

 せやけどどないしよ、うちの力じゃ豊音の体を振りほどくことはでけへんし、助けを呼ぶにしても、外の四人も豊音の仲間って可能性もある。

 でも、このまま何もせんかったらうちは豊音に手篭めにされるだけ……そんなら外の四人が豊音のこの行為に加担していない可能性に賭けて、助けを呼んだほうがええ。

 どの道この状況では、それしかうちに出来ることはない……!

 うちは大きく息を吸い込み、力の限り叫んだ。

恭子「白望ぃぃぃ!! 霞ぃぃぃ!!」

豊音「おお!?」




147:2014/07/04(金) 22:04:31.11 ID:

 うちの絶叫に驚く豊音。

 次の瞬間、浴室の扉が勢いよく開いた。

白望「豊音!」

霞「いけない、完全にぶり返してるわ……!」

恭子「……!」

 まるで待ち構えていたかのようなタイミングで、浴室に駆け込んでくる二人。

 豊音を呼ぶ白望の声は険しく、この行為をよしとしていないことが分かる。

 どうやら、助けを呼んだのは正解だったらしい。

白望「春と巴を……!」

霞「いいえ、少し荒っぽいけど、このまま祓うわ……! 恭子ちゃんピンチだもの! あなたは豊音ちゃんを抑えて!」

白望「合点……! 豊音……!」

豊音「しろー、じゃましないでー」

 上下にへこへこ動く豊音にしがみつき動きを止める白望。

霞「よし……」

恭子「……!?」

 祓うってなにするつもりや……!? 




148:2014/07/04(金) 22:05:03.56 ID:

霞「さあ、いくわよ……!」

恭子「!」

 霞が自分の胸の谷間に手を差し入れ、数枚の御札を取り出し、宙にばら撒く。

霞「おーだー!」

恭子「!!?」

 霞が叫ぶ。次の瞬間、御札が先ほどのくじ引きのときのような青い光を発し、空中で静止する。

 青い燐光を纏った無数の御札は、滞空したまま輪を成し、うちらを取り囲んだ。

恭子「……!!」

 何してんのこれ……うち、夢でも見とるんやろか……。

豊音「あうっ! うう……!」

 豊音が苦しそうに呻く。

 それを見た白望が声を荒げる。

白望「霞!?」

霞「大丈夫。略式のさらに略式だから荒いのよ。害はないわ」

白望「頼むよ、ほんと……」

霞「任せて」

 霞は胸元で印を組み、瞼を閉じた。

 うちの耳には届かへんけど、どうやら口元で何かを唱えているらしい。

 何かの呪文……祝詞のようなもんやろか……。




149:2014/07/04(金) 22:05:37.98 ID:

豊音「うっ……うううう!」

白望「……」

 霞のお祓いは効を奏しているようで、豊音はうちの体の上からどき、マットの上で苦しみ悶え始めた。

 その体を支え、豊音が蛇口や壁に頭を打たないよう気遣いながら、心配そうに見守る白望。

豊音「う、あ――!」

 やがて、豊音は体を大きく痙攣させ、目を大きく見開いた。

 うめき声が途絶える。強張っていた体から力が抜け、豊音は意識を失った。

 御札から光が消える。どうやら役目を終えたらしい無数の御札が、はらりと床に舞い落ちる。

豊音「――…………」

白望「豊音……!」
   
霞「終わったわ」

恭子「な、なんなん……?」

 呆気に取られる。

 オカルトやオカルトやとは思てたけど、まさかここまでとは……。

 神社生まれってすごい。

 うちはそう思った。




150:2014/07/04(金) 22:06:06.85 ID:

恭子「白望、これはいったい……」

白望「とりあえず豊音を運ぶよ……恭子はお風呂、入っちゃって」

恭子「いや、風呂どころやないで、正直……」

白望「事情は恭子が上がったら説明するから」

恭子「何を悠長なこと――」

白望「お願い。お互い、一度落ち着いたほうがいいと思うし。これ、私たちにとっても想定外の事態なんだよね……」

恭子「??」

霞「恭子ちゃん、今日はいろいろと不審に思っていることもあると思うのだけど……それについても一緒に説明するから。ね?」

恭子「……まぁ、そういうことやったら」

白望「ごめんね。霞――」

霞「ええ。ちょっと待ってて。二人を呼んで来るから」

恭子「……」

 そうして、豊音は四人によってリビングに運ばれていった。

 うちは説明のお預けを食らい、ひとり釈然としないまま風呂に入った。

 豊音に舐められた首筋が疼く。

 総毛立った体を、湯船で温め落ち着けた。


  *




151:2014/07/04(金) 22:10:58.97 ID:

  *


恭子「なるほど……事情はわかった」

白望「……ごめんね、豊音がとんでもないことを」

恭子「それはもうええねん……」

 髪を下ろし、パジャマ姿。タオルを首に掛けほっかほか。

 風呂上りの恭子に、私たちが大阪に来た理由を説明すると、彼女は案外、すんなりと話を受け入れてくれた。

 荒唐無稽と斬って捨てられることも覚悟していたが、恭子は思いのほか冷静だった。

 霞のお祓いを目の当たりにしたことが、話を通す上ではよかったのかもしれない。

 恭子は話しながらも、豊音を寝かせた客間のほうをちらちらと窺っていた。

 豊音のおいたがどの程度のものだったかは、詳しく聞いていない。だが、その様子を見るに、どうやら怖い思いはしたらい。




152:2014/07/04(金) 22:11:26.00 ID:

恭子「そんで、なんで豊音はあんなんなってもうたん? うちと麻雀打ったら元に戻るはずやったんやろ?」

巴「効果はあったんです。でも、完全ではなくて……私たちにもぶり返した原因はわからないんです……」

春「私たち、姉帯さんは末原さんと打ちたくて、でも打てなくて、それでも打ちたいという気持ちが膨らんでいって、それで暴走したんだと思ってた……昨日話し合った、その解釈自体が間違いだった……?」 

白望「末原さんと麻雀を打たせて、インハイ二回戦の状況を再現するという方法自体、見当外れだったってこと……? それでは豊音の想いが満たされない……? すっきりしない?」

 クールダウンの運動どころか、またがっつり心拍数を上げてしまったということなのだろうか。

霞「うーん……多分、方向性は間違っていないと思うのよね。恭子ちゃんと麻雀を打つことは、豊音ちゃんが暴走を抑える上で必要だった……そこまでは間違っていないと思う」

白望「方向性? どういうこと?」

恭子「つまり、うちともっと打ちたいってこと? それか、また公式戦で打ちたいとか?」




153:2014/07/04(金) 22:11:53.24 ID:

霞「いいえ。麻雀を打つことは、豊音ちゃんにとって手段に過ぎなかったんじゃないかって、そう思うのよ」

白望「手段って、なんのための手段……? 話が見えないよ、それだけじゃ……」

霞「想いを遂げるための手段、ということよ。ひとつ仮説があるのだけれど、その前に、恭子ちゃんに訊いておきたいことがあるわ」

恭子「なに?」

霞「さっき豊音ちゃんに襲われたとき、豊音ちゃんは言葉を話せる状態だったのよね? そのとき話していたこと、詳しく教えてくれないかしら」

恭子「ええけど……基本、わけわからん感じやったで? 無邪気にうちの体おもちゃにしとるだけやったけど……」

霞「それでもいいわ。なんでもいいから、とにかく豊音ちゃんが言っていたこと、全部教えて」

恭子「うーん……やわこいよーとか、すりすりするよーとか、そんなんばっかやったと思うけど……」

霞「それだけ? 他には?」

恭子「あとは、扉閉めて『これでにげられないよー』とか、うちに体擦りつける直前に『これでもうあんしんだよー』とか……なんか意味がありそうなのはそんくらいやな……」

霞「ふんふむ……」

白望「『これでもう安心……』体を擦りつける直前に……?」

 宮守でも豊音は、似たようなことを言っていた。




154:2014/07/04(金) 22:12:28.72 ID:

 体を擦りつける行為は、暴走した豊音にとって一種のマーキングのようなものらしい、ということはわかっている。

 昨日豊音は、臭いをつける前に部室から姿を消した胡桃をひどく心配していたが、恭子にもマーキングしておく必要を感じていた……?

霞「白望ちゃん」

白望「なに……」

霞「昨日、豊音ちゃんは体を擦りつける行為について、『離れても仲間だっていう印をつける』と言っていたのでしょう?」

白望「うん……」

霞「単純に、こうは考えられない? 豊音ちゃんは恭子ちゃんと、お友達になりたかったんじゃないかしら」

白望「つまり霞の言う、恭子と麻雀を打つことが手段に過ぎなかったっていうのは……」

霞「そういうこと。豊音ちゃんの願いはあくまで恭子ちゃんたちと友達になることで、麻雀や食事はそのための手段、踏むべき手順でしかなかった。きっと、豊音ちゃんが暴走を抑える上で重要だったのは、恭子ちゃんや姫松のみんなと友達になれた、という実感を得ることだったのよ」

白望「それじゃあ、さっき豊音が暴走したのは……」

霞「豊音ちゃんが、恭子ちゃんと友達になれたという実感を完全に得るその前に、恭子ちゃんと二人で密室にこもったことで、再び暴走してしまった。そういうことなんじゃないかしら」




155:2014/07/04(金) 22:12:59.49 ID:

白望「なるほど……たしかに、綺麗な背中だったもんなぁ……おっかけたくなっちゃったんだね」

恭子「やめぇや」

霞「昨日……」

白望「?」

霞「昨日、宮守で話し合ったとき、豊音ちゃんの暴走の原因を恭子ちゃん個人に求めることに、違和感があったというか……ちょっと寂しかったのよね」

白望「寂しかった?」

霞「豊音ちゃんの暴走の原因が、恭子ちゃんとの再戦願望にあるって推理したとき、じゃあ私は?って、少し思ったのよ。私とはもう打たなくていいのかしらって」

白望「ああ……」

霞「きっと、二回戦のあと一緒に海に遊びに行って、もう豊音ちゃんの中では、私たちは友達ってことになっているのでしょうね。だから私たちにはそれほど執着しなかった。昨日、岩手でで一局打って、それで満足してくれたんだと思うわ」

恭子「つまり、うちらとはただの対戦相手のままお別れしてもうて、豊音にとってはそれが心残りやったっていうこと?」

巴「今日の対局と食事で、その心残りが解消されつつあったから、暴走は収まりかけていたということでしょうか?」

霞「たぶん。恭子ちゃんとお風呂に入る前の段階で、もう一押し、というところまでは行っていたのでしょうね」




156:2014/07/04(金) 22:13:28.22 ID:

春「そのもう一押しの前に、二人で密室に入り、そして背中を見せたことが、ぶり返しの原因……?」

霞「おそらくは」

恭子「そんで、もう一押しってなんなん……? 麻雀打って、飯行って、もう十分友達っぽいで?」

霞「友達になれたという実感を、より完全にするために、まだ『何か』必要だった……ということかしら」 

白望「その『何か』の代わりに、暴走状態の豊音はマーキングをしたがる……?」

霞「『はなれてもあんしん』なように……ということね」

 恭子と浴室に行く前に、その何かが埋められていれば、豊音が再度暴走することはなかったのかもしれない。 

霞「マーキング、つまり臭いつけに代わる、仲間だという印……この場合、友達になれたという証、と言い換えてもいいかもしれないわね。とにかく、そういう何かを得ることが、豊音ちゃんが暴走を抑えるためには必要なんだと思うわ」

白望「……何かって、なんだろう?」

霞「それが問題なのよね……」

 全員、しばし黙考。

 麻雀、食事……さらに何か、もう一押し。

 「一緒に入浴」というイベントが、その「もう一押し」になっていなかったことが、私たちを悩ませた。

 一緒に何かをする、ということが、その「もう一押し」に必要な何かではないと、暴走が入浴中に起こったことでわかってしまったからだ。




157:2014/07/04(金) 22:13:59.01 ID:

春「あの……」

 やがて、春がおずおずと手を挙げた。

霞「何か思い当たることでもある?」

春「はい……あの、私たち永水の面々が姉帯さんとやっていて、姫松のみなさんがやっていないことが、ひとつあります」

白望「それは、何……?」

春「えっと、これ……」

 春はもぞもぞと、巫女服の袖口からスマートフォンを取り出した。

巴「ああ……そうか」

春「携帯番号と、メールアドレスの交換……海に遊びに行ったときに、全員で交換した……」

白望「そういえば豊音、最近永水の子たちとよくメールするって言ってたような……」

春「姉帯さん、メール送ると、結構マメに返信くれる……」

巴「私も何度か、メールでやり取りしました。姫様とはっちゃんにも、姉帯さんからのメール見せてもらったことがあります」

霞「なるほどね。私たち永水のメンバーは、一緒に海に遊びに行って連絡先を交換した……これはもう、誰がどう見ても友達同士よね。豊音ちゃんだって、そう思っているはずだわ」

恭子「携番とメルアドの交換て……それでほんまに、豊音のあのおかしな状態が治るん?」

霞「可能性は高いわ。実際、食事を終えてここに来た時点では、治りかけていたんだもの」




158:2014/07/04(金) 22:14:26.60 ID:

巴「麻雀と食事が、『友達だという実感を得るための行動』。そして相手の連絡先が、最後の一押し。『友達の証』というわけですね」

白望「携帯番号とメルアド……たしかに、手に入れば『離れても安心』な、友達の証だね……」

恭子「ほな、豊音が起きたらアドレス交換? それで終いなんやな? あの怖い感じ……」

白望「そうだといいんだけど……」

霞「……なんにせよ、試してみるしかないわ。豊音ちゃんは当分起きないでしょうから、もう明日にしましょう」

恭子「……わかった。ほんなら、あんたらも風呂入ってきぃや」

巴「白望さんと霞さん、お先にどうぞ」

霞「そうさせて貰うわ。さっき、ちょっと汗かいちゃったし」

白望「じゃあ、行こうか……」

 荷物から着替えを取り出し、浴室へ。

 霞と二人きりになれるのは、ちょうどよかった。

 今の、豊音の暴走に関する相談。

 その中で、私には一つ気になることがあった。

 
  *




159:2014/07/04(金) 22:14:57.19 ID:
 
  *


白望「霞……」

霞「なぁに……」

 湯船に浸かり、まったりお胸を水面に浮かべる霞に、私は気になっていたことを訊いた。

白望「さっき、霞は豊音の本懐が、姫松のみんなと友達になることだって言ってたよね? 恭子とはまだ完全に友達になったとは思えていなかったからマーキングして、霞たちとはもう友達だったからマーキングしようとはしなかった……そういう話だったよね」

霞「……ええ」

白望「それなら、なんで豊音は、私たち宮守の面子にマーキングしたのかな……? 私たち、豊音とはもうとっくに友達だよ? 何度も一緒に遊びに行ってるし、同じ部活だし、インハイでチームも組んだ……それなのに、今さら私たちにマーキングをした理由はなんなんだろう?」

霞「きっと、卒業が近づいているからよ」

白望「ああ……」

 霞は、あっさりと答えた。

 私も、あっさりと納得した。

白望「……念押しってこと?」

霞「そうね。比較的縁の薄い私たちや姫松の子たちとは、結びつきを強化したい。そして、すでに結びつきの強いあなたたちとは、さらに縁を強化したい。豊音ちゃんの根底にあるそういった願望が、今回の暴走に繋がった。それが真相なんだと思う。昨日は私たち、事態を少し複雑に考えすぎてしまっていたわ」

白望「なるほどね……」




160:2014/07/04(金) 22:15:44.64 ID:

霞「豊音ちゃん、きっと不安なのね。卒業したらあなたちとの縁が途切れてしまうんじゃないかって、そんなこと考えてるんじゃないかしら」

白望「そんな心配しなくていいのに……」

 とはいうものの、同年代の友達のいない山奥から出てきた豊音なら、考えそうなことではある。

白望「ん? ちょっと待って……ということは、豊音の私たちに対するおいたを止めるには、私たち宮守は宮守で、豊音を安心させてあげないといけないってこと……?」

霞「どうなのかしらね……でも、私の所見では、その必要はないと思うわ」

白望「どうして?」

霞「もっと視野を広く持つべきだったのよ。昨日の時点では、私たちは豊音ちゃんの暴走の原因を、恭子ちゃん一人に焦点を絞って考えてしまった。そして間違えた。豊音ちゃんの暴走は、その原因を特定個人に求めてはいけないものだったのよ」

白望「私たち宮守の面子だけでは……永水だけでも、姫松だけでも、豊音の想いを成就させてあげられない……?」

霞「そう。豊音ちゃんの暴走の原因は、一言で言い表すことのできないものだけど……あえて言うなら、卒業が近づいてナーバスになってしまったこと。豊音ちゃんは、麻雀がきっかけで知り合った子たちとの縁が薄くなることを、本能的に危惧しているのね」




161:2014/07/04(金) 22:17:03.76 ID:

白望「卒業が近づいて、離れ離れになるのが不安だと……? でも、麻雀がきっかけで知り合った子って……それだと範囲が広すぎるよ……姫松のみんなと友達になるだけでは足りないんじゃ……?」

霞「ええ。足りないかも」

白望「そんな……それじゃあ、どうするの?豊音のあの状態は、そう長くは放置できないよ……恭子のような被害者が増える一方だ……」

霞「当然、手は打つわ」

白望「手……?」

霞「お休みを延長しましょう。長野に行くの」

白望「長野……そうか、今日、豊音と恭子がやったことを、宮永さんにもやってもらうってこと」

霞「そういうこと。一緒に遊んで、連絡先を交換して縁を強化する。それに、平日だから望みは薄いけど、咲ちゃんや原村さん、竹井さんのツテを頼れば、清澄以外の高校とも交流が図れるかもしれない」

白望「白糸台に阿知賀……風越に龍門渕……もし上手くいけば、豊音はお腹いっぱいだね」

霞「それだけやれば、豊音ちゃんも満足すると思うの」

白望「そうだね……でも、清澄を訪ねるのはともかく、他の学校の人たちには……」

霞「時期的に、一同に会することはできないでしょうから、こちらから一校ずつ訪ねることになるでしょうね。熊倉先生にはそう連絡しておいて」

白望「了解……。次は長野か……ハードだなぁ……さすがにだるいや」




162:2014/07/04(金) 22:17:38.84 ID:

霞「頑張らないとね。豊音ちゃんを色魔にしておくわけにはいかないもの」

白望「うん……」

 こうして、私たちは大阪に続き、長野に向かうことになった。

 目的は宮永咲と豊音を友達にすること。

 そしてあわよくば、清澄以外の高校を訪ねるツテを手に入れること。

 ただひとつ、気がかりなのは……。

 何かと忙しいこの時期に、各校のみなさんに私たちの相手をする余裕があるのかどうかということ。

 ……いや、どうあっても、上手くことを運ばなければならない。

 霞の言うとおり、上手くいかなければ、豊音は無自覚に、残りの高校生活を同性愛者の色魔として過ごすはめになる。

 清澄をはじめとした各校のみなさんには申し訳ないが、今は相手の都合を考えている場合ではない。

白望「みなさんには、せいぜい……」

霞「?」

白望「豊音と仲良くしてもらうことにしよう……徹底的に」

霞「ふふ、そうね」


  *




163:2014/07/04(金) 22:18:18.13 ID:

  *


 翌日。

 長旅の負担を少しでも軽減するため、長野へは新幹線で向かうことになった。

 長野のあと、奈良や東京にも向かうことになるかもしれないのに、バス移動なんてしていたら私は死んでしまう。

 本音としては飛行機を使わせてもらいたいくらいなのだが、さすがにそこまでわがままは言えない。

 熊倉先生に、飛行機代まで催促するのは憚られた。

 新幹線だって十分贅沢ではあるけれど、私としては、これ以上譲れない妥協点である。

 先生は豊音の暴走に責任を感じているのか、バスはしんどいと遠回しに伝えると、あっさりと新幹線代を出してくれた。

 そして今、私たちは、その新幹線の車中にいた。




164:2014/07/04(金) 22:18:48.28 ID:

 向かい合わせにした二人掛けの座席に、私と豊音が隣り合って座り、豊音の対面には恭子、その隣に霞。巴と春は、通路を挟んだ隣の席に座っていた。

恭子「豊音」

豊音「んー?」

恭子「姫松のみんなの携帯番号とメルアド、あんたの携帯に送っとくわ」

豊音「おー、ありがとー」

 恭子には豊音との縁をより強固なものにするため、こちらから長野への同行を求めた。

 おっかなびっくりではあったが了承してくれて、今は豊音と二人、仲良く並んでお菓子など摘んでいる。

恭子「さっそく主将あたりにメールしてみたらどや?」

豊音「うん!」

 今朝、目覚めた豊音に、恭子はさっそく連絡先を教えた。

 霞によれば、その効果は覿面。連絡先の交換が豊音の暴走を抑える上での決め手になると、その時点で確定事項となった。




165:2014/07/04(金) 22:19:16.82 ID:

 まだ完全に沈静化したとはいえないものの、一緒に遊ぶ、連絡先を交換するという流れが有効であるとわかった以上、手を緩める道理はない。

 私たちはすぐに新幹線の切符を手配した。

 昼を過ぎる頃には、長野についている予定である。

霞「あら、めーる」

 今日は私服姿の霞の胸元が、ブルブルと震えた。

白望「久……?」

霞「ええ」

 大阪に行ったときとは違い、今回は先方に話を通していた。

 受け入れの窓口になってくれるのは、清澄の元プレイングマネージャー、竹井久。

 長野に行こう、じゃあ先方に連絡を取ろうという話になったとき、なぜか全員が同時に携帯を取り出し、なぜか全員が同時に、久に連絡を取ろうとした。

 霞も巴も、春も恭子も、豊音も私も、全員が久の連絡先を知っていた。そして、そのことをお互いに知らなかった。




166:2014/07/04(金) 22:23:04.54 ID:

 他の五人のことはともかく、豊音が久と連絡を取り合っていることには驚かされた。

 訊けば、インハイの会場で連絡先を交換して以来、今まで数回メールのやり取りをしたらしい。

 それほど親しいわけではないようだが、豊音が久との交流を宮守の面々に黙っていたことが、私にはなんとなくショックだった。

 これは長野に着いたら、久の奴を問い詰める必要がある。

白望「なんだって?」

霞「駅に迎えに来てくれるって」

白望「そう……」

恭子「久、学校はどうすんの?」

霞「さあ? あの子のことだから、こっちのほうが面白そうとでも思ってるんじゃないかしら?」

春「ありそう……」

巴「ふふ。確かに……」

白望「……」

 なんで、みんなそんなに久と親しげなんだろう……?

 そういえば私、いつから久のこと下の名前で呼び捨てにしてるっけ……?

 ……あれ。

 思い出せないや……。

 …………。

 これは、つまり……。

白望「やはり、長野は魔境ってこと……?」

霞「なんの話?」

白望「いや、なんでもない……着くまで寝るよ」

 私は瞼を閉じた。

豊音「えー、シロ寝ちゃうのー?」

 豊音が不満の声をあげる。

白望「……やっぱり起きてるよ」

 やっぱり起きた。

 長野に着くまで、まだ大分かかる。

 豊音の手には、カード麻雀が握られていた。

 
 ……新幹線の中だとやり難いんじゃないかな、それ。


  大阪編  槓 





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