1:2014/11/27(木) 22:05:35.70 ID:



この世界には大きく分けて二つの種がある。

一つは人間、魔物と呼ばれる化け物に怖れながら暮らす弱い種だ。

まあ中には化け物より強い奴、化け物を狩って生きてる奴もいる。

魔法なんていう奇っ怪なものを扱う奴もいるが、それもまあ少数だ。


もう一つの種は魔族、こっちは魔物なんかよりもずっと凶悪だ。

生まれながらに魔法を使える奴なんてざらにいるし、素手で岩を砕くくらいわけない。



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2:2014/11/27(木) 22:08:14.35 ID:


まず人間なんかが太刀打ち出来る奴らじゃないだろうな。

勿論、言葉も話せれば人間とさほど風貌が変わらない奴もいる。

中身はまったく違うけどな。


俺は前者、弱い弱い人間だ。

化け物と戦える強さもなければ、魔法なんて使えやしない。

ただの人間、人間の中の人間さ。




3:2014/11/27(木) 22:09:16.28 ID:


それとあちらさん、魔族にも国や政治があって、魔王と呼ばれる王様もいる。

そこら辺は人間と変わりない、違うのは強い奴が偉いってことだ。


そんで、今現在の魔王。


一番強くて頭の切れる奴が人間と和平を結んでくれたお陰で、世界は平和だ。

もう魔族に怯えて暮らすこともなくなったわけだ。

和平が結ばれて随分経って、今じゃ魔族領に住む人間もいる。


俺もその一人だ。





4:2014/11/27(木) 22:11:16.98 ID:


ああ、両親と兄弟は人間領で暮らしてる。

俺が魔族領に行くと決めた時、そりゃあ反対されたけど事情が事情だったんだ。

あまり裕福じゃないし、弟は体が弱いしで、色々と大変で金が必要だった。


そんな時、人間領に来ていた魔族の姫様に気に入られ、私の家で働かないかと誘われたわけだ。


庭仕事や掃除、メイドみたいなもんだったが給料がかなり良かった。

俺はすぐに反発する両親を説得して、姫様の屋敷で働くことにした。




5:2014/11/27(木) 22:12:22.95 ID:


うまい話しには裏がある。

そんな馬鹿でも知ってる言葉を忘れて、目の前の餌に飛び付いた。


これが俺の人生で最初で最後の大失敗だった。


庭仕事も掃除もすることはなかったが、金はきちんと故郷に送られている。

じゃあどうやって金を得ているかって、それは……


「あなたの瞳は本当に綺麗ね」




6:2014/11/27(木) 22:13:23.35 ID:


目玉を舐められた。くそっ、相変わらず気色悪い。

声に出して言いたいが声は出ない、俺は、この女に声を奪われた。


だから魚みたいに口をぱくぱくさせるだけ、間抜けなもんだ。


どうやって金を得ているかだったな、簡単な話し、この女の玩具になることだ。

言っておくが好んで玩具になったわけじゃない、玩具にさせられたんだ。

玩具って言っても特殊な玩具だ。

皮膚灼かれたり剥がされたり、鞭で叩かれたり爪剥がされたり、肉削られたり。


まあ色々やられた。




7:2014/11/27(木) 22:14:05.19 ID:


どうもこの鬼姫って女は、痛めつけるのが大好きな変態らしい。

本当の意味で、毎日が苦痛だった。

苦痛なんてもんじゃない、激痛だな。


傷付けておいて魔法で治すってんだから余計に質が悪い。


死にたくても死ねないんだからな。

舌を噛み切ろうとしても出来ないようにされちまったんだ。


魔法、まったく忌々しい力だ。




8:2014/11/27(木) 22:14:56.76 ID:


「その目で見つめられると、ぞくぞくするの」

睨んでんだよ、変態女。

小さい頃から気にしてた目つきの悪さを褒めてくれたのが、この変態女だ。


この女の何も知らなかった頃は、それはそれは嬉しかった。

何しろ綺麗だし肌は真っ白、腕なんか凄く細くて、守ってやりたくなった。

こんなにも美しい女性がこの世にいるのかと思ったもんさ。


「わたし、男と二人きりになるなんてないのよ。あなただけ…んっ」

耳の中に舌を入れるな、そんなこと言われても全然嬉しくないんだよ。




9:2014/11/27(木) 22:15:28.95 ID:


絶世の美女が、今じゃただの変態女だ。

男ってのは、本当に単純で馬鹿な生き物だよなぁ。

自分の馬鹿さ加減、愚かさが情けなさすぎて涙が出る。

阿呆だよ、阿呆。


「あなたは、わたしの物。あなたがいれば何も要らない」


だったら真っ当な愛情表現をしろ、舐めるな噛むな、服を着ろ変態。

くそっ、また始まった。




10:2014/11/27(木) 22:16:20.21 ID:


何をされても欲情なんかしないのに、魔法一つでこのざまだ。


「あなたを愛してる。さあ、ちょうだい」

狂ってる。


痛めつけて、傷付けて、愛してるって囁いて、肌を重ねる。

いくら口汚く罵っても、この女のには聞こえない。

肌も爛れて髪は焼かれて頭皮は丸出し、一見すれば死体みたいな様だ。

こんな姿にしておいて愛してるだと、気狂いの変態め、さっさと死んじまえ。




11:2014/11/27(木) 22:17:14.47 ID:


「んっ…そうよ、その目がたまらないの」

よがってんじゃねえ、さっさと終わろ。

俺は何もしない、ぶん殴ったって悦ぶだけだからな。


「あっ…出てる……んっ…」

出てるんじゃなくて『出させた』んだろうが。

俺はあちこち痛くてそれどころじゃないんだよ。

さっさとどけ、こら。


「あっ…もう少し余韻に浸らせてくれてもいいじゃない。いじわるね」




12:2014/11/27(木) 22:19:01.74 ID:


黙れ屑、終わったんならさっさと出て行け。

大体、そんな風に頬を膨らませて拗ねたって全然可愛くないんだよ。

寧ろそんな風に出来る精神がおぞましい。


「こんなに愛しているのに、あなたはいつになったら愛しくれるの」

死ぬまで、いや死んでも有り得ない。

お前を愛する、そうなったら俺もいよいよ終わりだよ。

いや、もう終わってるようなもんか。


「まあいいわ、また来るから。ふふっ、またね」





13:2014/11/27(木) 22:24:54.15 ID:

ーーーー
ーーー


鬼姫が出て行って痛みが収まった。

これも魔法。

自分がいない間は痛みをなくし、此処へ来たら痛みを与える。


痛みに慣れさせない為の手段だ。

魔法ってやつは本当に便利だよな。


強い者には優しくて、弱い者にはやたら厳しい。

それが俺の魔法に対するイメージ。

俺がもし魔法を一つだけ使えるのなら……そうだな。


あの変態鬼姫を殺す魔法で、今すぐに殺してやりたい。




14:2014/11/27(木) 22:32:18.06 ID:


首絞めても悦ぶし、馬乗りになって殴っても悦ぶ。

人間なら死ぬほどの痛みでも、あの女には快楽にすぎない。


だから、俺は何もしない。

わざわざ悦ばせたくもないからだ。

たがその抵抗すら鬼姫には快楽だ。


俺が拳を握り締めて堪える様が、鬼姫にはたまらないらしい。

何をしても、何もしなくても、鬼姫に悦楽を与える。

結論、俺は弄ばれていずれ気が狂って死ぬ。


そりゃあ一矢報いたいとは思う。

でも相手は魔族、その見込みはない。

これが現実、抗いようのない現実なんだ。

人間の俺には、鬼姫に傷一つ付ける手段もない。





18:2014/11/27(木) 23:18:57.16 ID:


※※※※※

嗚呼、退屈だわ。

彼との時間が唯一の時、幸せなひととき。

今日も彼は変わらなかった。

本当に愉しかった。んっ、まだ奥が熱い。


でも、今は退屈。


父が魔王に尽くした。

だから、わたしは裕福な暮らしを約束されている。

魔族領の内乱を『力』で抑えたのは、わたしの父。




19:2014/11/27(木) 23:20:03.20 ID:


現魔王の思想に共感して、戦いに身を投じ命を落とした愚かな父。


哀れよね。

自分の為に力を使えば良かったものを、誰かの為に使うなんて。

どんなに賞賛されようと、利用されたことに変わりはないのに……


まあいいわ。

わたしはそうならない、わたしの力はわたしの力。

誰の為でもない、わたしだけの力。


蹂躙、支配、終わりない争い。





20:2014/11/27(木) 23:21:26.12 ID:


それが魔族のあるべき姿なのに、人間と和平を結ぶなんて有り得ない。


弱者は滅び、強者が生きる。

弱者を踏んで強者が立つ、それが世界のあるべき姿。

だから今日、わたしは魔王を殺す。


わたしより弱い者が上に立つのが気に入らない。

わたしより弱い者が世界を回すのが気に入らない。

だったら好きにする。




21:2014/11/27(木) 23:22:50.88 ID:


わたしの好きなように壊して壊して、終わらない争いを始める。

平和呆けした魔族の目を覚ましてあげる。


暇潰しに過ぎないのだけれど、それはそれで面白そうよね。

嗚呼、早く彼に会いたい。彼の瞳が見たい。

あの瞳、あたしを憎む瞳。


どれだけ痛みを与えても、甘い快楽を与えても消えない憎悪。




22:2014/11/27(木) 23:26:02.78 ID:


あの瞳が、たまらない。

だからこそ精一杯『愛して』あげたい。

思い出すたび、身震いする。

奥が疼く。


「どうなさいました」

彼の声を与えた部下が言う。

これでわたしは彼の声を忘れずに済む。


「なんでもないわ」

「そろそろ到着するようです、もう少しの辛抱です」


彼の声がすぐ側にある、心が昂ぶる。

あんまり喚くものだから、声を奪って部下に与えた。

これは駄目ね、ますます彼に会いたくなってしまう。


愚かな魔王様、早くこないかしら。

身体が疼いて仕方がないの、だから早く殺させてくださいな。




25:2014/11/28(金) 00:17:27.27 ID:

ーーーー
ーーー


「鬼姫、何故だ」

そんなの決まっているじゃない。

退屈だからよ。


何の争いもなく人間とと和平を結ぶなんて、わたしには堪えられない。

魔族は強くあるべきなの、平和とは無縁の、争い続ける存在なのよ。

魔王様、あなたが捧げた数百年の安寧は、わたしの気紛れで消える。


力あるべき者が統べる、それが生来魔族の持つ性。





26:2014/11/28(金) 00:19:27.54 ID:


弱者には目もくれず争い続ける日々、戦いに明け暮れる日々。


それが魔族。

それが強者。


彼以外の塵芥なんて消してしまえばいい。

彼以外の人間なんて、わたしには要らない。


「力に狂ったか、鬼姫」





27:2014/11/28(金) 00:24:19.84 ID:


いいえ、わたしは自分の力を示しただけ。

供も置かずに此処に来たあなたの失態。


あなたの信じた父に恩義を示す為にお一人で来たのだろうけど、本当にお馬鹿さんね。

未だ争いを望む者がいることを知らなかったのだから。

魔族を忘れた魔王様、さようなら。

さあ、死になさい。


「がっ…」

わたしはこの後、とっても後悔することになる。

たった一つの偶然が、わたしの手から彼を奪った。


とっても寂しくて切ないわ。


けれど、それはそれで楽しみだわ。

だって、彼がわたしを求めてるのが分かるんだもの。

彼がわたしの命を欲しがっているのが、よく分かる。

彼の魔力、彼の想いが、全てわたしに向けられているんだもの……




30:2014/11/28(金) 11:26:45.57 ID:


※※※※※

魔法について色々と試してみた。

攻撃魔法は敵意や憎悪、治癒魔法は優しさや愛って感じらしい。

他にも幻を見せたり出来るみたいだ。

試してみた結果、一つだけ分かった。


俺には攻撃魔法しか使えない、まったく随分尖った能力だ。

それと、愛とか優しさなんてものが俺には残ってない証拠でもある。





31:2014/11/28(金) 11:28:29.12 ID:


でも変態鬼姫は治癒魔法を使える。

ってことは、奴が愛を持ってるってことだ。


どうやら変質的、変態的、倒錯した愛でも『愛』の内に入るみたいだな。

線引きが曖昧で腹が立つ。

あんな奴が、人を痛めつけるのが趣味の変態が治癒魔法を使える。


なのに、やられた側の俺には使えない。

ふざけやがって、魔法ってのは本当に優しくないやつだ。



32:2014/11/28(金) 11:32:06.43 ID:


体中が痛くて眠れやしない、いつも鬼姫を殺す術を考えてる。

本当に眠りたい時は、自分に催眠魔法をかけて強制的に眠ってる。

ただでさえ頭がおかしくなりそうなのに、睡眠ってのは大事なんだな。


鬼姫が俺から睡眠を奪わなかった理由がよく分かる。

簡単に狂ってしまわないように、睡眠をとらせたんだろう。


その『優しさ』すら、愛と捉えられるんだから余計に腹が立つ。




33:2014/11/28(金) 11:36:38.47 ID:


鬼姫はこの手で殺す、止めてくれとか言われたが知らん。

たとえ首だけになっても、喉笛噛み千切って殺してやる。


でもまだだ、まだ使えてない。

鬼姫を殺す方法を見つけるまでは、この山からは下りない。

大砲をぶっ放したみたいな派手な音が聞こえる、また壊されてんだろうな。


魔族、魔力、魔法、魔物……

力が法になる世界だ……




34:2014/11/28(金) 12:13:46.20 ID:


ーーあの日、俺が魔力を手に入れてから何日経っただろう。


鬼姫の屋敷が何度も揺れて、地下にまで衝撃が伝わってきた。

あれが一対一の戦いが放つ衝撃だと知ったのは、それからすぐだった。


「魔族かと思ったが、人間だったか」

こんな形だからな、そう思われても仕方ない。

っていうか誰だよ、この爺さん。




35:2014/11/28(金) 12:14:40.54 ID:


びっくりして叫んだが、やっぱり声は出ない。

見てくれは貴族っぽいけど、手酷くやられたのかぼろぼろだ。


「声を奪われたか、余程鬼姫が憎いと見える」

何だこの爺さん、魔族には違いないだろうが、変な感じだ。

確かに鬼姫は憎いが、それをどこから知った。


「その憎悪が、お前を魔族と勘違いさせた原因か。魔力と似ているな」




36:2014/11/28(金) 12:15:31.81 ID:


まさか俺か、俺の心と記憶を読んだのか。

魔族ってのは、平気でそういうことするんだな。

鬼姫ですらそんな真似しないってのによ。

「済まないな、私には時間がないのだ。鬼姫を倒す力を与えよう」


何言ってんだ、あんたは誰だ。

おい、答えろ。

鬼姫を倒すって、どういう……

そこからは、あまり記憶がない。




37:2014/11/28(金) 12:16:36.13 ID:


体中の血管が沸騰したみたいに熱くなって、転げ回った。

頭は割れるほど痛いし、心臓は何度も爆発した。

そんな俺に、名の知らない爺さんが言った。


「私は魔王、どうか鬼姫を止めてくれ」

知るか阿呆、何度も喚き散らしたが、やっぱり声は出ない。

喉元からどろりとした何かがせり上がってくる、かなり気持ち悪い。

また爺さんを見ると消えていて、着ていた服だけが落ちている。


死んだのだと、何となく思った。




38:2014/11/28(金) 12:17:57.48 ID:


それから気を失って、目が覚めると俺は素っ裸で山の中にいた。

辺りは魔物だらけだった。

俺は混乱して、無我夢中で逃げた。

でも結局追い付かれて喰われそうになった時、頭に過ぎった。

何で俺がこんな目に、俺が何をしたって言うんだ。



ふざけんな、鬼姫も魔物も魔族も死んじまえ。

俺と同じ痛みを与えてやる。

呪ってやる。

[ピーーー]。


どいつもこいつも死んじまえばいいんだ。




39:2014/11/28(金) 12:18:27.23 ID:


それから気を失って、目が覚めると俺は素っ裸で山の中にいた。

辺りは魔物だらけだった。

俺は混乱して、無我夢中で逃げた。

でも結局追い付かれて喰われそうになった時、頭に過ぎった。

何で俺がこんな目に、俺が何をしたって言うんだ。



ふざけんな、鬼姫も魔物も魔族も死んじまえ。

俺と同じ痛みを与えてやる。

呪ってやる。

死ね。


どいつもこいつも死んじまえばいいんだ。





40:2014/11/28(金) 12:21:47.32 ID:


覚悟していた痛みなく、俺は喰われなかった。

大口開いて噛みつこうとしていた魔物は、
皮膚を剥がされ焼け爛れて死んでいた。

理解するのに時間はかからなかった。


魔力、魔法だ。


手も触れず、念じるだけで殺す手段なんて『それ』しかない。

俺と同じ姿になった魔物を見下ろしながら、理解した。

俺が、これをやったんだ。

そして、理解した瞬間に誓ったんだ。


この力を使って鬼姫を殺す。




42:2014/11/28(金) 13:50:12.54 ID:


※※※※※

あれから、彼がわたしの手を離れてから数ヶ月経った。

魔王を殺したのが知れると、魔王傘下の魔族が大挙として現れた。

あの軍勢を前にした時はほんの少しだけ興奮したけれど、彼には及ばない。


殺しても殺しても、血を浴びて真っ赤になっても……

最後の一人の懇願する顔を見ても……

魔王の城の天守に立っても……


結局何をしても、わたしは満たされなかった。




43:2014/11/28(金) 13:51:16.10 ID:


あの時、わたしの屋敷の前に出来た血の流れ。

赤い川は少しだけ綺麗だった。

名のある魔族も、あの川を作る一部でしかない。


彼の血の一滴にも劣るけれど、夕陽も相まって素敵な景色だった。

最近はめっきり来なくなって、わたしから出向いて殺しに行く。

わたしは確かに強いけれど、『魔族』ってこんなに弱かったのかしら。


泣き喚いて助けを請う姿は醜かったらない。




44:2014/11/28(金) 13:52:21.44 ID:


あの時、わたしの屋敷の前に出来た血の流れ。

赤い川は少しだけ綺麗だった。

名のある魔族も、あの川を作る一部でしかない。


彼の血の一滴にも劣るけれど、夕陽も相まって素敵な景色だった。

最近はめっきり来なくなって、わたしから出掛けて殺しに行く。

わたしは確かに強いけれど、『魔族』ってこんなに弱かったのかしら。


泣き喚いて助けを請う姿は醜いったらない。





45:2014/11/28(金) 13:53:48.07 ID:


そんな無様な姿も、彼なら様になるのかしら。

いえ、彼なら助けてなんて言わない。

きっとあの瞳であたしを睨みつけて、首に手を掛けるに違いない。

彼が人間としてでなく、魔族として生まれていたら……

あら、素敵だけれど想像出来ないわね。


「鬼姫様、もうじき到着するようです」





46:2014/11/28(金) 13:54:24.12 ID:


突然の彼の声に胸が高鳴る。

声の主が部下であることは分かっていても、鼓動が早くなる。

でも、それも長くは続かない。

今日は久しぶりにわたしを殺しに来た者と戦わなくてはならない。


それも魔族ではなく『人間』

彼以外の男、彼以外の人間。


屑、塵芥。




47:2014/11/28(金) 13:55:55.11 ID:


「俺が始末します。鬼姫様が出る必要はありません」

彼の声で話すにあたって、彼と同じように話すよう命令した。

その方が、耳心地が良い。

まだぎこちないけれど、彼女は良くやってくれている。

わたしを、楽しませる為に。


「いいえ、遠路はるばる来てくれたんだもの、わたしが出ないと失礼だわ」

戦いを挑むからには、それなりの勝算があるのだろう。

でなければ一人でわたしに挑むなんて有り得ないもの。




48:2014/11/28(金) 13:58:24.27 ID:


魔王傘下の魔族の残党と手を組んで、苦労して苦労してここまで来たんだもの。

人間からは『勇者』などと呼ばれているらしいと部下から聞いた。

挙げ句、魔族でさえ勇者なんて屑に頼る始末。

魔族としての誇りもないのかしら。


希望の象徴で平和をもたらす者……

そんな感じだったかしら。

本当に馬鹿馬鹿しい。


人間を滅ぼすのはもう何年か後にする予定だったのに……

と言うより、彼と会うまでの暇潰しとして残しておくつもりだった。




49:2014/11/28(金) 14:00:29.79 ID:


「鬼姫様、そろそろ」

「ええ、行ってくるわ」

荒れ地に立つ屑を見て、わたしは天守から飛び降りた。

すると、背後から彼の声。


「俺が来るまで死ぬなよ、鬼姫」


戦いに赴く度に言わせている台詞。

他はぎこちない部下も、これだけはさらりと言えるようになった。

わたしはふわりと浮いて、振り向かぬまま微笑する。

彼の姿を思い浮かべながら緩やかに落下する。

目を閉じて、愛を囁く。


「わたしは死なないわ。あなたに会う、その時まで……」




52:2014/11/28(金) 14:49:26.11 ID:

ーーーー
ーーー


そんな小さな喜びも、屑によって消されてしまった。

優しげな眼差し。

その奥には、自分が特別な存在だという自負が見える。


自負じゃないわね、ただ傲慢なだけ。

勇者なんて呼ばれて、その名に酔っているのかしら。

哀れだけれど、本人に自覚はないのよね。


世界を救うなんて言って、人々の為に奔走して……馬鹿みたい。




53:2014/11/28(金) 14:51:24.07 ID:


自分の本質も見えない、こんなちっぽけな存在が、勇者。

少しでも興味深いと思ったのは、やはり間違いだったみたい。

落胆と怒り。


「さ、早く済ませましょう」

「いいだろう」


此処まで来てつまらない真似をしたのなら、どうしてやろうかしら。

あら、何かしら。何かがくる。




54:2014/11/28(金) 14:52:57.59 ID:


魔力、人間の許容量を超える魔力が収束してる。

いえ、あれは魔力じゃない。

なるほど、人々の『希望』とは良く言ったものね。


何千万のそれが、屑に力を与えている正体。

まったく下らない。

そんなものに頼らなければ戦えないなんて、愚かだわ。


「まどろっこしいのは嫌いなの、早くぶつけなさい」

「人々の願いを喰らえ、鬼姫」




55:2014/11/28(金) 14:54:58.51 ID:


屑がわたしの名を呼んだ。

彼以外の声がわたしの名を呼んだ。

渾身の力で放たれた希望を消し去り、わたしは屑の腕を触れずに千切った。


「何故、何故だ。何故通じない」


うるさいわね。

確かに発想は面白いけれど、その程度でわたしを殺せると思っていたのかしら。

救いようのない生き物ね。




56:2014/11/28(金) 14:56:44.53 ID:


希望なんてものより、確かに存在しているものが勝っただけよ。

何千万の人間が命を捧げたのなら、わたしを倒せたかもしれないわね。


「なら、一体どうやって」

「愛よ。何千万の希望より、たった一人の男への愛」

「そんな馬鹿なこッーーー」


もう訊きたくないないから、わたしは首を刎ねた。

人間って、わたしを苛立たせるのが上手いのね。




57:2014/11/28(金) 14:59:02.95 ID:


でも、少し嬉しいわ。

何千万の者が託した『希望』

それを、わたしの『愛』が砕いたのだから。

わたしがどれだけ彼を愛しているのかが分かったんだもの。


「あら、珍しい」

少しうっとりとしていて、視線に気付かなかった。

遠方に狼が見えた。

もしかしたら、ずっと見ていたのかしら。


あの刺すような瞳、彼に似ているわね。

近付こうとした時、わたしの魔力を察知したのか、狼は消えた。




58:2014/11/28(金) 16:21:05.79 ID:


※※※※※

勇者だったか、随分呆気ないな。

まあ『人間』ならあんなもんだろうさ。

でもなるほど、あんな魔力の使い方もあるわけか。


でもあれじゃあ弱いな、もっと確実に『鬼姫』を殺す方法があるはずだ。

くそっ、憎いと思いながら鬼姫のことばかりを考えてる。

例え魔法でも、この憎しみは消せないだろうな。


大体、何が愛だ。




59:2014/11/28(金) 16:22:09.23 ID:


変態嗜好の気狂い女の愛なんて、肥溜めの中の死体みたいなもんだ。

あの女の愛を形にしたら、とんでもないことになるんだろうな。

……気持ち悪い。


まあいい、狼を通して見たあれは参考になった。

問題はどうやって改良応用するかだ。

魔力を集めてぶつける、それは通じない。


そもそも、受け継いだ魔王の力は鬼姫に劣るわけだしな。




60:2014/11/28(金) 16:23:47.31 ID:


いや待て、確か魔王は俺を魔族と勘違いしていた。

ーー憎悪は魔力に似ている。

そうだ、確かにそう言っていた。


いや、ただの憎悪じゃない。

俺が持つのは『鬼姫への憎悪』だ。


それは俺の核、力の根源。

殺したい、痛みを与えたい、消えない傷、絶対の死……

あの女を、滅ぼしたい。




61:2014/11/28(金) 16:30:59.51 ID:


魔力だけじゃあそれには届かない。

もっと別の、俺そのもの、鬼姫……

そうか、これなら殺せる。


これは俺にしか出来ず、鬼姫しか殺せない『魔法』だ。


鬼姫に対してだけ、必ず成功する。

狼も無事に帰ってきたし、そろそろ行くこう。


ぼろ切れ羽織った死体が、狼の背に跨がって山を下りる。

そういやこの前、魔族に協力頼まれたっけ、断ったけど。

俺を屍の王なんて言いやがって、俺は人間だってんだよ。


俺は誰かの為に戦うわけじゃない、俺の為に戦う。

誰かを救う為でもない、ただ鬼姫を殺す為に戦う。


だからこそ、鬼姫を殺せる。




63:2014/11/28(金) 19:10:56.44 ID:

ーーーー
ーーー


まだ城が見えないってのに、血と腐った肉の臭いがする。

俺同様、狼も顔を顰めてる。

でもまあ、随分と慣れたもんだ。

環境に適応する力ってのも中々馬鹿に出来ないな。


ちゃんと人間やってた頃なら、間違いなく吐いてただろう。

今や声がなくても会話出来るし、魔物なんて虫けらみたいに殺せる。

以前なら怖くて怖くて仕方がなかった化け物を、一瞬で殺せる。




64:2014/11/28(金) 19:13:27.45 ID:


力を得て、試して、殺した。

どこまで出来るのか、想像出来る範囲外のことすら可能になった。

今なら鬼姫の居場所まで転移出来るだろう。

それなのにわざわざ狼に跨がって移動するのには訳がある。


きっと考える時間が欲しくて、そして、悩みたかったんだろうと思う。




65:2014/11/28(金) 19:14:43.09 ID:


鬼姫と出逢って、魔族領に来た。

度重なる拷問と性交。

鬼姫に人生を狂わされ、死体みたいな姿にされた。


そう、人生……人生だ。


俺はもう、人としては生きられない。

きっと人だと認めてもらえないだろう。

そんで、爺さんに魔力を貰った。


今じゃあ、屍の王なんて呼ばれてる……




66:2014/11/28(金) 19:15:31.58 ID:


あの魔族が言っていたように、最早俺も魔族なんだろうか。

お供に狼、他に仲間はなく、肉を剥き出しにした醜い姿。


魔王の如き魔力を持ち、数多の魔物を葬る怪物。

屍を生む屍、屍に立つ屍。


それが、魔族から見た俺らしい。

俺は身を守ってただけだってのに、酷い言われようだ。

確かに魔法を試したし、魔物を殺して喰ったりもした。




67:2014/11/28(金) 19:16:39.19 ID:


あの『魔族』が、化け物を見るような目で俺を見た。

醜いと、得体の知れない魔だと、おぞましいと思ったのだろう。

まあいいさ、何とでも思うがいい。

全ては生きる為にしたことだ。


大体、今更魔族と協力して、仲良しこよしで鬼姫を倒そう。

そんな風には絶対思えないからな。

どいつもこいつも信用出来ない、信用出来るのは狼だけだ。


醜い化け物と昼夜を共に過ごし、夜は俺を包んでくれた。




68:2014/11/28(金) 19:20:41.60 ID:


魔法で懐かせたわけじゃない。

この狼は、自ら俺といることを望んでくれた。


人間、魔族。

果ては世界がどうなろうが、俺にはもう、どうでもいい。

ただ一つだけ、許せない存在がいる。


ほら、見えてきた。

魔族であり、化け物の頂点、鬼姫様だ。


あの女、人間の俺と初めて出逢った時と同じ着物を着てやがる。




69:2014/11/28(金) 19:23:05.55 ID:


当然、それを分かってて着てるんだろうな。

俺は出逢った時の姿には戻れないってのに、あの糞女。

狼、お前はもう戻れ。


分かるだろ、お前はこんな所にいては駄目だ。

此処には、俺と鬼姫だけでいいんだ。

ほら、もう行け。よし良い子だ。

今まで、ありがとう。



「お帰りなさい、お別れは済んだのかしら」





70:2014/11/28(金) 19:24:56.77 ID:


ああ、終わったよ。

もう此処には、俺とお前の二人だけだ。


「ええ、二人きり。わたし、この時をずっと待っていたのよ」


そうかい、それはそれは有り難いな。

お前がいつ山に来るものかと、不安に思ったこともあったんだ。

俺がお前を殺せるようになるまで待ってくれて、本当に良かった。


「あら、てっきりわたしが恋しくて戻って来てくれたと思ったのに」




71:2014/11/28(金) 19:26:59.67 ID:


ふざけるなよ変態女。

今じゃあお前が笑う度に殺したくて仕方ないんだよ。

美しさなんてもんは、一切感じない。

気持ち悪いんだよ、犬畜生にも劣る屑が。


「酷いわね、こんなに愛しているのに」


ーーなるほど、お前は本当に救いようのない変態だな。

その着物、俺の皮膚で造ったのか。

どこか違うとは思ったが、よくそんなもん想像出来るな。


「だって、あなたを傍に感じられるんだもの」





72:2014/11/28(金) 19:29:50.05 ID:


長い黒髪を震わせ、頬を赤らめながら己の女を弄る。

抜いた指はてらてらと光っていて、糸を引いた。

変わってない。

いや、あいつは生まれながらに『そう』だったのかもしれない。


まあいい、俺は終わらせに来た。

愛する男の皮膚で着物を作る変態、俺をこんな姿にした張本人。

俺はお前を滅ぼす為に此処へ来た。


「なら、声を返すわ。悲しいけれど意志は固いようだし。最期、なのよね」

「……ああ、最期だ。俺はお前を殺す」


長い間使ってなかった為に上手く声が出なかったが、何とか口にした。

眼前に立つ鬼姫は、心底嬉しそうな顔で、笑っている。




73:2014/11/28(金) 19:35:30.38 ID:


事実、嬉しいんだろう。

自分の趣味嗜好、歪んだ愛情を、鬼姫は否定しない。

あれは、そういう女だ。

「さあ、ちょうだい。あなたの全てを、魅せて」


俺は俺に集中した。

力の根源に潜って、俺と繋げた。

俺そのもの、肉ではなく、精神。

俺を俺たらしめる物。


ごく簡単に言えば、命ってやつだ。


鬼姫を『想う』憎悪は、どこの誰にも負けやしない。

想いと命を繋いで、俺自身が、魔法になる。

そして、言うんだ。まだ保っていられる内に……


鬼姫にしか通用しない、魔法の言葉を……




74:2014/11/28(金) 19:36:21.07 ID:









「さあ鬼姫、俺のー想いーを、受け取ってくれ」











75:2014/11/28(金) 19:37:38.70 ID:

おわり


76:2014/11/28(金) 19:42:05.02 ID:

読んでくれた人、ありがとう


24:2014/11/27(木) 23:31:07.30 ID:

彼の命、その宿命
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1416151250/
こんなのも書いてるので、良ければどうぞよろしく


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