1:2015/04/04(土) 22:15:41.26 ID:




――拘置所 戦後、アルドノアが地球で始動してから数ヶ月後



伊奈帆「チェスのルール位は知っているだろう」

スレイン「…………指す気にはならないな」

伊奈帆「そうかい」

スレイン「ましてや相手が界塚伊奈帆、君じゃあね」

伊奈帆「ふむ」

スレイン「…………」

伊奈帆「悪態をつく元気はあるようで良かった」

スレイン「…………」

伊奈帆「最近は、食事もきちんととっていると刑務官から聞いた。心境の変化でも?」

スレイン「…………君に言うのも癪なことではあるけど……」

伊奈帆「無理に言うことはない」

スレイン「………… ……僕が生きているのは、アセイラム姫の願いなんだろう」

伊奈帆「……ああ」

スレイン「多くの者を死に追いやり、誰も彼も騙して、その果てに…… ……死に場所まで失った」

伊奈帆「…………」

スレイン「姫のことを……正直恨みさえしそうになった。全部、身から出た錆だというのに」

伊奈帆「そう感じるのは間違いじゃないと思う。僕も君の立場なら、そう感じただろう」

スレイン「…………同情のつもりか」

伊奈帆「つもりじゃない、同情だ」

スレイン「死ぬより惨めだな」

伊奈帆「…………」


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2:2015/04/04(土) 22:16:31.72 ID:


スレイン「殺してはくれないんだろう」

伊奈帆「もちろんだ」

スレイン「…………」

伊奈帆「…………」

スレイン「姫は……どうされている?」

伊奈帆「今はだいぶ忙しそうに、公務をこなしているようだ。アセイラム、女王陛下は」

スレイン「そうか、そうだったな…… クランカイン伯爵と婚姻して」

伊奈帆「地球に降下した火星騎士の残党の説得にも、良く取り組んで頂いている。おかげで、無用な争いもできるだけ起こらずにすんでいる」

スレイン「そうか…… ……姫には会ったのか」

伊奈帆「いや。面識があったと言っても、イレギュラーな事態で会えただけのことだから」

スレイン「…………」

伊奈帆「いまでは軍の一士官でしかない僕が、会える立場じゃない」

スレイン「……姫は、そんな会って確かめることもできないような君に、僕のことを頼んだのか」

伊奈帆「そうなる。あれは月基地で、彼女に最後に会った時のことだ。ろくに会話することもできなかったけど」

スレイン「そうか、あの時………… 君も基地に来ていたんだな」

伊奈帆「本当はデューカリオンに逃がすつもりだった。クランカイン伯爵が自分の船に誘導できたのは、いまとなっては最善の策だった」

スレイン「…………そうだな」

伊奈帆「…………」

スレイン「姫…… ……界塚伊奈帆、レムリナ姫のことは、知っているか」

伊奈帆「レムリナ…… レムリナ・ヴァース・エンヴァース?」

スレイン「ああ。……当時から酷いことをしていると思っていた。僕に残された、アルドノアドライブの起動因子を持つ姫」

伊奈帆「確か、連合軍に保護されている。火星と地球が和平を結んでからは、ヴァース帝国に戻っている。安全は保障されているだろう」

スレイン「……そうか。謝る機会も、もうないんだろうな」



3:2015/04/04(土) 22:17:01.54 ID:


伊奈帆「アセイラム姫の変わり身をしていたのは彼女か」

スレイン「……気づいていたのか」

伊奈帆「ん…… わずかな違いを僕のアナリティカルエンジンが捉えた。最初に確信を持っていたのは、僕しかいなかったかもしれない」

スレイン「最初に?」

伊奈帆「デューカリオンでセラムさんと一緒に過ごした人には、アセイラム姫が地球侵攻をするようには思えなかった」

スレイン「…………どうやら、そっちの人たちの方が、姫を正しく理解していたようだ」

伊奈帆「そんなことはない」

スレイン「え?」

伊奈帆「君がいた」

スレイン「…………」

伊奈帆「正しくは君と、エデルリッゾさんが」

スレイン「…………いや。僕は、姫のことを少しも分かっていなかった」

伊奈帆「…………」

スレイン「分かっていたら、いま、こんな所で君と話なんかしていなかっただろう」

伊奈帆「理解していなかったと?」

スレイン「そうだろう。戦争を拡大させるなんて、望んでいなかったんだから」

伊奈帆「その地球侵攻に対する僕の見解なんだけど」

スレイン「うん?」

伊奈帆「戦争のない世界にするというのを、実現しようとしていたんじゃないか」

スレイン「…………」

伊奈帆「どんな小さな紛争すら起きないように、新王国をつくろうとした」



4:2015/04/04(土) 22:17:45.74 ID:


スレイン「それも、その左目で解析したのか」

伊奈帆「いや。戦争が終わって、アナリティカルエンジンをはずしてからだ。考察したのは」

スレイン「なんでそんなことを」

伊奈帆「理解しなければならなかったから」

スレイン「理解?」

伊奈帆「君のことを」

スレイン「……本当に鼻につく」

伊奈帆「…………」

スレイン「……ハークライトのことなんかは分かるのか」

伊奈帆「ハークライト…… 戦後の報告で見た覚えがある。月面での最終戦闘で、僕の姉が交戦した」

スレイン「脱出の命令を聞かずに引き返した」

伊奈帆「……バルークルス伯爵と共に、デューカリオンに特攻した」

スレイン「…………そうか」

伊奈帆「…………」

スレイン「生きていれば…… いや、僕の側近だったからな。戦争犯罪人として極刑になるよりは、良かっただろうか」

伊奈帆「…………面会時間の制限が近い。今日はこれで失礼するよ」

スレイン「…………」

伊奈帆「じゃあ」

スレイン「また来る気か」

伊奈帆「そうだね」



5:2015/04/04(土) 22:18:16.32 ID:


スレイン「なぜ僕に会いに来る」

伊奈帆「言ったはずだけど」

スレイン「覚えがないな」

伊奈帆「セラムさんが言った。君を救ってくれと」

スレイン「ああ、こうして死ぬこともできず生きている」

伊奈帆「だから、まだだ」

スレイン「え?」

伊奈帆「君を救うまで。それまでを見届けなければ、彼女との約束を守れていない」

スレイン「…………は」

伊奈帆「?」

スレイン「界塚伊奈帆、君」

伊奈帆「なんだい」

スレイン「君さ、馬鹿だろ」

伊奈帆「…………」

スレイン「…………」

伊奈帆「友人にもよく言われるよ。なんでだろう」

スレイン「それがわからないからさ」

伊奈帆「意外と、僕のことは君の方が理解しているのかも」

スレイン「それはないな」

伊奈帆「ないか」

スレイン「ああ」

伊奈帆「じゃあ」

スレイン「…………」





スレイン「…………ポーンを前へ」








6:2015/04/04(土) 22:18:44.07 ID:




――拘置所 数ヶ月後



伊奈帆「ポーンが動いている」

スレイン「動かした」

伊奈帆「うん。じゃあこっちのポーンを前へ」

スレイン「…………」

伊奈帆「なにか?」

スレイン「その階級章。昇進したのか」

伊奈帆「ああ…… もともと、前の戦争で功績はあったんだ。戦後処理の一環みたいなものだ」

スレイン「処理は進んでいるのか」

伊奈帆「そうだね。復興支援とか、急務で即物的に終わる簡単なことなら、あと5年くらいで目処がつくだろう」

スレイン「5年? ……早いんだな、廃墟になっている土地も多いはずなのに」

伊奈帆「アルドノアドライブの恩恵によるところが大きいね。賠償問題になってくると、何十年かかるか分からない」

スレイン「戦争の裁判も長くなるな」

伊奈帆「君もまだしばらくは出られない」

スレイン「出る? アセイラム姫の暗殺計画から、戦争の原因までつくったことになっているんだろう」

伊奈帆「そう。本来なら極刑だし、公式発表はそうなっている」

スレイン「姫の温情で生きてはいるけど、そんな僕の拘留が解かれるわけがない」

伊奈帆「もちろん軍にはそんな予定はない」

スレイン「そうだろう」



7:2015/04/04(土) 22:19:16.70 ID:


伊奈帆「だけど、僕の予定では違う」

スレイン「なに?」

伊奈帆「5年では済まないだろうけど、君はいつかこの拘置所を出るようにするつもりだ」

スレイン「まさか、無理だろう」

伊奈帆「君が作ろうとした王国よりは難しくないだろう」

スレイン「…………」

伊奈帆「まず君は死亡していることになっている。スレイン・トロイヤードとしてではなく、別人としてなら出所できる可能性がある」

スレイン「そんなことを」

伊奈帆「もしくは軍務についてもらうという手段。戦争の後だからどこでも人員不足だ」

スレイン「僕に何をしろと」

伊奈帆「アルドノアの起動権を普遍化する研究が進んではいるけど、簡単な話じゃない。アルドノアドライブを利用していたような人材はいくらでも欲しいところだろう」

スレイン「加えて監視もしやすい、か」

伊奈帆「その面も間違ってはいないね。別人になるにしても軍の監視はつくはずだけど」

スレイン「…………」

伊奈帆「なに?」

スレイン「…………界塚伊奈帆、君は…… ……君は、未来を見ているのか」

伊奈帆「見ている? 見ようとしているじゃなく? 未来を見たことがあるような言い方だ」

スレイン「……ああ。未来を見ていた。タルシスの力で」

伊奈帆「あの機体か」

スレイン「タルシスで見たほとんどの未来は、その通りだった。外れたものもある。そして、見えていなかったものも」

伊奈帆「…………」

スレイン「見えてないものが多すぎた。その結果がこのざまだ」



8:2015/04/04(土) 22:19:53.38 ID:


伊奈帆「僕は未来を見ようとはしていない」

スレイン「じゃあどうして、僕がいつかここを出られるなどと言うんだ」

伊奈帆「そうなるようにと、できることをしている。いつも修正を繰り返している」

スレイン「…………ふ」

伊奈帆「何故笑う」

スレイン「僕があの時勝てなかった理由が、少しわかった気がするよ」

伊奈帆「僕にはよくわからないが」

スレイン「分かってたまるか。……ナイトを前に」

伊奈帆「ビショップを出そう」

スレイン「ポーンで取る」

伊奈帆「君とチェスができるとは、最初は思っていなかった」

スレイン「じゃあ何のために用意したんだ」

伊奈帆「気が紛れるかと思って。話すより楽だろう」

スレイン「そういうのが、鼻につくと言っているんだ」

伊奈帆「進んで良かった。終わらないかと思っていた」

スレイン「何年かけるつもりだったんだ」

伊奈帆「別に何年かかってもいいかなと」

スレイン「気の長い話だ」

伊奈帆「意外と、僕だけの話じゃない」

スレイン「うん?」

伊奈帆「手紙のやり取りで駒を指していくという人もいる」



9:2015/04/04(土) 22:20:24.02 ID:


スレイン「手紙? 手紙だって? オンラインですらなく」

伊奈帆「そう、同じ国の中ですら二日三日かけて一手を指していく」

スレイン「…………随分と」

伊奈帆「随分と?」

スレイン「いいものかもしれないな」

伊奈帆「気が長いのもいいと思う」

スレイン「……アセイラム女王は、どうされてる」

伊奈帆「火星は少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。アルドノア炉の始動式典には、できるだけ参列されている。映像で見る限りは、元気そうかな」

スレイン「なによりだ。……界塚伊奈帆。いずれ、謁見するつもりなんだろう」

伊奈帆「…………言った覚えはないんだけど」

スレイン「『考察』したんだよ。いずれ僕のことを伝えるつもりなんじゃないか」

伊奈帆「その通りだ。あの約束の後、彼女に何かを伝える手段が無いから、彼女は君の生死も知らない」

スレイン「公式では死亡した発表があるだろう」

伊奈帆「セラムさんが信じるかな」

スレイン「……君に託した約束の方を信じているだろう」

伊奈帆「それは僕への評価かな」

スレイン「アセイラム女王への理解だ」

伊奈帆「ふむ。……無理に女王と呼ばなくてもいいんじゃないか」

スレイン「君に見抜かれると本当に腹が立つ」

伊奈帆「僕としては、姫とも呼びづらいんだ」

スレイン「セラム、さんか」

伊奈帆「偽名を使わざるを得なかっただけだけどね」



10:2015/04/04(土) 22:21:16.83 ID:


スレイン「まるでローマの休日だな」

伊奈帆「古い映画だね」

スレイン「火星に行く前に、父が観ていたのを覚えている」

伊奈帆「休日というには、死と隣り合わせの最前線だったけど」

スレイン「……姫も戦ったのか」

伊奈帆「火星のカタフラクトの前に立ちはだかりまでした」

スレイン「…………姫ならやるか」

伊奈帆「戦いの中で君のことを頼まれた。姫にそれを伝えるまでが、約束だと思っている」

スレイン「どうやって謁見するつもりだ」

伊奈帆「軍の高官になって申し込む」

スレイン「…………まさか。何年じゃない、下手すれば何十年もかかるじゃないか」

伊奈帆「彼女との約束だから。もちろん自分の能力を考慮して、最善の道を探ってはみるけど」

スレイン「…………」

伊奈帆「誰にも知られずに、君のことを伝えるのは、割といい手段だと思うんだけど」

スレイン「……とんだお人よしだ」

伊奈帆「セラムさんのこと?」

スレイン「どう考えても君のことだ」

伊奈帆「そうか……チェック」

スレイン「ん……む……」

伊奈帆「面会終了までは少し時間があるけど、今日はここらへんにしておくよ」

スレイン「…………ああ」

伊奈帆「じゃあ」



11:2015/04/04(土) 22:22:05.89 ID:




――拘置所 数年後



伊奈帆「面会時間の中では、一局指すのが精一杯だ」

スレイン「一局で十分だろう。時には勝負がつかない時だってあるじゃないか」

伊奈帆「それでも次に会う時には、前回の続きから始めてくれるだろう」

スレイン「……暇を持て余しているだけだ」

伊奈帆「本をよく読むようになったと聞いた」

スレイン「そうだな。許可されている資料や本をみている」

伊奈帆「火星でも」

スレイン「うん?」

伊奈帆「火星でアセイラム姫に教えたのも、本の知識かい」

スレイン「……そうだ。地球のこと。鳥という存在すら火星では資料の中にしかない」

伊奈帆「うん。少し前ではそうだった」

スレイン「うん?」

伊奈帆「地球から火星に、いろいろな動物の入植をすすめる研究が始まっている」

スレイン「……鳥が、火星の空を飛ぶようになるのか」

伊奈帆「火星への入植がはじまってから、50年と経っていないんだ。テラフォーミングは始まったばかりだよ」

スレイン「火星でも、青い空や海が見られるようになるのか」

伊奈帆「アセイラム姫は」

スレイン「…………」

伊奈帆「空が青いのは海の青を反射しているからと、教わったと言っていた」

スレイン「僕が教えた」

伊奈帆「テラフォーミングが進んで、火星の大気成分が地球と同じようになってくれば、レイリー散乱で空が青くなってくるだろう」

スレイン「ああ……そうだな」

伊奈帆「間違っているのに気付いたのか」

スレイン「ここで資料を読んで。間違っていたんだと、いまさらになって思い知らされた」



12:2015/04/04(土) 22:22:41.47 ID:


伊奈帆「…………」

スレイン「初めて空を見た気がした」

伊奈帆「初めて?」

スレイン「僕は北欧の出身だ。小さい時にはいくらでも地球の空を見上げていたはずだった」

伊奈帆「…………」

スレイン「ここに入って、君が初めてここに来て、帰った後。廊下で鉄格子の隙間から、空が見えた」

伊奈帆「……ああ」

スレイン「足を止めてみていた」

伊奈帆「…………」

スレイン「初めて、空を青いと思った」

伊奈帆「そうか」

スレイン「…………ふ…… また昇級したようじゃないか」

伊奈帆「ああ。僕の歳で佐官は最年少記録だそうだ」

スレイン「まったく、嫌な奴だ。着々と出世して、本当に僕をここから出すつもりなのか」

伊奈帆「いずれ」

スレイン「…………」

伊奈帆「でも、ここを出たいという感じじゃないな」

スレイン「いまさらどこへ行けと言うんだ」

伊奈帆「さあ」

スレイン「無責任だな」

伊奈帆「それは、スレイン・トロイヤード、君が決めなければいけないことだ」

スレイン「…………」

伊奈帆「もちろん軍にくるなら、最低限の生活は保障できる」

スレイン「現実的かもしれないな」



13:2015/04/04(土) 22:23:11.30 ID:


伊奈帆「ここから出て、そのまま放り出すこともできなくはない。いろいろと条件は付くけど」

スレイン「例えば」

伊奈帆「火星への渡航禁止、ヴァース帝国関係者への接触禁止、連合軍の監視……精神鑑定もたぶんある」

スレイン「どちらも楽じゃないな。ルークでクイーンを取る」

伊奈帆「うん。…………まずいな。前と攻めの定石が違う」

スレイン「言っただろう。本を読む時間はいくらでもあった」

伊奈帆「なるほどね。ポーンを進める」

スレイン「チェスですら負けが込んでいるんだ、多少はむきになる」

伊奈帆「なかなか先が読めない」

スレイン「何回も考えた。何回も、考えた未来を排除して考え直した」

伊奈帆「いまも」

スレイン「…………」

伊奈帆「いまも、未来を捨てているかい」

スレイン「……望むことはない」

伊奈帆「そうか」

スレイン「だけど、死にたいとは思わない」

伊奈帆「うん」

スレイン「こんな状態で、何ができるわけでもないだろう」

伊奈帆「いまのところは、僕のチェスの相手でも十分だよ」

スレイン「……ふん」



14:2015/04/04(土) 22:23:40.36 ID:


伊奈帆「やり甲斐はある。本当だ。たまに妻に相手してもらうが、分かりやすすぎていけない」

スレイン「つ……? 結婚していたのか」

伊奈帆「先々月くらいに。昇進に合わせた形になる」

スレイン「…………」

伊奈帆「なにか?」

スレイン「……物好きな人がいるものだ」

伊奈帆「我ながらそう思う」

スレイン「…………」

伊奈帆「うん、ナイトをこっちだ」

スレイン「……その人は、知っているのか」

伊奈帆「うん?」

スレイン「君と、姫のことを」

伊奈帆「知っている。当時、僕がセラムさんのためにといろいろやっていたのを、間近で見ていた」

スレイン「…………強い女性だな」

伊奈帆「元連合軍のエースパイロット」

スレイン「……驚嘆に値するけど、そういう意味じゃない」

伊奈帆「そうか」

スレイン「…………みんな、それぞれの人生を歩んでいる」

伊奈帆「そうだ」

スレイン「僕にも歩めと言うのか」

伊奈帆「強制はしない」

スレイン「あくまで自分で立てと」

伊奈帆「それが、セラムさんの願いだと思っている」

スレイン「…………」



15:2015/04/04(土) 22:24:09.90 ID:


伊奈帆「君の番だ」

スレイン「…………悪いが」

伊奈帆「うん」

スレイン「今日はもう帰ってくれないか」

伊奈帆「……分かった。続きは次にしよう」

スレイン「続きはない」

伊奈帆「うん?」

スレイン「…………4手後にチェックメイトだ」

伊奈帆「…………確かに」

スレイン「ようやくの一勝だ。今日ぐらい、勝利に浸らせてもらおう」

伊奈帆「ああ」

スレイン「…………」

伊奈帆「じゃあ」

スレイン「…………ああ」





スレイン「…………姫」





スレイン「……僕は」





スレイン「自分は」





スレイン「…………」





16:2015/04/04(土) 22:24:39.47 ID:




――拘置所 さらに数年後



スレイン「保釈が決まりそう、だって?」

伊奈帆「ほぼ決定かな。保釈条件は簡単ではないし、実際の手続きまでには、まだ年単位はかかる」

スレイン「……あと10年20年はかかるだろうと思っていた」

伊奈帆「そうだね。普通の高官ならそれぐらいはかかるだろう」

スレイン「自分は普通でないと?」

伊奈帆「割と普通ではないと自覚するよう、いろんな人から言われる」

スレイン「まあ、仕方もないだろう」

伊奈帆「君もそう思うのか?」

スレイン「普通とは何か、という話からするのは御免だからパスさせてもらう」

伊奈帆「……だいぶ僕の扱いになれたようだ」

スレイン「生憎で残念なことに、君としかほとんど話さないからな」

伊奈帆「ふむ…… それで、保釈の条件だけど」

スレイン「ここから出たいとも言ってないが」

伊奈帆「それも可能だ。むしろ軍上層部はそれを望んでいるだろう」

スレイン「そうだろうな」

伊奈帆「もちろん軍務についてくれるなら、それでもかまわないと考えている人も多い。人材不足は今もなお解消されていないしね」

スレイン「軍務、ね」

伊奈帆「決して表に出ることはない仕事だ。汚いことではないが、非合法なことはするかも」

スレイン「そんなこと、先に言っていいのか」

伊奈帆「望むなら、質問には答えるさ。ただ君の意思を尊重するだけだ」



17:2015/04/04(土) 22:25:10.16 ID:


スレイン「……それで、他には」

伊奈帆「ここを出て自由になる場合の条件の詳細が決まり始めた」

スレイン「また面倒なことばかりだろう」

伊奈帆「まあ、だいたいは」

スレイン「以前から聞かされてばかりだ」

伊奈帆「そうだね。ああ、でもこれはいい情報かもしれない」

スレイン「なにがだ」

伊奈帆「軍からの監視役、兼、君の身元引受人として推薦したい人物がいる」

スレイン「推薦? 君がしたのか」

伊奈帆「そう。恐らく審査を通るはずだ」

スレイン「その口ぶりだと、僕の知っている人物のようだな」

伊奈帆「そうだ。元火星騎士の、マズゥールカさん」

スレイン「マズゥールカ卿……!?」

伊奈帆「うん」

スレイン「うん、って…… 元、といったな。37家門から抜けたのか」

伊奈帆「ああ。彼はもともと地球への憧れがあった。戦後は中東やアフリカを旅している。先月にはアジアから葉書が届いた」

スレイン「あの伯爵が…… いや、とはいえ元火星人が、そんな監視役になれるなど」

伊奈帆「火星から地球へと移り住んで、彼はいま地球で国籍を取っている」

スレイン「…………」

伊奈帆「スレイン・トロイヤードの身元引受ができて、信頼できる人物となるとこれ以上の適役が見つからなかった」



18:2015/04/04(土) 22:25:51.67 ID:


スレイン「……彼が引き受けると思うか?」

伊奈帆「引き受ける」

スレイン「もう話したのか」

伊奈帆「いや。特秘事項を話すわけにはいかない」

スレイン「じゃあ、何故そう言い切れる」

伊奈帆「彼は、アセイラム姫への忠誠を真に守っていた」

スレイン「…………」

伊奈帆「あの戦争の時、姫が別人になっていることを説得し、捕虜になっていた彼を脱走させた」

スレイン「なっ……!」

伊奈帆「…………」

スレイン「いや、そうか、そうなっていたのか…… とんだおお間抜けだ、僕は」

伊奈帆「僕を恨んで構わない。だが彼は」

スレイン「どちらも恨んだりはしない」

伊奈帆「…………」

スレイン「自分の間抜けさには腹が立つけどな。君も彼も、アセイラム姫の心のままにと、願って行動したんだろう」

伊奈帆「少なくとも、僕はそう思っている」

スレイン「君が言うなら、マズゥールカ卿も監視役としての役目を受けるだろう」

伊奈帆「心は決まりそうかい」

スレイン「……さあ、どうだろうな。……でも、もし僕が自由を望んだとしても、ひとまずは知った顔がいるのなら、幾分気は楽になるかもしれないな」

伊奈帆「それならいい。……と、意外と時間が経っていたな。今日はチェスを指せそうもない」

スレイン「そうだな」

伊奈帆「それから、ここに来る回数も減るだろう」

スレイン「そうか」



19:2015/04/04(土) 22:26:19.29 ID:


伊奈帆「地球各地で抵抗を続けていた、すべての火星騎士の鎮圧が完了した」

スレイン「…………」

伊奈帆「多くは無血開城を受け入れてくれた。アセイラム女王の呼びかけの賜物だ」

スレイン「いくらかの騎士は、抵抗を続けていたのか」

伊奈帆「武力での鎮圧もやむを得なかった。僕も戦地に赴いた」

スレイン「最前線で?」

伊奈帆「もしかしたら、その方が敵味方共に被害を減らせたかもしれないと、思う時がある」

スレイン「佐官ともなれば、前線に出ることもできないか」

伊奈帆「ただでさえ僕は、デューカリオンの起動因子だからね。あの船は今でも、連合軍の中核をなしている」

スレイン「…………仕方もない。どうせなら、また君があのオレンジ色の機体に乗っているのを、見たかったものだ」

伊奈帆「目の前で闘ったというのに?」

スレイン「あれから何年経ったと思ってる。……闘ったからこそだ」

伊奈帆「……そうか」

スレイン「…………時間だろう。行けよ」

伊奈帆「ああ」

スレイン「…………」

伊奈帆「しばらく先になるけど、次に来たときは君の希望を聞かせてくれ。軍に行くか、それとも」

スレイン「いや。先に伝えておく」

伊奈帆「……そうか。じゃあ、聞いておこう」

スレイン「…………」

伊奈帆「…………」

スレイン「僕は――」



20:2015/04/04(土) 22:26:53.38 ID:





――拘置所 正門  19ヶ月後



スレイン「こんな夜明けに出発になるとは、思っていなかったな」

伊奈帆「人目が少ない方がいいからね。少ししたら、マズゥールカさんも到着する」

スレイン「車で迎えに来てもらうことになるとはね」

伊奈帆「服はこちらで誂えたものだ。着心地はどうだい」

スレイン「なかなか悪くない」

伊奈帆「ならよかった。パスポートと、新しい戸籍はそちらのバッグに入っている。まったく多くはないけど、少しばかりの路銀も」

スレイン「十分だ」

伊奈帆「軍属になれば、まだ安定した暮らしもできたとは思うけど」

スレイン「そうだな。そうやって人に尽くして罪滅ぼしをしていくのもいいかと思った。だけど……」

伊奈帆「……けど?」

スレイン「…………この世界を見てみたいと思ったんだ」

伊奈帆「世界を」

スレイン「マズゥールカ卿がやっているように、とでもいうのか」

伊奈帆「…………」

スレイン「それとも、アセイラム姫のようにかな」

伊奈帆「そうだね。僕もおそらく、同じ選択をしたと思う」

スレイン「ああ。そうだろう」

伊奈帆「癪じゃなかったのかい」

スレイン「癪さ。……君とは分かり合いたくないほどに」

伊奈帆「そうか」



21:2015/04/04(土) 22:27:21.99 ID:


スレイン「…………。はじめてみようと思う」

伊奈帆「うん?」

スレイン「ゼロから」

伊奈帆「ああ」

スレイン「…………」

伊奈帆「…………ああ、車の音が」

スレイン「来たのか」

伊奈帆「来たようだ」

スレイン「姫への謁見は、まだ叶ってないのか」

伊奈帆「うん。アルドノアドライブの普遍化研究によって、アクセス権が固定されたからは、謁見装置すら簡単に使えなくなってしまった」

スレイン「アクセス権?」

伊奈帆「どこで誰がどのように、アルドノア因子を起動させたか分かるようになる。主に犯罪防止目的だが、普遍化には必要なことだ」

スレイン「そっちの研究も、順調なようだ」

伊奈帆「課題は多い。でも、実現に向かってしっかりと歩みを進めている」

スレイン「…………」

伊奈帆「ゼロからはじめことだ」

スレイン「ああ」



22:2015/04/04(土) 22:27:52.91 ID:


伊奈帆「到着したな。やっぱり、マズゥールカさんだ」

スレイン「……面影が当時のままだ。変わらないな」

伊奈帆「確かに」

スレイン「はは」

伊奈帆「…………」

スレイン「はははは……」

伊奈帆「ふ……」

スレイン「…………」

伊奈帆「…………」

スレイン「もう、会うこともないだろう」

伊奈帆「そうかもしれないな」

スレイン「結局、負け越したな」

伊奈帆「うん? ああ。5回ほど負けたな」

スレイン「こっちは、その3倍は負けたよ」

伊奈帆「…………」

スレイン「…………」



23:2015/04/04(土) 22:28:27.78 ID:


伊奈帆「アセイラム姫に」

スレイン「…………」

伊奈帆「彼女に、伝えたいことはあるか」

スレイン「…………」

伊奈帆「…………」

スレイン「…………ありがとう、と……」

伊奈帆「わかった」

スレイン「…………」

伊奈帆「…………」

スレイン「界塚伊奈帆」

伊奈帆「なにか」

スレイン「手紙を出せば、届くか」

伊奈帆「うん?」

スレイン「軍に、君宛てに手紙を出せば、届くだろうか」

伊奈帆「…………ああ。届く。僕のデスクに、間違いなく」

スレイン「そうか……いつになるか分からないが」

伊奈帆「うん」

スレイン「落ち着いたら、手紙を出すよ」

伊奈帆「……うん」

スレイン「雪辱を晴らさないといけないからな」

伊奈帆「ああ」

スレイン「…………」

伊奈帆「待っていよう」

スレイン「…………それじゃあ」

伊奈帆「ああ」





伊奈帆「ああ、待っているよ。スレイン・トロイヤード」





伊奈帆「次は、君の番だ」






24:2015/04/04(土) 22:30:11.08 ID:

以上です
最終回のスレインがあまりにも可哀そうなんで書いた
彼は、いずれ救われるといいな


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