2009年11月

2009年11月30日

ワークショップ ファッション×科学の出会い

東大科学技術インタープリター養成プログラムの学生さんが主催するワークショップ ファッション×科学の出会いに参加します。

土曜日の午後の駒場のキャンパスは、閑散として、社会人、家族連れ、外国人ばかりが目立ちます。みんな携帯で写真を取りまくっています。


さて、ワークショップです


ファッションと科学で面白いことをやってみたい

「ファッションと科学」 一見するとどこにも接点のない分野です。

この異なる2つの分野が出会うことで、お互いに今まで気が付かなかったものを見つけることができるかもしれません。

ファッションの中に科学の要素・科学者の考え方を取り込むことができたら、あるいは科学の中にファッションの要素・クリエイターの発想方法を取り込むことができたら、一体どんなことができるでしょう。

テーマは「未来に求められる衣服」です。近い将来に起こりうる未来予想を基に、クリエイターと科学者で未来のファッションの在り方を考え、「衣服とは何であるか」という根源的なものに向かって双方の考えを深めていきたいと思っています。


参加者は、科学技術インタープリター養成プログラムを学ぶ、理学系の大学院生の皆さんと、ファッションを勉強する大学生の皆さん、と主催者の科学技術インタープリター養成プログラム専攻の学生さんと、「TAK」さん、という、バラエティーに富む構成です。


さて、ファッションというとデザインと考えがちですが、そうでもありません。

●機能性の進化

「TAK」さんはテニスをやりますが、以前のテニスウェアは夏は、汗びっしょりになり、何枚も着替えが必要でした。最近は、汗の蒸散性が格段に向上し、着替えがずっと減りました。

冬の寒い時期には、厚くて、重いコートが必要でした。暖かいけれど、着ていると、重くて疲れました。今では、ずっと軽量化が進み、楽になりました。

このように、見た目では気がつかないところで、ファッションは進化しています。


●表現としてのファッション

ここ数年で、ブログ、SNS、twittwerなど、個人が表現する手段は飛躍的に向上しました。これは何も若い人に限らず、中高年も含めてです。

ところが、「表現としてのファッション」は、一部の若い人たちに限られています。

それ以外の人たちは、目立たない、埋没するようなファッションです。

いろいろな人に、「表現としてのファッション」が可能にならないでしょうか?


なんて、話していたところで、「TAK」さんは時間切れ。大岡山の東工大で行われるゼミへ行きます。


参加した方々、この続きを聞かせてください。





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2009年11月29日

リバース・イノベーションとは?

東京丸の内三菱ビルで行われた東京大学知的資産経営総括寄付講座公開セミナー「グローバルイノベーションエコシステムにおける中国・インドの台頭」に参加します。

講師は、元橋一之東京大学技術経営戦略学教授です

グローバル化、イノベーション、中国・インドの台頭、などは、やや聞き古した感がある言葉です

でも、おさらいすると、新しいことも見えてきます

国境を越えるには、いろいろな距離があります。

・文化的距離:宗教、倫理の違いなど、牛、豚は食べてはダメ、女性はターバンを巻く、など

・制度的距離:通貨、関税などの違い。円は日本でしか通用しません。

・物理的距離:日本から中国は近いですが、アメリカ、ヨーロッパは遠いです

・経済的距離:一人当たりのGDP、物価など。物価は北欧は高く、アジアは安い、など

グローバル化の過程で、工夫することがあります。

・グローバルではなくグローカルというように、現地の事情に合わせること。

例えば、アメリカのレストランチェーンが日本に進出しても、量は日本人にあわせて、少なめにします

・グローバル・ソーシングという、現地人材、技術を活用すること

現地の人材、技術が育ってくれば、人件費、コストの安さが活用できます


ここまでは、既に知られていることでしょうか?

最近、起こりつつあるのが、「リバース・イノベーション」と呼ばれるものです。

アジア諸国では、日本、欧米と同じ品質の製品は必ずしも必要とされません。

むしろ、多少、品質は落ちても、価格の安いものが好まれます。

もちろん、このアジアの安い製品を日本、欧米に持ち込んでも、売れませんでした。

ところが、このアジアの低コスト製品の品質が急激に上がってきました。

機能は、欧米のものに比べると、はるかに少ないのですが、多すぎる機能はそもそも使っていませんでした。

そこで、当初は欧米向け製品からスペックを落としたはずの低コストのアジア製品が、逆に欧米市場に入ってくるようになりました。

つまり、これまでは欧米の技術をアジアに導入していたのですが、逆にアジアの技術が欧米に導入されるようになりました。

これが、リバース・イノベーションでしょうか?


さて、アジア発の技術が世界中に入ってくると、何が起こるのでしょうか?

「中国・インドの台頭」という簡単な構図だけでは、なさそうです。

ところで、会場の様子が興味深かったので、A面ブログに書きます。







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2009年11月26日

科学技術予算の仕分け作業に思うこと

予算の仕分け作業が科学技術予算についても行われています。

女性参議院議員の○○さん、よくテレビに出てきているけれど、本当に内容を理解しているのかしら?って、余計な心配でしょうか?

仙石行政刷新大臣の「科学技術は大事だけれど、世界一でなくていい」はひどいですね。

先進諸国の模倣ならば欧米どころか、アジア諸国からも取り残されてしまいます。

科学技術予算の仕分け作業への感情的発言は控えてきましたが、ちょっと「プッツン」きました

大学の総長・学長、ノーベル受賞者から緊急の反対声明が出ていますが、忙しい彼らが急に予定を調整できるはずもなく、これは前々から予定していたのでしょう

ところで、例によって、少しひねくれて見ます。

仮に十分、潤沢な予算があれば、すばらしい研究成果が出るのでしょうか?

先立つもの、研究費がなければ、そもそも研究ができないことは、昔は研究者、今は産学官プロデューサーの「TAK」さんはよくわかります

ただ、本当に、予算が研究のネックなのですか?

足りなかった研究資金を獲得すると

あんなに欲しがっていた物をあげたのに

で書いた、東京大学先端科学技術研究センター 経営戦略担当だった澤 昭裕教授のお話を思い出しました


研究者は「研究資金が足りない」「大規模なプロジェクトがしたい」と言っていました。

そこで、経営戦略室を設置して、経営戦略室の担当教授がそれらを何とか整備しました。

研究者は大喜びか、と言うと、そうでもありません。

それどころか、「足りない研究資金を何とかしよう」「大きなプロジェクトを呼び込もう」をもがいていた時の方が、活気があった、なんて言われてしまいます。


100年に一度の大不況の中、企業の研究開発費は既に大幅に削減されています。

その中で、欧米、アジア諸国との厳しい競争を余儀なくされています。

さて、この厳しい状況下で研究者はどうすべきなのでしょうか?




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2009年11月25日

「労働」概念の歴史と現実

東工大・朝日カルチャーセンター・ジョイントコースの「労働」概念の歴史と現実に参加します。

通常は受講料が2700円なのですが、東工大関係者なので、「TAK」さんは無料です。


コースの概要には、

「フリーター」や「ニート」の社会問題化が声高に叫ばれるなか、「働くこと」の人間にとっての意義・意味があらためて問われるようになりました。

われわれが働かなければならないのはしばしば自明のことのように思われます。

しかし、「労働」(labor)という観念は、超歴史的なものではなく、近代の発明物です。

本講座では、古今の社会思想家たちの言説を手掛かりに、「働くこと」の意味の歴史的変容をとらえ、「労働」の現在を考察します。

とあります。

今日は、まず、講座の感想から入ります。

「はずれ」でした。「TAK」さんは無料だから、まだしも、2700円払った人はかわいそう。

博士論文を出したばかりの人が講師で、文字ばかりが詰まったパワーポイントを1枚5分以上かけて、すべて読み上げていました。

ゼミの発表をまだ脱していません。

他人様から、銭をもらうためには、他人様の立場に立って、資料を作らねば。

いい勉強になりました


気を取り直して、講座のメモです

昔から、「働かざる者、食うべからず」と言います。

でも、現代を見ていると、働かない者が、莫大に儲けて、飽食しています

ホワイトカラーという言葉の内容も大きく変化しました

以前は、管理職というイメージでしたが、今は管理だけでは利益は生まれません

コンサルタント、法律家、専門技術者など、シンボリックアナリストと呼ばれる人たちが利益を生んでいます


ひと頃、必要とされた、仲間とうまくやり、丸く収める、協調性よりも、個性によるネットワークによるつながりが価値を持ちます

でも、これってどうすれば身につけられるのか?よくわからない

教科書をよく読んで、問題集を解いたって、できません


成功しているシンボリックアナリストに共通していることがあります

労働とそれ以外の活動の境界が不明確なこと

まるで遊んでいるかのように、楽しげに仕事をこなしていく


では、楽しくないことを仕事にしているのでは、救いはないのでしょうか?

そうでもありません

昔、地面を締め固める、材木を持ち上げる、重いものを動かす、など、苦しい作業をみんなでする場合、唄を歌いながら行いました

今でも唄い継がれている、有名なものもあるようですが、具体名は失念しました

これはみんなで調子をあわせてリズムを取る意味もありますが、苦しい作業を集団の楽しみに転化した、という意味もあったようです


「はずれ」とか言ってたけど、結構勉強になったんじゃないって?

「文字ばかりが詰まったパワーポイント」とそれをすべて読み上げる説明から、これだけ引き出すのは大変な労働でした





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2009年11月23日

「知の構造化」メモの重要性

A面ブログ東京大学「知の構造化センター・シンポジウム(Webと知の構造化)」を紹介しましたが、「知の構造化」とは、本を読む、人の講演を聞く、それで放って置かないで、メモすることから始まります。

なんて考えていたら、K.Tachibanaさんから、知的生産におけるメモの重要性を紹介いただきました。

基本的に人間の脳の記憶はすぐに消えてしまう。

いや正確に言うとかなり早いタイミングで非常に思い出しにくくなるといった方がよいだろう。

人の名前を忘れれば、名刺を見ればよい、会合のならば他の参加者に聞けばよい、

問題は「アイデア」だ。自分のブラックボックスから出てきたアイデアを一度取り逃がしてしまうと、再び邂逅できる可能性はかなり低いと考えてよい。

知的生産においてもっとも重要なコアはこの「アイデア」である。

手帖につけるメモには二種類はあるように思われる。

ひとつは、備忘録として、事実などをメモしておくもの、記録である。

もうひとつは、頭に浮んだアイデアなどを書き誌しておくもので、これも記録、備忘録だといえばいえないことはないけれども、メモすることで、考えを発展させたり、他日の思考に手がかりを残すという意味合いの方が大きい。

メモ・システムの三大要件とは、

・いつでもどこでもメモが取れる
まず、メモを取る状態を常に臨戦態勢にしておくこと。

・とりあえずメモを取る
メモするかどうかは悩まず、ぱっとメモを取る。

・とったメモは必ず見返す
必ず見返して、下ごしらえをする。


これをしっかりやると、知的生産性が飛躍的に増すのでは?と考えています。






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2009年11月20日

駒場キャンパスの今昔

091120駒場11/21〜23に東大駒場キャンパスで駒場祭が開催されます

11/10号の東大新聞に「教職員の駒場時代」という記事が掲載されたそうです
それにならって、「「TAK」さんの駒場時代」を振り返ってみます。

18歳(?)の「TAK」さんの駒場時代って、いつのことでしょうか?今?数年前?数十年前?

ハードとして変わったことは、

・旧制一高の頃からの駒場寮がなくなって、その後に新しい生協、カフェテリアができた

・木造の同窓会館がなくなって、立派な建物になった

ことでしょうか?

ただ、キャンパスを歩いていて思うことは、びっくりするくらい、変わっていない、当時のまま、ということです。

特に教室、廊下を歩いていると、数年前?数十年前?にタイムスリップしたような感じです

まるで、ここだけ時間がずっと止まっている、という感じでしょうか?

ただ、決定的に変わったことは、

・女子学生の比率が飛躍的に増えた。何人かのグループの中に「紅一点」としてしか存在し得なかった女子学生だったが、最近は女子学生がグループで歩いていることが何ら珍しくない

・祭りの前のようににぎやかだった土曜日のキャンパスが、今は閑散としている
ということでしょうか?

教養課程の駒場の授業は、数学、物理などの自然科学、英語、フランス語、ドイツ語などの語学、法学、経済学などの社会科学、哲学、心理学などの人文科学でしたが、これらは、熾烈な入学試験を終えたばかりの20歳前後の学生にとって、決して面白いものではありませんでした

むしろ、サークル活動、ゼミなどを通じて、友達を作る、人たちが多かったでしょうか?

東大のいいところは、文系、理系の学生が一緒に混在している、ことでしょうか?

クラスは文一、理一など、コース毎にできますが、とにかく同じキャンパスにいますから、サークルなどを通じて、ふれあいがあります

ただ、駒場の決定的な欠点が、1、2年生しかいない、ということでしょうか?

就活など、先輩たちがどうしているのか?直接見ることができません。

さて、明日からの駒場祭ではどんなドラマがあるのでしょうか?

「TAK」さんはちょっと行けそうもありませんが




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2009年11月19日

文理融合ではなく文理越境を

文理融合シンポジウム「「理系」が未来を変える!」というシンポジウムを紹介したところ、学際という幻想──文理融合ではなく文理越境をというフォーラムを紹介していただきました。

案内文によると、

学問、とくに大学における知のあり方として「学際」の必要性が叫ばれるようになっている。

しかし学際性が強調されるのは、はるか100年以上前からのことであり、学問の歴史は専門分野への細分化とその反動としての学際運動の繰り返しであったと言っても過言ではない。

したがって、今日、単に学際を謳うだけでは何らオリジナリティを伴わない空疎なキャッチフレーズに終わってしまうだろう。

学際性に実体と有効性を付与するためには、いくつかの工夫が必要になる。いずれも即効性はないが、それらについて考えてみたい。


学際という幻想──文理融合ではなく文理越境を──(11月25日)

講師: 佐倉 統(東京大学大学院情報学環教授)

タイトル: 学際という幻想──文理融合ではなく文理越境を──

会場: 大岡山キャンパス 西9号館 6階 607研究科共通ゼミ室

日時: 2009年 11月 25日(水) 17:00 〜 18:00


講師プロフィール:

三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部助教授を経て現在は東京大学大学院情報学環教授。進化生物学から科学史や科学論の領域に焦点を移し、生物学の理論受容史や科学技術と社会の関係を探求中。


おそらく、このテーマはとても1時間では語り尽くせないでしょう。おそらく参加者に何らかのヒントを与えて、考えてもらう、ことになるのでしょうか?

学部の学生さんよりも、大学院生、ポスドク、社会人にお奨めみたいですね

それにしても、東大と東工大を行き来している「TAK」さんは、この日は東大に行く日です。

何とタイミングの悪いこと!




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2009年11月18日

文理融合シンポジウム「「理系」が未来を変える!」

文理融合シンポジウム「「理系」が未来を変える!」を開催しますという案内が来ました。

サブタイトルは、「博士人材の社会貢献とキャリアパス―」

案内文は以下の通りです

日本では初の「理系政権」の誕生が喧伝されている。それによって「理系」の未来はどのように変わってゆくのだろうか。また、「理系」のスペシャリストとしての博士人材は社会でどのように活躍してゆくことが期待されるのか。そして、かかる専門人材を養成する大学の課題とは何か。

今回のシンポジウムでは、基調講演に『理系白書』で、「理系」を取り巻く現状を鋭く浮き彫りにした毎日新聞 科学環境部記者の元村有希子氏をお招きし、今後の社会と「理系」の関わりをテーマにご講演いただく。続くパネルディスカッションでは、基調講演の問題提起を受けて、パネリストや会場の方々との討論を通じて、これからの「理系」の未来を考える。

日時: 2009年12月4日(金)17:45〜20:00(交流会20:10〜21:10)

会場: シンポジウム:西早稲田キャンパス 57号館201教室  交流会:同63号館1階 カフェテリア

参加費: 無料

参加対象: 大学院生(修士、博士)、ポスドク、学部学生、マスコミ関係者、大学関係者、行政、一般等

【基調講演】
「21世紀の社会と科学〜誰が科学を支えるか?」
元村 有希子 (毎日新聞 科学環境部記者)
理系白書ブログ 

【パネルディスカッション】

パネリスト: 西村 吉雄(早稲田大学 大学院政治学研究科 MAJESTy 客員教授、元日経エレクトロニクス編集長)

朝日 透(早稲田大学 博士キャリアセンター 副センター長、理工学術院 先進理工学研究科 教授)

元村 有希子(毎日新聞 科学環境部 記者)        他

コーディネータ: 瀬川 至朗(早稲田大学 大学院政治学研究科 ジャーナリズムコース プログラム・マネージャー)

【懇親会】

文理の壁を超え、講師の先生方と親睦をお深めください。


理系白書シンポジウムに参加しました

難しいテーマ「企業と博士」

に、同じく元村有希子氏、西村吉雄氏の過去のシンポジウムの参加メモを掲載しています。


これらでは「「理系」が未来を変える!」「博士人材の社会貢献とキャリアパス―」とは、逆の厳しい問題点、課題が話し合われていました


今回の文理融合シンポジウムでは、どのようなお話がされるのでしょうか?




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2009年11月17日

どんな進歩があったのか?科学技術コミュニケーション

東京大学科学技術インタープリター養成プログラムからシンポジウム科学コミュニケーション教育の将来と日本の科学技術/高等教育の案内がありました。

「えっ?これって2年前のシンポジウムと同じじゃない?」

2年前にシンポジウム「科学技術コミュニケーター養成プログラムのめざすもの〜これからの社会に何を残すか〜」が開催されました。

既に、当時の開催概要のホームページは削除されていますが、「TAK」さんのブログの開催案内科学と社会をつなぐ人材の必要性に当時のプログラムが残っています。


比べてみて見ましょう。変わり映えがしない感じがぬぐえません。同じ人がやっているのだから、当然と言えば、当然かもしれません。

もちろん、それぞれの大学、研究機関がプログラムを実施してきたのですから、講演内容は2年間の進歩があって、しかるべきでしょう。

2年前にシンポジウムの参加メモを科学者、技術者、研究者自身がコミュニケーションの基本を!に残しております。

科学技術コミュニケーターとは、

・科学技術の内容を正しく伝える人材

・科学技術と社会の中間に立って、両方のコミュニケーションを活性化してくれる人材

で、科学技術の進歩が急速な現代にあっては、欠かせない存在、

という内容でした。

当時「TAK」さんは科学コミュニケーションに大変興味をもっており、東京大学の科学技術インタープリター養成プログラムに参加しました。

このプログラムで、

村上 陽一郎(国際基督教大学教授/本プログラム特任教授)『科学・技術の変質- 歴史的観点から』

小林 康夫(大学院総合文化研究科教授)『科学の波打ち際の〈人間〉の顔』

などは大変興味深いものでした。

ただ、「ところで、科学技術インタープリターって何?」という疑問は胸に残ったままでした。

その後、直接かかわるというよりも、傍観者の立場で科学コミュニケーションを見ておりました。

この2年間でどういう進歩があったのか?傍観者の「TAK」さんにはよくわかりません。

少し意地悪く言えば、いつも同じところをぐるぐる廻っているだけ、という感じがあります。


2年たっても、相変わらず同じ内容を、話していないことを切に希望します。

シンポジウム科学コミュニケーション教育の将来と日本の科学技術/高等教育で何らかの進歩が発表されるのか?

参加される方からのお話をお待ちします。





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2009年11月14日

やっぱり女性の力は凄い!

東京ビッグサイトで行われたイベントに新製品・新技術を展示します。

ただ、まだ試作の段階なので、プロモーションよりも、一般来場者の意見を聞くのが目的です。

ブースの前を素通りされないような仕掛けが必要です。

コンパニオンのお姉さんを動員して、前を通る人たちにアンケートをお願いします。

「「TAK」さん、楽しい仕事しているんじゃない?」

まあね!

「製品のプロモーションだと、何個お客さんに配ったか?でギャラが決まることも多いので、女の子同士の争いにあることもあるんですけど、このアンケートは無理に勧めることはないんで、そんなにつらくありません!」

お姉さんたちからの評判も上々です。

足早に通り過ぎようとする、硬い表情のおじさんも、お姉さんに声を掛けられると、表情をゆるめてアンケートに応じてくれます。

お姉さんたちの仕事ぶりも上々です。

おかげで一般来場者のアンケートは十分な数量が確保できました。

さて、詳しい技術的な説明は、専門の説明員が行います。

ところが、意外なことに気づきました。

お姉さんとだけ話をして、満足げに立ち去っていく人が、ずいぶんいるのです。

男性ならばわかるのですが、女性もなのです。

しかも、話の内容は、技術、製品に関するテーマなのですが


ここで「TAK」さんの仮説です

・みんな、誰かに話を聞いて欲しい

・できれば、お姉さんに聞いて欲しい

・「人の硬い殻を開く」「人の話をうまく聞き出す」には、やはり女性の方が得意で、女性の力が欠かせない


次の機会にこの仮説を検証することにしましょう











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2009年11月11日

学生にとって、大学とは何か?

「情報があふれかえる社会」から「表現が編みあがる社会」へで紹介したMELL platz(メル・プラッツ)でご一緒する東海大学の水島久光先生が興味深い文章を書いていたので紹介します。

5月になると、卒業生と会う機会が不思議と増える。僕はそうしたときに、いつも自分に問いかける。「大学は果たして彼らにとって意味のある場所だったのだろうか?」と。

確かに「大学卒業」という言葉が持つ意味は変わった。希望すれば誰でも入れる「全入時代」の大学は、それこそ多様な人々の人生を抱え込む機能を持たなくてはならなくなったはずだ。

しかし、実態は明らかに逆の方向を向いている。大学は、画一的なフォーマット(例えば、エントリーシート)に学生を当て嵌める「就職予備校」への道を、いつから歩き始めてしまったのか?

「就活で休みます」と、当然の権利のように主張する学生を見るたびに、「この子は何のために大学へきたのだろう」と思い、悲しくなる。

これだけ選択肢が多様になった社会にもかかわらず、「選択を拒否」し、社会人の入場券売り場に殺到する学生たちの姿に、皮肉なものを感じざるを得ない。

まさに、大学とはこうした矛盾自体を問い、「選択の自由」を行使する力を習得する場だったはずだ。


僕は、卒業生を集めて、学外で「ゼミ」を始めることにした。そこには、実に多様な顔が集まる。

ようやく仕事に慣れたことを報告する者、組織との軋轢に戸惑う者、さらには就職せずに自分の立ち位置を模索する者など


それぞれに「社会」と闘う姿にうれしく思う。

「大学」は、わずか4年の通過点ではない、ということを実感するひと時である。




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2009年11月09日

自分以外の人の研究テーマに大きなポテンシャル?

大学のキャンパス公開でいつも気になることがあります

ある研究課題について、説明員の学生さんに質問すると、

「すみません。それ私のテーマでないのでわかりません。そのテーマの担当は今、外しています」

自分の担当のテーマではなくても、同じ研究室のテーマであれば、少なくとも概略は説明できるようにしたいものです。

「TAK」さんは、いろいろなゼミに参加しています。

すると、二つのパターンがあることに気づきます

自分のテーマの発表、それに対する質疑応答が終ると、もうそれでホッとし、他の人に発表には関心がない人

他の人の発表にも、いろいろコメント、提案をする人

一概には言えませんが、前者は学生、後者は社会人学生に多いでしょうか?

ゼミは、自分が研究した成果を他の人に聞いてもらって、アドバイスをもらう場でしょうか?

であれば、自分のテーマの発表と質疑応答しかしないのは、もったいないことです

他の人が、時間と労力をかけた研究成果をじかに聞くことができ、それについて議論ができるのですから、本当に有意義です


自分以外の人の研究テーマ、実はここに大きなポテンシャルが潜んでいるのではないでしょうか?




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2009年11月08日

なぜ科学・技術リテラシーか?

11/7(土)は午前中いつも通り、テニスをした後、午後は東大駒場リサーチキャンパスで行われるシンポジウム「先端研究者による青少年の科学技術リテラシー向上」に出かけます。

少し早目に着いたので、駒場の教養学部キャンパスを散歩して、リサーチキャンパスに行くことにします。

「TAK」さんが学生だった頃の、土曜日の午後の駒場の教養学部キャンパスは、他大学の女子学生がどんどん集まって、まるでお祭りがこれから始まるというようなにぎやかさでした。

それが今は、人通りも少なく、お休みモードのキャンパスです。

生産技術研究所、先端科学技術研究所があるリサーチキャンパスも社会人あるいは子供連れの人たちが多く、

学生さんはあまりいません。

本当に土曜日のキャンパス風景は変わったものです。

さて、シンポジウムですが、時間の関係で、村上陽一郎先生の基調講演「なぜ科学・技術リテラシーなのか」だけ参加します。


村上陽一郎先生は東大を退官後、国際基督教大学、その後、東大の特任教授を務めた後、現在は、東京理科大学 科学教育研究科の研究科長を務められています。

さて、先生の基本的なお話は一貫しています。

すなわち、科学の研究は19世紀までは、真理の探究、自分自身の好奇心を満たすため、に行われていました。

そして、研究活動は科学者共同体内部で行われる、「閉じられたもの」でした。

すばらしい研究成果のごほうびとして、研究者の名前がつけられました。

ファラデー定数、マクセルの方程式、など

しかし、20世紀になると、科学の研究活動が、「閉じられたもの」ではなくなりました。

科学の研究活動が、社会に大きな影響を与えるようになりました。

その代表的な例が、マンハッタン計画でしょうか?

原子のエネルギーが、原子爆弾という形で、社会に大きな影響を与えました。

このように科学の成果が取り込まれるようになったため、社会の意思決定には専門家の判断が求められます。

しかし、専門家だけでなく、市民も科学の理解が必要になりました。

ということで、「なぜ科学・技術リテラシーなのか」への答え、ということでしょうか?

今回のシンポジウムでは、さらに「問い」が加わりました。

科学的合理性が求められるとして、その外側にもっと大きな社会的合理性があるのではないか?

科学の周辺で、科学だけでなく、いろいろな知の集積が行われています。

すなわち、もっと広い社会リテラシーが求められているのかもしれません。

また、理科教育の充実が叫ばれていますが、そのほとんどが、教育を受けた学生が将来理工系へ進む前提で語られています。

しかし、理工系へ進まない学生もたくさんいます。

理工系へ進まない学生への理科教育はどうすればよいのでしょうか?

これについては、「TAK」さんはひとつのヒントを感じています。

東京工業大学は、いうまでもなく理工系大学です。

ただ、社会科学など、いわゆる文系の教員が多く、それらの教育が予想外に充実し、多くの学生が参加し、理工系だけへの偏重のバランスを取っています。

この逆のパターンはないのかしら?

いろいろ、示唆に富んだ基調講演でありました。






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2009年11月03日

「場」の雰囲気はどうつかむ?

世の中は、飛び石連休で11/2(月)を休みにすれば、4連休ですが、「TAK」さんは休みもなく、動きっぱなし、です。

11/2(月)は連休のイベントの仕事です。

連休の谷間ですが、司会MC(Master of Conference)のお姉さんに来てもらってのイベントです。

この司会MC(Master of Conference)のお姉さんの人のひきつけ、が絶妙でした。

会場の人々に話しかける時、間の取り方、タイミングで全く効果が異なります。

この方の会場の雰囲気のつかみ方が自然なのですが、本当にうまいんです。

会場のみんなが思わず、引き込まれてしまいます。

また、声が親しみやすいのです。

マラソン解説の増田明美さんに良く似ています。

増田さんは、ロサンゼルス・オリンピック(1984)に出場していますが、むしろ、穏やかで優しい、親しみのある解説で高い評価を得ています。

空き時間には、子供に囲まれているのですが、しゃがみこんで、文字通り、子供と同じ視線で話しています。

この司会MC(Master of Conference)のお姉さんは、平日はOLをしていて、土日はMC、ナレーター、さらにヒーリングの勉強もしているそうです。

人と話すのが好きで、休日にはこの仕事をしているそうです。

見ているだけで、勉強になりました。

「「TAK」さん、お姉さんに見とれていたんでしょう?」って?違います!

一方、反面教師もいました。

11/3(火)は海外の大学から行動経済学の第一人者とセミナー、というので楽しみに行きました。

この方は、「参加者とインタラクティブなセミナーをしたい」と言って、参加者に強い調子で質問、コメントを求めてきます。

質問、コメントは強い調子で求められて、するものではありません。

自然で穏やかな対話の中から、生まれるものです。

また、パワーポイントが、話している内容と違っていて、何が論点なのか?わかりません。

これは、本当にまずいことです。

議論をしたい場合は、パワーポイントに論点を書くことが大切です。

この方は、「欧米と違って、日本人は反応がないのか?」とプリプリしています。

一方、参加者は、プリプリしている講師を尻目に、昼食後の眠さが加わり、うとうとしています。実は、「TAK」さんもです。

無理矢理、質問、コメントを求めてもうまくいきません。

まず、会場の雰囲気をつかむことだったのではないでしょうか?


連休は休めませんでしたが、大変勉強になりました。






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2009年11月01日

ICTはエネルギーを変えるか?

10/31(土)はこのブログでも紹介したサイエンスアゴラ2009「地球の未来 日本からの提案II」に行きたかったのですが、そうもいかず、東工大の大岡山キャンパスへ

社会人大学院生にとって土曜日はとっても重要な日です

朝から夕方まで単位を稼ぐ、日程調整が難しい社会人大学院生同士がゼミを行う、などなど

さてさて、この日は「TAK」さんが話題提供をします

テーマは、スマートグリッドネットワークをもとに、「ICTはエネルギーを変えるか?」です

例えば、電力を例に取ります

現在の発電量、消費量、各発電所の発電バランス、各送電ポイントの電圧、周波数など、リアルタイムで詳細にモニタリングしています

それゆえ、3年前の首都圏大停電の時も、事故の規模の割りに、早く復旧ができています。

しかし、供給サイドのICTは進んでいるのですが、供給者と需要者の間のICT化は全く進んでいません。

検針は、月に1回、人による目視、集金票には一月に使った総量とその料金しか記載されていません。

「今月はやけに電気代が高いな?」と思っても、何が原因か?突き止めることはできません。

一部の家電製品では、「見える化メーター」と称して、現在使用している電気量を表示しているものがあります。

これは大きな進歩です。でも、まだ不十分です。

例えば、銀行残高でも現在の残高がわかることは大切ですが、それだけでは不十分です。

何にどれだけ使ったのか、履歴がわからなければ、改善にはつながりません。

電力について、冷蔵庫、テレビ、照明などに、いつ、どれだけ使ったのか?知ることができればどうなるでしょう?

「うちは、50Aで契約しているけれど、本当は30Aでいいのではないか?」

「ここで、○○をつけっ放しにしていたけれど、これって本当にもったいない」

「待機電力って、結構バカにならなくて、コンセントを抜くと節約になる」

「冷蔵庫は1日中つけっ放しにせざるを得ず、電力を食うから、新しい省エネ型に変えた方がいいかもしれない」


今は、電力は需要家が消費する電力を、すべて供給しています。

でも、ある上限でカットしたり、使い過ぎたりしている場合はカットする機能も可能でしょう


また、電力は電力会社から供給されるだけではなくなりました。

太陽光発電、燃料電池などで自宅で、発電し、蓄電池にためることもできます。

真夏、事故時など、電力会社の供給状態がひっ迫している時は、逆に電力会社に電力を売ることもできるでしょう。

また、電力会社から供給される電力、太陽光発電で発電する電力、燃料電池で発電する電力は、値段が違うのです。

さらに、電力会社は、太陽光発電で発電する電力に限って、買い取ります。

最適コスト、最適省エネはICTを利用しなければ、難しいでしょう


ここまでは、ある一軒の家庭の中のエネルギー・マネジメントです

さらに、Aさん宅はエネルギーが足りないけれど、隣のBさん宅は余っている、なんてこともあります。

こんな時は、地域単位でエネルギーの融通だって、できるでしょう


さて、このスマートグリッドネットワークはアメリカ、ヨーロッパではある程度、進んでいますが、日本ではほとんど進んでいません。

実は、アメリカ、ヨーロッパでは、電力が盗まれることが多く、その対策のため、モニタリングをした結果、スマートグリッドネットワークという予想以上の成果が得られました。

日本では、エネルギーが盗まれることはほとんどなく、検針の人件費も安いので、スマートグリッドネットワークは進みません。

スマートグリッドネットワークにかかるコストと、それにより得られる、現状想定されるメリットを考えると、まだコストの方が大きいようです。

ただ、スマートグリッドネットワークのような技術開発は、実はやってみなければわからない、やっているうちに新たなブレークスルーが生まれる、思いがけない展開が生まれる可能性があると思うのですが。

さて、どうでしょうか?これからが楽しみです。






stake2id at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加
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