2011年12月

2011年12月29日

時代と社会のトレンドについてメモランダム

御用納めも過ぎて、お休みです。お休みで時間がある時こそ、いつも考えていることをまとめたり、整理しておくとよさそうです。

時代と社会のトレンドについて、少しまとめてみます



・今年ハーバードビジネスレビューで最も人気のあったポスト
成功する人の9つの行動の違い

1.具体的に、2.目的を行うタイミングをつかむ、3.どれだけやらなければならないか?把握する、4.現実的な楽天家になる、5.よい状態に甘んじるのではなく、よりよい状態を目指す、6.目的にコミットする粘り強さを持つ、7.意志力を築く、8.誘惑に負けない、9.やらないことではなく、やることに集中する


・これからの教育のトレンド
1.ひとりで行うのではな他の人とコラボして、2.ITなど技術を駆使して、3.オンラインとオフラインを融合させて

・先進国のエリートたちは彼らより少ない給料で一生懸命働く新興国のエリートと競争せざるを得なくなっている

・低収入でも幸せなフランス人、自分が本当に必要としているものだけにお金をかけている。決して贅沢な消費はしない。でも家族と過ごす時間は大切にする

・「同世代が頑張ってるんだから、私も負けられない!」という刺激を受ける環境がいい

・労働対価の時代から価値創造の時代へ推移しているので、苦しい仕事で金を稼ぐ、から、やりたい得意なことでお金までもらえる、にゆるかなに移行

・自分の考えたとおりに生きなければならない。そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう。ポール・ブールジェ(小説家)

・頭が良いんじゃなくて、失敗してる場数がハンパないだけ

・「誰かがやるはずだった。その誰かになりたかった。」カールルイス

・人に悪口、陰口言われるのって、自分の存在が気になるから。人に気にされる人間になってなんぼ。ありがたく受け止めたい。人の陰口ききたくなるのって、自己評価が低いから。まずは自分をなんとかしろよ

・たまには慣れ親しんだ場所から踏み出すことが大切 

・ビジネスで価値観や理解の仕方の違う相手に対して「なーんでわかんないんだ」と言っていても全く前に進まない。「べき思考」を捨てる。言っても仕方ない、と諦めてしまっていることが多いけど、「べき」を外して試してみる

・「べき」とは自分の価値観を押し付けているに過ぎないこともある。時には、その枠組みを外してみると見えてくることがある

・創造性のシステムモデルでは、個人、領域、場がかかわり合い、交差するところにおいて、創造のプロセス。創造性を静的なものと考えずに、個人・領域・場の相互作用の中で、社会的に構築されるものとして捉える 

・ライブにメモは欠かせない。会話は、放っておけば時間の経過とともに流れ去ってしまう。重要な言葉を拾って書き留める。見返すためだけの記録ではなく、その場で活用するためのツール。相手の話だけではなく、自分の思いついたことや疑問点なども書き込む

・こうなりたいという夢を描いてみる。ワクワクする気持ちが生まれてくる

・人に与えた夢、エネルギー、優しさは波の様に波及していく

・調子が悪いったって幕は開く。幕が開いたら言い訳無用

・人の都合に合わせてモノ、空間のデザインを行うが、ひとたび、モノ、空間が作られると、人はそれに合わせて行動する

・パブリックとはシェアする倫理である。パブリックには次のような利益がある、つながりが築かれること、他人が他人でなくなること、コラボレーションが生まれること、集合知の恩恵を受けられること、認知されること

・量は質を生み、質を作り、時として、質自体を劇的に変化させることがある。とにかく、まず量をこなすこと

・人生には不遇な時が何度もあります。私はそんな時ひたすら勉強しました。消費や人付き合いをするのでなく、自分の内側に知識を蓄え知恵を培うのです(海原 純子・心療内科医)

・チャンスって一目でチャンスってわかる形してたら逃す人もいない。わかりにくい形をしているものでそれをチャンスと気づけないでやり過ごす人も多い。逃すともうつかめないし、次のチャンスはなかなか来ない

・男は振り子の幅を大きくしておけ。カネをたくさん持っていると威張って高い店しか行かない男と、カネがないからといって安い店しか行かない男は、俺にとっては同じだ。高い店も安い店も知っているから、遊びが裕福になるんだ(勝新太郎) 

・社内で出世を目指すのではなく、社会全体で出世することを目指すのが良い、大規模案件をまわした経験やコネクションは必ず役に立つ

・この世の中はアンフェア。富めるものはより富み、成功者はよりチャンスをつかむ。ただ、恵まれた環境が却って災いする人もいれば、逆境をバネにする人もいる。環境をどう活かすか?は自分次第。流れ、タイミングはしっかりつかむこと、一度逃がすとなかなかって来ない

・つながりって放っておくと消えていく。定期的に耕すことが大切

・今の時代では、クリエイターでなくともクリエイティビティーが要求されるし、それがないと通用しない

・自分のことは、第三者的視点から客観視することが大切 

・「おかしい」と思ったら、自分の直感を信じる

・世界から見たら英語ができても何の差にもならないけれど、英語ができないと失うチャンスがあまりにも多い

・自分が納得できる人生を送るって、結構難しくて、仕方なく妥協して、納得できなかったところを埋め合わせていくのも人生

・ターニングポイントとは、後から振り返って気づくこと、渦中にいる時、プロセス上では気づかない

・モノをつくる、クリエイティブってのは音楽とか絵とか思われがちだけれどね、そうじゃない。モノづくりっていうのは何かが自分を通して過去から未来に通っていくだけ。結局のところ一番の衝動は楽しさ

・休暇をとりながら出社している人は、もう仕事が趣味のようになっている。いや、中毒と言うか、仕事以外にやることない症候群、かなり危ない

・参考書の読み方とかふるまいだけで学力はだいたいわかる

・最初にした決断はずっと頭に残っていて、関連する決断をする時に何回も影響を与える。人がある物事にどれだけ意味があるかを認識することが、結果に影響を与える。ごまかしをしているが、「自分はごまかしのない人間だ」

・人付き合いがうまいというのは、人を許せるということだ。ちょっとしたことにイライラしていたら人付き合いは出来ない

・芸術の起源とは、人間の意識の起源である。そこにこそ、現代を生き抜くための手がかりがある

・世界で活躍する日本人女性に共通していた3つのこと1、自分の直感を信じている。2、自分で仕事を創っている。3、日本に捉われていない

・お金の流れをきっちり把握する。計測することがコントロールするための前提

・才能、スキル、知識は周囲とのインタラクションの中で活きるから、環境の選択も大切

・人を悩ますのが見栄、お金とか仕事とか恋愛とか、他人と比較して悩む。一方、夢、希望、頑張りの原点が、他人との比較、ギャップによる、ある種の見栄。見栄は両刃の剣 

・製品の価値は生産者、メーカーではなく、顧客が決める。同様に人材の価値も本人ではなく、雇用側が決める。就活生が「自分の価値を他人に決められるのはおかしい、自分で決める」と言っているが、自分が生きる価値は自分で決めるが、市場での自分の価値は市場が決める。取り違えないことが大切

・男に「フロントホックって何?」って聞いたら大抵「前で外すやつ」って答える。男にとってブラジャーは「外すもの」だから。立場によって、物の用途は違うことを示す好例 

・二兎を追う者は一兎も得ずだが三兎以上追うものは一兎くらい得られる。一兎だけ追って、その一兎が得られなかったら悲惨。複数追うポートフォリオがいい

・自分のアタマなのに不思議だが、意識的に思考する部分と、ほっておいても何か継続的にタスクをこなしている部分とあって、「ワタシ、そんなこと考えてたんだ」とびっくりすることがある。意識的思考と無意識の思考の融合が面白い

・モヤモヤしているときは、脳の裏側が活発に動いていることがある。何かブレークスルーが始まる前兆

・「勝って兜の緒を締めよ」勝ちに驕り、油断することなく、勝ちの中からも教訓を学ぶ、ということで、「兜」という言葉が示すとおり、古くからの言葉だが、実際には、その勝ちパターンに重きを置き過ぎて、新しい変化の兆候を見過ごしてしまい、「勝ちがあだ」になることが少なくない

・グローバル化の影響が叫ばれるけれど、ネット化社会、ディジタル化社会の影響の方が大きいかもしれない。音楽、カメラなどのように産業形態を大きく変えてしまったり、既存スキル、人材を陳腐化させたりする

・トップアスリートから伺ったお話:好調な時は、特に何も考えずとも、すべてがうまくいってしまうのだが、この時のイメージ、直感を、可能な限り、言葉で表現しておく。スランプに陥った時、イメージ、直感は役に立たないが、表現しておいた言葉にはスランプ脱出のヒントがある

・日本人の全体的によい点は、自分がやるべきこと、言われた指示を間違いなく、迅速にこなすこと。指示待ち、独創力がない、と批判されがちだが、他国にはなかなか見られない強みであることを再発見したい

・新しい刺激に触れて、周囲とのインタラクションから何かが生まれ、始まる 

・自分の価値は他人に決めてもらうのではなく、自分で決める、という考えを何ら否定するものではないが、市場における自分の価値は他者が決める。自分がどれほど自分自身を評価していても、他者が価値を認めずに声が掛からず、オファーがなければ「価値がない」ということ。冷徹だがそういうこと

・「話せば分かる」とも言うが、電話で5分も話せばだいたい分かる。書いた文章も読むとだいたいわかる

・溜め息をつくと、恋も運も逃げていく。だから、どんなに苦しくても、心の中では弱音を吐いてもいいけれど、外見、言葉使いには気をつけて

・やりたいことだけやる人生をやりたくない。やりたくないこともやったほうが、バラエティな人生になるじゃん。好きなものだけ食べていきたいとは思わない。必修なので仕方なくやった嫌いな科目の勉強が後で役に立ったりする 

・打席が与えてもらえるのは、めぐまれたチームに入ったマイノリティだけ。いいチームにいないとか、打席を与えてもらえないのなら、打席をつくるしかない。いくら日陰で素振りしてても、誰も見てない。活躍できる機会を作ることがまず大切 

・家庭は居心地がよいのが一番だが、仕事の場は、あまり居心地がよいとそこに安住し、新しい展開とか、変革を求めなくなってしまうから、逆説的だけれど、少しくらい居心地が悪いほうがよいのかもしれない

・組織、集団とは、どんなに外に向かったオープンさを標榜しても、形成された時点から内向き、排他的になる

・組織、集団とは形成された時点から内向き、排他的になる


ソーシャル消費の時代 2015年のビジネ... 上條 典夫
Harvard Business Rev... Harvard Bus. Review
選択の科学 シーナ・アイエンガー


stake2id at 18:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月26日

文化の醸成に大切なのはふれあいの場

東京丸の内三菱一号館美術館で開催されている「トゥールーズ=ロートレック」展

111226「トゥールーズ=ロートレック」展


を見に行こうとしたが、〆切間近のためか、長蛇の列なので、諦めて、併設されている「都市文化の成立と帝国劇場展」

111226都市文化の成立と帝国劇場展


を見学します

三菱一号館美術館は東京丸の内にあるのですが、赤煉瓦のレトロな感じと、ヨーロッパ風な雰囲気で、おすすめのスポットです

111226三菱1


この展示会は期待していなかった割に、近代の文化の醸成の記載がよかったので、ちょっとまとめてみます

111226三菱2


・1911年3月1日、1700の椅子席を有する近代的劇場「帝国劇場」が丸の内に出来る。その頃の丸の内は「一丁倫敦(ロンドン)」と称される赤煉瓦建物の街並のビジネスセンター。1914年に日本橋に三越百貨店ができ、「今日は帝劇、明日は三越」の流行語

・江戸庶民の楽しみは芝居見物と寄席通い。幕府公認の三座(中村座、市村座、森田座)があり、明治になると三座以外にも常設小屋ができ、浅草には浅草寺内に六区、レンガ造り12階、凌雲閣ができ、一大歓楽街に 

・丸の内は西欧に負けないビジネスセンターとして不燃化建築物で構成し、関東大震災で不燃性が検証された。また内面の文化的環境の整備を目的に帝国劇場、出光美術館が作られた(三菱社の建築顧問 ジョサイア・コンドル)

・幕末の劇場街、猿若町の江戸三座をはじめ、日常的都市空間から隔離され、芝居小屋を集めた特殊空間で、「悪場所」と呼ばれることもあった。帝劇に対して、ヨーロッパと同じく都市文化の華となることを期待した(渋沢栄一、荘田平五郎) 

・帝劇:劇場にヨーロッパ流の社交場の意味。開幕までの時間を過ごす場、通路では政財界の知名人、文化人が挨拶を交わし、談笑するサロンの役目 

・武者小路実篤「友情」(1920)「野島が初めて杉子を会ったのは帝劇の二階の正面の廊下だった」劇場の廊下が単なる通路ではなく、人と人の出会いを生む社交場の役目を果たしていた

・西欧のカフェ文化を最初に移入したのがカフェプランタン、画家松山省三と平岡権八郎が共同経営で銀座にオープン。黒田清輝、永井荷風、谷崎潤一郎らが集まり、1920年代に「モボ・モガ」の流行

・関東大震災後、カフェは関西資本が席巻し、ヨーロッパのカフェにはない「女給」が人気を得て、それを売りとする営業が主役に 

・三菱社の建築顧問ジョサイア・コンドル「日本は自国に優秀な家具がふんだんにあるのになぜこれらを研究しないのか?鎌倉の円覚寺、建長寺の須弥壇、これらに使ってある彫刻などの傑作を大いに誇りとし、応用すべき」


興味深かったのが、文化的環境の整備を目的に帝国劇場が作られたが、劇場で上演される演劇もさることながら、実際にはより重要だったのが、開幕までの時間を過ごす場、通路では政財界の知名人、文化人が挨拶を交わし、談笑するサロンの役目を果たした、ということでしょうか?

いろいろな人たちが出会い、談笑する場が文化の醸成には欠かせない、ようです

今では、リアルな場だけでなく、ソーシャルメディアが活用できそうです

これからどんな文化が育っていくのか?楽しみです





stake2id at 13:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月20日

知的生活、学習についてのメモランダム

日々考えていること、行動したことを記録しておかないと、後で自分が何を考え、何をしていたのか?わからなくなっていまします。

そんな訳で「TAK」さんは参加したイベントの主要な記録は必ずしておくことにしています

ところが、日々考えたこと、はTwitter、Facebookに掲載するのですが、そのままだと流れていってしまいます

そこで、時期を見て、まとめてみることにします

B面ブログは知的生活、学習編です


・行き詰まった時、ネガティブな考えが支配的な時、考えていることを言葉に表した上で、その言葉を再構築して組み直すと考え方が変わったり、新たなアイデア、考えが生まれることがある。言葉の表現はそれほど大切

・言葉にするとなぜか実現するので、いいこと、望むことだけを言葉にする 

・頭脳、筋肉は覚えの良い使役動物。段階的に負荷をかけていけば、耐えられるように適応していく。しかし負荷が続けてかからないと、「あんなに頑張る必要はなくなったんだ。」と自動的に判断して、限界値を落としていく

・関心ある情報を収集、ピックアップして、自分の文脈で再構築すると、新しい何かが生まれる

・集中力だけを取り出し単独で鍛えることはできない。好きなこと、面白いことなら放っておいても夢中になれる。集中力を養うには、興味を持てること、打ち込めるものを見つける。集中力は結果として得られる

・専門から多少外れた分野、テーマのイベントに参加すると大きなヒントを得ることが出来ることが多い

・迷った時は、「どう思う」と他の人に聞いてみる前に、その場でスケッチしてみることにしている。スケッチは問題の確認であり、自分の感覚との対話

・学問と技術と芸術も、そして仕事も、感動なくして生まれてきたものの価値は小さくて、いずれ消えていく。「感動」こそが人の原動力

・数学が素晴らしいのは、問題解決力としての切れ味だけではなく、人間を含めて我々をとりまく自然の不思議さと美しさを洗練された形で見せてくれるアートとしての側面

・一見生活の役に立たない文学や芸術や音楽のことをやらなくなると人間は目に見えて浅く、もろく、無能になっていく。深みと創造性を失ってしまう。実生活で直接の役に立たない様々な知識と遊びが、実生活でバリバリ有能に活躍するための土台になっている

・学生に「(問題を抱えた人と言ったときの)問題って何ですか」と、本質的な問いを向けられた社会学者、上野千鶴子さんの答えはふるっている。「あなたをつかんで放さないもののことよ」

・博士課程の説明会。やっぱり受かりそうな人は3分でわかる。オーラ?いや、なんか違うんだよね。内面から、ほとばしり出るもの

・ものごとは、記憶せずに記録する。なるだけこまけに記録をとる(梅棹忠夫)記憶は消えるが、記録は残る

・知的活動が、いちじるしく生産的な意味をもちつつあるのが、現代なのである。人間の知的活動を「教養」としてではなく、「積極的な社会参加のしかた」として捉えよう、というところに、この「知的生産の技術」という考え方の意味がある(梅棹忠夫)

・大量の情報を凝縮すると、理解や思考の飛躍が起きる。量は質を生む

・面白い問題、っていうのは人の心を動かす何か

・「自分の学びの環境は、自分で創らなければならない」自分の周りの心ある他者から、刺激やフィードバックをもらう機会を自ら創りだすことを含めて、「自分の学びは自分でデザインする」

・出願しないことには始まらない。悩むのは合格してからでも遅くない

・長い歴史を経て受け継がれた古典には多くの真理が詰まっている。古典は未来の指針

・知る者は好む者に如かず。好む者は楽しむ者に如かず(孔子)




stake2id at 14:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月19日

「ゲームフルな教育をデザインする」ワークショップに参加しました

東大で開催された

「ゲームフルな教育をデザインする」ワークショップ


に参加しました

開催趣旨はこんな感じです


趣旨:

昨年来の急速な「ゲーミフィケーション」への関心の高まりは、教育分野へも波及しています。

既存のゲーム的な要素を含んだ活動をゲーミフィケーションの枠組みで捉えて評価し直す動きとともに、ゲームデザインの手法を用いた新たな教育カリキュラムや学習環境を生み出そうとする試みも、欧米を中心に進められています。

今回の研究会では、「教育のゲーミフィケーション」をテーマとしたワークショップを開催します。ゲームデザイナーと教育専門家が協力してカリキュラムを開発した米国ニューヨーク市の公立チャータースクール「Quest to Learn」やニューヨーク公共図書館で行われたイベント「Find the Future」などの事例を紹介し、ゲーム要素を取り入れた学びの場のデザインするためのアイデアや工夫の仕方を議論します。



ビジネス経営、ファイナンスなど理論を知っただけでは実際に適用が難しいものには、古くからゲームが取り入れられてました。

教育分野にも適用しようというのは自然な流れでしょうか。

ゲームを取り入れると、楽しく学べる、ルールにより、ある程度強制的に行うことによる発見、などは容易に思いつきます

12/16(金)という忘年会シーズン真っ盛りでありながら、会場は満員です。社会人率の高さ、男性率の高さが、ちょっと異様ですが

当日配布された資料はこちら

からダウンロードでき、

開催報告ブログ

もあります


では、早速出た話をまとめてみます

・ゲームは学習のモティベーションが低い人を引き込むツールとして使うことが出来る

・学校カリキュラムのゲーミフィケーション

1.教師と生徒はアイデンティティーを形成する実践共同体
2.ゲームデザインとシステム思考を導入する(活動の関係性を意識する)
3.状況の中で実践する(「教わる」だけではなく、実践する機会としての学校)
4.遊びと振り返り(ゲーム経験を学びに活かす)
5.理論化して評価する(意味ある知識を生み出す)
6.複雑な問題への疑問と挑戦の意欲により、知る必要に対応する
7.他者と交流することにより、状況の中の自分を理解する
8.実験と通して、可能性のイメージを広げることにより、創造的な行動を起こす
9.学習を可視化し、自ら課題を見出し、相互にフィードバックを与え合う
10.プロセスを構築、実行、評価し、解決法を編み出す

・オンラインとリアルの融合により、教育にゲームを導入することが容易になり、相乗作用が出るようになった

・図書館:本を読み、知識を吸収する場所から、夢を抱き、未来を発見する場所へ 

・図書館で発見した100のストーリーから受けた刺激をもとに、再構築して自分の未来を文書化する

・ゲーム導入のポイント:豊富で面白いリソースの利用、ワクワクする舞台の用意、オンラインとリアル空間の連動(どちらかだけでは完結しない)、わかりやすい進行、試すハードルの低さ、参加者間の達成感・目的の共有

・自分で作るだけでなく、活用されていない「お宝の場」(仕分け対象の地方の美術館など)の活用を考える

・ゲームの目的:成果重視の学習から経験重視の学習へ

・ゲームは完全に自由ではなく、ルールにより制約があるから面白い

・テーマは予め決まっているよりも、やりながらプロセスの中で見つける 

・「楽しい」「ためになる」「有意義」と感じられれば継続できる

・ルールによる制約により、無理やり学んでみると、実は面白い、と発見することがある

・ゲームの要素:ゴール(達成すべき成果)、ルール(制約条件)、フィードバックシステム(達成度の把握)、自発的参加(超える必要のない障壁)

・プロセスが楽しくないと、ゴールまでたどり着かない。プロセスが楽しいとプロセスから学ぶ

・賞:小数しか取れないから価値がある → ほとんどの人は取れない → 賞に価値を感じない人も多い

・ゲーム的な要素、と言った瞬間に引いてしまい、参加しない一群がいる。競争が嫌いな人

・ゲーム:人と人とのインタラクションを促し、活性化する、参加した人たちのコミュニティーに共有される楽しさがある

・ゲームでなりたい、理想の自分をゴールとして設定すると、リアルでも出来るかもしれない


ゲームを取り入れる、というのは手段であって、目的ではありません。ただ、ゲームを取り入れることにより、教育のある部分が変わる可能性がある。また、ゲームはオンライン、ソーシャルメディアとの相性もよくて適用に大きな可能性がある。

そう感じたワークショップでした






stake2id at 14:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月15日

想像力なしに偉大なものは何一つ達成されない

東京工業大学世界文明センター ロジャー・パルバース「面白い日本の私」

に参加しました

東京工業大学という日本でも代表的な理工系大学に「世界文明センター」なんて組織があること自体、あまり知られていません


東京工業大学は、戦後一貫して、芸術、人文社会科学の教育に力を入れてきました。

宮城音弥、伊藤整、川喜田二郎、永井道雄、永井陽之助、岩田慶治、鶴見俊輔、江藤淳といった、同時代を代表するすぐれた知性と個性が、教壇から学生に語りかけました。

その伝統を踏まえつつ、芸術の、また人文学の、新たな息吹を先端的な科学研究の場に吹き込むことを、任務としています。

世界文明センターは、21世紀の人類社会の文明を構想する研究、学部・大学院に向けた授業のほか、学内外に向けた講座や催し、情報発信など、さまざまな活動を行ないます。


そして、世界文明センターの問いかけが、

・想像力なしに偉大なものは何一つ達成されない

・21世紀は偉大な変革と達成の時代。そのためには、挑戦的な着想や、思考と想像における新たな方法に触れることが大切。そうすれば、想像力は解き放たれ、人類全体のためになる創造が可能になる

です


今日はセンター長のロジャー・パルバースのお話ですが、開始前から多くの人が列を作って待っています

では、早速お話の紹介です

・外国人にとって日本語を学ぶことは必ずしも難しくない。読み書きは難しいが、話す、聞く、は結構簡単

・外国語を操るのは語彙が多いだけではなく、その国の考え方、発想で考え、話すことが大切

・日本は大学ランキングコンプレックスが異常に強い。国内は東大、海外はハーバード、スタンフォード、MIT

・1980年代にテレビにケント・ギルバードなど外国人が多く出るようになるのに合わせて、一般市民が海外旅行をするようになった

・浪花節は外国人が日本語を学ぶのに適している。使われる言葉、響き、節回し 

・日本の地方では方言が使えるようになると、仲良くなれる

・一人の人間のNationality(国民性)、Citizenship(国籍)、Ethnicity(民族)がすべて違うことはこれから十分あり得る。ロジャーはユダヤ人でオーストラリア国籍でニューヨークで生まれ育った

・日本は決して単一文化ではない。異文化は外国のものだけではなく、日本の中にもある。例えば、東北、江戸、京阪奈、九州、沖縄の5つの文化。日本は多様性に満ちている

・文化は経済に乗って進む(富国強兵)ではなく、経済は文化に乗って進む(富国強芸)

・漫画、アニメ、寿司、カラオケは世界で通じている日本の文化。しかし、これらをグローバルにビジネス展開している日本人はあまり見当たらない

・アメリカはイタリアよりピザを取り入れて、自分たちの文化にし、世界に普及させた 

・日本の文化は必ずしも日本に固有、独特で、日本でしか通じないものではなく、世界に普遍的に通用するものである



ロジャー先生のおかげで、いろいろと想像が広がりました




stake2id at 14:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月12日

MOT×留学×知財が融合すると?

Smips(知的財産マネジメント研究会)知財キャリア分科会

は、東工大MOTの紹介、UCLA留学のお話、帰国後の弁理士活動、というストーリーで行われました

MOTに関心がある人と、留学に関心がある人って、相当部分重なるので、この二つをテーマにしたら、面白いのではないか?と以前から考えていました

果たして、その通り、でした

MOTも留学も、行きたいとは思っても、実際どんな生活になるのか、経験者からお話を伺う機会は限られています。本、ネットだけではなく、経験者から直に伺うのが欠かせません

東工大のMOT紹介資料はこちら

からダウンロード可能です

今回は東工大だけでしたけれども、東大、農工大、理科大、早大のプログラムの紹介もできるといいな、と思いました。各大学の説明会では、その大学のコースしか聞けませんが、こういう場であれば、各大学のプログラム、生活を聞くことができます

次にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で博士号(物理学)を取得され、日本で弁理士としてご活躍中の横内謙二氏に、海外留学のご経験やその後の活動についてお話いただきます

・アメリカではレイオフ、リストラは日常茶飯事。夫婦共働きでどちらかがレイオフにあった時のリスクヘッジ

・留学はそれなりに年数がかかる、というマイナスはある。人生観が変わる、ものの見方が変わる、など、そのマイナスを上回るものが得られる

・英語が堪能だということで、いろいろな海外業務が回ってきて、それを着実にこなすことによって、スキル、人脈を得て、やれることが広がった

・弁理士事務所だけにいると閉じてしまい、ネットワークが広がらない。リアルでいろいろな所に出て行くことがネットワークを広げるために大切 

・留学して変わったこと:自分で自分がやりたいことをやらないと決して幸せにはなれない。他人の目を気にしていてはダメ

・アメリカ留学では、アメリカを実体験して、日本を外から見ることが出来る。そこで、日本のよいところを再発見することが出来る

・他人の目、他人からのプレッシャーを取り払うと、可能性はたくさん拓ける 

・30過ぎて、アメリカでPh.Dを取って、日本に帰って来ても、就職などない、と言われていたが、実は随分ある

・博士課程でやりたいことをやる、というよりも、早くPh.Dを取って、それからやりたいことをやる

・アメリカの研究者、お金が取れないと光触媒の研究から生物物理など、大胆にスパッと研究分野を変える研究者が随分いる 

・アメリカでは大学までは日本より2年程度遅れているが、大学院で一気に抜かれる


「MOT×留学」は結構面白そうです。もう少しやってみようと思います





stake2id at 13:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月08日

第一高等学校資料にみる日独交流史

今年は日本とドイツの交流が始まってから150年になります。

明治の開国後、哲学・文学・医学などの分野でドイツの文物が日本の文化に大きな影響を与え、森鴎外をはじめとする当時の先駆者たちがドイツに留学し、当時の世界の先進医学などを学び、日本に持ち帰りました。また、明治憲法も当時のドイツ憲法を手本としています

ただ、日本はドイツの文化的影響を強く受けながらも、日清戦争後の三国干渉、第一次大戦では敵国同士として戦い、防共協定や三国同盟の後にも裏切りと言ってよい仕打ちを行うなど、外交的には必ずしも良好ではない時期が多くありました

111208駒場


東大駒場で

特別展「一高/獨逸 第一高等学校資料にみる日独交流史」


が行われたので、そのあたりを見ることにします

111208一高


・日本とプロイン(ドイツ)が修好通商航海条約を結んでから150年。法律、文学、科学、医学、技術などをドイツから取り入れ、日本の学問や制度に大きな影響を与えた

・明治維新には日本はドイツの文物を一方的に取り入れるだけであったが、自然科学の分野では一方的な学習では事足りず、ドイツを含む欧米に独自の成果で挑戦する姿勢もあった

・ドイツの文化が明治維新後の日本に影響を強く与えたが、日清戦争後の三国干渉、第一次対戦では敵国、防共協定、三国同盟締結後は裏切りに近い仕打ちもあり、必ずしも日独関係は友好なものではなかった

・デカンショ節(デカルト、カント、ショウペンハウエル)の2人はドイツ人で、ヘルマン・ヘッセ、トーマス・マンなど、旧制高等学校ではドイツの学問は大きな影響をもった

・19世紀後半から20世紀前半に築かれたドイツの学問の地位は、第1次大戦の敗北によっても損なわれることはなかったが、1930年以降自滅し、急速に低下、ナチスの接近を招く

・明治開国後、蘭学者が西洋の文物を導入、世界で英語が広く使われていることから英語熱。法律の整備、ナポレオン法典でフランス語、明治憲法はプロセイン流憲法でフランス語、ドイツ語にも関心が持たれた

・法学、理学、文学は英語、医学はドイツ語だったが、明治19年森有礼は一高の第一外国語を英語と定めた(しかし実現しなかった)

・ウィーン大学シュタインは伊藤博文に憲法を制定するには、立憲制度、君主、議会の役割について、立憲君主制の十分な知識を与え、1889年に大日本憲法。他国で憲法停止が発生する中、しっかり機能

・明治20年代、東京電灯が大阪電灯日本代理店を務めるGE(60Hz)と契約を締結することが出来ず、ドイツのアルゲマイネ・エレクトリクス(50Hz)と契約。以来、東日本は50Hz、西日本は60Hz

・一高では工科、理科、農科学生に、ドイツ式測量を教える。就職難対策、徴兵猶予のための訓練という意義

・20世紀の初め、ドイツは物理学の理論研究、プランクの量子仮説、アインシュタインの相対性理論、ハイゼルブルグの量子力学など、目覚しいものがあったが、英仏米は第1次大戦敗戦国ドイツを排除しようとしたが、ドイツの学問上の地位は揺るがなかった

・文化交流で戦争を防ぐことはできないが、学術上の交流関係は戦争の勝敗でも覆せない

・日独伊にソ連を加えた4国協商が提示され、日本は英米を牽制できると、三国同盟、日ソ中立条約を結んだが、ドイツは日本に予告なくソ連に侵攻

・一高のドイツ語教師「岩本禎」ドイツ語、ギリシャ語が堪能、夏目漱石「三四郎」の広田先生のモデル、夏目の文学活動を認めず、夏目は英語ができるが、うまらんものを書きまくっている

・第1次大戦で日本がドイツより獲得した南洋諸島を全国の高校生が巡航。そのサイパン、テニアンがその後第2次大戦の激戦の場に




stake2id at 15:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月06日

楽曲はどの様に「音楽史を構成する要素」となるのか?

「より良い教育のためのコミュニティー」に参加しました



・大学1,2年は、事情がわからず、授業、サークルに明け暮れる、あるいは大学に来なくなる、など、大学が持つリソースを使い切れずにもったいない

と書きましたが、「TAK」さんとて、その例外ではありません。

東大駒場の教養学部では面白そうな授業、セミナーがたくさんあるのですが、その面白さ、重要性に気づくのは社会に出てからだったりします

特に人文社会、芸術などの授業を理系の学生がスキップしてしまうのはもったいなのですが、自分もそうであったりします

今日は、ヘルマン・ゴチェフスキ先生の

音楽史と作品――楽曲はどの様に「音楽史を構成する要素」となるのか

に参加します

ヘルマン先生はグランドピアノを持ち込んでドイツ語の授業をするそうです。そのあたりが面白いので、記事を拾ってみると、

・駒場の魅力は、大学のいくつかの門を通り抜ければ、外の街並を徘徊できること。渋谷と下北沢、代々木と三軒茶屋に囲まれた近隣を歩けば、何かしら掘り出し物に出会う

・遠近法:焦点のあて方を近く、遠くと変えることにより、外の世界を視点を変えて見ることにより、無限に変化する世界を見ることができる

・中世の大学では音楽は「自由七技芸」のひとつとして、一般教養に含まれ、「世界万物の調和」を教える数学的四科のひとつとされていた

・「耳で聞く」言語的科目(文法、論理学、修辞学)に対して、音楽は「耳で聞いただけではわからない、目で見なければ、指で指差さなければわからない」学問と説明された

・音楽の実技(作曲を含む)は教養のない遊び人の芸とされ、それに携わっている人は快楽(=罪)と自分の収入を求める人と侮蔑された 

・語学の授業において、発声の練習と文の暗唱に歌が効果的。ドイツ語で覚えているのは、シューベルトの「冬のたび」だけ、などということがよくある

・勉強は「文字や図により、視覚的に覚える」に加えて、「耳で覚える」ことが不可欠


もちろん「TAK」さんが駒場の学生だった頃、ヘルマン先生はいませんでしたが、こういう先生の授業をサボるともったいないことです


さて、では、音楽史、楽曲についてのお話をまとめます

・音楽は社会の中で作られ、演奏される。社会の中での音楽の役割、立ち位置は時代、地域で大きく異なる

・現代の個人で楽しむ音楽、演奏会で聴衆が楽しむ音楽、は、昔の教会でお祈りする時の音楽、王侯貴族が威光を示すために行う音楽とは意味が全く違う

・音楽思想史:現代の音楽は聴くためのもの、近世の音楽は、世界の調和を示すもの、中世の音楽は、神、天使の音楽を創造するもの

・音楽の技術史:現代のPC、シンセサイザー等によるディジタル音楽は、作成も再生も、また聞き手が編集できることなど、それ以前のものと全く異なる。楽器を作る技術、作曲の技術、楽器が出せる音の長さ、高低が音楽に大きく影響する 

・音楽理論は、音楽を作るための理論から、音楽を解釈する、哲学的な理論に移行

・バロック、モダン、ロマンなどの作品様式は、時代の背景を示す、あいまいな概念で、作曲家をカテゴライズするものではない

・バッハの時代にはピアノはなく、チェンバロンで演奏された。後世の多くの演奏家はピアノでバッハの曲を弾くが、バッハは想像し得なかった

・演奏様式は、作曲家よりも演奏家にフォーカスが置かれる。例えば、バッハよりもポリーニ

・オルガンは低音のパイプは長く、製作に高額な費用がかかる。それゆえ、全体の制作費を抑えようとすると、短いパイプで高い音になるので、チェンバロンなど他の楽器と演奏する時は半音下げる

・演奏の研究が行われるようになったのは、録音技術が生まれた19世紀中半ば以降

・ベートーヴェンの第9、ビートルズのイエスタデー、筝曲の六段など、それぞれの楽曲には歴史的背景がある。いつの時代に、どこで生まれ、どういう聴衆にどんな演奏環境だったかなど

・歴史は過去を語るために必要なもの、歴史は時代により書き方が異なり、語る人の価値観を反映する。それゆえ、「歴史的な事実」と「過去の事実」は異なる

・ベートーヴェンの交響曲第9は、作曲された瞬間に意味を持ったのではなく、後世の時代の人々により、歴史的に大きな意味を持つ曲となった

・美術作品と異なり、音楽作品は「再現」が必要。再現するには、現代の音楽性がある演奏家が必要。すなわち、鑑賞するには時代を超えた作曲家と演奏家のコラボが不可欠

・はやって普及して、今も残っている曲が、必ずしも優れた曲である訳ではない。時代との適合がある。例、テークラ・バダジェフスカ「乙女の祈り」

・作曲家の時代には全く評価されず、後世の演奏家が演奏した結果、死後数百年してから評価されるものもある。例、シューベルトのソナタ

・ベートーヴェンの交響曲第9は、これまで楽器による演奏だけによるものだった交響曲に、ワーグナーが詞をつけたことにより、新たな展開が生まれた

・筝曲の六段は明治維新までは、単なる練習曲で重要な曲ではなかったが、西洋音楽の流入で声楽と器楽の研究をする上で、比較のため、日本の器楽として取り上げられ、その後日本器楽の代表曲となった

・音楽は時代や分野(クラッシック。伝統芸能、軽音楽など)によって、作品の性質が異なるだけでなく、作品の文化の中での役割も異なる

・音楽作品の歴史的な意味は作品が出来てすぐに現れるのではなく、後の時代の受容、価値観、興味によって成立する

・音楽史学では過去の事実を確認するだけではなく、歴史的な意味の形成プロセスも研究する



音楽はその作られた時代を物語る、と同時に、いつまでも残る音楽と忘れられてしまう音楽があります

音楽の歴史を見てみると、違う視点からの発見がありそうだな、なんて感じた講演でした





stake2id at 11:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月05日

東大ワールドカフェはいろいろな世代の卒業生で超満員!

最近の東大は世代を超えた学生、卒業生の交流を促すイベントが盛んです

世代を超えたつながり「東大ベンチャースクウェア」

で書いた「東大ベンチャースクウェア」の翌日には「東大ワールドカフェ」が開催されました

会場はいろいろな世代の卒業生で超満員です

110624安田講堂


東大ワールドカフェとは、世代を超えた卒業生の交流の糸口

に書きましたが、東大ワールドカフェとは、


カフェ的会話でつながる東大卒業生のサロン型交流プログラム

東大から様々な分野・現場に巣立っていった卒業生たちが、再び東大に集い、次の時代を拓くテーマを前向き、建設的に対話することを通して、既存の枠組みを共に乗り越えていく友人を、分野や世代を超えてつくる。

東大の卒業生には、様々な現場の第一線で頑張り、活躍している人が数多くいます。その経験と知恵を分かち合い、ぶつけあい、刺激しあうことは、個々の東大卒業生にとって日常の枠を超える視座を得る機会となると同時に、今まで分断されてきた組織、制度、分野、世代の間の壁を壊し、この国に新しい風が流れるきっかけとなりうるものです。

卒業生の皆さん、日々の仕事や生活の中では出会えない人とつながり、新しい視点や発想に気付ける場を、共に創りだしていきませんか? ぜひご参画ください。



ところで、ワールドカフェには、

●他人の意見を否定しない

●一人が長々としゃべるのではなく、場の全員に発言の機会を

●ファシリテーターは、自分が頑張るのではなく、場の活性化を図る

という概略のルールがあります


ところが、これらがほとんど守られないのが、東大ワールドカフェの特徴でしょうか

世代を超えた卒業生の交流会に来る、東大卒業生は、言いたいことが一言も二言もあります。

しゃべり出すと、止まりません。一人で長々と演説を始めます

「あなたはさっきこう言ったけれど」他者の否定なんて、朝飯前、日常茶飯事です

極めつけが、ファシリテーターです。ファシリテーターは有志がボランティアでやっています。したがってガッツあふれる人たちです

カフェなんて、どこ吹く風、場の活性化どころか、ひとりでしゃべりまくって、反対されようものならば、徹底的に抗論する人もいます


つまり、ワールドカフェとしては、全く失格です

ところが、東大ワールドカフェに集まる人は、「ワールドカフェ」をやりに来ているのではありません

「世代を超えた卒業生の交流会に来る」ことが目的です

みんな東大卒業生ですから、「東大卒業生なんて、こんなもの」なんて十分承知です

なので、しっかり目的は達成しています


という状態だったのですが、今日はファシリテーターの広石さんからカフェ型トークの基本


カフェ型トーク:知的刺激を得たい、新しい視点を得たい、対話を楽しみ、他の人の意見を知りたい、違う分野・文化の人とつながりたい

カフェ型トークのNG:正しい答えを知りたい、自分の意見を通したい、仕事に直結する人脈をつくりたい、自分の分野のつながりを深めたい

1セッションのトーク全体を15分としたいので、各自の紹介は1分以内に、という指示があり、スクリーンに時計の表示があります

そんなせいか、上に書いたような「カフェ型トークのNG」はありませんでした。

進め方を自由に参加者に任せてしまうよりも、主催者側でタイムマネジメント、NGトーク例の提示など、ある程度の関与があった方がうまくいくことがわかりました

今日はそんな訳で、違う世代からの気づき、新たな視点がありました

110624東大ワールドカフェ


話の糸口となるゲストスピーカーは、ノバルティス ファーマ・三谷社長

です。

キーノート・スピーチをまとめると以下の感じです

・留学すると、世の中が変わって見える。社費で留学しても、全額返金してでも退職する人が多い

・ボストンコンサルティングに35歳で転職。コンサルは若い人が多く、きつかった

・2000年以降、日本は国債残高、高齢者人口、医療費が増大。GDPは停滞 

・IMD国際競争力、日本 1位(1990) → 27位(2010)

・2000年以降、日本企業の国際競争力が低下。パナソニック、ソニーがサムソンに抜かれて、差が開いている

・以前は、企業は日本国内の競争に勝てばよかったが、今は世界が相手

・日本は、あ・うんの呼吸、同質文化、成功体験共有、一足飛びに結論 グローバル、ビルディング・ブロックを積み重ねて結論、多様性、帰納的証明が必要 

・グローバル企業の強さは、規模の大きさ、人と企業文化、開発力と戦略、による

・日本企業(電機、製薬)は現在では規模でグローバル企業に大きく離されている(全部まとめて、やっと同じレベル)

・技術力のみでは競争優位を保つのは困難。世界市場の伸びに伴い、日本のシェアは急速に縮小

・リーダーに求められるもの:外部思考、想像力、専門性、明瞭な思考、包容力。どの事業部門でもリーダーシップを取ることができる

・リーダーに求められるもの:企業価値に基づく行動規範(バリュー&ビヘイビアー)、リーダーシップ・スタンダード、専門知識スキル、ビジネス知識スキル

・リーダーの人間性(明るい性格など)は非常に大切

・リーダー:Personal power であって、Position power ではない。変化への柔軟性、ビジョン、創造力、率先垂範、アクセル、が求められる

・日本人の勤勉、真面目、誠実は、やることが決まっている時は強いが、未知の課題には対応できない


こういったキーノート・スピーチを伺って世代を超えた学生、卒業生で、議論ではなく、対話をすると、いろいろな気づきがありそうです

これからも、こういった世代を超えた学生、卒業生の交流イベントにはどんどん参加することにしたい、と思います


ワールド・カフェ~カフェ的会話が未来を創... アニータ ブラウン / デイビッド アイザックス / ワールド・カフェ・コミュニティ
ワールド・カフェをやろう! 香取 一昭
東大は誰のために―川人ゼミ卒業生たちは今 連合出版
考えない練習 小池 龍之介


stake2id at 16:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年12月01日

世代を超えたつながり「東大ベンチャースクウェア」

「東大ベンチャースクエア」設立イベントに参加しました

で紹介しましたが、


このたび、東京大学の中に、卒業生、現役学生を問わず、 起業家精神(アントレプレナーシップ)・起業マインドを醸成する人的交流の“場”として「東大ベンチャースクエア」を継続的・定期的(隔月)に開催することになりました

東大ベンチャースクエアの設立趣旨

東京大学の中に、現役研究者・現役学生の枠を超え、卒業生をも巻き込んだ形での起業文化醸成の場づくりを推進していく。

1.卒業生である起業家、起業マインドの強い卒業生、あるいは起業支援のプロである卒業生に対して定期的会合の場を提供し、起業家精神溢れる現役研究者や現役学生との交流を通じて、広いネットワークの構築と、情報交換の促進を図る。

2.東大卒起業家、あるいは東大生起業家等による講演、あるいは体験談を披歴する場を可能な限り設け、お互いが学び、刺激し合う状況を、様々な形で設定する。

3.こうした交流の“場”を通して学習し、本学に起業文化を醸成するための様々な新たな創意工夫・仕掛けを発案し実行する。



ホームページはまだないのですが、東大卒業生起業家ネットワーク

に関連する記載があります

2ヶ月に一度の割で開かれ今回は2回目になります。

設立の会の時は、濱田総長も来られて、華やいだ雰囲気でしたが、2回目はだいぶ落ち着いてきました。むしろ、これからがこの集まりの真価が問われることになります


まず、出たお話をまとめてみます

・新しい技術にチャレンジするだけでなく、大企業がやらないニッチ領域に新技術を適用してビジネス化することもベンチャーに適している

・学生が研究室より最新技術を持ってきて、企業の技術者がそれを実用レベルにブラッシュアップするというスタイルが大学発ベンチャーには向いている 

・現場ではメモ書きが主流。IPad、タブレットPCをメモの代わりに導入するよりも、紙のメモ書きのままで、スキャナーで読み込む方が適している

・日本で起業する場合、ベンチャーキャピタルが保身のために、現在は投資を控えているので、あまり資本を使わない形態が望まれる。お金を使うのならば、シリコンバレー、中国へ

・産学官でミーティングを行う場合、東大へ来たい人が結構いるので、東大でミーティングをやるとよい

・ベンチャーの設立メンバーはリーダーの情熱による個人的なつながりが基本であることが多い

・大学発ベンチャー、技術が優れていても、企業に紹介して放置したまま、であることが多い。フォロー、キャッチボールが欠かせない

・小さなベンチャーは、計画通り進まなくて、キャッシュがショートしそうになると社内がざわつき始める

・人と人の間を取り持つことが大切

・講演会はもう少し聞きたいな、というところで切り上げ、懇親会へとつなげるのが絶妙なスキル



正直に言えば、一般論ですが、東大の卒業生のお話を伺う時に、ベンチャー社長の話より、グローバル大企業の社長の話の方が、スケールが大きく、視点も高く、おもしろい 、です

ただ、手軽さ、スピーディーさ、自分でもやれるのでは、という身近なベンチャー社長のお話は大変参考になります

また、この場は現役の学生、大学院生からOB、OGまで世代を超えて集まります。

この世代を超えた学生、卒業生の交流が、新たなつながり、それが新たな展開を生み出しそうな予感がした集まりでした




stake2id at 12:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加
livedoor プロフィール

「TAK」さん

最新記事
Archives