2012年03月

2012年03月27日

天才和算数学者「関 孝和」はライプニッツと肩を並べていた?

東京理科大学で開催された日本数学会市民講演会「関孝和の数学----『括要算法』刊行300年を記念して」

に参加します。

今年は天才和算数学者「関 孝和」の業績をまとめた『括要算法』刊行300年ですが、会場に20分前に到着しますが超満員です。

和算の天才・関孝和への市民の関心の高さが伺えます

120313日本数学会


関孝和の業績については、

ライプニッツと肩を並べたはずの和算数学者「関 孝和」

に書きましたが、再掲します


今から300年前の17世紀後半から18世紀初め、ヨーロッパではニュートン、ライプニッツなど、数学、物理学が盛んに行われました。

日本はちょうど元禄時代。徳川幕府の5代将軍綱吉、6代将軍家宣の頃です。

その頃の日本は鎖国をしており、外国からの文化は長崎を通じて、細々としか、伝わりませんでした。実はそうでもない、という説もあるのですが。

もちろん、コンピューターなど無い時代です。

でも、徴税のための検地測量、米の取れ高の評価、洪水対策の堤防建設、などのために、数学は必要でした。

むしろ、コンピューターが無い時代だったからこそ、数学が高度に取り扱える人材が重宝されたのでしょう。

今年が、和算数学者「関 孝和」の没後300年です。

彼の業績を調べると、円周率の正確な算定、多変数連立方程式の解法、行列式、微分・積分、ベルヌーイ数、など、同じ時代のニュートン、ライプニッツと堂々と肩を並べる業績を残しています。

ただ、ニュートン、ライプニッツは、当時ヨーロッパが大航海時代後で、航海に不可欠な天体の軌道観測により、ケプラー、ガリレオ、コペルニクスなどの研究成果の影響を大きく受けています。

大きなハンディキャップを物ともせず、互角に渡り合った、と言って、過言ではない、と思います。

もし、この時代に「関 孝和」が同時代のニュートン、ライプニッツの研究を知りえたら

もし、関家が孝和の息子の代で、取り潰しにならなかったら

もし、明治時代に関の研究成果を、新しく入ってきた西洋の自然科学と融合できたら


興味は尽きません。


数学には、日常生活における計算を扱う、極めて実務的な面と、その手法、考えを抽象化することにより、汎用性をもたせ、物理学など多くの学問を進展させる、抽象的な面があります。

実際には、相互に行き来することにより、数学と工学、経済学などが共に発展してきた、ということでしょうか

前者は日常生活に必要とされますが、後者については、実務上のニーズ、および時間、金、才能を十分に持つ人材がいないと、進歩しません

上に書いたように、ヨーロッパでは大航海時代、航海に不可欠な天体の軌道観測により、数学が大きく進展しています

日本はどうだったでしょうか?では、日本の数学の歴史を見てみましょう

120327行列


・16世紀以前の数学は奈良時代に中国から移入したもののままだったが、17世紀に再度中国から移入し、日本国内で発展、爛熟し、明治に西洋数学が入るまで発展した

・数学の中国、日本の古典。「算学啓蒙(元)」1299天元術(方程式をたてる)開方術(方程式を解く)、「算法統宗(明)」1592珠算、「塵却記(日本)」1627吉田光由、珠算を主に扱い、200種類以上が出回るベストセラー、庶民への数学の浸透に大いに貢献

・関孝和、甲府藩士で検地、勘定役など、数学を使う役目を負っていた。同僚に新井白石 

・関孝和、X、Yに相当する複数の未知数を扱い、消去していく、など、個別事例を扱う数学でなく、数学の抽象化、一般化、証明としての帰納的推論を行った

・関孝和、べき和級数、行列式、連立方程式、魔方陣、球の体積、円周率、などを扱う

・関孝和、ベルヌーイとほぼ同時期にベルヌーイ数を発見していた

・関孝和、円周率を19桁まで正しく計算していたが、なぜか12桁で四捨五入して書に掲載


鎖国化とは言えども、オランダから西洋の学問、技術は入ってきていました。

ただ、蘭方医学が急速に入ってきたのと対照的に、西洋数学がそれほど普及しなかったのは、国内で和算がかなりのレベルであったことがあるのでしょう

ただ、関孝和とその弟子で8代将軍吉宗に重用された建部賢弘を超える和算の業績は見られません

江戸時代初期から中期の天才の業績を超えるものが出てこなかったのは、鎖国という閉ざされた文化の限界、かもしれません

明治の開国時に、かなりの学問レベルにある和算を残すか?西洋数学を導入するか?でかなりの議論がありましたが、和算学者の強い反対にあいながらも、明治政府は西洋数学を導入しました。

後世から見れば、これは極めて賢明な選択でした。

数字、未知数X、Y、べき乗、微積分記号などが漢字であったら、勉強しずらく、数学だけでなく、物理学、工学にも支障を与えます。国際標準の西洋数学を取り入れて正解でした

さて、では関孝和はライプニッツと肩を並べていたのでしょうか?

これは学者たちも明確な回答を出していません

「TAK」さん流に推測してみます

関孝和はベルヌーイ数については、ベルヌーイとほぼ同時期に発見していました。円周率は19ケタまで正しく算出し、連立方程式の概念を導入し、実用しました。

ただし、ケプラー、ガリレオ、コペルニクスなど天文学の研究からのフィードバック、例えば楕円軌道、またはネイピア数(自然対数の底e)の概念がなかった点でライプニッツには及ばなかったのではないか?と考えます

この時代に、通信手段があり、関孝和がケプラー、ガリレオ、コペルニクス、ライプニッツ、ニュートンの研究成果を知ることができたなら?

興味が尽きません

なお、江戸時代の和算については、

江戸の数学


関孝和の業績については

和算家関孝和の人と業績

をご覧ください







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2012年03月21日

CBE(Committee for Better Education)に参加しました

Committee for Better Education

に参加しました

Committee for Better Educationとは、


教育について語る場を作っています。

職種や立場、知識や経験を問わず、誰でも教育について気軽に話し合うことを目的としています


この勉強会に参加するのは3回目です。前回のレポートは、

「より良い教育のためのコミュニティー」に参加しました

に掲載していますが、


・評判がよくない「詰め込み」教育だが、ホームレスでも新聞を読んだり、計算が出来るなど、基礎的な学力のボトムアップには貢献している

・大学入試までと大学入学後、大学と社会、で価値観がガラッと、断絶的に変化する。もっとゆるやかでスムーズな変化だといいのだが。社会に出た後に、必要を感じて大学で学び直す社会人は増えてきた

・教育と学習、どこが重なって、どこが違うのか?教育は個人の学習を既に知識、スキルを有する者が支援する

・大学の教育では入試で試される英語、数学などの基礎的学力が必要なのは当然だが、入試に関係ない、アート、文学などの素養が大きな要因であったりする 

・大学1,2年は、事情がわからず、授業、サークルに明け暮れる、あるいは大学に来なくなる、など、大学が持つリソースを使い切れずにもったいない

・大学の枠内に留まるのではなく、大学の垣根を超えた活動が望まれる。大学間で単位交換の制度も充実してきたが、活用するのはほんの一部の学生。彼等彼女等はいろいろな大学に友達のネットワークも形成している

・大学の制度を変えるには時間がかかり、変わる頃には卒業してしまい、恩恵にあずかることが出来ない。自主ゼミなど、自分たちで動く方が実際的で効果的

・研究室と家の往復だけではなく、サークル、コミュニティーなど、自分が居て、活動できる「場」をいくつか持っているとよい


なんていう感じの話が出ます

120321CBE


この勉強会のポイントは、「教育について熱く、ゆるく語り合う場」ということです

参加者は先生、学生など、教育関係者も多いですが、会社員、アーティストの方々も参加されています

どなたも教育は受けており、自ら経験したことがあるテーマです

教育関係者だけだと、事例紹介など、話が限定的になり過ぎるきらいがあるのですが、上記のように多様な人々の参加により、むしろ発散気味なくらいです

参加者は初対面の方、友達同士で参加など、いろいろで、つながりは極めて「ゆるやか」です

「語り合い」は通常のカフェイベントに比べて、かなり濃くて、熱い、のが特徴でしょうか。

自分の意見を持っている人、おしゃべりをしたい人、が、集まってくるのでそんな感じになります

主催者、参加者が結構なファシリテーション能力を持っているので、熱くても、罵り合い、とか、つかみあいの喧嘩、ひとりが長々と話し続ける、なんて状況にはなりません

今日のテーマはQuestion the Authority 権威を疑え、です

教育の権威って、文科省、校長先生、東大、学説、学習指導要領、いろいろありそうです

ただ、このテーマが出発点ですが、まっすぐゴールを目指すのではなく、脱線、寄り道、なんでもあり、という感じです

ということで、教育について熱く、ゆるく語り合いたい方は是非、ご参加ください




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2012年03月19日

久し振りの宿輪ゼミ「ドルの行方と金融の流れ」

東大、早稲田の大学院で、経済、金融、企業戦略などを教えている宿輪純一先生の勉強会に久し振りに参加します

久し振りの宿輪ゼミ

に、そのように書いたのが3年前ですから、3年ぶりの参加です。逆に言えば、毎月公開ゼミを継続している宿輪先生は凄いな、と思います

さて、国際経済はわからない、どうせ外れる、ではなく、定期的に専門家の話を伺いアップデートすることが大切です。

宿輪ゼミは社会人参加者の多く、その熱意を強く感じます


さて、今日の話は以下の通りです

・中国は上海、香港という先進地と内陸部という発展余地、アメリカも東海岸、ベイエリアという先進地とヒスパニック、黒人という発展余地を国内に持っている。日本、ヨーロッパは国内に発展余地が乏しく海外に求めることになる

・アメリカは景気回復基調だが、消費を伸ばす原動力のヒスパニック、黒人がサブプライムで痛手を負っており、回復基調は弱い。むしろ、景気回復による物価上昇で止まる可能性も

・日本は円高だと製造業が打撃を受け、全般的に国民の収入が下がるが、アメリカは輸入>輸出でドル高だと物価が下がり、消費が伸びる

・通貨の量的緩和は輸血のようなもので、緊急の一時的な延命措置にはなるが本質的な解決ではない

・通貨の量的緩和は一時的な危機回避後は、必然的に通貨価値の下落を引き起こす

・基軸通貨ドル、固定相場制の中国の元に対して、変動相場の円が通貨の調整しろ、になっている構図

・金融の客観的指標による評価は難しく、格付機関に依存せざるを得ないことが複雑さを増大している

・金融商品は可視化しにくいアイデアであり、数式による定量的評価も難しい

・人間は生活必需品には金をかけないようにするが、好きなもの、趣味には金をかける  




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2012年03月16日

コミュニティー「3人寄れば、社会が動く?」

携帯電話の普及に伴い、家族でも別々に行動する「個の時代」と言われる時代が少し前にありました

その後、Twitter、Facebookなどソーシャルメディアの普及と相まって、「個」ではなく、家族ではなく、友達同士、あるいは見ず知らず同士が集まって住む

シェアハウス、あるいはコミュニティーの時代へと移行しています

このコミュニティーとは、昔のムラ社会、企業社会のように地縁血縁、上下関係でがんじがらめ、離脱不能、入ってくるよそ者には冷たい、のではなく、入るのも出るのも自由で、ゆるやかなつながり、が特徴です

アイデア、人材が集積する「現代のえんがわ」シェアハウス




昔の家には縁側があり、集まる場となっていたが、これからはシェアハウスが場、メディアになる

家自体がプラットフォーム、コンテンツは集まる人。


と書きました。

新しい時代の「えんがわでのコミュニケーション」

では、


昔の農家には、家の座敷の外側に「えんがわ」がありました。

近所の人がやって来て、家に上がるのではなく、「えんがわ」に座る。

お茶を飲んで、お茶菓子を食べて、他愛のない世間話をする。

そして、お互いに頃合いを見計らって、「それじゃ」と帰って行く。

家の中でもない、外でもない、境界領域の「えんがわ」がありました。

マンションのような集合住宅になって、堅固なドアが家の外と中を厳格に分ける、今の時代には、住宅の「えんがわ」はなくなってしまったのかもしれません。

でも、社会の「えんがわ」は、どうでしょうか?


と書きました

そんな時に、

港区と慶應義塾大学が共同で運営するコミュニティづくり活動拠点「芝の家」プロジェクト発表会「3人寄れば、地域がうごく?」

というイベントがありましたので、参加します

では、早速出たお話です

・ヒマワリの種はヒマワリに咲くための情報を持っている。どのような環境であっても、アサガオ、バラにはならない

・人間の既に内にあるものを上手に引き出してあげるのが、環境の整備

・木を植えることは未来を植えること。小さく植えて、大きく育てる

・世代を超えて楽しめる園芸が、路地のコミュニケーションを生んでいる

・「芝の家」スタッフの2/3は来場者として来てからスタッフになっている 

・「芝の家」元気になったと感じるのは、スタッフ90%、来場者71%、スタッフが元気だから、来場者が元気になる

・ソーシャルキャピタル(社会関係資本)の蓄積:多くの知り合いがいて(ネットワーク)、信頼できる関係があり(社会的信頼)、お互いに助け合う行動(互報性の規範)があること

・「芝の家」の価値:雰囲気がよく、立ち寄りやすい、多様な人が集まり、コミュニケーションがある、スタッフの対応がよい(スタッフがよくないと人が集まらない)

・無理に作ったり、ひっぱたりする、のではなく、自然に生まれるプロセス、生まれるものを大切にする

・足りないものを奪うのではなく、シェアする

・特に目的のない休憩、ふれ合いの場が多彩な活動の地域の拠点に。明確な目的がないからこそ、多彩な活動が可能に

以下は、「芝の家」のスタッフの意見です

・人と出会うには自分も元気な方がよい

・日常生活において、気持ちにゆとりが持てるようになった 

・自分ができること、したいことが、周りの人々とつながっていることを感じた

・自分自身の存在を実感、自己の存在を否定するのではなく、ありのまま、向き合う

・初めての人に会うのが「憂鬱」ではなく「楽しみ」になった 

・人に対する信頼が増した、自信がつき、人が好きになり、仲間が増えた

・人付き合いはぶつかったら、そこでおしまい、ではなく、ちゃんと向き合って関係を構築できる

・「人に迷惑をかける」ことは悪いことではない、と思えるようになった 


Twitter、Facebookなどソーシャルメディアが注目を集める一方で、このようなリアル社会での取り組みにもヒントがありそう、そんな感じがしました







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2012年03月13日

フューチャーセンターは「未来」ではなく「今のこの瞬間」を大切にする

欧州フューチャーセンター&ワールド・カフェ

に参加します

フューチャーセンターについては、

今、話題の今、話題のフューチャーセンターイベントに行ってきましたイベントに行ってきました

に書いたのですが、Blog@IBS(イノベーション行動科学)フューチャーセンター(Future Center)とは

にいい記事を見つけましたので紹介します

120313フューチャーセンター



フューチャーセンターは、多様な人々が集まり、「よい対話」をするための「専用空間(Space)」です。あたたかな「おもてなし(Hospitality)」によって招き入れられた参加者は、「ファシリテーター(Facilitators)」と呼ばれる対話を促すスキルを持った人によって、対話の「方法論(Methodologies)」を用いて、協力的・創造的に対話を行います。

フューチャーセンターでは、持ち込まれた複雑な課題に対して、「未来のステークホルダー」を集め、オープンに対話し、共有可能な理想像を描き出します。もちろん一回の対話で解決しない問題もあり、フューチャーセンター・セッションを連続的に設計することで、問題解決に近づけていきます。

フューチャーセンターは、「対話する場があることを象徴的に示す空間」でもあり、多様な参加者による共創的対話による、「イノベーションを生む場」でもあります。

都市や街にフューチャーセンターがあれば、街づくりが参加型に変わります。企業にフューチャーセンターがあれば、組織の壁や企業の壁を超えたイノベーション発想に変わります。

これからの合意形成のプロセスは、トップダウンではなく、創造的な対話からローカルな変化を生み出し、それらをネットワークでつないでいくことになるでしょう。フューチャーセンターのネットワークが、それを担う場になると期待されています。

フューチャーセンターは、多様性の高い対話を通して、社会的な共有価値を生み出す場なのです。



さて、今日のイベントで出たお話です


・IT業界、クライアントの要求を聞き、早くその私用に基づくプロダクトを作る。実は、これが自分では考えなくなる、現象も生んでしまっている

・イノベーションに特化したフューチャーセンターは独立採算。それゆえ、単に対話をベースにきづきを促す場を提供するだけでなく、ビジネスとして成立している

・フューチャーセンター、整然とはしておらず、むしろ雑然として、ストリートを通る感じ。どこで働いてもよい、暗黙のメッセージを発している 

・競合企業の社員同士が、夕刻からは、落書きしたガレージのような環境で対話を行っている

・古い機材を並べることによって、製品の進化を考えることにより、未来をバックキャストし、将来の製品を想像する

・フューチャーセンター、イノベーティブで尖ったアイデアだけでなく、まるくスムーズなアイデアを出すことも

・ブレーンストーミング、発言しても否定されない安心感とポジティブな雰囲気が大切

・レゴ、粘土等で作品を表現しつつ、その表現のプロセス上でコミュニケーションを行う

・表現したものを振り返る時間を十分に取り、自分の中に落とし込むプロセスが大切

・非日常であるフューチャーセンターで気付いたことを、日常につなげて活かすことが大切

・フューチャーセンター、ファシリテーターは中堅、ベテランの参加者がやるのではなく、外部の専門家が務める

・銀行に、一般向けの創発の場、新しいアイデアが生まれると、お金が必要になる

・失敗がより大きな成功につながることがある。何が成功につながるか、わからない。華麗なる失敗

・フューチャーセンター、場をデザインする、おもてなしの心を忘れない、用途に合わせてデザインされた空間、意図をもってトータルデザイン、ファシリテーターの手腕にはあまり左右されない

・イノベーションに野心的かつ貪欲、立体的な概念を科学、成功の可能性を上げる環境を緻密に設計し、地道に導入する 

・イノベーションを意図的に創るのは難しいが、イネブラーは作ることができる 

・革新における3つの駆動要因、テクノロジー、ビジネス、ヒューマン。顧客は一緒に革新を起こす相手を求めている

・経験や共感が経済を引っ張る

・中国、インド、東南アジア諸国が先進国に追いつき、途上国の賃金は上がり、先進国の賃金は下がり、同一に近づく。先進国は途上国と同じ事をしていては負ける


さて、以前は企業間フューチャーセンター

と言ったりして、ある企業内にあったものが、複数の企業間で運営するなど、企業人が中心でしたが、教員、学生、アーティストも加わり、多様化が進み、気づき、生まれるアイデアも広がってきました。フューチャーと言うと、未来についてのもののようですが、未来を考えつつ、今この瞬間を大切にしている、感じがします。とにかく、今後の動きが楽しみです







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2012年03月06日

東工大フォーラム「技術者・研究者が養うべきリーダーシップ力」 

東工大フォーラム「大学院生が身につけるべきリーダーシップ力」 

に参加しました

東工大の卒業生である、三菱電機・執行 役副社長の久間和生氏より若手技術者・研究者が養うべきリーダーシップ力をテーマに講演されました

博士課程の大学院生は、深い専門性を形成しつつ、研究活動を行い、論文を書くことが求められ、リーダーシップを身につける教育などは行われません

将来、高いポジションに就くことを期待するのであれば、リーダーシップ形成プログラムなどが望ましいのですが、そういったものは特に行われず、個人で見よう見まねで身につけなさい、という状況でしょうか?

そういった現状であるから、こういったフォーラムが開催される訳ですが

では、出た話をまとめます


・優れた研究者の要件:1.基礎学力の充実、2.独自研究、パイオニア研究の実施、3.分野横断型研究の実施

・その分野の第一人者には世界中の優秀な人材が集まる

・自分から動かないと、テーマが見つからず、研究できる環境が整わない

・研究開始後の2〜3ヶ月間は、その分野のキーとなる代表的な論文をガンガン読みまくる。その後、課題を見出し、テーマを設定する

・1999年、携帯電話にiモードとカメラ機能が付加されたが、前者は売れたが、後者は売れず。カメラ付き携帯に人気が出るのは2001年。タイミングをつかむことが大切

・変化の激しい時代には、思い切って自分の専門技術から離れて、新しい分野に挑むことも大切

・研究開発は「技」と「力」、「技」とはコンセプト、付加価値の形成とその実現、「力」とは性能向上、生産性、コスト、どちらかひとつではダメ、両方とも必要

・日本製品の世界市場でのシェア、当初は技術で市場を独占するが、市場拡大に伴い、シェアが急激に減少する(半導体、DVD、太陽電池など)

・日本製造業のライバル:韓国、台湾、中国 「安かろう、悪かろう」→「そこそこの品質」→「対等な品質」

・欧米企業のビジネスモデルの転換、知的財産のオープン/クローズド戦略と事業の国際分業(生産は東南アジア諸国)

・日本、科学技術としてはいい成果が出ているが、国際産業競争力に結びついていない 

・日本のメーカー、高度経済成長期に、アカデミックな基礎研究にのめりこみ過ぎ、産業に必要な研究から離れてしまった

・企業内で自由に研究をやれる雰囲気、人は育つのだが、アカデミアに転進してしまい、産業界に残らない。企業の次世代人材育成にはつながらなかった

・持続的イノベーション(強い事業をより強く)と破壊的イノベーション(新しい事業の創出)の両方が大切、どちらかひとつではうまくいかない

・産学連携、大学のシーズと企業のニーズの一致型から、大学と企業のパートナーシップによる共同研究開発型へ

・リーダーには、1.先を見る力、2.自分の意見を持つ、3.自分がやるだけでなく、関係者、組織を動かし、活用する力、4.社内外との連携、コミュニケーション 

・博士課程では、ある具体的テーマに対して、方法論を学び、それを発展させて汎用的に活用する能力を身につける 

・博士で身につけたことだけでは、一生食べていくことはできない。世界は絶えず変化している。また、企業では大学と違うテーマに取り組むことが多い



博士課程の学生に限らず、あるいは、リーダーシップだけに限らず、いろいろなヒントがもたらされたフォーラムでした




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