2013年06月

2013年06月25日

科学技術史のすすめ、科学技術は振り返って見ても、面白い

科学技術というと、最先端の分野で、未知の領域を研究・開発していく、というイメージですが、実はこれまでの歩みを振り返って見ると、社会環境に応じて、人々がどういう道をたどってきて、今後どういう道を歩むのか?わかったりします。

これは、歴史を振り返ると、政治・経済が見えてくるのに似てます。

例えば、第1次世界大戦(1914年)を振り返ると、

・ヨーロッパ諸国は同盟・協商関係により、意図しない、加わりたくない戦争に巻き込まれていった。同盟・協商関係は戦争防止だけでなく、戦争へ巻き込まれる危険もある。

・戦費が膨れ上がったため、通貨と金を交換する金本位制をやめざるを得ず、その以降、アメリカのニクソンショックで金本位制から離脱し、通貨乱高下が起こることとなった。

・戦時物資調達のため、戦場から離れたアメリカ、日本の産業が急速に伸びる結果となり、相対的なヨーロッパの地位低下を招いた。


科学技術はというと、例えば、天文学の将来は?

で書いたように、


天文学が最も重要だったのは、航海が発達した時代です。

レーダー、電波がない時代に、広い海の中で、自分の船の位置を確認し、正しく目的地に行くためには、星の位置から計測するのが一般的でした。

それゆえ、星の動きを観測する天文学は、海外との物資の流通、交通を行なうために欠かせない重要なものでした。

そもそも、夜空の無数の星の中から、水、金、火、木、土の5個の星の動きが他の星と違うことを17世紀までに発見したこと自体、すごい!と思いませんか?

ガリレオ、ケプラー、コペルニクスなどの偉大な天文学者も16、17世紀に活躍しました。

人類が人工衛星を打ち上げられるようになり、GPS(グローバリング・ポジショニング・システム)で位置を確認でき、地上にあるものは何でも撮影できる時代になりました。


だったりします。

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と考えていたら、日本科学史学会から

「18世紀ヨーロッパの力学研究―学者たちの交流、学者たちの論争」


「ニュートン力学」や「解析力学」として知られる古典力学の基本的内容は、主に18世紀のヨーロッパで作り上げられました。その過程で重要な役割を果たしたのが、ベルヌイ一族、オイラー、ダランベール、ラグランジュといった数学者たちです。ニュートンの『プリンキピア』(1687)からラグランジュの『解析力学』(1788)へと至る力学の展開を、特に彼らの人間関係に着目しつつ、わかりやすくご紹介します。


という案内が来ました。

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18世紀というと、アメリカの独立戦争が1775年から1783年まで、初代大統領に就任するのが1789年ですから、まだイギリスの植民地でした。

それゆえ、科学の中心は、もっぱらヨーロッパでした。ヨーロッパも、特にプロセイン(今のドイツ)とフランスは戦争を繰り返すのですが、大きな変化は18世紀終盤の1790年のフランス革命となります。

実は、この頃の日本は鎖国状態にありながら、和算が大きく発展しています。

これについては、

天才和算数学者「関 孝和」はライプニッツと肩を並べていた?


インターネットも、メールも電話すらない時代の科学技術の発展には、人々の「交流」が不可欠でした。

ただ、この「交流」は決して友好的なものだけではなく、鋭い対立、ライバル関係もありました。

ニュートン、ライプニッツからベルヌイ一族、オイラー、ダランベール、ラグランジュといった物理学の古典テキストで有名な学者たちが、近代力学の基礎を創り上げていったプロセスを見てみましょう。

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・ニュートン「プリンキア(1687)」数式が使われておらず、文字と図のみ。幾何学を用い、数式を使わず、古代ギリシア数学の厳密性、極限操作

・ラグランジュ「解析力学(1788)」数式で延べられ、図が使われていない。18世紀に幾何学から数式、方程式へ大きく移行した

・18世紀前半までは科学論文にはラテン語が多く使われていたが、その後フランス語が主流となった。今の英語のような位置づけであった。

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・17世紀の力学:ガリレオ(落体運動、材料力学)、ホイヘンス(振子と遠心力、物体の衝突)、ニュートン(中心力による運動、抵抗媒質中での運動) 

・18世紀の力学を創った人々:ベルヌーイ(ヨハン、ダニエル親子)、オイラー、ダランベール、ラグランジュ、回転運動(剛体運動)、流体力学、拘束のある運動、振動、三体問題≒質点系と連続体の力学

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・18世紀の力学を支えた場所:パリ王立アカデミー、バーゼル大学、ベルリン王立科学・文学アカデミー、ペテルブルク帝国科学アカデミー、すべて「大陸」イギリスではない

・18世紀の「数学」:純粋数学ではなく、現在の数理科学、数学を駆使して自然科学現象を解明することも含む 

・科学協会、アカデミー:会員の会合(研究発表)、紀要(論文集)の発行の機能、それ以前は科学論文はそれほど書かれなかった。1700年頃から増加し、1790年のフランス革命で1/3に激減

・ニュートンとライプニッツ、微積分の先取権をめぐって対立。ライプニッツの手法がベルヌーイ、ヘルマンらにより普及し、現在の微積分に至る

・ニュートン「プリンキア(1687)」幾何学と極限操作による。1700年以降微積分計算によるアプローチ、ヴァリニョンは順問題(運動から力を求める)ベルヌーイは逆問題(力から運動を求める)

・活力論争:運動している物体には、何らかの「力」がある。衝撃力として現れる、変化をもたらす原因。デカルトは運動量(質量×速度)、ライプニッツは活力(質量×速度の2乗)を「力」の尺度として主張 

・動力学dynamicsと静力学statics、ライプニッツの造語「動力学提要(1695)」

・ベルヌーイ親子、活力保存の原理とその拡張≒力学的運動エネルギー保存則、相互作用する複数の物体の運動、流体の運動

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・動力学の進展:「活力」の学(ライプニッツ)→「活力保存の原理」による力学(ベルヌーイ)→相互作用する物体系の力学(ダランベール)「力の理論」から「運動の科学」へ 

・18世紀初頭までは「問題毎に解法を工夫」18世紀半ば以降「一般原理による解法」どんな種類の物体も、どのような種類の問題も同じように扱える

・力学理論の2つの変化:解析化(幾何学から数式、方程式へ、微積分計算の普及と発展)、体系化(問題毎の解法工夫から一般原理による個別問題の解法)

・順問題(運動から力を求める)変化を生み出す「力」(原因)「力の理論」→逆問題(力から運動を求める)「力」の生み出す変化(結果)「運動の科学」



上に書いたように、解析化(幾何学から数式、方程式へ、微積分計算の普及と発展)、体系化(問題毎の解法工夫から一般原理による個別問題の解法)
によって、回転運動(剛体運動)、流体力学、拘束のある運動、振動、三体問題など、「質点系と連続体の力学」が確立されていきました。

その後の産業革命、アインシュタインらによる20世紀前半の科学と技術の融合、など、この後も科学技術は振り返ると面白そうです。










2013年06月24日

『体感する数学』とは?

竹内薫先生×茂木健一郎先生講演会「数学で脳がエクスタシーを感じる瞬間」『体感する数学』

という案内が来ました。

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数学は私たち日常生活の中に溢れていますが、学校で習った数式や用語が身近なものに結びついているということは、なかなかわかりにくいものです。しかしそれがわかったとき、あなたの脳は”快感”を感じるはずです。

『体感する数学』の著者・竹内薫先生と、竹内先生の大学時代からの同級生・茂木健一郎先生に、その快感が絶頂に達するような、みるみるわかる数学のお話をしていただきます。

数学で脳がエクスタシーを感じる瞬間を、どうぞ体感して下さい!


『体感する数学』


「虚数は2乗したら-1になる数のこと」学校では確かにそう習ったけど、それって要するに何のこと?

「これはこういうものなんだ」とただ覚えなければならなかった数学用語を、すべて“体感できる"エピソードに置き換えてご紹介します。


講演の模様は、のちほど書きますが、竹内薫さん、茂木健一郎さん共に「正統派の数学者」ではありません。

むしろ、数学の研究成果を利用して、自分たちの分野を切り開いていった人たちです。

このブログでも数学の活用について、書いてありますので、少し復習してみます。

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越境ではなく、在来して活躍している数学


IT、バイオなど、科学技術(実は「科学」と「技術」は大いに異なるのですが)が急速に進展する現在、物理学、化学は単に学問としてだけではなく、その成果が社会の発展に大きく貢献している

一方、数学は科学技術の進展とは、薄く、細いつながりはあるものの、独自の「閉ざされた」学問体系の中で、完全に社会から隔絶され、趣味が高じたおタク研究者がタコつぼ研究室に閉じこもり、

紙とペンとコンピューターを駆使し、おおよそ、社会には意味のない趣味研究に明け暮れている、というイメージがある

実際には、数学は、決して閉ざされた学問体系ではなく、大いに他分野に越境し、社会の諸問題の解決に貢献している


その数学は現場を超え、現場を動かす

に書きましたが、

例えば、年によって、ワインの味わい、質は大きく異なります。これは、ソムリエ、テイスターたちの領域とされてきました

ワインの味わい、質に影響をもたらすのは、気温、降水量など、ぶどう栽培、収穫時の気象条件でしょう

毎年の気温、降水量などの気象条件のデータと、その年のワインの味わい、質を分析すると、ある相関関係がでてきます

すると、気象データを分析することにより、まだソムリエがテイスティングすらしていないワインの質の予測が可能になります

現場の感覚だけでなく、データを記録、管理し、分析することにより、正確な予測が可能になります


「現場に足を運べ」「現場を見ろ」と言われます。これは、とても大切なことです。でも、それだけでは不十分です

データを計測可能にし、記録し、分析することにより、現場にいる人が気づいていなかったことが発見できたり、予測できたりします


これまでは専門家が経験と勘でやっていたことを、データを取り、モデル化、数値化をし、再現します。

すると、専門家の経験と勘を、専門家以外の一般にもできるようにするだけでなく、専門家自身が気づかなかった本質的な重要因子が見えてくることがあります。


天才和算数学者「関 孝和」はライプニッツと肩を並べていた?


ライプニッツと肩を並べたはずの和算数学者「関 孝和」

に書きましたが、

今から300年前の17世紀後半から18世紀初め、ヨーロッパではニュートン、ライプニッツなど、数学、物理学が盛んに行われました。

日本はちょうど元禄時代。徳川幕府の5代将軍綱吉、6代将軍家宣の頃です。

その頃の日本は鎖国をしており、外国からの文化は長崎を通じて、細々としか、伝わりませんでした。実はそうでもない、という説もあるのですが。

もちろん、コンピューターなど無い時代です。

でも、徴税のための検地測量、米の取れ高の評価、洪水対策の堤防建設、などのために、数学は必要でした。

むしろ、コンピューターが無い時代だったからこそ、数学が高度に取り扱える人材が重宝されたのでしょう。

今年が、和算数学者「関 孝和」の没後300年です。

彼の業績を調べると、円周率の正確な算定、多変数連立方程式の解法、行列式、微分・積分、ベルヌーイ数、など、同じ時代のニュートン、ライプニッツと堂々と肩を並べる業績を残しています。

ただ、ニュートン、ライプニッツは、当時ヨーロッパが大航海時代後で、航海に不可欠な天体の軌道観測により、ケプラー、ガリレオ、コペルニクスなどの研究成果の影響を大きく受けています。

大きなハンディキャップを物ともせず、互角に渡り合った、と言って、過言ではない、と思います。

もし、この時代に「関 孝和」が同時代のニュートン、ライプニッツの研究を知りえたら

もし、関家が孝和の息子の代で、取り潰しにならなかったら

もし、明治時代に関の研究成果を、新しく入ってきた西洋の自然科学と融合できたら

興味は尽きません。


数学には、日常生活における計算を扱う、極めて実務的な面と、その手法、考えを抽象化することにより、汎用性をもたせ、物理学など多くの学問を進展させる、抽象的な面があります。

実際には、相互に行き来することにより、数学と工学、経済学などが共に発展してきた、ということでしょうか

前者は日常生活に必要とされますが、後者については、実務上のニーズ、および時間、金、才能を十分に持つ人材がいないと、進歩しません

上に書いたように、ヨーロッパでは大航海時代、航海に不可欠な天体の軌道観測により、数学が大きく進展しています

日本はどうだったでしょうか?では、日本の数学の歴史を見てみましょう


上にも書きましたが、竹内薫さん、茂木健一郎さん共に「正統派の数学者」ではありません。

講演も「数学」についてというよりも、他分野に及び、「数学」の話が聞きたかった聴衆も少なからずして、著名な講演者の割にちょっと「物足りなかった」感があったようです。

出た話をまとめると、以下のようになります。

・数学はエレガントだが、物理学は粗野、ただし、奥が深い。

・数学的に可能な世界の一つが現在の世界 

・アメリカでは「数学」力が社会を動かしている。

・アメリカではGoogke,Apple,Microsoftなど、民間主導でイノベーティブな研究開発が行われているが、日本では公的資金による権威付けがないと軽視される。

・アメリカでは大学が研究成果をビジネス化するメカニズムがしっかり機能している。

・生命科学、物理学などでは、サイエンス、ネイチャーなど、一流誌に取り上げられることが登竜門だが、数学は証明、解法ができてしまえば、直接ウェブで発表すればよく、権威付けは不要。

・数学は物事の神秘性を剥ぎ取って、真実を突き付ける。例えば、皆既日食を太陽、月の軌道から求めることにより、不吉さを取り除いた。

・物事を数理的に分析すると、幻想が取り払われ、やるべきことが明確になる。 

・100マス計算、ある分野、生徒には極めて有効だが、すべてに万能ではない。

・日本では数学の天才少年の取り扱いが安っぽい。東大合格くらいしか評価することができない。

・数学は自由への道を与える。闘争と逃走。

・自分に「だいたい、これくらい」というリミッターをかけると、絶対にそれ以上にはならない。 

・表現する人は皆、激しい。簡単には妥協しない。

・失敗は傷つく。失敗から立ち直ると強くなる。

・竹内薫氏、茂木健一郎氏共に、異端でデビューしているが、正統派に移り、メジャーになるのは大変、とのこと。 

・表現は、深いポケットを、いくつか持っている、からできる。 

・本は一人で書くのではなく、チームワークで書く。

・AKB48メンバーなどの「売りキャラ」は自らの表現方法であり、必ずしも本質ではない。




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2013年06月19日

「学びとアート」の関係を問い直す

「学びとアート」の関係を問い直す

という案内が来ました。

案内文によると、


これからの社会を生涯学習社会として位置づけ、その有り様を“コミュニケーション”、“アート”、“学び”の3つの視点からあきらかにしていく試みです。 

『「学び」というのは、自分自身のアイデンティティーをつくること、つまり、「自分は自分以外のなにものでもない」ということを自ら明らかにすることです。

そして自分が「なりたい自分 」になれるように努力していく。これが学びです。

そして、「なりたい自分」というのは実は初めから分かっているわけではなく、模索しながら「なりたい自分 」をつくり出しながら、それになっていくものです。

これが「学び」というものなんだと考えます 。』


とあります。

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このうち、

・「なりたい自分」というのは実は初めから分かっているわけではなく、模索しながら「なりたい自分 」をつくり出しながら、それになっていく

がポイントだったりします。

<待って>、<遅れて>、<つまず>いて:希望・時間・挫折




初めから「こうしたい!」という明確な目標があって、行動する訳ではなく、行動していくうちに、行動した結果として、「こうしたかった!」とわかる場合も多いようです。

自分がほしいものはよくわかりません。他人がほしがるものを、自分もほしい。但し、所有してしまうと、いらなくなることも多いようです。


と書いたように、あらかじめ明確な目標があって、それに向かって着実に進んでいく、

というよりも、とりあえず方向性だけ、ぼんやりとした目標があって、

それに向かって、学んでいるうちに、目標自体が揺らいでくる、

なんて方が現実的だったりします。


さて、この講演会は佐伯胖先生が話し手、苅宿俊文先生が聞き手、という形で進むのですが、シリーズもので前回の参加記を

「学びのこれからを考える〜5つのキーワード〜」に参加しました

に書いてありますので、併せてご参照ください。

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・興味、関心が「学び」を導く

・勉強、「問い」が予め与えられている、「正解」がある、自分の記憶を探して、「答え」を見つけようとする、How-toがわかれば「一件落着」、What,Whyは問われない 

・「教え」にしたがう、「教わる」とは「考えない」スイッチが入る、What,Whyは問わなくてよい

・勉強:「答え」がほしい、「わからない、知らない」は×、「うまいやり方」「効率的なやり方」を探す、自分で考えることよりも、「正しいとされること」を集める

・学び:「ホント」のことをわかりたい、わからないことがあれば楽しい、いろいろなやり方を吟味する、自分で考え、自分で確かめる 

・近代教育、「教育」を「教える」技術とした。 

・生徒は「教える人」の暗黙の要求に必死にこたえようとする。教師の意図を先取りする生徒による「生き生きとした」授業? 

・人間、自然を対象とし、技術、工学を活用して、この世界を人間にとって望ましいものに作り替える

・近代は教育を誘惑術にした。生徒が自分で学んでいると思わせて、自分の教えに上手に従わせる。見かけは自由に見える隷属状態 

・「知」の原型は「知覚」。「知覚」とは、網膜に映像が映し出されることではなく、ものごとの意味が明らかになること、自分で探し、確認する 

・統合による分析「知」:全体がおおよそ、どんな風なものか、により、個々の部分が決まる

・分析による統合「知」:個々の部分を集めて、統合して、規則に従って、全体の意味を確定する。教えられたこと、言われたこと、を前提とする

・ある驚きの経験→作品化→未知の驚きの予感、作品は他人に見てもらうための暫定的固定化

・次にどうなるか?予見ではなく、わからないことを、まっすぐ受け入れる希望(ジョン・キーツ)

・想像が「美」として把握したものこそ真実 

・教師は「教える」ことに夢中になってしまう。教える対象である生徒に起こる、自分が想定していない現象にどれだけ着目できるか?

・知れば知るほど、わからないこと、知らないことが増えていく。自分が「わからないこと、知らないこと」に付き合っていかなければならない

・若手の教師、時間が余っては、と考えて、準備過剰。生徒が考える時間がなくなってしまう


注意しなければならないのは、「学び」がよくて「教え」がダメ、ということではありません。

「学び」だけで「教え」がなかったとしたら、大変効率が悪いものになります。

例えば、物理学で、偉大な先人の教えを知ることなく、自分で自然現象から学んでいるとするならば、

ほとんどの人は、アルキメデスの発見を超えることなく、生涯を終えることになります。

基本について、しっかり「教え」を受けた上で、「学び」が大切になってきます。

つまり、「教え」と「学び」のバランスが大切なのですが、これまで「教え」が重視されていたのですが、「学び」の大切さをもっと認識すべき、と考えられます。

こんな前提で、

・「なりたい自分」というのは実は初めから分かっているわけではなく、模索しながら「なりたい自分 」をつくり出しながら、それになっていく

を考えると、「教え」をもとに自ら「学び」、学び、迷いながら、自らを構築していく、

わかったような、わからないような感じになってしまいました。





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2013年06月13日

大学の研究と、企業の実用をつなげる、ライセンス・アソシエイトの仕事とは?

オープン・イノベーション時代における産学連携

に書いたのですが、


これまでの産学連携は

・企業が広範囲な研究を行う中央研究所を廃止し、自社製品に特化した研究開発を行うようになった

・社会の変化が急激で一社単独では研究開発のカバーが難しくなった

などの事情を背景に、大学の研究シーズと企業の商品ニーズをマッチングさせる、のが基本でした。

大学の研究シーズは、利用されぬまま、埋もれているものが多く、一方、企業側のニーズは比較的明確で、

産学連携とは研究成果を実用化するための「手段」でした


ところが、ここ数年で産学連携の様相が変わってきました

「製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで,自分は何が欲しいのかわからないものだ」

というスティーブ・ジョブスの言葉が示す通り、消費者自身が自らのニーズがよくわからない時代であり、企業もニーズが何なのか、よくわからなくなっています

イノベーションを起こしたくても、思考回路が凝り固まった自社企業内では、従来の発想領域を超えようがありません

オープン・イノベーションの時代においては、産学連携は単なる「研究成果を実用化するための手段」ではなく、

ニーズ探索、発想のオープン化も含めて、もっと幅広いものになってきました


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大学の技術研究成果が「アカデミックな論文を書けばよい」、成果の利用は「企業が論文を読んで行えばよい」
という時代から、大学の研究成果を埋もれたままにすることなく、企業に技術移転する、ことを考えるようになりました。

大学の技術を、学術、研究から実用にするには、企業を巻き込む必要がありますが、この時の技術マーケティングはどのようなものでしょうか?

産学連携の現場には、「TAK」さんのような産学官連携プロデューサーなどいるのですが、大学側、あるいは大学に近い立場で、企業への技術移転を行うのが、ライセンス・アソシエイトです。

技術マーケティングの視点から、ライセンス・アソシエイトの仕事を見ていきたいと思います。

大学技術のマーケティング

大学の技術のマーケティング

を併せて読むとわかりやすいと思います。

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・ライセンス・アソシエイトとは、大学の発明と企業をつなぐコミュニケーター、不調な場合は、何がダメなのか?フィードバックする

・大学のライセンス収入はどの大学も同様な構造、上位10%の発明が90%のロイヤリティー収入を稼ぐ

・イノベーションを起こすのは、90%のロイヤリティー収入を稼ぐ、上位10%の発明。ボトムアップよりトップアップでこの部分にフォーカスした知財戦略が望まれる

・「スタンフォード、MITは知名度が高いので、何もしなくても企業顧客がやってくる」と思われがちだが、実際には地道な出願、技術マーケティングを行い、数年に1度の大発明でロイヤリティーを回収している

・「よい研究をしていれば、企業は必ずやってくる」と考えている大学関係者が多いが、実際には技術マーケティングが不可欠

・ウェブに掲載されている技術情報は価値がない情報。価値がある技術はウェブに掲載する前に、ライセンス契約などがなされている 

・特許出願時には、たいした技術と認識されていなかった発明が、100万ドルのロイヤリティーを稼ぐ場合も少なくない

・東大TLO、設立2年間はライセンス契約がゼロだった

・特許出願がゴールではなく、技術マーケティングにより、企業とライセンス契約を結ぶ

・先行事例の失敗も、自分であらためて経験して、学ばないと、わからないことも多い。自分で失敗を学んで成長することもある 

・技術移転のプロセス:発明のヒアリング→発明の評価(特許性、市場性)→特許出願→マーケティング→ターゲティング→技術紹介→条件交渉契約

・ライセンス・アソシエイトの仕事は、明日の絵を描くような仕事

・想像する力、想像をどこまで広がられるか?がポイント。想像した者勝ち

・今の業態ではなく、将来の業態を考えたうえでの技術マーケティングを行う






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2013年06月11日

サイエンスマップによる科学研究の動的変化の観測

東大イノベーション政策研究会「サイエンスマップによる科学研究の動的変化の観測 −手法と応用−」

という案内が来ました。

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案内文によると、


サイエンスマップとは、注目を浴びている研究領域が互いにどのような位置関係にあるのか(近いのか遠いのか、周辺にどのような研究があるのか)を示した科学研究の地図です。

サイエンスマップは共引用分析を用いて論文のグループを生成した後、その位置関係を 2 次元平面にマッピングする事で作成されます。

本講演では、まずサイエンスマップの作成手法について説明した後、サイエンスマップから見える科学研究の変化、サイエンスマップの応用例について紹介します


とあります。

その数学は現場を超え、現場を動かす

に、


超巨大データの多変量解析、データマイニングにより、直感ではわからなかった意外な事実が浮上してくる事例を示しています

例えば、年によって、ワインの味わい、質は大きく異なります。これは、ソムリエ、テイスターたちの領域とされてきました

ワインの味わい、質に影響をもたらすのは、気温、降水量など、ぶどう栽培、収穫時の気象条件でしょう

毎年の気温、降水量などの気象条件のデータと、その年のワインの味わい、質を分析すると、ある相関関係がでてきます

すると、気象データを分析することにより、まだソムリエがテイスティングすらしていないワインの質の予測が可能になります

現場の感覚だけでなく、データを記録、管理し、分析することにより、正確な予測が可能になります


「現場に足を運べ」「現場を見ろ」と言われます。これは、とても大切なことです。でも、それだけでは不十分です

データを計測可能にし、記録し、分析することにより、現場にいる人が気づいていなかったことが発見できたり、予測できたりします

これまで、このようなデータマイニング、分析を「現場を知らない数理屋の遊び」とさげすむ風潮がありました

もっと積極的に取り入れると、「その数学は現場を超え、現場を動かす」ことになるのではないか?


と書きました。

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研究活動についても同様で、研究領域、研究者、研究成果、論文について、マッピングしてみると、面白い現象が見えてきます。

研究者にとって、研究テーマの設定は、最も重要なタスクの一つで、
衰退していく分野よりも、今後伸びていく、影響力のある分野の研究を行いたいものです。

それゆえ、自分が主に研究したい分野について、時系列的に研究マップを見るのは、極めて重要です。


それでは、早速、出た話をまとめます。

・科学技術知識のマッピング、知の構造や発展を客観的に記述することにより、これまで見えていなかったものを可視化する。

・科学技術マッピングの手順:分析対象と目的の設定→データの収集→ネットワークデータの構築と可視化→データ分析、クラスタリング

・科学技術マッピング:科学における動向を俯瞰的に捉える。注目を集めている研究領域を定量的に見出し、分析

・科学技術マッピングの3ステップ:1.論文のグループ化による研究領域の構築、2.研究領域のマッピングによる可視化、3.内容の分析

・各年毎の研究領域のマッピングと共に、年次間のマップ同士のダイナミクスを調べる

・研究領域の生成、成長、消滅、移動、融合、分割などが可視化される

・知識の軌跡:知識の波及や融合に対応した研究領域の位置の変化

・「軸足を持つ研究領域」と「学際的、分野融合的研究領域」が可視化される

・ネットワーク分析により、どこが研究のハブか?末端なのか?研究機関間の構造がわかる

・研究領域のネットワーク化と同時に研究機関のネットワーク化もできる

・科学技術の知識だけでなく、研究機関、研究者のネットワーク、協力、競争、研究資金の関係を調べると研究のダイナミクスが見えてくる

・具体的な研究テーマの広がり、つながり、重なりの動的変化(ダイナミクス)が可視化される

・データから集計したマップは近過去、将来的には、リアルタイムの研究ダイナミクスを可視化したい

・急成長する研究領域、関係が深まる研究領域は予測できるが、急に発生する研究領域は予測不能

・科学技術マッピング、目的を持つ人が見るから意味がある。そうでなければ、単なるきれいな図に過ぎない 

・マッピングによる可視化、実在するものを表示して、見えなかったものを見えるようにする。実在しないもの、実在しても、表示していないもの、は見えないまま

・論文の引用によるマッピングは、確実だが、タイムラグが大きいのが欠点。ダウンロード数、アクセス数の方がリアルタイム性が高いが、ノイズも大きい

・グーグルなどの検索エンジンを利用できれば、リアルタイムの面白い調査ができるが、現在は不可


ただし、この分野の技術の進歩はすさまじくて、ここで用いられている

・データを抽出して、入力して、マッピングする

という手法が、もやは「過去のモノ」となりつつあります。

上に書いたように、「データを抽出して、入力」する行為自体、超大量データには向かないし、得られた結果自体が、
リアルタイムのモノではなく、既に「近過去」についてのものです。


ディジタル化、ネットワーク化により生活、仕事はどう変わる?

「実世界ログが巻き起こすイノベーション」に参加しました





「個人の移動、購買、消費などの活動が、本人が意識する、しないにかかわらず、自動的に記録される」になり、しかも、その記録の相当部分がオープンになります。

過去の行動の再現、未来の簡易予測、それに基づく、行動の変更、などは、既にある程度実現しています

これを今後どう活用していくか?が、大きなポイントのようです


と書いたように、

研究活動も調査、共同、連携、論文、特許などの個々の活動を行う上で、ウェブに活動記録を、本人が意識する、しないにかかわらず、自動的に記録されています。

これらの記録を使って、リアルタイムの活動状況がわかると、研究活動に大きな影響を与えそうです。







2013年06月05日

研究分野の移行、専門的から横断的へ

研究者の方のテーマを見ると、

長年一つのテーマを掘り下げている方と、複数のテーマをもって、時々に移行されている方がいます。

変化が激しい時代では、ずっと一つのテーマを追い続けるよりも、社会の情勢に応じて、研究テーマを移行する方が現実的かもしれません。

このテーマを移行する場合ですが、

(1)全く違う分野の研究に移行する場合

(2)隣接するテーマに移行する場合

(3)専門技術的なテーマからマネジメント、政策など横断的なテーマに移行する場合

があります。ここでは(3)の場合について、考えてみます。

例えば、生命科学の研究から、主に生命科学を主体とした、知的財産、ライセンス研究への移行、などが考えられます。

生命科学の研究者が、研究成果を特許、ライセンス化しようとしたところ、うまくいかずに、海外大手製薬会社などの知的財産とされてしまった、など、苦い経験のある研究者に見られます。

上記のように、「個別の先端技術からマネジメント、政策研究への移行」は、よく見られるのですが、この逆の「マネジメント、政策研究から個別の先端技術」への移行は、ほとんど見らえれません。

研究分野の移行の方向として、

・いくつかの専門分野を持ちつつ、マネジメント、政策など横断的なテーマに移行する

・専門技術的なテーマとマネジメント、政策など横断的なテーマを並行的に進める

のは可能ですが、「マネジメント、政策研究から個別の先端技術」への移行は極めて難しい、ようです。

つまり、研究分野を選ぶ時、移行する時に、「専門的から横断的へ」の移行は可能だけれども、逆の移行は困難、と知っておいた方がよさそうです。

専門的研究と横断的研究で、どちらが優れている、とか、高度である、とか、いうことではありません。

実際には、専門的研究と横断的研究の両面が必要です。

ただ、主体とする研究分野を移行する場合、上記のような「移行可能性の法則」がありそうです。


俯瞰的、横断的な教育の弊害?




「「TAK」さんは、技術経営(MOT)、科学技術コミュニケーションなど俯瞰的、横断的なプログラムに参加させていますよね。

「TAK」さんのように、「産」「学」「官」を経験された社会人の方々が、このようなコースに参加するのは大賛成です。

でも、学部を終えただけの学生が、技術経営(MOT)を消化、咀嚼できますか?

本来、機械、電子、生命などのあるテーマの工学の研究をもっと深める時期ではないでしょうか?

修士を採用する側の企業としては、社会経験もないのに、経営がわかった気になっている技術経営(MOT)専攻した修士と機械、電子、生命などの工学テーマを専攻した修士では、後者を採用しませんか?」


う〜ん、そう言われれば、そうですね。


「これまでの大学院教育はポスドク問題に象徴されるように、ある狭いテーマを掘り下げて研究するため、広い視野がなく、大所高所から物事を見ることができず、社会で役に立たない、のような問題がありました。それは、率直に大学院が反省しなければ、ならないことです。

ただ、学部を終えただけで、十分な専門性を持っていない学生が、技術経営(MOT)など俯瞰的、横断的なプログラムを主専攻とすると、大学院を終えたのに何ら専門性を持っていない、おそれがあるのです。」


「大学院教育も、学部を卒業した学生を対象とするものと、社会人を対象とし、社会人経験を必須とするものに分けて考える時期にきています」



社会人大学院は専門学校ではない?

に、


MOT(技術経営)の対象には、3つくらいのグループが考えられます。

(1)20代の若い技術者へ、将来の経営者を目指した教育

(2)30代後半の中堅技術者への、実務的経営教育

(3)50代の技術トップ間近な方への戦略教育

既に日本に存在するMOT(技術経営)専門職大学院は(2)、(3)を対象にしています。

逆に、「(1)20代の若い技術者へ、将来の経営者を目指した教育」を専門学校的に即効ではなく、じっくりと教育、研究する大学院が不足しているのです。

確かに、「TAK」さんが言うように、この時期は、機械、電気、生命、化学などの工学を掘り下げて研究することも大切です。

だけれど、技術を事業化するプロセス、技術の知的財産、企画・設計・製造の品質管理、など、横串をさす、ことも大切な研究テーマなのです。


と書きました。

またまた、考えが発散しそうなのですが、

・いくつかの専門分野を持ちつつ、マネジメント、政策など横断的なテーマに移行する

・専門技術的なテーマとマネジメント、政策など横断的なテーマを並行的に進める

のが、よさそうかな、と考えています。





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2013年06月03日

2013東大駒場リサーチキャンパス公開に行ってきました

東大駒場リサーチキャンパス公開

130603駒場1


東大駒場リサーチキャンパスには、生産技術研究所と先端科学技術研究センターがあります

生産技術研究所は今は駒場にありますが、以前は六本木にありました。

現在の新国立美術館、政策大学院大学がある場所です。

「生産に関する技術的諸問題の科学的総合研究ならびに研究成果の実用化試験」を目的として設立され、学の自立を標榜し、産業界への迎合を潔しとしない古い時代の中、産業界への貢献、産学連携をうたっていました。

敷地は結構広かったのですが、建物の内部、特に地下は迷路のようでした。

施設は老朽化し、とても進んだ研究ができる環境とは考えられませんでした。

そこで、10年前に駒場に移転し、設備も一新しました。

一方、先端科学技術研究センターは前身が航空宇宙研究所でした。

東大の中心である本郷キャンパスから、離れた場所で、自由な雰囲気で研究するのが特徴でした。

文系分野まで広く含んだ研究テーマで、それぞれの研究者が少し「尖った」研究をしていました。

このふたつの組織が同じ敷地内にあり、同日にイベントを行うことで、いい意味でも悪い意味でも、お互いが影響しあうようになっているのでしょう。


2年前の参加記を

東大駒場リサーチキャンパス公開に行ってきました

に書いたのですが、今回も同様の感想を持ったので、再掲します


●人が集まる研究室、閑散としている研究室

入りやすくて、たくさん人が集まっている研究室と、入りづらくて、閑散としている研究室がありました。

どうすれば、人が入ってくるのでしょうか?研究テーマの問題だけではないようです。



●説明しますか?説明を避けますか?

「TAK」さんが入って行った時に、「説明しましょうか?」と声を掛けてくる人と、目が合わないように、避けている人がいます。

せっかくのキャンパス公開の時に、研究内容の説明を避けてはいけません。


●研究成果は定量的に説明すること!

どの研究も、何らかに形で社会に役に立つ研究をしていることはわかります。

理学ならば、メカニズムを解明する、この現象の真の原因を追及する、でよいのですが、工学の研究成果としては定量的に説明しなければ、意味がありません。

例えば、この研究によって、コストがどれだけ削減される、品質がどれだけ向上する、製品寿命がどれだけ延びる、エネルギー効率がどれだけ向上するのか?などなど

研究者の皆さんへの、問いかけです。自分の研究成果を定量的に説明できますか?

ブログを読んでいる方々は、「東大の工学系大学院生はみんなそれくらいのことはできるだろう」って?

なぜ、わざわざ「TAK」さんが、こうやって書いているか?わかりませんか?


●それは自分のテーマではないのでわかりません?

研究室にはいくつかのテーマがあります。見学者の質問が、自分のテーマではなく、先輩、後輩のテーマについて、かもしれません。

その場にちょうど研究者がいれば、交代してもらってもよいでしょう。

でも、あなたしかいない場合、研究室のテーマは他人のテーマであっても、概要は簡単に説明できるようにして下さい。

あなたは研究室のテーマは、自分の研究テーマではなくても、ゼミなどで知っています。


研究所公開で来る一般の方々に、自分のテーマではなくとも研究室が行っている研究テーマを説明できないようでは困ります

将来的にも、自分が行っている研究テーマを、「どんぴしゃり」で企業などから必要とされる場合よりも、企業は自らが必要とする少し違った分野で求めることの方がずっと多いでしょう




2年前に比べて、中高生の見学が増えた感じがします。学校単位でバスを借り切って見学に来ている学校もあるようです。

中学、高校の時に最先端の科学技術研究の現場を見ておくことは、もちろんよいことです。

内容はよくわからなくとも、その経験はきっといきます。

ただ、見学者が中高生にシフトするとは、研究発表内容も平易なもの、簡単なデモ、などになり、他研究機関、大学の研究者には、物足りない内容となり、足が遠のいたようにも感じます。

以前は説明する大学院生が企業、研究機関の見学者の質問、辛口のコメントにボコボコにされ、でも、そこから何か新しい視点を見つけることもあったようなのですが、残念ながら、今回そのような光景は目にしませんでした。

この両者はトレード・オフの関係かもしれませんが、ちょっと気になったので、書いておきます。





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