2014年08月

2014年08月25日

代々木ゼミナール大幅縮小のニュースに寄せて

代々木ゼミナール、来年度から全国模試廃止、校舎の7割を閉鎖し7拠点に集約へ

来年度から全国模擬試験を廃止すると明らかにした。大学入試センター試験の自己採点結果を集計・分析し、志望大学の合格判定をする「センターリサーチ」も来年1月から実施しない

閉鎖対象は仙台、大宮、横浜、京都、神戸、小倉、熊本など。東京の本部校、札幌、新潟、名古屋、大阪南、福岡の各校と芸術大受験専門の造形学校(東京)は残す。

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事実上の入試産業からの撤退宣言、と考えてよいでしょうか?

大学入試を経験した多くの人が、全国模試、夏期講習など何らかの形で「代々木ゼミナール」にかかわったのでは?と思います。

「TAK」さんが大学入試の頃は、東大など難関校向けの駿台予備校、幅広いプログラムを持ち、ラジオ講座の講師など有名講師陣を誇る代々木ゼミナール、名古屋が中心で、東大オープン模試の河合塾があり、

「TAK」さんの出身の開成高校では、1、2年生の時に、一つ上の学年が対象の模試、夏期講習を代々木ゼミナールで受け、3年の時に、駿台予備校の東大向け講義、河合塾の東大オープン模試を受けるのが多かった、ようです。

男子校の開成高校の生徒にとっては、代々木ゼミナールの模試、夏期講習は、女子生徒と席を並べることができる、ウキウキ、ドキドキする時期でもありました。

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数年前から予兆はありました。5年前に以下のブログを書いてます。

変わりゆく東京の街


東京の街並みは絶えず、変化しています。

でも、毎日見ているので、その変化を特に気には止めません。

変化にびっくりするのは、久し振りに学生街に行った時でしょうか?

行きつけだった、懐かしいお店がなくなって、新しいビルが建っていたりすると、寂しくなります。

こんな変わりゆく学生街の寂しさ、せつなさを歌ったのが、ガロの「学生街の喫茶店」、あべしずえの「コーヒーショップで」でしょうか?(いい加減に古いですね!)

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びっくりのは、普段は行かない、御茶ノ水、代々木などの予備校街でしょうか?

これらの街には、大学入試の模擬試験、夏期講習などで行きます。

男女共学の高校生には何でもないことなのですが、男子高、女子高の生徒にとっては、異性と席を並べることが出来る、ウキウキ、ドキドキする時期でもあったでしょうか?

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でも、その時期が過ぎると、もう行かなくなります。

久し振りに、代々木の街に行きます。

4階建てくらいの街だったのが、明らかに高層化したでしょうか?

昔は、街全体を代々木ゼミナールが占拠していた感じがありましたが、明らかに陣地が減りました。

建物の高層化のせいなのか?大学入試対象人口の減少のせいなのか?明らかに元気がなくなっています。

昔予備校だったらしき建物が、貸し会議室、ホールに使われていて、そんな関係で、久し振りに来たのですが。

入学試験の時期で、予備校に通う時期ではないオフの季節なのでしょうが、

それにしても、駅前にいっぱいだった若い人たちの群れ、はありません。

なんとなく、ちょっと寂しい感じを味わった、久し振りの予備校街でありました。


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文部科学省のデータを見ると、18歳人口は減少の一途をたどり、また、大学進学率も飽和気味だったりします。

また、予備校生の推移

を見ると、1990年以降、激減していることがわかります。

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代ゼミの恐るべき先見性。予備校から不動産会社に華麗な転身か。既に実績多数。

にあるように、閉鎖対象の仙台、大宮、横浜、京都、神戸、小倉、熊本などは駅前の一等地で、他に使い道がある、という話もあります。

それにしても、懐かしい、学生時代の想い出が、また一つなくなっていきます。ちょっと寂しいです。



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2014年08月24日

自然は同じことを再現する、さて人間はどうする?

防災における、過去の記録の重要性と工学の役割



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古い地図、記録を調べて、以前、災害があった場所には、何らかの対策を施したとしても、基本的に同じ地形なので、同様の被害が起きる、確率が高い、ことになります


と書きました。

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地球、自然は、とても「正直」です。同じ地形で、同じ気象条件であれば、同じ現象が再現します。

津波、土石流災害が起きやすい所、あるいは起きたことがある所には、また同じ現象が起きます。

物理学的に考えれば極めて当然です。

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もちろん、人間も津波に対する防潮堤、土石流に対する砂防ダム、などの対策を取ります。

これにより、ある程度の規模の災害の被害は防ぐことができます。

ただし、「完全」ということはあり得ません。

これまでのレベルを超えるものには対応できない、と考えた方がよさそうです。

人間も工学的な対策だけでなく、政策的な対策も行います。「災害危険区域の指定」などですが、住居の用に供する建築物の禁止その他建築物の建築に関する制限で災害防止上必要な措置を行うことができます。

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詳しくは、以下のサイトをご参照ください。

災害危険区域の指定状況について

災害危険区域は、地方公共団体が建築基準法第39条の規定に基づき指定することができる

【建築基準法 第39条】
1 地方公共団体は、条例で、津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定することができる

2 災害危険区域内における住居の用に供する建築物の禁止その他建築物の建築に関する制限で災害防止上必要なものは、前項の条例で定める

災害危険区域等の設定


ところで、

判断の大切さ 住宅地造成をしてきた料理店主の話




山のすそ野、特に沢の下には絶対に住んじゃいけんのよ。じゃけどね、ハウスメーカーや不動産屋は、そんなことは言わん。正直に言ったら、売れんからね 


とありました。

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あなたがこれから住宅を建てる、としましょう。

もちろん、災害危険区域は避けるでしょう。

逆に、あなたが地主として、あなたの土地が災害危険区域に指定されたとします。

土地の価値は一気に下落し、誰も買ってくれなくなります。

そればかりか、建築に制限が加えられ、場合によっては、立ち退きを迫られます。

つまり、災害危険区域等の設定は、地権者にとっては、大変困ることで、指定されそうな場合、抵抗するのではないでしょうか。

地権者にとっては、その土地が災害時に危険である、とは、実は、自分だけがこっそり知っていればいいことで、一般に知られては、困るのです。

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ただ、インターネットの時代、都合の悪い真実も、知られてしまいます。

毎年どころか、夏になると、毎日日本中のどこかで、豪雨被害が伝えられる今、今後、防災を考慮した都市開発がどう進むか、今後の大きな課題です。




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2014年08月21日

防災における、過去の記録の重要性と工学の役割

最近の大雨による災害を考えると、防災における工学、特に土木工学の果たすべき役割をあらためて考えさせられます。

防災は、もちろん工学だけでなく、社会学、法学、医学など、いろいろな分野が統合すべきものだが、災害発生時の人々の安全を担保するのは、やはり主として工学の役割ではないか、と考えます。

広島市の土砂崩れで36人死亡 土石流に住宅が流される

今回大きな被害があった地域は、大正時代に集中豪雨により山崩れが起き、河川が氾濫したところ、だそうです。

その後、砂防堰堤など河川の工事を行ったが、残念ながら今回再び大災害、となりました。

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古い地図、記録を調べて、以前、災害があった場所には、何らかの対策を施したとしても、基本的に同じ地形なので、同様の被害が起きる、確率が高い、ことになります

また、宅地造成地、埋め立て地などが、大地震などで被害をうけやすくて、

液状化の研究が飛躍的に進む?

に書いたように、


液状化被害が起きた地域は、昔の地図を見ると、川、沼、海だったところを埋め立てた場所だったりします



山を切り崩して、谷を埋めた造成地では、大地震時に、山側は被害は少ないが、盛り土地盤では大きな被害が出るおそれ、があります。

これらは、土木工学の基本知識なのですが、一般には知らされていません。

一般に知らせてしまうと、都市宅地開発業など、土木工学を利用したビジネスに大きなダメージを及ぼすからでしょうか?

土木工学の成果活用のジレンマを感じます。

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耐「津波」建築はやりようがない!一刻も早く逃げること!




工学的にこれらに耐え得る建築物を作ることは無理ではありませんが、防波堤など海岸に設置される土木構造物を除く、建築物には現実的ではありません

今回大きな被害があった三陸地区は、明治三陸地震(1896年(明治29年)震度2〜3)、チリ地震(1933年(昭和8年)日本では地震は感じられず)により、大きな被害があり、その経験に基づき、防潮堤の設置は進んでおり、高台などへの避難も極めて迅速であったことが、テレビの映像からもうかがえます

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ただし、三陸地震、チリ地震の教訓に基づき岩手県田老町(現・宮古市)に作られ、これまで多くの津波被害を防いできた、当時世界でもまれに見ると言われた、高さ10mの防潮堤が今回は役に立たず、津波が街を破壊してしまったことから、今回の津波の威力をまざまざと実感します

工学で災害対策において、相当部分は対応できますが、その対策想定をはるかに超える災害には、役に立たないことが、わかります

このように被害は決して小さくありませんが、対策、啓発先進地であったため、被害が最小限で済んだのでは、と推測されます。

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スマトラ地震(2004年12月26日)では、津波に対する警戒心が極めて薄かったために、数十万人の被害が出ました

繰り返しになりますが、防波堤など海岸に設置される土木構造物を除いて、耐「津波」建築はやりようがありません。


と書きましたが、耐「土石流」建築も、砂防ダムなどを除いて、やりようがありません。


工学により、ある程度のところまでは安全を確保できますが、すべてに対応できるわけではありません。

津波、土石流など、工学で対応できないものに対しては、過去の事例をしっかり踏まえ、早めの対応をするしか、現時点ではできません。

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メカニズムが解明されていないことは記録から予測する?


プレート理論、マントルの動きから、地震が起こる時期を正確に予測するのは、現時点では難しいでしょう。

東南海地震、南海地震が、いつ頃起きるか?は過去の記録から、予測できるかもしれません。

二つの地震が同時に起きたり、極めてわずかな時間差で起こる可能性があることも、かります。

首都圏に目を向けると、プレートによる海洋性地震は、元禄(1703)関東地震、大正(1923)関東地震の記録から、次に起こるのはいつ頃か?予想がつきます。

ただ、地震の予測が難しいのは、海洋プレート型だけでなく、内陸活断層による直下型のものがあることです。

おそらく、海洋プレート型地震と同じく内陸活断層による直下型地震も「ある周期」があるはずですが、記録の整理がまだまだです。

ところで、直前の東南海地震・南海地震は太平洋戦争の終戦前後をまたいで、安政地震は黒船来航の時期に起こっています。

地震は人間の都合など、全く考慮しません。


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災害に関するメディア・記録の役割


「天災は忘れた頃にやってくる」

とは寺田寅彦の有名な言葉ですが、日本では古来から災害について、しっかり記録に残し、また、必要な改善は行っています


今年の夏は、忘れた頃に、どころか、連日のように豪雨の被害がありますが、

自分が住んでいる地域の過去の被害、記録を踏まえた上での対応が望まれます。



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2014年08月15日

終戦の日を迎えて、これからのグローバル社会とパートナーシップ

今日8月15日は終戦の日、アメリカ、イギリス、フランス、中国、ソ連を皆、敵に回しての戦争など、どう考えても無謀な訳ですが、なぜそうなってしまったのか?振り返ってみましょう

この頃のテレビの特番放送などは、第2次世界大戦、太平洋戦争前夜からの状況に着目していますが、

1894年から1945年の太平洋戦争終戦までの、わずか50年に日本は日清戦争、日露戦争、第1、2次世界大戦という大きな戦争を経験しています

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すなわち、19世紀後半の西欧諸国の帝国主義、植民地の時代から振り返ってみると、わかりやすい、と思います。

これらについては、毎年この時期に、

終戦の日を迎えて これからのグローバル社会は?

終戦の日を迎えて グローバル社会とパートナーシップ

外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する

グローバル社会の基本は植民地政策に?

グローバリゼーションの歴史を観察する

世界の中のイギリスに見る凋落と復活

を書いていますので、これらを適宜抜粋して、再構築してみます。

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終戦の日を迎えて グローバル社会とパートナーシップ

1894年から1945年の太平洋戦争終戦までの、わずか50年に日本は日清戦争、日露戦争、第1、2次世界大戦という大きな戦争を経験しています

これは日本だけの問題ではなく、世界中が一触即発の状態であり、その状態を嫌ったアメリカ大統領ウィルソンの提案で、第1次大戦後、国際連盟が提唱されるものの、アメリカの議会で承認を得ることができず、アメリカが不参加、という状況でした

このような状況下では、1国では自国の安全保障は難しく、他国とのパートナーシップは鍵となります

日清戦争により、「眠れる獅子」と恐れられていた清王朝が弱体化し、アジアにおいてはロシアが新しい脅威となりました

ロシアの南下を恐れるのは日本だけでなく、インドなど東南アジアに植民地を持つイギリスも同様でした

日清戦争後の遼東半島をめぐる、ドイツ、フランス、ロシアのいわゆる三国干渉も、ロシアに対する不信感を増大させました

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この時の、日本の選択肢として、南下を伺うロシア自体とパートナーシップを結ぶ「日露協商」と、同じくロシアを警戒するイギリスとの「日英同盟」の2つがあり、日本は後者を選択しました

「日英同盟」は、ロシア・バルチック艦隊が極東に向かう際に、イギリス巡洋艦が追尾し、途中寄港地での中立国の燃料、食料の中立違反諜報など、日露戦争における日本の勝利に大きく貢献しましたが、日露戦争における日本の勝利の結果、日英同盟の意味自体も薄れました

ただ、イギリスにとっても、ロシア太平洋艦隊消滅後、アジア地区を日本艦隊が受け持つことにより、自国艦隊をアジアから欧州に回すことにより、海軍経費を削減する、日本にとってもヨーロッパ列強との同盟ということで、第1次大戦まで継続されました

第1次大戦では、日本は駆逐艦を地中海戦線まで派遣するなど、貢献し、また、ドイツ植民地だった南洋諸島を得たり、中国山東省の権益を得る、その結果、日本は国際連盟の常任理事国となる、など、世界の一等国となり、フィリピンに植民地を持つアメリカと利害が対立するようになり、アメリカは日英同盟を妨害するようになります。

アメリカの思惑通りに1921年にアメリカ、イギリス、フランス、日本による「四カ国条約」が締結され、この条約の締結により日英同盟は「発展的解消」され、日本は国際的に孤立し、12年後の1933年には国際連盟を脱退し、後の日米対立、日英対立と太平洋戦争への布石となっていきます


世界の中のイギリスに見る凋落と復活

イギリスは古代文明が栄えた国ではなく、近代以前はヨーロッパの端に位置した国です。産業革命により、急速に経済力、軍事力を獲得し、世界最強国になりました。

グローバル社会の基本は植民地政策に?

アメリカとて、もとをたどれば、イギリスの植民地で、1783年に独立戦争の結果、独立しています

ヨーロッパに近いアフリカ大陸では、古くは奴隷貿易、その後、金、ダイアモンドなどの天然資源が発見され、イギリスはエジプト・カイロから南アフリカ・ケープタウンへ縦断政策、フランスは西アフリカから東海岸への横断政策をとりました。

縦断と横断ですから、当然、どこかで交わる訳で、1898年にスーダンのファショダで両軍が衝突するファショダ事件が起きました

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同じ頃、東南アジアでも、インドの東インド会社を起点にパキスタン、バングラデシュ、ミャンマーを植民地とするイギリスと、ベトナム、ラオスを植民地とするフランスがタイで衝突します

アジアでもアフリカでも双方の間で小競り合いはあったものの、1904年に英仏協商を締結し、アフリカではエジプトはイギリス、モロッコはフランス、アジアではタイを緩衝地帯とし、東側をフランス、西側をイギリスとすることで妥結しています

ただ、アジアでは日清戦争による清の敗戦、弱体化により、代わってロシアが勢力を伸ばし、イギリスの植民地に迫ってきました

日本と日英同盟を締結することにより、日露戦争(1904〜1905年)の日本の勝利につながります。

ここで、アジアにおけるロシアの脅威がなくなると、中東におけるドイツの進出を、ロシアと協力して食い止めるべく、英露協商を1907年に締結します

1882年にドイツ・オーストリア・イタリアが3国同盟を締結にしていたのに、対抗する形で、1904年にロシアとフランスは露仏協商を結んでいたので、イギリス・フランス・ロシアがお互いにブリッジする形で3国協商が出来上がりました。

ただ、この3国同盟と3国協商が、1914年に第1次世界大戦を引き起こす、引き金にもなってしまうのですが。

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外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する

第1次世界大戦では、サラエボでのセルビア人によるオーストリア皇太子暗殺事件が引き金となり、複雑な各国の同盟関係により、ヨーロッパ各国は戦争回避へと懸命の努力をしたのにもかかわらず、ヨーロッパを戦場をする大きな戦争になってしまいました

その教訓は十分に承知しながらも、必ずしも望まない当事者同士が戦争せざるを得ない状況に追い込まれる。これは今も当てはまる教訓です


希望とデザイン

1914〜1918年の第1次世界大戦前は、アメリカ、ヨーロッパは金本位制という、金と通貨が交換できる制度でした。

これにより、通貨の価値は金で保証されていました。

戦争には、兵器、物資、食料など、大量の需要が発生します。

主な戦場はヨーロッパでしたが、直接の戦場ではなかったアメリカ、日本には大量の製品の発注があり、工場はフル稼働で生産し、設備増強しても、生産が追いつかないほどでした。

アメリカ、日本の企業は大儲けし、「戦時成金」が発生しました。

この発注に大量の通貨が必要なため、金本位制は一時中断していました。

それゆえ、通貨の価値は下がっていました。

さて、戦争が終わり、平和がやってきました。

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アメリカ、ヨーロッパは金本位制を再開し、日本も行いました。

ところが、戦争でふくらんだ通貨は、もはや金とはバランスしません。

順調な経済をもたらしていた、兵器、物資、食料などの発注もなくなりました。

そこで起きたのが、1929年のウォール街に端を発した世界大恐慌です。


結局、この世界大恐慌を乗り切ることができたのは、第2次世界大戦の勃発まで、待たねばならなかったでしょうか?

第1次世界大戦はアメリカは直接の当事者ではありませんでしたが、今度はアメリカ自身が戦わなければならなくなりました。

ルーズベルト大統領の要請の下、GM、フォードなどの自動車産業をはじめとする製造業が、通常事業を中止し、軍需生産に集中しました。

この期間に科学技術予算は20倍に増えました。

戦争終了後も、東西冷戦の中、ソビエト連邦との対抗上、宇宙開発、原子力などに、大きな予算が投入されました。

その結果、アメリカは世界大恐慌を克服するだけでなく、世界の科学技術のリーダーとなりました。

実は、第1次世界大戦前後のアメリカの科学技術はヨーロッパからの借り物でした。それが、世界一のものとなったのです。

以上が、アメリカが80年前の世界大恐慌を克服した、簡単な経緯でしょうか?

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外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する

昭和初期の日本は軍部主導で、日米開戦のまっしぐらのような印象がありますが、実は日米開戦前夜まで、日米双方で開戦回避の努力もされていました

ハル国務長官は、日本側の乙案に沿った形で、暫定協定案を作ったものの、アメリカを対日戦争に引き出したかった蒋介石、あるいはドイツに苦しめられていたイギリスもアメリカの世界大戦参戦を望んだ、ため、その意向を汲んだ結果、最後通牒となった、という見解もあります



外交と世論、タイミングと順番、相互主義なんと複雑!

日米開戦前夜まで、日米双方で開戦回避の努力もされていました。

日米両国の国力の圧倒的な差を知っていたのは、ほかならぬ陸海軍、特に海軍であったでしょう。

ところが、当事国同士がいくら戦争を回避しようとしていても、戦争してもらいたい国もあります。

ヨーロッパでドイツ・ナチスはパリを占領し、ロンドンにミサイル攻撃を加えていました。

日本軍がイギリス、フランスの植民地がある東南アジアに進駐しましたが、両国に援軍を派遣する余力はなく、アメリカの参戦を望んでいました。

また、日中戦争で手を焼いていた中国もアメリカの参戦を望んでいました。

事実上のアメリカからの最後通牒となった「ハルノート」は、日本が、特に陸軍の「意地と面子」が到底、受け入れられない内容で、日米開戦となってしまいました。


ほんのつまらないことから、「意地と面子」の問題になり、抜き差しならない事態に発展し、とんでもない結果を招く、

のは、社会のいたるところで見ますが、国際関係では避けてほしいものです。


「外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する」という言葉で締めくくります




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2014年08月14日

とっさの時に臨機応変の対応ができるか?それとも、通常の対応をして失敗?

お盆の時期は高校野球が真っ盛りだったりします。

今年は予選から、最終回に大量点差を逆転してサヨナラ勝ち、などドラマが多いようです。

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ちょっと気になった記事がありました。

市和歌山、1死一、三塁、セカンドゴロをバックホームせずに、1塁へ送球サヨナラ


「TAK」さんは野球は小学生の時に草野球をやっただけの、全くの素人です。

二塁手の守備を見ると、ゴロが飛んできたら、しっかり取って、一塁へ送球、というパターンが9割以上を占めるのではないでしょうか?

残りの1割が、一塁にランナーがいる時は、ダブルプレーを狙って、二塁カバーに入ったショートへ送球

もちろん、1アウトか、2アウトか、のアウトカウント、ランナーが3塁にいるのか?1塁と2塁にいるのか?

によって、すべきプレーは異なります。

また、ランナーがオーバーランした、タッチアップした、など、その時の状況に応じた、とっさの判断が必要です。

ただ、多くの場合、ゴロを取ったら、一塁へ送球、という通常パターンが、練習をよくする選手ほど、身についてしまっているのではないでしょうか?

特に、ゴロがイレギュラー・バウンドした、難しい打球であれば、何とかエラーせずに取ったのならば、早く一塁へ送球、という行動が身体にしみついているのかもしれません

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何の緊張も責任もない、素人がテレビを見ているのなら、「最終回サヨナラの場面なのだから、とにかくバックホームだろ」と考えます。

しかし、極度の緊張下に置かれた選手は、甲子園に出場するほどであっても、あるいは、だからこそ、自然に身体にしみついた行動パターンがあって、その場の状況に応じた、臨機応変の通常とは異なる行動は難しかったのかもしれません。

Flexibility


さて、ひるがえって、私たちの生活を考えます。

どんなに周到に準備、計画したとしても、突発的に、想定外のことは起きます。

こういった時に、冷静に状況を判断して、通常とは異なる行動がとれるでしょうか?

それとも、通常行う対応をして、結果として、失敗してしまうでしょうか?

計画立案と実行、フィードバックのバランス

「泥棒を捕まえてから、縄をなう」が戒められてきたように、以前は周到に準備しておくことがよい、とされていたのですが、

変化が速い時代には、計画を実行する段階には状況が変化しており、さらには、メール、ツイートにより、リアルタイムで反応が得られるようになった、

ため、計画は、あまり精緻なものではなく、暫定的なものにしておき、反応を見ながらフィードバックしていく、スタイルに変わっているようです。

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柔軟な計画、対応を!


大企業の幹部には「完全な経営計画」を作りたがる人が多いようです。でも、なぜかその計画はうまく実行できません。

現在は、変化があまりに急激で、「完全な経営計画」ができた時には、既に環境が変化しており、使えなくなっているのです。

一時期、「想定内、想定外」という言葉がはやりましたが、計画していたことが、いざ、実行する時には、状況が変化している、予想外の状況が起きる、というのは日常にもよくあることです。

●会議中に急な知らせが入り、予定とは別の議題になる

●誰かと話していたら、他の人が加わり、話題が変わる

●仕入先にトラブルがあり、納品されない

●突然の事故のため、列車が不通

等など。

このような時は、「こうなるはずだ」「こうなるだろう」と自分の過去の理解、イメージにとらわれたままでは、適切な行動が取れません。

「こうなるはずだ」「こうなるだろう」という思い込みを捨て、変化した現実をまずは受け入れて、その変化した現実に対応した新たな行動を取らなければなりません。

計画とは一度作ったら、変えないものではなく、状況の変化に応じて柔軟に対応することが大切です。


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目標は明確にすべきなのか?


目指す目標、目標達成のために解決する問題、課題が、かなり流動的で、急激に変化、変質することが、よくあります。また、突然、新しい課題が発生したり、課題同士が複雑に交錯することもあります。

ある目標のために蓄積していた技術が、突然、陳腐化し、不要になることも珍しくありません。

それゆえ、目標は社会、環境に合わせて、柔軟に変更しなければなりません。

それに応じて、目標達成のために解決する問題、課題も変更していかなければ、なりません。

「これだ!これしかない!」とあまりにも目標を決め付けると、柔軟性がなくなります。





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2014年08月13日

大学院入試、考えていることを明確に (口述試問、面接編)2014年版

大学院入試 考えていることを、とにかく書くこと!(筆記試験編)2014年版

で、筆記試験への対応を書いたので、

今日は口述試問、面接への対応を書きます

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口述試問、面接で質問されることは、

●専門事項

●「なぜ志望したか?」「これまで何をしてきたか?」「入学後何をしたいか?」「(社会人の場合)勤務と両立可能か?」

ではないか?と思います。

それゆえ、これに絞って話します。

これ以外のことを質問されたからって、「「TAK」さん、どうしてくれる?」なんて言わないでください。

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●専門事項 「知っていること」をわかりやすく話すこと


聞かれている質問に的確に答えられるか?が主なポイントです。

無意識にでも、論点をずらしたり、はぐらかしたり、ごまかすと、大きなマイナスになります。

質問する方の教員は、その道の一流の専門家です。知識、経験でも、あなたよりずっと上です。

そんなの、当たり前のことです。

「知っていること」をわかりやすく、話してください。


質問「どんな方法で検証していますか?」

回答「この課題は、複雑でいろいろな方法で試しています」


これでは、回答にならないことは、わかると思います。

しかし、実際に質問していると、「いろいろな」で終わってしまう回答が多いのです。


これは、「理解していない」「専門知識が全く不足」という判定になります。

具体的に、自分が行っている方法を、答えてください。

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●「なぜ志望したか?」「これまで何をしてきたか?」「入学後何をしたいか?」「(社会人の場合)勤務と両立可能か?」「大学院で学んだことを、どう活かしていきたいか?」

面接に臨む際には、この質問には、当然、準備している、と想定しています。

にも、かかわらず、はっきり答えられない人が多いのも事実です。

上記事項は、明確にして、しっかり答えられるように、してください。

相手が期待しそうな事柄を想定して、取り繕うとしても、どこかでボロが出ます。


9月の残暑の頃には、皆さんからの合格通知を待っております。




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2014年08月12日

大学院入試 考えていることを、とにかく書くこと!(筆記試験編)2014年版

さて、大学院入試がもう間近に迫っています。


専門試験、論述試験の準備は怠りないかと思いますが、試験中の対策について、毎年書いていることではありますが、受験者は毎年変わるし、追加事項もあるので、今年も書きます

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大学入試は受験者が極めて多くて、ある程度、学力の差が出るような問題の設定にします。

一方、大学院入試では受験者は比較的少数です。

ここで、見たいのは、大学院教育に対応できる、基礎学力、論理的な判断力、思考を組み立てる力、などです。

これらを見るために、論述試験が出題されることが多い、と思います。

論述試験では、あなたは頭の中でいろいろ考えを組み立てます。

ただ、うまく行かずに、一度組み立てたものをばらして、再構築したりします。

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採点官が採点するのは、「あなたが頭の中で考えたこと」ではなく、「答案用紙に記述されたこと」です。

なんだ、当たり前じゃないか?ですって?

何度か書いては、消して、結局、数行しか書かれていない答案をよく見かけます。

おそらく受験者は、頭の中でいろいろ、何度も考えたのでしょう。

但し、採点対象となるのは、この書かれている数行だけ、です

例えば、「600字程度で記述せよ」という設問に、100字程度しか書かれていなのでは、合格ラインには達しないでしょう

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なんでもかんでも書けばよい、とは言いません。

でも、考えたことはとにかく書いてください。完全には満足いくものではないかもしてないけれども、とにかく書いてください。

書かれていないと、採点のしようがないんです。点があげられないんです


数学でも、大学院レベルでは、計算能力よりも論理的思考をみます。

工学系では、「工学では結果が間違っては意味がない」と答が不正解だと0点の採点官もいますが、大部分の採点官は部分点をくれます。

計算だけ、書きなぐっていると、答が不正解だと、部分点をあげられません。

「○○の定理により、××を求めると」

「ここで、○○の公式を適用して」

のようにプロセスを書いておけば、たとえ最後の答が間違っていても、途中まで正しければ、部分点がもらえることもあります

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繰り返しになりますが、採点の対象となるのは、あなたが頭の中で考えたことではなく、答案に書かれていることです。

考えていることを、とにかく書いてください!

いい知らせを待っています!




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2014年08月10日

パブリック・ディプロマシー、日本の存在感を高めるには?

「パブリック・ディプロマシー、日本の存在感を高めるには」というシンポジウムの案内が来ました。

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最近、パブリック・ディプロマシーという言葉をよく聞きます。

夢ビジョン2020「東京オリンピック・パラリンピックをパブリック・ディプロマシーの視点から考える」

に書いた内容がわかりやすい、と思いますので、再掲します。


2020年に開催が決まったオリンピック・パラリンピックは、日本に対する国際的な存在感・プレゼンスを世界に示す最良のプログラムです。

そして、目の前のことに忙殺されがちな日常生活から離れ、長期的な視点でこの国の将来を考える貴重な機会であり、課題先進国である日本として、成熟社会のあり方を熟考し、実行し、世界に示していく好機でもあります。

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では、この絶好の機会に、日本は世界に何を伝えるべきか。世界にどのような日本を魅せるべきか。

このことが2020年を考える際に、最も問われることではないでしょうか。そして、留意すべきことは、自明なことですがオリンピックのオーディエンスは外国人であることを踏まえることです。

内なる改革・構築と、外への発信が同時に必要であり、どのように発信するかに応じて、内なる改革の中身を考えていく視点も必要です。

また、情報発信の手法としても従来のような国対国のレベルではなく、相手国の市民に直接働きかけ理解を促進する外交活動「市民外交」や「広報外交」、すなわち「パブリック・ディプロマシー」への期待や関心が最近はにわかに高まっています。


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早速出た話をまとめます。

・ディプロマシー、政府同士だけでなく、民間と連携しつつ、外国の国民、世論に働きかける。

・国家の魅力、政治的影響力としての魅力(ソフトパワー)、経済的、社会的競争力としての魅力(国家ブランド) 

・自国の対外的な利益と目的の達成に資するべく、自国のプレゼンスを高め、イメージを向上させ、理解を深める。交流と発信

・変化する外交環境:強烈な拒否感情、メディア環境の変化(SNSなど)、外交政策に対する世論の影響、パワーシフト、新興国の台頭、アクターの多様化、NGOなど 

・世界的な対日関心の停滞、各国のアジア事務所の日本から中国への移行、日本研究の減少

・震災後、日本ブランドの再構築が行われてきた。

・領土問題、歴史問題、かつての言われっ放し、で、やり過ごす、から、きちっと反論、へ、日本の外交対応の変化

・政権の安定化に伴う、広報機会の拡大 

・パブリックディプロマシー対象および競合相手としての中国

・漠然とした好感度向上ではなく、ターゲット、目的の明確化

・外交活動における民間とのパートナーシップ、コミュニケーターの視野の拡大

・相手国のこと、第三国における相手国のイメージを知る 

・自分勝手なメッセージ、内向きの発言ではなく、海外に届くメッセージを

・日本を海外にどう発信するか?に加えて、海外の良いものを、どう日本に取り入れていくか?

・工業製品、輸出よりも現地生産が増えて、相手国と経済圏が融合

・意図したものだけでなく、意図しないにもかかわらず、海外への情報発信、提供となっているものもある

・小泉元首相、メッセージを作るのがうまかった。簡単なことを力強く。親しみやすく 

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・日本の国際舞台でのプレゼンスの低下、中国及び新興国の台頭。政府だけでなく、民間ステークホルダーとの連携が不可欠

・スピード感をもって、わかりやすく伝える。伝える場を作る。

・安倍総理、海外ではのびのびとスピーチ。比較的好感をもって受け入れられている。

・ワシントンの日本食レストラン、訪日するアメリカ議員、スタッフは増えている。

・ケネディー駐日大使、アメリカ関係者を呼び込む効果

・パブリックディプロマシー、日本にできる人材が不足、高齢化と言うよりも、そもそも人材の育成ができていない

・日本が嫌いな国に好きになってもらおうと努力するよりも、好きな国にもっと好きになってもらう、のも手

・日本、海外発信の量が足りない。とにかく、資料を英語でも用意しておくこと

・煽情的な海外発信は、メディア・リテラシーが高い国民性には効かない 

・質の高い情報を地道に発信することが長期的には大切

・日本に来ている留学生に、もっと日本のことを出身国に伝えてもらう努力をする

・とにかく、海外のステークホルダーに日本に来てもらう

・政府の情報発信を、そのまま伝えるだけでは、メディアへの信頼は失われる

・草の根レベルの海外活動が根強い 

・メルセデス、日本では自社製品が高く売れるので、日本に投資し、センターなどを設置

・アマゾン、時間単位の配達は日本だけ、宅配業のおかげ、アメリカでは無理、現地の文化と融合したことを示す事例

・何を伝えるか?誰に伝えるか?どう伝えるか?ストーリーを持って伝える。

・日本人は自分のよさをあまり理解していない

・国際放送、地上波と違って、パワーは弱いが、国際的な効果は大きい 

・突破力がないと、トラブルから抜け出せず、ゴールに到達しない。 

・才能ある人々の、能力を発揮させることができるマネジメント人材が大切 

・京浜工業地帯、公害の中心から、夜景のデートスポットへ

・外交のステークホルダーとしての地方自治体。難しい懸案事項に関わらなくても、済む。



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2014年08月09日

リサーチ・編集・ドキュメントにより、プロジェクトを社会にひらく

「プロジェクトを社会にひらく|リサーチ・編集・ドキュメント」@東京藝大

という案内が来ました。

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案内文には、

リサーチ・編集・ドキュメントなど、作品やプロジェクトを社会に接続する手法の可能性についてお話しいただきます。

アートを社会にひらくためにも重要な示唆が得られることでしょう。建築の最前線から社会的なプロジェクトの本質を探ります。

とあります。

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期待学研究会「デザインで期待を超える」




「デザイン思考」は、サービス、システムなどを含めて、いろいろなところで活用されていますが、

ひるがえって、むしろ、製品、建築物など、ハードなモノ、にこそ、適用されるとよい、のではないでしょうか?

スペックとコストの製品、漸進的な外観の建築物、よりも、

ユーザーの立場から、人間中心の製品、建築物をデザインしてみると、いいかもしれません。


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将来への架け橋としての博物館、美術館、図書館

には、


最近では博物館、美術館、図書館などの「箱物」が元気です。

来る人を待っているだけではなく、活動の幅を広げて、いろいろなイベントを行っています。

「箱物」のいいところは、とにかく、人が集まる、物理的な「場」があること

共通のテーマに関心がある人が集まると、人と人のネットワークが生まれ、また、新しい動きが起きます


と書きました。

博物館、美術館、図書館などは、昔とは、その期待される役割が、大きく広がり、人々が集まるコミュニティー・センターの役割を果たすようになってきました。

それゆえ、集まった人たちが、期待している機能を果たす、集まった人たちの間でネットワークが生まれる、ような「場」であることが大切です。

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「デザイン思考」では、早い段階で、コストをかけずに、プロトタイプを創り、市場に出して、フィードバックを得る。アイデアでは見えなかったことが、プロトタイプにすると見えてくる。 

など、実際にやれているか、どうか、がキーポイントです。

建築物は一度つくると、修正するのが難しかったりします。

最近はコンピューター・グラフィックが発達し、設計段階で、外観だけでなく、実際に利用した感覚が味わえたりします。

出来上がってから、「使いづらい」と言うことがないように、設計段階で、ユーザーを交えた、シミュレーションによる体験が不可欠です。

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前置きは、これくらいにして、出た話をまとめます。


・設計においても、いきなりデザインするのではなく、リサーチが重要。設計事務所は、すぐに図面を引くのではなく、まず、リサーチした上で、図面を引く

・80年代までは、ステータスのある建築家は公共建築が主体で、商業建築には手をつけなかった。ランクが下、とみなされるため。それ以降、空間の重要性が公共空間から商業空間に移行してきた。

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・私たちの生活を究極的にコントロールしているのは市場である。

・アイデンティティーは固定化するのではなく、時には覆す、躍動的な動きが必要。

・クライアントと絶えずコミュニケーション。最初と最後のプレゼンの時だけではなく。クライアントは基本的に素人であり、プロセスに巻き込む。

・展覧会をショッピング空間にしみこませる。

・グローバル企業の広報、プレス対応は非常に優秀。広報だけでなく、企画、交渉にも優れている。 

・既存の空間を活かして、時間帯をプログラミングし直すことにより、人々の営みを再構築することによる、再開発




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