2014年11月

2014年11月30日

所有からシェアへ、「分かち合う」シェアから「共有する」シェアへ、プロダクトのシェアからプロセスのシェアへ

EDGE TOKYO MEETING 2014『シェアを通じて見えるもの〜invisibleな価値のシェア〜』@二子玉川カタリスト場

という案内が来ました。

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案内文によると、

「シェア」はもうすっかり私たちの生活になじむ言葉となりました。SNSでの情報のシェア、シェアハウス、カーシェアリング・・・。

シェアは「分かち合う」という言葉の本来の意味から、だんだんと「共有」を表すようにもなり、いわば新しい価値観ともなってきています。

「シェア」により私たちが交換している価値とはいったい何なのか、また、価値を交換する以上に生み出される見えない価値とは何なのか、

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これについては、今まで、いろいろ考えてきました。

メディアで変わる 所有からシェア(共有)へ



メディア、特にインターネットのおかげでライフスタイルが変わった、と言われて久しいでしょうか

インターネット自体もYahooなどのポータルサイトへの一極集中から、

Facebook、mixi、twitterなどで個人が、ほとんどコストをかけずに情報発信する時代になりました

個人が情報発信する時代になって、情報の価値がコモディティー(潤沢生産品)化しました。

専門知識を持っている人がその知識をタダで提供してくれるようになりました

さらに、個人が持っている日記、スケジュールなどの情報が机の引き出しの奥にしまわれているのではなく、

プロバイダーのクラウドにアップロードされるようになりました。

すなわち、個人が持っている日記、スケジュールなどの情報がいろいろな人に共有されるようになりました

ここまでは、よく知られている話です

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個人が持っている情報が共有されるようになったせいで、個人が所有しているモノも共有されるようになりました

カーシェアリング、ルームシェアリングなど、誰かが所有しているモノを使わない時は、他の人が活用できるようになりました

これは小規模には昔、地域社会で行われていたことですが、インターネットのおかげで、見ず知らずの人たちが広い範囲で行えるようになりました

これをコラボ消費と言うそうです

カーシェアリング、ルームシェアリングなどは住んでいる社会だけでなく、海外旅行に行く際にも使えます

ある場所ではそれほど価値がないが、別の場所では価値があるもの、例えば、絹、胡椒などを運んで莫大な利益をあげたのが、

東西交易の始まりです。

ネットオークションは既に相当数行われていますが、ネットを活用したシェアリング(共有)が伸びる兆しを見せています

すると、日常必需品以外の、たまにしか使わないモノ(モーニングなどの式服、海外旅行のスーツケースなど)、贅沢品は必ずしも個人で持つことはなく、

シェアリング(共有)することが考えられます

これまでも、たまにしか使わないモノ、贅沢品のレンタルサービスがありましたが、これは、いろいろなレンタル品を所有しなければなりませんでした

シェアリング(共有)も同様で、規模を大きくしないと、借りられるものに制限があります。

ただ、所有する人は必ずしも多品種を大量に持っている必要はありません


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大昔、共同体内で、味噌、醤油などを融通し合うシェアから、ネット時代にはウェブ情報、写真、音楽、ファイルを無料で交換、分配するシェアへ。

ソーシャル・メディアの進展と共に、シェアはさらに進化して、仕事のつながり、ネットワーク、など、生活そのものをシェアし、他者からシェアされたものに、価値を付加して、さらにシェアします。

バーチャルだけでなく、シェアハウス、カーシェアリングなども普及してきた。金を払って所有する意味が薄れつつあります。


デジタル・オーディエンス「情報を受け取り、鑑賞する」から「素材を受け取り、創造する」へ


デジタル・オーディエンスは、ネットの普及により、多くの人が日常的にオンラインで活動するようになったことにより、アート/エンタメ関連機関とオーディエンスの関係が変化したことにより生まれた概念

・もっとも利用されているのは「情報の発見」ツールとして(イベントやアーティスト情報を見つけること、チケットなど)

・もうひとつ頻度の高い利用方法はパフォーマンスなどをきいたりみたりすること

・少ないが、何か創ることにインターネットを使っている、人もいる


オンラインでの活動が活発な人ほどリアルも活発ですらある

情報を受け取るだけなく、共有したり創造したりしている


つまり、デジタル・オーディエンスとは、提供された情報に基づく鑑賞、参加以外にもツイートしたりレビューしたり、自分で編集しなおしたり、つくったり、アート/エンタメの楽しみ方が多様になってきている。アートやエンタテイメントとの関わり方が圧倒的に変わってきている。

これまではをかろうじて外(これまでの考え、概念、枠組み)から解釈してなんとかなる時代だったが、その時代も終わり、これからは今までの枠組みを壊し、新しい枠組み作らなければれいけない

人々はもっとアートやエンタテイメントに関わりたいと思っていて、実際ネットとテクノロジーの発展でそれがさまざまな形で可能にできるようになっている。

アートとテクノロジーは切り離せないものと認識するしかない

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つまり、

・ディジタル化によって、有名アーティスト、大手製作会社でなくても、創作が容易になり、Web上で発表可能になった

・コンテンツの有料化は可能だが、利用されないことにつながったり、2次使用への課金は難しかったりと、フリー(無料)化が進む

・実際にコンサート、美術館に足を運ばなくても、Web上でのパフォーマンス鑑賞が可能になった。また、リアルでのパフォーマンス機会をオーディエンスが知ることが出来るようになり、リアルでの鑑賞とバーチャルの鑑賞が、必ずしも競合するだけでなく、補完、相乗作用もある

・いわゆる口コミが、ディジタル作品を伴い、広まる

・オーディエンスが鑑賞するだけでなく、ディジタル作品を素材として、リミックスなど、新たな創造も行う(画像、音楽などを鑑賞するだけでなく、手を加えられる無料ソフトも普及しており、素人でも容易に操作が可能です)


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つまり、情報、作品を「分かち合う」「共有する」だけではなく、

オリジナルの情報、作品を自分なりに解釈し、創り直して、価値を付加し、新たな作品とする、のが、既に一般的になっています。

このような背景を踏まえて、出た話をまとめます。


・人が移動することにより、人、空間、モノ、情報、ネットワークをシェアする。

・ピラミッド型ビジネスから分散ネットワーク型ビジネスへ

・企業という箱をまず作るのではなく、プロジェクトをベースに企業ができる。スピンオフとマージ、遠心力と求心力のバランス。

・自分というリソースが社会にシェアされている。

・オープンでないとシェアできない。一方で、生命システムの基本は閉鎖系、「閉じて」いなければ、「個」は維持できない。

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・差分文化、オリジナルに自分なりの価値を付加する。

・これからのシェア、プロダクトだけでなく、プロセスをシェアする。

・プロセスをシェアすると、これまでブラックボックスだった、業界の秘密(建設業界、建材の価格、生保業界、生保レディーのコストなど)が白日にさらされる。

・「欲しがらない世代」貧乏ハッピー、彼女はいないけれど、バーチャル彼女はいる。もちろん、バーチャル彼女は専有ではなく、多数でシェア。

・彼女いる率と可処分所得は比例している。

・クラウドソーシングとクラウドファンディング、やれる人は、お金と人を集めて、やってしまう。




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2014年11月25日

恋愛、性は、当事者同士の内的なもの、ではなく、社会的な枠組みに従ったものにすぎない

東大生のための恋愛論

で取り上げた、東大五月祭企画「東大生のための恋愛論」ですが、

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駒場祭でも

東京大学恋愛研究所

が同様なイベントを行いました。

当日のイベントの様子はTwitter #東大恋研 で検索可能ですが、主だったものを取り上げると、

・好きになっちゃうとその人しか見えない

・彼氏に幻滅→破局→でも積極的な正確なのですぐ彼氏が見つかる→でも自分自身が変わっていないので、また同じ理由で破局

・「べき意識が強い」 「自分ができることは相手もできる」 「自分の中の”彼氏像”が壊れてほしくない」

・「自分がしたい恋愛」がどういうものなのかわかっていない…… 世間で言われている恋愛ばかりを「スタンダード」と捉えてしまっている?

でしょうか?

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ここでふと、考えました。

恋愛、性は当事者同士のものと考えられているが、実は社会的枠組みが構築されていてその枠組みに従って行っているに過ぎない、かもしれない。

これは、

セックスに関するタブーがあるから、芸術、文学になる、というパラドクス

芸術、創造性に関するトークセッション「裸体は何も語っていない。しかし、実は背後に意味がある。」

に書いた、カミーユ・ミューテルさんの


セックスは、当事者同士の内的なものと考えられているが、実は社会的な枠組みが構築されていて、それぞれが、その枠組みに従って行っているに過ぎない、かもしれない。


によるものです。

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恋愛、性は、テレビドラマ、映画でさんざん取り上げられ、インターネット上には情報が氾濫していますが、信頼できる情報は、それほどありません。

東大生のための恋愛論




「TAK」さんの価値観では、大学生活で大切なことは、「勉学・研究」「友達作り」「恋愛」でしょうか?

このうち、先生が教えてくれるのは、「勉学・研究」だけ。

他の大切な、「友達作り」「恋愛」は、自分で方法を探さなければなりません。


と書きましたが、恋愛、性は教えてくれたり、相談できる人はあまりいません。

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先生、親には聞けませんから、友達、先輩に聞くことになりそうですが、そもそも相談しづらいし、相談された友達、先輩とて、十分な知識、経験がある訳ではありません。

それゆえ、個人の経験と、テレビドラマ、映画で見たこと、聞いたこと、インターネット、本、雑誌などからの情報で対応することになります。

そして、それぞれの経験は、ほとんどシェアされません。秘密にしておきたい、絶対に公開はしたくないことですから。

経済、経営などの社会科学、あるいは哲学、アートのような人文科学のように、オープンにシェアされれば、

それぞれ個別と考えられている事象が、実はある理論で裏打ちされていたりするのですが、まだその段階には行っていません。

すると、その社会で伝えられている、つまり、その社会の枠組みのテレビ、インターネット、本、雑誌などからの情報で対応する、ことになります。

それゆえ、恋愛、性は当事者同士のものと考えられているが、実は社会的枠組みが構築されていてその枠組みに従って行っているに過ぎない、かもしれない、ことになります。

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経済とは、人の行動を予測し、一歩先を行くこと




経済学は、理工学などと異なり、実験環境を整備することが難しいために、実験は難しい、とされていましたが、

に書いたように、「ゲームの理論」が提案されてから、実験経済学、行動経済学と呼ばれる学問が生まれました。


と書きましたが、同様に実験、仮説の検証が難しいのが、恋愛、性です。

この仮説、どうやって検証しようかしら?



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2014年11月24日

東大駒場祭2014に行ってきました

毎年11月は学園祭のシーズンです。

学園祭は、サークルの模擬店、ミス・ミスターコンテスト、バンド・コーラスなどのミニコンサート、演劇、著名人の講演、など、盛りだくさんです。

特に、最近では著名人の講演が充実して、単独も有料で聴衆が集まる講演が、目白押しであったりします。

さて、東大では5月に本郷キャンパスで五月祭、11月に駒場キャンパスで駒場祭があります。

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雰囲気は似ているのですが、強いて違いをあげれば、五月祭はアカデミックな講演が多く、駒場祭は1、2年生が多いせいか、ミニコンサート、演劇など、若い1、2年生の活動が盛ん、という感じでしょうか。

講演が充実しているのもよいのですが、一つの講演に1時間から1時間半を費やすため、せっかくの学園祭の雰囲気を味わえなかったりします。

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学園祭の醍醐味とは、参加している大学生の頃は、にぎやかな雰囲気の中で、サークルの友達と祭りの準備から、運営を行い、一体感を味わうこと、さらには、オープンな場ですから、他大学の女子学生と友達になる場、だったりします。

教養学部の駒場から本郷キャンパスへ、移ると駒場祭から足が遠のいたりします。特に大学院に進むと、つながりのあるサークルがある場合を除いて、行かなくなります。

「もう、そんな子供じみたこと、やってられるか」と言いながら、キラキラした1、2年生が羨ましかったりします。

社会人になると、もう「保護者」の気分でしょうか?

最近は、Facebookでイベントごとに招待をいただけるので、参加しやすいです。

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五月祭では講演をハシゴしましたが、駒場祭ではイベントを中心に回ります。

物凄い混雑の駒場東大駅をぬけて東大駒場キャンパスへ

若い学生さんだけではなく、親の世代も目立ちます。

実はここ数年、親の世代、あるいはもう少し若い30、40代の参加者が増えてきました。

「親の世代」の方々のお話を聞くと、「子供が出店しているので、来てみました」

ということですが、子供は「だし」「言い訳」ではないか、と

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「博士の8割就職、父母に実績PR、東大工学系は就職難ではありません」イベントに参加して




参加した父母の反応 実は若い頃の自分を投影していた

父母、特にお父さんたちの表情、目の輝きを見ていると、息子、娘の進路もさることながら、このイベントに若い頃の自分の姿を投影しているのではないだろうか?と思われました。

息子、娘を通して、若い頃の自分の姿を投影したかったのでしょう。実は、自分のために参加したかったイベントなのです。


と書きました。

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実は、大人にとっては、学園祭は遠いあの日の自分を、若い学生さんたちに姿を通して、見つけたいイベントなのかもしれません。

さて、駒場祭の【東大娘。'14】の参加者からメッセージがりましたので、紹介します。


三つ編みをほどいて、メイクを落として、もう火金の朝にKOMCEE行っても誰もいないんだと思うと寂しくなりました。

いちょうステージでの最後の公演が終わりました

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来て下さった方も,行けないけど頑張ってねって言ってくれた方,ダンスも歌も初心者のわたしと一緒にやってくれて色々教えてくれたメンバーや支えてくれたスタッフのみんなありがとう(^^)

みんな羨ましいぐらい可愛くてかっこよかった!

もっと上手くなりたいって気持ちもあるけど,とりあえずラストティーンのうちに,ステージに立つという夢が叶ってよかった

ずーっとこれがやりたいって恥ずかしがらずに言い続けて,その時々にできることを地道にやってれば、応援してくれる人や協力してくれる人に出会えることもあるのかな





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2014年11月20日

人生は演劇、演じた役が人格を形成していく、たとえ強いられたものであっても

多摩美術大学ネオ・リベラルアーツ特別講義、俳優伊勢谷友介氏と田坂広志教授の対談

という案内が来ました。

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俳優は別人格を演じる。そして演じた人格の影響を受ける。

自分の中に、いくつもの人格が存在する。どれもが自分。「それは本当の自分ではない」と言うが、どの人格も本当の自分。たとえ演じることを強いられたとしても。

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演劇については、いろいろ書いてきました。

藤浩志×平田オリザ「ワークショップで世界を変える?」


医者になるための博士課程で「演劇」が必須科目になる時代が来るのではないか。それほど、高いコミュニケーション能力が求められるようになってきた。「見知らぬ人に初めて話しかけること」が意外に難しい

これからのコミュニケーションで大事なキーワードは、「協調性」ではなくて「社交性」。誰かと一緒に仕事をするときなど、最初からわかりあえることはありません。

初めは、うわべだけのつきあいであったとしても、うまく他者とコミュニケーションしていける「社交性」がこれからの日本人に必要。


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芸術ジャンルに潜在する、愛と空間を探ってみる・プロローグ


・思い出すことは、時として困難だけれど、何かの拍子に思い出すことがある。この瞬間にしゃべって、引き出すことが素晴らしい

・演劇のうまい役者は、予め決まっているせりふを、あたかも今思いついたかの如く話す。しばりがあるのだが、自由にやっているという矛盾。観客は既にわかっているのに感激する

・音楽では楽譜は決まっている。演劇でもせりふは決まっている。しかし、観客の前での演奏、演劇はその場1回きり

・言葉と行為によって、私たちは自分自身を人間世界の中に挿入する

・アクションとは始めることである。「活動する」とは「始める」「創始する」という意味である

・言論を伴わない活動は、その主語を失う。どういう人か?わからない

・パイプオルガン奏者は独奏のパートよりも、コーラスを引き立てているパートで充実を感じる

・多種多様な人がいるということは、活動と言論が成り立つ基本的な条件であるが、平等と差異という二重の、矛盾した性格を持っている

・演劇とは、劇作家、俳優と異なる物語を持ち、自由意思で集まった参加者が織り成す一つのストーリー。シナリオ、せりふ、という予め決められた「しばり」をもって、リアルタイムでフィードバックしつつ、創り上げていく

・かつて、演劇の観客の時、本来受けるべきせりふで周囲が受けているのに、つまらなくて体育座りをしたことがある。次のせりふを言う役者と目が合い、厳しい口調のせりふとなったことがあった。もちろん、せりふは決められているけれど、その時の雰囲気、状況でそれをしゃべるのが役者

・演劇には観客も参加していた。観客が演劇がつまらなかった、という時、実は、その観客がいなければ、楽しく面白かったのかもしれない


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「拡張するパーティカルチャー 〜ソーシャルメディア時代の新たなシーンの作り方〜」に参加しました


パーティーは、主催者のシナリオをベースに主催者と参加者が一体で創りあげていきます。

その意味で演劇に通じるものがあります。

演劇であるならば、必ずしも現実ではなく、フィクションの世界を創ってもよいことになります

つまり日常とは少し違うフィクションの世界をパーティーで創ってみても面白いかもしれません

この場合、参加者は観客ではなく、劇を演じる役者になります

参加者は自由に振舞うのではなく、主催者のシナリオにしたがって、役どころを演じる、のかもしれません

固定的にシナリオ通りにもできるし、リアルタイムで参加者を巻き込みつつ、フィードバックしながら、も可能です。

シナリオ通りにする場合でも、演じる役者は、観客の雰囲気を感じます。そして、その感じた雰囲気を自らの演技にフィードバックします

最近は、リアルタイムで観客を巻き込みつつ、役者と観客が一体になって演じる演劇もあります

パーティーはこれに近いのかもしれません

そして「役者がカッコいい」から「参加者が楽しい」への流れがあるのでは、という感じがします


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人生は即興の連続、台本のない人生を生きろ


人生は即興の連続。台本などない。即興とはその瞬間に想うことを表現すること。次のセリフは、なんて考えたらがっかりするだけ。思うように周りは動いてくれない。こんなはずじゃなかった、と思うのがオチ。この時、この瞬間を感じる。

「やらなくてはいけないこと」をやっていると、物事はあまり上手くいかない。誰かの指示に従って「やらなくてはいけないこと」をするために動くことが習慣になってしまう。自分の人生のステージに立っているのに、どうしたらいいかわからない。与えられた役割をこなすだけでは、なにも見えなくなる


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さて、前置きが長くなりましたが、出た話をまとめます。

・俳優は別人格を演じる。そして演じた人格の影響を受ける。自分の中に、いくつもの人格が存在する。どれもが自分。「それは本当の自分ではない」と言うが、どの人格も本当の自分

・本を読んで、たくさんモノを知っていることに価値があるのではない。本を読んで、様々な知識を自分の中で再構築することに意味がある。 

・俳優は別人格を演じる。そして演じた人格の影響を受ける。

・スターはどんな役を演じても、その演じた役の人物ではなく、そのスターになってしまうことがある。

・フィクションである演劇に本気を込める。

・映画、演劇に人間の本来の姿が如実に出ている。

・多様性があるコミュニティーであっても、コミュニティーにいる人々は、結局、似ている。

・昨日と同じ今日、今日と同じ明日を過ごしていると、自分の可能性に気づかない。

・監督が求めるものと、自分が表現したいものを整合させる。

・人間を理解する手法としての演劇。

・社会があるから自分がある。社会とのかかわりの中での自分。

・自分だけ幸せ、ということはない。幸せとは、自分も周囲も幸せなこと。

・自分の中に、いくつもの人格が存在する。どれもが自分。「それは本当の自分ではない」と言うが、どの人格も本当の自分。たとえ、強いられたものであっても。

・自分の悪い所を知らない人は、改善の方法もわからない。「まあ、いいや」で終わらせない。

・演じている自分と、それを見ている自分がいる。 

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・リーダーとは慕われる人。おどけることができないリーダーは危ない。 

・本気でやるから伝わる。覚悟を決めてやる人に、次の展開がある。

・たとえ、獄にいてもできることがある。どんな境遇でもできることがある。 

・これからの働き方はクリエーター。知識を収集し、再構築し、価値を生み出す。

・吉田松陰、本人よりも弟子たちの活躍が凄い。 

・未来を想像して、創造していく。まず、想像力。次に創造力。

・自分一人では何もできない。でも、周囲、次世代を巻き込めば、いろいろなことができる。 

・潜在意識に自己肯定感を持っていることが大切。

・宇宙から地球を見る視線を、自分に対して持つ。




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2014年11月17日

経済とは、人の行動を予測し、一歩先を行くこと

古典経済学では、人々は合理的な行動をとる、という前提のもとに構成されていますが、

実際の人々の行動は、経済的に合理的なもの、とは言えません。

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人間の行動は合理的?




従来は、「物価が高くなれば、消費を抑える。安くなれば、購買が増える」のように「人間は合理的に行動する」という前提で、システム、モデルが設計、構築されていました。

ただ、Herbert Simonが指摘したように、人間は必ずしも、理性により合理的に判断するのではなく、感情により、非合理的な行動をとることもよくあります。

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また、変化が少ない時代には、環境、状況を十分に判断できましたが、変化が激しい現代では、あふれる情報を十分には咀嚼できていない行動も少なくありません。

20世紀は「計画してから行動する」「考えてから歩く」時代であったが、21世紀は「行動しながら計画する」「歩きながら考える」時代になりました。

「歩きながら考える」のに、まず行動し、外界と対話するのが重要なのはもちろんですが、それにより、将来を予測する能力を向上させることが大切です。


経済学は、理工学などと異なり、実験環境を整備することが難しいために、実験は難しい、とされていましたが、

お金を使わない新しい経済学〜暮らしに役立つ「マッチングの仕組み〜




経済を論じる時、市場があることが前提で、市場での需要と供給のバランスで考えるのですが、多くの経済行動を含む社会活動が、市場以外のところで行われます。

例えば、企業、学校など組織内あるいは、組織間の活動も、必ずしも市場を介さないものが少なくありません

この市場を介さない活動を考える特に有効になるのが「ゲームの理論」です

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・フォン・ノイマン(1944)社会の問題を分析する「ゲームの理論」:社会現象をプレーヤー、戦略、利得で表現される「ゲーム」に定式化

・ジョン・ナッシュ(1950)ナッシュ均衡:誰も自分だけ行動を変えようとするインセンティブがない(参加者がお互いに最適化を行っている)一般的な条件化で解が存在する


に書いたように、「ゲームの理論」が提案されてから、実験経済学、行動経済学と呼ばれる学問が生まれました。


円安のマイナス効果、アメリカ景気回復で独り勝ちで、国際経済金融はどうなる?




・市場は「売り」と「買い」が交錯している時が山場。全員が買うと「終わり」

・実際の値、そのもの、よりも、実際の値と予想の差が大事。


と書きましたが、市場の動き、例えば、GDPの成長率、アメリカのダウ30、雇用統計などについて、

人々は予測を行い、その予測を経済活動に織り込みます。

すなわち、GDPの成長率、アメリカのダウ30、雇用統計が発表されるときには、その動き、上昇、下落などは

ある程度、織り込み済みの経済活動を行っています。

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しかし、実際には、予測と実際には「ずれ」があります。

それゆえ、経済指標値が発表された時には、予測と実際には「ずれ」により、人々は大きな経済の動きを行うことになります。

人々がどういう行動を取るか、予測し、その一歩先を読んだ行動を取ることができれば、

例えば、株価の上昇、下落、為替の円安、円高などを事前に予測し、値が動く前に、売買を行えば、利益を上げることができます。

もちろん、この「読み」が難しいのは、もちろんです。

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経済、政策、国際社会の振り返りから見るアベノミクス




先進5か国は、協調的なドル安を図ること、実質的に円高ドル安に誘導する内容で合意しました。これが『プラザ合意』(1985年)です。

1ドル230円程度であった、ドル円相場は、一気に1ドル120円まで円高が進み、製造業は大きな打撃を受けることになります。ただ、GDPの伸びの落ち込みは1986年だけで、すぐに回復し、当時の日本の製造業の強さを伺わせます。

当時は、日本とドイツで景気が過熱していました。おそらく両国とも金利を引き上げるのではないか。そうなれば、ニューヨーク株式市場から資金が逃げ出し、ドイツや日本に向かうのではないか。こう考えた投資家たちが、株価が下がる前に株を売却しようと考えます。そして、ついに1987年(昭和62年)10月、ニューヨーク株式市場で株価が暴落します。これは「ブラック・マンデー」と呼ばれます。

ここで、ドイツがさっさと政策金利を引き上げたのに対し、日本は政策金利を低金利のまま据え置き、これが「バブル経済」へとつながります。


と書いたように、実際には金利は動いていないのに、金利引き上げの予測で株が大量に売却され、「ブラック・マンデー」が起きました。

これに対して、適切な対応をしなかったことが「バブル経済」へとつながります。

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さて、行動経済学を考える上で、もうひとつ重要な要素が、現状維持(ステータス・クオ)バイアス、です。

日常生活の中の行動経済学、グローバル・ファイナンス




「代金は1週間前までに払う」と「代金は、カードから引き落とされ、1週間前までのキャンセルならば、代金を返却する」

は、全然異なります。

商品が気に入らなかったら、返品してください。代金はお返しします」という謳い文句があります。

返品はほとんどないそうです。

商品を買った状態が、現状になるため、それを崩そうとはしない、人々は結局、現状維持を選んでしまう

これを行動経済学で、現状維持(ステータス・クオ)バイアス、と言います。


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得るよりも失う方が悲しい だから現状維持?




「チェンジ」「変革」が最近キーワードになっています。

現在の状態から、別の状態に変わることによって、何がしかのコストがかかります。

どういうことかと言うと、あなたは今の状態がいいにせよ、よくないにせよ、今の状態に慣れています。

その慣れている状態から、別の慣れていない、新しい状態に移るには、コストがかかります。

また、あなたが新しい状態に移ると、何らかの変化が起きるでしょう。

いいにせよ、よくないにせよ、その変化は、あなたの責任です。現状のままでは、その変化は起きません。

「チェンジ」「変革」には得るもの、失うもの、がありますが、上に書いたように、得たうれしさ、よりも、失った悲しさ、の方がずっと大きいのです。

こうして、人々は結局、現状維持を選んでしまう。

転職に踏み切れない、異動希望を出せない、などなど


発散気味ですが、社会、人々の行動を先読みし、合理的な経済行動を行いたいものです。

経済変化が激しい時代、現状維持(ステータス・クオ)バイアスに囚われていると、大変なことになるかもしれません。





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2014年11月14日

高度食料生産業への農業イノベーション急速進化中

アキバイノベーションカレッジオープンセミナー「安全・安心・新鮮野菜の農業イノベーション〜大型ドーム型高度大規模生産の可能性を考える〜」

という案内が来ました。

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案内文によると、


農林水産業や食品産業が注目されています。その理由は3つあります。

第1は、日本の経済競争力を工業・モノづくり産業だけへの依存から脱し、多様な他分野で展開しなければならない、ということです。

第2は、農水省によれば、2009年に340兆円だった世界の食の市場規模は、2020年には680兆円に倍増する、と言われています。日本の安全でおいしい食素材・食材や食品の供給を前提とした食産業の展開を加速すべきでしょう。

第3は、食料自給率の問題です。2012年度現在の総合食料自給率は、カロリーベースで39%、販売額ベースで68%。食料の安全性確保と並んで、いざという時のための備蓄も含めた安定的供給確保は重要な国の政策課題です。 

これらの動きの中で、最も注目すべき一つは「植物工場」です。安全・安心な新鮮野菜を安定的に提供してくれる農業イノベーションの試みが各地で始まっています。


このテーマに取り組む前に、農業、農産物、食料の状況について、復習です。

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「農業」は「高度食料生産業」に急速に移行中


弥生時代に大陸から稲作が導入されて以来、米作が日本の産業の基幹でした。

これにより、水田をつくり、定住が可能になり、毎年の収穫高の予測が可能になり、計画経済社会へ移行します。

ただ、この農業従事者を苦しめたのが、ひでり、大雨、冷夏などの異常気象です。

異常気象と言うと、地球温暖化の影響のように言われますが、実は大昔からあって、その頃の方がずっと深刻でした。

コメの収穫が少ないと、当然、価格が上昇し、米騒動、打ち壊し、などの社会不安もありました。

江戸時代には、青木昆陽が琉球、長崎を経て伝わった甘藷(サツマイモ)の試作に成功して、飢饉にあえいでいた農民を救ったり、明治以降も、主に東北地方の稲の冷害対策として、陸羽132号、藤坂5号など、冷害に強い稲が開発されました。




医食農イノベーション、植物工場、機能性食材ビジネスなどの可能性



農業のこれまでの取り組みは、日照り、大雨、冷夏などの気象条件との戦いでした。

オランダは九州ほどの面積しかないのですが、アメリカに次ぐ農産物生産量を誇っています。

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気温、降水量、日照時間など自然条件に左右される、これまでの農業から、味がよく、生産量が高い条件を人工的に再現して制御することにより、安定的に、質が良い、農産物を、大量に収穫することができるようになります。

さて、「食」は生活の重要な基本でありながら、イノベーションは、ゆるやかにしか進んできませんでした。ただ、逆に今後大きな可能性がある、ということでもあります。

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人々は早い時期から「火」を使って、煮る、焼く、炊く、などの調理行為を行ってきました。

ただ、肉、魚、などの生鮮食料品を家庭で保存できるようになったのは、昭和30年代の冷蔵庫の普及からです。

それまでは、肉、魚、などを長期に保存するには、煮干し、鰹節など、乾燥させていました。

家庭で、冷蔵、解凍できるようになってから、生産、流通にも劇的な変化が起こっています。


TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement 環太平洋戦略的経済連携協定)で農産物の関税が交渉のテーマですが、

関税率の高い農作物

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コンニャクイモ:1706%、えんどう豆:1085%、コメ:778%、落花生:593%、タピオカでんぷん:583%

小豆:403%、バター:360%、粗糖:328%、大麦:256%、小麦:252%、生糸:245%、いもでんぷん:234%、脱脂粉乳:218%

20%程度ならば理解できますが、「コメ:778%」とは、異常と言わねばなりません。

つまり、8倍の関税を掛けなければ、アジア諸国、アメリカとの国際競争の中で経営が成り立たないのです。

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医食農イノベーション、グローバル・フード・チェーンへ


世界人口の増加を背景に、増え続ける食料需要。2009年に340兆円規模であった世界の食の市場規模は、2020年には倍増する見通しです。世界はこれらへの対応を迫られています。



「チェンジ」「変革」と「居場所と出番」のバランスは?




夕張は、かつて炭鉱の中心として栄えましたが、石炭から石油へのエネルギー転換、海外の安い石炭に太刀打ちできず、閉山していきました。

釜石は、かつては鉄鉱石の鉱山があり、隣接する製鉄所が、日本の製鉄の中心として栄えましたが、海外の露天掘りによる安い鉄鉱石に勝てずに、閉山しました。


食糧自給は大切ですが、鉄、エネルギーとて同様です。

ただ、従事する人口の規模が違います。農業をまともに国際競争の場におけば、あっという間に衰退し、農業に従事する人々は失業してしまいます。

ただし、コメを原料とする、食品産業は高い国産米では、海外での競争力がないので、輸入米を原料としたいのですが、上記のような、けた外れの関税が、障碍となっています。

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このような背景を踏まえた上で、出た話をまとめます。


・農業は高齢化、就業人口の減少による耕作地放棄で、このままでは衰退。食料自給率も低下。

・農業は高度に空間を利用し、気温、水温、日照を最適にコントロールすることにより、天候、気象災害の影響を受けにくい、食料生産業に移行中。異常気象による農産物供給の不安定化、価格の高騰に対して有効

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・1980年代ダイワのバイオファーム,90年代キューピーの野菜工場など、植物工場があったが、初期コストが高額で、製品価格が高く設定できない、出口戦略が不十分で、流通チャネルがないまま、市場に放出せざるを得ず、失敗

・植物工場は気温、水温、日照などのコントロールが容易で、露地に比べて、台風など、気象災害の影響を受けにくい

・植物工場は雑菌が少なく、日持ちし、農作業の効率が著しく向上

・ただし、農地法の制限により、植物工場にはトイレ、駐車場、休憩場が設置できない(農地法が時代の進展について行けていない)

・大震災の原発とトラブル以降、食の安全が重視され、植物工場生産品は完売状態

・露地では一毛作、せいぜい二毛作が限界だが、植物工場では12毛作が可能で、高度集約的生産

・農産物は価格が高く設定できないため、初期投資回収に時間がかかるのが課題

・大企業の多くが、海外移転により、閉鎖した工場跡地などを利用するため、農業参入を目論んでいる。高度食料生産のノウハウ、スキルが必要

・生産地近くで消費する地産地消よりも、消費地の近くで生産する地消地産

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・台風、大雨が頻発する日本で、自然を相手として農業はバクチのようなもの、植物工場により、安定した生産、収入の農業へ

・バブル期に造られたゴルフ場が放置状態、道路、生活インフラは整っている。若い人はゴルフはやらない。食料生産、牧畜に転用できないか?

・金融機関は、資金を貸し出す際に、事業の可能性を評価できる人が少ないため、担保を取る

・酒を飲むと別の脳が働く

・農協などは、よそ者を嫌い、排除する傾向




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2014年11月12日

ディジタルミュージアム、ネットで楽しむだけでなく、文化財そのものをディジタル保存

知識コンテンツ、PDFファイルから完全ディジタル化によるゲームの劇的変化の可能性




インターネットの時代になり、論文などの文献は電子化され、PCがあれば、実際に図書館に行かなくても、ダウンロードできるようになったものの、

著者名、タイトル、キーワードをもとに文献検索しますが、論文、文献はPDFファイルで、「中身」については、PCでは検索できず、

ダウンロードし、人が読んで判断するしか、ありませんでした。

論文、文献のディジタル化と言っても、中途半端な状態でした。

ところが、論文、文献自体の、ディジタル化が進み、内容自体をPCでキーワード検索可能、へと急激に進んでいるようです。


と書きましたが、ディジタル化が進み、劇的に変化しているのは学術論文だけではないようです。

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早稲田大学・デジタルミュージアム技術デモ「発表会」のお知らせ

という案内が来ました。

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美術館、博物館が、持っている絵画、彫刻、文化財などをインターネットで公開する「ディジタルミュージアム」

は既に行われています。これにより、実際に美術館、博物館に行かなくても、絵画、彫刻、文化財などを鑑賞することができます。

今回届いたデジタルミュージアム技術デモ「発表会」は、さらに進んで、屏風、絵巻などの貴重な文化財を高精細、高精彩デジタルスキャナーにより、ディジタルに記録します。

もちろん、記録するだけでなく、ディジタルに分析したり、表示したりします。

すると、

・高度な分析により、これまで発見できなかった、新たな歴史の再発見

・貴重な文化財の散逸を防ぎ、永久記録アーカイブ化

・インターネットによる表示により、博物館に行かなくても、どこでも鑑賞

・発信者だけでなく、鑑賞者も、デジタル文化財を組み合わせ、加工する

など、物凄いことが展開する可能性があります。

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デジタル・オーディエンス「情報を受け取り、鑑賞する」から「素材を受け取り、創造する」へ




・ディジタル化によって、有名アーティスト、大手製作会社でなくても、創作が容易になり、Web上で発表可能になった

・コンテンツの有料化は可能だが、利用されないことにつながったり、フリー(無料)化が進む

・実際にコンサート、美術館に足を運ばなくても、Web上でのパフォーマンス鑑賞が可能になった。また、リアルでのパフォーマンス機会をオーディエンスが知ることが出来るようになり、リアルでの鑑賞とバーチャルの鑑賞が、必ずしも競合するだけでなく、補完、相乗作用もある

・いわゆる口コミが、ディジタル作品を伴い、広まる

・オーディエンスが鑑賞するだけでなく、ディジタル作品を素材として、リミックスなど、新たな創造も行う(画像、音楽などを鑑賞するだけでなく、手を加えられる無料ソフトも普及しており、素人でも容易に操作が可能です)


に書いたように、音楽、芸術など、アートの世界では、コンテンツのディジタル化による、新しい流れは既に起きているのですが、

屏風、絵巻などの貴重な文化財にもディジタル化の波が押し寄せています。

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文化の再生と創造 室町絵巻から学ぶ




日本美術のさまざまなジャンルの中で、絵巻ほど面白い素材はない。

それは、手の中に納まる極小の巻物に、無限の空間と時間を往来するストーリーが、絵を伴って展開するからである。平安から江戸時代にかけて、権力者は時代を代表する知識人たちにストーリーを執筆させ、それを名手と呼ばれる絵師に描かせ、秘蔵した。

前近代における最高の知性と感性の結晶が絵巻であり、それは妖しい魔力を放つ宝物中の宝物であった。

文化財を解読していくことは、ただ単に当時の文化を読み取ることではなく、

今は絶滅した、あるいは大きく形を変えて伝わっている当時の文化を再生することにより、

新たな創造につながっていきます

絵巻という、文字情報と画像情報が組み合わさった媒体を読み解くことにより、大量の未解明なデータを掘り起こすことが出来ます

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芸術の研究も感覚的な視点からだけではなく、定量的な視点からのものが必要な時代になりつつある


東大文学部公開講座「引用と変奏 −日本美術の作られ方」に参加しました




人々は鑑賞した作品よりイメージを得て、自分の中で消化、再構築して、意識する、しない、にかかわらず、形を変えて、新たな作品を生み出していきます


と書きました。

これまで、屏風、絵巻などの解明は一部の専門家のみが行うもので、一般は博物館でガラスの上から眺めるだけでしたが、これからは詳細を見ることができるようになります。

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芸術とはコミュニケーションである




「芸術とは、人に知らせたくなる行為のこと」

もっと明るい場所で「多くの人に見てもらいたい」という本能が、神の領域であった「美」を、人間の領域の「美」へと転換させていったのではないか

多くの人の目に触れ、批評を受けることが、描く側の創作意欲を刺激し、次の作品が生まれていったに違いありません。

「描く」・「創る」と「見る」・「評価する」という相互作用のもとで、芸術は発展してきました。

「芸術とはコミュニケーションである」

内面から沸き起こるイマジネーションを他者にどう伝えていくか、そのための創意工夫のプロセスが芸術活動であり、「伝えたい」という想いの強さこそが、優れたアートを産み出す源泉だそうです。

モーツァルトの音楽、レオナルド・ダヴィンチの絵画など、すぐれた芸術は、時代、国境を超えて、人々の心に伝わります

芸術とふれ合い、鑑賞する過程は、芸術作品が持つ感性的価値を通じて自らの感性に気づく営みでもあります。

アートを通して、人と人、人と芸術、人と場等など、新しい絆を見つけることができる、かもしれません。


これまでは、鑑賞できる場所が美術館、博物館などに、鑑賞できる文化財なども限定されていましたが、このディジタル保存により、鑑賞できる文化財は飛躍的に増加し、どこでも鑑賞できるようになります。


本当にこれから何が起きるのか?楽しみです。





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2014年11月09日

知識コンテンツ、PDFファイルから完全ディジタル化によるゲームの劇的変化の可能性

知識コンテンツの分析の展望〜文献調査・体系化を劇的に変える可能性




インターネット以前は、参考文献リストを作成し、それぞれの文献がある図書館を探して、実際に図書館を訪れ、コピーを取る、という気の遠くなるような作業でした。

インターネットの時代になり、論文などの文献は電子化され、PCがあれば、実際に図書館に行かなくても、ダウンロードできるようになりました。

ただ、これは大学など、多くの学会と契約を結んでいるところに限られ、そうでないと、課金される、という問題もあります。

ともかく、自宅、オフィスにいながら、大量の文献を入手できるようになりました。

これだけでも、凄い進歩なのですが、まだ問題があります。

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学術論文を検索するグーグル・スカーラー

などのツールがありますが、文献検索は、主に著者名、タイトル、キーワードをもとにダウンロードします。

しかし、実際には、少し読むと、自分の研究には、役に立たないことがわかり、新たな論文を読む。

また、少し読むと、自分の研究には、役に立たないことがわかる、という、時間と労力がかかる作業になります。

インターネットで大量の文献を入手できる分、この作業にも多くの時間と労力を割きます。

インターネットで「文献」という単位を検索するだけでなく、文献の中まで検索できれば。

例えば、キーワード、キーワード同士の関連、概念などが検索できて、さらに同じ、キーワード、概念を使っている他の文献を示してもらえれば。

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すると、その分野で、バイブルとなっている主要研究論文を入れると、

著者、キーワード、概念から、

・そのバイブルとなっている主要研究論文が書かれるまでに利用された論文

・そのバイブルとなっている主要研究論文が書かれてから、派生した研究論文

が、極めて短時間でわかるようになる。

現在、ほとんどがPDFファイルの電子論文を、HTMLなど、内容を検索できる形態に変換する

など、いろいろハードルがありますが、

現在、多くの研究者が、長時間かけている、文献調査、体系化を効率化するサポートシステムは、もうすぐできるかもしれません。

実は、これは研究活動を劇的に変える可能性があります。


と書きました。

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インターネットの時代になり、論文などの文献は電子化され、PCがあれば、実際に図書館に行かなくても、ダウンロードできるようになったものの、

著者名、タイトル、キーワードをもとに文献検索しますが、論文、文献はPDFファイルで、「中身」については、PCでは検索できず、

ダウンロードし、人が読んで判断するしか、ありませんでした。

論文、文献のディジタル化と言っても、中途半端な状態でした。

ところが、論文、文献自体の、ディジタル化が進み、内容自体をPCでキーワード検索可能、へと急激に進んでいるようです。


Smips知的財産マネジメント研究会@政策研究大学院大学

で、

新しい局面を迎えた学術情報流通〜オープン・アクセスが研究者コミュニティや知財活動に与える影響〜

というお話がありました。

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早速、お話をまとめてみます。


・ある工学研究者のばやき「被引用数ゲームに最適化したものが予算、人員、ホットな研究を連鎖的に引き付けて勝つ」インパクト・ファクター 

・引用、被引用、研究者の明確な意思をつかんでいる。論文の質を測る上で、重要なファクター 

・論文は科学的インパクトだけでなく、教育、経済、社会的インパクトも評価する

・脳細胞と銀河のネットワークが似ている。様々なネットワークに類似性がある。

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・論文の増大、商業出版社による寡占と価格高騰。学術情報へのアクセスは本来無料であるべき。(ブダペスト宣言)

・PDF(電子化ジャーナル、紙を電子化)と本文自体をウェブ化(電子ジャーナル)

・ジャーナルの電子化により、論文を見る(興味を持つ)、保存する(知識として活用する)、引用する(自分の研究と関連付け)の評価ができるようになった

・論文だけでなく、データ自体、図表がメディア化。

・論文、データセットなど研究成果物の影響をソーシャルメディア(単なる数でなく、ハブ的インパクト)でも評価

・科学者、専門家に加えて、社会の評価を加える 

・生物系から始まった、オープン・メガジャーナル、分野を問わず、早く出す

・オープン・メガジャーナル、トップ・ジャーナルに落ちた論文を他の出版社に持って行かせずに、すぐに発行する

・ピアレビューの限界、査読してから出版から、出版してから査読へ

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・電子ジャーナルにより、論文だけでなく、データセット、図表が入手できるようになり、研究者のハードルが低くなった。市民の科学、論文投稿が可能に

・論文だけでなく、データセット、図表が、紙からディジタル化したことにより、ゲームのルールが変わった 

・スター研究者を探すのは簡単だが、これから伸びる研究者を探すのは難しい

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STAP細胞騒動、リサーチ・リテラシーの強化、という副産物

に書いたように、小保方晴子さんのSTAP細胞騒動では、論文を詳細に検討した人々から、不適切な点が指摘されたのがきっかけでした。

論文がオープンアクセスできるようになると、このように不適切な研究が発見され訳すなる共に、同じデータセットから、違う研究者が別の切り口からの研究も生まれる可能性があります。

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繰り返しになりますが、

著者、キーワード、概念から、

・そのバイブルとなっている主要研究論文が書かれるまでに利用された論文

・そのバイブルとなっている主要研究論文が書かれてから、派生した研究論文

が、極めて短時間でわかるようになる。

現在、多くの研究者が、長時間かけている、文献調査、体系化を効率化するサポートシステムは、もうすぐできるかもしれません。

実は、これは研究活動を劇的に変える可能性があります。

なお、講演のスライドが

電子ジャーナル化の新しい局面ー学術情報流通の近未来(スライド)

掲載されていますので、ご参照ください。




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2014年11月07日

芸術、創造性に関するトークセッション「裸体は何も語っていない。しかし、実は背後に意味がある。」

東大情報学環で、芸術、創造性に関するトークセッションがありました。

フランスの舞踏ダンサー、カミーユ・ミューテルさんによるトークセッションで、

「裸体は何も語っていない。しかし、実は背後に意味がある。」

という興味深いテーマでした。

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体操の選手、フィギュアスケートの選手、ダンサーの方々は、自分の身体を媒体に使って、表現します。

自分の身体でありながら、自分が表現するための媒体でもある。

自分がイメージしたように、自分の身体で表現することは難しかったり、します。

音楽、照明などに最先端の技術を駆使し、それと融合する、

見て、自分の演技に反応している観客とのインタラクションもあります。

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このテーマは大変興味深くて、これまでも

芸術(アート)のグランドデザイン




「アートは21世紀の常識」として、アーティストの発想の原点に触れることは、クリエイティブな仕事をしている方だけでなく、現代のビジネスパーソン全ての方の仕事に役立つ新しい視点を拓いてくれるそうです

アートは問題提起であって、正解があるわけではありません。

観賞者はその作品の良し悪しや価値や将来性を自らの目で見極めなけることになります。

それは、アートに限らず普段の生活や仕事においても、自らが情報収集し、考え、判断することが求められているということでしょうか。


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最高の美のアーティスト!




アーティストは、音楽、絵画、彫刻、写真、メディア作品などの媒体を使って、美を表現し、見る人・聞く人に伝える。

表現が見る人・聞く人に伝わり、感激、感動させなければならない。落胆させてはいけない。

そのためには、アーティスト自身が、自信を持って、自分自身の表現に満足していなければならない。自分に迷いがあっては、その迷いが見る人・聞く人にも伝わってしまう。

ただし、自分が満足しただけではもちろんダメ。見る人・聞く人に伝わらなければ意味がない。

音楽、絵画、彫刻、写真、メディア作品などの伝える媒体の中で、最高のものと言えば、「自分の身体」しかも「何もまとわぬ、裸の身体」かもしれない。

「自分の身体」しかも「何もまとわぬ、裸の身体」をさらして、見る人に感激、感動を伝えるストリッパーは、最も過酷な状態で、究極の媒体を使って、美を表現する、最高のアーティストかもしれない。

アメリカの事情はよく知らないけれど、日本ではストリッパーは、風俗産業の扱いで、決して高い評価は受けていない

風俗産業からアート産業への脱皮はあり得ないだろうか?


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アートにおける「美しさ」とは?セクシーとエロスの違い?




「自分の身体」しかも「何もまとわぬ、裸の身体」を題材に、磨き上げたアート作品、とも言えます。

セクシーとエロス、語源まで遡ると、いろいろな変遷がありますが、現在の社会での使われ方では、セクシーが美しさ、エロスが官能、ということでしょうか?

どちらがいいとか、悪いとか、ではなく、似ているけれども、それぞれに異なる、深い意味があります


のように考えてきました。

今日はどんなお話が伺えるのかしら。早速出たお話をまとめます。

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・身体によるパフォーマンス、観客の目に見える部分は雄弁に語りかけるが、隠れた部分も大切。

・自分が持っている肉体ではなく、パフォーマンスをするための、観客とアーティストを結びつける、結び目としての肉体

・身体によるパフォーマンスにおいて、顔と性器は独立した存在。手、足などは他で代替できるが、この2つは代替不能。顔を仮面で隠すと、全く異なる感覚。

・成長し続けるというのは幻影、停滞、退歩は必ずある

・ヨーロッパにおける裸体の意義、若さ、美貌の永遠性を表す。表現された時点で固定している。

・舞台では時が流れていて、永遠性とは考え方が反する。唯一の永遠性は、観客が自己の中で行う、イメージの創造

・裸体、美、虚栄、エロなど、肉体がイメージを創り出す、いろいろなものの表象となり得る。 

・沈黙も音の重要な要素

・観客の波長を感じて、リアクションを起こす。観客の存在、反応がパフォーマンスに大きな意味

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・バランスを取るのが難しい状態が、感覚を鋭くする

・制限が文体を守る

・制限を設けることが作品にとって重要

・制限により、日常にあるものが、別のものに変化していく

・ただし、制限があり過ぎると、表現自体が制限されるので、制限はひとつかふたつに「制限」する

・裸体はメビウスの輪のようなもの。それ自体は何も語らないが、実は背後に大きな意味がある。

・頭にあるイメージを実現しようとする時に、イメージと実際の間にギャップがあるのは当然で、イメージを追いかけるプロセス、ギャップを埋めるプロセスが上達するプロセス

・イメージしたものを身体で表現するにはギャップがある。そのギャップを克服していくプロセスに意義がある。

・抱いたイメージは、すぐには実現できない。肉体が実現できるかどうかが決める。

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・セックスは、当事者同士の内的なものと考えられているが、実は社会的な枠組みが構築されていて、それぞれが、その枠組みに従って行っているに過ぎない、かもしれない。

・性行為は、衝動によるエネルギーのシェアが終われば、何も残らないのでは?


いろいろと、考えさせられるテーマなので、これから考えてみます。



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2014年11月05日

スプツニ子!アーティストトーク「デザイン+物語」で考える未来のかたち

スプツニ子!科学とアートとテクノロジーを駆使し、デザインの力で「起こりうる未来」

スプツニ子!「観測されないものは、存在しないも同じ。」

で紹介したスプツニ子!さんのお話を聞く機会がありました。

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スプツニ子!さんは現在MITメディアラボに所属していますので、来日したチャンスということになります。

Sputniko! アーティストトーク<デザイン+物語>で考える未来のかたち

開催1週間前という急な告知だったにもかかわらず、会場は超満員、急遽増設して対応です。

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スプツニ子!さんの紹介は上記ブログに書いたとおりですが、

高校時代についたあだ名「スプートニク(旧ソ連の人工衛星)」が、いまの名前のスプツニ子!(@5putniko )。

日本人の父と英国人の母、両親ともに数学者の家庭に生まれ、東京のインターナショナルスクールを卒業後、

ロンドン大学で数学を学んだ後、論理の証明にもとづいて行う数学よりも、自由なアプローチが可能なアートに魅力を感じ、ロンドンの英国王立芸術学院でデザインを学び、アーティストに転じ、科学と芸術のはざまで、テクノロジーを駆使しポップな独特の才能を開花させています。

2012年より神戸芸術工科大学の客員教授でしたが、2013年11月より、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの助教に就任しました。

マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボからTwitterでの発信、

・新しい研究室では、MITで生まれるテクノロジーやイノベーションをもとに、デザインの力で「起こりうる未来」の物語を描いて発信し議論していきます。その起こりうる未来はユートピアでもディストピアでも構わない。大切なのは人の考えをゆさぶり議論が起きること。無反応が一番の失敗です。

・実現性や効率性の枠をはみ出した想像や議論がテクノロジーやイノベーションを豊かにする場面は非常に多くあります。そして良い作品ほど、激しく議論され愛され嫌われるでしょう。そんな激しい議論を巻き起こすような作品や発信ができる学生を世界中から募集しています!☆ 一緒に研究&制作しよう!

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1.今いるところが、世界のすべてじゃない

スプツニ子!さんは学校に通っていて先生と上手くいかなかったとき、大親友に「学校だけがすべてじゃない」と励まされたと書いています。

そんなことは広い世界から見ればどうでも良いことだと。行き詰まったとき、自分を励ましてくれる言葉


2.なぜ、勉強するのか

「大人になった時に、新しいことを発見出来る準備」だと答えています。

これは両親の教えで、「人類には、みんなで作り上げる学問という山がある。一人の力では、いくら新しいことを見つけても、山の高さには積み上がらない。

これまでの歴史で新しいことを見つけてくれた人たちがいるから、その山があるんだよ。」と教わったそうです。

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3.長続きする勉強法

スプツニ子!さんは勉強のコツを、「勉強しない時間を決めること」だと言っています。


4.好きこそものの上手なれ

スプツニ子!さんは「高いレベル」にいくためには、単に能力があるだけではダメで、その分野をものすごく好きじゃないと難しい。」と書いています。


5.観測されないものは、存在しないも同じ

「観測されないものは、存在しないも同じ」というのは量子力学の3値論理の考え方にあるそうですが、スプツニ子!さんはこれをあらゆる場面で実践しています。

作るだけじゃなく、Youtubeでも情報発信する。そうすることでチャンスを掴んでこられました。

・「つなげる力とディレクションする力があるから、絵が描けなくてもアートが創れる」

・巻き込んで、ディレクションする力があれば、絵を描けなくても、物を作れなくても、アートは作れる。

・創った作品を、次々とネット上で公開して、反応、フィードバックを取り入れていく行動力

・ネットメディアを縦横無尽に利用しつつ、トラディショナルなものを否定することなく、巻き込み、利用する手法が参考になる。

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さて、今日はどんなお話が聞けるのか、楽しみです。

・生理マシン、陣痛と出血を引き起こす。マシンを作っただけでなく、これを装着する男子キャラクターもつくり、どう感じ、どう行動するか、シミュレーション 

・卒業製作をYoutubeにアップ、1週間で40万ヒット、様々なネットメディアに取り上げられる。ネットで盛り上がったおかげで、東京都現代美術館からオファー

・技術の進化は、社会情勢(経済、文化、宗教、災害など)に大きく家影響される。

・NASA、もっと多くの女性に宇宙に興味を持ってほしい。月面を歩いたのは12名のアメリカ人男性だけ

・アイデアだけではなく、アイデアをストーリーにする

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・テクノロジーは、人間と自然を分断するのではなく、身近なものにする 

・地域コミュニティーづくり、外のアーティストが外から持ってくるのではなく、中にいる人とコラボして、アートを作り上げていく 

・問題を解決するよりも、問題を提起するデザイン。関係する人と議論するうちに、いろいろなことがわかってくる

・建てる建築ではなく、社会に問いかける建築

・使われなくなったトロッコを使って移動大学、都会に住んでいなくても知にアクセスできる

・デザインには、起こり得る未来をストーリーとして提案する力がある

・ポップカルチャー、以前は商業メディアがないと作れなかった。今はインターネットを使って、Youtubeなどでだれでもつくることができる。

・Twitter,Youtubeで何かが起きる可能性。大学、学会など知の場だけでなく、社会に公開する。カルチャーがハックできる時代

・ソロ型の天才から、ネットワーク型の天才に

・世界は人の発想から生まれる。人の発想が変われば、世界が変わる。

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・作っても誰も見ないのであれば、その作品は、ないも同然 

・出し続けることで、当初は反応がなくても、ある時から、波紋、連鎖が起こる。ある意味、質より量

・反発されないで、面白がらせる。大事なのはユーモア、ユーモアを持って見せると、反発する人々の心に浸透していく

・笑って、面白い、で済ますのではなく、でも、それって、こういうことかな、と考える

・メディアにアクセスできる人が増えたことにより、ムーブメントが起こしやすくなった

・問題は、日常的な違和感、ニュースを見たときに感じる違和感などに潜んでいる。特別なことをしなくても、普通に生活していると出てくる。 




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2014年11月02日

東京工業大学「チーム志向越境型アントレプレナー育成プログラム」シンポジウムに行ってきました

東京工業大学「チーム志向越境型アントレプレナー育成プログラム」シンポジウム

という案内が来ました。

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これは、

人間中心イノベーション方法論は大学を超えて社会に普及するか?

で書いた、EDGEプログラム

イノベーション創出の活性化のため、大学等の研究開発成果を基にしたベンチャーの創業や、既存企業による新事業の創出を促進する人材の育成と関係者・関係機関によるイノベーション・エコシステムの形成を目的としています。

13大学のプログラムが選定されました

東京工業大学も採択され、そのオープニングシンポジウムです。

パネルディスカッションを中心に出た話をまとめます。

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・フィンランド、ノキア全盛時代には優秀な学生は皆、ノキアに行き、自分で起業する人はいなかった。しかし、5年で社会の雰囲気が変わった 

・起業家向けのコース、教育が増えてくると、実際に起業する人が増える 

・デザイン思考、個人志向の高い欧米で、チームで考えるために手法。もともと日本が得意だった 

・慶應のデザイン思考プログラム、理系の社会人が対象では、と考えていたが、実際には上場企業社長、ベンチャー企業社長、プロバイオリニストが学んでいる。

・デザイン思考と分析思考を相乗的に使う

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・学びは「教わる」ことからではなく、「する」ことにより、修得される。

・手法はマインドセットを育てる。 

・コラボレーション、コミュニケーション、統合、人々が少なからず、持っているスキルであり、それを引き出し、育てる。

・周囲の人々とのコラボで何かを生み出すことが自信につながる。

・デザインは「真空」からは生まれない。何かを組み合わせ、工夫しながら、生まれる。失敗して、フィードバックを得ることを前提とする。

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・境界を設定することなく、試して、フィードバックを得る

・デザイン思考、人間中心、ニーズがベース、技術シーズ中心の考え方が主体の理工系が是非学ぶべき

・身近に成功したロールモデルがいると、チャレンジのハードルが下がる

・アントレプレナー、市場に新しい機会を創り出す

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実は学生だけでなく、先生もこういったプログラムは初めての経験です。失敗を重ねながら、進めていくことになるでしょう。

東工大には世界最先端の技術がたくさんあります。これらが有機的に結びつき、社会と連携すると、物凄いことが起こる可能性があります。

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一方で、東大、慶応、早稲田など、他大学では、理工系以外の文系、アート系など、より幅広い分野の学生の参加が期待できます。

東工大の「越境型」とは単に学部、学科の境界ではなく、大学の境界も越えるとよさそうです。




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