2011年12月26日

文化の醸成に大切なのはふれあいの場

東京丸の内三菱一号館美術館で開催されている「トゥールーズ=ロートレック」展

111226「トゥールーズ=ロートレック」展


を見に行こうとしたが、〆切間近のためか、長蛇の列なので、諦めて、併設されている「都市文化の成立と帝国劇場展」

111226都市文化の成立と帝国劇場展


を見学します

三菱一号館美術館は東京丸の内にあるのですが、赤煉瓦のレトロな感じと、ヨーロッパ風な雰囲気で、おすすめのスポットです

111226三菱1


この展示会は期待していなかった割に、近代の文化の醸成の記載がよかったので、ちょっとまとめてみます

111226三菱2


・1911年3月1日、1700の椅子席を有する近代的劇場「帝国劇場」が丸の内に出来る。その頃の丸の内は「一丁倫敦(ロンドン)」と称される赤煉瓦建物の街並のビジネスセンター。1914年に日本橋に三越百貨店ができ、「今日は帝劇、明日は三越」の流行語

・江戸庶民の楽しみは芝居見物と寄席通い。幕府公認の三座(中村座、市村座、森田座)があり、明治になると三座以外にも常設小屋ができ、浅草には浅草寺内に六区、レンガ造り12階、凌雲閣ができ、一大歓楽街に 

・丸の内は西欧に負けないビジネスセンターとして不燃化建築物で構成し、関東大震災で不燃性が検証された。また内面の文化的環境の整備を目的に帝国劇場、出光美術館が作られた(三菱社の建築顧問 ジョサイア・コンドル)

・幕末の劇場街、猿若町の江戸三座をはじめ、日常的都市空間から隔離され、芝居小屋を集めた特殊空間で、「悪場所」と呼ばれることもあった。帝劇に対して、ヨーロッパと同じく都市文化の華となることを期待した(渋沢栄一、荘田平五郎) 

・帝劇:劇場にヨーロッパ流の社交場の意味。開幕までの時間を過ごす場、通路では政財界の知名人、文化人が挨拶を交わし、談笑するサロンの役目 

・武者小路実篤「友情」(1920)「野島が初めて杉子を会ったのは帝劇の二階の正面の廊下だった」劇場の廊下が単なる通路ではなく、人と人の出会いを生む社交場の役目を果たしていた

・西欧のカフェ文化を最初に移入したのがカフェプランタン、画家松山省三と平岡権八郎が共同経営で銀座にオープン。黒田清輝、永井荷風、谷崎潤一郎らが集まり、1920年代に「モボ・モガ」の流行

・関東大震災後、カフェは関西資本が席巻し、ヨーロッパのカフェにはない「女給」が人気を得て、それを売りとする営業が主役に 

・三菱社の建築顧問ジョサイア・コンドル「日本は自国に優秀な家具がふんだんにあるのになぜこれらを研究しないのか?鎌倉の円覚寺、建長寺の須弥壇、これらに使ってある彫刻などの傑作を大いに誇りとし、応用すべき」


興味深かったのが、文化的環境の整備を目的に帝国劇場が作られたが、劇場で上演される演劇もさることながら、実際にはより重要だったのが、開幕までの時間を過ごす場、通路では政財界の知名人、文化人が挨拶を交わし、談笑するサロンの役目を果たした、ということでしょうか?

いろいろな人たちが出会い、談笑する場が文化の醸成には欠かせない、ようです

今では、リアルな場だけでなく、ソーシャルメディアが活用できそうです

これからどんな文化が育っていくのか?楽しみです





stake2id at 13:09│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

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