2017年02月13日

工学研究は、人との出会いによる他分野、新技術、コンピューターの進歩の取り入れ

大学は今年度退職なさる先生方の最終講義の季節です。

最終講義は、その先生方の研究の集大成であるばかりでなく、研究を主体とした生活の一部始終から、その先生、研究分野の生きざまが見えてきて、大変有意義なので、可能な限り、参加させていただきます。

9


東大社会基盤学専攻小池俊夫先生「幸運な研究者」

に参加します。

6


先生の研究は、「水災害の犠牲者を一人でも多く減らす」という目標にむけて、河川、積雪の観測から始められた水資源に関するご研究を発展させ、地球規模の水循環変動観測の推進に多大な貢献をされました。

先生が始められた頃の、河川、積雪の研究は、いくつかの地点のフィールド調査、定点観測が中心でした。

8


しかし、広域、定量的かつ、中長期的な観測、予測を行うには、急速に発達してきた、航空機、衛星による観測が不可欠になりました。

河川、積雪の研究と航空機、衛星の研究は、全く分野違いで、通常はコラボする機会がありません。

逆に言えば、この全く分野違いの、航空機、衛星の研究者を巻き込むことができたことが先生の研究を大きく飛躍させることになりました。

衛星により、大量の観測データが得られますが、そのデータを解析するには、最先端の大型計算機、プログラムが不可欠です。

先生の研究は、学問としての進化だけでなく、水循環の高度予測により、渇水、洪水の予測による被害軽減など社会にも大きく貢献してきました。

周囲の人々との立ち位置を考えつつ、実質をしっかり支えることが、良好な信頼関係構築につながり、それがさらに大きなスパイラルを生みます。

7


素晴らしい工学の研究者とお会いして、伺うことが、

(1)人との出会いによる他分野、新技術の進歩の取り入れ

(2)コンピューターの進歩の取り入れ(研究本体の解析の進化、に加えて、自動計測、データの可視化など研究周辺分野の充実)

でしょうか。

4e0457c3


研究もビジネスも、幅を広げ、継続させ、キャリアを切り拓くのは、人のネットワーク


研究の幅を広げ、継続させ、キャリアを切り拓くには、研究、勉強と並行的に人のネットワークを構築していくことが大切。

ひとりで研究するよりも、プロジェクトに参加して研究すると、テーマも広がり、人のネットワークも構築でき、キャリアの可能性も広がる。

国際シンポジウム、ワークショップ、できる限り参加する。「聞き」に行くよりも、発表する。発表すると、覚えてもらえる。プレゼンは「読む」のでなく、「話す」。自分の魅力をアピールする。自然なリズムで話す。自信を持つこと。アイコンタクトが大切。

学会、シンポジウムで、ネットワークをつくるには、興味のある発表に質問する、懇親会にも参加する。

学会は最先端の研究を知るためだけでなく、人のネットワークをアップグレード、再確認するため

仕事を楽しむ、キャリアを柔軟にとらえる、情熱をもって、それをアピールする。のめり込んで仕事をするのに情熱がないと、つらい。

他の人々に話すと、自分の考えが整理でき、理解が進み、思いがけない切り口から、進展することがある。

自分の国以外の人の考え方に触れると、自分も変わっていく。人は交流し、シェアすることが大切。


6395ba60


工学の自然科学化から社会科学化、そして人間科学へ


産業革命以降、蒸気機関による鉄道、船、飛行機あるいは鉄、コンクリートによる建築物ができると、飛行機の空気による揚力、抵抗、船と波の相互作用、建築物の耐震、耐風など、これまでは考える必要のなかった、新しい自然と人工物の関係が生まれてきました。


0c23eefe-s


数学は理性の音楽、数楽しましょう


19世紀まで数学と物理に明確に区別はなかった。当時の数学は紙と鉛筆でする学問。20世紀初め、非線形問題などについて、ポアンカレですら、人力による定量的追求を放棄し、数学は定性的、理論的な研究が指向される。


産業革命以降、取り扱う問題が、膨大、複雑になり、まだコンピューターがない当時の、紙と鉛筆では対応しきれなくなり、定量的追求を放棄し、上記のように、数学は定性的、理論的な研究が指向されるようになります。

196313eb-s


数学は理性の音楽、数楽しましょう


20世紀後半、コンピューターの発達により、定量的追求だけでなく、これまで見えなかった時空間が可視化され、人々が容易にイメージできるようになり、応用する道具としての数学だけでなく、研究対象としての数学も急速に進むことになった。


9f73f4db-s


コンピュータと「巨大頭脳」


産業革命以降、蒸気機関による鉄道、船、あるいは飛行機が発明、開発されていくのですが、人間が計算を行う限界をはるかに超えるようになりました。

1940〜50年代にリレー式、真空管式など大型コンピューターが出現し、人が行っていた大量の計算を瞬時で行うようになりました。

これまで、大勢の人が数か月かかっていた複雑な計算を瞬時に行ってしまうこと自体、当時劇的だったのですが、コンピューターは情報を処理し、計算し、結論を出し、選択することができるのだから、自ら考えることができる、という考えが出てきて、1956年には人工知能という言葉が生まれます。

最近、話題の人工知能ですが、生まれは1956年とかなり古いものです。


25ab26f4-s


多分野の研究が生み出す、応用と相乗作用


「TAK」さんが学生だった1980年代、科学技術の計算には、大型計算機が利用され、工学部の学生はプログラム言語としてFORTRANが必修でした。今から考えれば、「過去の遺物」なのですが。

パソコンは工学部には普及を始めていましたが、インターネットはまだなく、また、パソコンもメーカーが違うと、例えば、NECのパソコンのデータは富士通のパソコンでは使えない、つまり互換性がない、という、今では信じられない時代でした。

283382d5


実験データを手入力して、グラフ化するなどの作業をパソコンで行っていました。

機械、建築系の学生は「製図」が必修でしたが、CADがようやく始まった段階で、なんと鉛筆、あるいは烏口と呼ばれる道具を使って墨で描く、作業でした。

つまり、構造、耐震、流体などの個別の計算を大型計算機で行い、この結果を手作業で「製図」に落とし込む、

という、極めて非効率な作業を、当たり前のように、行っていました。

一連の作業はやがて、パソコンにより、自動化、システム化する設計に急速に変貌します。







stake2id at 22:34│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
livedoor プロフィール

「TAK」さん

最新記事
Archives