2019年04月30日

当事者の情熱と、研究対象としての俯瞰のバランス

東京大学・共生のための国際哲学研究センター(UTCP)2019年度キックオフシンポジウム「Ties of Reciprocity 共生の軌跡」

という案内が来ました。

11


「障害と共生プロジェクト・こまば当事者カレッジ」「日本近世の思想世界」という一見カオスなセッションが楽しかったりします。

シンポジウムの内容ではなく、研究と「当事者」ということについて考えてみます。

309cd4e7


研究とは、困ったこと、解明したいことなど、に対する、強い「情熱」が発端であることが多かったりします。

一方で、情熱のもととなる、体験が強烈過ぎると、その体験に引きずられ、冷静な判断、分析ができなかったりします。

自分を研究対象とするには、自分を離れた場所から見る、もうひとりの自分が必要だったりします。

51c0b10f


コミュニティーにおける個人の人格の形成、エスノグラフィーによる観察

エスノグラフィーはイノベーションを起こす手法としても有効


「エスノグラフィー」は、参加観察を主とするフィールドワークを通じて、研究者(自己)が研究対象となる人々や集団(他者)と出会い、自己を模索する作業を繰り返すことによって構築されます。

つまり、研究者と研究の対象の関係性とそれに関わるコンテクストを常に意識しながら、研究のテーマとなる事象や問題にアプローチする手法です。

a1c35951


観察者は宣教者になってはいけません。ただ、コミュニティーを外から観察するのでもありません。

コミュニティーの中に入り、ただ、中心ではなく、周辺に立ち、あくまで観察します。なるべく観察者が影響を与えないように。


d02ba8c3


「プロジェクト・当事者カレッジ」の方々のお話では、

「これまで、私は〇〇の仕事をしていました。そこでは、これが当たり前でした。

でも、今のポジションに移ってみると、違う見方があることがわかりました。」

というものがありました。

fe84fd16


文化人類学は、専門ではないので、工学に移ります。

実は、工学でも、同じことがあります。

「自分たちは負けていない」という間違った現状認識によって、日本の電機産業は衰退した


変革を拒むのは、かつての王者、あの栄光をもう一度、は絶対にない

に書いたように、

最近、衰退産業、斜陽産業と言われる業界に伺うことがあります。

f2924025


世界的なシェアの減少、売上、利益の低下は明白なのですが、

なぜか、示されるのが、局地戦では勝利した事例です。

都合の悪い情報は棄却して、都合のよい情報のみ取り入れ、明らかに間違った判断をしています。

そして、「まだまだ、頑張れる」ということになり、精神論が幅を利かせ、「いつか必ずよみがえる」と言わなければ非国民とされるような、恐ろしい雰囲気があります。

748281f9


企業研究者が考える社会実装学




自明なことでも、研究開発者、技術者には、自分が携わる技術へのこだわりが強く、簡単には棄却したり、他の利用法を考える、ことができないようです。


「あの栄光をもう一度」が、新規分野への進出をかたくなに拒んでいます。これが衰退産業の特徴かもしれません。


2225c75a


技術開発者の熱い情熱が、ユーザーにとっては、不要であったり、実用化を阻んでいることもあります。

それゆえ、時には、技術開発者の立場を離れ、俯瞰し、時には立場を変えてみると、新たな展開が生まれたりします。





stake2id at 17:16│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
livedoor プロフィール

「TAK」さん

最新記事
Archives