2017年03月25日

卒業式のシーズンです。「TAK」さんが卒業、修了した東京大学は3/23が大学院修了式、3/24が卒業式でした。

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毎年この季節には、卒業生へのエールを

社会へ巣立っていく卒業生へのエール2016

社会へ巣立っていく卒業生へのエール

社会に巣立っていく卒業生の抱負

社会に巣立っていく卒業生へのエール

有志による自主卒業式のすすめ

卒業式は学生から社会人への、大切な節目の儀式

卒業式は学生から社会人への、大切な節目

のように書いています。

まず、毎年送っているエールを、その後に、今年の卒業式で感じたことを書きます。

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皆さん、卒業おめでとうございます

今、希望に満ち溢れながらも、まだよく知らない社会へ旅立つことに、多少の不安もあるかもしれません。

もちろん、これから皆さんが進む道は順風満帆ではないでしょう。

うまくいかないこと、思うようにいかないこと、つらいこと、がたくさんあることと思います。

そのチャレンジングな課題に対し、皆さんの若い力で、一歩一歩解決していくことが、これからの社会の進歩につながっていきます。

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毎日のように会っていた友達とは、残念ですが、しばしのお別れになってしまいます。

でも、友達はいつまでもたっても友達です。

いや、時が経つにつれ、ずっと重みが出てきます。

4年間に、語り合い、笑いあい、時には喧嘩し合った、友達とのつながりはいつまでも大切にしてください。

母校は、いつでも、皆さんを温かく迎えます。卒業してからも、時にはキャンパスを訪れて、後輩たちとのひと時を楽しむのもよいのでしょう

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振り返ると、6年前は卒業式の直前の3月11日に起きた、大震災の影響で、多くの大学が卒業式を取りやめざるを得ませんでした。

その時には、

有志による自主卒業式のすすめ

を書いています。

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卒業式とは人生に一度しかない節目であり、社会に旅立つ前に、同じ時期に同じ学校で学んだ同級生、先生方と、大学での最後のイベントを行うことは、とても大切です

「TAK」さん自身を振り返っても、今も深く大学に関わる身でありながら、自分の卒業式は、大切なよい思い出であり、いつまでも心の中に残っています

「TAK」さんが卒業した数年(数十年?)前は、その時から数えて、さらに十数年前の学生紛争による安田講堂占拠の影響で、まだ安田講堂が使用できず、工学部は学科毎に卒業式をやりました

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学科の卒業式、その後、学内で簡単な謝恩会、その後、全学で神保町の学士会館での卒業パーティー、その後、すぐに別れ別れになってしまう、仲の良かった友達で夜通し4次会、と、朝から次の日の明け方まで、卒業セレモニー一色の1日だった、と記憶しております

卒業式の感慨は、参加している時、謝恩会の時も感じますが、それとは、また違った感慨が、数年後、数十年後に込み上げてきたりします。

留年したので、知っている友達があまりいない、などの理由で「卒業式に出ない」という学生さんを散見しますが、卒業式は学生から社会人への、一生に一度の大切な節目の儀式です。必ず参加することを勧めます


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安田講堂前の広場は卒業生であふれ返り、赤門前は記念撮影を待つ列、ができていました。

「TAK」さんも「遠いあの日」がよみがえってきました。

「TAK」さんの頃を違うのは、女子学生の比率がぐっと増えたこと、親御さんの同伴が増えたこと、でしょうか。

ただ、親御さんは記念撮影を済ませると、「私たちは帰るから、あとはお友達と過ごしなさい」とさっぱりしていました。

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大学の入学式、卒業式のような、人生の節目は、しっかり親子でお祝いをする、

ただし、いつまでもベタベタするのではなく、一緒にお祝いを済ませると、親御さんはさっさと引き上げる

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親御さんたちは、自分のお子さんの成長だけでなく、自分たちの「遠いあの日」をよみがえらせていたのではないでしょうか。

大学時代のお友達と過ごす最後の日、朝までとことん語り合う日、だから、自分たちはさっさと帰る

卒業式は、親御さんにとっても、「遠いあの日」がよみがえる日でもあるようです。





2017年03月22日

shiawase2.0 シンポジウム?シアワセな世界を創ろう?

という案内が来ました。

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3月20日は国連が定めた国際幸福デー。幸せについて考える日です。

慶應義塾大学の前野隆司教授の

幸福学と教育

によると、幸せに影響する以下の4つの心的因子を導きだすことができました。

第一因子 自己実現と成長(やってみよう因子):目標を達成したり、目指すべき目標を持ち、学習・成長していること

第二因子 つながりと感謝(ありがとう因子):多様な他者とのつながりを持ち、他人に感謝する傾向、他人に親切にする傾向が強いこと

第三因子 前向きと楽観(なんとかなる因子):ポジティブ・前向きに物事を捉え、細かいことを気にしない傾向が強いこと

第四因子 独立とマイペース(あなたらしく因子):自分の考えが明確で、人の目を気にしない傾向が強いこと

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シンポジウムでは、世界、国内で、「幸せ」を実践されている方々のお話が、興味深かったのですが、「TAK」さんは、これまで「幸せ」「幸福」について、漠然としか、考えたことがありません。

そこで、この機会に少し整理してみます。

今回は、出たお話をまとめるのではなく、出たお話をヒントに「TAK」さんの考えをまとめます。

「希望」と「幸福」似ているようで全く異なる


「希望」と「幸福」は似ているようだが、全く違う。

「幸福」は、主に現在の状態で、この状態が長く継続することを望んでいる。

一方、「希望」は、現在は、望ましくない状態にある。

しかし、何らかの努力をすることによって、望ましくない現状から、よりよい状況へ移行できる可能性がある。

だから、現在が「幸福」で、かつ、「希望」がある、ということは、あり得ない


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イノベーションを創出する思考とは?

効率化とイノベーションのトレードオフ




イノベーションは、意図的に、起こそうとして起きた、、よりも、結果として起きていた、ことが多いのではないでしょうか?


よくできる人は、よくつながっている人である

社会人の学び、学びの体系化と創出したネットワークの活用

コラボレーションできるネットワークとは?


ネットワークとは「意図的につくる」よりも「結果として出来上がっている」もの、のようです。


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<待って>、<遅れて>、<つまず>いて:希望・時間・挫折


初めから「こうしたい!」という明確な目標があって、行動する訳ではなく、行動していくうちに、行動した結果として、「こうしたかった!」とわかる場合も多いようです。


「幸せ」も、「こうすれば幸せになる」というよりも「結果として幸せになっている」のではないかな、と考えます。

前野先生の上記の4因子ですが、「結果として幸せになっている」人が、挙げるものであって、必ずしも、この4因子を満たすから幸せになる、というものではない、のではないか、と思います。

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さて、前野先生の因子にもあるように、「幸せ」は周囲、環境との相互作用、あるいは、自分の履歴、歴史が大きく影響します。

それゆえ、絶対的なものというよりは、相対的、かつ、時間依存的なものでしょうか。

例えば、笑顔の素敵な、幸せそうな人に囲まれていると、自然に幸せな気持ちになってきます。それゆえ、周囲、環境は大切です。

また、子供の頃、幸せだった状態が、大人になっても幸せとは限りません。時間、社会状況によって、変化していきます。

また、「幸せ」が獲得できたとしても、放っておいても、「幸せ」が維持できる訳ではありません。

維持するのは、デザイン、仕掛け、制御、エネルギーが必要です。

これは、自然の「エンタルピー現象、エントロピー増大」の法則に似ています。

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難しいのは、「あの時は幸せだった」と思うことは、あっても、必ずしも、「あの時に戻りたい」訳ではなかったりします。

「希望」と「幸福」似ているようで全く異なる




現代が、個人の「希望の喪失」の時代であるならば、個人が希望に満ち溢れていた時代とされているのが、高度経済成長真っ盛りの昭和40年代でしょうか?

大人たちは「あの時代はよかった」と言います。「あの時代に戻りたい」とは言わないようですが。昭和40年代って、どんな時代だったのでしょう?

インターネットも携帯電話もメールもありません。

それどころか、固定電話ですら、商店や医院をしている家庭にしかなく、電話は玄関に設置して、近所の人も呼び出しました。固定電話が各家庭1台普及したのは、昭和40年代も終わりになってでしょうか?

カラーテレビ、クーラー(エアコンではなく、冷房機能だけ)、冷蔵庫が3種の神器と呼ばれ、「我が家にカラーテレビを電気屋さんが運んでくる日」が楽しみにされた頃です。

こんな時代がいいですか?

大人たちも「あの時代はよかった」とは言っても「あの時代に戻りたい」とは言いません。

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物質的な豊かさは現代とは比べようもありません。

ならば、なぜ「あの時代はよかった」のでしょうか?

貧しくても、頑張って、勉強すれば、一生懸命働けば、きっといいことがある、と信じることができました。


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さて、なかなか難しい「幸せ」ですが、阻害要因を考えると、

・維持と面子

・自分を他人よりも優位におきたいと考えること

・よくないことを思い返して、くよくよすること。ネガティブの強化

君子は危うきに近寄らないだけでなく、危うきが近寄ってきたら立ち去る

「ゆるやかな加入・離脱が可能なオープンコミュニティー」から「顔が見えるコミュニティー」へ

「感情が劣化した人」とは、基本的に関わらないことです。一緒になってしまったら、離れることです。


などかな、と思います。

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幸せな人たちの仕事法は、

先まで行くから、その先が見えてくる。宿題をすぐに済ますから、研究ができる

1.一番先まで行くから、その先が見えてくる。

2.宿題をすぐに済ませて、未決箱がたまっていないから、新たな試みができる。

3.最先端の技術をすぐに取り入れる。


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幸せは人たちの、人との付き合いは、

話しやすくて、つながっているから、機会が舞い込んでくる


1.物腰が柔らかくて、話しやすい。上から目線、口調ではなく、対等の会話。「君」ではなく、「さん」で話す。柔らかい物腰ながら、断る時は断る。決して感情的になることはない。

2.必要は発明の母、であるだけでなく、必要があり、頼むことから交流が始まる。交流には必要、大義名分など、きっかけが必要。きっかけを作って、交流するのがうまい。

3.一方的ではなく、必ずwin-winの関係を構築


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私の「ハピネス・プロジェクト」


自分に3つの問いをたてること。

1)自分が幸せだと感じることは何か。(feel good )

2)自分がいやだなと感じることは何か。(feel bad)

3)自分が「これは正しいこと」だと感じることはなにか。
(feel right)

ここから、自分が幸せになるためにはどうしたらいいかという行動が見えてくる



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人生は「意義」と「楽しみ」がある仕事をしている時、幸せ!


人生は「意義」と「楽しみ」がある仕事をしている時、幸せ!


の「幸せ」は、わかるのですが、

研究さえできれば幸せ、は大丈夫?


「私は研究さえできれば幸せ。」


の「幸せ」は、ちょっと怪しそう、「幸せ」というより、「自己満足」

第一因子 自己実現と成長(やってみよう因子):目標を達成したり、目指すべき目標を持ち、学習・成長していること

とは、相容れない。


完全に発散してますが、もう少し考えてみることにします。




2017年03月15日

3月14日(火)東大教養教育高度化機構シンポジウム『教養教育と自然科学』

という案内が来ました。

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日本全体では人文社会系学部、教養課程の削減、廃止し、理工系学部、実学の重視という流れの中、東大、京大、東工大などのトップ大学は、あえて、この流れに反するかのように、教養教育を重視を打ち出しています。

それも、1、2年次の教養課程だけでなく、3年以降の専門課程、大学院進学後の教養教育の大切さも指摘しています。


教養教育を重視する一方で、

人工知能に大学、産業、ビジネスはどう対応する?


人工知能、データサイエンス、ロボットなど、の進展に対応して、プログラミング、数理、統計、情報技術などを文系、理系を超えて教育することが急務


のように、最先端の技術への対応もしなければなりません。

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そもそも、文系、理系のような区分けが、今の社会には既にふさわしくないのかもしれません

理工系学生がビジネス界、あるいは生活でも、法学、経済、社会学は必要だし、文系学生だって、コンピューター、人工知能は不可欠です


このテーマについては、これまでずっと考えてきました。

考えてきたことのエッセンスを紹介するだけでも長くなるので、取りあえず、今日の新たな発見としては、

・1、2年次に教養課程、3年以降の専門課程、大学院進学で研究に専念、ではなく、教養教育は3年以降の専門課程、大学院進学後も不可欠

・変化が激しく、先が見えない時代には、細分化され、すぐに陳腐化する、おそれがある実学よりも、全体を俯瞰するベースとなる教養科目が結果的には役に立つ。

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人工知能に大学、産業、ビジネスはどう対応する?

シミュレーションによる展開とその限界、基本工学の大切さの再認識




最先端の「役に立つ」学問は、すぐに陳腐化し、ムダになってしまうことがあるが、基本工学は、裏切られることなく、必ず、結果として「役に立つ」

工部大学校と日本の工学形成


当時の工部大学校でも、学問理論重視か?実地経験重視か?で、だいぶ意見が分かれていたことが伺えます。

いつの時代も、すぐに役に立つ、という点で、学問理論よりも実地経験の方が望まれます。

一方で、新しい技術を生み出すには、学問理論をベースとした研究開発があり、それが実地に展開することが大切であることは、後の歴史が示す通りです。

結果的にみれば、工部大学校は帝国大学令により東京大学工芸学部(前年に理学部より分離)と合併、帝国大学工科大学となり、理論と実践を融合させることになり、日本の技術の原動力となりました。


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多分野の研究が生み出す、応用と相乗作用

「TAK」さんが学生だった1980年代、科学技術の計算には、大型計算機が利用され、工学部の学生はプログラム言語としてFORTRANが必修でした。今から考えれば、「過去の遺物」なのですが。


いつの時代も、コンピューターの最先端の「役に立つ」学問を重視し、基本となる、古典、教養的学問である、材料力学、流体力学、機会力学、熱力学などを軽視する傾向があります。

最先端の「役に立つ」学問を学ぶことは、もちろん大切なのですが、上記のプログラム言語FORTRANのように、陳腐化し、ムダになってしまうこともあります。

決して、裏切られることなく、必ず、結果として「役に立つ」基本となる、古典、教養的学問を学ぶことも大切です。


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博士の能力はアカデミアだけでなく、産業界、ビジネス界にも活用しないともったいない

研究生活、狭まる世界と広げる工夫




大学院生になり、研究生活を始めると、生活が研究室だけに限定されてしまい、毎日会う人も、ほとんどが研究室の先生、スタッフ、大学院生、とタコツボのような生活で、知らぬ間に、行動範囲、交際範囲、思考領域が狭くなる


と書いたように、研究自体だけでなく、研究を取り巻く生活も、社会を狭め、「博士は使えない」につながっているのかもしれません。


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知をひらく、知をつなぐ。『知の技法』新たな普遍性をもとめて

理工系大学のリベラルアーツ、教養教育はどうする?

理工系大学こそ、リベラル・アーツが大切


リベラル・アーツは学んでいる時には、「実用的でない。役に立たない。それゆえ、学ぶこと自体が無駄」と感じる人も多いが、ある時を過ぎてから、アイデアの基盤となり、視野を広げ、俯瞰的な思考のベースとなる、大切なものであることに、振り返って気づくもの

会場の若い学部学生から、

「実用性を考えると、リベラルアーツ、教養って役に立つのですか?無駄じゃないですか?小説を読んだり、クラッシック音楽を聴くのって娯楽じゃないですか?」

という質問がありました。

この質問に対して、パネリストがどう答えるのか?楽しみだったのですが、残念ながら、あまり明快なものではありませんでした。

この質問は、リベラルアーツ、教養がテーマである場合、かなりの頻度で出る質問です。

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「TAK」さんの回答としては、

リベラルアーツ、教養って、若い、学んでいる時は「役に立たない」と思われることが多いが、ある時を過ぎてから、アイデアの基盤となり、視野を広げ、俯瞰的な思考のベースとなる、大切なものであることに、振り返って気づくものかもしれない。

というものです。

大切さを経験した人は、まだ経験していない人に対して、何とか伝えようとするのですが、残念ながら、うまく伝わらない。

そして、経験していない人が、ある時に「こういうことだったのか」と悔やむことになる。

東大も駒場の人文・社会科学の幅広い、豊富な人材、講義が非常に素晴らしいのですが、

駒場の時はその良さをわからずに講義をさぼってしまい、

大学院、あるいは社会に出てから、必要性、重要性に気づいて、聴講に来ることがよくあります。

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「高度に専門化し、専門ごとに分化しがちな理工系だからこそ、リベラル・アーツが大切」

についてですが、もちろん、数学、物理などの理工系は大切です。これがあることが前提です。

これが確保された前提で、最先端の研究活動を行うには、アイデアの基盤となり、視野を広げ、俯瞰的な思考のベースとなる、リベラル・アーツが大切、ということです。


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教養とは、よくわからずに学んで、後から学び直すもの


東大駒場の教養学部のカリキュラムは、人文科学、社会科学、自然科学が幅広く、内容も豊富で、講師陣も多様です。

特に、人文科学、社会科学は優れたもので、これだけの陣容を誇るのは、東大ならでは、です。

ただ、20年前までは、ほとんどの授業は、「確立された知」を先生が、学生に教える、ものでした。

この『知の技法』は、学問のやり方、を教えるもので、「知」をもとに、考える、議論する、活用する、という、当時としては画期的なものでした。

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学問のやり方、「知」をもとに、考える、議論する、活用する、ということは、それまでは、授業で教わるものではなく、先生、先輩から盗み見て、身に着けるものでした。

教わるだけではなく、教わったことをもとに、考えて、活用する、文理融合「知の技法」を作成された小林康夫先生。同じく「知の技法」を作成された船曳建夫先生らも駆けつけ、あらためて駒場のリベラルアーツの層の厚さを感じます。

東大の強さは、この駒場の人文・社会・自然科学、文理融合俯瞰プログラムなど教養課程の充実にある、と考えます。

この駒場のリベラルアーツを築き上げた先生方は卒業されますが、多くの後進の方々を育てられてきました。

この先輩を引き継ぐ、若い方々の一層の活躍が楽しみです。


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駒場の二年間で「教養課程」は終了し、その後は「専門課程」でもっぱら特定分野の勉強をするのだと思っている人がいたら、まずはその先入観を捨ててください。

「教養」と「専門」の関係は前後関係ではなく、ましてや上下関係でもなく、車の両輪のように連動した同時並行的・相補的な関係です。


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理工学研究には人文・社会が不可欠

専門家の哲学と街の哲学

専門を深化する工学と俯瞰し、つなげる人文・社会科学


工学が、個々の専門の技術を深化させる

その進化した個々の技術を、

社会的なニーズに基づいてつなげるのが、経済、社会、法学などの社会科学

自分の中で、ある考えに基づいて、再構築するのが哲学などの人文科学


学問をするにも、ビジネスを行うにも哲学が必要です。つまり、哲学は専門家だけが行うものではなく、すべての人に不可欠なものです。


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東工大リベラルアーツ研究教育院シンポジウム「役に立つ」からではなく、「人間に基礎を築く」ため

リベラルアーツ教育、「層が厚く、豊富な人材」の東大、「知の巨人たち」の東工大


これまでの東工大の教養、スター教授の「一本釣り」「点」の集まりで、つながっておらず、「線」「面」にはなっていなかった。

その一方で、鶴見俊輔、江藤淳、宮城音弥らの「知の巨人」の影響は、受講した東工大生にとって計り知れないほど大きかった。

絶望しかけた時、深い悲しみの淵に立たされた時、役に立つのは、いつもは役に立たない、文学、哲学、誌だったりする。

「役に立たないもの」は、ある位相において、非常に意味があることがある。

戦場に1冊だけ持って行った「岩波文庫」のゲーテの詩に救われた。

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東工大卒業生も、東大卒業生と同様、社会で技術だけでなく、経営者として活躍されている方がたくさんいます。

この方たちのマインドの基礎を築いたのが、鶴見俊輔、江藤淳、宮城音弥らの「知の巨人」によるものでした。

自前では輩出できず、寄せ集めであっても、集まった「知の巨人」たちは、学生たちのその後の人生に計り知れない影響を与えました。

だから、私たちは理工系大学であるにもかかわらず、「文系廃止、理工系重視」の追い風にもかかわらず、あえて、リベラルアーツ教育を充実させたいのです。





2017年03月13日

東大石井洋二郎元教養学部長最終講義「最終講義という名の最初の講義、迷うことの快楽」

という案内が来ました。

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会場の東大駒場キャンパスにいきます。

前日の3/10(金)は合格発表、ネットで発表の時代ですが、ことしから掲示板による発表も復活しました。

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喜ぶ間もなく、駒場キャンパスでは、入学準備説明会が開催されています。

大学生活、スタートダッシュが大切、乗り遅れないこと

新入生の皆さん サークル新歓イベントに乗り遅れないように




合格発表の3/10前後までは、やきもきしながらも、取りあえずは一段落している時期かと思います。

ところが、あんまりのんびりしている場合でもないのです。

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4月は連休前までに、クラス・オリエンテーションと仲間づくり、学習科目の履修届、サークルの入部、など、やることが目白押しです。

入学で浮かれていて、友達、通学等の環境が激変する、この時期に、上記のことが、輻輳、複層的に、リアルタイムで進行し、あなたが躊躇していると、あなたを取り残して、どんどん進行していきます。


と書いたとおりです。

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さて、石井洋二郎先生は、教養学部長としての挨拶が素晴らしいのですが、元々は法学部卒業で、大学院からフランス文学を研究されています。



人間の進歩を可能にするのは、冷静で客観的な「科学」だけではなく、それと同時並行的に、ともすると不合理な偏見や無謀な逸脱へと横滑りし、狂気と境を接するかもしれない「空想」への憧憬だったりする。

リベラルアーツとは、人間を様々な限界から解放するための知識や技芸である。

「迷う」「惑う」とは、複数の甲乙つけがたい選択肢があるということ。

教員には定年があるが学者には定年がない。

など、今日も素晴らしいお話が満載でしたが、これらのベースとなる教養学部長としての挨拶を掲載します。

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新しい生活が始まる新入生、新社会人へのエール


平成27年度 東京大学学部入学式 教養学部長式辞


リベラルアーツとは、単なる一般教養の同義語ではありません。本来は「人を自由にする学問」を意味します。

「知識の限界」どんなに高度な専門知識であっても、広い展望のなかにしかるべく位置づけられるのでなければ、ただの無意味な断片にとどまってしまう。

大学ではまず飛躍的に視野を広げ、多様なフィールドで「知識の限界」を乗り越えるべく努力しなければなりません。

それこそが、リベラルアーツの出発点です。

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「経験の限界」皆さんの多くは、異なる価値観に触れる機会は乏しかったのではないでしょうか。

自分と同じような境遇の人々に囲まれて安住する心地よさからいったん離れ、まったく異なる環境に身を置く。

「経験の限界」から自らを解き放とうとする果敢な試みであり、リベラルアーツを実践する場が教室だけではない。

「思考の限界」逆説的に聞こえるかもしれませんが、他者の思考の模倣に陥らないためには、まずその中にどっぷり身を浸してみることが必要です。

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大学院の卒業式にあたる、学位記伝達式での式辞

平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞


も素敵なので、併せて掲載します。

ニーチェ『ツァラトゥストゥラ』

「きみは、きみ自身の炎のなかで、自分を焼きつくそうと欲しなくてはならない。

きみがまず灰になっていなかったら、どうしてきみは新しくなることができよう!」

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自分自身の燃えさかる炎のなかで、まずは後先考えずに、灰になるまで自分を焼きつくしてください。

そしてその後で、灰の中から新しい自分を発見してください。

自分を焼きつくすことができない人間は、新しく生まれ変わることもできません。


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教養とは、よくわからずに学んで、後から学び直すもの


深く迷い、高く跳べ


駒場の二年間で「教養課程」は終了し、その後は「専門課程」でもっぱら特定分野の勉強をするのだと思っている人がいたら、まずはその先入観を捨ててください。

「教養」と「専門」の関係は前後関係ではなく、ましてや上下関係でもなく、車の両輪のように連動した同時並行的・相補的な関係です。





2017年03月09日

先まで行くから、その先が見えてくる。宿題をすぐに済ますから、研究ができる

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に、一流の研究者の方々の研究スタイルについて、

1.一番先まで行くから、その先が見えてくる。

2.宿題をすぐに済ませて、未決箱がたまっていないから、新たな試みができる。

3.最先端の技術をすぐに取り入れる。

と書きました。

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この方々のネットワークについて、見てみると、

1.物腰が柔らかくて、話しやすい。上から目線、口調ではなく、対等の会話。「君」ではなく、「さん」で話す。柔らかい物腰ながら、断る時は断る。決して感情的になることはない。

2.必要は発明の母、であるだけでなく、必要があり、頼むことから交流が始まる。交流には必要、大義名分など、きっかけが必要。きっかけを作って、交流するのがうまい。

3.一方的ではなく、必ずwin-winの関係を構築

であることがわかります。

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それぞれについて考えてみます。

1.物腰が柔らかくて、話しやすい。上から目線、口調ではなく、対等の会話。「君」ではなく、「さん」で話す。柔らかい物腰ながら、断る時は断る。

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研究もビジネスも、幅を広げ、継続させ、キャリアを切り拓くのは、人のネットワーク


研究の幅を広げ、継続させ、キャリアを切り拓くには、研究、勉強と並行的に人のネットワークを構築していくことが大切。

ひとりで研究するよりも、プロジェクトに参加して研究すると、テーマも広がり、人のネットワークも構築でき、キャリアの可能性も広がる。

国際シンポジウム、ワークショップ、できる限り参加する。「聞き」に行くよりも、発表する。発表すると、覚えてもらえる。プレゼンは「読む」のでなく、「話す」。自分の魅力をアピールする。自然なリズムで話す。自信を持つこと。アイコンタクトが大切。

学会、シンポジウムで、ネットワークをつくるには、興味のある発表に質問する、懇親会にも参加する。

学会は最先端の研究を知るためだけでなく、人のネットワークをアップグレード、再確認するため

仕事を楽しむ、キャリアを柔軟にとらえる、情熱をもって、それをアピールする。のめり込んで仕事をするのに情熱がないと、つらい。

他の人々に話すと、自分の考えが整理でき、理解が進み、思いがけない切り口から、進展することがある。

自分の国以外の人の考え方に触れると、自分も変わっていく。人は交流し、シェアすることが大切。

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ポイントは、

研究もビジネスも、幅を広げ、継続させ、キャリアを切り拓くのは、人のネットワーク


よくできる人は、よくつながっている人である


「よくつながっている人」には、いろいろな機会が舞い込みます。その中から、適宜取捨選択して活用していきます。

機会が舞い込むのは、意識的なものもあれば、本人は意図しないものもあります。

意図しないため、「たまたま」と感じます。

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イノベーティブなビジネスパーソンは、組織内外のネットワークの中で情報が集まり、新たな物事が生まれるような「構造的周辺」に、自らの身をおくような振る舞いを、自然としている


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2.必要は発明の母、であるだけでなく、必要があり、頼むことから交流が始まる。交流には必要、大義名分など、きっかけが必要。きっかけを作って、交流するのがうまい。

イノベーション、ネットワークが起きるための仕組み、仕掛けとは?


多様な人々を集めたとしても、自然発生的なネットワーキング、それによるイノベーションが起きるのを期待しても、起きるかどうか、わかりません。

それよりも、とにかく、最初はグループに分かれてクイズ、ゲームなど、緊張感があっても、できるコミュニケーションが少ないことをして、緊張をほぐして、まず関係性を構築するのがよさそうです。

とにかく、なんらかの関係性が構築されると、その中から、自然発生的なネットワークができるかもしれません。

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なんの関係性もない状態では、自然発生的なネットワーキングは、そもそも起きません。

とにかく、まずは機会が起きる「場」をつくることが大切です。

すると、多様なネットワーキング、それによるイノベーションが起きる、ことがあるかもしれません。


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3.一方的ではなく、必ずwin-winの関係を構築

継続できる、信頼関係はwin-winから生まれる


信頼関係は、基本的にwin-winの関係の中で、構築されます。

一方がwinで、他方がloseという関係からは生まれません。

一時的には、win-loseであったり、見えたりしても、長い目で見たらwin-win、

あるいは、一見loseに見えても、本人にはwinでないと、継続しません。

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もう少しわかりやすく言うと、自分が楽しめない時、周囲に楽しんでもらうことは難しくなります。

単純ですが、周囲に楽しんでもらうには、自分が楽しんでいることが基本です。





2017年03月05日

この季節は退職される先生方の最終講義をうかがいます。主に理工系の先生方が多いのですが、

工学研究は、人との出会いによる他分野、新技術、コンピューターの進歩の取り入れ

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シミュレーションによる展開とその限界、基本工学の大切さの再認識

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人生とはフィードバック制御?リアルタイム制御?最適制御?

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自ら広く体験し、迷うこと、課題を「解く」よりも「発見する」こと、タイミングを逸するな、逸するとリカバリーが難しい

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などなど

伺っていて、ある共通の事柄がみつかりました。

1.一番先まで行くから、その先が見えてくる。

2.宿題をすぐに済ませて、未決箱がたまっていないから、新たな試みができる。

3.最先端の技術をすぐに取り入れる。

それぞれについて考えてみます。

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1.一番先まで行くから、その先が見えてくる。

南蛮菓子の伝来と貿易―グローバル・ヒストリー的に




1498年にポルトガル人バスコ・ダ・ガマが、アフリカ大陸南端を通る、喜望峰回りのインド航路を発見します。

一方、スペインの援助を受けた、ポルトガル人マゼランは西回りインド航路を発見すべく、南アメリカを回って、南アメリカ大陸南端に、マゼラン海峡を発見し、太平洋を東に進み、1521年にフィリピンに到達し、そこで死亡してしまいます。


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バスコ・ダ・ガマもマゼランも一番先まで行ったから、インド航路を発見することができました。

自分が得意な、心地が良いところにとどまっていたならば、この発見はできません。

一番先まで行くから、その先が見えてきます。

自分が得意な、心地が良いところにとどまって、もっともらしく予測、予想しているだけではダメです。

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2.宿題をすぐに済ませて、未決箱がたまっていないから、新たな試みができる。

多忙な人は複数のプロジェクト、締め切りがあります。

〆切ギリギリで対応する人と、さっさと済ませてしまう人に分かれます。

新たな発見をする人は必ず宿題はさっさと済ませてしまい、未決箱は、いつもカラの状態です。

〆切に追われていて、未決事項がたまっている状態では、新たな発見どころではありません。

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3.最先端の技術をすぐに取り入れる。

工学におけるコンピューターの役割については、

多分野の研究が生み出す、応用と相乗作用


工学の進歩は、コンピューターの進歩を取り入れて加速する。


工学研究は、人との出会いによる他分野、新技術、コンピューターの進歩の取り入れ


素晴らしい工学の研究者とお会いして、伺うことが、コンピューターの進歩の取り入れ(研究本体の解析の進化、に加えて、自動計測、データの可視化など研究周辺分野の充実)


ということです。




2017年02月28日

先週末の2/25(土)、26(日)は国立大学の前期2次試験

天候に恵まれ、交通機関の乱れもなく、受験生の皆さんは、日頃の実力を発揮できたこと思います。

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さて、合格発表の3/10前後までは、やきもきしながらも、取りあえずは一段落している時期かと思います。

ところが、あんまりのんびりしている場合でもないのです。

新入生の皆さん サークル新歓イベントに乗り遅れないように




4月は連休前までに、クラス・オリエンテーションと仲間づくり、学習科目の履修届、サークルの入部、など、やることが目白押しです。


と書きました。

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入学で浮かれていて、友達、通学等の環境が激変する、この時期に、上記のことが、輻輳、複層的に、リアルタイムで進行し、あなたが躊躇していると、あなたを取り残して、どんどん進行していきます。


新入生歓迎合宿、コンパなどが行われる4月下旬〜5月の連休を過ぎると、どのサークルも新歓イベントは一段落、となります。

それゆえ、この時期を逃すと、入るタイミングを逸してしまう感じになってしまいます。


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大学で何を学び、何を経験するのか?


大学生は課外活動で何を学ぶのか?




高校まではクラスメート、部活、塾というコミュニティー、

社会人になると会社というコミュニティーが中心で、比較的構造が単純です。

実は大学時代が、クラス、サークル、アルバイト、研究室、ボランティア、インターンなど、活動、コミュニティーが、最も輻輳化、複層化している時期かもしれません。


と書きました。

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大学時代は、このクラス、サークル、アルバイト、研究室、ボランティア、インターンなど、活動、コミュニティーが、最も輻輳化、複層化している時期なのですが、休学、留年すると、大きくバランスを崩すことになります。

同学年の友達と活動、イベントがずれたり、就活、卒論など、悩み、考えるテーマもずれてきます。

その結果、一緒に遊ぶ、活動をする、飲みに行く、友達をなくしてしまうことにもなります。

卒業式に参加しない学生の最大の理由が、「休学、留年したために、友達がいない」ことだったりします。


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上記では、「休学、留年したために、友達がいない」を書きましたが、

スタートダッシュに乗り遅れてしまうと、そもそも友達ができず、楽しそうにサークル、クラスで過ごしている他の学生を、うらやましく眺めつつ、「ひきこもり」なんてことにもなりかねません。

「ひきこもり」は少し大げさかもしれませんが、スタートダッシュで乗り遅れると、リカバリーが難しく、大学生活自体が充実しないものになってしまいます。

大学で何を学ぶのか?




「TAK」さんの価値観では、大学生活で大切なことは、「勉学・研究」「友達作り」「恋愛」でしょうか?

このうち、先生が教えてくれるのは、「勉学・研究」だけ。

他の大切な、「友達作り」「恋愛」は、自分で方法を探さなければなりません。

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大学では勉学が第一ですが、振り返ってみると、勉学よりもサークル活動などの課外活動、友達、恋愛などが記憶に残っています。

「TAK」さんも含めて、多くの社会人が、勉学については、社会に出てから、ニーズを明確にしたうえで、大学院に再入学して、勉強し直す人が増えています。

もちろん、「友達作り」「恋愛」だって、社会人になってからもしますが、大学時代のサークル活動などの課外活動、「友達作り」「恋愛」は、この時期にしかできない、貴重なものです。


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東大キックオフ会議、東大駒場の生活をよりよいものに




駒場の人文・社会科学の幅広い、豊富な人材、講義が非常に素晴らしいのですが、駒場の時はその良さをわからずに講義をさぼってしまい、大学院、あるいは社会に出てから、必要性、重要性に気づいて、聴講に来ることがよくあります。

教養課程で勉学をさぼってしまい、専門課程で思い直してしっかり勉強したとしても、教養科目の欠如は補うことができません。

タイミングを逃してしまうと、取り戻すのが難しいことがたくさんあります


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2016年度の東大入学式で、小川教養学部長より

自ら広く体験し、迷うこと、課題を「解く」よりも「発見する」こと


教養学部での2年間は、これをどう過ごすかによってその後の長い人生が変わると言ってもよいほど、大切な期間です。

まず、自分の世界を拡げる努力をしてください。それは、できるだけ広い学問分野に触れ、その中に入り込み、迷いを重ねることです。


の祝辞がありましたが、この大切な時期を迎えるにあたって、準備が必要です。

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2次試験の次は入学準備を 東大生協が入学準備説明会を開催

合格後のスケジュール 計画的に入学準備を進めよう

知らないと後悔!?〜第二外国語別のクラスの雰囲気

などを参考にしつつ、リアルタイムで、タイミングを逃さずに、スタートダッシュに乗り遅れないようにしましょう。




2017年02月21日

農学、食料生産技術から生命科学、バイオテクノロジーさらには社会、経済へ



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人々は早い時期から「火」を使って、煮る、焼く、炊く、などの調理行為を行ってきました。

ただ、肉、魚、などの生鮮食料品を家庭で保存できるようになったのは、昭和30年代の冷蔵庫の普及からです。

それまでは、肉、魚、などを長期に保存するには、煮干し、鰹節など、乾燥させていました。

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家庭で、冷蔵、解凍できるようになってから、生産、流通にも劇的な変化が起こっています。

食料の安定供給という、人類の長年の悲願は、食料生産技術、防疫技術という農業技術の進歩、及び、食料の冷凍保存技術、輸送技術の進歩により、20世紀後半に取りあえず達成されました。


食料という人間の生存に不可欠なものについては、太古から高床式倉庫によるコメなどの保存、塩、胡椒などによる肉、魚の長期保存、煮干し、鰹節など、乾燥保存などが試みられましたが、昭和30年代の冷蔵庫の普及により、ほぼ達成されることになりました。

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再生可能エネルギーによる電力が貯蔵できるようになると?




南蛮菓子の伝来と貿易―グローバル・ヒストリー的に


食物の冷蔵手段がなかった時代、食物の長期保存のために、塩、胡椒などの香辛料は重要で、その主要産地インドとの交易は大切だったのですが、陸路では輸送量が限られ、大量輸送が可能な航路の探索が重要な課題でした。



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食料の保存が難しかった時代は、人口は食料生産量に依存し、一時的な余剰はあっても、慢性的に不足していました。

食料の貯蔵技術が進んでいない時代には、飢饉など食糧不足に見舞われました。

昔の平均寿命が短く、著名人の寿命はそこそこ長いのは、食料危機になると、裕福な人以外は、栄養不足でなくなったためです。

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ところが、農薬の進歩、品種改良、機械化に加えて、冷蔵保蔵できるようになり、食料不足は原則的になくなり、むしろ価格を維持するための生産調整、食べられるのに捨ててしまうフードロス、などが問題となるようになりました。

平均寿命が伸びたのは、医療の進歩もありますが、食料の保存技術によるものが大きいです。


と書きました。

食料の保存技術による、安定供給は、上記のように人類に劇的な変化をもたらし、まだまだ課題はあるものの、食糧難は一応の解決を見ました。

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次に、通信について考えてみます。

再生可能エネルギーによる電力が貯蔵できるようになると?

電力をインターネット化するデジタルグリッド、で生活はどう変わる?


通信では、電話の時代には、送信者がかけた時に、受信者が受け取ることが原則で、双方の都合により、うまくいかないことが多かったものです。

ところが、インターネットと情報のメモリーによる蓄積により、メールで双方が都合の良い時間帯に、情報がやり取りできるようになりました。


インターネット、メールが普及する前の、主な連絡手段は、電話で、これは発信者、受信者が同時に対応せねばならず、

特に海外との連絡は時差もあり、大変不便でした。

上記のように、インターネットと情報のメモリーによる蓄積により、メールで双方が都合の良い時間帯に、情報がやり取りできるようになりました。


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通信は、飛脚、郵便など、人による輸送から、電信、電報、電話など電気電子による輸送により高速化されましたが、上記のように、インターネットと情報のメモリーによる蓄積により、メールで瞬時に送受信でき、双方が都合の良い時間帯に、情報がやり取りできるようになりました。これにより、連絡に使う時間が制限されず、都合の良い時間に対応すれば、よくなりました。


次に、電力エネルギーについて考えてみます。

再生可能エネルギーによる電力が貯蔵できるようになると?

電力をインターネット化するデジタルグリッド、で生活はどう変わる?

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蓄電池自体は鉛蓄電池など、昔からあったのですが、容量、エネルギー密度が小さく、価格も高価でした。

リチウムイオン電池などの急速な技術開発により、エネルギー密度が増加し、コストが軽減され、電力が余った時には貯蔵し、足りない時に、放出することが可能になり、供給と需要の「同時同量」が緩和されることになりました。


太陽光、風力などの再生可能エネルギーの余剰電力が貯蔵できるようになれば、化石燃料のよる火力発電の必要性が低下します。


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上記のような、「太陽光、風力などの再生可能エネルギーの余剰電力が貯蔵できるようになれば、化石燃料のよる火力発電の必要性が低下」までは至っていないものの、リチウムイオン電池などの急速な技術開発により、PC、スマフォなどが外出時にも可能になり、乾電池では達成されない利便性が得られました。


食料、通信、電力エネルギーが貯蔵できるようになって、今後、貯蔵したいものが「時間」でしょうか。

ただし、食料、通信、電力エネルギーなど、人間が作り出すものは貯蔵が可能ですが、自然の流れである「時間」は、ここしばらくは、どんなに技術が進んでも貯蔵はできないでしょう。

「時間」は、貯蔵はできませんが、圧縮、短縮はされています。

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産業、金融、社会革命は、交通、通信の発達により、時空間を不均質に短縮し、結果として均質化する


アインシュタインは「大きな質量の周辺では時空間がゆがむ」という理論体系を構築し、日食の時に、太陽の周辺では、星からの光線が屈折することを実際に観測し、その理論体系を検証しました。これが一般相対性理論です。

ただ、この「時空間がゆがむ」を実際に経験するのは、交通機関、通信機関の発達だったりします。

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時間とは何だろう?絶対的時間と圧縮される時間、空間


絶対時間の進捗は太古の昔から変化はありません。

「機械、エネルギーを使って、時間を速める。20世紀は時空短縮の世紀。技術はより速くを目指す。ビジネス、時は金なり。」

産業革命による交通革命、インターネットによる通信革命などにより、時間のスピードは劇的に速くなっている。人間の身体のリズムと社会のリズムを調和させるのは大変です。

時空の短縮、圧縮が最も顕著なのが、通信でしょうか。

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古代アテネでは、戦争に勝ったことを人が街まで走って帰って伝えました。これがマラソンの起源です。

19世紀中頃に電信が実用化し、瞬時に情報を遠方に送信できるようになりましたが、発信、受信できるのは、設備があるところ、送受信できる情報量も限られました。

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1905年の日露戦争の時、日本近海を航行するバルチック艦隊を目撃した宮古島の久松五勇士は、通信設備がある石垣島まで15時間、170キロの距離を必死に漕ぎ、さらに30キロの山道を歩き、15時間かけて、八重山郵便局から那覇の郵便局本局、沖縄県庁を経由して東京の大本営へ伝えられました。

1970年代前半までは、家庭の電話がまだ普及しておらず、郵便局から電信を発信してもらい、最寄りの郵便局から配達してもらう、電報が一般に使われていました。

携帯電話普及初期には通話可能域は限られ、通信できる内容も通話、メールくらいでしたが、衛星、光回線など、通信インフラが飛躍的に向上し、今ではスマートフォーンにより、個人が世界中どこにいても、どこへでも通話だけでなく、映像、動画の送受信が可能です

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交通でも、東京〜福岡間は、江戸時代は徒歩で数か月、昭和30年代には特急で18時間半、飛行機ができると2時間になりました。

昭和30年代には最低でも1週間の出張だったのが、日帰り圏になっています。

また、昭和30年代に「三種の神器」と言われる、テレビ、洗濯機、冷蔵庫が開発、普及し、主婦の家事が軽減し、食品の長期保存が可能になり、また、映像が日本中同時に見れるようになりました。

技術の進歩により、単に時間が短縮されるだけではなく、到底不可能なことが可能になりました。

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これは、時間が短縮されている、というよりも、時空が圧縮されている、という感じでしょうか。

ただ、時空が圧縮された結果、人々にゆとりが生まれたか、と言うと、逆で、情報があふれ、やれることが増え過ぎた結果、

人々の生活、価値観の変化も急激で、生物的な時空サイクルがついていけずに、疲弊しているのが現状でしょうか?

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技術の進歩による時間、空間の圧縮は留まるところを知らず、どんどん進むでしょう。

時空の圧縮に振り回されるのではなく、しっかりコントロールして、活用したいものです。


食料、通信、電力エネルギーと時間の対比により、短縮・圧縮は便利だが、忙しくなる、貯蔵できると豊かになる、ことを感じました。



2017年02月14日

東大・小川圭一郎教養学部長最終講義。「駒場に44年 化学徒の歩み」

の案内が来ました。

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2016年度の東大入学式で、

自ら広く体験し、迷うこと、課題を「解く」よりも「発見する」こと


教養学部での2年間は、これをどう過ごすかによってその後の長い人生が変わると言ってもよいほど、大切な期間です。

まず、自分の世界を拡げる努力をしてください。それは、できるだけ広い学問分野に触れ、その中に入り込み、迷いを重ねることです。


の祝辞が素晴らしい、小川教養学部長は化学の出身です。

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この季節は、最終講義の季節で、いろいろな分野の退職なさる先生方のお話を伺います。

理工系分野でも機械、化学、土木、生命科学など、いろいろな方面の先生方のお話を伺うのですが、共通しているのが、

工学研究は、人との出会いによる他分野、新技術、コンピューターの進歩の取り入れ

に書いた、

・最先端の観測、計測技術を取り入れること。自分の大学、研究施設にないのなら、世界、日本に数台、1台でも、持っている大学、研究機関に行き、そこの人と知り合いになり、そこに行ってコラボすること

・コンピューターの進歩の取り入れ(研究本体の解析の進化、に加えて、自動計測、データの可視化など研究周辺分野の充実)

でしょうか。

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さらには、優秀な人材を育て、巻き込み、世界中の研究者と競合、協創しつつ、築き上げていくことの大切さををあらためて感じます。

小川先生の専攻は有機化学、「TAK」さんも学んだ野村祐次郎先生ら、懐かしい先生方のお名前が出てきたのですが、ここでは「化学」よりも教養学部長としてのお話について考えたい、と思います。

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小川先生の上の祝辞は、多くの社会人が強く共感することだと思います。

「もし、大学入学式の時点まで、時間を戻すことができるなら、きっと、こうするのに」

実は、それを最も強く感じているのは、既に新入生を終えてしまった2年生、専門学科に進級した3年生、うまく単位を取得することができず、留年してしまい、同じクラスの友達と離れてしまった留年生、ではないか、と思います。

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東大キックオフ会議、東大駒場の生活をよりよいものに




駒場の人文・社会科学の幅広い、豊富な人材、講義が非常に素晴らしいのですが、駒場の時はその良さをわからずに講義をさぼってしまい、大学院、あるいは社会に出てから、必要性、重要性に気づいて、聴講に来ることがよくあります。

教養課程で勉学をさぼってしまい、専門課程で思い直してしっかり勉強したとしても、教養科目の欠如は補うことができません。

タイミングを逃してしまうと、取り戻すのが難しいことがたくさんあります


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大学で何を学ぶのか?




「TAK」さんの価値観では、大学生活で大切なことは、「勉学・研究」「友達作り」「恋愛」でしょうか?

このうち、先生が教えてくれるのは、「勉学・研究」だけ。

他の大切な、「友達作り」「恋愛」は、自分で方法を探さなければなりません。

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大学では勉学が第一ですが、振り返ってみると、勉学よりもサークル活動などの課外活動、友達、恋愛などが記憶に残っています。

「TAK」さんも含めて、多くの社会人が、勉学については、社会に出てから、ニーズを明確にしたうえで、大学院に再入学して、勉強し直す人が増えています。

もちろん、「友達作り」「恋愛」だって、社会人になってからもしますが、大学時代のサークル活動などの課外活動、「友達作り」「恋愛」は、この時期にしかできない、貴重なものです。


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基盤キャリアの形成は35歳まで、「最初にどこで働き始めるか」が重要




いくつになっても、その気になれば取り戻せるんじゃない、という声もありそうです。

「人生、いくつになっても遅すぎることはない」には、いくつかの意味があります。

諦めてしまうくらいならば、チャレンジした方がずっといい。

ただし、タイミングを逃してしまうと、取り戻すのが難しいことがたくさんあるのも事実です


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専門を深化する工学と俯瞰し、つなげる人文・社会科学




リベラルアーツ、教養って、若い、学んでいる時は「役に立たない」と思われることが多いが、ある時を過ぎてから、アイデアの基盤となり、視野を広げ、俯瞰的な思考のベースとなる、大切なものであることに、振り返って気づくものかもしれない。

というものです。

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大切さを経験した人は、まだ経験していない人に対して、何とか伝えようとするのですが、残念ながら、うまく伝わらない。

そして、経験していない人が、ある時に「こういうことだったのか」と悔やむことになる。

社会人になってからも勉強するのですが、タイミングを逃してしまうと、もったいない、リカバリーが難しい、ものも少なくありません。


多くの人が社会人になってから気づくのですが、大学ほど、知的環境に優れた場所はありません。多くの先生がいて、いろいろな講義が行われています。

自分の学部、学科のカリキュラム以外にも、他学部、他大学で興味深い、講義、ゼミが行われています。

この権利を放棄してしまうのは、もったいないことです。

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大学で何を学び、何を経験するのか?


大学生は課外活動で何を学ぶのか?




高校まではクラスメート、部活、塾というコミュニティー、

社会人になると会社というコミュニティーが中心で、比較的構造が単純です。

実は大学時代が、クラス、サークル、アルバイト、研究室、ボランティア、インターンなど、活動、コミュニティーが、最も輻輳化、複層化している時期かもしれません。


と書きました。

大学時代は、このクラス、サークル、アルバイト、研究室、ボランティア、インターンなど、活動、コミュニティーが、最も輻輳化、複層化している時期なのですが、

休学、留年すると、大きくバランスを崩すことになります。

同学年の友達と活動、イベントがずれたり、就活、卒論など、悩み、考えるテーマもずれてきます。

その結果、一緒に遊ぶ、活動をする、飲みに行く、友達をなくしてしまうことにもなります。

卒業式に参加しない学生の最大の理由が、「休学、留年したために、友達がいない」ことだったりします。


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小川先生の「自ら広く体験し、迷うこと、課題を「解く」よりも「発見する」こと」

に「タイミングを逸するな、逸するとリカバリーが難しい」を付け加えることとします。




2017年02月10日

人工知能で生き方が変わる、この時代の前になすべき教育とは?

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というシンポジウムの案内が来ました。

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智(knowledge)・技(arts)・絆(communication)を築くために、今何をすべきか?

に書いた、はこだて未来大学の美馬のゆり先生

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「映像の世紀」から「魔法の世紀」へ

に書いた、筑波大学の落合陽一先生など、「TAK」さんのお友達がパネリストとして登壇するので楽しみに行きました。

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ところが、パネルトークは、「そうですね」のような予定調和のものではなく、「それではダメ」「あなたは間違っている」のような激しい言葉が飛び交う、聞いていてハラハラするトークになりました。

なお、このシンポジウムの様子は、2017年2月25日(土)NHK Eテレ「TVシンポジウム」午後2時〜3時で放送される予定です。

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学校教育とは、少人数教育を採用したとしても、どうしても集団で行う、画一的なものにならざるを得ず、ひとりひとりの個性を伸ばすべきところを、抑えてしまう、消しゴムで消す、ことになってしまっていないか?

「偏差値が、いくつだから、どこの大学へ行く」という入口戦略よりも、「将来、これをやるから」という出口戦略が大切。

建築物をつくるには、日曜大工の経験だけではダメ、詳細、複雑な構造計算が必要

集団でのリーダーシップだけではなく、自分のことは自分で決めるリーダーシップ、解放されると何をしてよいのか、わからなくなる

圧倒的なサーベイによる、テクノロジーに基づく、エモさの追求、何が人に、自分に刺さるのか?


というお話はキャッチしたのですが、上記のような、パネリスト同士のバトルになったので、バトルをフォローするというより、バトルを聞きながら、「TAK」さんが考えたことを書きます。

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「人工知能」がホットなテーマなのですが、「人工知能」だけでなく、社会の変化が目まぐるしい一方で、教育制度が変わるには時間がかかります。

その結果、社会の激動の変化の中で、教育は対応が間に合わず、「何をやっているんだ」ということになってしまいます。

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その一方で、

大学センター入試によせて、大学入試で、志願者にみたいことは?




大学入試に求められることは勉強し、そうでないものは勉強しない、のは仕方がないことです。

大学入試センター試験に英語のリスニングが導入されたのは2006年以降です。

これ以降の学生、例えば、現在の大学生、大学院生は英語のリスニングを相当訓練しており、TOEFL、TOEICなどのリスニングでも、それほど困ることはありません。

一方、それ以前の世代は、英語のリスニング、スピーキングをTOEFL、TOEIC対策などで独自に勉強せざるを得なくなり、相当苦労してます。

大学入試センター試験の英語のリスニング導入は、確実に日本人の英語能力開発に有効だった、と言えそうです。


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中学入試、「学歴」で分断される日本社会



開成、麻布、駒場東邦、桜蔭、雙葉、女子学院中学校の入学試験の解答

をみると、近い将来の大学入試の変更をにらんで、記憶力を問うよりも、考えさせる問題が増えていることがわかります。


のように、大学入試が変わると、てきめんに効果が出たりします。

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変化の激しい時代、将来を見通した教育とは?

教育とは、自分の将来への投資

に書いたのですが、

一言でいえば、「教育」とは、「将来の自分」のための、基盤づくり、投資、とも言えるでしょうか?


江戸時代以前は、親の職業、農業、漁業、武士などを継ぐのが当然で、それ以外の選択肢がなかった(唯一の例外は豊臣秀吉)のですが、

明治以降、高等教育が行われるようになり、産業、経済の進歩により、高等教育にふさわしい職業が生まれ、建前上は、農民、漁民の子でも、高等教育を受けることにより、エリートの道が開けるようになりました。

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社会とつながる学びとキャリア形成とは?




以前は官僚、医者、教員、法律家など、職業が比較的固定化されていて、医者になりたいのなら医学部、裁判官、弁護士、官僚になりたいのなら法学部、教員になりたいのなら教育学部のように、将来の職業と大学の専攻が結び付きやすかったのですが、

ソーシャルラーニングとこれからの人材育成


・小学生の65%は、今はない職業に就く

・高校生、大学生が将来就くキャリアについて、全く知らない段階で学ぶのは難しい


と書いたように、社会の変化が急激で、グーグルなど、IT関連では急成長する産業も多く、大学入試時点で将来の職業を描くのは難しいのかもしれません。

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「学歴」で分断される日本社会なのか?




東大新入生でも、親が東大であるか、そうでないか、による「分断」

東大に合格した以上、こんな「分断」ないでしょう、と思われるかもしれませんが、確かにあります。

親が東大でない場合、東大合格を、人生の大きなゴールとみなすのに対し、親が東大である場合、東大合格とは、人生のスタート、通過点である、ことを認識しています。

両者では、大学生活の過ごし方に大きな違いがあり、結果も大きく違ってきます。


と書いたように、同じ教育を受けられるとしても、育った環境により、その活用は大きく異なります。

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大学教育では、基礎となる教養教育重視か、すぐに役に立ち、即戦力となる実学重視か、いつも議論となります。

工部大学校と日本の工学形成




工部大学校でも、学問理論重視か?実地経験重視か?で、だいぶ意見が分かれていたことが伺えます。

いつの時代も、すぐに役に立つ、という点で、学問理論よりも実地経験の方が望まれます。

一方で、新しい技術を生み出すには、学問理論をベースとした研究開発があり、それが実地に展開することが大切であることは、後の歴史が示す通りです。

結果的にみれば、工部大学校は帝国大学令により東京大学工芸学部(前年に理学部より分離)と合併、帝国大学工科大学となり、理論と実践を融合させることになり、日本の技術の原動力となりました。


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一高理科へようこそ―科学する心




戦前期の高等学校、いわゆる旧制高等学校を代表する存在であった第一高等学校では、卒業後さらに法律・政治・文学・科学・工学・農学・医学等を帝国大学に於いて学び、各分野の指導者となるべく督励された若人のための基礎教育が実施されていました。

旧制高校では教養教育、特にデカルト、カント、ショウペンハウエルが登場するデカンショ節のように、文学、哲学など文科系領域が重視されました。

その一方で、西洋近代化を急ぎ、理学、工学、医学の基礎教育もしっかり行われていました。

この時代は、西洋文明を急速に取り入れると同時に、取り入れた文明の普及も積極的に行われました。

工学については、官営八幡製鉄所、富岡製糸場のように、産業として導入され、また科学については、ニュートン、ラグランジェ、ライプニッツなどの業績を取り入れるだけでなく、上記のように、事実を観察し、記録し、実験する手法も普及していきました。


と書いたとおりです。

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さて、最近は、先生から学生への授業よりも、学生同士が学び合う、アクティブ・ラーニングが話題になっています。

「学びのイノベーション」が、いろいろな所で進行中

先生から教わるだけでなく、教わったことを、ネット技術を駆使して、さらに深く、広く調べ、自ら学んだことを、他の人々と共有して、他者からの価値を付加して、さらに実際に活用していく、新しい学びについて、いろいろな所でチャレンジが進んでいる。

ということなのですが、これを分解すると、

(1)インターネットを利用した大規模オンライン授業、紙媒体の教科書、ノートだけではなくタブレット端末を活用した授業

(2)インターネットを利用して、教わったことを「調べる」ことが大切に

(3)一人で勉強するだけではなく、グループでシェアし、創り上げていく

(4)学ぶだけでなく、学んだことを実際に活用する

という感じでしょうか。これらが同時に進行中です。

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「教わる」と「学ぶ」をつなげる大切な「調べる」


小中高校までの教育は、「教わる」と「学ぶ」に大別され、これまでの日本の学校教育は「教わる」に重きが置かれていて、もっと自分で「考える、学ぶ」ことが求められる、と言われています。

もっとも、自分で考える、学ぶ、前提として、「教わる」ことが大切で、例えば、物理学の場合、偉大な先人の業績を教わることなく、自分一人で学ぶとしたら、ほとんどの人が、ニュートン、アインシュタインどころか、アルキメデスの成果を超えることなく生涯を終えます。


変化が激しく、不確定な時代に対応すべく、教育も変わろうとしています。

ただ、はっきりした目標を目指す、というよりは、手探りで模索していく、ことになりそうです。





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