2016年12月06日

真珠湾を安倍首相が訪問へ 現職首相の慰霊は初めて

<首相、真珠湾へ>「戦争ない世界作って」被爆者期待と注文

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1974年にフォード大統領が、アメリカ大統領として、初めて訪日、その際に、昭和天皇のアメリカ訪問を要請し、1975年に昭和天皇のアメリカ訪問が実現。それから40年経て、オバマ大統領が広島訪問、安倍首相が真珠湾訪問。遅まきながら、戦後の収拾が進んでいきます。

今回の安倍総理のアメリカ真珠湾慰霊訪問は、率直に言って、オバマ大統領の広島訪問に対する返礼です。外交とは「相互主義」が原則です。相手国がするから、自国もする、というものです。

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ここで、これまでの背景を整理しておきます。

世界平和、日米関係とオバマ大統領の広島訪問について

国際社会でのパートナーシップとは、複雑で、常に動き、変化する生態系


日米両国は戦後は協調関係を築いてきましたが、真珠湾の奇襲攻撃、広島、長崎への原爆投下、

東京大空襲など、非戦闘地域への爆撃、など、戦争時点までさかのぼると難しい話がたくさんあります。

非戦闘地域への爆撃に関しては、日本も、偏西風を利用した風船爆弾を上げており、仮に空母、戦闘機が十分にあったならば、ロスアンゼルス、サンフランシスコなど西海岸の街は空爆していたでしょう。

つまり、今後の協調関係を築いていくうえで、過去の難しい話を蒸し返すことは得策ではありません。

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発散しがちなのですが、ポイントをまとめると、

・パートナーシップ構築には、周辺国との状況も重要

・今後の協調関係を築いていくうえで、過去の難しい話を蒸し返すことは得策ではない

・イギリスの歴史家イアン・ニッシュ「同盟がひとつの状態にとどまっていることはありえない」

・「外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する」


上記のように、「今後の協調関係を築いていくうえで、過去の難しい話を蒸し返すことは得策ではない。」のですが、両国の世論、状況のタイミングを見計らいながら、過去の修復の努力もしてきました。

日米の氷解

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1974年に当時のフォード大統領が、戦後初めて、どころか、1858年に日米修好通商条約が締結されてから初めて訪日します。

フォード大統領は、その際に、昭和天皇のアメリカ訪問を要請し、1975年に昭和天皇のアメリカ訪問が実現します。

日米が戦った太平洋戦争は、1951年にサンフランシスコ平和条約により、終結していますが、このフォード大統領の訪日、昭和天皇の訪米により、わだかまりも大きく解消することになりました。

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オバマ大統領についても振り返ってみます。

バラク・オバマの半生

かつての黒人奴隷が、いまや大統領になる、変革の国アメリカ

に書いたように、バラク・オバマ大統領は、父親がアフリカ人の黒人で、ハワイ州の出身、フィリピンにも住んでいました。

に書いたように


あまり名前が知られていなかった、上院議員時代に、民主党大統領候補指名の党大会で、基調演説を行うという役割を与えられ、その時の演説により、

一躍、民主党の新星として、当時、民主党大統領候補として確実視されていたヒラリー・クリントンを破り、大統領に選ばれました。


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大統領の主流は、東海岸出身の白人、その中で、父親がアフリカ人の黒人で、ハワイ州の出身、フィリピンにも住んでいた、バラク・オバマ大統領は、完全な「亜流」です。

主流ではなく、亜流だからこそ、イノベーションができたりします。


イギリス国民投票、EU離脱と60年日米安保

憲法と安保関連法案、戦争と平和の条件



サンフランシスコ講和条約(1951年(昭和26年)9月8日調印、1952年(昭和27年)4月28日発効)により、日本がアメリカの統治から、主権を回復するに際して、日米安全保障条約が締結されることになりました。

当時の国際環境は、朝鮮戦争の勃発に見られるように、冷戦下の東西対立の激化を反映し、極めて厳しいもので、日本の独立と平和を守るためにはアメリカ軍の駐留を前提とし、米国の協力を得ることが不可欠と認識されていました。

旧安保条約と呼ばれる、この条約「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」では、日本の防衛だけでなく、「内乱条項」など国内の治安維持にまでアメリカ軍に依存するものでした。

本来であれば、アメリカの統治下から離れるに際して、日米安全保障条約に併せて、憲法九条第二項「陸海空軍その他の戦力は保持しない。」についても、「陸海空軍その他の戦力は、自衛のための、最小限に限り、有することができる。」などと改正すべきであった、と考えます。

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1960年に安保条約が改定され、新安保「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」となりました。

新安保は「相互条約」という対等条約に一応は格上げし、アメリカ軍を駐留軍ではなく在日米軍として新たに駐留を認め、防衛上の問題が起きた時は”相互間で協議”して対処しようと対等性を協調したものになりました。この他に在日米軍化による法整備の為に、地位協定を取り交わす事になりました

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新安保条約は国会で強行採決されたましたが、与党自民党による慎重審議なくして強行採決を行ったことに関して反発した国会議員、労働者や学生、市民が国会周辺を取り囲み、大きな混乱となりました。当時の岸信介(安倍首相の祖父)内閣は混乱の責任を取り総辞職に追い込まれました。

後世から見れば、極めて妥当な選択なのですが、反発した国会議員、労働者や学生、市民が国会周辺を取り囲み、大きな混乱となりました。当時の岸信介(安倍首相の祖父)内閣は混乱の責任を取り総辞職に追い込まれました。

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当時予定されていたアメリカ・アイゼンハワー大統領の来日も取りやめになりました。

1960年時点では太平洋戦争を戦った日米は、まだまだ友好関係など、とは程遠かったのかもしれません。

安倍首相の言動をみると、後世から振り返れば、いいことをしたのに、当時の国民には受け入れられず、退陣を余儀なくされた、祖父の岸信介首相の無念を晴らそうとしている感もあります。


国際社会でのパートナーシップとは、複雑で、常に動き、変化する生態系

外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する


昭和初期の日本は軍部主導で、日米開戦のまっしぐらのような印象がありますが、実は日米開戦前夜まで、日米双方で開戦回避の努力もされていました

日米両国の国力の圧倒的な差を知っていたのは、ほかならぬ陸海軍、特に海軍であったでしょう。

ところが、当事国同士がいくら戦争を回避しようとしていても、戦争してもらいたい国もあります。

ヨーロッパでドイツ・ナチスはパリを占領し、ロンドンにミサイル攻撃を加えていました。

日本軍がイギリス、フランスの植民地がある東南アジアに進駐しましたが、両国に援軍を派遣する余力はなく、アメリカの参戦を望んでいました。

また、日中戦争で手を焼いていた中国もアメリカの参戦を望んでいました。

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事実上のアメリカからの最後通牒となった「ハルノート」は、日本が、特に陸軍の「意地と面子」が到底、受け入れられない内容で、日米開戦となってしまいました。

ほんのつまらないことから、「意地と面子」の問題になり、抜き差しならない事態に発展し、とんでもない結果を招く、のは、社会のいたるところで見ますが、国際関係では避けてほしいものです。


「外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する」という言葉で締めくくります





2016年12月01日

最近は人工知能の進歩が急速です。

将棋、囲碁のトップ・プロ棋士に勝ったり、医療の分野でも、ベテラン医師が診断できなかった症例を、大量の論文を検索・照合して、診断してしまうなど、

ディープ・ラーニングという人間の思考法を模した、深層思考法を導入することにより、精度も桁違いによくなり、2045年くらいには、シンギュラリティーといい、人工知能が人間の能力を超え、感情も持つようになり、人間のする仕事はなくなるのではないか?

と言われています。

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これから、どうなっていくのか?は、未知ですが、これまで、どうしてきたのか?は、事例を見ることにより、わかります。

高度経済成長時代以降とは、機械による大量生産、コンピューターによる自動化の歴史でもありました。

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この時代に、人がどう対応してきたのか?振り返ることにより、今後、人工知能にどう対応するのか?参考になりそうです。

多くの人は、「人々の仕事を人工知能が奪うことはない」という結論を待っているのかもしれませんが、実際のところ、現在の、多くの人々の仕事は人工知能に取って代わられることになるのではないでしょうか?

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一方で、人工知能が、これまで大量の時間、労力がかかっていた仕事を瞬時にやってしまう、

非常に便利な状況になるので、人々がやることが飛躍的に増大する、

推測をする前に過去の事例を見てみます。

なお、機械化、自動化だけでなく、産業の構造的変化も併せてみてみます。

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破壊的イノベーションの事例、職人の技、から機械による大量生産


高度経済成長時代に共通しているのが、農業、軽工業の機械化でしょうか。

高度経済成長時代までの農業は、人々の多くが農民で、人力が中心で、農地拡大が基本命題で、八郎潟の干拓などを行っていたのですが、

トラクターなどの機械化により効率化が進み、さらに化学肥料の開発などで、生産量は急激に上昇を始めました。

機械化により、農繁期の忙しさは緩和されましたが、逆に労働力が余り、余った労働力をどう使うか?が課題になりました。

また、日本全国で生産力が急上昇したので、逆に生産力が過剰となり、米価の価格維持のため、減反が行われるようになりました。

また、農業人口は激減しました。

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酒造醸造、繊維業などの軽工業では、機械化による大量生産が始まり出していましたが、

熟練職人の経験、技、勘は機械では無理、とされていました。

確かに、機械化の初期は、品質、性能は熟練職人に遠く及ばないのですが、

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破壊的イノベーション、新たな成長事業をどのように生み出すのか

に書いたように、機械の品質の上昇が進み、次第に追いつくようになり、逆に、質のばらつきが少なく、

また、生産力、コストは機械の方が圧倒的に有利で、ほとんどが機械化され、現在では、熟練の職人技は、工芸品に限定されるようになりました。


現在は、人の仕事が人工知能に置き換わってしまうのではないか?と懸念されています。

これについても、同様に、当初は人工知能の品質、性能は人に遠く及ばないのですが、やがて、追いつき、追い越すでしょう。



「日本再発見」構造が変わる時、合理化、効率化は延命策に過ぎない、新たな価値を見出すこと


昭和36年には、かつては日本の石炭産出量の1/4を占め、「月が出た出た、月が出た。三池炭鉱の上に出た。あんまり煙突が高いので、さぞや、お月さん、煙たかろう」の炭坑節で知られる、筑豊炭田も、エネルギーの石炭から石油への流れ、海外のコストの安い露天掘り、などの影響で全盛時を過ぎ、衰退期を迎えていました。

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落盤事故も加わり、多くの炭鉱が閉山しました。筑豊地方の自治体は、高額納税者が去り、生活保護者が増えて、財政危機を迎えます。

筑豊地方の炭鉱は400年の歴史があります。江戸時代までは、自給自足で必要な分だけ採掘すればよかったのですが、上記のように明治になって、八幡製鉄所ができて、大量の石炭が必要になり、大量に産出するようになりました。

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三井三池炭鉱など、少数の最新鋭の炭鉱は、最新の採掘技術、運搬技術を導入しましたが、それ以外の中小炭鉱は、特段の技術を導入することもなく、昔ながらの採掘、運搬でしたが、大量の需要があったので、問題ありませんでした。

炭鉱は、夏は涼しく、冬は暖かく、当時としては快適な環境。仕事は特に頭は使わず、簡単で楽で、給料がよく、労働者は好況時にはストライキなど尊大な態度を取ってました。

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ただし、上記のように、エネルギーの石炭から石油への流れ、海外のコストの安い露天掘り、などの影響を受け、多くの炭鉱が合理化、効率化を進めようとしました。

ところが、「仕事は特に頭は使わず、簡単で楽で、給料がよく、労働者は好況時にはストライキなど尊大な態度」から急に転換できるものではありません。

炭鉱はいつかは復活するのではないか、という漠然とした期待があったようです。しかし、現実は厳しく、弱者から廃業し、最強の数社だけ生き残りました。

しかし、徹底的な合理化、効率化を行った、最強の三井三池炭鉱でさえ、石炭から石油への流れ、海外露天掘り採掘の低コストには勝てず、やがて閉山します。



高度食料生産業への農業イノベーションは生産だけでなく、流通、消費も巻き込み多彩


米、太古よりずっと耕作地が足りず、開拓、干拓などにより、耕作地を増やしてきたが、1970年代以降は、耕作、生産技術の進歩により、生産量が増加し、仮に全農家が米を作ると、膨大な生産過剰になり、価格が崩壊するので、減反(一方で、税金による所得補償)による価格維持、対海外では700%の関税による流入防止、など産業としては矛盾をはらんでいる

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昔からの産業で、就労人口がそれなりに多いため、市場原理導入による合理化は難しい

農業、規制を外し、市場原理で動くと、強いモノしか生き残らない

農業では物流、流通、倉庫など、他産業では共同化による合理化、効率化が実施されていることが、ほとんど手づかず、逆に言うと、大きな可能性

形のよくない野菜など、市場では売り物にならないものも、市場を通さずに、直接、生産者と消費者を結びつけることで、有効に提供することが可能になる

農業に革新的イノベーションを持ち込む場合、JA、既存農家などが強く反発する



コンピュータと「巨大頭脳」


1940〜50年代にリレー式、真空管式など大型コンピューターが出現し、人が行っていた大量の計算を瞬時で行うようになりました。

これまで、大勢の人が数か月かかっていた複雑な計算を瞬時に行ってしまうこと自体、当時劇的だったのですが、コンピューターは情報を処理し、計算し、結論を出し、選択することができるのだから、自ら考えることができる、という考えが出てきて、1956年には人工知能という言葉が生まれます。

最近、話題の人工知能ですが、生まれは1956年とかなり古いものです。

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当初は、コンピューターは人間が作ったプログラムで、与えたデータを大量高速に処理するだけ、という見方が大勢でしたが、「論理的仕事」「知的労働」はコンピューターに向いているのでは、という考えもありました。

「人工知能」は、人の職業を奪うのでは、と言われますが、実際に、そろばん、計算尺で仕事をしていた大量の人々は、その職を失い、コンピューターに置き換わりました。

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上記のように、1940〜50年代にリレー式、真空管式など大型コンピューターが出現し、人が行っていた大量の計算を瞬時で行うようになってから、そろばん、計算尺で仕事をしていた大量の人々をはじめとして、多くの人間の作業をコンピューターが行うことになり、多くの人が職を失ったのですが、コンピューターを恨む声はあまり聞こえません。

それよりも、コンピューターのおかげで、上記の大量高速計算のように、これまで人間では、とてもできなかったことが可能になり、その結果、人間ができることが飛躍的に大きく広がりました。



機械化、自動化、さらにはコンピューター、インターネットの普及により、これまで大量の時間・労力を要し、ほとんど不可能と諦められていたことすら、瞬時にできるようになり、人々の生活は間違いなく、便利、豊かになりました。

一方で、それにより、仕事、職を失った人も大量にいます。

そろばん、計算尺で仕事をしていた人、駅の改札など、は、なくなりました。

また、アナログからデジタルへの進展により、写真館、レコード店なども大幅に減りました。

ただ、以前はなかった、ネットを活用したビジネスは大きく伸びています。

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もちろん、これまでの事例が、そのまま将来に適用できるわけではありません。

ただ、参考になるところは、いろいろありそうです。

人間と人工知能が、新しい時代を協創していく社会を創り上げていくことを期待しています。




2016年11月27日

東京工業大学COIシンポジウム「『以心電心』ハピネス共創社会」

という案内が来ました。

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急速に発達する生体情報やICTを取り入れつつ、人が互いの違いや価値を認めながらも、 コミュニケーションを通じて多様な絆で結ばれる「ハピネス共創社会」の実現を目指します。

大学のミッションは、

・高度な研究、教育を行うこと

・研究成果を社会に還元すること

であるならば、このプログラムは後者にシフトしたものでしょうか。

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「社会に役に立つことを研究する・学ぶ」と「研究成果を社会に活かす」の違い




研究、学びを大学の中で完結させることなく、その成果を社会に適用し、実装し、さらには他へも水平展開を図る

「研究成果を社会に活かす」と似た言葉に、「社会に役に立つことを研究する・学ぶ」があります。

「社会に役に立つことを研究する・学ぶ」は既に、社会で顕在化しているニーズについて、研究する、学ぶ、こと

一方、「研究成果を社会に活かす」は、その研究成果について、社会で顕在化しているニーズは、特にはなく、研究者と社会の人々がコラボしつつ、その研究成果の活用について、探り、新たな可能性を見出していく、ことになります。

多くの人が顕在化していない、潜在的なニーズの開拓、は苦手なのですが、ここからイノベーションが生まれ、新たな価値、分野が展開していく可能性があります。

「社会に役に立つことを研究する・学ぶ」ことも大切ですが、それだけではなく、「研究成果を社会に活かす」ことにより、イノベーションを生み出し、新たな価値、分野が展開していくのも楽しそうです。


と書きました。

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「社会に役に立つことを研究する・学ぶ」よりも「研究成果を社会に活かす」ことに肩を持って書きました。

ただし、社会で顕在化しているニーズについて、生体情報やICTなど、大学が有する技術を適用することにより、人々がよりよく、幸せに生活できるのであれば、積極的に乗り出すべきです。

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経理について、請求書、納品書など紙ベースで業務を行い、紙に記載されている事項を、エクセル、システムに手入力する

生命保険の特約、保険料について、自分で、その場でシミュレーションを行うのではなく、いちいち生保レディーに委託して、何日かかけて結果を持参してもらう

など、あえて現行技術を適用せずに、旧態然たる業態のままで、既得権益を守ろうとしている業界も少なくありません。

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さて、本シンポジウムでは三島東工大学長、小宮山元東大総長の挨拶がありましたが、とりわけ、小宮山元東大総長の挨拶が興味深いものでした、

・情報があふれている現在、他人の論文を読んでいる時間などない。近い将来に人工知能で主要論文を選び、要約することになる。論文を書いていればよいわけではない。

・イノベーションのエコシステム、プラットフォームをつくる。

・基礎研究は重要だが、社会に実装できる研究も大切。これが社会を動かし、変革する。

・専門を深く掘るだけでなく、横断的な研究が大切。

・技術からの発想だけでなく、「こういうものがあったらいいな」からの発想も大切

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いくつかの事例も紹介されました。

・コンテナは陸海空とも同じ種類にすることにより、トラッキングが容易になり、盗難、紛失が激減した

・飛行機だけでなく、列車もトラッキングすることにより、安全性が向上し、スピードも10%アップした

・駐車場、空きスペースをセンシング、誘導することにより、待ち時間が激減し、店舗の収益も向上

・視点をシフトして、常に問題を再定義していく

・人と人の関係、「隙間」の意味を考える

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実は、このプラグラム、採択時には最高評価だったのですが、現在、その中間評価は下がっています。

今後のリカバリーを期待します。




2016年11月22日

宇宙と思想をデザインする

という案内が来ました。

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宇宙と思想は、いずれも無限と超越に接し、そこから未知の外部へつながる道が通じている。この二つが交差するところに、生と知の新たな可能性が見いだされるのか。

この研究会は以前は小林康夫先生が主催されていて、その様子は

「デザインの哲学」と「哲学のデザイン」深めて、広めるコラボ

学問を実践に即して、自分の中で、再構築するのが人文科学

に書いています。少し抜粋すると、

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・人文科学の源泉としての哲学を、紙面上で言語で表現される思考ではなく、身体を媒介して現場に適用できるものに。人文科学とはカッコつきの「教養」ではなく、学問、研究を深い次元で結びつけるもの。学問は人と人の付き合いだから長く継続する。組織同士の付き合いだと変化で消滅する。

・ひとつの場から出発して、いろいろな経験、大変なことがあったけれど、すべて自分のためになっている。自分が楽しいと周りも楽しい。

・哲学は現場には役に立たない、紙面上の観念的なものだけではない。高度な思考は紙面上でなければ展開できないが。コンセプトだけではなく、現場に結びつくもの、身体を媒介して実行する。

・思考が育つ場所、哲学は自分一人だけでなく、他者と対話して築いていく。他者の存在が不可欠。

・大学教員は専門を超えたアウェイのことをやってこそ、意義がある。

・相手の言うことを単に認めるのではなく、批判するのでもなく、対話により、思いがけない価値を築いていく。

・組織に頼らない、人と人とのつながりで始まる。組織の付き合いは変化で消滅するが、人と人の付き合いは、1回こっきりではなく、長続きする。 

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・人文科学を「」付きの「勉強」「教養」にしてしまってはいけない。現場から遊離してしまっては、意味がない。

・異なる言語間でどれだけ対話が成立し得るか?文化的背景をどれだけ踏まえることができるか?

・学問は自由に行うだけではなく、時として、望まないものを強制的に学ぶことから、あたらしいものが生まれる。「自分の専門ではないから」と枠の中に閉じこもっていては、勉強にならない。

・身体のリズムがコミュニケーションの源泉、教育は場、身体、リズムが作る。

・人はどう生きるべきか?倫理は問い続けなければならない。

・「現場へ行く」という言い方。「現場」は自分とは離れた場所、通常関わることはないが、ある時だけ関わるというニュアンス。実際には、自分がいつも関わっている「現場」がある。

・ビジネス最前線の「現場」とアカデミアの「大学」の「ずれ」(視点、立場)が有効だったりする。

・学問、ビジネス、生活はお互いの境界を侵さないように行われてきた。今後は、境界を超えていくことにより、あたらしい価値を創っていく。ただし、衝突は避けられない。

・現場が「対象」で、研究者が表現するのではなく、現場の当事者が自ら表現する場をつくる 

・哲学は哲学者ごとに異なる。正解は全くない。 

・知識を蓄えた老教授ではなく、常に新しいものを求める学生であり続ける。

・「場」は自然にはできない。意識しなければ作れないし、維持するにはパワー、労力が必要 


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さて、今日は、

思想とデザインを宇宙する!?

宇宙にダメ出し! 

「巻き込まれる」という生き方〜コピーライターの仕事をデザインする

プロセス哲学の実践と哲学協創の試み

「○○ × 哲学」のデザインと実践

「哲学する場」をデザインする

というテーマのお話がラインアップされていますが、それぞれが関連するので、まとめて紹介します。

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同一性は「実」科学、地域や時代を超えた共同体を可能にする。

異質性は「味」文化、想像力や感情移入を高め、寛容性を養う。

知のバイラル、ウィルスのように広がっていく。

私たちは「物質」を通して、この世界を生きる存在である。

人は不条理には生きられる。人は無意味には生きられない。

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巻き込まれる→自分事になる→巻き込まれる、楽しさを実感する

無知は罪であるが、未知は可能性である。

自分と世界との戦いにおいては、世界を支援せよ。

宇宙を意識して、価値の体系を編み直す。

哲学する行為をデザインする。アカデミズムからの解放。

科学の知、誰かひとりが発見すれば、誰もが汎用的に使える。

哲学の知、各自が理解、納得して使いこなうことが大切。







2016年11月15日

東大、女子学生に月3万円の家賃補助

がネット上で、男子に対する逆差別、などなど、いろいろな議論を起こしています。

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東京大学は来年4月から、一人暮らしの女子学生向けに月額3万円の家賃を補助する制度を初めて導入する。

志願者、在籍者とも、に約20%にとどまる女子学生の比率を高める狙いで、「まずは女子の志願者増につなげたい」

対象は、自宅から駒場キャンパスまでの通学時間が90分以上の女子学生。

1、2年生が過ごす駒場キャンパスの周辺に、保護者も宿泊でき、安全性や耐震性が高いマンションなどを約100室用意。

家賃を月額3万円、最長で2年間支給する。保護者の所得制限もつけない。東大は現在、女子学生の40%が自宅以外から通っている。

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東大は、多様な人材による研究や教育力の向上を目指し、高校訪問や女子高校生向けのイベントを開くなど女子の受験を呼びかけてきたが、ほとんど増えなかった。

地方の入試説明会などで、女子の安全な住まいについて心配する保護者が多かったため、こうした支援に乗り出した。

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ネット上などで、いろいろな議論を起こして、意見を喚起すること自体が、東大の役割だったりして、その目的はしっかり果たしています。

「東大、女子学生に月3万円の家賃補助」が注目されていますが、「TAK」さんとしては、

「1、2年生が過ごす駒場キャンパスの周辺に、保護者も宿泊でき、安全性や耐震性が高いマンションなどを約100室用意。」が興味深かったりします。

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「TAK」さんは立場上、多くの東大女子学生、東大女子卒業生から、お話を伺う機会がありますが、多くの東大女子学生、東大女子卒業生が、いまだに「女の子のくせに東大など行くことない」と言われた経験がある、と言います。


このテーマについては、

「東大女子」「制約」となるか?「ブランド」とするか?

に書いたばかりなので、抜粋して掲載します。

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今年は東大に女子学生が入学して70年という節目の年です。

東大生の女子比率が約2割にまで増えた今日に至るまでの道のりを、それぞれの分野で道を切り拓いてこられた卒業生の女性の方々と辿りましょう。


男子が草食化した、よりも、女子の知性化が急ピッチ」という仮説



1890(明治23)年には東京高等師範から女子部が分離独立し、東京女子高等師範学校(東京女高師、現お茶の水女子大学)となったのである。

戦後の1948(昭和23)年、新学制による学制改革により、女子も希望する大学へ入学可能となった。


と女子の高等教育の歴史は、実質60年ちょっとと、まだまだ浅いものです

今でこそ、女子大生などという言葉は氾濫しているけれど、当初はセクシャリティーを意味する言葉でもありました

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東京大学で見ると、


1946年2月1日の「女子教育刷新要綱」により女子にも東大の門が開かれ、最初の女子受験生は108名と多くの女性がチャレンジしました。

108名の内訳は、東京女子大学25名、津田塾専門学校12名、帝国女子理学専門学校12名、東京女子師範学校11名、日本女子大学卒といった学歴をすでに持っていた人々が多かったようです。

すでに職業についていたものあるいは結婚生活に入って子供のいる人も混じっていて、現代の社会人入学の趣があります。

しかし、合格者は19名(女子合格率17.6%)。全入学者1026名の内の1.9%という少数派の出発をしました


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UTWO東大女子学生団体「憧れの女性から学ぶーあなたが一番大切にしたいことは?」


「TAK」さんが東大に入学した頃は、理科一類は全体が約千名で女子は10数名、文科一類、二類も合計が約千名弱で女子は30名程度だったでしょうか?

文学部、教育学部へ進学する文科三類はもう少し多かったですが、それでも女子は5%未満、というのが当時の東大でした

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数字で見る東京大学(2010)

によると、現在は女子学生は学部で(女子2663人/全体14172人)、大学院で(女子1589人/全体6752人)と急激に伸びています

マイノリティーであっても、それなりに数が増えてくると、いろいろな人が出てきて、少しずつ変わってきます。5%未満から20%と言えば、相当な変化です

テレビでも「東大美女軍団」のような人たちが紹介されたり、東大の女子学生が、まだまだ少なくても、必ずしも「希少」な存在ではなくなり、「女の子は大学なんて行かなくても」「女の子は東大なんて行かなくても」なんて時代は過去の遺物になりつつあるのでは、と考えていました

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ところが、まだまだ

「女のこなのに、東大目指すの?」

と言われたり、東大の中でも、マイノリティーゆえの苦労は、いろいろあるようです。だからこそ、こういった団体が、今頃、設立される訳ですが

ただ、マイノリティーゆえのメリットだってあるようです。


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「東大女子」が希少な存在だった時に、道を切り拓いてきた先人たちの苦労は計り知れません。

「東大女子」は、もはや希少な存在ではありませんが、いまだに先入観はつきまといます。

それを「制約」とするか、「ブランド」として活かしていくか?

個々人の問題とされがちですが、実は環境も問題も大きかったりします。

環境をどう切り拓いていくか?必要であれば、どう変えるか?乗り移るか?


さて、この制度、賛否両論あると思いますが、どう展開するか?楽しみです。





2016年11月10日

アメリカは金利引上げ予測、イギリスEU離脱、アメリカはトランプ大統領の可能性?G7サミットを迎えて、国際経済はどうなる?

と書いたのが今年の5月27日でした。

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イギリスEU離脱、アメリカはトランプ大統領、可能性としてはある訳だけれど、まさかないよね、と書いた、その「まさか」が2つとも実現してしまいました。

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米大統領選2016 開票ライブ

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を早い時期から見ていたのですが、ヒラリー・クリントン氏の楽勝という、大方の予想と反し、選挙人数が多い接戦州のフロリダ(25人)、オハイオ(18人)だけでなく、

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民主党が強くて、堅い、と言われていた、ペンシルベニア(20人)、ウィスコンシン(10人)もふたを開けてみれば、トランプ氏の勝利、全米で雪崩をうったような、地滑り的勝利でした。

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トランプ氏は女性蔑視、メキシコ国境にメキシコに費用を負担させて壁をつくる、など、移民対する厳しい発言、

日本、韓国など同盟国に対しても、駐留米軍費用負担の増額要求、核兵器保有を進言、など核拡散に反する発言

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で、国内、海外のみならず共和党内部からも厳しい批判がありました

にもかかわらず、共和党の一泡沫候補だったものが、共和党の指名を獲得し、さらには大統領にまでなってしまいます。

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ただ、その選挙結果を受け入れられない国民も多く、

UCLAで学生1000人以上が反トランプ氏デモ 

のように、多くのデモも起きています。

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大学のイノべーションとシンギュラリティ



地動説「地球が太陽の周りを回っている」とは、日常経験していることとは、相容れないことです。

身の回りをどれだけ、観察しても得られることは、正しい真理とは限らない、と書きました。

自然科学だけでなく、国際政治・経済も、身の回りの、自分のチャネル、ネットワークを観察するだけでは対応できない、ことを感じます。

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周辺に、きれいな女性だけ、はべらせ、インテリ層とは縁がなさそうなトランプ氏ですが、娘のイヴァンカさんはペンシルベニア大学ウォートンスクールを最優等で修了しています。


さて、今後の国際社会がどうなっていくのか?考える前にこれまでのことを整理してみます。

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世界平和、日米関係とオバマ大統領の広島訪問について

にバラク・オバマ大統領について、


あまり名前が知られていなかった、上院議員時代に、民主党大統領候補指名の党大会で、基調演説を行うという役割を与えられ、その時の演説により、

一躍、民主党の新星として、当時、民主党大統領候補として確実視されていたヒラリー・クリントンを破り、大統領に選ばれました。


アメリカ大統領は憲法上2期8年が上限ですが、多くの大統領が2期目の選挙にも当選し、合計8年間その職に就きます。

8年間同じ大統領ですから、次の大統領には、変化を求めます。

バラク・オバマ大統領も「チェンジ」をスローガンに掲げ、「Yes We Can」のシンプルな合言葉でした。

昔に回帰の感がある、ヒラリー・クリントン氏よりもトランプ氏という選択だったのでしょうか?

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ヨーロッパにおける移民問題とは?




アメリカのキッシンジャー、オルブライトの二人の元国務長官も、もとをただせば難民でした。

バラク・オバマ大統領は、父親がアフリカ人の黒人で、ハワイ州の出身、フィリピンにも住んでいました。

欧米の移民、難民の問題は、最近の問題ではなく、ずっと以前から内在し、その人々が国家の中枢も担っている


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グローバル化社会 植民地型と移民受入型




アメリカはもともと400年前に宗教の自由を求める清教徒がイギリスから移住した、植民地でした。その後もヨーロッパ諸国からの移民を受け入れ、やがて当時世界最強だった本国と戦い独立を勝ち得ます。

ただ、農業等では、労働力が足りず、アフリカから奴隷をつれてくる、などの問題もありました。その後南北戦争を経て、第1次大戦後には世界最強国になります。

ヨーロッパからの移民同士がすぐに融合した訳でもなく、また、インディアンなどの先住民との衝突、黒人等との人種問題はいまだに大きな問題です

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その後、第2次大戦、米ソ冷戦を経ても世界最強国の立場を守っています。

アメリカが本格的に帝国主義を強めるのは、米ソ冷戦の頃からで、世界中に基地、拠点を作ります

現在でも、ハーバード、MIT、スタンフォード、シリコンバレーなどは世界中の頭脳を集めています


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さて、日米関係についても、特に安全保障について、

日本はアメリカのアジア戦略の中心で、日米安保、在日米軍は不可欠、

という考え方から、変わらざるを得ない、

ということをトランプ新大統領から突き付けられた感もあります。

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国際社会でのパートナーシップとは、複雑で、常に動き、変化する生態系


日米パートナーシップは極めて重要なものですが、ペリーの黒船による浦賀来航以降、太平洋戦争をせざるを得なくなったり、

戦後は日米同盟が日本外交の基軸となる、など、多くの変遷を経ています。

・パートナーシップ構築には、周辺国との状況も重要

・今後の協調関係を築いていくうえで、過去の難しい話を蒸し返すことは得策ではない

・イギリスの歴史家イアン・ニッシュ「同盟がひとつの状態にとどまっていることはありえない」

・「外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する」


今後の国際社会はどうなっていくのか、しばらく見守りたい、と考えます。



2016年11月08日

明治神宮外苑の東京デザインウィーク会場で火事 展示品が燃え5歳男児死亡 11/6 

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アートとエンジニアリングの創発、融合、調和を目指す「TAK」さんにとって、大変残念な事件です。

建築について、

建築デザインという学問

建築的思考を演劇、アート、ファッションに展開する

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建築は、人が居住する建物、場、の設計、製作であり、工学的な構造計算、人の居住に適した冷暖房、照明、給湯などの設備設計、意匠など、デザインを総合的に行うものです。

理論、原理に従い、精密な計算を行いつつ、それを、人の居住という視点から、設計、建設していきます。

まさに、人間とエンジニアリングが出会う場所です。


と書いたばかりだったのに、本当に残念な事件です。

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直接の事故の原因は、本来は外に置くことになっている、照明用の白熱球を作品の中に置き、その熱が、おがくずに着火したため、と考えられています。

ただ、この作品は木のジャングルジムに、おがくずを敷き詰め、中からLED電球で照らす仕組みになっています。

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LED電球は消費電力は低いですが、ゼロではありません。発熱します。

『LED電球でも発火に至る可能性が有る』という事を証明する為の実験【本当に発火した】

白熱球にせよ、LED電球にせよ、発熱する物体、あるいは、電線のコンセントなど、接続部付近に、可燃性物質である、おが屑を大量に設置するなど論外のことです。

不燃性、難燃性素材を使うのが基本です。

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あるいは、おがくずを使うのであれば、中に発熱する電球、ショートするおそれがある電線を配置する直接照明ではなく、外から照らす間接照明にしなければなりません。

学生作品と言っても、担当教員、イベントの審査員も複数いたのに、誰も、こんな基本的なことに気づかなかったのでしょうか?

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神宮外苑イベント火災

学校作品展の実行委員長を務め多摩美術大教授は「消防法などに照らして問題のないよう、あらゆる手立てで準備していた」と、入念に安全対策を取っていたことを強調した。

法に照らして問題がないように、とは、最低限に必要な対応です。

安全性に問題がないデザインか?万が一、トラブルが起きた場合、迅速な対応が可能か?確認する必要があります。

一時期、想定外という言葉がはやりましたが、上記URLなどネット上での投稿を見る限り、事故の前から多くの見学者が、火災になる危険を感じていたようです。

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アートにメディア、ICTなどのテクノロジーが適用されるようになって久しいのですが、どんなに高性能、高機能でも安全性に問題があれば不可、という工学の基本を忘れないでほしいものです。





2016年11月06日

山中伸弥教授の「人生を変えるプレゼン術」とにかくココを意識せよ

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というサイトがあり、興味深いモノでした。

「研究者にとって、実験をしていい結果を出すというのは半分である」ということです。

残り半分は何かというと、「その結果を、どうやって人に伝えるか」が重要

プレゼンの成功・失敗は、このスライドづくりで、ほぼ勝負が決まるといっても過言ではない。

スライドは「できるだけシンプル」に

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スライドの発表は、紙芝居だと思っています。見せるのはあくまで「絵」であって、「文字」ではない。

「スライドにないことは、しゃべらない」。また、逆に「しゃべらないことは描かない」。

「こういう結果となった」だから「次にこういう実験をした」と、一枚ずつのスライドが「連続性」を持ったような説明

このプレゼン方法を導入したことが、私自身の研究にも意外な効果をもたらしてくれました。

自分が今、取り組んでいる実験と、次にやるべき実験は何か。ふだんからそのことを意識する必要に迫られ、思考方法や実験手法を見直すことにつながった

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さらに、

優れた研究論文の書き方

というサイトも見つけました。

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とにかく書く

鍵となる アイデアを見つける

物語を伝える

貢献を明らかにする

関連研究は あとまわし

読者を第一に

読者に耳を傾ける

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研究してから論文を書くのではなく、論文を書いてから研究する。フレームができていると、追加、修正が容易。

論文は研究成果を報告する手段だけではなく、他の人々とコミュニケートする媒体である。

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研究そのものだけでなく、それをどう伝えるか、それを媒体にどうやって、人々とコミュニケートするか?もっと考えるとよさそうです。



2016年11月03日

建築をひらき、まちをひらく 〜オープンハウス・ロンドンの25年〜

という案内が来ました。

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ロンドンでは、市内の約750棟の建築を一斉公開する取り組み「オープンハウス・ロンドン」が毎年9月の恒例行事として定着して久しいです

都市建築のデザイン、創造性に市民が触れる機会、場として設けられました。

建築だけでなく、人と人、市民と専門家、行政が触れ合う場となり、対話が生まれるようになりました。

地域創生、まちづくりについて、日本でもいろいろな取り組みが行われ、

祭りのような非日常的なイベントを行ない、外部の人々に来てもらう試みはあります。

ただ、建築を公開するオープンイベントは、大学、研究機関では行われますが、街づくりでは、あまり聞きません。

このロンドンの事例から学ぶことがたくさんありそうです。

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まちづくりについては、

コミュニティーデザイン、人がつながり、活動する仕組みとは?




コミュニティーというと、以前は地域コミュニティーのような、集まりが考えられましたが、インターネットの時代になって、地域という、空間的な制約を超えて、時には国境も超えて、人々が集まるプラットフォーム、

組織が「壁」があり、出入りが制約され、閉ざされている、のに対し、コミュニティーは、オープンで、出入りが自由、なのが特徴だったりします。

ハードからソフトという流れが主でしたが、最近、逆にハードの重要性が見直されてきました。


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将来への架け橋としての博物館、美術館、図書館




「箱物」行政と言うと、建築物を作って、職員も雇うのだけれど、ほとんど利用されず、税金の無駄遣い、のような言われ方をしていたことがあります。

ところが、最近では博物館、美術館、図書館などの「箱物」が元気です。

来る人を待っているだけではなく、活動の幅を広げて、いろいろなイベントを行っています。

「箱物」のいいところは、とにかく、人が集まる、物理的な「場」があること

共通のテーマに関心がある人が集まると、人と人のネットワークが生まれ、また、新しい動きが起きます


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文化の醸成に大切なのはふれあいの場




文化的環境の整備を目的に帝国劇場が作られたが、劇場で上演される演劇もさることながら、実際にはより重要だったのが、開幕までの時間を過ごす場、通路では政財界の知名人、文化人が挨拶を交わし、談笑するサロンの役目を果たした、ということ


コミュニティーデザイン、多様な人が集まり、つながる「場」をつくるには




人が集まる「場」の重要性が見直されてきています。

ネットの時代だからこそ、リアルな「場」が大切だったりします。


コミュニティーが選択されるのか、

「場」が、人が集まり、栄えるのか、人が去っていき、寂れてしまうのか、

は、「何をやる場なのか?」に加えて、「どんな人が集まっているのか?」が大切だったりします。

楽しそうな人が集まっていると、多くの人が集まってくるし、閉鎖的な内輪感がすると、去っていきます。


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建築についても、

建築デザインという学問

建築的思考を演劇、アート、ファッションに展開する


建築は、人が居住する建物、場、の設計、製作であり、工学的な構造計算、人の居住に適した冷暖房、照明、給湯などの設備設計、意匠など、デザインを総合的に行うものです。

理論、原理に従い、精密な計算を行いつつ、それを、人の居住という視点から、設計、建設していきます。

まさに、人間とエンジニアリングが出会う場所です。


のように考えてきました。

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早速出たお話をまとめます。

・オープンハウスで公開する建築は、必ずしも重要文化財ではなく、むしろ生活文化を伝える建築。生きた文化を伝える。

・祭りという非日常の時に、いつもの街を普段と違う、使い方をすると、新しい発見がある。

・シビック・プライド:都市に対する誇りや愛着。ここをより良い場所にするために自分自身が関わっているという意識を伴う、当事者意識に基づく自負心

・シビック・プライドは与えるものではなく、個人の中で醸成されるもの。デザインすべきは、シビック・プライドを醸成するためのコミュニケーション。

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・人々はほとんどの時間を建築物で過ごすにもかかわらず、一部の専門家以外、建築についての教育を受けない。

・オープンハウスは、建築や都市のデザインについて知ってもらうことで、生活環境に関する興味を高め、都市に関して関与していくきっかけを与えるのが目的

・都市の大規模開発は、仮囲いの中で行われ、いつの間にか完成し、誰かがつくって押し付けられる、のではなく、工事段階から公開し、街の人たちと一緒に造っていく




2016年10月24日

「一橋大学における高度経営人材の育成―― 一橋ビジネススクールの発足に向けて」

という案内が来ました。

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一橋大学には既に、

国際企業戦略研究科(実務経験3年以上の者を対象に国際的なビジネスのプロフェッショナルを養成するプログラム)

商学研究科経営学修士(HMBA)コース

など、MBAコースが既にあるのですが、これらを統合してビジネススクールとする予定とのことです。

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ある程度の実務経験を積んだ社会人を対象にMBAコースを提供する取り組みは、一橋大学だけでなく、東大、慶応、早稲田などでもかなり前から取り組んでいます。

今回のプログラムを見ると、平日夜間、土曜日に開催、と社会人に働きながら来てもらう、ことを想定していて、かなり社会人を意識したビジネススクール、とお見受けします。

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「TAK」さんはMOT(技術経営)は修了しましたが、MBAについては単位交換制度を活用しての履修ということで、詳しい事情は分かりませんが、

マーケティング、ファイナンスをベースに、実務をこなすだけでなく、その背景にある理論にも着目し、それを的確に理解することにより、実務の遂行を、俯瞰することにより、レベルアップを図る、と考えます。


MOT(技術経営)では、社会人の実務経験と学生の新鮮な発想の融合が好まれ、25%程度は社会人がいてほしくて、ただ、それ以上の社会人比率になると、グループワークなどでのアイデアが、おとなしい、陳腐なものになってしまったりします。

一方、MBAでは、上記のように3年程度の実務経験がないと、事例の検討が難しいようです。

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社会の変化に対応した技術経営(MOT)の進化

に、


「MBA、MOTは、今ではビジネスには使えない。」のような言葉をよく聞きます。

これは正確ではありません。

社会、時代、技術が急激に変化しています。

それなのに、以前のMBA、MOTのテキスト、カリキュラムを持ってきて、適用しようとしても、ムリがあるのは当然です。

それゆえ、各大学等教育機関のMBA、MOTのカリキュラムも大きく変化したり、あるいは新たなプログラムが加わっています。


と書きましたが、技術経営(MOT)だけでなく、MBAでもICT、IoT、人工知能などの科目が不可欠になります。

一橋大学の先生方は、これらの活用事例については、優れた知見をお持ちだと思いますが、やはり工学系の先生の参加が、この分野では望まれます。

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東大でも一時、社会人を対象としたビジネススクールの設置を検討したことがありましたが、

ビジネススクールよりも、東大が持つ、幅広い分野の専門家によるリベラルアーツを中心とした

東大EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)

を進めることになっています。

修了後も修了生が参加できるプログラムが豊富にあり、人的ネットワークも、修了生が他分野のため、相当広がっているようです。

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ビジネススクール、どんなクラスメートと一緒に学ぶのか?が大切




ビジネススクール修了生の方からお話を伺うと、

「MBAコースではマーケティング、ファイナンスなど、ビジネス、経営の基本をコンパクトに学ぶことができます。

学んだことに加えて、大切なのが、グループワークなどを通じて、

自分以外の他の人々の考え方を知ることができます。

この多様な人々との学ぶプロセスが大切です。

ただ、最も役に立っているのは、一緒に学んだ人々との人的ネットワークです。

これは何物にも代えがたいものです。」

というお話が返ってきます。

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行こうとしているビジネススクールに、どんな専門の先生がいて、どういった研究をしているか、

については十分に調べると思います。

これにより、集まるクラスメートも、ある程度決まっています。

ただ、どんな分野のクラスメートが集まるのか、修了後、修了生はどういう道に進んでいるのか?

同窓会的な組織はあるのか?

実は、このような一見すると「周辺情報」と思われる事項が、案外重要だったりします。


と書きました。

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プログラムの内容を見ると、財務、会計、マーケティングなどを主体とした参加者が集まりそうですが、今後どう展開していくのか、楽しみです。







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