2008年04月

2008年04月30日

「インターネットの株、FXで大儲け、あなたもやりませんか?」という案内が山のように届きます。

お金儲けには、興味はありますが、あまり手は出さない「TAK」さんが、基本から考えてみます

なお、タイトルは「インターネットの株、FXで大儲け、あなたもやりませんか?」なんてすると、変なアクセスが増えるので、「やさしい経済学、資本主義のすすめ」というアカデミックな路線です。


商業とは、安くものを仕入れて、高く売れるところで、売って、利ざやを稼ぐ、というものでしょうか?

これにさらに、海を越える、国境を越えるために、船が必要、のような障壁が加わったものが、貿易でしょうか?

ヨーロッパに胡椒を手に入れるためのインド航路の発見、嵐の中を江戸にみかんを運んだ紀伊国屋文左衛門などなど、「商業とは、安くものを仕入れて、高く売れるところで、売って、利ざやを稼ぐ」で大儲けした人が昔からいます。

東西の交易の中心は栄えてきました。織田信長は、この交易からの収入に目をつけて、楽市・楽座を奨励しました


産業とは、資本家が大規模な機械、設備を購入し、安い労働力を集めて、製品を製造し、原料費、労働費を上回る金額を、商品の売り上げにより得る

労働者の賃金は、他との競合で決まるのでしょうか?人手不足であれば高賃金、余っていれば低賃金、ということでしょうか?


銀行などの金融業は、上記の商人、企業が商品、原材料などを仕入れるゆとりがない場合、いろいろなところから集めてきた資金を融資し、後で、彼らの儲けから、利子をつけて返してもらう。


極めて簡略化した資本主義とは、このようなものでしょうか?

つまり、基本は「安くものを仕入れて、高く売れるところで、売って、利ざやを稼ぐ」です。

高く売れるためには、それをどうしても必要とする人がいて、他にない、まねされない、ことが条件です。

また、今、高く売れるものが、いつまでも高く売れる保証はありません。

例えば、胡椒は食品の保存に使われましたが、冷蔵できるようになると、香辛料の役割だけになり、価値が大幅に下がりました。

ものには「情報」も含まれます。

ただ、「情報」は自分以外の人に渡した瞬間に、コピーされてしまうかもしれません。取り扱いは慎重に。


金融自由化、インターネットの普及により、国際為替、株の取引に個人も参加できるようになりました。

為替の乱高下は、少しでも高い利ざやを求めて、お金が、まるで、世界中を彷徨うジプシーのようです。

原油、食物市場の高止まりは、行き場を失い、ついにリスクの高い商品市場にも手を出さざるを得なくなった、資金の運用の現状でしょうか?

これを「安くものを仕入れて、高く売れるところで、売って、利ざやを稼ぐ」に当てはめてみましょう。

「インターネットの株、FX」は

・「安くものを仕入れられる場所」「高く売れる場所」を見つけて、世界中の金が彷徨っている

・小豆、大豆などの商品相場は「危ないから素人が手を出してはいけない」と家訓で言われていたが、手を出さざるを得なくなった

・情報は、インターネット上にすぐに配信されてしまうから、取って置きの情報は「インサイダー情報」しかない。

というところでしょうか?

すると、天才的なプロフェッショナルは別として、素人は、まぐれ当たりすることはあっても、コンスタントにヒットを打てるものではない、ということになりませんか?

確実に儲けているのは、「参加する場を設定し、儲かった参加者からも、大損した参加者からも参加手数料、取引手数料を取る」金融・証券機関だけかもしれません。


それはわかったけど、では、「TAK」さんは、どうやって、「安くものを仕入れて、高く売れるところで、売って、利ざやを稼ぐ」のかって?

知っていたって、教える訳ありませんよね!




2008年04月29日

オリンピックは「平和の祭典」ではなく「国際政治の祭典」

これは、今回の世界で行われた北京オリンピックの聖火リレーを見てだけのことだけ、ではありません。

ただ、長野の聖火リレーを見ても、

野球の星野仙一監督、萩本欽一さん、卓球の福原愛ちゃん、元マラソンメダリストの有森裕子さん、水泳の北島康介選手、などなど

通常の日本の状態で、彼らが走ったならば、多くの市民からの暖かい声援があるでしょう

極めて異常な事態、と言わざるを得ません。


でも、今に始まったことではありません。

古い歴史から紐解きます。

・1936年のベルリン・オリンピック

ナチス、ヒットラーはこれを開催するために、ユダヤ人弾圧、有色人種(特に黒人)差別発言を一時、抑えます

なぜヒットラーがオリンピックを開催したかったか?その後の歴史が物語っています。

・1960年ローマ・オリンピック、1964年東京オリンピック、1972年ミュンヘン・オリンピック

第2次世界大戦の主要敗戦国が、順番に開催しています。国際社会への復帰を意味しています。

・1968年メキシコ・オリンピック、1988年ソウル・オリンピック

先進諸国だけではなく、中南米のメキシコ、アジアの韓国でも、オリンピックが開催できることをアピールするものです。

・1976年モントリオール・オリンピック、1996年アトランタ・オリンピック

これは国際政治には関係ないでしょうって?

う〜ん、どうでしょう?

フランス系住民の独立の気運が高かったカナダ・ケベック州のモントリオール

アメリカの南北戦争の南部拠点アトランタ

カナダ、アメリカの国内ので意味合いはどうでしょうか?


中でも、一番政治色が色濃く出たのが1980年モスクワ・オリンピックでしょう

ソビエト軍のアフガニスタン侵攻への対抗措置として、アメリカの当時のカーター大統領が参加ボイコットを呼びかけ、日本選手団も参加を取りやめました

柔道の山下泰裕選手、マラソンの瀬古利彦選手、水泳の長崎宏子選手ら、有力なメダル候補がいましたが、政治的理由で出場できませんでした。

山下選手は次の1984年ロサンゼルス・オリンピックで金メダルを取りますが、瀬古選手、長崎選手はメダルを取れませんでした。

彼ら、彼女らの思いは、測り知るよしもありません。


さて、今回の北京オリンピック聖火リレーへの抗議は、チベット問題が原因、とされていますが、本当にそうでしょうか?

日本国内だけでも、中国との懸案事項は、冷凍餃子問題、東シナ海油田問題、越境公害問題、など、いろいろあります。

真相はよくわかりませんが、メディア報道の限りでは、中国の態度は強硬です。

人口、市場、生産規模の巨大さを背景に、世界に対して、強硬な態度に出ている感があります。

チベット問題は大義名分で、その実は、世界各国の中国の強硬な 態度への不満の爆発、というのは、うがった見方でしょうか?


取り止めがなくなりましたが、残念ながら、オリンピックは「平和の祭典」ではなく「国際政治の祭典」のようです。




2008年04月28日

何気ない知的対話から何かが生まれるカフェ

誰かが思いを発信すると、別の誰かに共鳴して、つながりができるカフェ

「TAK」さんが日頃から望んでいるものです。

連休前半にひとつ細い、見えなかった糸がつながりました

否定的な発言をする前に、場を確認しましょう!で紹介した、東工大の社会人大学院です。

村上 陽一郎教授(元・国際基督教大学)『科学・技術の変質 - 歴史的観点から』の研究事例が採り上げられました。

元「教え子」の「TAK」さんは、熱い思いを抑え切れずに、掲示板に次のような書き込みをしました。


○○先生の授業で、村上陽一郎先生のお話がでましたが、私は大学教養課程の時に、村上陽一郎先生のゼミを取っていました。(何年(何十年)前かしら?)少し長いですが、補足させていただく存じます。

●外部にクライアントが存在する技術者、集団内で自己完結的な科学者(但し20世紀前半まで)

技術者は人類発祥すぐ,からいたのでしょう。家をつくる建設技術者、武器、道具をつくる技術者、病気を治す医療技術者などなど

「技術を持っている人・集団」が、その集団外の技術を持たない人たちに対して、対価をもらって行われました。

「飯の種」ですから、非公開で、親方から少人数の決められた弟子にのみ、伝承されました。

一方、数学・物理学などの科学は近代になって、「神の意思を読み解く」哲学から分化しました。

科学は科学者自身の興味、好奇心を満たすために、行われました。科学者集団の内部で、自己完結的に行われました。集団の外部にクライアントはいません。

優秀な科学的発見には、発見者の名前がつけられる「ごほうび」がありました。
マクセルの電磁方程式、ボーア理論、プランク定数、などなど

●フランス革命とエコール・ポリテクニークの登場

技術者は「貴族」とみなされ、フランス革命時に処刑されてしまい、技術者不足が起こりました。この状態の解決のため、技術者の教育機関「エコール・ポリテクニーク」が登場しました。

飯の種として「非公開」とされ、徒弟制度の中で、親方から弟子へのみ、伝えられていた「技術」が、「公開」されることになりました。

●デュポンのナイロンの開発、マンハッタン計画(1930年代 科学者が産業へ参加)

ハーバードで化学の教授をしていたカロザースが、デュポンのナイロンの開発に携わることになります。彼は「金額を自分で書いてよい」小切手を渡されましたが、結局、自殺することになります。


●村上陽一郎先生の近況

3月いっぱいで国際キリスト教大学を退任されました。

3/30の退任記念会ではお得意のチェロの演奏を披露されました。美智子妃殿下も来られて、大盛況でした。

4月からは東大教養学部の特任教授をされています。関心のある方は御聴講下さい!





すると、同じクラスの、まだお話したことのないU子さんから書き込みがありました。


そうでしたか?

○○先生の講義の中で村上陽一郎氏の名前から、ひじょうに古い記憶を呼び起こして感慨にひたっていたのは私一人ではなかったんですね。

じつは昔、早稲田のYMCAで村上先生を文化祭の講演者として招いたことがありました。講演のあとのYMCAの学生のみの座談会でもかなり活発な議論がかわされたのを懐かしく思い出しました。

たしか、『近代科学と聖俗革命』という本を題材に、17世紀の科学はまだ神の意志の解釈であり、科学が宗教から独立した学問領域となったのは、常識に反してずっと後のことであるようなお話をされたと思い
ます。

17世紀はまさに、ケプラー(1571〜1630)ガリレオ(1564〜1642)デカルト(1596〜1650)ハーヴィ(1578〜1657)フック(1635〜l703)、ボイル(1627〜91)、ハーレイ(1656〜1742)そしてニュートン(1643〜1727)と近代科学の基礎になる発見・発明が矢継ぎ早に発表された世紀でした。

ここで、「発表された」という表現を使ったのは、その崩芽となる考えは16世紀から徐々に提案されており(時代により採用はされなかった)、17世紀になってようやく科学的思考の産物が発表される思想的・政治的・経済的が準備されたため、公になったという意味です。

村上先生の講義に触発され、いろいろなことを調べておりました。

それが今の遠い源流になっていることを思うと、なんとも縁というものの不思議を感じざるをえません。

あまりなつかしかったものですから、書き込みました。。。



その場では、機会が見つけられず、発言できないまま。その場に、同じ思いの人がいたことも知らずに。

その熱い思いを、思い切って、発信すると、思わぬつながりが見えてくる

これが知的カフェの醍醐味でしょうか?

とにかく、ひとつ、つながったので、とっても気分が爽快です


それにしても、自分の講義で紹介した「村上陽一郎先生」の昔話で盛り上がっている社会人学生たち、の書き込みを見て、○○先生はどう思われるのでしょうか?

村上陽一郎先生のように、いつまでたっても古い記憶をたどった話題で盛り上がる先生を目指すのか?

それとも、単に「あいつら、関係ないところで盛り上がりやがって」と、また、ぷっつんしてしまうのか?

○○先生の器量が前者であることを希望しております。





2008年04月27日

マイミクのK_Tachibana さんのおもしろい記事がありました。


食べていくには会社の仕事も重要.だけど,会社の仕事「だけ」やっていても,経験値は上がっても自分自身の人材育成や自己実現につながるかどうかは,はなはだ疑問です.

セミナーではなく,自由に議論できるサイエンスカフェを渇望するのは会社の仕事「だけ」では決して満たされないからだと思います.

会社という「たこ壷」から抜け出て,楽しみながら自分自身を高めることにもつながる,自由なディスカッションができるサイエンスカフェ


科学コミュニケーションの「内輪化」?でカフェ主催者側の課題を述べましたが、今度は参加者側の課題を考えてみます。

別にサイエンスカフェに限りません。キャリア・カフェでも経済カフェでも経営カフェでも文学カフェでもOKです。


カフェに集まる人は、「食うに困っている」人ではありません。

ちゃんとした職業に就き、それなりの収入もあります。いわゆる「中の上」「上の下」くらいの人たちでしょうか?

世間的な目から見れば、「何の不満があるんだ」ということかもしれません。

なのにこの人たちは、K_Tachibana さんが言うように、「渇いている」のです。

人によっては、「上の下」の収入、地位を棒に振って、渇きを満たすために、無収入になる人もいます。


K_Tachibana さんの会社の例を、「TAK」さん流に解釈します。

会社に入った新入社員は、「人の顔を覚えろ」と言われます。

まず、会社の中の人を知ると、仕事がスムーズにいく、というものです。

中堅になると、もっといろいろ「つまらない知恵」が身につきます。

「次の常務連絡会にこの案件を通すためには、消極的な○○専務、××部長にプッシュしないと」

これらの知恵は、社内では大変役に立ちますが、それ以外の社会では、ほとんど役に立ちません。

「これだけでは、ないよな?」物凄い渇望があります。

渇望について、企業の立場から書きましたが、「産」「学」「官」を体験した「TAK」さんにすれば、すべての立場に渇望感があります。


この渇望した人たちが、カフェに集まります。

「渇き」が満たされる場合もありますが、満たされない場合が、ずっと多いかもしれません。

これは主催者側の問題というよりも、参加者側の問題が大きいようです。


K_Tachibana さんは言っています。


もしかすると,サイエンスカフェでなくても,自主ゼミであってもいいのかもしれません.

仕事の利害関係を排除した自主ゼミのようなものはなかなかないですが.


「TAK」さんが参加して、感激したカフェが2つあります。

アインシュタインの夢と超弦理論

聞こえる100年前の声〜樺太アイヌ、パリ万博のゲイシャ〜

どちらも、ここで学んだこと、話し合ったことが、明日からの仕事に役に立つ訳ではありません。

でも、心の中にしみいるような深い味わいがありました。なぜか?はうまく言葉では言い表せません。でも、感激しながら、家路に着いたのは事実です。

両方とも東大・駒場で行われましたが、終ってから駒場のキャンパスを歩いている時、帰りの電車の中で、まるで「夢遊病者」でした。


「科学コミュニケーションの「内輪化」? 」を嘆いている暇があったら、主催者、参加者をつなぐのが、「産学官プロデューサー」のミッションかもしれません。




2008年04月24日

委員会などで話をする時に、DVDのブルーレイ方式とHD-DVD方式で前者が標準となった例を採りあげるならば、敗れた陣営の人がいないか?どうか?確認します。

もし、敗れた東芝陣営の人がいる場合には、

「東芝の○○さんがいらっしゃるのに、申し訳ありませんが」

と、前置きしてから、話すと、それほど雰囲気は悪くなりません。


さて、東工大の社会人大学院です。先生は簡単に「ぷっつん」してはいけません!で紹介した先生の授業です。

胸に手を当てて考えると、ぷっつんさせた「TAK」もプリプリしていました。

始まったばかりの社会人大学院のため、先生も学生ひとりひとりのバックグラウンドを把握していません。

「ぷっつん」した時に、この先生は、


これは○○省の政策資料です。

○○省の役人は、何もわかっていないでしょう。


と自慢気に話しました。

実はその当時「TAK」さんは○○省で産学官連携の仕事をしていました。○○省も大学に不信感があった時期でした。

落ち着いてから、そのことを先生にお話しました。


○○先生が示した資料が出た頃、○○省で産学官連携に関する業務をしておりました。

全国の大学の先生方から提出される申請書、報告書を読みながら、「何が言いたいのか?研究の成果として得られたものは何なのか?読み手に全く伝わってこない!」「読み書きの能力が最も欠如しているのは、大学の教員ではないか?」と同僚たちと話していました。

○○先生のお話を伺いながら、大学と○○省がお互いを「わかっていない」と非難し合う不幸な状況であったのだな、とあらためて当時を回想しました。

その後のことは知りませんが、改善してきていることを希望します。


そのお陰か?先生と「TAK」さんの間で「間合い」が図られるようになりました。

今日、この先生は、村上 陽一郎教授(元・国際基督教大学)『科学・技術の変質 - 歴史的観点から』をベースにしながらも、一部を批判するつもりだったようです。

「国際基督教大学の村上 陽一郎教授」と紹介したところで、

「TAK」さんが、間髪を入れず、

「村上 陽一郎教授は3月で国際基督教大学を退任されて、現在は東大の特任教授をされています」

と補足しました。

「ああ、そうでしたか?」

このやり取りで、「TAK」さんが村上 陽一郎教授の「教え子」であることがわかったようです。

そのおかげか?強い批判はなく、紹介に終始しました。


事例を紹介した上で、それに関する問題点、矛盾点を批判することは、特に悪いことではありません。

ただ、その場に関係者がいないか?どうか?確認して(あるいは、いる可能性がある場合は)、

「もし、関係者がいらしたら、申し訳ありませんが」

と、断っておくことが、スムーズに進めるコツです。





2008年04月23日

受難の30代のキャリアは??で、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の寺本義也教授から伺ったお話として、


30代のうつ病が急増しているそうです。

企業で35歳と言えば、課長代理、係長、主任、早い人はそろそろ課長、というところでしょうか?

企業は最近10年、不況によるリストラのため、新卒者の採用を控えてきました。

35歳前後の人は、ずっと下の世代が入ってきませんでした。それゆえ、いつまでたっても一番若手です。

一番の若手ゆえ、プレゼン資料の作成、企画書の作成、予算の説明資料つくり、などを、入社からずっとやらざるを得ませんでした。

課長代理に昇進しても、下の世代が入ってきませんでしたから、部下はおらず、いつまでも自分で資料を作るしかありません。

ここにきて、団塊の世代の大量退職に備えて、新卒者を大量に採用するようになりました。

「新卒者を大量」でようやく手があく、かと思うとそうはいきません。

新卒者が戦力に育つには、時間がかかります。そして、新卒者の教育も「35歳の課長代理」の仕事になります。

では、「35歳の課長代理」は悲惨か、というとそうでもないそうです。

それより下の世代は、就職氷河期で、希望通りに就職できず、ニート・フリーターになってしまっています。



と書きました。

では、その下の就職氷河期のロスト・ジェネレーションと言われる人たちはどうなんでしょう?


格差世代入社できたロスト・ジェネレーションは「金の卵」?だそうです。

なぜかと言うと、

「売り手市場」で採用された上の世代は、学生時代にろくに勉強もせずに、遊んで卒業していきました。

一方、私たちは厳しい就職戦線を勝ち抜くために、一生懸命、教養分野も含め、広い分野の勉強をしました。英語のTOEICでいい得点を取れるように、実用英語も勉強しました。

面接で勝ち残れるように、コミュニケーションも学びました。

何度も、断られて、打たれ強くなりました。

友達、先輩、先生の「つて」で、いろいろなネットワークを築きました。

そんな訳で、大きな仕事は上の世代を飛び越えて、私たちに来ます。

すると、この大きな仕事の機会を活かして、どんどん力をつけていきます。

また、なんと言っても数が少なくて希少価値。少数精鋭です。ポストにあぶれる心配も少ないのです。

一方、就職できずに、ニート、フリーターになった人たちは、ニート、フリーターのままで、どんどん格差が開いていき、「格差世代」

ということだそうです。


ここまで、「いいことづくめ」で言われると、「金の卵」が割れてしまう心配はないのですか?って言いたくなります。

どうも会社の中ばかり見ているみたいだけれど、会社がつぶれたり、吸収合併される心配はないのかしら?

社内で大きな仕事を任されると、会社の外を見たり、異業種とのネットワークを築くことがおろそかになりませんか?

社会人の教育は投資?経費?で書いたように、学生時代勉強しなかった社会人も高額の学費を捻出して、時間を作って勉強しています。

「自分たちは学生時代に勉強したから」と、サボっていると、あっという間に追い抜かれます。

余計な心配かも知れませんね!30代前半のお兄様、お姉さまたちへ!「18歳?」の「TAK」さんより





2008年04月22日

4月からの新学期、いろいろな社会人の教育コースに参加している方も多い、と思います。

「TAK」さんも4月から東工大の大学院に通っています。(ブログに書いていないじゃないかって?先生をぷっつんさせた話など、ちょこちょこ書いています。そのうち、まとめて書きます)

マーケティング、リーダーシップ、企業経営、科学技術コミュニケーション、などなど

会社が終ってから、通うのですから、大変なのですが、多くの社会人の方が参加しています。

さらに、これらのコースは、数十万円から100万円を超えるなど、高額のものも少なくありません。

会社負担の人もいますが、これを私費で払って参加する人もたくさんいます。


さて、これは自分への投資でしょうか?それとも、必要経費でしょうか?

例えば、100万円の投資をするとします。

「元本割れ」は絶対に避け、最低でも100万円以上は回収しなければ、損失分は「お金をどぶに捨てた」ことになります。たんすに入れておいた方がよかった、というものです。

一方、食費、光熱費のような生活経費であれば、ある程度の出費は必要、と考えます。


マーケティング、リーダーシップ、企業経営、科学技術コミュニケーション、などは、すぐに「元を取る」ことは難しいでしょう。

しかし、中長期的には十分に「元を取れる」かもしれないし、「元本割れ」になってしまうかもしれません。


金融商品への投資であれば、投資しなければ、支出はゼロです。

しかし、自分への教育投資は、投資しなければ、自分の価値は低下していきます。それゆえ、損失はゼロではありません。

それゆえ、投資であるばかりでなく、自分の価値を維持するための、必要経費でもあります。自分のために、投資しなければ、どんどん損失がふくらんでいきます。


例えば、自分の教育に100万円の投資をするとします。

何十倍ものリターンを回収できるかもしれないし、元本割れするかもしれません。

でも、投資しなければ、自分の価値は確実に低下していきます。


もう、大学・大学院までの教育で一生暮らしていける時代は、とっくに終っています。

生涯学習というように、社会人もある時期毎に、本腰を入れてこれから自分に必要な勉強をしなければ、一生を全うできない時代になっているようです。


それにしても、自分への投資、必要経費は、どう算定、評価すればよいのでしょうか?難しい問題です。




2008年04月21日

テレビ、新聞などの報道では、最近の就職戦線は「超売り手市場」で学生さんが圧倒的に優位、と言われています。

ところが、学生さんたちからはちょっと違うことが聞かれます。

「報道で言われているほど、売り手市場ではないんです。希望する企業から、なかなか内定がもらえなくて」

彼ら、彼女らは、東大、東工大、早稲田、慶應など、超一流大学の学生さんなのですが。

全体としては、「超売り手市場」かもしれませんが、学生さんたちに人気がある業種、企業、職種では激戦、のようなアンバランス(英語ではimbalanceが正しいんです)があるようです。

あるいは学生さんたちが超高望みなのかもしれません。


さて、採用に応募して、落とされてショックを感じない人はいないでしょう。

「何が悪かったのだろうか?どこが足りなかったのだろう?」

自分を責めることになるかもしれません。


でも、別にあなたが悪かったのではなく、募集側は「違うタイプ」の人が欲しかったのかもしれません。

「TAK」さん自身が関わった採用の例を挙げてみます。


●「TAK」さんのゼミ(今年度は行いません)

「TAK」さんのゼミはワークショップをベースに行います。

教室、教材、予算、パソコンなどの設備、アシスタントの院生に人数によって、「定員」があります。

「参加する意欲が旺盛が前提なのですが、同じ学部、学科の学生さんに偏るよりも、
いろいろな多様な学部、学科の学生さんに参加していただく方が、得られる結果が大きいので、そのような「クラス編成」にします。

また、男子・女子学生の比率、留学生の方の比率、なども考慮します。

残念ながら、「落選」になった学生さんは、別に成績が悪いからではなく(優秀な人もいます!)、クラス編成上の都合です。

もっと早く応募してくれれば、よかったのですが。

「落選理由」は説明しないことになっていますが、こういうことです。


●中途の方の採用

中途採用は「ある仕事に適する人が欲しい」「これから伸びる分野の人材が欲しい」ことが多いのではないでしょうか?

採用側の企業の都合で、採用する人が逆転することも珍しくありません。

トータルで優れたAさん、と、採用する仕事に適したBさん、がいるとします。

「この仕事に適しているBさんを採用しよう」

という場合もあるし、

「この仕事だけでなく、その後の異動も考えると、トータルで優れたAさんにしよう」

という場合もあり、それは採用側の企業の都合にすぎません。



採用する側に回ると、誰しも経験することですが、たくさんの応募があっても、「どの人を採っていいか?うれしい悲鳴」ということよりも、「たくさんの応募があったのに、適する人はあまりいない」のが実情です。


「採用」に関しては、募集側と応募側で立場、考えが違うんだ、ということを、まず認識しましょう!




2008年04月20日

最近、自分と環境を含めた「生態系」に関心があります。

組織は生態系で、生きていて、動いていて、変化しています。

自分の周囲の環境を「固定的で、変化しないもの」ではなく、 「自分と周囲の環境を含めた生態系」と考えてきませんか?

こうやって考えると、以前書いた内容が、あらためて意味を持ってきます。


働き方とライフスタイルに関するパネル調査プロジェクト


教育社会学の苅谷剛彦教授からは、

教育とは、できなかったことをできるようにすること。

教育の効果は、教育を受けた本人とその環境のインタラクションによる。

それゆえ、ある時には有効だった教育が、社会が推移して意味がなくなる、こともある。




価値は環境との相互作用で産まれる


●物はそれ自体では機能せず、価値は環境との相互作用で産まれる

例えば、バイオリンの名器であるストラディバリ、ガダニーニもそれだけでは、何の価値も産みません。

初心者が弾いても、あまり意味がありません。

これが、いわゆる「宝の持ち腐れ」でしょうか。

千住真理子さん、諏訪内晶子さんのような名バイオリニストに弾かれてこそ、価値が出ます。

できれば、たくさんの聴衆がいて、名演奏を聴くことができれば、もっとバイオリンの名器の価値が産まれます。


●機能が優れた物が、価値を産み出すとは限らない。

最近では次世代DVDのブルーレイ方式とHD−DVD方式、以前はビデオのベータ方式とVHS方式の標準化の争奪戦がありました。

特に後者では、機能性ではベータ方式の方が優れていましたが、結局VHS方式が業界標準となり、ベータ方式は消えていきました。

このようにネットワーク、互換性という環境の中で、価値は産まれます。

それゆえ、機能が優れた物が、価値を産み出すとは限らない、のです。


●価値は環境と共に変化する。

ポケベル、FAXのように、以前は大活躍した機器が、携帯電話、メールに取って代わられ、今はほとんど使われなくなりました。

一方、インターネットは回線がISDNから光ファイバーになり、高速・大容量化が急激に進み、動画配信など、価値がますます増しています。

このように、価値は環境と共に変化します。

このように、価値はそのもの自体により、産み出されるのではなく、環境との相互作用により、産まれ、また、環境と共に価値も変化していきます。



ここでは「物」と書いてありますが、これを「人」あるいは「自分」に置き換えると、よくわかります。




2008年04月19日

4/19(土)は午前中にテニスをやって、午後は早稲田大学へ。

「TAK」さんが学生だった数年(数十年?)前、土曜日の午後のキャンパスはサークルの集まりで大にぎわい、わくわくするほどだったのですが、

どの大学でも、最近はすこし静かな感じがします。

大学生の皆さんに聞くと、最近は土曜日には授業がないことが多いので、サークルの集まりは土曜日ではなく、木曜日、金曜日にやることが多い、とのことです。

さてと、今日は早稲田大学政経学部、商学部の学生さんと内田和成教授から、「外資系コンサルティング会社のキャリア・デベロップメント」を伺います。

内田和成教授は数年前まで、ボストン・コンサルティング日本代表を務めていました。

内田先生は「ボストン・コンサルティングは出入り自由な学校、でも定年まで居られても困る」といっておられます。

学校で大切なのは、

1.入学 いい人に入ってもらう

2.在校・勉強 学校ではしっかり仕事・勉強をしてもらう

3.卒業 学校で学んだことを、次の仕事に活かしてもらう

4.卒業生 卒業生が活躍し、学校といい関係

学校では1〜4まで、その通りですが、会社では3、4はどう考えればいいでしょうか?

これまでの会社では、会社を辞める時、辞めた後は、会社とはあまりいい関係が築けませんでした。

ボストン・コンサルティングでは、卒業後も在籍中に鍛えた知見・能力を活かしてもらい、卒業後もいい関係を保ちたい、というものです。


実は「TAK」さんは大学、官庁を経て、民間企業にいますが、大学、官庁を辞める時、あまりいい辞め方ではありませんでした。そのくせ、今でも図々しく通っていますが。

「TAK」さんに限らず、組織を辞める時、は苦々しさが残ることが多いのでは、と思います。

でも、この人たちと卒業後もいい関係が築ければ、物凄いネットワークになります。

大学だけでなく、会社も卒業生のネットワークが大切な時代になってきました。


内田先生は、そこで大切なのは、

1.Intelectual(知的能力)

2.Interpersonal(対人能力)

3.学習能力

と言っています。

特に、2.の人とのやり取り、折衝能力が大事、と言っています。

例えば、クライアントが明らかに間違っていたとして、「相手が間違っていることを指摘し」やり込めても、次回から「担当を替えて下さい」と言われます。

そうではなくて、クライアントと信頼関係を築きつつ、自ら間違いに気付いてもらうことが大切です。

また、コンサルティング会社はクライアントにプランを提案するだけでは、不十分です。お金はいただけるでしょうが。

実際に、提案したプランをクライアントが実行して、クライアントが改善してこそ、意味があります。

「提案したら、あとはクライアントの問題」ではなく、実際にクライアントが実行するところまでのフォローが大切なのです。


内田先生のモットーを2つ伺いました。

「今やっているうちに、広がっていくだろう」ではなく、「5年後、10年後の自分を思い描きつつ、日々の仕事をこなすそうです」

これには、両論ありますが、内田先生は、後者だそうです。

もう一つは、歯をくいしばってではなく、日々楽しんで、だそうです。そうでなければ、続かない、とおっしゃっていました。






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