2008年11月

2008年11月30日

裁判員候補者への通知が始まっています。

12/1(月)までには届くそうです。

裁判員制度について、国からの公報ではなく、「TAK」さん自身の考えを述べます。

国の法律制度には、成文法と不文法があります。

成文法とは、いわゆる、文章に表現された法です。

何をやっていいか?やってはいけないか?法に書かれています(実はそうでもないのが問題なのですが)

この成文法とは制定法とも言われ、フランス、ドイツなど大陸系諸国で採用され、日本もこの成文法です。

メリットは、法の内容を事前に明確に把握できることでしょうか?

デメリットは、法が変化する社会に十分対応できない、ということでしょうか?

一方、不文法は、文章に表現されている、というよりも、判例を重視します。

何をやっていいのか?やってはいけないのか?裁判所の判例、判断が優先されます。

この不文法は、判例法、慣習法と言われ、英米法系諸国で採用されています。

メリット、デメリットは、成文法と逆の形になります。


さて、法律は一度制定されると、細かい点はともかく、基本的な体系は数十年以上、改正されません。

すると、法律制定時の社会とは、どんどん変わってしまっても、現在と整合を欠く法律で裁判をすることになります。

このギャップを埋めようとするのが、裁判員制度でしょうか?

まあ、総論としては、何となく、わかる気がします。


問題は、自分が裁判員に選ばれた時の、対応でしょうか?

「この忙しいのに、関係ない人の裁判なんかに関わっていられるか?」

とうのが、大方の反応でしょうか?

どんな人の生活でも、いつもどおりの毎日と、ここ一番の晴れ舞台の日、があります。

他の人に代わってもらう事が可能な場合と、自分でなければダメ、せっかく得た絶好のチャンス、と分けることもできるでしょうか?

後者の場合、赤の他人の裁判になんか関わってられない、というのが正直なところです。


さて、もし「TAK」さんに届いたら、どうなるでしょうか?

「TAK」さんは現在、社会人大学院生です。

学生は1年間の辞退が申請できます。

裁判員のために、講義に出席できないとします。

その講義を補講してはくれません。

それゆえ、せっかく勉強しようと学校に行っているのに、学業を妨げられることになります。

これが、学生が裁判員を辞退できる理由でしょうか?

じゃあ、社会人の仕事は妨げていいのか?というと、そうでもない気もしますが。


まだまだ、制度が社会と整合するのに時間がかかりそうです。




2008年11月27日

081017plcS字の法則で書いたように、一般に製品の販売は導入期、成長期、成熟期、衰退期の「S字カーブ」を描くことが知られています。

導入期から成長期の初期は、市場規模は小さく、開発費もかかり、あまり儲かりません。

でも、市場はどんどん大きくなり、売り上げも伸びていきます。

やっているメンバーはみんなでワイワイ、ガヤガヤ、残業だらけで殺人的に忙しいけれど、とっても楽しく、おもしろい時期です。


成長期の終わりから、成熟期になると、市場規模は大きく、開発費もあまりかからず、儲かる時期です。

つまり、たいして仕事をしなくても、お金が入ってきます。

ただ、売り上げの伸び、市場の伸びは鈍ってきて、次第に飽和してきます。


どちらの時期がいいか?は人によって違うので、何とも言えません。

「導入期から成長期の初期」の伸びていく業種を渡り歩いていく人も、いるようです。

NTTDocomoに以前いた松永真里さんなどは、リクルートからNTTDocomoに移り、iモード、パケット通信など、携帯電話事業の「導入期から成長期の初期」を確立すると、さっさと退職してしまいました。

同じ時期に活躍していた夏野剛さんもNTTDocomoを退職し、慶応義塾大学教授に就任しました。


昭和40年代の高度経済成長期と、成熟し豊かになった現代が、よく比較されます。


昭和40年代の高度経済成長期は、生活は貧しかったけれど、確実に成長していて、明日は必ずよくなる、という希望があり、人々は幸せだった。

現代はその頃とは、比べ物にならないくらい、便利で豊かになった。

でも、人々はけっして、より幸せにはなっているようには見えない。


導入期、成長期、成熟期、衰退期の「S字カーブ」からの考察でした。

ところで、「おもしろい時期」と「儲かる時期」に共通していることがあります。

どちらも、放っておいては長くは続きません。

変わっていく環境に対応して自らも変わることがなければ、「おもしろい時期」も「儲かる時期」も維持、継続することはできません。




渡辺淳一氏の「鈍感力」はミリオンセラーになり、小泉元総理も取り上げましたが、「TAK」さんは、読む気がしませんでした。

人類が進化して、生き延びてこれたのは、敏感だからです。

危険な敵、災害の接近を早い時点で、察知し、避難し、未然に災いを回避する、敏感なことが必要です。

鈍感では、被害を免れることはできません。

幸いなことにご本人から、話を伺うことができました。

「鈍感力」と無神経で鈍感、とは全然違います。

「鈍感力」とは、落ち込んだ状態からの復原力でしょうか?

一流大学に合格した人たち、プロ野球のドラフト会議で指名された人たちは、みんな傑出して、優秀です。

しかし、その中で、めきめきと伸びていく人と、消えていってしまう人がいます。

どんなに優秀で、才能がある人たちだって、必ず失敗すること、うまくいかないこと、壁にぶち当たること、があります。

この時に、くじけてしまうのか?立ち直ることができるのか?が、この差、違いにつながります。

渡辺氏によると、この落ち込んだ状態から立ち直る復原力を「鈍感力」というのだそうです。

ナイーブでデリケートだと、どうしても傷ついてしまう。

鈍感なくらいでないと、立ち直ることができない、そうです。

こういう場合は、リラックスして、副交感神経が支配的で、血管が広がっています。

これが長生きする秘訣だそうです。

ふ〜ん、なんかわかった気もします。




2008年11月23日

東京大学システム創成学専攻長の大橋弘忠教授から伺ったお話です。

大腸菌E.Coliの遺伝子は4000以上ありますが、そのうち必須な要素は252だけ、ということです。

それ以外は何に貢献しているのか?不明ということです。

同じ考えで、自動車を考えてみます。

自動車は電子システムの集合体と言われ、ナビゲーター、エアコン、オーディオ、パワーステアリング、クルーズコントロールなどの部品が詰まっています。

ただ、自動車の本来の目的は、速く走ることです。この目的に必要なものは、ギア、ハンドル、エンジン、タイヤくらいでしょうか?

初期の自動車は、乗っている人間の快適性、乗り心地は悪くて当然で、とにかく速く走ること、が必要でした。

そのうち、技術が進歩し、可能なことが広がり、乗っている人間の安全性、快適性、利便性を満たすために、いろいろな装備がされるようになりました。

今の自動車について、必要なのは、「ギア、ハンドル、エンジン、タイヤくらい」とは、誰も考えないでしょう。もっと多くの部品がお互いに機能しています。

これが、自動車という人工物の進化でしょうか?

人間も社会も人工物も生物も、常に変化する環境に応じて、進化していきます。

このうち、最も過酷なのが、生物でしょうか?

環境に対応できない生物は死滅して、生き残ったものだけが進化していきます。

自らにぴったり合う環境だけでなく、多少合わなくても、生き抜いていけるロバスト性が大切です。

また、間違えると、死んでしまうのでは、すぐに絶滅してしまいます。

大概は間違っても大丈夫な、フェールセーフ機構、が大切です。

人間は、学んだこと、経験を紙、記録などの知識、情報で残し、自分以外の経験も活用します。

しかし、生物は紙、記録を使うことができません。

学習したことは、すぐに自らの内部に組み込んでいかなければなりません。


この生物の進化の賢さ、巧みさ、を社会が取り込んでいけるか?

社会全体は無理でも、人間は取り込んでいけるか?

これに進化できるか?どうか?がかかっています




2008年11月20日

10月から始めた社会人大学院も、早1ヵ月半が過ぎました。

平日夜間はほぼ毎日授業、帰宅してから食事、入浴をして、ビールを片手に寝るまでに必ずレポートを仕上げて、メールする。

翌日に持ち越しては、いけません。

翌日には、また翌日のレポートがあるので、持ち越すと、書かなければならないレポートが増えるだけです。

土曜日も午後いっぱい授業、夕方から夜にかけて、ゼミがあります。

グループワーク、プレゼンテーションの時には、これ以外にメンバーで会う時間を見つけて、プレゼン用パワーポイントをつくります。

もちろん、社会人ですから、平日の昼間には仕事がありますから、仕事が終わってから、こんなスケジュールです。

きつい、といえば、相当きついです。

「でも、「TAK」さん、それって趣味でやっているんでしょ!」

そうです。その通り。

好きと勝手でやっている趣味だから、やってられます。

こんなこと業務命令では、やっていられません。

「子供には何とか勉強して国立大学に入学してもらいたい。私立ではとても学費が払えない」

なんて声をよく聞きます。

他人事と思って聞いていましたが、自分自身の学費を払うことになりました。

「TAK」さんは国立大学の大学院なので、半期に28.5万円、年間で57万円学費を支払います。実は相当きついです。

ところが、私立大学だと、当然もっと高くなります。倍以上、あるいは200〜300万円もする大学院も珍しくありません。

社会人大学院も国立じゃないときつい、とても私立では学費が払えない、ことになっています。


ということで、社会人大学院を目指す方は、スケジュール的にも、経済的にも、覚悟が必要です。

生半可な気持ちではやっていられません。

また、好きでなければ、やっていられません。


ところで、上記のことを裏返して読むと、こんな感じになります。

・大学院の先生は学生以上にきついスケジュール

少子化の影響で、大学院が経営していくためには、減っていく若年層だけでなく、社会人で定員をまかなわなければなりません

すると、授業はどうしても、平日夜間、土日になります。

当然ながら、先生はそのスケジュールにあわせなければなりません。

・仕事に全力投球しているときは、大学院は無理。

平日夜間、土日に大学院に行くとは、裏返せば、残業はしない、休日出勤はしない、ということです。

仕事に全力投球しているときは、深夜まで残業して、休日も出勤するでしょう。

「何事にも全力投球!」と言うと、聞こえはいいですが、非効率です。

9回を完封するエースは、相手チームのクリーンアップには全力で投げますが、下位打線に対しては、抜くところは力を抜いています。

話が、少しそれましたが、少しゆとりを持って見渡せる状態でなければ、大学院は行っても、十分な勉強はできないでしょう




2008年11月19日

公開シンポジウム「軸の時代機深瓦了代 ―― いかに未来を構想しうるか?」の話の続きです。


パンを水の上に浮かべよ

多くの日の後、あなたはそれを得るだろう


とは聖書の言葉です。実は「TAK」さんは全く縁のない世界なのですが。


「パン」とは生活の糧、価値あるもの、財産、という意味でしょうか?

「水の上」とは不安定なことを指します。

財産を不安定な状態にするしてしまうことで、後日より多くの財産を得るとは?

ある地域では安く買ったものを別の地域では高く売る、海上の東西貿易で、莫大な利益を得ることができるようになりました。

文字通り、「パンを水の上に浮かべよ」です

今でこそ、海難事故は少なくなりましたが、昔は海難事故は頻繁に起こりました

海難事故により、財産を失うリスクを軽減するために、「保険」が考え出されました

船を1隻しか持っていないと、全財産を失ってしまうかもしれません

まさにハイリスク・ハイリターンです

でも、多くの資本をもって、複数の船を持っていれば、いろいろな戦略ができます。

航海の時期、目的地を複数持っていれば、ある海域が嵐に襲われても、全滅する確率は少なくなります。

これがポートフォリオでしょうか?


勝ち抜いていくには、リスクを取らなければならない。

ゆとりができてくると、すべてを賭けずとも、ある程度を失う前提で、安定的に利益をあげることができる


聖書にも書かれていたとは、知りませんでした





2008年11月16日

公開シンポジウム「軸の時代機深瓦了代 ―― いかに未来を構想しうるか?」の見田宗介東大名誉教授の基調報告の続きです。

世界が無限ではなく、「有限」だと明確に感じられたのは、人工衛星からの青く丸い地球の映像が見えるようになってからでしょうか?

船で大海に漕ぎ出した時代には、無限に思えた「世界」が、実は「有限」だったことがわかってきた訳です。

でも、無限だと思ったものが、有限だと感じられたのは、もっと以前からです。

例えば、豊臣秀吉が天下統一したとき、無制限と思っていた天下が有限だった訳です。

アメリカの西部開拓史でも、どんどん開拓するうちに、無限だと思っていたフロンティアが、実はロッキー山脈を越えると太平洋で終わり、です。

無限と思われたいたものを制覇して、満足か?というと、そうでもない、のです。それどころか、絶望、虚無感に襲われます。

無限だと思っていたものに、実は限界があった。

今までと同じ、無限のものをどんどん獲得していく方法はもはや通用しません。新たな方法が必要になります。

上の例であれば、豊臣秀吉は朝鮮半島へ、近代の欧米列強は植民地開拓と、海外へ乗り出しました。どのような結果になったか?は歴史が示すとおりです。

でも、その地球も結局は有限です。

携帯電話、デジカメの市場も数年前は爆発的に伸びましたが、既に行き渡り、市場が飽和してきました。

さて、有限な世界では、どうすればよいでしょうか?

このように、二つの考え方があります。

高度成長市場の継続とポスト高度成長の二つです。

高度成長市場の継続は以下の通りです。

有限な世界の中でも、中国、インドなど、成長が見込める市場があるかもしれません。

あるいは、「飽和した」と思われている市場にも、まだ気付いていない潜在的な市場があるかもしれません。

新しい技術、情報、環境が新たな市場、需要を生み出すことがあります。

しかし、高度成長市場の継続の幻想を抱いて、虚構の上に虚構を築いて破綻に至る恐れもあります。

バブルの崩壊、サブプライム問題はこのいい例です。

ポスト高度成長は以下の通りでしょうか。

最近「三丁目の夕日」という1960年代のアニメがはやりました。

「今は貧しいけれども、明日はきっとよくなる」希望がある時代でありました。

無限の高度成長時代には、自分でどんどん「獲得」していけばよかったのです。

有限のポスト高度成長には、「獲得」ではなく、「共存」がキーワードです。

「共存」とはみんなで我慢しながら、分け合うことではありません。

それぞれが得意なこと、ほしいことをバランスさせる世界ではないでしょうか?

この究極の形態が「花と昆虫」でしょうか?

花は、その美しさで昆虫を引きつけ、蜜を与えて、その代わり、子孫を残す受粉をしてもらいます。

すると、同質の人たち、同じ目的の人たちだけでは、ポスト高度成長は生きていけません。

多様な人たちが、得意なこと、ほしいことをバランスさせて、「共存」する世界になりそうです。













2008年11月14日

公開シンポジウム「軸の時代機深瓦了代 ―― いかに未来を構想しうるか?」に参加します。

基調報告は見田宗介東大名誉教授です。

まず、生物は適合した環境に放たれると、初めは徐々に増殖し、ある時点から急激に増殖し、環境の限界容量に近づくと、増殖が減速し、安定する、というロジスティック曲線、を示されました。

人々が小さな共同体(コミュニティー)の中から、外の無限の世界へ出始めた時期が「軸の時代機廖△修慮紂崕々に増殖し、ある時点から急激に増殖し」ます。ところが、無限だと思われていた世界が実は有限だと認識されて、「増殖が減速し、安定する」時期が「軸の時代供廚箸里海箸任后

マクロ的に見れば、世界はこのような流れでしょう。

小さな共同体(コミュニティー)の中で生活するのが当然の時代に、それぞれの共同体(コミュニティー)の外に出て、共同体(コミュニティー)間を渡り歩く人(旅人、遍歴者)が出てきます。

旅人、遍歴者は、共同体(コミュニティー)を外から見ることができて、ある小さな共同体(コミュニティー)では「当たり前」として疑われもせずに使われている、言語、考え方、慣習などが、別の共同体(コミュニティー)では、全く通用しないことを知っています。

この旅人、遍歴者の例が、キリスト、ブッダ、孔子などでありました。

彼らは、人々が当たり前と疑ってもみなかったこと、から、外に踏み出して、「外」から見る視点を説きました。

共同体(コミュニティー)内だけではなく、他の共同体(コミュニティー)と付き合っていくには、自分たちの言語、考え方、慣習などが通用しない、価値観が違う「異質のもの」と共存することになります。

共同体(コミュニティー)同士が付き合っていくには、それぞれの慣習ではなく、共同体(コミュニティー)を超えた法制が必要になります。

例えば、日本でも、太古は豪族内の慣習で対応していたのが、それでは対応できなくなり、近江令、飛鳥浄御原令、大宝律令など律令が整備されました。


さて、日本の企業、官庁などを見てみましょう。

個別に見ていくと、「徐々に増殖し、ある時点から急激に増殖」する時期のものもあるし、「増殖が減速し、安定する」時期のものもあります。

ある企業、官庁に入ると、そこの言語、考え方、慣習で暮らし、法律よりもそれを優先するのが、当たり前だったりします。

また、当然ながら、他の企業、官庁の言語、考え方、慣習は理解できなくなります。

それに、横串をさすのが、コーディネーターであったり、インタープリターのはずなのですが、このコーディネーター、インタープリターですら、所属する団体の言語、考え方、慣習で暮らします。

どうも「いかに未来を構想しうるか?」よりも、ずっと手前の問題につまづいて、先に進めなくなってしまいました。

後ほど、別の視点から、アプローチすることにします。




2008年11月13日

兵庫県井戸知事の「関東大震災が起きれば、関西圏にはチャンス!」発言が波紋を広げています。

当初は強気だった知事も、結局は陳謝しました。

感情論はさておいて、本当に「関東大震災が起きれば、関西圏にはチャンス!」なのでしょうか?

阪神大震災で神戸港は大きな被害を受けて、しばらくの間、利用できませんでした。

この間、物流は名古屋港、釜山港など、近くの港を利用して行われました。

やがて神戸港は復旧しましたが、一度離れた物流は名古屋港、釜山港などに定着し、神戸港には帰ってきませんでした。

そのため、神戸港はかつての物流拠点としての地位を失ってしまいました。

今、地震対策の大きな柱として、地震被害に対するBCP(Business continueing plan 事業継続計画)が検討されています。

例えば、地震でパナソニックの工場が操業不能になれば、サムソンに、トヨタの工場が操業不能になれば、現代自動車に取って代わられてしまうかもしれません。

もし、関東大震災が起こって、東京が国際都市としての機能がマヒしてしまったならば、その機能を上海、ソウル、香港に取って代わられてしまうかもしてません。一極集中の東京以外の日本の都市に、国際都市の機能を東京に取って代わることができる都市はありません。

すると、既に始まっている日本の経済的地盤沈下、アジア諸国の台頭に、一層の拍車がかかります。

すなわち、日本国内という狭い範囲で考えれば、「関東大震災が起きれば、関西圏にはチャンス!」かもしれませんが、グローバルな視野で見れば、「関東大震災が起きれば、アジア諸国にはチャンス!、日本はピンチ!」なのです。


同じことが個人にも言えます。

開業医の方々は、長期に旅行、出張で診療できない場合は、大学の後輩に代診を頼みます。

そうでないと、常連の患者さんたちが、他の開業医に診てもらって、その先生が気に入ってしまい、そちらに移ってしまうかもしれません。


巨人の二岡選手は今年は選手会長を務めるなど、チームで確固たる地位を築いていました。

ところが、シーズン初めに故障して、休んでいる間に若手の坂本選手が台頭し、大活躍しました。

怪我から復帰し、一軍入りした時期に、ニュースキャスター山本モナとの不倫事件を起こしてしまいました。

その間に坂本選手は活躍を続け、レギュラーを獲得し、二岡選手は日本ハムにトレードの出されることになってしまいました。


怪我、病気のときには、じっくり治すことが大切です。

でも、休んでいる間に取って代わられてしまうかもしれません。

休まざるを得ないときは休む!でも、なるべく短く!




2008年11月09日

この週末は寒かったです。

テニスもトレーナーを着てやらないと寒いです。でも、トレーナーを着ると結構汗をかいて、なかなか暑かったりと、体調管理が大変です。

さて、久し振りにテニスの話です。

テニスコートは混みますから、シングルスではなく、1コートで4人がプレーできるダブルスをやることが圧倒的に多いです。

この時、あまり力の差があるとお互いに面白くないので、力が均衡するようなペアにします。

ここで、テニスの実力がほぼ同じのAさんとBさんがいるとします。

Aさんは、ぶすっとしていて、ペアがミスをすると、ぶつぶつ言っています。

一方、Bさんは、いつもニコニコしていて、ペアがミスしても、「今のは相手のナイスショットですね」と相手をほめます。

どちらとペアを組みたいか?と言えば、Bさんなのは間違いありません。

さて、ここでお話したいのは、どのくらいチームとしての実力に、この姿勢が影響するか?です。

Bさんと組んでAさんと対戦すると、6-0で圧勝して、逆に、Aさんと組んでBさんと対戦すると、0-6で完敗します。

Bさんと組んでいると、リラックスして力が抜けて、いいショットが出て、やる気も出てきます。

ところが、Aさんと組んでいると、身体が堅くなってきて、ショットの切れがなくなり、やる気もなくなってきます。

結局、Aさんはコーチと組まないと勝てません。というか、コーチしか組んでくれなくなります。


個人で行うシングルスならば、また違うかもしれません。

でも、チームで戦うダブルスでは、1+1は2にはなりません。1+1が10にもなるし、−10にもなります。

それどころか、プラスしようにも、誰も組んでくれなくなります。

個人の実力と同じく、メンバーと力を併せることができる能力がとても大切になります。

当たり前と言えば、当たり前の事ですが、あらためて思い知らされた週末のテニスでした。




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