2008年12月

2008年12月30日

さて、今年も押し迫ってきました

会社も大学も先週で終わり、先週末でテニスも御用納め

年賀状を出し終えて、大掃除もそこそこに、溜まっていた書き物、パワーポイント作成に取り組んでいる「TAK」さんです。

そろそろ来年の計画、目標も考えています。

ポイントを2つ挙げます。

●考えていることをとにかく書いてみる。文字にできなければ、図、絵でもよい!

SECI「考えていることをとにかく書いてみる」という行為は、自分の中で思っていること、考えていること(暗黙知)を整理して、記述し、形式知にする、ということです。

記述されたこと(形式知)は、やがて、また自分の中に、無意識の吸収されていき、暗黙知となります。

一橋大学の野中郁次郎先生の理論によると、

・Socialization
  直接コミュニケーションにより、個人の間で暗黙の知識、経験を共有する

・Externalization
  暗黙の知識、経験を記述した形にし、個人、グループの間で交換する

・Combination
異なる分野の知識を組み合わせ、組織としての新しい知識をつくる

・Internalization
組織の記述された知識を各個人の暗黙の知識の中に取り入れる


という知的創造スパイラルにより、あなたが頭の中で考えていることは、やがて実現します。


●計測できるように、記録できるように

でも、せっかくあなたが頭の中で考えていることを記述した計画、目標が実現しないことも多いものです。

実は、「作り放し」で、フォローしないので、せっかくの知的創造スパイラルが起こらないのです。

PDCA「作り放し」にしないためには、計測し、記録し、P(Plan)D(Do)C(Check)A(Action)サイクルが回せるようにする必要があります。

P(Plan)D(Do)C(Check)A(Action)サイクルとは、品質管理で有名なデミング博士が提唱したもので、

P = PLAN→計画
目標をたててそれを実現するための方法を決める。

D = DO→行動
目標を実現するためにたてた計画を、実行する。

C = CHECK→状況の把握
実行が計画どおり行われているかを把握する。

A = ACTION→調整・改善
把握した情報を基に、計画が達成可能かを判断し調整・改善をする。

というサイクルです。

進捗状況を計測、記録できない、しない、と、せっかく作った計画、目標を実行していっても、

計画通り、実行されているか?チェックできず、気付いた時には、まったく違った方向に行っていた、なんてことになっています。

必ず、計測できるように、記録できるようにしましょう!





2008年12月28日

大学関係者との忘年会で出た話です。

製造業不況の影響で、工学部離れが進む中、工学系大学院では、MOT(技術経営)の急激な人気の高まり、が指摘されました。

「昨年ならば、十分合格ライン達していた人、一昨年ならば、上位合格レベルだった人を今年の入試では落とさざるを得ませんでした」

「他専攻学科との入試の併願で、他専攻学科では上位で合格している人がMOT(技術経営)では落ちている」

「落ちた人が、次の入試で再チャレンジ、再々チャレンジする例も増えている」

ということで、工学系大学院全体が地盤沈下する中で、MOT(技術経営)だけ「ひとり勝ち」という構図になっています。

個別の技術の研究ではなく、研究開発から事業化まで横断的、俯瞰的に扱うMOT(技術経営)に、閉塞感だらけの工学系、製造業復活の期待がかかっているようです。

但し、過剰な期待、という感もぬぐえません。

まだまだ準備途上な段階で、人気が高まってしまった、というところでしょうか?

何が準備途上か?というと、まずは教える先生方でしょうか?

MITのスローン・スクールをはじめとして、ハーバードでもスタンフォードでも、大学の先生が企業の経営者になったり、企業の経営者が大学の先生になる、など、双方向の人の動きが盛んです。

一方、日本の大学のMOT(技術経営)では、企業の経営者が大学の先生になる、例はたくさんありますが、逆方向は極めてまれ、です。大学の先生が企業の経営者になった例はゼロではありませんが、極めて少ないです。

実は、教わる学生側も準備途上かもしれません。

「TAK」さんもそうなのですが、MOT(技術経営)教育を受けて、いつまでに、経営幹部になる、起業する、のような明確な目標を持っている人は少ないようです。

「何となくキャリアアップしたいから」「これからはMOT(技術経営)だから」というような、漠然とした理由が多いようです。

でも、漠然としていても、「ここから閉塞感をブレークできるのではないか?」という熱い期待でもあります。


MOT(技術経営)の人気急増には、工学の物理、化学などの自然科学偏重から、経済、法律などの社会科学の導入の意味もあると思うのですが、これについてはまた後日お話します。




2008年12月26日

マイクロソフト日本法人・元営業部長の田島弓子さんの著書『ワークライフアンバランスの仕事力』で提唱されている「人生には偏ってでも、ひとつのことにトコトンのめりこむ時期があっていい!」を読んで、異業種忘年会でお会いした元・事業部長の女性の方々を思い出しました。

この方たちに共通しているのは、コミュニケーション力が抜群で、何から何までこなすマルティ・タレントで、寝食を忘れて仕事に打ち込んでいる、男女ということなど全く関係なく、抜群の業績である、ということでしょうか?

これはいろいろな実用本にも書かれているます。

ところで、もうひとつ共通していることがあります。

すべての方ではないのですが、多くの方が「元」と書いたように、退職しています。

どうしても聞きたかったけれど、その場で聞けなかった質問が「なぜ辞めたのですか?」です。


後で、周囲の人々から伺うと、


時代環境、マーケットの状況、企業の事情と、その人が、ぴったりフィットした。

そして、物凄い勢いで回転し出した。

周囲はどんどん巻き込まれ、ぞくぞく成果も、利益も出ていた。

大きくなった事業に合わせて、社内組織も大きく、所属員も多くなる。マーケットも成熟してくる。

すると、あれだけ「ぴったりフィット」していた女性事業部長が、なぜか合わなくなってくる。

回転しようとしても、周囲と歯車が合わず、結局空回り。

職位はぐっと昇格し、収入も増えたが、目に見えて活躍の場はなくなった


ということでした。


「環境とぴったりフィット」した時は、ワークライフ「アンバランス」で、偏ってでも、ひとつのことにトコトンのめりこむ時期があっていいでしょう。

でも、慢心して、いや、慢心したのではなくても、少しずつフィットがずれてくる。

ずれを戻そうと思っても、もう戻らない。

もう、ずれが戻らないならば、またフィットする場を探せばよい。

そして、またフィットしたならば、ワークライフ「アンバランス」で、トコトンのめりこめばよい。


今年、テニスで元・世界4位だった伊達公子選手が現役復帰しました。

彼女がフィットできるのは、キャスターでも解説者でもインストラクターでもなく、選手だったのでしょう


これから、何回フィットする場に遭遇できるか?楽しみな「TAK」さんです。




2008年12月24日

「サイエンスコミュニケーションネットワーク横串会」のオフ会に行ってきました。

この会は、

サイエンス・コミュニケーション関心者(研究者、実践者、学習者、興味者など、サイエンス・コミュニケーションに“関心”を寄せる全ての者を称する)が組織や立場の垣根を越えた横のコミュニケーションに期待をしています。

置かれた立場や背景が違えばなおさら、互いに学ぶことがあり、一緒に取り組めばより面白いことを創ることができる。

そんな交流と活動をサイエンスコミュニケーションに望む者が気軽につながれるプラットホームとして横串会はあります。

横串会はあくまでも「器」、その主体は会員自身が行う横断的なコミュニケーションにあると考えます。

ということです。

参加者はさまざま、大学の先生、研究機関の研究員、大学院生、科学コミュニケーションコース修了者、などなど

こう書くと、関連がありそうな人たちのような感じがしますが、少なくとも産学官プロデューサー「TAK」さんは日常生活ではお会いする機会のない人たちばかりです

全員のスケジュールなど、とても合いませんから、普段はネット上でのコミュニケーションです

でも、ネット上のコミュニケーションには限界があります。

「あれは、よかった!」「こんな点がよかった」「ここに感心した」「これからも続けてほしい」なんて意見はすぐに集まります。

ところが、あまり感心しなかった、よくなかったものについては、率直に意見を
述べてしまうと、まずい結果につながる場合もあり、「歯にものがはさまったような」「靴の上からかゆいところを掻くような」話に終始します。

だったら、時たま、会って、本音ベースではなしてみない?という感じでしょうか?


1次会では、会議室で、活動方針、自分自身の活動報告など、「ちょっと堅い」雰囲気でしたが、2次会では豚しゃぶ鍋をつつきながら、お酒を酌み交わしてのお話です。

普段会う機会はないメンバーだけれども、それぞれのテーマには共通する事柄が多くて、2次会の豚しゃぶ鍋はあっという間の3時間でした。

特に「TAK」さんは、カソウケン(家庭科学総合研究所)の内田麻里香先生と隣同士で鍋をつついて、とっても楽しかったです!

さて、この時、新しい時代の「えんがわでのコミュニケーション」を思い出しました。


昔の農家には、家の座敷の外側に「えんがわ」がありました。

近所の人がやって来て、家に上がるのではなく、「えんがわ」に座る。

お茶を飲んで、お茶菓子を食べて、他愛のない世間話をする。

そして、お互いに頃合いを見計らって、「それじゃ」と帰って行く。

家の中でもない、外でもない、境界領域の「えんがわ」がありました。


横串も、えんがわで鍋をつついてかな?なんて思ったりしました。

参加した皆さん、ご苦労様でした





2008年12月20日

東京大学工学部で開催された第1回システム創成学学術講演会で東京大学 竹中教授から伺ったお話です。

サービスの価値を考える上で、難しいのは、サービスを提供する側だけでなく、そのサービスを受ける側でさえ、その価値を明確には判断できない、ということだそうです。

なぜ、その製品、サービスを選んだのか?本人に聞いてもわからなかったり、あるいは、得られた答えと実際の行動が違ったりします。

スーパーマーケットでの消費行動を分析すると、消費者の7割が当初買おうと思っていたものとは、違うものを買っている、という調査結果も得られています。

逆に言うと、消費者の3割は、当初から買おうと決めていたものを買っている訳です。

さらに複雑なのは、せっかくお金を出して買ったものにもかかわらず、「欲しい物は別のものだった」と気づくこともあります。

どうも、いろいろなパターンがあるようです

・最初から、何がしたいか?決まっていて、それがしたい場合

・最初にしたいことがあったが、進んでいくうちに、違うものがしたくなる場合

・何がしたいのか?よくわからなっかたけれど、進んでいくうちに、したいことがわかってくる場合

・したいと思っていたことをしたけれど、「やりたいことは別のことだった」と気づく場合


どうも、システム、サービス、価値は一筋縄ではいきません




東京大学工学部で開催された第1回システム創成学学術講演会に参加しました。

今回のテーマは、「システムが生む価値」から「システム創成学の教育」まで、「システム」と「サービス価値」がキーワードのようです

インターネットで結ばれ増え続ける情報の種類と量。それが、現代社会の特徴であるように言われることがあります。

しかし、生まれては消滅する様々な人、物、組織、自然環境は、元々社会が活動する中で結ばれ、相互作用する巨大なシステムを構築していました。

薬品に影響される人体、自動車のような機械製品、株式市場、そしてエネルギー、資源、環境問題が顕在化する地球。小さなシステムから大きなシステムまで多面的、俯瞰的視点からとらえるシステム科学を基礎として専門領域に細分化された工学知を統合し、調和のとれた革新的システムの実現。

システムにおける「サービス」はサービスの提供者、受容者の二者間だけのやり取りではありません。

サービスの提供者、受容者を取り巻く社会、環境、それぞれの間の相互作用・インタラクションが重要な対象になります。

すなわち、サービスとは提供者から受容者へ提供するだけのものではなく、取り巻く社会、環境と醸成、創発しながらのやりとりです。

企業が「顧客第一、顧客の立場に立って」と言いますが、これは、自社の商品・サービスのことだけでなく、その商品・サービスが使われる環境、それにより生まれる相互作用も考えることが大切です。


システムの多くは目に見えず、私たちの想像をはるかに超える関連、連鎖をすることがあります。

たとえば、アメリカのサブプライム・ローンはアメリカの住宅業界の局所的、限定的な問題のはずでした。

それが証券化という金融システムにより、アメリカ経済、ひいては世界経済全体が大きな打撃を受けています。


さて、今日の講演会ではどんなお話が聞けるのでしょうか?折を見て、紹介していきます。





2008年12月18日

東京大学工学部で開催された第1回システム創成学学術講演会でスタンフォード大学 福田収一教授から伺ったお話です

従来は、「物価が高くなれば、消費を抑える。安くなれば、購買が増える」のように「人間は合理的に行動する」という前提で、システム、モデルが設計、構築されていました。

ただ、Herbert Simonが指摘したように、人間は必ずしも、理性により合理的に判断するのではなく、感情により、非合理的な行動をとることもよくあります。

また、変化が少ない時代には、環境、状況を十分に判断できましたが、変化が激しい現代では、あふれる情報を十分には咀嚼できていない行動も少なくありません。

20世紀は「計画してから行動する」「考えてから歩く」時代であったが、21世紀は「行動しながら計画する」「歩きながら考える」時代になりました。

「歩きながら考える」のに、まず行動し、外界と対話するのが重要なのはもちろんですが、それにより、将来を予測する能力を向上させることが大切です。

身近な例で、考えてみます。

日本は、2001〜06年まで、利息がほとんどつかない「ゼロ金利」時代でした。

その後、多少回復しましたが、世界不況の影響で、また「ゼロ金利」に戻るおそれがあります。

2001〜06年までの「ゼロ金利」時代に預けた定期預金、定額貯金などはほとんど利息がつきませんから、解約して、預けなおした方が得です。ちょっと計算すれば、わかることです。

これが経済的に合理的な行動です。

でも、多くの人が、検討することもなく、手続きの煩わしさから、ゼロ金利で預けっぱなし、にしていたりします。

このように、人間の行動は、説明が難しい不合理なものなのです。

さあ、定期預金、定額貯金の通帳の利率を、見てみませんか?

来週には、日銀政策会議で利率が下がってしまうかもしれません。そして、いつ利率が今の水準(これでも十分に低水準ですが)に戻るか、わかりません。

預け直すなら、今のうちです。

あなたが、「歩きながら考られる」か、どうか?ですね。





2008年12月16日

新卒採用というレッドオーシャン市場というサイトが興味深いので、抜粋して紹介します。

石田衣良さんの近著「シューカツ!」の 主人公である女子学生はこんな不安を吐露する。

卒業式を迎えて就職が決まらない夢をみる。目が覚めてからも眠れなくなる。社会に居場所が見つからなかったら、という不安からだ。

エントリーシートに記入するエピソードを稼ぐため、興味のないサークル活動やボランティアや海外旅行に時間と労力を割いた。

インターンから面接まで、何回も企業に通い、時に嫌な思いも我慢した。今の就職活動は昔に比べおそろしく長く、手間がかかる。

こうした1年近い緊張と苦労を経て、ようやく手にした内定を、取り消されたり、倒産で無効になったり。やりきれない思いに襲われるはずだ。

企業側も、イメージ悪化などの弊害にもかかわらず内定を取り消す以上、やむにやまれぬ事情があるのだろう。双方が不幸だともいえる。

内々定の時期も卒業の1年前とか1年半前とかでは、的確な採用もしにくい。今のように短期間で経済環境が激変する時代は、特にそうだ。


「新卒という資格はゴールデンチケットだ」という趣旨のせりふがある。また、「このチケットは人生で1回しか使えないから大事に使え」と現役学生にアドバイスする卒業生も登場する。

問題の根はここにある。

大企業、有名企業、役所など人気の高い職場ほど、日本ではまだ新卒中心主義だ。したがって、卒業する時の景気次第で、学生たちのその後の人生が大きく変わる。実際は大手企業に就職したから一生安泰というわけではないし、入社後の苦労やミスマッチなどによる転職も多い。しかしそれでも最初から門戸が極端に狭い学生とは出発点が違う。

今の新卒労働市場では、とにかく、広い世代にまたがっているはずの自社への就職希望者のうち新卒とそれ以外にセグメントし、「大学3年生」や「大学院1年生」をターゲットとし、一生懸命に働きかけ、「いい人材が少ないなあ」などと悩んでいるのが現状ではないだろうか。

何かおかしい。否、かなりおかしいと学生はもちろん企業も大学も気づいている。企業人事に詳しいジャーナリストの大沢仁氏は、近著「就活のバカヤロー」でこうした状況を「茶番」とばっさり切り捨てる。しかも状況は年々、悪化していると憂う。

「新卒」という限られた市場で企業がひしめきあう。現役学生を卒業と同時につかまえるという、ただそのためだけに、採用活動もここまで前倒しされてしまった。まさにレッドオーシャン(血の海)市場での切りつけ合い、抜け駆け、だまし合いだ。すぐ横に、既卒者というブルーオーシャン(競争のない肥沃な市場)が広がっているというのに。

仮に新卒も、卒業して数年の人も完全に同じ扱いとしたらどうなるか。まず大学生らが好況、不況を問わず感じる切迫感、失敗を恐れるプレッシャーは減る。企業も学生も、ゆったりした気分で、今より本音を出し合えるのではないか。



企業と大学の立場を併せ持つ「TAK」さんとしては、いろいろコメントがあります。

採用する企業側としては、「大学3年生」「大学院1年生」「新卒」だけを厳格にターゲットとする理由は特にないでしょう。既卒者をターゲットに加えたって構わないはずです。

ただ、既卒者は、入社時の処遇(給与、資格など)が下の学年と同じ、下になる、などは、割り切らなければなりません。

大学院でも、昔は学年の1年の違いで、先輩、後輩の扱いが厳格でしたが、社会人大学院生の増加で、20歳代から60歳代までが同じ学年になり、先生より年上の学生がでてくると、学年1年の違いなど、あまり意味をもたなくなります。

さすがに、企業はそうもいきませんが、既卒者採用が本格化すれば、数年の幅は、あまり意味をもたなくなるのではないでしょうか?

次に大学の立場からです。

「大学3年生」は専門課程に、「大学院1年生」は大学院に進学し、さあ、これから勉強、という時期です。

この時期の学生がシューカツで大学に来ないことは、シューカツで身につけることを割り引いても、とっても困ることです。

大学、大学院で勉強するはずのことが、すっぽり抜け落ちてしまいます。

実は、この段階の勉強で、自分がやりたいことが見つかったり、明確になったりするのです。

大学、大学院で十分に勉強し、やりたいことがはっきりした段階で、シューカツする方がずっと幸せでしょう。

ということで、企業も大学も、お互いに窮屈な土俵で活動しなければならない茶番劇には、そろそろ変わってもらいたいものです。





2008年12月14日

ちょっと、堅そうで、抽象的なタイトルでしょうか?

「紙、手帳に書いた夢が実現するには?」などと、書いた方がわかりやすいでしょうか?

「紙、手帳に書くと夢が実現する」などと書かれていると、「そんな簡単にうまくいく訳ないだろう」とせせら笑う人もいるでしょう。

実は、「紙、手帳に書いた」だけでは、実現しないのです。

一橋大学の野中郁次郎先生の理論を紹介します。

SECI










図は知的創造スパイラルと言われるものです。

・Socialization
  直接コミュニケーションにより、個人の間で暗黙の知識、経験を共有する

・Externalization
  暗黙の知識、経験を記述した形にし、個人、グループの間で交換する

・Combination
異なる分野の知識を組み合わせ、組織としての新しい知識をつくる

・Internalization
組織の記述された知識を各個人の暗黙の知識の中に取り入れる


ちょっと難しくなってしまったでしょうか?

「紙、手帳に書く」という行為は、自分の中で思っていること、考えていること(暗黙知)を整理して、記述し、形式知にする、ということです。

記述されたこと(形式知)は、やがて、また自分の中に、無意識の吸収されていき、暗黙知となります。

このようにして、「紙、手帳に書いたこと」は実現するのです。


身近なことでは、こんなかんじです。

「TAK」さんは、テニスをした時、必ずテニスノートをつけておきます。

サーブ、ストローク、ボレーなどの調子のよかったこと、悪かったこと、を記述、記録しておきます。

テニスノートに書いたことを気に留めて、次回のテニスに臨みます。

これをつけてから、不調、スランプからの脱却が格段に早く、容易になりました。

形式知と暗黙知のインタラクション、試してみてはいかが?









2008年12月11日

明治大学文学部の諸富祥彦教授から伺ったお話です。

自分をいかにして、高めていくか?自分をいかにして、深めていくか?すなわち「自己成長」をいかにしてなしとげていくかは、人間一人一人にとっての永遠の課題といっていいものでしょう。

この永遠の課題に、心理学はいかにして答えてきたでしょうか。ここでは、カウンセリング心理学の三つの基本的なアプローチを念頭に置いて考えてみることにします。

第1のアプローチは、「過去から解放されるアプローチ」です。

人は、自分を「運命の犠牲者」の立場に置いている限り、しあわせになることはできません。

「私が幸福になれないのは、両親のせい」「私が不幸なのは、最初に結婚した男性がひどかったから」などと、過去や他人に自分がしあわせになれない理由を見出している限り、けっして幸福にはなれないし、ましてや人間として成長をとげていくことはできないのです。

この意味で、この「過去のとらわれから解放されることを目指すアプローチ」は重要なことを教えてくれていると思います。

第2のアプローチは、「練習するアプローチ」です。

このアプローチでは、ついつい否定的なものの見方ばかりしてしまい、そのために人生の可能性を閉ざしている人を、もっと前向きな考え方をするように促していきます。

たとえば、「私は失敗するのでは」「失敗したらもうおしまいだ」と考える癖がついてしまっている人がいます。

自分のこうした考えを「たしかに失敗はしないにこしたことはない。けれども、失敗したからといってそれで終わりというわけではないし、人間としての価値が下がるわけでもない」と、自分で自分に言い聞かせていく。もっとも前向きな生き方ができるようにと「自己説得」していくわけです。

第3のアプローチである「気づきと学びのアプローチ」です。

私たち人間は、愚かで傲慢な生き物です。人生が何事もなく運んでいると、それはすべて自分の力によるかのように、錯覚してしまいます。

けれどこの人生には、さまざまな苦難が待ち受けています。リストラ、借金、夫婦の危機、失恋、子どもの暴力などなど・・・。

こうした苦難は、私たちに人生で大切な何かを教えてくれる「教師」のようなものだとこの立場では考えます。

「人生のすべての出来事には意味があり、目的があって起こっている。家庭の不和や失職、病気のような、一見したところ、ないならないほうがいいような出来事も、実は、必然であり、すべては私たちが気づくべきことに気づき、学ぶべきことを学んで自己成長していけるよう促している」と考えるのです。

そのためにこのアプローチでは、人生で起きているさまざまな出来事の持つ意味とメッセージを発見していこうとします。

人が、(1)過去から解放され、(2)より積極的な生き方を構築し、(3)人生で起きるさまざまな苦難から学び、たましいの成長をとげていく。カウンセリング心理学は、人がそんな成長をとげていく方法論を提供します。




livedoor プロフィール

「TAK」さん

最新記事
Archives