2009年06月

2009年06月28日

週末の産学連携について、話し合う場がありました。

ご迷惑がかからない限り、なるべく実名を出す「TAK」さんですが、今回は実名は出しません。

いつも言うことですが、産学連携は目的ではありません。手段にすぎません。

産業界の事業化のニーズと、大学の研究がマッチすれば、成果が出る、というものですが、実際に事業に結びついたものは少ないようです。

それよりも、産業界と大学の研究者同士が知り合い、コミュニケーションが始まる、出会いの場の意味が大きいようです。

婚活の前に大事なことで書きましたが、


「よく『いい女いない?』とか『いい男いない?』という人がいるけど、みんな怠けすぎですよ。

男も女も欠陥だらけ、不満があって当然。

そこからいい女もいい男も恋愛しながら、自分たちでつくっていくものです。

愛することで自分も相手も変わっていける。

そういう過程から幸せ感も育っていくんです。」


が産学連携にもあてはまります。

「○○大学の先生に委託研究をお願いしたけれど、役に立つ成果が出なかった」

「××企業は何を研究してほしいのか、よくわからない」

ではなく、お互いがつくっていくものです。

もちろん、企業としては研究費用を出す以上は、それを上回る成果が必要でしょう。

大学としても、何の研究成果も出なかった、という訳にはいきません。

でも、本当に一番大切なのは、産学連携のプロセスから生まれる、お互いの人材育成ではないでしょうか?

最近は、企業では、夏休みに学生さんのインターンシップという、実際に企業で働いてもらう機会を設けています。

その中で、実際に就職に結びつく事例は少ないようです。

でも、その企業で働いた経験は、別の企業に就職しても末永く残ります。

むしろ、必要なのは、大学の若手教員の企業インターンシップでしょうか?その後の研究活動に必ず活きることでしょう

学生さんには、企業でのインターンシップもよいのですが、できれば、留学して、異文化に触れて欲しい、と考えます。

今後、産学連携からどのような出会い、人材育成が生まれるか?楽しみです。





マイミクのRinkaさんが以下のような文章を紹介しています


「まず結婚という言葉にこだわらず自由に恋愛すること。

結婚の条件や相手への注文ばかりを考えていると、結婚どころか恋愛だってうまくいきません。

形だけの結婚に執着しているうちは幸せになれませんよ。」

「よく『いい女いない?』とか『いい男いない?』という人がいるけど、みんな怠けすぎですよ。

男も女も欠陥だらけ、不満があって当然。

そこからいい女もいい男も恋愛しながら、自分たちでつくっていくものです。

愛することで自分も相手も変わっていける。

そういう過程から幸せ感も育っていくんです。」


この言葉が数日後の産学官プロジェクトで活きてこようとは、この時には思いもよらなかった「TAK」さんでした。




2009年06月25日

福嶋隆史さんの学力が高い子のノート、10の法則を読んでみました。

1.ノートに書くとき、適度な空間をとりながら書けているか?

2.数字や文字を、大きく、はっきりと、丁寧な文字で書けているか?

3.線を書くときは、すべて定規で書いているか?

4.日付がちゃんと書いてあるか?

5.教科書のページ数が書いてあるか?

6.問題番号がちゃんと書いてあるか?

7.文の終わりに、「 。」をつけているか?

8.段落の最初は、1マス空けているか?

9.消しゴムで消すときは、うっすら跡が残らないように、きれいに消しているか?

10.自分の名前を、漢字で書けているか?


福嶋さんのコメントには、


この10項目をご覧になって、「当たり前のことばかりじゃないか」「こんなことができない子がいるのか」と思われたかもしれません。しかし、当たり前のことができない子は、たくさんいるのです。

これが現実です。


とあります。


でも、実は、上記のことができていない大人が多いのではないでしょうか?確認してみませんか?




2009年06月22日

今日もいただいた通知から、考えたことです。

本当に毎日、いろいろ楽しい通知、おもしろそうな通知、興味深い通知をいただいております。


今日は、ぞっとした通知です。

「無意識の文化」を立て直す

いえ、これだけならば、ぞっとすることもないし、特に何も考えません。

サブタイトルが、

「誰でもいいから殺したい」の深層

となっています。穏やかではありません。


現代社会の問題は、目に見えない〈無意識の次元の文化〉の劣化に大きな根源を持っています。

例えば、ひとが人生で追いつめられた時に取る行動形式は各文化で無意識的に規定されてきましたが、現代日本では「誰でもいいから殺したい」という図式が無意識に浸透してきているように見えます。

〈無意識の文化〉についての理論を概観するとともに、その立て直しの道を探りたいと思います。

講師略歴:上田紀行(うえだ のりゆき) 

文化人類学者。東京工業大学准教授。博士(医学)。

著書に『生きる意味』(岩波新書)、『かけがえのない人間』(講談社現代新書)、『がんばれ仏教!−お寺ルネサンスの時代』(NHKブックス)など。


講師: 上田紀行(うえだ のりゆき)(東京工業大学准教授)

日時: 2009年6月22日(月) 18時30分〜20時30分

場所: 大岡山キャンパス 西9号館 3階 W934講義室


もう、このブログをアップする頃には、終わっていますね


「立て直しの道を探りたい」までは行けなくても、「〈無意識の文化〉についての理論を概観する」くらいはしたいので、著書を買うことにします。




2009年06月21日

090621東大福武お友達のK. Tachibanaさんから、Learning bar「みんなでリーダーシップ開発を考える」というイベントが東大本郷キャンパス福武ホールで開催された、と伺いました。


「リーダーシップを開発するとは、いったい、何をすればいいのか?」

「リーダーシップ開発の最前線では、どのような取り組みがなされているの・・・最新の研究知見はどこにあるのか?」

について、皆さんでディスカッションを深めた、そうです。

Learning barは、

 1.聞く
 2.聞く
 3.聞く
 4.帰る

という場ではなく、

 1.聞く
 2.考える
 3.対話する
 4.気づく

ような場、だそうです。

まず、講師から、参加者が考えるための「良質の素材」と「良質の問いかけ」をするそうです。

「リーダーシップ開発とは、プログラムではない、プロセスである」

、「リーダーシップがもたらす罠:わたしたちは、ピンチやチャンスになれば、強いリーダー(リーダーシップ)≒ヒーローに頼ってしまう」

 傾向があり(リーダーシップロマンス)、また、「説明がつかないことを、リーダーシップという言葉で誤魔化してしまう傾向」があるということです。

このことは、結局、「本当は解決しなければならない組織の問題、職場の問題を、リーダー不在という問題に置き換えてしまうこと」につながります。

その後は、Learning bar恒例のディスカッションタイムです。

今日も、非常に熱いディスカッションがかわされていました。例の如く、福武ホールの温度は急上昇です。

質疑応答は、付箋紙をだしてもらいました。大学院生たちがそれを集めます。

講師の方へのわれんばかりの拍手の中、無事終了です。


「TAK」さんも次回から参加したいのですが、


満員御礼が続いており、参加登録いただいても、すべての方々の御希望にはお応えできないケースも生じてきています。


そうです。参加できるといいのですが。




2009年06月17日

デンソーの深谷紘一副会長から伺ったお話です

●「人事を尽くして天命を待つ」は経営者には通じない!


「人事を尽くして天命を待つ」

人として最善の努力をし尽くした上で、あとは静かに天命にまかせると言うこと。

出典は「読史管見」(とくしかんけん)儒書、宋代、胡寅(こいん)書名は「史書を読んでの愚見」の意味。

もっとな、潔い言葉です。

ただ、厳しく言うと、やれることはすべてやったのだから、仕方がない、という甘さにも通ずる、とも言えます。

最終的に全責任を負わなければならない、経営者は、それでは許されない、ということでしょうか?

天命にも徹底的に立ち向かうのが「経営者」です。

「やれることはすべてやったのだから、仕方がない」とは、責任を回避できる経営者以外には許されても、経営者には許されないようです。

●トヨタ生産方式はトヨタが立派になってから作ったのではない。立派な生産方式があったから、トヨタが超一流になった。

最近は自動車業界全体が不況ですが、トヨタは世界優良企業であったことは確かです。

トヨタが優良企業である要因として、カンバン方式、ジャスト・イン・タイム、など、いろいろ挙げられます。

ただ、これらの方式があったからこそ、トヨタが立派になったのです。

原因と結果を逆にしてはいけません。




2009年06月16日

在宅時はメールチェック、返信、あるいは原稿・ドラフト執筆などでパソコンに向かう時間が多くなり、テレビは「見る」というよりも「BGM」になっているのが現代社会でしょうか?

すると、お笑い芸人の馬鹿騒ぎなどは避けるため、NHKを選ぶことが多くなっています。

そんな中で、素敵なテーマ曲にあったりもします。

まず、ひとつ目は、「世界ふれあい街歩き」

村井秀清さん作曲のさわやかなテーマ曲が印象的です。


レポーターや案内人すらいない。キャッチな観光スポットには行かない

カメラが主役で街を歩き、「連れ」感覚のナレーションがつぶやくだけ。

そしてやたら街の人に話しかける。内容はどうでもいい世間話。


ということだそうです。上に書いたように、あまり見ていないので、この辺の事情はよくわかりません。

もう、ひとつは、番組は忘れましたが、挿入歌で使われていた「奥華子」さんの「明日咲く花」

輝ける場所へ いつか行けるのなら

このほしの何処かに 光探してゆく

輝ける場所へ きっと戻れるから

このほしの何処かに 光探してゆく


「見る」テレビではなく、「BGM」のテレビだからこそ、あった出会いかもしれません




2009年06月15日

Shoptalk: (職場外での)仕事の話、(ある職業・分野の)専門の話、専門用語

とあります。

ここでは、内輪話、としましょうか?

「TAK」さんは、このところブログの更新が滞っています。

朝5時に起きる「TAK」さんは帰宅が午後10時を過ぎると、食事、入浴、メールチェックなどで、夜の12時を回ってしまうため、ブログの更新は行いません。

でも、日曜日の夕方は在宅しているので、NHKの大河ドラマを見ながら、ブログを更新するのが日課でした。

でも、この週末はそれすらしていません。

なぜでしょうか?と考えていたら、東大の内田麻理香先生の、

心が動かなくなったら

シングルタスクとダンドリストと律速と

が参考になるので、後ほど抜粋して紹介するとして、それ以外に、「Shoptalk(内輪話)から一般化できる法則が見つかるか?」がある、と思います。

「TAK」さんがブログに書くことは、「TAK」さんも身の回りで起こったことです。本来、一般に公開するような内容ではありません。

わざわざ、一般に公開するのであれば、一般にわかる話でなければなりません。

「TAK」さんも身の回りの人々には、何人か誰もが知っている有名人がいます。その場合には、そのエピソードだけで、十分でしょう。

そうではない場合には、Shoptalk(内輪話)から一般化できる法則が必要、と思
います。でないと、Shoptalk(内輪話)で、読む価値がありません。

と「TAK」さんの追加見解はこれくらいにして、内田麻理香先生のお話を紹介しましょう。


心が動かなくなったら

「どんなときに、書けなくなりますか?」的な質問を受けました。そのとき私は

「仕事が忙しすぎて、仕事以外の余裕……生活とか遊びとかの時間が余裕がなくなるとネタ切れになる」

というような答えをしたのですが。あとでつらつらと考えてみたら、それは違うなと思ったので、ここで訂正。(って、見てもいないような辺境の地での訂正でスミマセン)

仕事が忙しくても、時間の余裕がなくても書ける時は書ける。書けない時は、まさに「心が動かなくなったとき」だと思うのです。

ただ、忙しいだけならいいのですが、「忙」の漢字の成り立ち通り「心を亡くした」ときが一番ダメなのかも。

喜怒哀楽をなくしたら、感情の動きが平坦になってしまったら、モノカキとしておしまいなのかな、とか思ったりしてみる。


シングルタスクとダンドリストと律速と

各方面へのお返事が滞って遅れております。申し訳ありません。順次対処しておりますので,今しばらくお待ち下さいませ。

お尻に火が点く,とはまさにこの状況でして。

私は典型的なシングルタスク人間。複数の作業をこなすのがダメダメで,頭が真っ白になる。

女なのにマルチタスクができない……というのは語弊があるでしょうか。

でも,女性の方がマルチタスクが得意な方が多い気がします(カソウケン調べ)。なーんかそんなこと書いてあった本もありましたね,と。

ダンドリストが羨ましい。

ただ,自分でも不思議なのが,唯一マルチタスク作業をこなせるのが料理なんですよね。

「律速」 を意識しながら複数の作業の進行表を無意識に近いレベルで頭の中で組み立てて,実行する。

仕上がりと同時に洗い物も済んでいると,うっとりできる。

これって要するに回数の問題なのでしょうか。確かにこなした回数という意味では他のどんなことにも及ばない。「慣れ」ってこと?





2009年06月11日

CVAパートナー兼日本関連プロジェクト統括マネージング・ディレクターの今北純一氏から伺ったお話です

戦うということは対話もしくは対決するということで、対立を意味するものではありません。戦いが始まっても、逃げずに乗り越えていく。そうすると技量もついてくる。経験は勇気を与えてくれたそうです。

さて、今北氏が仕事の主戦場としてきた海外では、日本国内以上に「個人」として勝負できなければなりません。

しかもそれは、語学、プレゼンテーション力、交渉力といった目に見える「スキル」だけではなく、むしろ毎日の仕事の中で出会う様々なチャレンジを克服していくことで身に付く、「コンピテンシー(蓄積した知見、判断力、決断力、人間力など)」を開発することが必要なのです。

そのためには、究極は自分との戦いに勝つことが大切だと今北氏は考えています。

今北氏は、ご自身がどのようなことで戦ってきたのか、具体事例を挙げながら話してくれました。

ひとつは、「羞恥心」との戦いです。

例えば、国際会議などに参加した際、手を挙げて講演者に質問することは今北氏にとって、恥ずかしくて簡単にできることではありませんでした。

そこで、なかなか質問できない原因となっていた羞恥心を克服するため、ある時、質問するまで今日は帰らないと決めたそうです。

そして、講演が終わるやいなや、真っ先に手を挙げました。狙い通り、司会者から指名され立ち上がったはいいものの、その瞬間頭の中は真っ白で言葉が出てこない。絶句したまま座らざるを得ず、最初の質問は失敗に終わりました。

もちろん、今北氏は最初の失敗にめげることなく、その後も場数を踏むことで積極的に質問することができるようになったそうです。

また、「気まずさ」との戦いもあります。

これは、1人で参加した国際会議等の合間のコーヒーブレークで、他の参加者が数人集まって談笑しているような状況です。

1人でコーヒーをすするのは孤独なもの。かといって、楽しそうに話している知らない人たちの輪に入るのも、なかなか勇気がいることです。

今北氏は、最初、いきなり黙って割り込んでしまい、気持ち悪がられたそうです。場数を踏んで、うまく輪に入るコツを経験を通じてつかんでいったそうです。

そして、「怠慢」との戦いも。クライアントとのミーティング後、今北氏はすぐに議事録を作成することにしているそうです。というのも、作成を後回しにすれば大事なポイントを忘れてしまうからです。ですから、たとえミーティング後でホッとした気分になってまずはお酒を飲みたい、食事をしたいという欲望が湧いてきたとしても、そんな欲望に打ち勝って議事録作成を優先するようにしています。これは今でも続いている戦いとのことでした。

自分との戦いに勝つために大事なことは、ともかく逃げないこと、そしてクリアするまでがんばることなのだそうです。

こうした日々の細かいチャレンジをクリアしていくことが、すなわち「コンピテンシー」を開発し、成果の出る行動につながるということなのです。



 


2009年06月09日

「リーダーのためのキャリア・デザイン・カフェ」の主宰者である「TAK」さんは、「何かを目指す人」とカフェスタイルでお話できれば、と思います。

東大、学内でカフェをプロデュース 「UTCafe」をオープンで書いたように、東大大学院情報学環の吉見俊哉・学環長は


「新しい知を生み出すには、食べながら、飲みながら談論する場が必要で、そのためにはおいしい食事とワイン、コーヒーが必要。カフェを『知が出合う場』にしたい」


と言っています。


ところが、「講演会とその後の懇親パーティー」と「食べて飲みながらのカフェ」の違いで書いたような、カフェのはずが、単なる「講演会とその後の懇親パーティー」となっている例が増えているようです。

この形式では、カフェの「軽く飲み物、食べ物をつまみながら、ゆったりとした空間で、講師と会場が一体に」というよさがないのです

カフェに集まる人たちの「渇望」とは?に書きましたが、カフェに集まる人は、「食うに困っている」人ではありません。

ちゃんとした職業に就き、それなりの収入もあります。いわゆる「中の上」「上の下」くらいの人たちでしょうか?

世間的な目から見れば、「何の不満があるんだ」ということかもしれません。

なのにこの人たちは、「渇いている」のです。

「渇いている」人がほしいのは、単なる知識、情報ではありません。

新たに得た知識、情報をもとに、集まった人たちの間でかわされる、ちょっとした対話(インタラクション)、そこから得られる知的興奮を欲しています。


すると、サイエンス・カフェの主催者の方々から、いろいろご意見をいただきました。

「それは、よくわかるんですけど、・・・

知的対話のはずが、けんか腰の、つかみかからんばかりの口論になってしまったことがあって、

主催側が扱いやすい講演会形式に変えました」

実は、「TAK」さんもこのような場に遭遇したことがあります。

つかみ合いの大激論になったテーマは、これからの国際政治?金融政策?教育論?キャリアの描き方?

いえいえ、「アインシュタインの夢と超弦理論 」です。

科学が専門でない人にとっては、「なんでそんなことでつかみ合いの大激論になるんだ?」と思われるでしょう。



カフェの主催者が用意するのは、

・談論する場

・食事とワイン、コーヒー

・講師とテーマに関するお話

・司会

だけではなさそうです。

誰でも参加OKとしておいて、創発的なインタラクション、というのは虫が良すぎるかもしれません。

講演者、司会もサイエンスの話題を提供すればよい、だけではないのかもしれません。

場をどうコントロールするか?マネージメントするか?知的に興奮して帰ってもらうか?も大切なのではないでしょうか?

では、具体的にどうすればよいでしょうか?う〜ん、いいアイデアが浮かびません






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