2009年09月

2009年09月29日

090929エーゲ海










本日9/29にギリシャのエーゲ海の島々の旅から無事帰ってきました

2週間の長期間の日程でしたが、あっという間、でした。


ところで、旅行とは非日常的な行動の典型例でしょうか?

それゆえ、記録、気づいたことなどは残したいものです

でも、旅行についての紀行記は、これからそこへ行く計画の人、そこへ行ったことがある人、にしか関心がないものです。

そこで、海外旅行全般について気づいた点を、エーゲ海の真珠でも聞きながら、書いてみます。

●添乗員付き団体旅行は世界共通

ギリシャのエーゲ海の島々には、ヨーロッパ、アメリカ、南米、アジアなど、文字通り、世界中から旅行客が集まります。

そこで、目に付いたのが、欧米からの団体が添乗員付きツアーで回っていることでした

以前、ハワイなどで、「添乗員付きの集団でかたまって、カメラをぶら下げて回っているのは日本人だけ」で、言われていた時期があります

確かに当時目立ったのかもしれません

でも、今から振り返ると、これは、海外旅行にようやく行けるようになった日本人を、日本人自身がやや自虐的に見ていたのでは?という感もします

行ったことがない未知の場所に旅するのであれば、添乗員付き団体旅行もいいでしょう

勝手と、気ままが好きな「TAK」さんはもちろん個人旅行ですが


●世界中の人が集まる場所の共通語は英語

当たり前じゃないか?と言われそうです

他の世界中の人が集まる観光地、例えば、スイスは英語が通じる場所は限られていて、ちょっと中心を外れると、ドイツ語、フランス語が主流

タヒチだって、英語が通じる場所は限られていて、フランス語が主流

香港にいたっては、英語がほとんど通じませんでした

ところが、ギリシャ語は、

"It's all Greek to me." (それは、僕にはちんぷんかんぷんだ)

が示すように、世界で通ずる言語ではありません

そんな訳で、英語が共通語として活躍します。実はエーゲ海の島々では英語が公用語に近かったのですが、アテネではあまり通じなくなりました。

アメリカ人、イギリス人以外は、共通語の英語と、自分たちだけで内緒で話す母国語を、巧みに使い分けています

こうなると、英語が母国語でない方が有利?でしょうか?

●パソコンは持って行く?

これは随分悩みました

今の世の中では、海外旅行先とは言えども、パソコンで調べたいこと、通信したいことがあります

でも、海外旅行先でずっとパソコンを操作しているのも、もったいないものです

結局、「TAK」さんはパソコンを持っていきませんでした

ホテルのフロント、ビジネスルームに備え付けのパソコンがある場合もあれば、ない場合もありました

でも、インターネットカフェで15分もやれば十分でした

ただ、日本語入力システムはないので、メールは英語で出しました

●便利になった携帯電話

数年前、

・成田まで使う日本でしか通じない携帯電話

・日本と海外を結ぶ携帯電話

・現地で使う携帯電話

の3台を持って行ったことがあります。

これが1台ですべてOKになりました。本当に便利です。


さて、明日からスケジュールがみっちりです。のんびりした身には少しつらいかもしれませんが、頑張るぞ!



















2009年09月13日

今年の9月には5連休があります

大学も10月から始まります

そこで、「TAK」さんは、これから9月いっぱい、遅い夏休みを取ります

ギリシャのエーゲ海の島々を巡って、のんびりしてきます

「TAK」さんもバカンス・スタイルとして、パソコンは持って行きません

今は、ほとんどのホテルにパソコンは置いてあるので、メールは読むことが出来ます

そして、急ぎの案件だけ返事をします。日本語入力システムはないので、英語です

ブログは更新しませんが、そんな事情ですので、ご心配なく!

のんびりしてきます。

それでは、行ってきま〜す!



2009年09月11日

リーダーたるもの、朱を動かすためならば、青の美しさを懇々と説くよりも、いったん、赤くなってしまおう。変革は、その方が早道だ。

しょせん、人間は好き嫌いで動く。

「分かってくれない」「無知だから仕方がない」と相手のせいにして、諦めてしまっては、それで終わりです

経営コンサルタントの田嶋雅美さんから、伺ったお話です

この名言の出所である「朱に交われば赤くなる」とは、「交流する相手によって人は善人にも悪人にもなる」という意味の諺で、どちらかというと「思考とコミュニケーションの悪い癖は組織の悪しき習慣に染まるからだ」「悪い友達とは付き合うなよ」のようなネガティブな意味で使われることが多いようです。


「本当は青がいいと思っていても、押しつけては相手は青くなってくれないよ」

どんなに正論を述べていても、またそれを理路整然と伝えていても、それで人が動くとは限りません。

「頭では分かっても心では納得していない」からです。

あなたも誰かから説教された時に、「おっしゃる通りなんだけど従いたくない」と感じたことはあるはずです。

重要なのは、「赤くなる」ではなく「赤くなれ」という部分。

「いつの間にか染まってしまう」のではなく、「意識的に色を変えろ」と言っているわけです。





2009年09月10日

慶應丸の内キャンパスでコミュニケーションを担当している松江妙子さんから伺った話です



気づいた変化がありました。これが、実は「大きな」変化であるとわかりました。

変化とは例えばこうです。



買物にでかける先がだいたい決まってくる。

それと同時に、タンスの肥やしになる服、履かない靴が減る。

行きつけのレストランができる。

気に入った美容院はもう10年も変えていない。

同じ作家の本が並ぶ。

音楽も映画も、何を聴けば元気が出るか、自分がどんな映画を見たいのかわかってくる。


しかしその一方で、別の変化にもまた気づかざるを得ませんでした。


街に出ると、見かける人の行動にやけにカチンとくるようになる。

レストランや店舗で受けるサービスに、「気に入らない」と感じる瞬間が増える。

見るもの、聞くものに評論家のような反応を示すことが増えた。

第一印象で、読むかどうか観るかどうか、聴くかどうかを決めてしまう。

ちょっと関心をもつことがあっても、すぐ自分には無理だと思ってしまう。


すべて挙げたらきりがありませんが、つまり、私は自分の「価値観」を徐々に明確に意識できるようになっていったと同時に「認識の枠組み」をも、固定化させていたのです。


認識の枠組みの固定化。

大人のコミュニケーションの難しさはここにあります。あらゆるコンフリクトの根底には、枠組みの固定化が潜んでいて、それらがぶつかり合って火花を散らしているのです。

「同意」「賛成」は気持ちがいい。

盛り上がる会話には、随所に「わかるー!」「そうそう、そうなんだよね」という言葉が散りばめられます。

ごはんはおいしいし、お酒はすすむ。

できればそんな人とだけ、長く交流を続けていきたいと思う。

しかし、大人はそこを超えなければなりません。

大人には、特にこのグローバル社会に生きる大人には、「同意」でも「賛成」でも、その安易な裏返しである「反発」や「反対」でもなく、その間にあり土台にある「共感」が求められているのです。

「共感」、つまり、固定化された枠組みから自分を解放し、向かい合う相手の枠組みをも受け容れる必要があるのです。

「受け容れる」というと、ちょっと重たい感じがします。なんとなく、「同化する」というイメージがつきまとうのです。

というわけで、私が今一番しっくりきている表現は、「寄り添う」です。

良いとか悪いとか、価値判断から離れて、とにかくまずはそれに「寄り添う」ことです。

寄り添って、その人の見ている景色を見ます。

その人の聞いている音を聞き、その人の感情を、考えを知ります。

そうしたら、自分との違いがわかります。

そこからコミュニケーションは始まるのです。

違うのはあたりまえ。違うからこそコミュニケーションするのです。


どうしたら寄り添うことできるのか?


今の段階で一番しっくりきているのは「愛情を持つこと」。相手に。相手の持つ無限の可能性に。

愛情がピンとこなければ、「関心を持つこと」。

関心を持つのが難しければ、では最初の一歩として「自分には関係ないと思わないこと」。

まずは気づくところから。自分の枠組みに気づくところから。

そして人と人との関係には、「同意」と「同意できない」だけでなく「共感」というステータスがあるということを知るところからではないでしょうか。







2009年09月08日

ワークスタイル改革 フリーアドレスの座席は?と書いたのですが、最近は、「仕事をするのにオフィスはいらない」という本が売れている、そうです。

この本は、まだ読んでいませんので、タイトルから内容を想像してみることにします。

第三者の手が入ることによって、より個性が強まるで書いたように、Wiki


ウィキでは通常、誰でも、ネットワーク上のどこからでも、文書の書き換えができるようになっているので、共同作業で文書を作成するのに向いている。この特徴から、ウィキはコラボレーションツールやグループウェアであるとも評される。ソフトウェアとしては、初めに登場したプログラムに改良を加え、あるいはそれを参考にしたりして、現在では多くのウィキが出回っている。


あるいは、Google Appsのようなクラウドサービスにより、ノートパソコンがあり、ネットにつながれば、そこがオフィスになります。

別にオフィスにいたり、通勤したり、客先から帰社することなく、あるいは自宅にいても、ノートパソコンがあり、ネットにつながれば、仕事ができます。

何人かのチームで、しかも場所的に離れて、仕事をする場合、少し前までは、メールにファイルを添付して、情報共有という方法が主流でした。というよりも、今でも結構、このやり方が使われています。

簡単な仕事であれば、これで事足ります。

ところが、

・ファイルが大きいと、メールで送ることができない

・修正が頻繁になると、どのバージョンだか?わからなくなる

など、いろいろ問題も出てきました。

グループウェアでは、サーバーにアクセスすれば、最新のバージョンがアップデートされていますから、このような問題はなくなりました。

ワークスタイル改革 フリーアドレスの座席は?に戻りますが、


チームで顔を突き合わせてやらなければならない時と、各個人でやる時のメリハリがしっかりしている、とのことです。


ということで、完全にネットだけでよい、というわけではなく、「チームで顔を突き合わせてやらなければならない時」だって、しっかりあるそうです。

読まないで、タイトルからだけの想像はこの辺が限界のようです。

では、読んでみることとしますか?


2009年09月07日

いつも書いていることですが、社会人大学院生、特に私費で学んでいる人は、現状の職場に疑問を抱き、あるいは、飽き足りない部分、乾いた部分があって、それを満たそうと、参加している人が相当部分です。

そして、仕事以外の事柄に、やりたいことがたくさんあります。

ところが、論文、レポートを書く段になると、なぜか「やりたいこと」ではなく、「疑問を抱いていた仕事」関連のテーマに戻っていきます。


「仕事以外にやりたいことがあるから、大学院に来たのではなかったですか?」

「そうなんですけど」

「学問の立場に立って、今の仕事を離れた位置から、見てみると、解決しなければならない問題、今後の課題が次から次と見えてきます

こうやって、離れてみると、あんなにいやだった「仕事」もまんざら捨てたものではなくて、研究テーマとしてはおもしろいんです

しかも、中の細かい事情も良く知っていますので、研究対象としては最適なんです」


ふ〜ん、離れてみてみると、いいかもしれません

中にいるとわからなかった、問題、課題、いい点が見えてくるかもしれません




2009年09月04日

しばらくブログを更新していません

書きたいことはいっぱいあるのですが

仕事が立て込んでいたせいもありますが、2、3日体調がすぐれませんでした

もしかして?もしかして?これって、新型インフルエンザ???

どこで診てもらえば、よいのかしら?

病院へ行って、却って、うつされたら、どうしよう?

新型インフルエンザに対する東京都の対応を見ると、「新型インフルエンザは、都内のすべての一般医療機関で受診できます。」とあります。

そこで、かかりつけの友人の医者を訪ねることとします。

「「TAK」さん、熱はありますか?」

「ちょっと微熱、37℃くらいかしら?」

「いつから、調子悪いですか?」

「ここ2、3日かしら?」

「念のために、検査するけど、「TAK」さん、新型も何も、そもそもインフルエンザではないよ!」


「インフルエンザならば、新型でも、そうでない種類でも、体調が悪くなってから、数時間で38℃を超える高熱が出ます

「TAK」さんみたいに、ここ2、3日体調がすぐれず、微熱が出ている、なんて、ことはありません」



お医者さんから、そう言われると、具合もよくなります。

「でも、手洗いとうがいは、しっかりしてくださいね!」


新型インフルエンザかしら?と心配しているくらいならば、医者に診てもらうのがよさそうです。





2009年09月01日

小泉チルドレンと呼ばれる、前回4年前の衆議院選挙で自民党から初立候補して当選した議員の中に、「TAK」さんの知り合いが何人かいます。

彼ら、彼女らは、今回の選挙で皆、落選しました。

彼ら、彼女らは、4年前に30代から50代の「働き盛り」でした。

ある人は、自民党から打診があり、ある人は、自民党の公募に応じて、候補になました。

はたから見れば、何の申し分のない社会的地位、収入がありました。

でも、現状に満ち足りないもの、あるいは、このままでは先の展望が開けない、という考えがあって、立候補したのでしょう。

若い当選した議員の中に、うかれている人もいました。

彼ら、彼女らは、ずっと冷静でした。

当選したのは、自分たちの力ではなく、物凄い追い風によるものであること、を十分に認識していました。

4年後までに、自分の力をつけて、自分の力で、当選しなければならないこと、あるいは、自治体首長など、他への転進をしなければならないこと、はわかっていました。

参議院には6年という任期があります。一方、衆議院の任期は4年ですが、いつ、解散になるか?わかりません。

でも、自民党の大勝を受けて、任期が比較的長いことはわかっていました。

30代から50代の彼ら、彼女らにとって、4年という期間は、決して短いものではありません。

この間に、次への布石を打つ、次のキャリアプランを決める、など、しっかり準備をしなければなりません。

ただし、元いたところとは、必ずしも円満ではない決別をしているので、「元の場所に戻る」ことはできません。

彼ら、彼女らの生活は一変しました。

「TAK」さんたち、友人と会う機会はめっきり減りました。

選挙地盤と必ずしも密着していない、彼ら、彼女らは休日には、必ず選挙区へ行って、有権者と触れ合うイベントに参加します。

議員本人たちだけではありません。休日は家族も巻き込んでの対応になります。

「国会議員、落ちてしまえば、ただの人」

という言葉があります。

彼ら、彼女らは、「ただの人」になりました。

まだ、「TAK」さんは誰とも連絡を取っていません。

彼ら、彼女らの真価が問われるのが、これからなのかもしれません。





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