2010年01月

2010年01月31日

また、いいブログを見つけました

身の程知らずは未来の星



自分の身の程なんて早く知ってしまうより

知らずに少しぐらい向こう見ずな方がいい

若い時は何度でもやりなおしがきく

当たって砕けろぐらいでちょうどよい

たとえ大人に身の程知らずと笑われても

身の程を知って何にもしないより、とりあえず勝負に賭けてみたい

未来の星は自分の可能性をあきらめることの下手な身の程知らずからきっと生まれるよ

そして何でもやる前に無理だよとしたり顔する大人たちをあっと云わせて


何も若いときに限った話ではないでしょう

「そんなこと言ったって、現実的には」「できることと、できないことがある」などと自分で自分に枠をはめてしまう、ほど、馬鹿馬鹿しいことはない

とは、言いながら、子供の頃なら、いざ知らず、大学生ともなると、周囲の目を意識するようになり、「当たって砕けろ」ではなく、「小さな成功」を狙うようになってしまう

もう一度言います

未来の星は自分の可能性をあきらめることの下手な身の程知らずからきっと生まれるよ

そして何でもやる前に無理だよとしたり顔する大人たちをあっと云わせて






2010年01月28日

いいブログに逢いました

まだ頭の中で会っている彼

みんな思い当たる節があると思います。そのまま引用しますので、味わってください!


今度、君に会う時

私はどんな顔して会えばいいのかな


にっこり笑って何でもなく

今まで通り話せるのかな

それとも視線も合わせずに

気まずい空気を流すのかな


会ってみなければ自分がどんな

行動を取るかもわからない

でもわかっているのは

君に会った時のあれこれを

もう何日も頭で思い描いていること


恋が終わったのだから

君に笑顔で接しようが

口もきかなかろうが

どのみち何にも変化も進展も

起こりえないのに


今度、君に会う時

私はどんな私になっているのかな

ずっとそのことを考えているよ


まだちょっとだけ好きな君のこと

今度会う時までにこの想いが

綺麗に消えているといいな


君がどう反応するか

私がどう接するか

そんなことさえ考えることもないぐらい

もう君を想い出さなくなるといいな





2010年01月27日

Educe Cafe「遊びごころって、なに?」に参加します

場所は東京大学情報学環 福武ラーニングスタジオ

さて、「遊びごころって、何なのでしょう?」

結構考え出すと難しい問題です。

「TAK」さんとしては、「仕事と遊びと学びが混然一体となって、分けようがない!」なんていう状態がいいな、と思います。

でも、現実には、「仕事」と「遊び」って、対極にあります。

だからこそ、「仕事に遊びの要素を取り入れる」なんて、ことも出てくるのでしょう

今書いていて、このカフェで気づいたことを起承転結の文章にすることも難しい
ので、箇条書きにポイントを書きます

拾い読みしてください

●遊びの中に気づきがある。遊びが学びに結びつくこともあるし、必ずしも結びつかないこともある。

●チャレンジ、苦しみをどうにかして、遊びにしてしまうことだってできる

●遊びは中途半端にせずに、徹底的に遊んじゃう

●楽しいことだけが遊びではない。どんなにつまらなく見えることにだって、遊びの要素は隠れている。

●一見、苦しくて大変な宿題を楽しそうに出す。楽しさをわかっている人が伝える。

●子供が遊んでいるとき、もっといい方法を教えてはいけない。プロセスには手を入れない。

●研究に行き詰まることがある。そんな時は、遊びでひとしきり遊んで、切り替えてから、また研究に取り組む。




2010年01月25日

サードプレイスコレクションに参加しました

「サードプレイス」とは、家庭でもない、職場でもない、「第3の場」の可能性について考えるものです

企業で働く大人たちは、

「働くことの意味」を自ら問い直すことや、いままでにない新しい価値を創り出すことが求められています。

家庭でもない、職場(企業・学校)でもない、「第3の場」が、人々の憩いの場になると指摘しました。このコンセプトを元に成功したのが、スターバックスです。

今回のパーティーでは、このサードプレイスを「憩いの場」ではなく、「対話・創造・学びの場」すなわち「学びのサードプレイス」として捉えます。

家庭や職場から離れ、多様な他者とゆるやかにつながり、対話・交流する中で、改めて自分の仕事の意味を問い直したり、新しいアイデアや気づきを得るための場。

それが、「学びのサードプレイス」です。


なにかワクワクするイベントです

6時開場、6時半開園になっていますが、混みそうなので、早めに会場に向かいます

サイエンス・コミュニケーション横串会のいなさん、さかさパンダさんとお会いして、ご一緒します。

さて、開会からいきなり、LIVEの大合唱。まるでフィナーレのような盛り上がり。

まず、場を一体にするには、音楽が有効です。映像は見なければ入ってきませんが、音楽は必ず入ってきます

会場が一体になった後、「新しい場のスタイル 」「カフェの可能性」「企業の未来を切り拓く第3の道」「創発的な場のデザイン」「地域と社会を場が変える」についてプレゼンがあり、それをネタにそばの人々とラーニングナンパ、という流れです。

15名のプレゼンテーターが3分ずつプレゼンします。ひとりひとりは30分以上内容のあるプレゼンを出来る方々なのですが、これはちょっと消化不良。

1+1+・・がマイナスになってしまっています。相乗効果ではなく、相殺効果になってしまったかしら。

Learning barは、いろいろな人との出会い、創発が楽しみで、決して友達と一緒に行ってはいけないのですが、サードプレイスコレクションはひとりではいたたまれない、感じです。「TAK」さんもサイエンス・コミュニケーション横串会のいなさん、さかさパンダさんがいなければ、ちょっと辛かったかしら。

ところで、イベントって、twitterのおかげで、終わってから「も」本番になりました。

外に対するインタラクション部門と、自分の中でのリフレクション部門と。

twitterのおかげでリフレクションを、もう一度インタラクションに戻すというサイクルができます。

この辺のことをB面ブログに書きます

なお、サードプレイスコレクションの詳細なレポートは「見せたがり日記」にあります




2010年01月22日

またまたおもしろそうな本がありました。

『就渇時代の歩き方』小島貴子著 主婦の友社

「就活時代」ではなくて、「就渇時代」であるところが、厳しさを示しています。

平成21年新卒者の20年11月末/12月初における就職内定率は高卒で68.1%、大卒で73.1%にとどまっており、かなり厳しい状況といえるでしょう。

就活は、それに臨む就活生にとって、多くの場合初めて経験する種類のチャレンジです。

それまでの人生においては、専攻は何を選ぶか、進学先はどこを選ぶか…といったキャリア上の大きな転機はあったでしょう。

しかし、希望する方向を選択してしまえば、それを実現するための方法に迷うことはありません。

多くの場合それは「試験」であり、あらかじめ決められた科目の定められた範囲から出題される問題に回答し、その成績順に合格するといった「ゲームのルール」が明らかでした。

これに対して、就活は「就職」なのか「就社」なのか、どのような職種や企業を選ぶのかということがそもそも難問であるだけでなく、希望する方向を決めた後に、その実現のために何をすればいいのかも必ずしも明確ではありません。

実際、企業の求める人材は業界、職種、あるいは個別の企業によって多様であり、さらに企業の中でも多様な人材が求められています。

入学試験のような明確な基準があるわけではありません。

にもかかわらず、就活の時間は試行錯誤で対処するにはあまりに限られています。

ましてやこの厳しい環境だ。就活生が不安にとらわれ、自らを見失いがちになることは避けがたい、ことかもしれません。


一方で、先生方も困っています。

大学3年生、大学院の修士1年生にはじっくり勉強、研究をして、さらにゼミ、サークルなどの活動を通じて、自分がやりたいこと、進みたい方向を見つけてほしいのです

ところが、大学3年生、大学院の修士1年生は授業に出てこないどころか、大学にすら来なくなってしまいます。

「いったい彼らにとって大学って何なのだろう」

この本がこういった構造的矛盾にどこまで答えているのか?それとも全く違う切り口から、目の覚めるような解決策を示してくれるのか?

早速読んでみることにしましょう





2010年01月21日

興味深い本を紹介されました

『教育の職業的意義−若者、学校、社会をつなぐ』本田由紀著 ちくま新書


「こんなことを勉強して、いったい何の役に立つのだろう?」

中学校、高校生ともなればほとんどの人が1度や2度はこうした疑問を感じたことがあるに違いありません。

高校の数学で学ぶ行列、微分・積分などは、多くの仕事ではまずまったく必要ないでしょう。

大学で学ぶ経済学も似たようなものだろうし、哲学ともなればなおさらでしょう。

そう考えれば、高校教育や大学教育においてもっと職業的意義のある内容を増やすべきだ、という考え方も出てくるでしょう

と、書評はこんな感じです。


では、職業的意義のある内容を重視して、教養的意義のある内容は減らしてよいか?というと必ずしもそうではないでしょう

MOT(技術経営)大学院では、企業戦略論、ポートフォリオ理論などを勉強します。

すると、社会人大学院生は、目を輝かせて勉強します。

一方、いわゆる学生さんは、「学問の香りがしない。もっと学術的に意義のある勉強がしたい」と言って、授業に来なくなります。

これは、経験により、必要性を認識している差が生み出すものです。


「TAK」さん自身の経験から、ほとんどの人が勉強する「英語」を例に取りましょう。

「日本で生活するのならば、別に英語など不要」という人は少なくありません。

大学入試の勉強をしている時には、英語は試験対策以外は全く役に立ちませんでした。

大学生になってから、異文化ゼミなど、留学生と接する機会が増え、英語ができる人は、次第に優位性を発揮するようになりました。

大学3、4年生になると、それがもっと顕著になります。

ハーバード、スタンフォードなど欧米の大学院への進学、外資系企業への就職を考えると、英語は必須になります。


本を読ますに、紹介するのは、このくらいにして、では読んでみることにします。

『教育の職業的意義−若者、学校、社会をつなぐ』本田由紀著 ちくま新書





2010年01月20日

トークサロン「頂点」vol.9 上野由岐子×田中ウルヴェ京─スポーツ界のトップから学ぶ成功のゴールデンルールとは?─に参加しました。

北京五輪の女子ソフトボールのエースで金メダルを獲得した上野由岐子さんは、実際にお会いするとテレビで見る「たくましい」感じと違って、「華奢」な感じ
さえします。

お話は広い範囲に及びますので、ポイントだけ書きますので、拾い読みしてください


●小学校5年生のときに、男の子の友達から違うスポーツに誘われていたら、ソフトボールをしていなかったかもしれない

●一番強い高校に入って、エースになって、日本一にならなければ、オリンピックには出れない!

●1年生の自分がレギュラーになったことで、控えに回らざるを得なかった先輩がいる

●高校2年生のときに、怪我をして、チームメートが見舞いに来てくれてから、「自分が抑えて、打って、勝つ(バッターとだけ向き合う)」から「みんなで勝つ」に変わった。プッツンして、いい加減な投球をすることがなくなった

●ピッチャーの状況(今日は調子が悪い、イライラしている、など)はすぐにチームメートに伝わる

●子供の頃から、うまくなろうとしている人が、うまくならないはずがない!

●ちょっとした考え方の違いで、物凄く変わることができる

●先輩がいなくなると(高山樹里選手などの引退)、自覚が出てくる

●アテネで敗れて銅メダルに終わったグラウンド(実は人生で初めて38℃の高熱だった!)の上で、次の北京オリンピックを考えた

●神様は絶対にいる、何度も助けてもらった

●投手は20秒(投球間隔の上限、これ以上では1ボール加算)の間に、前の打席で打たれたボール、ランナーに盗塁されないか?、次のバッターのこと、など、通常では考えられないほど、いろいろなことを考える。ただ、どうやったらバッターを抑えるか、考える。迷ったら、打たれる。

●最後の413球目はどんなボールだった?と聞かれるが、その球が最後のボールになるとは思っていなかったし、そんなことはわからない。(実際に打たないと思った初球を打ってきた)ただ、初球に比べて、412球分の失敗、成功などの経験の重みが加わったボールだった

●金メダルは、小さい頃からの夢がかなった達成感があると、同時に、支えてくれた人たちに恩返しができてほっとした。

●金メダルはこれまで最高の目標だった。これから、新たな最高の目標が出てくるかもしれないが、いまはまだわからない




2010年01月19日

いいサイトを教えてもらいました。

プレゼン上達のためのヒント

大学院生の皆さん、に最適ですが、学部生の方々、若手社会人にも有効なので、是非ご参照ください



大学院生の諸君にとって、研究成果をプレゼン(てーしょん)する、当面の目的は次の2つである。

1.他の研究者と議論ができること

2.他の研究者に対して議論のための素材を提供できること

この2つがないと、誰も君の研究発表に耳を貸さないだろうし、発表が終わった後にくるコメントや感想は、単なる外交辞令にとどまるにすぎないであろう。

2つのミッション

しかしながら、よく考えてみれば、大学院生(のみならず研究者)にとって研究発表の最終的な目的は、もっと別のところにあるはずだ。

この2つは、終わっている時には完遂されていることが前提とされているので、それを我々のミッションと呼んでもさしつかえないだろう。

それは次の2つである。

1.研究発表を通して、自分の研究が発展すること

2.自分の考えが他の研究者に伝わること

なぜなら、自分の研究が発展し、より多くの人に自分の研究が知れ渡るようになることは、研究者としての生命を保証するものであり、また君の研究が公共性をもつことであり、また多少なりとも社会の役にたつことに繋がるからである。

3つのスローガン

そのための3つの原則と、それを実現させる方法論を紹介しておこう。プレゼンをよくするためには、つぎの3つの点について努力すればよい。

(1)わかりやすく

(2)誤解を防ぐ

(3)練習する

この3つのスローガンの内容を少し説明しておこう

(1)わかりやすく

難しいことをわかりやすく表現することほど難しいものはない! 

しかし、世の中には難しいことを上手にわかりやすく説明する人がいることも確かだ。

難しいことをわかりやすく説明できる方法は必ずあると信じるほうが得策だ。

わかりやすく説明することを助けるプレゼンツールなどがある。しかし、プレゼンツールのフォントが大きく設定されているにもかかわらず、わざとフォントのサイズを落として、細かい情報をこれでもか!と詰める愚かものがいる。

プレゼンツールは、大きなフォントで表現することのできるスローガンか、それを上手に図示したものを呈示すべきである。

(2)誤解を防ぐ

自分自身を知れ! というのは研究者にとって重要な要件である。

自分の知っていることと知らないことを明確にすることは重要である。

(3)練習する

どんなエクセレントな発表も、その陰には普段のそして不断の努力がある。

一にも二にも練習であり、第三者のアドバイスを虚心に受け、それを試してみること。

もちろん、第三者のアドバイスも役に立つ。採否は君の判断にかかっていることをお忘れなく!


形式として守らなければならない3つのルール

どんな社会にも、どんな文化にも、人々がもっとも美的と感じる形式がある。

研究者の間の美徳は、つぎの3つと言える。

(1)発表の時間を守る

(2)オーディエンス・フレンドリーな発表

(3)質問やコメントへの応答は、最良のプレゼン技術が要求される!



(1)発表の時間を守る

みんなに与えられている発表時間は、研究者にとっての自己表現の権利の時空間である。したがって、このスケジュールを破ると、かならず第三者にしわ寄せがくる。つまり迷惑がかかるのである。

時間を守らないと、オーディエンス(聴衆)は最後まで聞くことができず、託児所に子供を引き取りにいかねばならず、質問することができず、また辛抱しているトイレにいくこともできず、(発表内容以外の要因により)発表そのものに悪い印象を与えてしまうことになりかねない。

時間をきっちり守る奴は、シャープな研究者だと判断されやすい。もちろん内容が台無しだと、それが制限要因になってしまうが、余韻を残して、もっと聞きたいとオーディエンスに思わせる発表がプロの技である。

(2)オーディエンス・フレンドリーな発表

楽しくて生き生きしている発表は、聞いているだけで元気をもらってしまう。

オーディエンス・フレンドリーな発表により、オーディエンスは発表者に対する余計な偏見をもつことなく、内容の議論に没入することができる。

原稿の棒読みはだめである。どちらかというとゆっくり(ただし冗長はだめ)のほうがよい。なぜなら、人間はあせると原稿の読み方のスピードが増し、それによりさらに、オーディエンスがわかりにくくなるからである。


(3)質問やコメントへの応答は、最良のプレゼン技術が要求される!

いくら完璧なプレゼンをしても、刺激的なコメントや激励をもらったり、建設的な批判や質問を引き出さないことには、意味がありません。

この部分はもっとも高度ですが、逆に言うと、この部分に細心になれば、あなたのプレゼン技術は完成に近い状態になります。

なぜでしょうか?

答えは簡単です。質問やコメントは「予測が難しい」からです。

それゆえ、当意即妙の受け答えや誠実な応答は、質問者から評価されることになります。

かといって準備できないというわけではありません。自分の発表が終わった後に、どのような質問が出てくるのかということを予測して、研究発表の準備を進めることが重要です。

また、質問の内容がよく分からない場合は、虚心坦懐(つまり謙虚に)質問者に確認をとりましょう。中途半端な理解にもとづいて応答すると墓穴を掘ることがあります。

大切なことは、質問やコメントを誘発させる発表は、人を完璧にうならせる発表よりも、将来的な成長が見込まれるということです。


整理しましょう


(1)対象は誰か?

(2)何を伝えたいのか?

(3)伝えるための方法は適切か?

(4)相手に伝わることで、どのような社会的効果を生むのか?

この4つの安心をもてば、初めての発表でも決して緊張はしないはずです。

さあ、自信をもって楽しく発表しましょう。





2010年01月17日

知的財産マネジメント研究会(SMIPS)に参加します。

知財キャリア分科会の講師は、株式会社パテントビューロ代表取締役 永井歩氏

永井さんは、一見、ちょっと弱々しい感じさえする大学院生風なのですが、お話を始めると、わかりやすいお話の展開でした

ご自身は就活すら、されたことがないのですが、知的財産に関わる人材サービスの代表取締役をされています

では、お話のポイントを拾ってみます

●欲しがられるものは、「優秀な人材」、「質がいい情報」

●1通のメールですべてがわかる

普段何気なく使っているメール。でも、ここにあなたのコミュニケーションの随所が表われます。

たくさんのメールを扱う人材ビジネスの担当者が、あなたの1通のメールをみれば、あなたのコミュニケーションのすべてがわかってしまいます

●キャリア採用は相対的

景気が良い時は、いろいろなところから「引く手あまた」の人材でも、不況になると、ぱったり採用がなくなります。

客観的に考えれば、当たり前なのですが、いざ、自分のことになると見えなくなります。

転職、キャリアチェンジにもタイミングがあります

●何をやってきたか(経験)よりも、これから何ができるか?が大事。

社会が急激に変化する世の中では、これまでやってきた経験は急速に陳腐化します。これから何ができるか?が大事です。

●知的財産では技術・法律・コミュニケーションが大切

3つのすべてがバランスよく必要です








2010年01月14日

システム思考の「珠玉の知恵」

文字通り、「珠玉の知恵」です


・「経験は、高くつく学びの場である。」
(ベンジャミン・フランクリン、気象学者、実業家、政治家)

・「愛は私たちの知性を高める唯一の感情である」
(ウンベルト・マトゥラーナ、生物学者)

・「世界を変えようと決意を固めた個人からなる小さなグループの力を決して否定してはならない。実際、その力だけがこれまで世界を変えてきたのだ」
(マーガレット・ミード、文化人類学者)

・「私たちは、ものごとをありのままには見ない。私たち自身のあり様のままに見ている」
(「タルムード」)

・「世の中に『副作用』があるわけではない。単に、いくつもの『作用』が存在するのだ」
(ジョン・スターマン、MITスローン・ビジネススクール教授、『システム思
考』著者)

・「システムへの働きかけがあったとき、介入されたシステムにはシステムの抵抗、つまり、その働きかけの効果を遅らせ、弱め、あるいは意味のないものにしてしまう力が働く」
(デニス・メドウズ、2009年日本国際賞受賞者)

・「世界について私たちが知る(と考える)あらゆることは『モデル』である。私たちの抱くモデルは世界にとてもよく似ている。しかし、現実の世界を完全に表すにはほど遠い。」
(ドネラ・メドウズ)




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