2010年03月

2010年03月30日

夏休みの海外旅行のホテルをインターネットで予約します。

1.キャンセルは1週間前までは無料ですが、代金はカードから引き落とされ、キャンセルの場合は、代金が返却されます

2.宿泊料を100ユーロとします。ユーロと円のレートは、カード引き落とし日のレートを使用します。

この条件を行動経済学、グローバル・ファイナンスで考えてみます。


「代金は1週間前までに払う」と「代金は、カードから引き落とされ、1週間前までのキャンセルならば、代金を返却する」

は、全然異なります。

得るよりも失う方が悲しい だから現状維持?に書きましたが、


「商品が気に入らなかったら、返品してください。代金はお返しします」という謳い文句があります。

返品はほとんどないそうです。

商品を買った状態が、現状になるため、それを崩そうとはしない、人々は結局、現状維持を選んでしまう


これを行動経済学で、現状維持(ステータス・クオ)バイアス、と言います。


宿泊料を100ユーロとします。実際に宿泊するのは、夏休みですが、最初のカードの引き落としの日のユーロと円のレートで支払います。

今は、1ユーロが125円くらいですが、夏には、1ユーロが100円に下がるかもしれないし、150円に上がるかもしれません。

実際に宿泊する夏までの為替リスクを回避して、今のレートで支払った訳です。

あらかじめ値段と数量を決めて、相対で、将来の決められた期日に売買を行うことを約束する取引の事を先渡し取引と言います。

契約日には値段と数量と受け渡し日についての契約だけが結ばれ、実際のお金と品物の交換は将来、受け渡し日が到来した時に同時に行われます。

受け渡し日が将来でも値段が既に決まっていますので、将来の価格変動の影響を受けません

先渡し取引は先物取引の原型と言われ、このケースで、当事者同士ではなく、取引所が仲介するのが先物取引です


「夏休みの海外旅行のホテルをインターネットで予約」という日常生活の中にも、行動経済学、グローバル・ファイナンスが深く入り込んでいる、と感じた出来事でした。




2010年03月29日

卒業式のシーズンです。

昨年は東京大学が卒業式の様子を知らせてくれました。

小宮山総長の送る言葉も、さることながら、2名の卒業生代表の答辞が、なかなか胸を打つものでした。

そこで、社会に巣立っていく卒業生の抱負で、卒業生代表の答辞を紹介しました。

そのせいか、今年は総長の送る言葉だけで、答辞がありません。

でも、よく読むと濱田総長の平成21年度卒業式総長告辞も立派なものです。でも、長いので抜粋して紹介します


大学を取り巻く環境も、皆さんが入学した頃とは大きく変わってきています。今日皆さんを卒業生として送り出していく時に、いまの時代状況に触れないわけにはいきません。

これからの国際社会、国際関係のあり方も大きく変わることが予想される時代です。そうした時代状況の中で、皆さんは、社会へ、あるいは大学院へと、それぞれ次のステップを踏み出そうとしています。

こうした時代に生きるということは、たしかに大変なことです。これまで存在してきた制度や習慣の枠組みの中で生きていく方が、たしかに楽です。しかし、そうした制度や習慣の枠組みが揺れ動くとき、私たちは、自らの生き方、そして自らが生きる環境を自分で考えて選択し、また作り出していかなければなりません。

皆さんに求めたいのは、自らを時代の変化の中に投げ込むということ、別の言葉でいえば、「リスクをとる」ということです。新しいものを生み出そうとする時には、失敗の可能性はつきものです。失敗のない進歩はありえません。


「多様性」という言葉は、今日ではかなり広く普通に使われるようになっています。なぜ「多様性」なのでしょうか。

一つ目は、多様性が存在することによって、私たちの知識の対象や知恵の幅が広がるということです。学んだ知識や知恵は、さまざまな時代に、さまざまな人が、さまざまな言葉で、そしてさまざまな発想で、生み出してきたものです。知識や知恵は、その存在自体が、多様性の価値を象徴しているものです。

二つ目は、多様な事実や価値、考え方がお互いにぶつかりあうことによって、よりよいものが見出される、ないしは生み出される可能性があるということです。

三つ目は、多様な価値や考え方、生き方に溢れた環境の中に生きることで、「たくましさ」が生まれるということです。そして、その「たくましさ」は、コンクリートの塊のような頑丈さというよりは、弾力性を備えた強靭さというものになるだろうと思っています。

つまり、自分とは違った価値や考え方を異質なものとしてただ跳ね返すのではなくて、それらを自らのうちに取込むことによって、どのような事態にも柔軟にかつ確実に対応していくことの出来るような強さです。それは、異なった価値や考え方とたえずコミュニケーションをし、互いにその良さを評価し合うことから生まれてきます。

日本の社会は均質的であるとか、多様性に乏しいとかと言われてきました。

現代社会では、そうした多様性の存在が、かつての時代よりもはっきりと見えるようになっています。

いまの時代が、個人を単位に社会の仕組みを考える傾向が強まっているということも、その理由の一つです。

インターネットの発展は、隠れていた多様性をより目に見えるようにしてきました。さらには、今日、グローバル化が激しく進んでいます。そこでは、私たちは、これまで知らなかった、多様な存在を要素とする厖大な世界と、直接に向き合うことを迫られます。言いかえれば、私たちは、多様性を避けては生きられないのです。

知識や知恵の多様性の中で鍛えられ、多様性をわがものとし、さらには自ら多様性を生み出していく皆さんの力は、必ずや、日本の、そして世界の明日の姿をたしかなものとしていくはずです。

皆さんのご健闘をお祈りします。



課題先進国「日本」の小宮山前総長とは、一味違った、タフな東大生を推奨する濱田現総長の多様性の中で生きていくことの大切さが伝わってきます


「TAK」さんも社会に旅立つ後輩たちにエールを送ることにします。


皆さん、卒業おめでとうございます

今、希望に満ち溢れながらも、まだよく知らない社会へ旅立つことに、多少の不安もあるかもしれません。

もちろん、これから皆さんが進む道は順風満帆ではないでしょう。

うまくいかないこと、思うようにいかないこと、つらいこと、がたくさんあることと思います。

そのチャレンジングな課題に対し、皆さんの若い力で、一歩一歩解決していくことが、これからの社会の進歩につながっていきます。

毎日のように会っていた友達とは、残念ですが、しばしのお別れになってしまいます。

でも、友達はいつまでもたっても友達です。

いや、時が経つにつれ、ずっと重みが出てきます。

4年間に、語り合い、笑いあい、時には喧嘩し合った、友達とのつながりはいつまでも大切にしてください。

母校は、いつでも、皆さんを温かく迎えます。卒業してからも、時にはキャンパスを訪れて、後輩たちとのひと時を楽しむのもよいのでしょう





2010年03月27日

メディア:そのしたたかなビジネス戦略で、


ラジオの音声と、新聞の文字、はお互いに補完する形で共生していました。

テレビ放送が始まると、ラジオの衰退は起こりましたが、衰退が予想された新聞は、予想に反して伸びていきました。

テレビの映像と音声は、録画・録音して後で見る人は多いですが、情報は原則としてその場で消えます。

文字で残る新聞とは共存の関係でした。

しかし、インターネットは文字情報をふんだんに持っており、しかも、原則、無料です。

有料で、毎日、印刷し、宅配する新聞は、このインターネットと競合し、スピード、手軽さ、選択性において、はるかに劣ります。

このままの形では、新聞の衰退は避けられません。


と書きました。


実は、「TAK」さんは、新聞を止めてから、もうしばらく経っています

帰宅時に、新聞受けから夕刊を取っていました。

でも、帰宅後って、夕食を取って、入浴して、メールチェックして、ネットチェックすると、もう寝る時間

主要なニュースはテレビを見るのではなく、上に書いた事をしながら、テレビから聞いて、知る

夕刊は、新聞受けから取ってきても、読まずに、廃品回収用になります

「夕刊って、いらないな」

と思いました。

待てよ、いらないのって、夕刊だけかしら?

毎朝、マンションの新聞受けまで、数分かけて、朝刊を取りに行っています

まだ、来ていないことも、よくあります

朝刊を読むのは、出勤前の数分です

ヘッドラインだけ、斜め読みにするのですが、それってテレビのニュースでやっています

テレビのニュースであれば、朝食を食べながら、着替えながら、歯を磨きながら、聞くことができます

気になるニュースは、後でインターネットで調べれば、OKです

「朝刊もいらないんじゃないか」

思い切って、新聞を止めてみました。必要ならば、また、再開すればよい、そう思いました。

毎朝、新聞を取りに行くことがなくなり、朝の出勤前の忙しい時間帯に、多少ですが、ゆとりができました

「朝刊が来ていない」「盗られた」と苛立つこともなくなりました

唯一困った事と言えば、テレビの番組欄ですが、それもインターネットに出ています

上に書いたように、「有料で、毎日、印刷し、宅配する新聞」は、現代の忙しい時代に、既にそぐわない、旧時代の遺物、であるのかもしれません

毎日の生活の中で、当たり前と思って、疑ってすらみないことを、見直して、事
業仕分けして止めてみる

試してみませんか?






2010年03月22日

政策研究大学院大学で行われた「大学」×「技術」×「BOP」- 日本発、世界を変えるイノベーションに参加します

「BOP」とは、「Base of the Pyramid」、いわゆる貧困層市場の開拓です

世界銀行によると、1日1.25ドル以下で暮らす人々は今なお約14億人、世界人口のおよそ25%にものぼるという厳しい現実があります。

BOPビジネスとは、この14億人あまりからなる貧困層市場を対象としたビジネス、ということでしょうか

こう言うと、

「苦しい貧困層の人たちから、さらに搾取するのか?」

のような批判の声が聞こえます

これまで、貧困層の人たちには、ODA(政府開発援助)など、ビジネスではなく、国の支援という形で行われていました

実は、これは長続きしません

先進国自身が不況に見舞われると、税収が減少し、ODA(政府開発援助)に廻せる資金も減少します

また、先進国にも失業者があふれるようになると、

「自分の国に貧困層がいるのに、途上国支援どころではない」

という世論が出てきます

また、活動する人たちも、市民活動家、ボランティアです。

無給、あるいは、わずかな報酬での活動ですから、自分の生活にゆとりがなくなると、参加できなくなります

すなわち、国、市民活動家、ボランティアによるODA(政府開発援助)は、上に書いたように、長続きしないのです


そうではなくて、事業により、1日1.25ドル以下で暮らす貧困層の人々の収入が2倍になれば、生産力、購買力が出てきます。

ひとりひとりの額はわずかでも、数が大きいですから、総額としてはまとまったものとなり、ビジネスとして成り立ちます。

このようにして、「事業による、貧困層の人々の生産力、購買力の向上」が「魅力がなかった貧困層市場を魅力あるものに」というWin-Winのビジネスサイクルが生まれることが望まれます。

1台100ドルくらいの、機能面で劣る廉価版のパソコンが、最近作られています

このパソコンを10台先進国の学校に配布しても、生徒の多くがはるかに機能が優れたパソコンを持っており、あまり影響はありません。

ところが、このパソコン10台を発展途上国の学校に配布すると、大きな変化が期待できます

このように、同じ投資でも、先進国に行うよりも、発展途上国で行う方がはるかに効果が大きい、ものがたくさんあります


さて、この「BOP」は新しいビジネススタイル、と考えられますが、講演者から別の見解が出ました


日本にはずっと昔からBOPビジネスがある。
ホンダも松下もはじめはBOPビジネスだったんだ。


他の講演者から、以下のような紹介がありました


私は昼の仕事と夜の仕事を持っています。
昼の仕事は、コンサルティングで、先進国・先端・利益を特徴とします。
夜の仕事は、BOPコンサルタントで、途上国、適正技術、公益を特徴とします。


これは、まだ「BOP」は「昼の仕事」として、充分にお金を稼げるビジネスには、まだなっていない、ことを示しています

これから、「BOP」がどう発展していくのか、楽しみです





2010年03月19日

twitterにこういう「つぶやき」がありました


社会人になってから継続的に勉強を続けていた人は転職も早く決まる気がする。

仕事で成果をあげることが出来れば一番いいけど、成果の見えにくい仕事もあるわけで。

そういう時は勉強の習慣がどれだけ身についているかがものをいう。


転職には経済動向が大きく影響して、景気が良い時であれば、いくつもの会社から引く手あまたの人が、今のような不景気の時には、いい就職先が見つからない、なんてこともあります。

それゆえ、一般論で語れることではなく、社会状況が大きく影響するのですが、それでも共通して言えることはあります。

つぶやいた方のブログから少し引用して、紹介します

「転職力」を確認するためのふたつの問い


20代の半ばぐらいまでは、学歴を活かしての転職も可能だ。ポテンシャルに期待してくれる企業も多いだろう。大企業に勤めていれば、そのネームバリューを活かして中小やベンチャーに転職することも比較的容易だろう。

しかし、20代後半からは実力と職歴が純粋に評価されるようになる。ある意味、キャリア選択が激変する時期だ。

そして、35歳転職限界説みたいな話もある。人材紹介会社を活用しての転職は35歳が限度という転職マーケットでまことしやかにささやかれる噂だ。

人材紹介会社をつかって転職する人はごくごく一部ということがわかる。

結局のところ、一番力を発揮するのはコネなんじゃないかと思う。コネも実力の
うちである。

あなたが退職することになったとして、これまでにメールのやり取りをした方々(仕事、プライベート問わず)に「退職のご報告」の一斉メールをするとしよう。下記二つの問いに対して、あなたはどう答えるだろうか。

・何件、個別具体的な仕事の依頼がくるだろうか?

・是非わが社に来てください、という誘いは何社からくるだろうか?

どちらも最低5〜6件は話がくる自信がないようであれば、30代になってから転職活動を行い望みの職につくのは難しいかもしれない。

仕事を通じて上記の問いに対して自信のある答えを返せるようになっておくことが必要だ。そのためには次のような取り組みが考えられる。

・仕事をして成果をあげる。

・社外の勉強会に出て能力を高める。

・仕事、プライベート問わず、信頼できる人脈をつくる。

以上の活動をして、いつでも自律的にキャリアを選べる人材になっておくことが、これからの時代必要なことだと思う。

もはや、自分がどのような形で雇用されているかに関わらず、社外で学ぶ。信頼できる人脈をつくることが必要だということに気付き、いち早くその行動を起こすことが必要なのではないだろうか。早晩、正規雇用が持つ既得権は薄れ、実力で評価される時代になる。

既得権にあぐらをかいて、自分を磨く努力を怠れば、いざ既得権を失ったときのギャップが激しい。


転職する、しない、に限らず、組織の中に安住して、組織に依存して生きていくのではなく、いつでも、どこでも結果を出せる人材になることが求められます

リーマン・ブラザーズ、日航のように数年前まで人気絶頂であった企業が経営破たんしたり、GM、トヨタのような超世界的大企業が赤字を出す世の中です

会社の寿命とは、人間の寿命より、ずっと短い、または、寿命は続いているけれども、「旬の時期」はわずかな期間、となってしまったようです。

社会状況に応じて、どこでも働くことができる、フリーエージェントの社会がもうとっくに到来しているようです

ところで、この時のコネ、人脈には、親、兄弟などの「強い絆」よりも異業種のちょっとした知り合いのような「弱い絆」の方が有効だそうです

これについても紹介します

弱い絆の強さ


同じ組織内で交換される「強い紐帯のネットワーク」から得られた情報よりも知人の知人、異業者間の交流でみられるような「弱い紐帯のネットワーク」から得られる情報のほうが重要なものが多く得られ、満足度も高い





2010年03月18日

クリエイティブ ディレクター/エッセイスト湯山玲子 氏の女装する女 オトコとオンナ 草食と肉食の明日はどっちだ!を聞きに行きました。

女装する「男」ではなく、女装する「女」です

ビジネス社会でバリバリ仕事をこなし、結果を出していく女性経営者、女性管理職、まさに「男まさり」の働きでしょうか?

この女性たち、ブランドの服で、化粧をビシッと決めて、女性らしさをしっかりとアピールしています。

また、就きたい職業の上位に「キャバクラ嬢」があがってきています。

芸者文化、おいらんの流れを汲んで、女性らしさをアピール、ということでしょうか。

一方、男は逃げています。「男らしさ」と「生身の女」から。

まずは、「男らしさ」

これまで、ビジネスは「男の聖域」、「男は外に出れば7人の敵がいる」なんて言われ、昭和の妻は、三つ指着いて、給料袋を受け取る、という図式がありました

ところが、女性がビジネスの世界に出て行くと、「そんな言うほど、たいしたことないじゃん」とわかってきました。

女性も収入を得て、経済力を得て、男性に依存する必要もなくなります

そんな訳で、男は「男らしさ」から逃げていきます

巨人の星の星飛雄馬、明日のジョーのような、ノスタルジックな「男らしい男」に希少価値が出てきます

次は、「生身の女」から

これは「男らしさ」から逃げていること、と関連するのですが、それにインターネットの普及が加わります

インターネットのサイトに、おびただしい数のアダルトビデオが無料で流れています

そこでは、「えっ、こんなかわいい女の子が」というほど、かわいい女の子が、裸になって、Hなことをしています。

一方、男たちのまわりに、こんなかわいい女の子はいません。実際、自分たちのまわりにいる女の子は「普通の女の子」です

それなのに、食事、デートに誘って、口説いて、とお金と労力をかけても、うまくいくかどうか、わからない

それならば、インターネット上のバーチャルな世界でかわいい女の子とHした方がいいや、となってしまいます

実際に35歳から39歳の男性の44.8%が未婚で、半数が親元で暮らしています


こんな感じなので、「男女別学感覚」が出てきます

遊びに行くのも、飲み会も、男女一緒よりも、男だけ、女だけの方が、本音が話すことができて、ずっと盛り上がる


最後にこんな話になりました

「女」は男に選ばれてこそ「女」です。

反対する人がいるかもしれないけれど、本当です

しかし、「男」は女に選ばれてこそ、「男」ではないのです

男に選ばれて、尊敬されてこそ、「男」なのです

これが、男と女の感覚のずれなのです


「女装する女 オトコとオンナ 草食と肉食の明日はどっちだ!」

そう簡単には結論が出そうもありません





2010年03月16日

3/10に東大で合格発表があり、本郷キャンパスは物凄い人、人、人でした

合格した皆さん、おめでとうございます

今頃は、「TAK」さんの経験上、人生で一番楽しい時期を過ごしているかと、思います。

そんな時に、水を差すのもなんですが、入学するまでの今のうちに、入学前夜、直後のスタートダッシュのちょっと厳しい現実を見ておいたほうが、心の準備ができるのでは、と思います。

東大に入っただけで終わる人たちという記事がありました。

「東大までの人」と「東大からの人」の続きです

多少誇張はあるものの、結構真実を掲載しているので、抜粋して紹介します


周りは開成(東京都)、灘(兵庫県)、筑駒(筑波大学附属駒場、東京都)などの"メジャーリーガーばかりですが、僕は地方無名校という"3Aマイナー"の選手。同じグラウンドで戦えるはずがないのに、たまたまホームランを打ってメジャーに来てしまった。

東大入学前に行われるイベントの存在を知っている受験生は少ない。その一つが、「クラスオリエンテーション(クラオリ)」。親睦を目的に、オリターと呼ばれる2年生が企画・主導し、新入生たちと1泊2日の旅行に出掛けるものだ。

クラオリの集合場所に行くと、40人ほどのクラスメートの中に、人だまりができていた。麻布、筑駒、ラ・サールという超一流の高校出身者ばかりが、すでに集団を作っていたのだ。

彼らは、塾が一緒だったり、予備校の模試で上位者だったりするため、高校時代から互いの顔か名前を知っている。そのため、すぐに仲良くなっていた。

サークルオリでも、"超一流校集団"は先輩のツテを辿って、インカレサークルに勧誘されていった。地方無名校の彼は、華やかなテニスサークルやイベントサークルからまったく声がかからない。

こうした地方無名校出身者を「車輪組」と呼ぶと話す。地方の神童がエリート学校で押しつぶされてしまうヘルマン・ヘッセの著作『車輪の下』に重ね合わせて揶揄(やゆ)しているのだ。もう一つ、「裏口組」という隠語もある。

後期合格者を指しているという。「後期試験では、たまたま東大に受かってしまったという生徒が毎年出てきます。

合格する力がないと思われた子でも、後期で引っかかるというケースがある。

こういう子は基礎学力が足りていないので、大学の授業についていけない可能性
が高い。そして、コンプレックスを抱き、東大生の輪に入れなくなる学生もいるのです

東大"メジャーリーガーたちは、インカレサークルで女子大生たちとキャンパスライフを謳歌する。仲間内で授業のノートを交換し合って、要領よく試験も良い成績で突破していく。

東大進学を約束された高校から入っていれば、背伸びせずに済む。普通の高校から、普通の大学に入っていればそんなことにならないのに

東大駒場のキャンパスには、熾烈な「戦(いくさ)」を勝ち残った猛者たちが集まる。ただ、その内部には「出自」がモノを言う「格差社会」が広がっている。


東大合格者という集団も一種の社会であり、人と人とのつながりで成り立っており、知っている同士で集まる、群れるのは、ごく、自然な現象でしょう

知っている同士で、過去のレポート、試験問題を情報交換したり、サークルの新入生に後輩を選ぶ、のも、それほど不自然なことではありません

スタートダッシュの新入生の時点では、結構これは現実です

2年生に進む頃には、「出自」よりもその人の「人間性」がものを言うようになります。どこの高校出身なんて、そのうち言わなくなります。

「人間性」が築いていくネットワークの方が、ずっと大切です

前総長の小宮山先生は、東大の教員について、東大以外の経歴を必要としたため、東大の先生の中には、東大出身でない方もたくさんいます。

大学院に行く頃には、留学生、他大学出身、東大だけれど、他学部出身など、多様な社会が待っています




2010年03月14日

最近、社会人大学院に不満があります

日本の大学もMBA(経営学修士)、MOT(技術経営)などのプログラムを行うようになりました

平日夜間、土曜日に行われるものも多く、社会人も勤務をしながら、受講できるようになりました

ただ、その手軽さゆえのマイナスも出てきています

ハーバード大学、スタンフォード大学などのMBA(経営学修士)、MOT(技術経営)にチャレンジする日本人が確実に減っていっています

以前は、日本人留学生同士がつるんでいると揶揄されましたが、最近つるんでいるのは韓国、中国からの留学生。日本からはつるむほどの人数が行きません


日本の大学のMBA(経営学修士)、MOT(技術経営)プログラムに参加する社会人は、ほとんどが大企業出身の方々です。

本当は、ベンチャー、中小企業の経営者の人たちの方が、このようなプログラムを必要としているのですが、

「参加している余裕がない」「選考に受からない」など、ミスマッチが見られます

大企業から参加した方々は、MOT(技術経営)修了後に、起業するわけでも、転職するわけでもなく、ほとんどが、もとの大企業に戻っていきます

せっかく受けたMOT(技術経営)での勉強がどう活きているのか?定かではありません


また、入学した大学院にだけ通っていると、いつも同じ人たちとしか、会う機会がなく、いつしか新鮮味も失われてしまいます

人的ネットワークもそれほど広がりません


これって、ひとりで悩んでいても解決しません

MOT(技術経営)大学院同士の横のつながり、が必要なのです

これについては、MOT(技術経営)交流会に参加しましたで、東京MOT会 交流会
を紹介しました

1:交流、2:勉強会開催、3:MOT人材のPR・社会的認知度向上 4:MOT大学院のカリキュラム以外で足りないものを生徒発で実現する、なんてやっていくそうです

知的財産マネジメント研究会(Smips)知財キャリア分科会でも同様の話題が出ました

「人と人とのネットワークが次々につながって、日本の国境を超えて、華僑のようなネットワークが出来るんじゃないか?」


知財キャリア、MOT(技術経営)のゆるやかなつながり、楽しみになってきました





2010年03月12日

日本人が内向きになっていて、海外にチャレンジしなくなった、と言われます。

以前は、ハーバード、スタンフォードなどで、日本人留学生がかたまって、つるんでいる、と揶揄されたものですが、

最近はつるむほどの人数がいない。

つるんでいるアジアからの留学生は、韓国、中国

せめて、海外ビジネス拠点の話を伺いたい、と思っていたら、渡辺千賀さんの「テクノロジー・ベンチャー・シリコンバレーの暮らし」シリコンバレーで働いて最もメリットある日本人の職をいただきました。

ある職業で、英語が堪能な方にとっては、シリコンバレーで高給取り、は意外に簡単かもしれません

以下に紹介します


シリコンバレーで働いて最もメリットある日本人の職

それはソフトウェアエンジニアです。

コードが書ける人。日米の給与格差も大きいし、お金以外での尊敬・尊重のされ方もまったく違う。

ソフトウェアエンジニア様のために会社の福利厚生・人事制度ができている会社がいかにたくさんあることか。

しかも、「スーパーな人」である必要はまったくなし。「日本で普通に通用してる人」だったらOK。

一方、外資系コンサルとか投資銀行とかで働いているようなタイプの人や、「ハイエンド手に職系」な弁護士・会計士などといった人たちは、アメリカに来ると給料も下がり、希少性も下がり、やりがいのある仕事に就ける確率が下がる、といったことも多々あり。

もちろん、トライするのを止めないし、その中でも成功してる人もたくさんいま
すが。

しかし、しつこいようですが、「日本で普通のソフトウェアエンジニア」がもっともシリコンバレーのメリットを享受できると思います。

「みんなが一律に著しく高給」なのではないのです。平均は高いけど、プログラムがバリバリ書ける人はもっと高いのだ。

なお、今シリコンバレーでプログラムを書くお仕事をしている日本人の多くはハイスペック過ぎ。

知り合いがシリコンバレーで働いていて「ああ、あんなすごいレベルじゃないとダメなんだ」と思っているあなた。そんなことはありません。

ただし、文系大学卒の人は厳しい。ソフトウェアに関係ある専攻の大学を4年修了しているのが就業ビザが出るほぼ最低条件。できれば、大学院まで行っている、というのが基本なので。

プログラマ暦3年で、大学1年分に換算してくれるので、12年経験があれば、一応大卒とみなされますが、ひじょーに厳しい門です。

いや、しかし、アメリカでもほんの4−5年前まで「プログラムを書く仕事なんてどんどん安いオフショアに行ってしまうから将来性はない」と、大学のコンピュータサイエンス系の学科の人気ががっくり落ちていたわけです。あれはなんだったんでしょうか。


シリコンバレーで高給取り、というのは、飛びぬけた才能、特殊なスキルが必要、というイメージがあるのですが、それほど高くない敷居もあるみたいです

但し、実は大きな関門「就労ビザ」があります

これについては、大きな問題なのですが、長くなりますので、同じく渡辺千賀さんの「テクノロジー・ベンチャー・シリコンバレーの暮らし」アメリカの就労ビザが欲しければ留学せよをご覧ください




2010年03月10日

東京大学で開催された「メディア学フロンティア・芽の会」

「新聞統合――言論統制の実証的研究」 里見脩(四天王寺大学人文社会学部教授)

を聞きながら、いろいろ発想を巡らします。


「戦時下の新聞」と言うと、軍部の言論統制に新聞が屈することにならざるを得なかった。

そして、意に反して、書きたくもない、戦意高揚、実際には負けているのに、勝っているかのような大本営発表による誤った情報を流さざるを得なかった。

新聞は、軍部の言論統制の被害者であり、誤った情報を流すのは、強制されたものであり、責任はない。

こんなところが、「戦時下の新聞」に対するこれまでの印象でしょうか?

正力読売新聞社長の「新聞ほど、戦争で儲かった商売はない」という言葉はあまり知られていません。

この時代には、ラジオはありました。

同時性の強い、ラジオにより、日本中に、

・日米戦争開始「臨時ニュースを申し上げます。帝国海軍はハワイ真珠湾沖において、米英艦隊と戦闘状態に入れり」

・戦況「硫黄島玉砕」

などが知らされました。

しかし、ラジオは音声によるものです。

録音装置が豊富な現代ですら、音声は、原則として、その場で消えていきます。

残るのは、文字です。

それゆえ、この時代は、ラジオと新聞が、うまく補完する形で共存していました。

戦争になると、人々はより詳しい情報を求めます。

それゆえ、戦争になると、購読者は急激に増えました。

社有の飛行機、特派員など、取材力の強い新聞社は、読者を伸ばし、弱小新聞社を吸収し、地方紙から全国紙へと移行していきます。

新聞の収入は購読料と広告料が伝統的に50:50だそうですが、購読部数が伸びると、広告を希望する企業も増え、広告料も増えます。

新聞は手間がかかる宅配が主流です。実は、ここに、またポイントがあります。

この際に数ヶ月単位の長期契約をします。すなわち顧客の囲い込みです。

新聞スタンドでは、顧客がどの新聞を買うか?わかりませんが、宅配では長期間囲い込むことができます。

さて、戦時の話に戻します。

政権側も、当初は検閲という形で、新聞の内容に圧力を加えますが、次第に、国威発揚のために手段に使おうと考えます。

新聞社側も、購読者である国民が受け入れやすい内容で、購読数が増えるのに、賛成でしょう。

それゆえ、「戦時下の新聞」とは、実は、軍部と新聞社のwin-winの関係であったのではないか?とも考えられます。

こう書くと、ジャーナリストの方々から、

「ジャーナリズムの中立性、公平性をどう考えているんだ」「戦時中に書きたくても書けなかった記事があるんだ」

と怒られそうです。

ただ、戦争とは特需を生むのですが、その中でも、「新聞ほど、戦争で儲かった商売はない」ことを考えると、軍部と新聞社のwin-winの関係もあながち、否定できるものではないでしょう


さて、軍部と新聞社の関係は、これくらいにしましょう

上に書いたように、ラジオの音声と、新聞の文字、はお互いに補完する形で共生していました。

テレビ放送が始まると、ラジオの衰退は起こりましたが、衰退が予想された新聞は、予想に反して伸びていきました。

テレビの映像と音声は、録画・録音して後で見る人は多いですが、情報は原則としてその場で消えます。

文字で残る新聞とは共存の関係でした。

しかし、インターネットは文字情報をふんだんに持っており、しかも、原則、無料です。

有料で、毎日、印刷し、宅配する新聞は、このインターネットと競合し、スピード、手軽さ、選択性において、はるかに劣ります。

このままの形では、新聞の衰退は避けられません。

このまま新聞は衰退して使命を終えるのか?それとも他の形態に移行するのか?見守りたいところです





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