2010年10月

2010年10月30日

10月1日に企業の内定式があり、就職活動が大学3年生、大学院修士1年生に移りました


彼ら、彼女らから次のような質問をよく受けます

「就活を始めなければならない時期なんですけど、実は自分が何の職業に就きたいのか?よくわからないんです

研究も続けたいし、コンサルタントの仕事も興味があるし、いろいろやってみたいことはあるんですけど、

「どうしてもこれがやりたい!」というものがないんです

このままだと、周りの友達が「ここがいい!」といういわゆる人気企業に流されそうなんですけど、それでいいのか?心配です」


「自分がやりたいこと」は、やっているうちにわかるに書きましたが、


最初から「自分がしたいこと」「自分がほしいもの」が必ずしも、明確にわかっている訳ではなく、

行動していくうちに、行動した結果として、「自分はこれがしたかったんだ」「自分はこれがほしかったんだ」とわかることが、実は多いようです

あれこれ、思い悩んでいるよりも、手っ取り早く行動した方が「自分がしたいこと」「自分がほしいもの」をキャッチすることが出来ます


この「行動していくうちに」も、やみくもに行動するわけではありません

本人の意識では、あくまでも「偶然」。だが、その「偶然」が起こるための仕組みを本人が気付かずに行なっています。


就職氷河期の時代に、贅沢なことは言えないかもしれません

でも、就職してから、「やりたかったことはこんな仕事ではない」と感じるくらいならば、その前にいろいろ試した方がよさそうです

<待って>、<遅れて>、<つまず>いて:希望・時間・挫折に書きましたが、


自分がほしいものはよくわかりません。他人がほしがるものを、自分もほしい。但
し、所有してしまうと、いらなくなることも多いようです。



周りの人がうらやむ人気企業も、自分が行きたいところかどうか?実はわかりません

周りの人が欲しがっているから、自分が欲しいと思っているだけかもしれません


なんか、就活の相談からは、どんどん外れていきますが、


最初から「自分がしたいこと」「自分がほしいもの」が必ずしも、明確にわかっている訳ではなく、

行動していくうちに、行動した結果として、「自分はこれがしたかったんだ」「自分はこれがほしかったんだ」とわかることが、実は多いようです


が今日の一応の結論です







2010年10月26日

「会社の名刺ではだけなく、個人の名刺、コミュニティーの名刺も持ちたい」

2枚目、3枚目の名刺が人気を呼んでいます

産学官プロデューサーの「TAK」さんは、今はやや少なめで、3枚の名刺です

昨日twitterで、

「多く官庁から組織への出向者を見てきたが、出向先の色に染まりきるばかりか出向元を敵と言わんばかりの対応をする者のあまりの多さに愕然とする事が度々あった。」

という、つぶやきを見ました

今日はこれについて考えてみます

例えば、「TAK」さんは、産学官それぞれの組織に在籍していますが、もともと居た組織を辞めて、別のところに移るのではなく、在籍のまま、他組織も兼務することの方が多いです

民間企業に所属のまま官庁に出向したり、その逆だったり、民間企業に所属のまま、大学の講師を務めたり、etc

難しいのは、例えば、官庁出向時に出身元の民間企業に関する案件を扱う時です

もちろん、あくまで官庁の立場で、一民間企業として出身元の企業の案件を扱います

ところが、

「あいつは○○企業からの出向だから、出身元に便宜を図っているのでは?」

と余計な勘ぐりを入れられかねません

中立あるいは、中立よりも、やや厳しいくらいの姿勢でちょうどよい、くらいです


例をわかりやすくするために、国際スポーツの審判を考えます

サッカー、野球など、2国間の競技では第3国の審判が務めますが、体操、スケートなど、いろいろな国の選手が出場する競技では、

選手と審判の出身国が同じという場合もあり得ます。

当然、審判は公正中立な立場で採点します

しかし、他の審判に比べ、採点が甘い場合、「自国の選手に甘い採点をしているのでは?」

と余計な勘ぐりを入れられかねません

中立あるいは、中立よりも、やや厳しいくらいの姿勢でちょうどよい、くらいです


姿勢の話はこれくらいにして、所属の話に移ります

大河ドラマの坂本竜馬は所属していた土佐藩を脱藩して、薩長連合を仲介し、後世に名を残しました

昨年の大河ドラマの篤姫は薩摩藩から幕府に嫁ぎ、幕末を幕府側として、薩摩と戦う側として生きていきます

象徴的なのが、西郷隆盛でしょうか?

薩摩藩から新政府軍の大将として、新政府樹立の中心人物でありながら、新政府側と旧薩摩の対立では旧薩摩について、

非業の死を遂げます

皆、出身元を飛び出しながら、行った先と出身元の懸け橋となり、対立に巻き込まれながらも奮闘しています


複数の組織に所属するとは、この繰り返しです

・民間企業の立場で所属する大学との共同研究を打ち切らなければならない

・官庁の立場で、出身業界の補助金を打ち切らなければならない

などなど


組織を渡り歩く時代の出身元との立場は、

行った先と出身元の懸け橋となり、対立に巻き込まれながらも奮闘

かな、と考えてます





2010年10月24日

世界を変えるタネを探そう〜see-Dコンテスト成果発表会に参加して、

そこで見たスタンフォードMBAのShanrikuさんのビデオレター


現地の実態に応じた適正技術はイノベーティブでわくわくするものである!

失敗に寛容であってほしい!皆と違うことをすることを恐れていては、本当のイノベーションは起こらない

シリコンバレーの凄さは、馬鹿な失敗でも受け入れられるその寛容さです。100に1つの面白さを、温かい目で見続けよう!


に釘付けになりました


そこで、ブログを見せていただくと、「ハーバードケネディ&スタンフォード MPA/MBA留学記」というタイトルです

サブタイトルは


テレビを売るのなら、5台目のテレビを買い換える人ではなく、生まれて初めて家にテレビがやってくる人に売りたい。

途上国開発と貧困層向けビジネスの両立を考える3年間の留学記


とあります。

そのShanrikuさんが留学についてもコメントされています


・大学・大学院は、自分のキャリアを形作るために、自分が選ぶものだ。

合わない大学に無理して自分を偽って選んでもらうものではない。

・授業は自分の知性とスキルを磨くためにとるのだ。

成績のためにクラスを選んでオールAを修めても、仕事を始めた瞬間に、仕事ができるヤツかどうかなんてばれてしまうのだから。

・留学は、本当に勉強したいものがそこの大学にあったら、すればいいのだ。

言語なんて所詮ツールなのだから英語の授業だから偉いわけでもなんでもない。

ネットワーキングのための留学というのはよく聞くけれど、ネットワーキングのためのネットワークが本当に役に立つのか疑わしい上に、本当にやりたいことが決まれば必要なネットワークなんて大学に行かなくたって絶対に揃うのに、と個人的には思う。


適正技術、貧困層向けビジネス、留学それぞれ、じ〜んときました

これからも、ちょくちょく見ることにします




2010年10月19日

海外大学院留学のすすめ スタンフォード、MITよりで紹介した東大で開催された海外大学院留学説明会で配布された、MIT博士課程在籍中の小野 雅裕氏の

レンガを積むがごとく(PDF版)

レンガを積むがごとく(WEB版)

が、最近とても人気になっています


その抜粋をチャレンジする時は、まず一歩踏み出してから考えるに書きましたが、再度掲載します



小野さんはMITに合格しましたが、その合格は、学費補助なし、というものでした。

通常、アメリカの大学院では、奨学金、RA(リサーチ・アシスタント)、TA(ティーチング・アシスタント)の給料などで、学費、生活費はカバーされ、お金の心配をすることなく、研究に専念できる、というものです。

しかし、「学費補助なし」では、年間約600万円の学費、生活費を自腹で支払わなければならない、という厳しい条件でした

小野さんは東大の大学院にも合格していました。

安全な道を取るならば、東大の大学院へ進みます

でも、小野さんは、「学費補助なし」のままMITに進み、なんとかRA(リサーチ・アシスタント)のポジションを得ることができ、MITに残ることができました


新しいことにチャレンジしようとする時、何が起きるか、どう対応するか、いろいろ分析します。

冷静に分析すればするほど、マイナスの要因が多くあがってきて、「やっぱり、やめておこう」なんて、ことになります。


「TAK」さんが、多く受ける相談は、大学院に進学したい社会人でしょうか?

「仕事と大学院が両立できるでしょうか?」

上記のように、冷静に分析すればするほど、仕事と大学院の両立は難しく、「やっぱり、今回はやめておきます」という結論になります

この人は、この考えのままでは、ずっと大学院にいけないでしょう


チャレンジして、うまくいった人は、まず、とにかく、踏み出してます

無謀なチャレンジとは違います

とにかく、踏み出してから、では、どうすればよいのか?分析しています

まず、一歩踏み出してから、考えるか?踏み出す前に考えるか?

ここに大きな違いがあるようです




2010年10月17日

知的財産マネジメント研究会に出かけます。

本日のテーマは、

全体セッション

テーマ:知財機能・組織の進化〜三位一体の知財経営の構築に向けて〜
講師:米山茂美氏(科学技術政策研究所・総括主任研究官、武蔵大学経済学部経営学科・教授)


知財キャリア分科会 
テーマ:「知財と人 〜大切なものは何か〜」
ゲスト:下出一氏(株式会社サピエンティスト 代表取締役/知財系交流会 関西ちざぱー 発起人・幹事)

です。


まず、「知財機能・組織の進化〜三位一体の知財経営の構築に向けて〜」から

以前は、企業の知財部門は特許部と呼ばれ、特許申請、他の企業からの特許侵害対応を主要業務としており、「守りの部署」と考えられていました

「守りの部署」から、研究開発、事業計画に資する、いわゆる三位一体の知識創造型の知財部門へ変わることが求められています。

例えば、自社特許を初期段階の他者の参入障壁にして、その間に、

・生産・コストなどの競争力をつける

・顧客との関係を構築する

など、事業展開を図ることが出来ます

特許は重要だけれども、特許だけでは何も出来ません

いつのタイミングで、どのように特許を活用するか?が大切です

特許をツールとして、他の技術、戦略、マーケティングなどとの組合せにより、体系的な競争力を実現します


次は、「知財と人 〜大切なものは何か〜」

ゲストの下出一氏は、会社を設立し、知財系交流会の発起人・幹事をしています

知財に限らず、相手のニーズを掘り起こし、自ら仕事を作り出すこと、が大切です

例えば、知財の情報を得るだけで会社は変わります

ただ、逆に知財だけでは何もできません。知財とは経営ツールのひとつにすぎません

中小企業というよりも、グローバルな超一流企業以外では、知財対応は遅れています

そのような企業ではIT対応も遅れています

アーティスト、クリエーターと呼ばれる人たちも知財対応が不十分、というよりも無防備な人が多過ぎます

その結果、製作会社などに、本来は自らが有する権利を奪われているケースが多いそうです

こういった企業、人に対する知財教育などは、おおいに必要です



ということで、今回も「知財と企業経営、キャリア構築」について、参考になることが多い、知的財産マネジメント研究会でした















2010年10月11日

工学が未来を創る 博士課程のすすめで書いた

イベント工学とあなたの未来を考える2Weeks

読売新聞サイト「博士の8割就職」父母に実績PR…東大大学院「東大工学系は就職難ではありません」

に掲載されていました

これに対するtwitter上での反応が、

・博士課程にもなって、なんで父母にPRするのか?自分で決めることだろう!

・東大工学系大学院ともあろうものが「就職難ではありません」とはだらしない。こんなに活躍してます、と言えないのか。

・博士課程を修了して、任期付きで不安定な博士研究員(ポスドク)を5年続けて企業や大学での常勤職に8割が就職とは、どう考えるのか?

などという批判的なものが多かった感があります


実際にイベントに参加した「TAK」さんとしては、ニュースサイトに要約されると、イベントで行われていたやり取りなどほとんど伝わらず、

要約を読んだ人たちが、それぞれに判断した内容だけが伝わる、というプロセスを見ることになった感があります


1.なぜ父母にPR、参加した父母の反応 実は若い頃の自分を投影していた

工学が未来を創る 博士課程のすすめ


「博士課程にもなって、父母は関係ないだろ」とは、いきません。息子、娘の進路を父母が心配するのは当然です


と書きました

でも、それだけでしょうか?

父母の多くは、先生方と同じ頃を大学のキャンパスで過ごしたのでしょう。

父母、特にお父さんたちの表情、目の輝きを見ていると、息子、娘の進路もさることながら、このイベントに若い頃の自分の姿を投影しているのではないだろうか?と思われました。

息子、娘を通して、若い頃の自分の姿を投影したかったのでしょう。実は、自分のために参加したかったイベントなのです。


また、父母の世代の博士課程に進んだ人たちは、少し変わり者で、研究室という「タコツボ」に閉じこもって、実験、論文書きをしていました。

学部、修士を卒業して、企業に進んだ人たちが実務をこなして結果を出していくのに対し、大学に残り、狭い分野を掘り下げていき、「専門バカ」「コミュニケーションが取れない」ということが多かったのは事実です

この父母の世代の博士のイメージを払拭することも、このイベントの目的であったのでしょう


2.任期付き博士研究員(ポスドク)は常勤職より悪いのか?

企業、官庁に勤務するのは常勤職でしょうか?その企業、官庁がなくならない限り、通常、定年まで勤務できます

一方、任期付き博士研究員(ポスドク)は2〜5年くらいの任期でしょうか。この期間内に次の職を見つけないと、無職になってしまいます。ですから、常勤職に比べて不安定、ということでしょうか。

企業、官庁に勤務する場合、異動は3年に1度くらいの頻度であります。

博士研究員(ポスドク)と同年齢の30歳前後の場合、ある部署に在籍する3年間に実績をあげ、他の部署、プロジェクトから声が掛からないようでは、
「エリート幹部候補社員からの脱落」を意味します。

すなわち、常勤職であっても、3年の任期付きで、その期間内に実績を出さなければならないのです。また、異動はその企業、官庁内に限定されます。

一方、優秀な任期付き博士研究員(ポスドク)は、その任期内であっても、いろいろな所から声が掛かり、条件がよいところを渡り歩いて、キャリアアップしていくことができます。

声を掛ける企業、機関、大学などは、優秀な任期付き博士研究員(ポスドク)を常勤職でほしいですから、双方の条件が折り合えば、常勤職が決まります。

どこからも声が掛からない博士研究員(ポスドク)は、厳しい言い方をすれば、社会から必要とされていません

研究テーマが社会のニーズと合っているのか?自分の研究業績は十分か?共同研究を進める上で、周囲と問題がなかったか?など、冷静に振り返るべきかもしれません

工学が未来を創る 博士課程のすすめに書いたように、


やりたい研究だけしていて、博士修了時に、「いいポストがない」というのは、やはり甘い、と思います

自分がやりたい研究に加えて、自分が進みたい分野で高く評価される研究が不可欠でしょう



以上、実際にイベントに参加した立場からの雑感です











2010年10月10日

東京大学工学系研究科より

工学が未来を創る −博士は世界へのパスポート−をいただきました。


博士課程に進むと狭い分野のスペシャリストになって進路の選択肢が少なくなると考えていないでしょうか?

こうした発想の一因は報道にあると思われますが、東京大学工学系研究科では、このような進路問題はほとんど起きていません

博士号を取得した多くの優秀な人材が、専門分野や博士時代とは異なる分野において、卓越した活躍をしています

それができるのは、博士時代に身につけた素養ゆえです

博士課程は「進路を狭める」ものではなく、「新しい可能性を広げる」ものなのです

海外で技術交流を経験した社会人が、博士号を取得していないと研究者・技術者として真っ当に扱われない現実に直面して、再び博士課程に入り直す例も見られます


賛否両論あるでしょうが、とにかくお話を伺いに行くことにします

工学とあなたの未来を考える2Weeksでは、

1.博士課程を考えるワークショップ 

2.ご父母向けオープンキャンパス    

3.キャリアデザインセミナー   

4.オープンディスカッション

と、いろいろなイベントがあります

一番面白そうなのは、「2.ご父母向けオープンキャンパス」です

「博士課程にもなって、父母は関係ないだろ」とは、いきません。息子、娘の進路を父母が心配するのは当然です

父母の多くは、先生方と同じ頃を大学のキャンパスで過ごし、いろいろなキャリアを重ねています

先生方は、経験、知識の差から学生向けイベントは乗り切れたとしても、父母向けイベントは、ごまかしができません。

でも、18歳(?)の「TAK」さんに博士課程進学を考えている息子、娘がいるの?って、う〜ん、難しい問題です


東京大学工学系研究科では、ほとんどの学生が学部から修士に進みます。ところが、修士から博士に進む学生は13.7%しかいません。

諸外国では、半数以上が進学するでしょうか

これらを踏まえた「工学系研究科教育の今後の課題(四半世紀を見据えて)」では、

・国際競争力から国際求心力へ

東大の卒業生が世界で活躍するだけでなく、世界中の優秀な人材を東大に集める。実際に留学生率は10%を超え、英語で行われる授業、ゼミも増えています

・高度科学技術人材戦略

・キャッチアップからフロントランナー

マネだけでは解決できない、誰も解決法を教えてくれない、複雑・他分野・地球規模

・「知」の創造

問題の本質を見抜く力、自ら革新的な解決法を創造できる力、自ら実践できる力

・イノベーションの特性

異端であること、不確実であること、他者の喜びを実現すること


博士課程進学の際に最も心配されるのが、

・専門バカになる

・人とのコミュニケーションがうまく取れなくなる

その結果、就職できない、高学歴ワーキングプアになる、というものでしょうか?

このイベントからはこれらを考える上でのヒントはたくさんありましたが、当然ですが、答えは各自が導き出すなので、「TAK」さんが工学系博士について考えてみます


以前、工学系博士課程に進む人は、少し変わり者で、研究室という「タコツボ」に閉じこもって、実験、論文書きをしていました。

学部、修士を卒業して、企業に進んだ人たちが実務をこなして結果を出していくのに対し、大学に残り、狭い分野を掘り下げていき、「専門バカ」「コミュニケーションが取れない」ということが多かったのは事実です

現在、博士級の研究活動を行うには、「タコツボ」に閉じこもってでは、できません。

研究テーマの設定、課題の発見、解決に産業界とのつながりが欠かせません

すなわち、ネットワーク、コミュニケーションができない人に博士級の研究活動は難しいでしょう

むしろ、学部、修士を卒業して、企業に就職し、ずっとその一つの企業に在籍する人の方が、その企業でしか通用しない「タコツボ」に陥っているリスクが大きいのでは、と思います

やりたい研究だけしていて、博士修了時に、「いいポストがない」というのは、やはり甘い、と思います

自分がやりたい研究に加えて、自分が進みたい分野で高く評価される研究が不可欠でしょう

ただ、工学系の研究室では、実験設備、解析プログラムなどにより、研究室で既にテーマが決められて、「○君が卒業するから、そのテーマは×君が引き継ぐ」場合も少なくありません

これは、大きな別のテーマなので、またの機会に話します














2010年10月03日

「経営者とサラリーマンでは、体力、筋肉のつき方が全く違う」

これが、大企業からNPOへー「個人」のキャリア・カフェでお会いしたNPOカタリバの今村亮さんから伺った言葉です

今村さんは、学生時代にNPOカタリバの活動をされていましたが、就職して、その活動から離れ、大企業に就職されました。

一方、奥さんはNPOの代表を続けました。

大企業に就職すれば新入社員、上からの指示で仕事をこなす立場です

一方、NPOの代表は、経営者の立場で、人、もの、カネを動かして、周囲を巻き込んで、事業を開拓していきます

この差は歴然としています。しかも、これを数年続けていると、実力の違いは、ますます開くばかりです

奥さんという、身近にロール・モデルがいたことが、今村さんのキャリアチェンジにつながったのでしょう

今村さんは、大企業を退職され、NPOカタリバの活動に戻られました


MOT(技術経営)大学院では、いろいろな企業の経営者、役員、管理職の方々に講師として来ていただき、お話を伺います

その時も同じことを感じます

「人、もの、カネを動かして、周囲を巻き込んで、事業に責任を取らなければならない経営者は迫力が違う」


もちろん、別の見方もあります

「大企業にいなければ、世界をまたぐような、グローバルな大きな仕事をするチャンスはない」

おそらく、両方がお互いにトレードオフでしょう

ただ、キャリアを構築していく上で、何度かは、経営者として体力、筋肉をつける機会が必要では、と考えます











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