2011年03月

2011年03月29日

例年3月の終わりは、送別会、卒業パーティーの季節です

ところが、今年は多くの大学で卒業式、謝恩会が中止されています

「TAK」さんはこの風潮に反対で、

「計画停電地域外で大量に電力を使うのははばかれるが、卒業式、謝恩会くらい、学生が社会へ旅立つ節目だし、行うべきでしょう」

と言ったところ、主催者の方から、

「被災地出身の学生も多く、家が壊れたり、津波で流されたり、親戚、知人にいまだ行方不明の方も多い、と聞いています。

とても、全学をあげて、大学主催で卒業式を行える状況ではないのです」

と伺いました。

そう言われれば、確かにその通りです

有志による自主卒業式のすすめ

で、


学校は今の情勢では卒業式を行えないのであれば、卒業生有志でやりませんか?


と言いましたが、「TAK」さんがいる東工大MOTも修了式、謝恩会は中止になりましたが、学科だけで学位授与式とその後、簡単な飲み物、食べ物を持ち込んだ、ささやかな懇親会を行うことになりました

例年ならば、卒業生だけでなく、在校生、OB・OGも大勢集まって、卒業生の社会への旅立ちをお祝いするのですが、やっぱり今年は集まる人も少なめです


例年だと、

送別会、卒業パーティーの季節を迎えて

に書いたように、


新しい社会へ旅立つ卒業する大学生は、不安ながらも、期待を胸に、輝いた顔つきをしています。

きらきらと輝いた目で、社会へ旅立つ夢、抱負を語る若い人からは、大いに元気をもらいます。


という感じなのですが、今年は彼ら彼女らの表情もいま一つ冴えません。

大震災の前と後で、社会全体が大きく変わる、でも、どう変わっていくのか?まだ、わからない。そんな不安が頭をよぎっているのかもしれません

そこへいくと社会人大学院生の方が落ち着いています

自分がコントロールできないことは、あれこれ悩んでも仕方ありません。

例年書いている卒業する社会人大学院生へのエールは、


社会人の大学院コースは、「仕事を持ちながら、課題発表、グループ討議が盛りだくさんのコースに参加する」ので、相当大変で負担、となります。

ところが、それがなくなってしまうと、ぽっかり穴が空いた、ようになってしまいます。


社会人の勉強は、目的志向が高い、ものです。

学んだことは、活用してこそ意義があるのは、言うまでもありません。

社会人コースの修了は、それぞれの新しい道の始まり、です。

せっかく学んだことが埋もれないように、したいものです。

起業する、次のコースに参加する、など、新しい道が決まっている人もいれば、未定の人もいます。

それぞれの参加者が、パワーアップした実力を活かしながら、歩んでいただくことが望まれます。

社会人コースの大きなメリットのひとつが、参加者同士のネットワークです。

直接にビジネスには関係なくても、ふとした時に、誰か詳しい人いないかな?そう言えば、あの人が?なんとこともよくあります。

このネットワークをキープできるか?どうか?が、大きなキーポイントです。


という感じです

ところで、毎年、修了式に参加できない社会人大学院生がいます。心ならずも、道半ばで中退してしまった人たちがいます。

これから社会人大学院を目指す方々のためにも、これについて触れることにします

●職場に近い大学を選ぶこと

仕事が終わってから大学院へ通うとなると、どんなに離れていても1時間以内でキャンパスに到着したいところです

10分、15分の差が継続できるかどうか?の分かれ目になると言っても過言ではありません

フレックスタイムなどの制度があるとしても、とにかく職場に近い大学がお勧めです

●大学へ通える雰囲気を作ることも実力のうち

仕事が終わった後、大学院へ行って勉強するような人は、やる気がある有能な人です

会社としては、そういう人には、大学院へ行かずに、その分、会社で働いてほしい、とうのが偽らざる本音です

それゆえ、定時になると仕事を切り上げ、大学院へは行きづらい、ことが多い、と思います

そういった状況下で、大学へ通える雰囲気を作ることも実力のうち、です

●「仕事は年収○○万円のアルバイト」と割り切る場合も

建前としては、私費参加としても、社会人大学院は業務に支障のない範囲で、ということになります。つまり、業務が主で、大学院が従です。

ただし、本人が今後のキャリアを切り拓く意味合いでは、大学院で学ぶことの方が大切で、仕事は生活費を稼ぐ手段にすぎない、と主従が逆転している場合もあるでしょう

建前に引きずられることなく、自分には大学院の方が大切で、「仕事は年収○○万円のアルバイト」という割り切りがあってもよいでしょう。

もちろん、アルバイトだって、きちっとやらなければならないのは言うまでもありません





2011年03月24日

東北・関東大震災から1週間以上経ちますが、福島第1原発の事故は解決せず、また、首都圏は計画停電、自主節電でネオンも消えて暗かったりしています

また、計画停電で店を閉めるしまうためか、スーパー、コンビニから食料品などが、なくなっています

こんなことは、1970年代のオイルショック以来です

実は、福島第1原発は1970年代に稼働しており、1978年には、日本で初めての都市型被害が生じた宮城県沖地震が発生し、これを契機に新耐震基準が制定されています

どうやら、この頃を振り返ると、何かヒントがありそうです。早速振り返ってみましょう



それより、もう少し前の1960年代、福島県常磐地方の常磐炭鉱で産出される石炭関連の産業を主力産業としていました

しかし、石炭から石油という流れの中、多くの炭鉱が閉山し、人は去り、町は寂れました

この頃、この地区に原子力発電所が誘致されました。唯一の被爆国である日本は原子力の危険性は認識されていたはずですが、新しいエネルギーであり、「原発は何重にも安全装置があり、絶対に安全」と言われていました

それまでの、産業であった石炭産業では多くの落盤事故があり、事故の危険は十分に認識されていましたが、原子力の危険性は未知のものであり、十分には認識されなかったのかもしれません

原子炉の1号機は1971年に稼働しましたが、直後の1973年に第1次オイルショックが起こります

中東戦争を機に、OPEC(石油輸出国機構)がカルテルを組み、石油の生産、輸出を制限したため、石油価格は高騰し、その結果、物価も高騰し、スーパーからはトイレットペーパー、洗剤をはじめ、ものがなくなり、節電が叫ばれ、テレビは深夜の放送を取りやめ、プロ野球も開始時間を早め、ネオンは消灯しました

福島第1原発の2〜6号機は、この頃、稼働しました

石油に頼らずに発電できるため、国民全体が大歓迎の中での、稼働開始でした

その後、1979年にイラン革命により、第2次オイルショックが起きます

政府は石油代替エネルギー法、省エネルギー法を制定し、脱石油を政策的に明確にしました

そんな中、福島第2原発が稼働します

つまり、福島の原発とは衰退した地域産業に代わるもので、かつ、オイルショックで打ちのめされた日本が立ち直る、ものであったのです


第2次オイルショックの直前の1978年に宮城県沖地震が起き、仙台が大きな被害を受けます

この時は、地震動により、建物および電力・ガス・水道等のライフラインが大きな被害を受け、日本初めての都市型地震被害、と言われました

これを契機に建築基準法が改正され、1981年に新耐震基準ができて、これに基づいた建物は阪神大震災、今度の東北・関東大震災でも大きな被害はありませんでした

ただし、この時は、津波は30cm程度と小さいもので、この地震を契機とした、耐津波対策は、特には取られませんでした


こう振り返ると、今の試練だけでなく、日本は1970年代にも試練に見舞われ、その試練を教訓に活かしているものもあれば、潜んでいた危険が露呈されたものもある、そんな感じがします


さて、今回の危機をどう乗り越えていけばよいのでしょうか?今すぐには、解が思いつきません。ゆっくり考えてみます







2011年03月21日

先週、今週に「TAK」さんが参加する予定だったイベント、研究会、勉強会はすべて中止になりました

「TAK」さんの周辺だけでなく、いたるところで、いろいろなイベントが中止になっています。

なぜ中止なのでしょうか?これについて考えてみます


1.交通機関が乱れていて、主催者、参加者の足(特に帰りの足)の確保が不明

地震当日あるいは翌日は、この影響が大きかったのは間違いありません。

ただ、首都圏の交通機関はその後は通常状態に戻ります

ところが、今回は計画停電への対応のため、3/14(月)に、通常通りの運行を表明していたJRが突然、運行を減らしたため、大混乱しました

また、3/17(木)には、寒い日で暖房需要のため、電力需要が伸び、計画停電では対応できず、大規模停電のおそれがあり、政府より交通機関の運行縮小、
帰宅指示が出たため、交通機関は混乱しました

ただ、国土交通省からの要請により、JRなどの鉄道交通機関の多くが計画停電の対象から外されたため、だいぶ落ち着いてきました



2.計画停電への対応のため

イベント、研究会、勉強会を行う場所が計画停電地域である場合、開催は難しくなります

また、計画停電地域外であっても、計画停電を実施している地区があるのに、大きな電力を使うイベントは、はばかられます


3.こんな時に、やっても盛り上がらない

イベント、研究会、勉強会は、安全安心が保証されているからこそ、できるものです

帰りの足、計画停電以外にも、食料・電池をどうやって確保しよう?ガソリンをどう確保しよう?なんて、心配なことがある時にやっても、

あまり有意義ではないでしょう



4.こんな時に、不要不急のイベントは不謹慎、自粛すべし

「被災地では多くの人々が不自由な暮らしを続けており、それ以外の人たちも救援、復旧活動を行っている

それなのに、不要不急のイベントは不謹慎である、自粛すべし」

こういう考え方がかなりあります


5.他も中止しているから

いろいろなイベントが中止になる中で、イベントの主催者は開催すべきか?中止すべきか?決断しなければなりません

上に書いたような状況を考えれば、中止した方が、と考えるのが自然かもしれません



これらが混在して中止になっているのですが、物理的に開催が難しいものから、精神論、哲学論に含まれるものもあります

2.に書いた計画停電を行っているのに、地区外で大きな電力を使うイベントは避けるべきです

ただ、それ以外はどうでしょうか?

交通はまだまだ平常状態には戻っていませんが、だいぶ落ち着いてきました

4、5の理由で中止しているのであれば、そろそろ考え直す時期でしょう

取りあえずの地震時初動対応の生活から、通常の生活へ戻りたいと考える時期ではないでしょうか?





2011年03月18日

東北・関東大震災の影響は、単なる震災だけでなく、原発の被災により、安定的な電力供給が難しくなる、という、

30年以上前の石油ショック以来の事態に陥っております

この影響は、単なるエネルギー問題にとどまらず、計画停電による、交通機関の混乱、物流の乱れ、被災地から遠く離れた首都圏でも生活必需品の枯渇など、
国民生活の至る所に波及して、影響を及ぼしております


いろいろなイベントがことごとく中止、延期に追い込まれ、多くの大学が卒業式の中止する事態に追い込まれています

「TAK」さんも3月は、袴姿の女子学生を見かけるのを楽しみにしているのですが、残念でなりません(主題がそれないようにします)

110318東大卒業式














ただ、卒業式とは人生に一度しかない節目であり、社会に旅立つ前に、同じ時期に同じ学校で学んだ同級生、先生方と、大学での最後のイベントを行うことは、とても大切です

「TAK」さん自身を振り返っても、今も深く大学に関わる身でありながら、自分の卒業式は、大切なよい思い出であり、いつまでも心の中に残っています

東大は約3000名の卒業生がいるので、安田講堂にも入りきりません

今は、学部ごとに卒業式を行うようですが(今年は規模を縮小して各学部総代1名のみ参加)、「TAK」さんが卒業した数年(数十年?)前は、

工学部は学科毎に卒業式をやりました

学科の卒業式、その後、学内で簡単な謝恩会、その後、全学で神保町の学士会館での卒業パーティー、その後、すぐに別れ別れになってしまう、仲の良かった友達で夜通し4次会、と、朝から次の日の明け方まで、卒業セレモニー一色の1日だった、と記憶しております

と言うことで、卒業式は一生に一度のいつまでも思い出に残る大切なイベントなので、時節を考え、中止します、では、困るのです


そこで、「有志による自主卒業式のすすめ」です。

学校は今の情勢では卒業式を行えないのであれば、卒業生有志でやりませんか?

首都圏は計画停電実施中ですから、計画停電区域外であっても、大量の電力使用ははばかられます

でも、卒業生有志が、先生にも来てもらって、手作りで行う卒業式は、それほど電力を使うものではないでしょう

「有志による自主卒業式のすすめ」は、あるはずだった卒業式以上に、ずっと思い出に残るのではないでしょうか?





2011年03月16日

当面はすべての研究会、勉強会が中止または延期になっています

参加する方々の交通の便、計画停電区域外であっても、その電力消費が計画停電地域に影響を及ぼすこと

ゆっくり研究、勉強する雰囲気ではない

ことなどを考えれば、順当な措置でしょう

ただ、こういう場合は、平常生活復帰後に怒涛のスケジュールになって、オーバーワークになりそう


交通の運行状態が心配なので、早めに帰宅しますが、計画停電の対象地域なので、

エレベーターが使えなかったり、夜に2〜3時間停電して、懐中電灯で過ごさなければならなかったりして


会う人はオフィスの人と家族のみ

停電が終わってテレビをつけると、地震被害のニュースばかり

twitter、facebookを見ても地震関連のつぶやき、知らせがほとんど


こういう状態だと、思考回路が限定されてきてしまいます

こういう時は、次はどうするか?考えましょう

具体的には、復興期間、平常生活に戻ってから、どうするか?

あるいは、まだその段階でないのなら、今回の災害から何を学んだか?整理してみましょう


取りあえず、「TAK」さんが学んだことを時系列にまとめてみます


(心がけ編)

●非常時には、一人ではいない方がよい。家族でも友達でも、とにかく心が通う人と一緒にいる。何かアクシデントがあった時に、一人では対応が難しいし、何よりも心の支えになる

●危機意識では人は動かない。しかし、実際に危機に直面すると、動き出す。

●駅、電車内での人々の対応が、地震発災当日は譲り合い、整然としていたが、2、3日たつと、一触即発喧嘩寸前の場面に何度も出くわす。みんな疲れて、空気が殺伐としてくる。

●「被災地のことを考えれば」と歯をくいしばるよりも、「自分たちも被災者」と開き直るくらいの気持ちで、いたほうが良い。長丁場では、そうでないと気持ちも身体ももたない


(生活編)

●電車の運行事情による、通勤困難な状態は、在宅勤務のあり方を検討するいい機会かもしれない

●コンビニからパンがなくなっても、パン屋には美味しいパンがある。何でもかんでもコンビニに頼る生活をしているのでは?


(エネルギー対策計画編)

●オール電化のように、エネルギーの種類を絞ると、それがなくなった場合の対応が困難。電力、ガス、石油、再生可能エネルギーなど、多様なエネルギーを適材適所に利用する

●リチウムイオン電池など蓄電池の開発が進んでいるが、大規模大容量の蓄電池の開発、低コスト化が急がれる

●石油は大昔に、ガスも数年前までに、種類が統一され、どこの地域でも互換性がある。電力のみ、明治時代に最初に導入した設備に引きずられたまま、東日本は50Hz、西日本は60Hzと分かれているが、これを機に統一すべき





2011年03月13日

110313新宿避難













今回の東北・関東大震災では被害の中心は東北地方ですが、相当離れている東京でも、何度か強い揺れを感じ、しばらくの間、交通、通信などの都市機能がマヒしました

東京のような巨大都市が都市機能を失ったのに、治安が乱れることもなく、人々が整然と行動したことは、すばらしいことだと思います

「TAK」さん自身も帰宅難民になってしまったのですが、この経験は今のうちに、書いておこうと思います

「TAK」さんは以前は耐震工学の研究者だったし、阪神大震災の時は、救援隊として現地に行っております

これまでの世界中の大地震の波形を、研究対象として扱ってきましたが、通常これらの大地震でも主要動は30秒〜1分程度です。

ところが、今回は30秒〜1分程度の大きな揺れの後に、正確に測ってはいませんが、2〜3分のもっと大きな揺れがありました

「TAK」さんは、ちょっと古いビルの4階にいました。2〜3分のもっと大きな揺れの時には、建物の倒壊を危惧して、階段を駆け下りました

東京のど真ん中で、ビルからの落下物を避けて、自動車がストップした車道の中央に人々が集まりました。

東京のこんな光景は、これまでに見たことがありません


●携帯電話も固定電話も通じない

これは、今回の話で、もちろん、これから技術の進歩で解決していくかと思います

自分の身の安全を確保して、しばらくしてから、家族の安否を確認します

しかし、東京はDocomoの携帯電話、NTTの固定電話は通じずに、数少ない公衆電話に長蛇の列となっていました

東京から故郷へ自分の無事を知らせる場合は、通じていたようです

オフィスに戻って、PCより、PCと携帯電話にメールを出して、PCからの返信により、無事を確認しました

いいでしょうか?釜石、陸前高田、宮古など、被災地の中心で、携帯電話、固定電話が通じなかったのではありません。

相当離れている東京で通じませんでした

災害時の連絡手段として、携帯電話は使えない、と考えていいでしょう


●食料、水の確保は早めに

ターミナル駅では「全線で止まっています。復旧の目途は立っておりません」とアナウンスしていました

でも、この時点では夜には、鉄道が復旧するのではないか?と思っていました

夕方になって、「もしかしたら、帰れないのでは」と考えて、すぐにコンビニエンス・ストアに食料と飲み物の確保に行きました

その頃は、どこのコンビニエンス・ストア、牛丼店などは、長蛇の列

売り切れ、つり銭がなくなる、で閉店する店が続出しました

食料、水の確保は早めにしましょう

ただ、このような状況でも、買物客は整然とレジに並び、店員もてきぱきと客の対応をしていたのは、たいしたものです


●無理に帰宅しないこと

JRは終日運行を取り止め、地下鉄は夜に運転を再開しましたが、JRとの接続駅へは接続されませんでした

おそらく、深夜にはJRも地下鉄も運転再開できたのでしょうが、帰宅客が殺到して、駅、電車が大混乱となることを避けたのでしょう

結果として、賢明な判断だった、と思います

ターミナル駅には、帰れないことを知っていながら、人が集まり、新聞紙を敷いて、座り込み、運転の再開を待っていました

この方々がどういう事情なのか?わかりませんが、オフィス、学校など、安全が確保された場所で宿泊できる場合は、

無理に帰宅しない方がよい、考えます


●情報の入手、発信について

「TAK」さんはオフィスにいたので、テレビもインターネットも使うことができました

まず、全体の状況を把握するには、やはりテレビが有効です。

ただ、テレビは必ずしも自分がほしい情報は提供してくれません

この時、一番入手したかったのが、鉄道の運転再開情報でした

ところが、JR、東京メトロ、都営地下鉄のサイトはつながりにくく、また、運転の再開見通しについて、十分な情報は掲載されていませんでした

一番早く、地下鉄の情報を得ることができたのは、twitterでした

実際にその場でどうなっているのか?情報を得るには、twitterが有効です

ただし、このような時に、twitterにデマを掲載する不心得者がいたことは許しがたいことです

いろいろなメーリングリスト、facebook、など、信頼できる知り合いだけが利用しているにより、自分が無事で、どこにいるか?の連絡がありました

災害時の連絡方法としては、いろいろなメディアの使い方が望まれます


●とにかく一人でいないこと。家族でも友達でも、心の通う人と一緒にいること

非常時には、とても心細くなることがあります

家族でも友達でも、心の通う人と一緒にいましょう

トラブルがあったときに、一人では対応が難しいし、何よりも心の支えになります


さて、ここまで地震の初動対応を書いてきましたが、そのうち、地震からの復旧について書きます








2011年03月09日

「TAK」さんは産学官プロデューサーをやっているせいか、いろいろな異分野をつなぐ、多年齢層のイベントに参加します

最近ブログに書いただけでも、

「世界で通用する人材になるために〜絶対にブレない軸のつくり方」に参加しました

いきいき研究室増産プロジェクト in Smips


異分野交流会〜理系大学院生、活性化プロジェクト〜に参加しました

東大ワールドカフェに行ってきました

3/5東京MOT会 医療・バイオ分科会に行ってきました

ワクワクをデザインする!

なんて感じです。ブログに書かないものも含めると、この倍くらいのイベントに参加しているでしょうか?

異分野の交流会で楽しみなのが、そこから始まる人と人とのネットワークでしょうか?

ただ、ここから末長く続いて、広がっていくつながりが始まる場合もあれば、そうでない場合もあります

人によって異なるので、一概には言えませんが、「TAK」さんの事例を書いてみます



●名刺の配りまくり、挨拶メールの出しまくり、だけでは、つながらない!

交流会では、名刺を配りまくっている人がいますが、一体どれだけ有効なのか?疑問です

また、挨拶メールをくださる方がいらっしゃます

「昨日はどうもありがとうございました。また、よろしくお願いします」

という感じでしょうか

交流会でその方と有意義な時間を過ごすことが出来たのであれば、これは有効です

ただ、単に名刺を交換しただけで、「この人、どの人だったかな?」と顔を思い出しながら、という状態だと、挨拶メールの交換で終わってしまいます

なお、名刺を持っていないと、自分の名前、連絡先を残せない訳で論外です。

実は、結構こういう人もいます。

また、学生さんで名刺を持たない人も多いかと思いますが、ネットワーク形成をしたいのであれば、名刺を持つことが必要です


●現時点ではtwitterIDが一番有効かも?

これは、あくまで「TAK」さんの事例です

交流会で短時間お話しただけでは、その方のことはよくわかりません

twitterでフォローして、やり取りをするうちに、意気投合したり、一緒に何かできることがある、ことは、かなり多いものです

しかも、twitterならばフォローするのも、フォローをやめるのも、原則的には自分で決めることが出来ます

そんな訳で、「TAK」さんは名刺にtwitterIDを入れており、交流会後にフォローいただいて、末長い交流につながることが、相当数あります

現時点では、交流会から続くつながりには、twitterIDが一番有効なようです


●Facebookは有効だけれど、使い方を間違わないように

日本でもFacebookが急速に普及しています

Facebookは原則、実名ですから、名刺に書かれた名前を入力すれば、その人にたどり着けます

ただ、「佐藤和雄」のように、同姓同名が多い名前だと、たどり着くのが難しくなります

また、有意義な時間を持つことができた方からの友達リクエストであればよいのですが、単に名刺交換しただけの方から友達リクエストをもらっても困ってしまいます

現時点では、twitterとFacebookの組み合わせがいいかな、なんて思ってます


●よかったイベントの主催者とはつながりたい

イベントの主催者、運営スタッフの方々は、活動的な方が多く、すぐにではなくとも、長いスパンで、いろいろな情報をもたらしてくれることが多いものです

自分にとって「当たり」のイベントの主催者、運営スタッフとはつながりたいものです


イベント開催時には、主催者、運営スタッフの方々は忙しく動いていることが多いのですが、ちょっとしたタイミングを見計らって、つながっておきたいものです



以上、最近思いついたことを書きましたが、せっかく異分野交流会に参加するのであれば、その機会は有効に活かしたいものです





2011年03月08日

Educe Cafe:プレイフルコミュニケーションをデザインする

に参加しました

Educe Cafe とは、


Educe(エデュース)には、「Education」の語源にあたる言葉で、隠された人の才能を引き出すという意味があるそうです。

Educe Cafeは、従来の枠組である「教育」というメガネをちょっとだ
け外し、少しトリの眼になって「教育」の周りを見てみようよ、という想いで企画しています。

今のところ「つながり」「コミュニケーション」「インフォーマルラーニング」「ミュージアム」などというテーマが多くなっています。

ですが、今後はこれにも囚われずに、常に感性に働きかけるような素敵な活動をされている方をゲストとしてお招きし、その話題提供に刺激されて場全体で何かを考えていけるような創発空間にできたら、と想っています。

なお、Educe Cafeでは、お飲み物や軽食もお出しいたします。学生の方から大学・企業にお勤めの方まで、その場にいる人みんなが顔見知りになってお帰りいただけるような、アットホームな会づくりを心がけています。


ということです

今日のテーマは「プレイフルコミュニケーションをデザインする」

講師は、京都大学総合博物館准教授、塩瀬隆之さん

「好奇心の前には皆平等」を合言葉に、100回以上のワークショップを実施。

ワークショップの参加者には、幼稚園から90歳まで、目の見えない人も、耳の聞こえない人も、様々な人が参加しています

目の見えない人との美術館賞コミュニケーションや、言葉にならない、されど伝わるものづくり職人の師匠から弟子への技の伝承など、様々なコミュニケーション研究を経て、「好奇心の大切さ」が伝わるコミュニケーション場づくりの実践手法を開発されています。



好奇心とは、出会ったことがないものを知る、ワクワクすること

ワクワクするには、子供も大人も関係ありません

このワクワクを「伝える」のではなく、「伝わる」ように「場」をデザインする

その時のキーワードは

「ために」から「ともに」



「あなたのために言っているのよ」「あなたのために教えているのよ」

と言う場合、「ために」と言われている「あなた」は、実は迷惑していて、余計なお世話、なんて思っています



「ために」は、外から影響しようとしています。

一方、「ともに」は、外からではなく、中に入って、一緒に何かをやろう、としています



この、「「ために」から「ともに」」はコンサルタント、「TAK」さんがやっている産学官プロデューサーにも通じるものがあります

クライアント企業のためを考えて、ビジネスプランを作成して、「是非このプランを」とすすめても、クライアント企業が気乗りしていないことがあります

「なんで、こんないいプランを作ってあげたのに」と思っても、その思いは伝わらなかったりします

産学官プロデューサーも、「このプロジェクトは、企業にとってもメリットがあるし、大学にとっても学術的な価値がある」とすすめても、双方に受け入れてもらえないことがあります

「「ために」から「ともに」」は、いろいろな人々を結びつける時のキーワードかもしれません
















2011年03月03日

人の真価、ビジネス・キャリアに関するアラカルト


久しぶりにtwutterを見ていたら、人の真価、ビジネス・キャリアに関して、ピンとくる言葉、文章が次々に来ました

これらをアラカルト風にまとめてみました


●人の真価、事業・組織の力

・物事が上手く進んでいるときより、上手くいかない時はその人の取り繕わない本当の部分が見えやすいし、そんな難しいときにこそ人の真価が問われる


・その人の人となりを雄弁に語るのは、その人が普段語る理想や思想よりも、その人に起こった失敗や挫折なんかのネガティブな事柄に対するリアクション


・若いうちから「失敗しないこと、踏み外さないこと」をあまりに重視しすぎてる気がする日本では、「上手くいかないときにどうやってリカバーするか?」の一番大切な部分を経験することが少ない。そこがいろんな問題の根源


・過激なことをして一瞬注目をひくことは簡単。人を批判して引きずり降ろそうとするのも簡単。地に足をつけて、人に寄り添って、何かを変えていくことは難しいけどかっこいい。でも、地道に伝えて思いの連鎖を重ねることは、いつかきっと大きな原動力になる。

・高校の卒業式で「君達は勉強するために生きてるんじゃない。豊かで楽しい人生を勝ち取るために勉強する。勉強すれば、人生は華やかになる。勉強するしないは君達の勝手だが、一教師として助言したい。勉強、しとけ」を信じて勉強。先生、間違ってなかったよ


・自分が先頭に立たないと事業を形に出来ないのであれば、いかに能力があろうと上杉軍止まりで、決して複数の方面軍を擁した織田軍のようにはなれない


・アメリカでは22歳で「専門性」を求める仕事なんて、ハッキリいってないからです。(だから、学部卒の就職戦線では、文系・理系とかいう分け方は、あまり重要視されていない。)将来、アメリカでマジに専門職で食っていこうと思うなら、多くが大学院に戻る


・世の中にはアバウトなほうがいい場合がある。方向さえ正しければ、多少の間違いはあっても早くやったほうが勝つ。精緻に時間をかけて、タイミングを逸するよりも、スピードが勝負だったりする



●好きなこと、好きな人

・好きな人には出来るだけ会えばいい。好きなところには好きなだけ行けばいい。好きな言葉は躊躇わず使うがいい。好きな気持ちは恥ずかしがらず伝えるがいい。「好き」ってのは不思議なもので、出せば出すほど溢れてくる。人間の、短い一生を彩るにはそれでも足りない位だけれど


・「産学連携も恋愛関係。出来れば周りには内緒で二人だけで仲睦まじくやっていたい。一般に通用する共通の方策なんてまずない。」だけれど、恋愛と同じで、二人だけの秘密、と思っても、実は、みんなに当てはまることもある


・復縁を望む男性がやりがちなミスは、お詫び文。違うんだなー。詫びが欲しいのじゃない。女性が欲しいのは、礼讃。女神として。いかに讃えられのか?そこがキモ。


・「相手に振り向いて欲しい時、もう恋は始まっている」


・初めから明確に「やりたい」ことがある場合と、やっているうちに「自分がやりたかったのはこれだ!」と気づく場合がある。


・人と会うスケジュールが次から次に入っていると、元気がない時でもカラ元気を出さざるを得ず、その結果、元気になっていく


・何かを教えてくれる人は実に多いけれど、何かを考えさせてくれる人は少ない。「答え」をくれる人より、「問い」をくれる人との出会いを、大切にしたい。


・「だが」「しかし」ではなく「ところがどっこい」を頻繁に使ってくるライターがいたら相当癖あるな。赤を入れられても、「これはこだわりなんで譲れません!」とか言われたら、むしろそいつを使ってやりたくなる


・伝えると伝わる。伝えようとすると伝わらなくて、伝えようとしていないときは案外伝わっている。伝えようとしているときは、私とあなたは別の存在というのが無意識にある。伝えようと意識していないときは、自他の境目がないのかも。






2011年03月02日

東京大学国際交流機構から

世界で通用する人材になるために〜絶対にブレない軸のつくり方


という講演会の案内が来たので、参加しました

成長している時は、「軸」がブレる


に書きましたが、


高校生の時には、身長が伸び、体重が増えます。フィギュア・スケートの選手だって、例外ではありません。

身長が伸び、体重が増えれば、物理学的に考えると、回転軸が変化するのは当然です

したがって、この時期にジャンプの調子を崩すのは、物理学的に至極当然のことです

身体の成長が落ち着く、大学生の時期になると、また安定感が出てきます


物理学を少し離れて、比ゆ的に考えてみます。

いろいろな知識、経験を身につけている時には、「軸」があちこちにブレる、のは至極当然ではないでしょうか

「軸」がブレないことの大切さ、がよく言われますが、「軸」がブレないとは、成長していない、のかもしれません



講師の南壮一郎氏は、


外資系投資銀行を経て

楽天イーグルス立ち上げ創業メンバー、

そして起業し、1年で7億円の資金を集めた

ワールドビジネスサテライト、NHKなどでも紹介された注目の若手起業家


これだけ見ると、順風満帆ですが、高収入の外資系投資銀行をやめて、楽天イーグルスに入るまで、2年間無収入でフットサル場の管理人等をなさっています

キャリアも天職を見つけて、その職を一筋、ではなく、あちこちを転々としています。一見すると、軸がブレまくっています


南さんの言う「軸がブレない」とは、迷った時、悩んだ時に、自分の心が望むことがブレない、ということでした

南さんは配布資料を用意していませんでした

「聴衆の年代によって興味の対象は違うので、聴衆の反応を見ながら、その時に合った話をします」

ということでした

パワーポイントは使わずに、その代り、全身を使って、壇上を歩き回り、ひとりひとりの聴衆の目を見ながら、語りかけるように話します

書き切れないので、ポイントだけ書きます


●一度切りの人生なのだから、好きな仕事をしろ。鳥肌が立つ、仕事をしろ。

外資系投資銀行の仕事は、世界中を飛び回り、おもしろく、収入も高かったが、「鳥肌が立つ」ことはなかったのでやめた

感動しない仕事なんか、やっている暇はない


●悩んだ時、迷った時は、やりたいことをすべて書き出してみる

やりたいことをすべて書き出すと、1000以上になったが、それをグループ化すると、(1)スポーツが好き、(2)人が好き、(3)商売が好き、の3つに集約することが出来た

頭で考えたことと、心で感じたことが矛盾するときは、心が望むことをする


●必死の時は何でもできる

高収入の外資系投資銀行をやめて、無給のフットサル場の管理人をやるのは、恥ずかしくて、プライドはズタズタ

アポなし、コネなし、で、アメリカに渡って、大リーグ関係者に直接電話して、粘って、何人ものGM、GM補佐に会うことが出来た。職は得られなかったが。


●自分と価値観が異なる人の話を聞くことは面白い

●大学を卒業してすぐ入社するのは大企業がおすすめ。若い人を育てる余裕がある(ベンチャーにはそんな余裕はない)

●大学の時の友人は、他の業界へのブリッジとして貴重。(社会に出てからの友人は業界関係者に限られてしまう)

などなど


特に、「必死の時は何でもできる」の生々しい話をする時の、南さんの話しぶりは、鬼気迫るものがありました

会場には、学生さんだけでなく、若手社会人も多数来ていました

「TAK」さんは残念ながら、質疑応答は早退したのですが、この講演会は聴衆に相当なインパクトを与えた、と感じました





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