2011年06月

2011年06月28日

東大イノベーション政策研究会「震災後の科学技術と科学技術外交」

に参加しました

講師は東大地震研究所 杉本めぐみ 特任研究員です

案内によると、


人間の安全保障は経済発展や環境の持続可能性とならび、科学技術が果たすべき大きな役割である。

中でも自然災害は時として大きな被害を社会にもたらすため、我が国においてこれまでも、自然災害の予知・予防に向けた研究開発が推進されてきた。

しかし、東日本大震災において多くの犠牲が生じたことは科学技術と社会の関係を問い直す大きな契機となっている。

本講演では、インドネシアのスマトラ沖地震による津波、液状化がもたらした災害を振り返り、震災復興に向けた関係各所の取り組み、さらには、講演者が関わってきた防災教育の実例を紹介するとともに、なぜその教訓が東日本大震災に生かせなかったのかを議論する。


今回は、震災の話にフォーカスし、原発の話には言及しません。

さて、以下の記述は、杉本さんの講演と言うよりも、それを聞いて「TAK」さんが考えたことの記述です



起きたばかりの震災の議論をする時に、難しいのは、

「こんなことを記述しては亡くなった方、家族を失いつつ、昼夜を分かたず働いた方に失礼だ」

という精神的な制約があることは否めない、ことでしょうか。

しかし、後世への教訓を残す際に、これは割り切ってやらなければならないハードルだと思います。


さて、今回の震災の被害は、

・地震動による被害は少なく、被害のほとんどが津波によるもの

・津波の被災地は、昔から津波の被害を多数回受けており、祖先からの伝来も伝わっており、意識は極めて高い(世界有数であり、スマトラ島の津波被害の全くの無警戒とは全く違う)

・相当しっかりした防波堤、防潮堤(これら自体は軽微な被害なものも多い)が設置されていたが、これらの有効性を超える津波であった

・津波は瞬時に来たという訳ではなく、第1波が襲来するまでに10数分あった。(地震直後に適切な場所に避難を開始していたら、相当数の人が助かったはず)

という特徴があります。


阪神大震災の時は、耐震基準に達していない建物が瞬時で倒壊する、高速道路が倒壊する、など、ハードの欠陥が露呈しました

今回の震災はハードはそれなりに機能していたが、その限界を露呈した、ということでしょうか


では、今回の震災からの教訓は何なのでしょうか?


●生死を分けたのは、なまじの知識、経験よりも臨機応変の判断、決断、行動、起こった現象は「想定外」

指定されていた避難所が津波の被害を受け、多くの人が亡くなっています

「行政から指定された避難所だから安心」ではなく、「この状態では危ない」という、刻々と変化するリアルタイムの状況下での瞬時の判断が生死を分けています

行政は予めマグニチュード8程度の地震が起こった場合の、地震動、津波の高さ、それに対する浸水地域の想定、避難計画は立てていました

今回はマグニチュード9(エネルギーはマグニチュード8の32倍)の地震に襲われ、これらの想定をはるかに超える津波が来ました

それゆえ、当初作成した計画をなまじ知っていて、それに従った人たちは、被害を逃れることができませんでした

むしろ、引っ越してきたばかりで避難所の場所を知らず、とにかく高台に逃げた人は助かっています

起こった現象は「想定外」は原発に限ったことではありません。震災全般について、「想定外」で、臨機応変の判断、決断、行動が生死を分けたのです


これって、震災に限ったことではありません。事故現場で危うく難を逃れる人と、そうでない人の違いって、とっさの判断だったりします

ビジネスだって、当初じっくり練ったプランに固執し過ぎるよりも、リアルタイムの状況下での臨機応変の対応が求められます



●非常用の設備よりも、通常の設備を非常用にも使う

非常用の設備とは、普段は放置されて、場所だけ取って、いざという時に、使い物にならなかったりします

それよりも、通常の設備を非常用にも使えるようにする、ことが大切です

例えば、仙台空港等は燃料、食料、水の備蓄があり、避難施設として有効に機能しました

地震計測システムは常に稼働するけれど、津波警戒システムなどは、それほどの頻度では稼働しません

そうであれば、漁業、港湾で通常使用する設備を、津波警戒用にも使えるようにした方がよいかもしれず、スマトラ島では試みられています


●(講演に出た話ではないが)防災技術者のモティベーションをどう保つ?

現在のような震災直後、あるいは阪神大震災直後などは防災技術に注目が集まります

ところが時間が経過するにつれて、関心は冷めていきます

そして、やがて「いつ来るか?わからない地震のために、金を使って、無駄なことを」なんて揶揄されます

また、自分の仕事の成果を、ある程度、被害が出るような大きな地震が来ないと、実感できません

それでさえ、防災技術が有効だったところは当然で、防ぎきれなかったところ、欠けていたところが「甘かった」と指摘されます

人並み以上に出世、昇進・昇格するにはコンスタントな業績が本来は欲しいところですが、難しかったりします




2011年06月27日

「持続可能な教育」勉強会 

に参加しました

案内文によると、


テーマは幅広く「持続可能な教育」でいきます。

教育の持つ意味の多様化や「教育」の主体となる機関や団体の多様化、教育技術や実践の多様化など、ステークホルダー(利害関係者)が非常に多いのが教育という言葉の特徴です。

また素晴らしい教育実践やシステムは、逆に現場に過負荷を強いたり、実践者や場所を選んだりと様々な制約・問題などが発生します。そうして教育現場に負担をかけながら、カーニヴァルのようにムーブメントとして消えていった沢山の「教育」達が存在します。

親になる人も先生になる人もそれ以外の人も「教育」や「教育現場」達をいかに持続可能に発展させる/するためにはどうしたらよいのか。個別の実践や問題意識などから考えるヒントを見つけて行けたらと思います。


講師の方々とテーマは、

「なぜ今キャリア教育が必要になったのか〜雇用対策は負け戦〜」
法政大学講師 戸高七菜 @nanatodaka さん

「社会を変えることができるという気持ち−大学生は社会参加活動経験から何をどのように学んでいるか−」
東京大学大学院学際情報学府博士課程 中原研究室 @mitsuru_3261 さん

「引きこもり、今」
上田学園 学園長 上田早苗  @uedagakuen さん

です。

勉強会の様子はtogetter

を見ていただくとして、「TAK」さんの感想です

「学ぶ意欲」と「働く意欲」は全く別物?

にも書きましたが、教育とは非常に幅広く、受け取る人によって、定義が異なります


「教育」を「学校教育」に限定するとしても、

・義務教育の小中学校と、自由意思で参加する高校、大学、大学院があります

(義務で教育しているならば、学習者にモティベーションを持ってもらうことは大切ですが、高校以降の高等教育は本来、本人の意思によって受けている訳ですから、「モティベーションを持ってもらうこと」など不要なはずです。そうでなくなっている現実が問題)

・東大、京大などのエリート層の教育と、いわゆる、落ちこぼれ層の教育


など、多種多様で、矛盾と対立が内在することが、そもそも前提になっています

上記の講師の方々のテーマ紹介等では終わらずに、講師、会場を巻き込んだ熱い議論になりました



矢印以降は、出た議論に対する「TAK」さんの感想です

・就職率が低下すると、真面目に勉強しても就職できないではないか?と勉強しなくなってしまう生徒が増加する

→自由意思で参加する高等教育では、勉強したくなければ、勉強しなければよい。おそらく、勉強しなければ、もっと迎える結論は悪化するだろうけれど


・グローバリゼーションの影響で工場がアジア諸国へ移転し、労働需要が減り、しかも、正社員から非正規社員へ移行している

→多くのメーカーが、日本人よりも留学生を多く採用するようになっている。アジア諸国へ進出を考えるメーカーとしては、留学生の方が貴重な存在。

例えば、中国からの留学生は、同じメーカーの中国法人に就職するよりも、日本法人で就職することにより、数倍、給与がよい。

彼ら彼女らは中国進出のキーパーソンとして中国に赴任することが多いが、この経済格差を活用している

グローバリゼーションのデメリットを嘆くよりも、このように、上手に活用している事例を参考にすべきでは?


・「社会参加活動経験から何をどのように学んでいるか」を定量的に評価することは難しい

→社会参加活動経験に何らかのメリットがあることは感覚的にもわかること。それを定性的に列挙するだけでは弱い

定量的な評価が出来てこそ、社会に普及、浸透する


・大学生の社会参加活動経験に単位を与える、などの評価をすべきか?

→やる気がある人たちが、自発的に単位がつかない自主ゼミ活動を頑張っていたのが、大学側が単位を認定することになって、活動がギクシャクすることもある

・「社会」と「大学」の行き来が大切

→MOT(技術経営)では、学ぶニーズがしっかりしており、企業経験もある社会人の方が学習効果が高く、また、業務の背景にある理論を大学院で学ぶことによる学習効果もある



はっきり言って教育は、上に書いたように、矛盾と対立を内在しており、そう簡単には結論が出ません。

だからこそ、世代、立場を超えて、このように議論する場が大切なのかもしれません





2011年06月24日

ライフネット生命保険社長の出口 治明 氏と副社長の岩瀬大輔氏が連日のように講演を行っています

出口社長のお話は、

「何かをするには、いい風をつかまえて」ライフネット生命保険 出口治明 社長

で伺ったので、今日は副社長の岩瀬大輔氏のお話を伺います。ライフネット生命保険のこと等については、上記ブログをご覧ください

岩瀬大輔氏は東大法学部で在学中に司法試験に合格し、ボストン・コンサルティング等を経て、ハーバード・ビジネススクールに留学します

110624ハーバード


ハーバード・ビジネス・スクールでは成績優秀者に贈られるBaker Scholarを受賞します。日本人4人目です。

留学中に書いていたブログが人気で、ある投資家の目に止まり、それがライフネット生命保険設立のきっかけのひとつにもなります


「現在有している経営資源に囚われることなく、事業機会を執拗に追い求めること」

経営資源は人、モノ、金ですが、特にベンチャーでは一緒にやる「いい仲間」を集めることが最初の基本です

この時に、学生起業団体の友人同士、あるいは、同業種のベテラン会社員同士など、同世代、同業種だけの仲間でやるよりも、
若者とベテラン、異業種が集まることが大切です

人との出会いが、つながりになります。

人的つながりのネットワーク、コミュニティーは、単なる人のつながりだけでなく、スキル、ノウハウ、先行経験のシェアなど、知的なコミュニティーになったり、あるいは失敗した場合に、雇用してもらうなど、リスクヘッジにもなっています


これまでの業界ではタブーだった、保険の原価を開示します

値段が安いことをいくらアピールしても申し込みはありませんでしたが、身体を張って頑張っていることがわかってもらえると、売れ出したそうです

内容がしっかりしていることが前提ですが、理念が共感を生むことがあるようです

もっと、極端に言えば、ある人の幻想が現実を創っていく、とも言えそうです


出口社長も言っていましたが、ベンチャーでは人が財産です

社員に会社に来ることを楽しくさせる

お金をもらうためだけにいやいや来ていたって、決していい仕事などできない

楽しくやらないといいアイデアは出ない


最後にこのようにまとまられました

●魅力的な仲間と過ごせること

●自分にしかできない「何か」

●社会に足跡を残す


2011年06月23日

室町絵巻の魔力−再生と創造の中世−

などという案内を東京工業大学からもらう、と聞くと驚く人もいるかもしれません

110623室町絵巻



東京工業大学と言うと、ガチガチの理工系大学で、実験、シミュレーション、数式にまみれている、というイメージかもしれません

でも、

・アートと工学は相性が良かったり

・理工系の研究成果を広く社会に還元するには人文科学、社会科学の素養が必要だったり

します。

そんなせいで、実は東京工業大学は人文科学、社会科学の教員が相当数いて、そういったプログラムも充実しています

案内文と解説です


日本美術のさまざまなジャンルの中で、絵巻ほど面白い素材はない。

それは、手の中に納まる極小の巻物に、無限の空間と時間を往来するストーリーが、絵を伴って展開するからである。平安から江戸時代にかけて、権力者は時代を代表する知識人たちにストーリーを執筆させ、それを名手と呼ばれる絵師に描かせ、秘蔵した。

前近代における最高の知性と感性の結晶が絵巻であり、それは妖しい魔力を放つ宝物中の宝物であった。


江戸時代になると印刷技術も発達し、庶民もかわら版などを読めるようになりますが、


それまでは、絵師が描いた絵と物語をコンパクトにまとめた絵巻は将軍、大名など一部の権力者しか手に入れることが出来ない、

当時の最新のマルティメディアでありました


日本美術史では、平安から鎌倉にかけての国宝級の名品について個別に研究が進められて絵巻の黄金時代とされる一方で、室町はその衰退期と見なされてきた。

しかし、数多くの室町絵巻を群としてとらえなおし、公家の日記などから天皇や将軍周辺における制作・鑑賞・コレクションの実態を分析すると、創造性豊かな美の世界が浮かび上がってくる。ピークから下降線をたどる中で、そこからの再生にかける人間の営みの中にこそ現れる叡智がある。

今日、絵巻の研究は日本・美術史の枠を超え、文学・歴史・宗教をはじめ学際的な広がりをもち、諸外国での国際的な調査研究が進んでいる。総合的な史料学としての「絵巻学」の可能性についても展望を述べたい


文化財を解読していくことは、ただ単に当時の文化を読み取ることではなく、

今は絶滅した、あるいは大きく形を変えて伝わっている当時の文化を再生することにより、

新たな創造につながっていきます

絵巻という、文字情報と画像情報が組み合わさった媒体を読み解くことにより、大量の未解明なデータを掘り起こすことが出来ます


芸術の研究も感覚的な視点からだけではなく、定量的な視点からのものが必要な時代になりつつある

講師の言葉が印象的でした





2011年06月21日

東京未来大学が開催する公開シンポジウム

『学ぶ意欲、働く意欲、明日の意欲〜モティベーションの探究と実践へのアプローチ』

に出かけます。

市川伸一東大教授、金井壽宏神戸大教授ら、豪華なゲスト陣が魅力です

シンポジウムの内容は、

養壷/山田久志さんのブログ

を読んでいただくことにして、

以下に「TAK」さんがこのシンポジウムで考えたことを書きます

「学ぶ意欲」と「働く意欲」は似ているようで、全く別物なので、分けて書きます


まず、「学ぶ意欲」について

これも義務教育と高等教育に分かれるはずです。つまり、義務で教育しているならば、学習者にモティベーションを持ってもらうことは大切ですが、高校以降の高等教育は本来、本人の意思によって受けている訳ですから、「モティベーションを持ってもらうこと」など不要なはずです。そうでなくなっている現実が問題なのですが。

好きな科目を勉強するのは、わかりやすいですが、食わず嫌い、になってしまうおそれもあります

大切な科目は必修にして、仕方なく勉強しているうちに、面白くなってくることもあります

「大学入試」がよくも悪くも、重大な意味を持っています

「大学入試に出ないものは、勉強しない」と言うのは、入試合格がひとつの目的である以上、当然の帰結でもあります

ただし、「試験にしづらいけれども重要なこと」と「試験にはしやすいので、試験問題にされるけれど、本当はどうでもいいこと」があります

例えば、英語では大量高速の読み取り、聞き取り、文章が適切に書けること、話せることが大切です。TOEFLではこれらが試験されますが、大学入試でよく出題される英文法の前置詞の穴埋めなどは、onでもinでもatでも、通じるので、とにかくリアルタイムのコミュニケーションを切らないことが重要なのは実務で経験することです

また、歴史だって、年号、人名などよりも、なぜそのような歴史的背景が形成され、そういった帰結になったか?が重要なのです

「TAK」さんの持論は、「英語と数学の基本的素養は必須で、これを大学入試が重視するのは当然だが、大学入学後の学業および学業外生活には、それ以外に文学、音楽、美術の鑑賞、表現など、入試に関係ないとされる領域が大きく影響する。修士、博士ではその影響がさらに拡大する」だったりします

「TAK」さんは日本でも有数の進学校を出てますが、国語の先生は大学入試にはおよそ関係のないことを、例えば、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」などの読書課題を出し、感想文の提出を要求し、厳しく採点する先生でした

在学中は、「模擬試験直前の忙しい時に、なんで入試に関係ないこんな宿題を」を生徒の間で悪評でしたが、卒業してからしばらく立つと「あの先生の読書課題のおかげで」とみんな感謝するようになりました

「TAK」さん自身、教育に携わる身でありながら、これにはスパッと割り切れる明快な解答がありません。生徒、学生だけでなく、現場の先生方、教育関係者も悩んでいます。もう少し検討したいです


「学ぶ意欲」も上記のように難しいですが、「働く意欲」もこれまた難しいです

働く形態により、状況が異なるので、企業に勤める人を対象に考えます

そもそも、資本家と労働者の関係では、労働者は苦役を行う対価として報酬を資本家から得る、しかも、古くはその苦役とは奴隷が行っていたこと、である以上、労働は楽しいことであるはずはなく、また資本家から与えられるものである以上、本人に裁量も選択もありません

企業が求める人材が「常に問題意識を抱き、新しいことにチャレンジする人材」というのも、本音では疑問です。

企業に勤務する全員がそんなことをしていたら、業務が進みません。5%程度のそういった人材と、あとは「言われたことを粛々と間違いなくこなす」素直な人が欲しい、というのが本音ではないでしょうか?

これに対して、昇進・昇格、ボーナスなどの「アメ」を使って働かせる、というのが、古典的なモデルでしょうか?


でも、メーカーで毎年社長賞を取るようなチームは、別にお金が目的ではなくて、製品の開発が楽しくて仕方ない状態でしょう

彼ら彼女らは、最初からそういった環境にいた訳ではなく、自らチャンスを引き寄せ、活用しています

そもそも、「働く意欲を企業側に与えてくれ」と言っても、無理でしょう。自ら引き寄せ、創っていくしかありません

これは教育と同様に難しい問題なので、もう少し検討したいです

ただ、ひとつだけ言っておきたいことがあります


「うちの会社は○○を評価しないことが問題です」と同調を求められることがあります。

もし、それが問題で、自分の実力が発揮できない、と感じるならば、その問題を解決しようとするよりも、実力が発揮できる環境に移ることをすすめます。

組織の問題が解決した頃には、あなたはその恩恵に浴する時期は逸しているでしょうから





2011年06月20日

東大駒場で開催された「まっとうするものの言葉Resilience」

に参加します

芥川賞に選ばれた朝吹真理子さん(「きことわ」)と教養学部ロバート キャンベル教授の対談・朗読・ディスカッションです

会場には、多くの参加者が集まったのですが、静寂かつ荘厳な時間でした

110617resilience



朝吹真理子さんは江戸文学を専攻し、近世歌舞伎で修士論文を書いています。

それでいながら、ほぼ同時期に「きことわ」で芥川賞を受賞しています

「TAK」さんにとっては、「朝吹さん」と聞いた時、おばさんに当たる、フランス文学専攻でフランソワーズ・サガンの訳者の朝吹由紀子さんのイメージが強いものでした。

「悲しみよ、こんにちは」「愛と同じくらい孤独」などの、フランソワーズ・サガンの作品は、ほとんどが朝吹由紀子さんの翻訳で紹介されています

朝吹真理子さんは異なる別の道を歩みつつも、幼い頃からの豊かな文化的教育環境が推察されます


以下、朝吹真理子さんのお話の抜粋です

・小説を書く動機をよく聞かれるが、「書きたいテーマ、伝えたいことはない」からスタート。何かを伝えたくて小説を書くことはない。

・「卵」という字から、背中合わせの、髪の毛でつながっている、二人の女性がひらめいた

・文学は文字により、読者に想像を引き起こす。絵画、写真、映像がない分、それぞれの読者に独自の強いイメージを描かせることがある

・小説を書くというよりは、モノを創っている。手段、媒体が文字。あなたに向けて手紙を書いている

・絵画、彫刻はすべて同時に鑑賞されるが、小説、音楽はある時間の経過と共に、伝わり、初めと終わりが同時に鑑賞されることはない

・読者は小説を自由に読む立場、傲慢な存在で構わない。どんな名作であっても、自分にフィットしない日は3行で飽きることがある

・読者と全く違う場所、空間、時間にいる作者が書いたものが、読者に深い感銘、懐かしさを引き起こす、時空を超えた共鳴現象が起き得る不思議がある

・瞬間瞬間に移り変わる水面に映し出されるものが「真実」。ちょっと前とちょっと後で全く異なることがあるが、それぞれが真実。

・生を受けるとは、本来、両親の生殖行為の結果であり、本人の意思とは全く関係がない、受動的なもの。しかし、受動的に生を受けながらも、主体的に生きていくことになる

・「なぜ小説を書くのか?」という問いかけは、答えがない問いかけ。「なぜ生きるのか?」と同じもの



とても考えさせられる、深いひと時でした


きことわ
朝吹 真理子
漂砂のうたう
木内 昇
愛という名の孤独 (新潮文庫)
フランソワーズ サガン
悲しみよこんにちは (新潮文庫)
フランソワーズ サガン



2011年06月16日

東大「Game × Learning × job"ゲーミング勉強会」に参加しました

を紹介しました

この模様が、主催者の@fumituki85さんのブログ

参加者の@ishii_rikie さんのブログ

に紹介されています

これらを見ながら、このゲームによるワークショップは、実は奥が深かった、と実感し、再度考察を試みます

110616ゲーム1



1.ビジネスプランを計画しつつ、実行、交渉、修正をリアルタイムで行う

MBA、MOTなどの勉強会で行うケーススタディーでは、あるビジネスケースについて、調査、検討し、ある程度の時間をかけてビジネスプランを作成し、それを発表し、他参加者からコメントをもらう、という流れです

最後の発表では厳しい批判をもらうこともしばしばですが、基本的にこれで終了です

ところが、ゲームではビジネスプランの作成はほんの短時間で行い、他のプレーヤーを相手に実行、交渉し、プランを修正していくという、

PLAN → DO → CHECK → ACTION

というプロセスをリアルタイムに回すことになります


理論、理屈はともかく、結果もリアルタイムで出てきます

極めて実践的なビジネス、と言えます

この場合、線形計画法などにより、しっかりマトリクスでつくった計画が使い物にならなくなります。これらは、初期条件、境界条件が固定、という前提で作ります

ところが、リアルタイムで進行するビジネスでは、初期条件、境界条件が絶えず、変動していきます。

せっかく作ったマトリクスが役に立たず、呆然とする理系参加者の姿が象徴的でした

110616ゲーム2



2.暫定的なルールはあるものの、ほとんどのルールは当事者間で決める

ゲームには、そのルールの自由度に大きな開きがあります。

一般に使われるのは、サイコロ、ルーレットの目に従い、カードをめくり、その内容により、商品の売買など何らかのプレーヤー間のやり取りがある、というものでしょうか。

ルールがきっちり決まっているほど、ゲームはプレーヤーの裁量による部分は少なくなり、サイコロの目、引いたカードの内容など、偶然に左右されます

このゲームでは、振るサイコロの貸し借り(サイコロが多いとそれだけ出る目も増える)、手持ちカードの機能の貸し借り、などの交渉が当事者間にゆだねられました。談合もありだし、競合者同士を両てんびんにかけ、有利な条件を引き出すのもあり、公開交渉もあり、秘密交渉もあり、でした

これもある意味で実践的なビジネスと言えます

つまり、ビジネスのルールがきっちり決まっているよりは、法令に従う範囲内において、ビジネスの条件等については当事者間で決定します

研究活動とは美しいアートである


で、


何でも自分の感じたことを表現できる、特に現代アートはいい反面、時にとてもつらくて、何にも表現できなくなることがあります

絵画のようにキャンバスと絵具と筆で二次元で、とか、あるいは、陶芸のように、土を手でこねあげて、それを焼く、のように予めルールが決められて、それにしたがって表現する方が楽なことも多いです


と書きました

ビジネスゲームについても、全く同じことが言えます

110616ゲーム3


ルールがきっちり決まっていれば、それに従い、粛々と進め、サイコロの目、引いたカードの内容など、偶然性に従って結果が出てきます

ところが、ルールを当事者間で決めるゲームでは、まずルールを決める交渉を行わなければなりません

さらに、難しいことには、交渉と行うには、まずその相手とコミュニケーションを図ることができる関係を構築しておくことが前提になります

実は、このプロセスに耐え切れず、脱落する、安易な選択をし、競合を優位に立たせる、など、精神的に疲弊した参加者が見られました



3.懇親会がネットワークを広げ、深めるが、ゲームに参加しないと難しい

ネットワークを広め、知識を深めるUTカフェでの懇親会


で、


講演会で得られるのが、広範な知識だとしたら、

懇親会で得られるのが、意識の高い人たちとのネットワーク、より深い知識、

です

そんな訳で、「TAK」さんは講演会は懇親会まで含めて参加されることをすすめています


と書きました。

今回の懇親会でも、意識の高い人たちとのネットワーク、より深い知識が得られ、「懇親会が圧巻だった」という感想が多かったそうです


通常の講演会+懇親会では、時間がない場合、懇親会だけ参加ということもありますが、ゲームの場合、上記のプロセスを一緒に過ごしたか?どうかが懇親会での深まりに大きく影響します

懇親会だけの参加者はいませんでしたが、懇親会だけの参加は、このゲームワークショップでは難しいようです


以上のように、実は奥がとても深いゲームワークショップでした


追伸

ゲームを提供されたカレイドソリューションズの@kojitakahashiさんの

"Game×Learning×job"の裏話とリフレクション

が更に紹介されています

 










2011年06月13日

東大で開催された

Game × Learning × job"ゲーミング勉強会

に参加します


この勉強会の主旨は、

ゲーミング勉強会が主催するワークショップで、

1、勉強会で扱ったゲームの教育的効果を紹介し、

2、参加者が実際にゲームを使ってあるテーマを学習し、

3、教育的な効果や意義をみんなで考えていく

ということです


参加者は30名ほどですが、参加者は8割以上が社会人。若年層が主体ですが、50代以上の方々も散見します

こういう勉強会では、いつも社会人の勉学への意識の高さを感じます

男女比率は8:2で男性が多い、という感じです


誰も「ゲーム」を目的にこの勉強会には参加していません

「ゲーム」という手段、媒体を使った学習方法の有効性、「ゲーム」を媒介として他の参加者との対話、創発、などが目的でしょうか?


このゲームでは、ルールは当初暫定的にゆるいものがありますが、ゲームが進行するにしたがって当事者同士の協議、合議、交渉により変更が可能になります。それがこのゲームの醍醐味だったりします


具体的なゲームの内容を示さずに、説明するのは難しいのですが、以下のようなことが観察されました


(1)交渉ごとにはタイミングがある。タイミングを間違えると、全く内容の合意が逆の効果になってしまう

(2)交渉と行うには、まずその相手と故みゅコミュニケーションを図ることができる関係を構築しておくこと

(3)初期条件、すべての境界条件を入力して最適解を導いたとしても、その解の提示により、境界条件のいくつかが変化することにより、最適解は最適性を著しく失うことがある

(4)ゲームを楽しむには、我を忘れて、ゲームに没頭するのがよいが、ゲームに勝つには、プレーヤーの自分および競合者、他参加者を第三者的に鳥瞰できる立場に身を置く

(5)ゲームに一緒に参加した人とは、懇親会で意気投合するまでの時間、プロセスが非常に短くて済む

(6)(あえて曖昧にした)暫定ルールの位置づけについて、参加者間で大きな違い。遵守すべき、から、当事者間で合意ができれば変更OKまで。ソーシャル社会では遵法である限り、後者に移行していくと推測される



ゲームとは、ゲームをやっている時以上に、終了後の振返りが大切です

振返りは、人によって様々です


●負けた人は

「あそこで、こうすれば勝っていた」「あの時の交渉の判断を間違えた」

とゲームにこだわる人が目立ちます


●勝った人は

「ゲーム観よりも、プロセスの移り変わりの観察が楽しかったです」「ゲームとは、手段、きっかけ、だと思います。場つくりかもしれない」

とゲームから離れた立場で見ています

●主催者の人は、

・ゲームは良くも悪くも印象が強すぎるところがある。色々な方からゲームの内容についてありがたいコメントを頂いたのですが、ゲーム以外の部分はやはりコメントの出現数としては少なく感じました

・「自分のところではこんな出来事が」とどれだけ話しても話したりないような振り返りの場でしたが、その熱を帯びた中で「ゲーム観」についての深い知見が得られたのかどうか。

と自分が開発したゲームあるいは教育手段としてのゲームへのフィードバックに関心がいきます



ということで、参加者によってそれぞれ得たもの、意義が異なる、興味深い勉強会でした






2011年06月08日

一橋大学の同窓会組織「如水会」が、自らのアイデアで創業し会社を成長させ、株式公開を実現した経営者を招いてお話を伺う

一橋フォーラム


に参加します

ちょっと待ってください。「TAK」さんは東大と東工大は卒業していますが、一橋大学は卒業はおろか入学もしていません

実は一橋大学と東工大は連携を強化していて、今期から東工大関係者も一橋フォーラムに参加できることになりました


今日は三菱商事からレストラン事業で独立した螢リエイト・レストランツ

岡本晴彦社長のお話を伺います

実は、岡本社長は「TAK」さんの東大のテニスサークルの後輩で、サークル会長も務めた方です

三菱商事から起業のお話は同窓会などで何度か伺いましたが、まとまった形で伺うのは初めてです


岡本社長は東大法学部から三菱商事へ就職されます。通常ならば、そのままずっと社内でえらくなって、高い給料をもらって、なんて考えるかもしれません


●起業するまでの決断

商社では通常入社時の配属部門、エネルギー、食料などを定年までずっとやることになるそうです。

岡本さんはシステム部門に配属。システム部門は会社全体を支える重要な部門だけれども、売り上げがある訳ではなく決して花形部門ではありません

そしてシステム部門の改組により、食料部門のシステムへ。そこで、昇格選考から外れてしまいます

ずっと食料一筋でやってきた人に比べれば、専門知識などで劣ります

以下は岡本さんが考えたことです

・「自分は何屋か?自分のアイデンティティーとは?」

・「自分は何をなしたのか?」

・「自分がしたいことは、自由に市場で戦うこと」

・「自分でなければダメな仕事とは?」

・「自分のキャリアはバラ色か?えらくなれるのか?」

・「個人は会社に従属するのか?」

・「「好きな仕事をやること」と「えらくなること」どちらが幸せか?」

・「自分で判断する仕事?他者(会社上層部)の判断のために働くか?」

・「自分の市場価値は?」

・「能力、経験がないのに、市場で戦えるか?」


●一歩踏み出す勇気

失敗したら路頭に迷う(家族の心配は?)

社外に信頼できる仲間がいる

社内ではレストラン事業のオーソリティーの不在

マーケットでの勝算(レストラン事業は戦略が古く、経営人材が不足している)

「そんな豆粒みたいな事業やって意味があるの?」(社内会議で、自分を試しているに違いない)

「私ほど沢山失敗したことのある外食経営者はいません」(事業パートナーとの出会い)


「残念なことに君にはトラックレコードがない」(選考に漏れてリーダーからのフィードバック)

「本流は資源エネルギー、外食は亜流、頑張っても社内では難しい」

「自分が考えていたアイデアを誰かに先を越されたら恥ずかしいこと。その人よりも行動力が劣っていたことになる」

「いいビジネスアイデアは誰かにやらせるのではなく、自分でやる!」


●スタートアップ・ビジネスについて

・リーダーシップがすべて(評論家は意味がない)

・(自分が出来ることよりも10%上を目指す)ストレッチ文化の大切さ(成長とともに風景が変わる)

・計画5%、実行95%(すぐにやる!)

・売り上げがなければ何もない

・現実は見通せない(想定外のことは必ず起こる)

・まず、やってすぐに修正する(石橋をたたいて渡る大企業は動きが鈍い)

・失敗を罰しない(チャレンジしなくなる)

・戦略(後発は他人と同じ事をやってはダメ)と科学(データをできる限り集める)

・成長のスパイラル(現状維持はない、成長か、衰退の二者択一)

・カリスマは滅びる。ブランドはそのままだと朽ちる。社内文化は積み上がる

・消費者ビジネスは、常に変化する、人間の脳の構造を解明する壮大なゲーム



頼もしい後輩から、さんざん学ばせていただいた「TAK」さんでした。いい後輩に恵まれて、本当に幸せです





2011年06月07日

東大情報学環「メディア研究のつどい」研究会「大震災下のネット報道:被災地の新聞社が取り組んだこと」

に参加しました


新聞の購読者は減少の一途をたどっています。休刊、廃刊を余儀なくされる新聞社も少なくありません

紙媒体からウェブへの移行も急激です

そんな状況下で東日本大震災がありました


被災地では新聞は印刷はできましたが、販売網はズタズタで配達は困難、購読者も被災して、避難所にいたりします

新聞+ニュースサイト+ソーシャルサイトの「組み合わせ型」がマルティメディア時代には有効なことがわかりました

一口に被災地と言っても、多様なニーズがあります。

また、避難所もテレビはないけれど、携帯電話は皆持っていて、ネットならば情報が伝わる、というケースも少なくありません


ただ、ここで大きな問題があります。

情報発信としては、

新聞+ニュースサイト+ソーシャルサイトの「組み合わせ型」

が有効かもしれません

ただ、新聞社のビジネスは、基本的に購読者からの購読収入と、広告収入で成り立っています

ニュースサイトは課金が可能ですが、ソーシャルサイトは基本的に無料です

どうやってビジネス化するのでしょうか?


これは世界中の新聞社がビジネスモデルの変革を求められており、簡単な答えはありません

ニュースサイトは紙の新聞に比べてずっと安いです

ただ、それを逆に活かせば、一人の人が全国紙とサイトと専門紙、地方紙など、複数紙のサイト購読も可能です

また、ソーシャルサイトによるニュース発信により、これまでは新聞社と結び付かなかった人々が新聞社とつながるようになりました

また、新聞社とビジネスを行いたい企業は、紙媒体の新聞だけではなく、既に新聞+ニュースサイト+ソーシャルサイトの「組み合わせ型」を望んでいます


今回の震災が新たな新聞のあるべき姿と、ビジネススタイルの探究を促進する形になった、という感があります




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