2011年08月

2011年08月31日

東大学生国際交流機構がグローバルに活躍する卒業生と

「十夜十色グローバルカフェ」

に出かけます

先日はハーバード・ビジネス・スクールについて伺い、その様子を

ハーバードビジネススクール(HBS)は今?

に書いたのですが、今日は、イギリス・ケンブリッジ・ビジネススクール(MBA)を修了された平井美紀さんから、イギリスの産学連携、ベンチャースタートアップについて伺います

110830Cambridge


平井さんは東京大学卒業後、野村証券に勤務され、その後、ケンブリッジ・ビジネススクールに留学されています。

そのあたりの事情を伺うと、

東大在学中にベンチャーでインターンをし、「ベンチャーに入社したい」と言ったら、その社長から「大企業で人、モノ、金の動きを見てからの方がよい」と言った

野村証券では、ベンチャーのIPO、銀行のM&Aをやりますが、銀行のM&Aは規模は大きいが、証券会社としては、同じことの繰り返しで、新しいことを感じません。一方、ベンチャーのIPOは面白いが、利益幅が少ないので、大会社としては、あまりやりたがりません


そして、留学ですが、ベンチャーに関心があったのであれば、アメリカのシリコンバレーがすぐ頭に浮かぶのですが、

シリコンバレーの話は入手が容易ですが、ヨーロッパの情報は入りにくいです。イギリスのSilicon Fen はケンブリッジのクラスターで、サイズはシリコンバレーの1/10だが世界2番目の規模です

ということで、ケンブリッジ大学に行かれます


イギリスの大学と言うと、オックスフォード大学とケンブリッジ大学が思い浮かびますが、1209年にオックスフォードの紛争を逃れた学者たちがケンブリッジを設立した、そうです

大学は学生の9割がイギリス人。イギリス人以外が学業、その他活動で活躍することに「ひがみ」があるそうです

オックスフォード大学もケンブリッジ大学も、実業よりもアカデミーですが、1964年のモット報告でケンブリッジにおける科学産業拡大の必要性が指摘され、アカデミーから産業へ転換を図ったそうです

ヨーロッパは大学を中心としたクラスターが形成され、バイオ、ハイテクのサイエンスパーク、インキュベーションセンターがあり、上記のように、Silicon Fen はケンブリッジのクラスターで、サイズはシリコンバレーの1/10だが世界2番目の規模ですが、アカデミー、技術主導でアントレナーシップに欠けるところがあり、グーグルのような急成長企業は出ない、そうです

大学クラスターが出来ると、いろいろな能力がある人が集まります。インターネットで世界中が結ばれる時代になりましたが、ネットだけではこの人材の集積は難しいのではないでしょうか

Ph.D、ポスドク、MBAの学生が大学と企業の技術を結ぶ団体を運営しています。企業家同士のネットワークは形成され、新しい会社も生まれていますが、大学と企業、企業間の人材の流動化はアメリカよりずっと遅れているそうです

アメリカでは起業して、高価格で売却し、新しい起業を行うが、イギリスは日本に似て、オーナーシップの意識が強く、自分が作った会社をそう簡単には手放そうとしないそうです 


なかなか伺う機会が少ないイギリス・ケンブリッジ大学のお話でした






2011年08月29日

東大学生国際交流機構がグローバルに活躍する卒業生と語る「十夜十色グローバルカフェ」

に出かけます

テーマは「海外ビジネススクールの解説・動向などについて」

講師はハーバードビジネススクール(HBS)ジャパンリサーチセンターの山崎繭加さん

110624ハーバード


会場の本郷Lab-cafeはこじんまりとして20名程度しか入れませんが、満員です。男女比率は9:1で圧倒的に男性優位な参加状況です

さて、ハーバードビジネススクールのMBAコースと言えば、世界中のエリートがグローバル・リーダーを目指して集まる場所として知られています

そのエリートたちも脱落者が絶えない厳しい環境で、また、国境、人種を超えた多様な人々が集まる「メルティング・ポット」で、
沸騰して何が出てくるのか?とも言われます

ただ、ビジネススクールも世界中に増え、ビジネス自体が欧米主体のものから、グローバル化を進め、

グローバル・リーダーのハーバート、アントレナーシップ(起業家)のスタンフォードのように、各ビジネススクールの特徴もあります

そんな中で、ハーバードビジネススクール(HBS)は今?どうなのか?どこへ進もうとしているのか?なんて話がありました


ハーバード・ビジネス・スクール(以下HBS)はビジネスを教えるのではなく、世界で変化を起こすことができるリーダーを養成する。このミッションはしっかりしている

HBSの収入源のうち、MBAは20%程度、エグゼクティブ向けプログラム(8週間で6万ドル等)が25%、出版が30%、残りは寄付

HBSのMBAの企業派遣は減少して、今ではほとんど私費留学。一方、企業のエグゼクティブ向けプログラムはほとんど企業が出費

HBSは900名の定員に9000名の応募があり倍率は10倍。2年間で16万ドルかかり、卒業後の平均収入は11万ドル。平均実務経験は4年で低下傾向。出身は金融・コンサルで終了後も金融・コンサルへ戻る。年収が多少上がる

HBSは伝統的にテキストは使わず、ビジネスのケースでグループワークで検討するスタイル。毎年250のケースが作られ、そのうち1/3がグローバルケース。1ケース6,7ドル。

HBSでもケースだけでは不足が指摘されており、経験型プログラムが導入されている。Thinking から Doingへ。1年生でグループ経験型フィールドワークが必修に 

HBSでは相対評価で下位数%は放校。参加者の感想としては、常に自分の限界ギリギリの修羅場だったが、人生1回きりとすれば、思い切りやりたいことをやる勇気をくれた

HBSで過ごした仲間は軍隊の戦友の様に、つらいことを共有した仲間で卒業後も仲がよい。エリート中のエリートが来るが、世の中に自分よりも賢い人がたくさんいることを気づく場でもある

HBSはある価値観が強く浸透する均質的な集団で、相対的な成功をひどく気にし、完璧にやることにこだわり、無駄、無為は極力避けようとする。しかし、逆にこのBeing がHBSの弱みでもある

HBSは新しい時代を切り拓く、よりも、新しい時代を固める役割。「旬」のほんの少し後を追う、ブームに弱い。ただし、やると決めたら、やり抜く

HBSは、HBSの価値観に合わない人にとっては、とても辛い場所で、精神疾患になるMBA学生も少なからずいる



ハーバードビジネススクールの伝統的な手法、ケースメソッドによる机上の検討、が、実際の経験型フィールドワークへ、移行しつつあるのがわかります

ビジネスの形態が比較的しっかりしていた時期にはケースメソッドは有効でしたが、ビジネスおよびビジネスを行う環境、社会が急激に変化する場合、机上でのケースメソッドはその有効性が限定的になります。それを補うものとして経験型フィールドワークがあります


ハーバードビジネススクールに限らず、留学、ビジネススクール、キャリア全般の話も出ました


留学は、何はともあれ、した方がいい。いつ行くか?どこへ行くか?に答えはなく、行こうと決めた時に行くのがよい

MBAで実務経験はもちろんあった方がよいが、実務経験が薄くても、MBAで早目にビジネスのエッセンスを学んで実務で活かし、反映し、適宜、自分の中で修正、再構築していく、という面もある

「仕事」に自分を合わせるのではなく、「自分の」仕事を創っていく。ただし、最初は一つ一つの仕事を大切にやることから、機会、ネットワークを築いていく

やりたいことは、やらないとわからない。やりたいことは、多くの場合、実は、何らかの形でやっている。明確なキャリアになるには、時間、経験が必要



とっても気づきの多い、夜のグローバルカフェでした




2011年08月26日

大和ハウス総合技術研究所による

共働き夫婦の生活実態とニーズ調査

が反響を呼んでいます

110826生活調査



共働き夫婦間の家事分担、コミュニケーション、さらに今回は夫婦間のさまざまなパワーバランスなどに着目して専業主婦世帯との比較調査を行いました。その結果、さまざまな「共働き夫婦」のタイプを明らかにすることができました

方法:インターネット調査

対象者:全国の20〜59歳の既婚男女

実施日:2010年7月24日

割付条件:共働き世帯の男性 N=412/共働き世帯の女性 N=412/専業主婦世帯の女性
N=206


報告書はダウンロードできませんので、調査サンプル数とグラフの数の不一致の理由などはわかりません



今回のアンケート調査の結果から得られたポイントは次の通りです。

・年収の高い共働き女性は「働くのが当たり前」「自分の能力を社会に活かしたい」気持ちで仕事をしています。

・妻の年収が高まるほど、夫自身は「生活資金や学資のため」だけではなく、「自分の能力を活かし」、「社会とつながりたい」から働く、という気持ちが強まります。夫自身の仕事に対する意識は、配偶者(妻)の年収によって異なることがわかりました。


工学の実験であれば、注目したいパラメーターがある場合、そのパラメーター以外の条件は同じにして、そのパラメーターの影響を調べます。

ところが、社会科学の調査では、そのパラメーター設定が難しいのが難点です

例えば、妻の年収に着目したいのであれば、それ以外のパラメーター、夫の年収、夫婦の年齢、子供の数などは、なるべく同じにしたい訳ですが、そうもいきません

さて、今回の調査に考察を加えると、妻の年収100万円以下とは、専業主婦か、あるいは配偶者控除の上限103万円以内に抑えたパート労働、と考えられます

一方、妻の年収が500万円を超えるとは、正社員でフルタイムで働き、それ相応のキャリアを追及している働き方でしょうか?

その中間は、派遣社員、契約社員、正社員が混在しているでしょうが、概略の傾向としては、年収が高い方がキャリア追求型と想定できます


夫の年収は、この記述からはわかりませんが、妻の年収が500万円を超える働き方の場合、夫の年収はそれ以上と想定され、世帯収入はかなりの高収入、と予想されます


これらの前提条件を踏まえると、上記の結論は以下のようにも読み取れます

・世帯収入が、低収入では、生活費を稼ぐために働くが、高収入になると、「自分の能力を活かし」、「社会とつながりたい」から働く

・世帯収入が高収入であるためには、妻の正社員フルタイム勤務が寄与する


つまり、生活費を稼ぐための生活に追われることなく、「自分の能力を活かし」、「社会とつながりたい」生活をするには、夫婦共に正社員フルタイム勤務で高収入が望まれる、という興味深い示唆が導かれそうです





2011年08月23日

田中ウルヴェ京 氏 ・ 重野 弘三郎 氏 キャリアトランジション勉強会

110823トランジション1


に参加するために、東京ミッドタウンのスルガ銀行d-laboへ

110823dlabo


この勉強会は、「人生の転機をどう乗り越えるか」というテーマを、アスリートの競技引退を軸に考える勉強会です

これまでを振り返ると、

・現役の頃から、引退の事を考えることが、選手の完全燃焼につながるのだが、コーチ、選手からタブー視される

・選手の引退は、本人が決めるよりも、戦力外通知を受けるなど、他者に決められることの方が多い

・スポーツ選手が引退すると、明確な目標がなくなるばかりでなく、社会的ステータスも変わる

・スポーツ選手の山と谷。選考にもれる谷にどう対処して、次の山に向かうか?心の準備が出来ていない時に、金メダルを取ってしまい、その後のピークからの下りにどう対処するか?

・プロスポーツ選手は求められるように生きていかないと、世に出られない。ポジション、起用は監督が決めるので、自分がやりたいことと違っても、それに応じないと出場できない


なんてことがテーマになりました。ここで大切なことですが、これらには正解はありません。それぞれの人が自分の解を見つけていくことになります


さて、今日のゲストは、日本テレビアナウンサーから2011年6月にフリーに転身したばかりの町亞聖さん

110822町



アナウンサーとしてスポーツ、お天気情報番組、クラシック、ニュースなど様々な番組を担当。

その後、報道局に活動の場を移し記者、キャスターとして活躍。医療問題、社会保障問題、震災報道、事故事件の現場、など数々の歴史的な出来事の取材にも携わる。

しゃべりのプロとしての意識を持ち取材もできる「伝え手」として経験を重ね肩書きにとらわれず「自分で取材し自分で作って自分の声で伝える」アンカーマンを目指す


アナウンサー、しかも東京キー局のアナウンサーと言えば、女性の憧れの職業でしょう。倍率は1000倍を超えます

ただ、その憧れの職業に就いたからと言って、順風満帆という訳ではなく、組織の論理と個人のキャリア、という問題に直面します。

以下のような話が出ました


アナウンサーをやるには資格がいらない、免許がいらない、好記録もいらない。自分で形を作ることができる。報道でも芸能でも

ただし、どんなアナウンサーをやるかは、自分で決めるのではなく、局が決める。ニュースをやりたいのに、バラエティーになることは日常茶飯事

アナウンサーは自分の事だけでなく、他の人々を取材して伝えることが出来る。ただ、取材はせずに、原稿をうまく読んで視聴者に伝わるようにするだけのアナウンサーも多い

思っていることは言わないと伝わらない。伝えないと伝わらない。伝えるとすぐにではなくとも、実現するかもしれない



憧れのアナウンサーになったのですが、アナウンサーから報道、その後、制作に異動になります。しっかり出来ているのに、なぜ会社にキャリアを中断されるのか?会社に不信感が募ります。2年で戻れる、ということですが、40歳前の女性の2年間は大きいものです

そして、制作していた番組の終了と共に、フリーに転身します

フリーアナウンサーは事務所に所属しますが、全く個人営業です。個人で仕事を取らなければなりません

テレビ局にいた方が結果的にはチャンスが大きいかもしれないが、他人に決められる。フリーは仕事は小ぶりかもしれないが、自分で決められる

自分で信頼を積み重ねていくしかない。実績、信頼で、出来る仕事をしていくしかない。これまでのプライドは横において、自分を使ってもらう


一見、華やかに見えるテレビ局の女子アナウンサーの世界にも、いや、そのような世界だからこそ、組織の論理と個人のキャリアの問題が渦巻いている

個人が追求したいキャリアと、組織の目標、論理がうまく一致する時もあれば、矛盾することもある。大多数の社員にとっては、ほとんど後者

しかも、人事、仕事について、個人は希望は言えても、決めるのは会社、自分に決定権はない

さりとて、会社を辞めると、大きな仕事は難しい。確かに、会社の名前でうまくいってきた仕事も多い

自分で信頼を積み重ねていくしかない。実績、信頼で、出来る仕事をしていくしかない。これまでのプライドは横において、自分を使ってもらう


町さんの最後の言葉に大いなる決意を感じました





2011年08月19日

デジタル・オーディエンス「情報を受け取り、鑑賞する」から「素材を受け取り、創造する」へ

で、


アナログからディジタルへの推移は、単に発信、表現方法の違いではなく、発信、公開、共有、素材として新たな創造、を可能にしています

ビジネスだけでなく、人の生活全般が変わろうとしている、そんな予感がします


と書きました。

あるゆることをごっちゃにして、インターネット化の進展による、とか、ソーシャルネットの普及による、とすると、わからなくなってしまうので、

個々の影響を調べた上で、統合を試みたいと思います


少し分けて考えると、

・インターネットの普及、回線の大容量高速化

・(それに伴う)紙媒体などアナログからディジタルへの移行

・(それに伴う)ディジタル・カメラ、iPodなどの周辺機器の高度化、低価格化、ディジタル媒体を扱う高度なフリーソフトの普及

・ブログ、twitter、Facebookなど、ソーシャル・ネットワークの普及により、(マスメディアによらない)個人による情報発信が可能

と概略はなるでしょうか?

対象を絞らないと議論が発散するので、上記ブログで書いたアートを対象とします

110819Mural Explorer


アートの場合、音楽、映像、写真などについては、上記ブログに書いた通り、実体験そのものがWeb上で可能になってきています

制作については、

・有名アーティスト、大手製作会社でなくても、創作が容易になり、Web上で発表可能

・配信できるのはテレビ局などマスメディアに限られていたが、個人での配信が可能になった

マスメディアが配信する場合、スポンサー料など多額の金が必要、公共放送に適した内容、が、条件であったが、これらの制約条件が、ほぼなくなった(ただし、違法なコンテンツはもちろん不可)


鑑賞については、

・コンサート、美術館に足を運ばなくても、Web上に大量にあるものを、手軽に、ほとんどフリー(無料)で、パフォーマンス鑑賞が可能

・リアルでのパフォーマンス機会をオーディエンスが知ることが出来るようになり、リアルでの鑑賞とバーチャルの鑑賞が、必ずしも競合するだけでなく、補完、相乗作用もある

・オーディエンスが鑑賞するだけでなく、ディジタル作品を素材として、リミックスなど、新たな創造も行う(画像、音楽などを鑑賞するだけでなく、手を加えられる無料ソフトも普及しており、素人でも容易に操作が可能)



すると、ユーザー自身がPC、あるいはサーバー上に、サイバー美術館、音楽館を作成することだって、できるようになります

これらの急激に変化する環境において、どうやって収益を上げ、ビジネスとするのか?面白いビジネス課題という気もします

110819mexplorer2


アートについては、上記のように、実体験そのものがWeb上で可能になりましたが、圧倒的に多いのがWebによる準実体験、仮想体験でしょうか?

・Webによる準実体験とは、twitterなどソーシャルメディアによる、実際には会ったことがない「友人」との会話など

・仮想体験とは、AVによる仮想性的体験など


これらについても、上記と同様、

・リアルとバーチャルが、必ずしも競合するだけでなく、補完、相乗作用もある

訳です


これらも含めて、ビジネスだけでなく、人の生活全般がどう変わるのか?とても面白そうな課題で、もう少し掘り下げることとします




2011年08月17日

文章でも、写真でも紙媒体からディジタル化が急速です。音楽もアナログからディジタル化が進んでいます

すると、Web上に公開できるようになり、多くの人との共有が可能になります

この流れは急激ですが、何やら新しい社会現象も引き起こしそうです


最近、参加させていただいている勉強会の主催者 @junkoy さんの

アート/エンタメにおける「デジタル・オーディエンス」とは

を読みながら新しい社会現象を予感しました

かいつまんで紹介します

110817オーディエンス



デジタル・オーディエンスは、ネットの普及により、多くの人が日常的にオンラインで活動するようになったことにより、アート/エンタメ関連機関とオーディエンスの関係が変化したことにより生まれた概念

・もっとも利用されているのは「情報の発見」ツールとして(イベントやアーティスト情報を見つけること、チケットなど)

・もうひとつ頻度の高い利用方法はパフォーマンスなどをきいたりみたりすること

・少ないが、何か創ることにインターネットを使っている、人もいる


オンラインでの活動が活発な人ほどリアルも活発ですらある

情報を受け取るだけなく、共有したり創造したりしている


つまり、デジタル・オーディエンスとは、提供された情報に基づく鑑賞、参加以外にもツイートしたりレビューしたり、自分で編集しなおしたり、つくったり、アート/エンタメの楽しみ方が多様になってきている。アートやエンタテイメントとの関わり方が圧倒的に変わってきている。

これまではをかろうじて外(これまでの考え、概念、枠組み)から解釈してなんとかなる時代だったが、その時代も終わり、これからは今までの枠組みを壊し、新しい枠組み作らなければれいけない

人々はもっとアートやエンタテイメントに関わりたいと思っていて、実際ネットとテクノロジーの発展でそれがさまざまな形で可能にできるようになっている。

アートとテクノロジーは切り離せないものと認識するしかない


つまり、

・ディジタル化によって、有名アーティスト、大手製作会社でなくても、創作が容易になり、Web上で発表可能になった

・コンテンツの有料化は可能だが、利用されないことにつながったり、2次使用への課金は難しかったりと、フリー(無料)化が進む

・実際にコンサート、美術館に足を運ばなくても、Web上でのパフォーマンス鑑賞が可能になった。また、リアルでのパフォーマンス機会をオーディエンスが知ることが出来るようになり、リアルでの鑑賞とバーチャルの鑑賞が、必ずしも競合するだけでなく、補完、相乗作用もある

・いわゆる口コミが、ディジタル作品を伴い、広まる

・オーディエンスが鑑賞するだけでなく、ディジタル作品を素材として、リミックスなど、新たな創造も行う(画像、音楽などを鑑賞するだけでなく、手を加えられる無料ソフトも普及しており、素人でも容易に操作が可能です)


何も、これはアートやエンタテイメントに限った話ではないでしょう

例えば、研究レポートを書くにしても、以前は図書館に行って、参考図書、文献の必要個所をコピーしたものですが、

今では、Googleなどで関係しそうな論文、資料を検索し、コピー・ペイストは論外として、グラフ、表等は参考文献を表示した上で、引用します

大量の論文、資料を検索しているうちに、資料同士が融合反応を起こし、当初に意図したものとは全く違うレポートを書くこともしばしばです

これは、「大量にあるものを、手軽に検索できる」ことが重要なポイントです

このように、自分で作成したレポートを、今度は自分がWeb上に公開したら、自分の意思、意図とは関係なく、それが使用される、ことになります


つまり、アナログからディジタルへの推移は、単に発信、表現方法の違いではなく、発信、公開、共有、素材として新たな創造、を可能にしています

ビジネスだけでなく、人の生活全般が変わろうとしている、そんな予感がします





2011年08月15日

トークライブ「あなたにとって理想的な働き方とは?」に参加しました

を書いたのですが、そのトークライブに参加した方から、「違和感」がある、というお話を伺いました



「個人の持ち味」と「組織のらしさ」が重なる部分が「あなたイズム」。重ならない組織の部分は滅私奉公、個人の部分はオレ流、KY。

就業時間は滅私奉公、時間外はオレ流で接点がないのはもったいない

入社3年以内で「自分がやりたいことがやれない」「自分の理想と違う」「会社の風土が合わない」だから会社を辞めたい、はもったいない


と言うのは、大企業に就職した20代の人には当てはまる、と思います

最初に配属された職場が「自分がやりたいことがやれない」「自分の理想と違う」でも、大企業にはいろいろな職場があり、20代ならば、これから他の職場に何度も異動することになるでしょう。

その中で、「個人の持ち味」と「組織のらしさ」が重なる部分が「あなたイズム」を見出していけばよいでしょう。大企業というテコを利用して、大きな仕事が出来る可能性があります

ただし、ここで注意しなければなりません。

人事異動とは、個人の希望は聞いてはもらえても、決めるのは企業側であり、必ずしも叶えてもらえる訳ではありません

また、苦情対応、クレーム対応のように、やりたがる人はあまりいないけれども、誰かがやらなければならない仕事もあり、その誰かになることもあります。

さて、30代後半、40代となると、異動希望を聞いてくれること、どころか、異動の可能性すら、なくなってきます

50代で事業部長の場合、「組織のらしさ」で頑張って、役員、常務を目指すのがよいのか(1期で退任することも少なくない)?それとも、それまでに培った知識、技術、人のネットワークをもとに「個人の持ち味」を活かした方がよいのか?難しい選択です

110815組織と個人



「個人の持ち味」と「組織のらしさ」が重なる部分が「あなたイズム」。重ならない組織の部分は滅私奉公、個人の部分はオレ流、KY。

就業時間は滅私奉公


とありますが、重なる部分が、個人としては「会社は安定しているし、給料も払ってくれる」組織としては「言われたことは間違いなくこなす」という、いわば「最低ライン」の平衡点となっており、個人は企業外に生きがいを見出さざるを得ない、となっている例がかなり多いようです


ここで、

社会の本質を探るとやはり「ヤバい経済学」

に書いたことが成り立ってきます


企業に勤める人は、企業のため、顧客のため、株主のため、社会のため、、その働く個人のために働くことになっています。しかし、それぞれの目的に基づく個々の行為は、往々にして矛盾します

実際に社会、組織を動かしているのは、個々人なのですから、「社会、組織はこう機能すべき、こうやって機能するはず」という「べき論、はず論」と「個人のインセンティブ」を一致させなければならないのですが、往々にして「ずれて」います

つまり、「社会、組織はこう機能すべき、こうやって機能するはず」という「べき論、はず論」は成立する訳がなく、実際には「個人のインセンティブ」で動く、ということを発表したことがヤバいのです


この問題は難しくて、検討もろくにしていないので、結論めいたことは書きません


ただ、この「違和感」を表明された方(実はMOTを取得されています)の自分のキャリアの悩みに対する信頼できる方からのアドバイスの推測、で締めます


「MOTであれほど勉強したことが、今の仕事では十分に活かせていないことは残念に思います

さりとて、家庭を抱えていると、大企業の安定した立場、収入を放棄して、他の仕事に、という訳にもいかないことはわかります

MOTで勉強したことは、今は時間外の自主勉強会などで継続しているのは、さすが立派です

ただ、1日の大半の会社での生活を能力の範囲内で過ごして、時間外だけが楽しみ、というのは、もったない気がします

もう一度、大学に戻ってきたら、どうだろう?学生でも、研究員でも、教員でも」





2011年08月12日

沼田宏光(博報堂ブランドデザイン)×寄藤文平(アートディレクター、イラストレーター) 「あなたにとって理想的な働き方とは?」

に参加します

110812あなたイズム


案内文によると、


社会人の3人にひとりが「仕事がつまらない」と思っているという。

やむをえない、だって仕事だから……。そういう声も聞こえてくる。

だが、本当にやむをえないのだろうか? 

自分ならではの働き方で、自分も成長しながら、組織に貢献していくことはできないのか? 

そのカギは、個人の持ち味と組織のらしさの共通点を探ることにある。

仕事はつまらなくてもプライベートが楽しければ……と、オンとオフを割り切ってしまうのもいいけれど、せっかくなら自分の持ち味を活かして、楽しく仕事したい。

しかも、それが所属する企業やプロジェクトのニーズにかなっていたら言うことなし


さて、この問題にぶち当たったことのない社会人はいないでしょう

正解はないし、ゲストスピーカーだって、本当は課題を抱えているはず


さて、会場の表参道の青山ブックセンターは30代の社会人風の人が多いでしょうか?男女比率は6:4というところでしょうか?

110812青山ブックセンター




以下、トークショーの内容をかいつまんで紹介します


「個人の持ち味」と「組織のらしさ」が重なる部分が「あなたイズム」。重ならない組織の部分は滅私奉公、個人の部分はオレ流、KY。

就業時間は滅私奉公、時間外はオレ流で接点がないのはもったいない

入社3年目くらいまでは、「組織のらしさ」に合わせて働かないと、「組織のらしさ」と「個人の持ち味」の接点を見出すことが出来ない

入社3年以内で「自分がやりたいことがやれない」「自分の理想と違う」「会社の風土が合わない」だから会社を辞めたい、はもったいない

「組織のらしさ」に合わせて滅私奉公で働く方が実はずっと楽。「個人の持ち味」を活かして働くのはつらく、難しいけれど、だからこそ、ぐっと力が伸びることがある

入社3〜5年で経験を積み、力がついてくると、要領を覚え、120%で仕事をする必要はなくなり、100%以下で対応できるようになる。すると、仕事がつまらなくなり、魂が死んでいく

なまじ、ある仕事ができるばっかりに、その仕事が自分に降りかかってくるが、それは必ずしも自分がやりたい仕事ではないことも多い

当初は仕事とプライベートをきっちり分ける、だったが、仕事も楽しんだ方がいい、と思うようになった

イノベーションはいつもと同じメンバーでは起きない。違うメンバーを、できれば外部から入れると起こる可能性が出てくる

変化することにはエネルギーが必要で、相当能力が高い人でなければできない。外に出ると違う自分を見つけることが出来る可能性があるが、外に出ること自体、大変なこと

周囲が自分を理解してくれない、という人は、自分も周囲を理解していない

わざとその人に向いていない仕事をさせることで、幅を広げ、接点を増やす可能性がある。そのまま、接点を増やしてもいいが、向いている仕事に戻すと、広がったキャパシティーにより物凄いパワーを発揮することがある


途中で次のような体験セッションがありました

自分のキャリアの悩みを相談できる人を20名挙げます。

それを10名に、そして5名、2名、最後にひとりに絞っていきます。

その最後に残った人が、自分のキャリアの悩みに対してなんと言うか?推測して、記述してみる 、というものです

もちろん、自分が書くのですが、そのアドバイスしてくれる人になったつもりで、どんどん言葉が出てきます

これは、おすすめです


自分を振り返るのは、一度自分から出た方がやりやすい。他人を想定して、その人ならなんと言うか?推測するから出てくる。自己分析では出てこない

「自分らしさ」は、自分だけで決めると危ない。周囲から「自分らしさ」を教えてもらう

自分の価値は単独では決まらない。自分と周囲の関係性で決まる。自分と周囲の相互作用が大切


「TAK」さんは三足くらいのわらじをはいているのですが、二足のわらじに対して、寄藤さんから厳しい見解がありました

「うちの会社では二足のわらじは禁止です

なぜかと言うと、うまくいかなくなった時に、もう一方に逃げてしまい、仕事への厳しさがなくなるから」

う〜ん、考えさせられる見解でした








2011年08月09日

さて、大学院入試がもう間近に迫っています。


専門試験、論述試験の準備は怠りないかと思いますが、試験中の対策について、毎年書いていることではありますが、受験者は毎年変わるし、追加事項もあるので、今年も書きます


大学入試は受験者が極めて多くて、ある程度、学力の差が出るような問題の設定にします。

一方、大学院入試では受験者は比較的少数です。

ここで、見たいのは、大学院教育に対応できる、基礎学力、論理的な判断力、思考を組み立てる力、などです。

これらを見るために、論述試験が出題されることが多い、と思います。

論述試験では、あなたは頭の中でいろいろ考えを組み立てます。

ただ、うまく行かずに、一度組み立てたものをばらして、再構築したりします。

採点官が採点するのは、「あなたが頭の中で考えたこと」ではなく、「答案用紙に記述されたこと」です。

なんだ、当たり前じゃないか?ですって?

何度か書いては、消して、結局、数行しか書かれていない答案をよく見かけます。

おそらく受験者は、頭の中でいろいろ、何度も考えたのでしょう。

但し、採点対象となるのは、この書かれている数行だけ、です

例えば、「600字程度で記述せよ」という設問に、100字程度しか書かれていなのでは、合格ラインには達しないでしょう

なんでもかんでも書けばよい、とは言いません。

でも、考えたことはとにかく書いてください。完全には満足いくものではないかもしてないけれども、とにかく書いてください。

書かれていないと、採点のしようがないんです。点があげられないんです


数学でも、大学院レベルでは、計算能力よりも論理的思考をみます。

工学系では、「工学では結果が間違っては意味がない」と答が不正解だと0点の採点官もいますが、大部分の採点官は部分点をくれます。

計算だけ、書きなぐっていると、答が不正解だと、部分点をあげられません。

「○○の定理により、××を求めると」

「ここで、○○の公式を適用して」

のようにプロセスを書いておけば、たとえ最後の答が間違っていても、途中まで正しければ、部分点がもらえることもあります


繰り返しになりますが、採点の対象となるのは、あなたが頭の中で考えたことではなく、答案に書かれていることです。

考えていることを、とにかく書いてください!

いい知らせを待っています!




2011年08月08日

編集長が語るムーブメントのつくり方6?ファッション誌における編集者とスタイリストの関係

に参加します

講師は
羽場由美子さん(『装苑』編集長)&伏見京子さん(スタイリスト)

110808soen_cover1



案内文によると、


すでにあるものを新しい切り口で提案することで再発見を促したり、誰も知らなかったものを取り上げて多くの人にその存在を知らせてくれる雑誌という存在。

それは同時にその雑誌から読者へと発せられたメッセージでもあります。

編集長とはいわば雑誌のプロデューサー的存在。

「今、なにを伝えるべきか?」「どう伝えればおもしろいか?」を考え、新たなムーブメントを起こそうと試行錯誤しているのです。



会場にはファッション関係者、アーティスト、マスメディア関係者およびそれらを学ぶ学生さんで満員です。若い人が多くて、男女比率は3:7で女性が多いでしょうか。

前衛的で少し奇抜なファッションの女性、スーツ姿の男性、Tシャツにジーンズの学生、とカオスな状態です


110808Chiyoda7




対談は、

「今、なにを伝えるべきか?」「どう伝えればおもしろいか?」を考え新たなムーブメントになるか

を中心に進みます


世界のファッションの中心はパリです。東京はそれを追う立場、というところでしょうか?

新しいビジネスの発信地がシリコンバレーで、そこを観測していれば、今後の世界、日本が見えてくるのに似ているでしょうか

それゆえ、パリのファッションを日本に紹介すること自体がビジネスになったりします。もちろん独自の付加価値が必要ですが


明治時代に西洋のあらゆる先進文化、科学、哲学、経済学などを紹介することが学者の役目で、

後世には「翻訳文化」と揶揄された時期もありますが、それは違います


世界をリードする場所を見つけて、そこから今後のトレンドを予測するのは、大切なことです


さて、「ファッションはアクシデントがキーワード」という言葉がありました。従来のものに飽きた時に、アクシデントがもとで変わっていくことがあるようです。
とにかくスピード感が大切

どういう雑誌のページの世界を創ろうか?イメージしてから、いろいろな題材で埋めていく

写真はカメラマン撮りおろしをそのまま使うことはなく、ディジタル加工するが、撮りおろしの状態で100%完成したものでなければ、ディジタル加工してもよい作品にはならない

ファッション雑誌は3ヶ月前から企画するが、その間にいいものが出てきたら、表紙から最後までのストーリーを崩さないように、その分どこかしらの部分を削る

表現したいことと売れるものは必ずしも一致はしない。1冊の雑誌にメリハリをつけて、これで売れる!という部分とこれを表現したい!という部分を盛り込む

どういう雑誌を作りたいか、紙面でどういう世界を創りたいのか?読者に何を伝えたいのか?明確なビジョンを話してくれました


この辺までは、歯切れのよい対談だったのですが、

「紙媒体のファッション雑誌がどうなるか?」

という質問がくると、急に歯切れが悪くなり、

「紙のよさは、なくしたくない」

のようなあいまいな答えしか聞けませんでした


ファッション雑誌とて紙からディジタルの流れは必至です。

表現の手法もさることながら、どこで収益をあげるか?が大きな課題でしょう。

購読、広告という収入源が減る中で、紙媒体の雑誌がビジネスとして成り立つか?というと、休刊が増えているのが実態です

また、紙の雑誌ならば、一通り目を通すけれど、WEBだと、興味あるところしか見ない、文章も斜め読み、など随分違ってきます


もう間近に迫っている課題だけれど、どうすればよいか?まだ考えていない、そんな感じがしました

ファッションという、ある意味、最もトレンドに敏感な分野ですら、そうなのか?ちょっと考えさせられもしました













livedoor プロフィール

「TAK」さん

最新記事
Archives