2012年01月

2012年01月30日

何か事業、プロジェクトをするにはお金がかかります。

こういった資金は国の予算、資本家からの出資、銀行、ベンチャーキャピタルからの出資などが考えられますが、
それぞれに高いハードルがあります

インターネット時代を迎えて、従来の少数の資本家からではなく、ウェブを利用し、広く多数の人々から資金を調達する、クラウドファウディングという手法が欧米で人気を集めています

そこで、

クラウド・ファンディングの可能性を考える

という勉強会に行くことにします。なお、上記URLに勉強会で使ったスライドもあります


アメリカではKickstarterが仲介1億ドル、日本ではReady for、Campfireがスタートなど、クラウドファンディングにより、アイデアにより資金調達でき、実現できる時代になってきました

これらのサイトは主にアーティストが活用していますが助成金頼みから、ウェブによるクラウドファンディングにより資金調達が可能な時代になってきました

既に書いたように、クラウドファンディングは、従来の少数の資本家からではなく、ウェブを利用し、広く多数の人々から資金を調達します

クラウドファンディングは単にお金を集めるだけでなく、注目、関心、かかわり、コミュニティーをどう作るか?もポイントになります

従来は、資金調達者は理念を訴え、理念に共感してもらい、資金を調達してもらう、のですが、単にウェブ上に理念を訴えるページを掲載して、そこに資金調達用の項目を作ればよい、というものではないようです

イギリスのバンドMarillionがメジャー・レーベルとの契約が切れて、ツアーが難しくなったのを、ファンが立ち上がり、6万ドル集めたのがクラウドファンディングの始まりです。ファンやつながりの強い人たちがネット上で集金する従来的手法でした

2008年より、告知ページ、オンライン決済などにより、クラウドファンディングのプラットフォーム化が進みました。投資型、購入型、寄付型があるが購入型が主流です

クラウドファンディングでは、資金調達者はウェブにプロジェクト説明、目標金額、期限、支援者が得られる報酬を掲載し、支援者は購入または寄付を行います。 資金調達者の適格審査がほとんどなく、ハードルが低いが、ネット上にアイデアを公開することにより、他参入者に真似られるおそれがあります

従来は銀行、VC、エンジェルなどが資金調達者、計画を審査し、資金を提供していました。信頼に基づき、多額のお金を高いリスクを負う訳です。クラウドファンディングでは見知らぬ、弱い関係の人が、買物、貢献の内容を知った上で購入します。信頼関係がなくても可能です

ネット上にプロジェクトを立ち上げただけでは、熱い理念を語っても誰も見向きもしません。

1.ファンでもない人がお金を払い、

2.お金を払うことでファンになる 

という順序になります

つまり、「支援してあげよう」でなはく、「報酬がほしい」から支援します。見ず知らずの人でも支援する「買物」です。「欲しい」気持ちと価格のバランスが取れた「報酬」が大切です

クラウドファンディングでも、失敗例と成功例があります。失敗プロジェクトは親、知り合いが義理、同情で支援したもの。大成功プロジェクトは見ず知らずの人が支援するものです

お金を払う人は、出資時点では、売買は成立しておらず、権利を買っただけです。プロジェクトが成立しなければ、返金されます。出資したものが変えるかどうか?支援者は自分の買物である「プロジェクトの成り行き」を見守ることになります。つまり、お金を払った人を巻き込む、ことになります。ゲーム性を取り入れている、とも言えます

エピック・ウィン:人は難しい課題に取り組みながら、やっていることからは想像もできないような満足を得る。

「世の中のためによいから」生活を変えたい人はいません。壮大な冒険に浸っていると、物凄い冒険の物語に変わります

クラウドファンディングでは、魅力ある製品と共に、経験:プロセスに参加できること、承認:製品にクレジット、特別感:非公開イベントに参加、及び、購入する支援してもらった後に、巻き込まれた人々との関係を強化し、ファンになってもらうことが成功につながります

支援後のコミュニケーションとしては、複数回のアップデート、直接やり取りできる仕組み、プロセスへの参加の機会、お礼、などがあります

まとめると、クラウドファンディングは、

1.「欲しい」とお金を払った人

2.ゲーム性のあるもので巻き込んでいく

3.巻き込んだ人々をファンにする。すなわち、お金を払ってから強い関係になる

というプロセスです

最後に「経済学の船出」(安富歩)をもとに、貨幣と信頼の話がありました

・貨幣とは「信頼関係の代替物」にすぎない

・物々交換では、しばしばタイムラグが起こる。タイムラグを超えるには、両者の強い信頼が必要

・「弱い関係をインスタントに作る」ことを可能にしたのが貨幣

・貨幣は本来、「お金でひとまず弱い関係を結び、それを縁に強い関係を結ぶ」ものであったが、「お金さえあれば、いつでも関係が結べる」に変わってしまった 

・生きて何かをなすのに必要なのが「信頼関係」お金はそれを作るためのきっかけ 



 


2012年01月24日

「統治」を創造する―新しい公共、オープンガバメント、リーク社会

というシンポジウムの案内が来ました

「統治」を創造する、とは随分思い切ったタイトルです。そもそも「統治」とは、創造するものなのでしょうか?

主催者の説明によると、こういったイベント、あるいは出版では、「このままでは日本は危ない」とか「絶望の淵の若者世代」などのように、否定的な言葉を使うと集客が増えます。しかし、敢えてそうではなく、「「統治」を創造する」という肯定形のタイトルにしたそうです

このシンポジウムは尾崎行雄記念財団が主催したものですが、尾崎行雄は議会政治の父と仰がれた人で、


人生の本舞台は常に将来にあり

人間は、年を重ねれば重ねるほど、その前途が益々多望なるべきはずのものだというが、私の最近の人生観である。

人間にとっては、知識と経験ほど尊いものはないが、この二つのものは年毎に増加し、ゆえに適当にこれを利用すれば、間は年をとればとるほど、その前途は輝かしく多望である


という言葉を残しています

さて、このシンポジウムは8名の少壮気鋭のパネリストによるものなので、大いに期待していったのですが、実のところ、期待はずれでした。8名もいると、発言の機会がなかなかないため、発言の機会が来るとオーバータイム気味に、かつ、自分が言いたいことを話そうとします

聴衆の反応を見ながら、聴衆がこのシンポジウムの中で、今、聞きたいこと、多様なパネリストの相乗作用を図りつつ、全体としてのベクトルなどなく、各自がそれぞれ言いたいことを述べるという、1 × 8 の力が、1を下回った、「場」のデザインの失敗例です

ただ、各パネリストがこのシンポジウムのために事前に

『統治の創造』のための、重点8項目


を挙げているので、それを掲載しつつ、シンポジウムの状況を書いてみます


「柔軟性と寛容性を兼ね備えた創造基盤に」(西田亮介)
民間の力と、政治/行政の機能不全が指摘されているが、未だに莫大な人的/法的/金銭的資源を蓄積していることは間違いない。市場原理主義ではなく、既存資源を有効活用し活力ある創造社会を実現する目的で、情報公開と規制緩和を。

「不正は発覚するものと覚悟せよ」(塚越健司)
政治運動の手段に情報技術を利用したウィキリークスの登場により、不正の隠蔽は不可能に。であればこそ、不正を生じさせ得ないシステム構築により、時間と資金のムダを省き創造性を活性化せよ。

「インターネット選挙の解禁を」(谷本晴樹)
規制でがんじがらめな公職選挙法を改正し、選挙におけるインターネット利用の原則自由化をすべき。その上で、有権者と候補者の距離を縮め、両者の協働によって「政治」を創り上げていく努力が今こそ必要である。

「『知識の豊かさ』という価値観の提示を」(吉野裕介)
政治(家)は,人々の目指すべき価値観を提示する必要がある。モノ(例:経済成長率)はもちろん、ココロ(例:幸福度)すら、もはや時代にフィットした目標とは言えない。「知識の豊かさ」を社会の目指すべき価値として訴えること。オープンガバメントによる情報公開はそのファーストステップである。

「情報の生産者になる」(藤沢 烈)
政治や社会課題の情報をネットで集めたり、セミナーで話しを聞くのも良い。しかし、そろそろ情報の"消費者"に留まらず、"生産者"になれないか。まずはfacebookでコメントする。blogで発信を試みる。可能であれば、地元の政治家に数名で会いに行くのはどうか。情報の消費/生産、ネット/リアルの比率が少しでも変わることが、"統治の創造"の契機となる。

「政府情報の著作権フリー化を」(生貝直人)
オープンガバメントによって様々な政府情報が公開されたとしても、その著作権の存否や利用条件が明確に示されていなければ、円滑な二次利用は期待できない。公開される情報には原則としてクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを適用し、国内外を問わない自由利用が可能であることを明示するべきである。

「APIの公開を」(イケダハヤト)
民間が政治/行政の持つデータを活用できるよう、API(第三者が容易に利用可能な情報フォーマット)の公開を。それにより、公共分野のITサービスの質は格段の質向上が望めるだろう。

「風評の存在を前提に情報発信せよ」(円堂都司昭)
様々な風評がインターネットやケータイを通じて増幅拡散される状況がある。だが、風評を規制しようとすれば、そのことがさらなる邪推を生む。情報公開を愚直に進め、風評を中和していくしかない。


・人々の意見はソーシャルメディアのようなプラットフォームがあれば、つながることがあるが、それらがなければ、つながりようがない

・ウィキリークスは「不正は発覚するものと覚悟せよ」というプレッシャーを与え、不正はできない、情報は公開せざるを得ない、という雰囲気を創り上げた

・梅棹忠夫:社会における情報の重要性にいち早く気付いた。物の豊かさ → 心の豊かさ → 知識の豊かさ

・情報を発信することなく、大量収集するだけで満足する人、情報は取りたがるが、アクションは起こさない人が多い。情報の生産者になると変わり始める 

・ソーシャルメディアではデマを流した人もオープンになる。それゆえ、自浄作用がある




2012年01月23日

メディアリテラシー教育研究会

に参加しました

この研究会に参加するのは初めてなので、研究会の主旨をよくみると、


メディアを主体的に読み解き 活用する能力としてのメディアリテラシーを育てることは、高度情報社会である現代において大変重要な課題です。テレビや新聞といったマスメディアからの情 報を吟味する力をつけるとともに、テレビゲームやインターネットといった比較的新しいメディアについて特色を理解し適切につきあえるようにすることが、急 務となっています。

ソーシャルメディアで個人が簡単に情報発信できるようになり、人と人とのつながりが増えていくていく中で、会社に頼らずに個人で働いたり、会社の枠組みを超えて本業以外の仕事をしたりする「創職」という言葉が注目されています。

「創職」とは、ソーシャルメディアの力を活かした新しい働き方・生き方のことを指していますが、今回は、このムーブメントの火付け役でもある玉置沙由里さんをお招きし、ソーシャルメディアによる社会環境の変化と新しいの時代の働き方・生き方について伺う中で、ソーシャルメディアによる社会環境の変化と教育との関係について考えていきます。


とあります。

この研究会の主催者の千葉大学藤川大祐先生(@daisukef)とは毎年大晦日twitterで紅白歌合戦を見ながら感想を言い合ったりしますし、講師の玉置沙由里さん(@sayuritamaki)は京大の没落エリート

の頃から知っているので、とにかくつられて参加します

会場に着くと、びっくりすることが2つありました。

1. 参加者が中高年しかもほとんど男性、と、男女大学生風に、はっきりと二極化

2. 講師の玉置沙由里さん(@sayuritamaki)の周りに人がいない

玉置沙由里さん(@sayuritamaki)はソーシャルメディア、ノマド(放牧民)ライフスタイルの講演をよくなさいますが、開演前、休憩時間には、挨拶したい人が幾重にも重なり、お話するのが難しい状況です。ところが、今日は閑散としてます。おかげで「TAK」さんは久しぶりにゆっくり話ができたりしてます

とにもかくにも、少し異様な雰囲気での研究会のスタートです

玉置沙由里さんの講演は以下の感じです

・ブログは匿名で作成。「会いたい」という人がいても、ここで会うのは危険。Twitter、Facebookなど、実名のソーシャルメディアでは、これまでの相手の言動がわかり、会う興味が湧くし、会っても比較的安全。実世界では会えない人に会うことができる

・ソーシャルメディア時代には、ネットに接続できない人、ネット上での表現がヘタな人は大きなハンディキャップを負う。一方、メディア上での表現がうまい人はどんどんチャンスを獲得していく

・ソーシャルメディア社会では、情報を発信、表現しない人は存在しないことと同じ 

・リアルの物理空間よりも、メディア空間の方が差がつきやすく、その差があっという間に開き、圧倒的となる。例えば、友達のでき方など

・フィールドワークでのインタビュー能力は、現地の人々と仲良くなれるか?で決まる。特に地域の取りまとめ役の人と仲良くなると、いろいろ紹介してもらえる 

・引きこもりだった人が、家を離れて、他人の家に泊めてもらう生活をしたところ、コミュニケーション能力が急激に向上した

・自分が物語を書いて、その物語を生きていくのが、露出社会 

・ソーシャルメディアで発信するには、幅広い教養が欠かせない。教養は必ずしも学校でなくても、メディアからでも得ることができる

・価値ある情報を発信し続けるには、学ぶことが大切。学ぶことをやめる、のは致命的。生涯学習の新たな意味が出てきた

・都会では匿名で、貨幣さえあれば必要なものを手に入れられる。露出社会では、人間関係を作れると必要なものが得られ、人間関係を作れないと必要なものが得られにくい。価値が貨幣から信頼へ


いつものイベントでは、若い人たちから、どうやってソーシャルメディアを有効活用できるか?という質問が出るのですが、やはり今日のイベントは少し違ってました

ソーシャルメディアなど使わなくても全く困らずに生きているし、なんであんなもの使うことに時間を費やすのか、理解できない、という中高年の意見が会場を支配します。

イベントでは、言いたいことはいろいろあっても、発言はコンパクトに2回程度に留め、他者の質問を促すのも重要なコミュニケーション能力と思うのですが、今日集まった中高年は、そんなのお構いなしに、手を挙げて何度も質問します

ソーシャルメディア不要・中高年 vs ソーシャルメディア空気のように使っている若者、というのが会場の構図で固まってしまっています。

ソーシャルメディアを使った経験がなく、推測で批判する人々と、普通にソーシャルメディアを使っている人々の議論は噛み合う訳もありません。でも、これが現実なんでしょう


ここからは講演の内容というよりも、「TAK」さんが感じた内容です

・小中高校はメディア設備、教えられる教員も乏しく、十分なメディア教育は行われない。一方、大学生活では、ネットによる情報検索、情報収集、PCによる資料作成、発表が不可欠。つまり家庭、両親のIT、ネット、メディア環境が大切

・ソーシャルメディアなど使わなくても全く困らずに生きているし、なんであんなもの使うことに時間を費やすのか、理解できない、という中高年は放っておけばよいのだが、その中高年が小中高校の先生だと困ってしまう。先生方の認識にかかわらずソーシャルメディアの時代になるのだから

・大学、大学院ではディジタル環境での情報収集、収集した情報の再構築が基本的なメディアリテラシーなのに、メディアリテラシー研究会に集まる、意識が高いはずの、小中高校の先生方ですら、それを認識していない。これは由々しき問題 

・「カルボナーラ食べました」なんて、発信しても意味がない、というが、例えば、私が「メディアリテラシー研究会に参加しました」と掲載するのは、同じ時間帯に誘われていたイベント、勉強会には行かずに、メディアリテラシー研究会に参加したことを他イベント、勉強会関係者にも知らせること。嘘はつけない、正直に言動、行動するのが露出社会

・利己的、利他的な表現という議論があったけれど、ネットに公開された情報は既に発信者のもとを離れて、誰もが入手できる状態にある。発信者の意図とは全く違う人、場所に有用だったりする

・露出社会では、表現が大切になってくる。これまでの日本の教育では表現を練習する場がほとんどなかった。ただ、何もないと表現できないので、基礎として文章、芸術を大量にインプットしてから、自ら表現する訓練することになる

・中高年は若者に対して、経験は確実に多い、という唯一の優位性を武器に、自分の経験を絶対視し、それを押し付ける感じが露呈した。自分はそちら側にはならないよう、意識して踏みとどまったが、自戒を込めて





2012年01月17日

東工大で開催されたダフネ・パトリック展

に参加します

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ダフネ・パトリック氏はニューヨーク美術大学卒業後、イェール大学で彫刻を教え、ニューヨークを拠点に現代アーティストとしても活動されています。

東工大のような理工系大学でアートイベントというと、似つかわしくない感じがするかもしれませんが、東工大ではかなり頻繁にアートイベントが開催されます

アートはサイエンスともテクノロジーとも、実は親和性がよいものです

この展示会にはダフネ・パトリック氏は作品を持ってきていません。1週間という期間の中で、日常にある、何気ないものを使って、東工大生がアート作品を制作する。それをダフネ・パトリック氏がアシストする、そんな感じです

では、ダフネ・パトリック氏のお話をまとめてみます

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・アーティストは、アーティスト同士のコミュニティーに参加し、お互いの作品を鑑賞し、感想を交し合うことが大切 

・写真を並べると、写真同士が対話を始め、新しいつながり、文脈ができる 

・アーティストは、自分を表現したい、と言う点で、生まれつきで、環境により、さらに磨かれる

・Simpleに表現する、のと、Easyに表現する、は全く異なる。無駄を削ぎ落とし、Simpleに表現するのは、とても難しいこと

・日常の何でもない事の中にアートを見出すのは楽しいが、それができるようになるのは大変

・作品を創る時のアーティストは、自分の世界に入り込み、自分の感覚、気持ちで制作する。観客の事は考えない

・日本はルールをしっかり守るので、融合が少ないが、ニューヨークはルールを破って、様々な融合を起こす

・アーティストになることを教えることはできない。アーティストになることを対話により助けることはできる

・目新しいものを捜し求めて歩き回るアーティストがいる一方、見慣れた環境の中から、違う視点から新しいモノを見つけるアーティストもいる




2012年01月10日

日本科学未来館で開催されている

企画展「ウメサオタダオ展 -未来を探検する知の道具-」

に行ってきました。


梅棹忠夫氏はもともと動物学のフィールドワークが専攻でしたが、そのフィールドワークの際の情報収集、記録、整理、まとめ、論文にする、などのプロセスを記述した「知的生産の技術」で世に知られ、後世に残ることとなりました

「知的生産の技術」の思想は、

資料を探す、本を読む、ファイルを作る、発想を定着させる、展開する、記録をつける、報告を書く。これら知的作業は学者か文筆業者の仕事だったが、いまでは誰もがしなければならない。生活技術としての知的生産の技術を考えなければならない「知的生産の技術 1965」

に集約されています。

インターネットどころか、パソコンすらなく、大型コンピューターと和文タイプライターの35年前に、FORTRANのプログラム、タイプライター、京大式カードを駆使して、情報化生活スタイルを提案していたわけです。「TAK」さん自身、中学生の頃、先生が課題図書に選んでくれたおかげで、最初は気が進まなかった「知的生産の技術」ですが、読むうちに引き込まれ、貪るように読んだのを覚えています



・世界は情報に満ちている。すべての存在それ自体が情報である。自然もまた情報であるから、観光という情報産業が成立する。社会も、またすべて情報である。だから、社会探訪のルポルタージュが成立する

・料理、旅行、学習、ビジネス、法律など、ありとあらゆる職種が商品としての情報を扱っている。これを情報産業と呼ぶ。「情報産業論 1961」

・論理的につながるものを次第に集めていく。論理的に筋が通る順序に、一群の紙切れを並べてみる。そして、その端を重ねてホチキスでとめる。これでひとつの思想が定着した

・ノートが何でも書き込んで蓄積していくものであるのに対し、カードは操るものである。探し、動かし、並べ換えることで、論理化を助けてくれる

・操作できることがカードの特徴である。カードの捜査の中で、一番重要なのが、組み換え操作である

・カード法は、歴史を現在化する技術であり、時間を物質化する方法である。

・どのカードにも書いたら、必ず日付を入れる

・アドレスカードの余白には、その人についての覚書を記入する

・人生を歩んでいく上で、すべての経験は進歩の材料である。自分自身の経験の記録を着実に作っていこう、というのは、資料の蓄積が持つ効果を信じているからに他ならない

・スケッチは、その場で修正もできるし、細部の拡大図をつくることもできる。一層便利なのは余白に書き込みができること

・「知的生産の技術」は読んでいるうちに、読者が自分でも早速実行してみよう、という気持ちを掻き立てる


これら「知的生産の技術」はインターネット、ソーシャルメディアの時代になっても通じる、情報検索、収集、再構築の基本でしょうか?

その思想は「知的生産の技術」を基本に研究、生活、文化、世界にも及びます


・研究の進め方、組織の組み方、などについての戦略の立て方を、私は探検という実践的行為を通して学んだ

・「発見」というものは全く突然にやって来る

・地域文化交流とは安全保障の不可欠な一部である

・ワードプロセッサー機能が普及し、日本語はほとんどの人がローマ字を使って書いている

・なるたけ、耳で聞いてわかる文章を使うようになった結果、私の文章は、文体からしてすっかり変わってしまう、ことになった

・歴史は誰か他人が作るものではなく、私たち自身が作るものである 

・歩きながら本を読み、読みながら考え、考えながら歩く 

・思想は使うべきもので、論ずるためにあるのではない。思想は西洋かぶれのプロの思想家の独占物ではない。アマチュアの誰でも自由に思想を使えるアマチュア思想道を確立すべき

・時間は次から次へ湧き出してくる。私たちはその時間の枠を何かで埋め合わせることができない。ただ、その時間をそっと過去に送り込む努力を続けるしかない 

・ひとつのアドベンチャーが終ったら、次のアドベンチャーの計画に取り掛かる。それは連続して何か究極の目的につながる必要は全くない。その時その時に全身全霊をあげて遊ぶだけのことである

・未知のものと接した時、つかんだ時はしびれるような喜びを感じる。生涯を貫いて、そういう未知への探究がすべて。こんなに面白いことはない

・博物館が集めるのは「もの」だけではない。「もの」にまつわる、あるいは、「もの」に直接関係ない様々な情報こそ、博物館も最も重要な収集対象である 

・世の中は、ハードウェアからソフトウェア、物質から情報、そして経済から文化へと大きく転換を始めている

・地球上の一部分で起こった出来事が、地球全体に波及すると言う点で、地球がひとつのシステムになりつつある

・過去の女は、いわば不発弾。女の才能は、大部分は未開発のまま、結婚と共におしまいになった。これからは、女は爆発する「新しい家庭づくり 1959」

・カードとコンピューターは似ている。どちらも知的生産のための道具としては、いわば「忘却の装置」である


私たちは梅棹忠夫氏という偉大な先人が築いてくれた「知的生産の技術」から何を学び、どんな生活スタイルを創っていくのか?楽しみです






2012年01月05日

2012年の1月4日から5日にかけて、

ハーバード大図書館午前4時の写真と壁の名言

がTwitter、Facebookを駆け巡りました。

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真相をハーバード大図書館に問い合わせた人がいるようで、その回答

によると、「噂」にすぎなかったようですが、その経緯、インパクトがあまりに大きいので、振り返ってみます

ハーバード大図書館午前4時の写真と壁の名言

によると、

画像は午前4時のハーバードの図書館です。

その図書館の壁にはこんな言葉が書いてあるそうです。

1、今寝れば、あなたは夢を見るだろう。?今勉強すれば、あなたは夢をつかむだろう。

2、今日あなたが無駄にした日は、死んだ人が必死に生きたいと願った明日である。

3、あなたは自分が遅いと思ったのなら、今すぐ全速力で駆け抜けなければならない。

4、今日のことを明日に伸ばすな。

5、勉強の苦しみは一瞬であるが、勉強しなかった後悔は一生続く。

6、勉強においては、時間がなかったのはできない言い訳でなく、努力が足りないのである。

7、幸せと学績は関係ないが、成功と学績は関係がある。

8、学業は人生のすべてではないが、すべてのベースである。(学業さえできなくてほかに何ができる?)

9、どうせ去られない苦しみなら楽しもう!

10、成功をするためには、早めに行動し、勤勉でなくてはならない。

11、成功は誰にでも来るものではないが、自分を律し、一生懸命に頑張ったもののところに来る。

12、時間はただ流れていく。

13、あなたが今日歩かないなら、明日は走ることになるだろう。

14、明日に活かせる人間というのは、今日を自信を持って過ごせる者のみだ。

15、学業の仲間は、それ自体が宝だ。

16、今日すべきことは絶対に明日やることはできない。

17、この瞬間にもあなたのライバルはひたすら勉強している。

18、痛みがなければ、得るものはない。

19、あなたの夢は今目の前にある。なぜ手を伸ばさないの?

20、今に目をつむるということは、将来の可能性にも目をつむることだ。

21、寝るときは寝ろ。

22、学績というのは自分がやった絶対量に比例する。

23、すばらしい業績というのは、ほかの人が寝ているときに達成される。

24、試験の直前になると、どんだけ今を無駄にしているかを感じるだろう。

25、不可能というは怠惰の結果による言い訳である。

26、やった努力は自分に絶対に帰ってくる。

27、もう1時間勉強が、あなたはよりいい妻(夫)をあたえる。

上記の言葉もなんだ当た り前の言葉を言っているじゃないかと思う方もいるかもしれません。そう思ってその言葉の後ろにあるものを考えずにぼけーっとこの上の言葉を読むか、かみしめて読むかはあなた次第です。


この要約を「TAK」さんも含めて複数の人がTwitter、Facebookに掲載したところ、あっという間に大勢の方に引用され、広まりました

ただ、不審に思い、真相をハーバード大図書館に問い合わせた人がいて、その回答

によると、「噂」にすぎなかったようです

でも、これって、単なるデマだった、では片付けられない気がしています。「TAK」さんもデマに、まんまと乗せられたわけですが、何がしかの共感するものがあったから、Twitter、Facebookに掲載した訳です

「世界のトップレベルに比べたら、自分は全然甘いんじゃないか?」そんな共感があったのではないでしょうか

海外留学経験者からは

「自分が留学していた頃を思い出す。大量の英文資料を読んで、調査し、グループワークにプレゼン、と寝る時間もなかった。若い頃だから、できたんだな」

東大理系大学院の方々からは

「自分たちの状況も似たようなものです」

というコメントがありました

情報自体はデマであったかもしれませんが、多くの共感をもたらしたのは間違いありません

「なんだデマだったのか!」で終わらしてしまうのか、

「よし、頑張るぞ!」

と奮起するか、は、あなた次第です

多くの人の共感をもたらすのは、必ずしも事実でなくて、フィクションで構わない、もちろん罪のないフィクションですが、そう感じた一件でした









2012年01月02日

明けましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします

さて、年の初めということで、今年の目標、計画を、もう、作った人、作っている最中の人、作ろうとしている人、いろいろだと、思います。

「TAKさん」にも今年の目標を作っている最中です。もちろん、目標は毎年異なりますが、作成方法の基本は変わりません

皆さんの目標設定に参考になるか、と思いますので、いくつか紹介します。

●「〜だったらいいなあ」をひとつずつ現実に変えて行きましょう!

本を読むと、「目標は明確に、具体的に書くと実現性が高まる」と書かれています。

その通りなのですが、いきなり「明確に、具体的に」と言っても、難しいのではないでしょうか?

そうならば、「〜だったらいいなあ」を挙げてみませんか?

「部屋をもっとすっきりしていたらいいなあ」、「この情報を仲間内でリアルタイムに処理できたらいいなあ」、「この書類の山が一日で処理できてなくなればいいなあ!」等々

「こうなればいいなあ!」「こんなことが起こったらおもしろいなあ!」と思った瞬間に、言葉や行動に変えることにより、物語は常に変化を続け、前に進んで行くことができるのです。


次に、実際に目標を設定していくには、

●目標を設定すると、それを達成する方向に動きます。ゴールが不明確だと、何をしてよいか?わかりません。

●目標が抽象的にでも、決まると、目の前にすべきことがいろいろ見えてきます。

●イメージできないことは達成できません。まず、イメージしましょう!

●「でも、無理だから」、とか、「どうせ、だめだから」等と自分で制限してはいけません!

●他人との比較ではなく、必ず、自分がどういう人間になりたいか?何をしたいのか?ゴールを描きましょう!

●目標は必ず、「紙」に書く!「紙」に書くと、ぐっと実現に近づきます。


●どんな目標でも、必ず最初の一歩を書きましょう!

どんなに大きな目標でも、必ず最初の一歩があります。目標だけでなく、必ず最初の一歩も書いてください。

目標だけだと、ずっとできないままなんてこともあります。(「TAK」さん自身の反省です)


●バックキャスティングで!

現在の自分からスタートして、「理想とするイメージ」を目指すのではなく、逆に「理想とするイメージ」を先に描いて、それに足りないものをマスターしていきましょう!


●決まっているスケジュールを入れる

「目標は、具体的にスケジュールを書くと実現性が高まる」と言います。

でも、自分でスケジュールを設定するのって、結構難しいものです。

けれど、もう決まっているスケジュールなら、簡単に入れることができます

例えば、「大学院の入試が9月」ならば、「願書など、必要な書類の提出は7月」

それまでに英語のスコアを取らなければならない、ならば、TOEFLの試験は4月、という具合にスケジュールは決まってきます。


●進捗を計測・記録できるようにする

「来年の目標は計測できるように、記録できるように」

で書きましたが、目標、計画が「作り放し」にならないように、進捗を計測・記録できるようにすることが大切です。

計画はエクセルで作っておくと、修正、変更など管理が簡単!

目標、計画は環境、状況の変化に応じて柔軟かつ迅速に変更しましょう!


●本人も「何がしたいのか?」よくわかっていません。

初めから「こうしたい!」という明確な目標があって、行動する訳ではなく、行動していくうちに、行動した結果として、「こうしたかった!」とわかる場合も多いようです。

目標、計画は環境、状況の変化に応じて柔軟かつ迅速に変更できるようにすると、いいでしょう。


●「なったふり」をして!

現在のあなたはまだ「理想とするイメージ」にはなっていません。でも、「理想とするイメージ」に「なったふり」をして行動してみましょう!

きっと大きな変化が起こります。




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