2013年07月

2013年07月30日

トップアスリートの挑戦「短所を武器とせよ」女子バレーボール主将竹下佳江氏

を、竹下選手のインタビューをベースに書いたのですが、

「TAK」さんはバレーボールは専門ではありませんので、資料を調べながら、背景情報を書いていきます。


Wikipediaの日本女子バレーボール代表選手の一覧

を見ると、最近の日本の女子エースアタッカーは栗原恵と大山加奈のメグ・カナ時代、大友愛から木村沙織へ移っていきました


と書きましたが、単に世代順に代替わりしていった、という甘い、生やさしいものではなく、資料を見ると、その背景に人間臭いドラマが見え隠れしています。

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生まれた年は、栗原恵選手、大山加奈選手が1984年、大友愛選手が1982年、木村沙織選手が1986年、と、ほぼ同世代と言っていいくらいです。

つまり彼女らはチーム内のライバルで、自分がレギュラーならば、相手は控え、調子を落とすと、その逆、という立場だった、と考えられます。

さらに、アスリートには残念ながら、怪我、故障がつきものです。

こういういい方はいやですが、ライバルの故障は、自分にとってのチャンスです。

竹下選手のインタビューでも、この辺の事情は、あえて触れなかった感もあり、伺うことができませんでした。


元Jリーグの選手から伺ったことがあります。

「世界選手権レベルでも実力は横一線です。出場機会を得た者が、アピールできます。すなわち、チーム内で出場機会を得る、戦いになります。

出場選手を決めるのは監督ですから、監督へのアピールです。

もちろん、せっかく得た出場機会を活かす選手と活かせない選手がいます。

でも、まず出場機会を得る戦いなんです。」

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メダリストのキャリアデザインとトランジション

で、全日本チームでの活躍が期待されながら、アメリカ代表の道を歩まれたバルセロナ五輪レーボールUSA代表のヨーコゼッターランドさんのお話を伺った時、


堀江陽子選手が「期待を星」と言われながら、当時のバレーボールの王道、実業団「日立」には進まず、早稲田大学に進学し、その後アメリカ代表になり、アメリカはバルセロナオリンピックで銅メダルを獲得しました。日本は5位。

なぜ、アメリカの代表に?期待を裏切られた思いがしたものです。


と25年間、もやもやした質問を伺ったことがあります。

ヨーコゼッターランドさんの答えは、


オリンピック前年に日本とアメリカの国籍の選択。日本関係者からオファーはなかったが、アメリカではナショナルチームの第3のセッターを探していたのでトライアウトで受けました。

自分の試合会場にオリンピック、代表選抜関係者がいませんでした。それは、自分には関心がない、ということ

一歳年上に日本代表のセッターを務める中田久美選手がいました。


というものでした。

今、思えば随分失礼な質問で、よく答えていただいた、と思いますが、ライバルとの関係、出場機会をどこで得る、など、厳しい選択に迫られていたことがわかります。


思い出は話になった頃、「同じ目標を目指すチーム内の競争と葛藤」を伺いたい、と思います。





2013年07月29日

トップアスリートの挑戦「短所を武器とせよ」ロンドンオリンピック女子バレーボール主将で司令塔セッターの竹下佳江氏

という案内が来ました。

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元全日本女子バレーボール代表である竹下佳江氏をお招きし、本来「短所」であった身長を武器に、世界最小最強セッターと呼ばれるに至るまでの苦悩や、絶望を希望へ変えるためのヒントについて対談形式で伺います。



バレーボールは、古くは東京オリンピックの「東洋の魔女」ミュンヘンオリンピックの男子チームの優勝、のように、昔から体格で劣る日本チームが、世界の中で大健闘し、人々もなじみがあるスポーツです。

エースアタッカーが注目を集めますが、司令塔であるセッターも重要な役目です。

ミュンヘンオリンピックで優勝した男子チームでは、大古、横田、森田選手らのアタッカーを使い分けた、セッター猫田選手、ロサンゼルスオリンピックで銅メダルの女子チームでは、エースアタッカー三屋裕子選手とセッターの中田久美選手が印象の残っています。

Wikipediaの日本女子バレーボール代表選手の一覧

を見ると、最近の日本の女子エースアタッカーは栗原恵と大山加奈のメグ・カナ時代、大友愛から木村沙織へ移っていきましたが、司令塔セッターはずっと竹下佳江選手です。

そして、2000年のシドニーオリンピックには出場できなかった状況から、2008年の北京オリンピックでは5位入賞、2012年のロンドンオリンピックでは銅メダルを獲得しています。

竹下佳江選手は身長159僉▲札奪拭爾魯─璽好▲織奪ーに比べ、身長が低くても対応できますが、バレーボールでは身長が高い方が絶対的に有利です。中田久美選手も175僂發△蠅泙靴拭

通常であれば、全日本メンバーへの選出、オリンピック出場、メダル獲得は、最初から期待しない、夢にも見ない、状況です。

それを達成してしまった、竹下佳江選手のお話が楽しみです。

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・トップアスリート、宿舎と体育館の往復の毎日。レストランでの食事、カフェでのお茶、などの普通の生活、外部との接触がない。

・ロンドンオリンピック女子バレーボール主将で司令塔セッターの竹下佳江氏、銅メダルを獲得したが、実は1週間前の事前合宿で人差し指を骨折していた。

・味方の選手であっても、弱みを見せてはだめ。ケガのことは監督、コーチだけにとどめ、チームの選手にも言わなかった。

・チームで達成したことが自分だけのことになるのがいやだった。

・アスリートは一般の人々にはテレビを通じての姿しか、伝わらない。

・バレーボールは身長で判断される。身長159僉⊂錣某板垢箸寮錣ぁメインストリートではなく、脇道におかれてしまう。 

・練習は絶対に嘘をつかない。

・結果が出てくると、自信がつく。周囲の見方も違ってくる。チームもまとまる。

・「他人に必要とされる」ことで、物凄い高揚感を感じた。 

・シドニー五輪後、一度引退してバレーから離れたおかげで、他人の話、意見を聞けるようになった。

・同じバレーボールでも、全日本、NEC、JTで、トレーニング法はそれぞれ異なる。どれが自分に合っているのか?考えることが大切。

・バレーボールは身長が高いこと有利。身長159僂如△修譴ない自分は、どう戦うか?考えた。ディフェンス、セッター。

・個々のプレーと、司令塔としてのセッターの切り替え、日々の練習で身に着けるしかない。いきなりやるのは無理。

・「努力」とは、いやいや、仕方なくやる、ニュアンス。目標を達成するために、好きでやればよいではないか、苦しくても。

・バレーに関しては、「逃げ道」をつくりたくなかった。「まあ、いいか」はダメ。

・チームの中で、立場、背負うものは、常に変わっていく。

・ボールがないところでも、動きがあって、それがポイントにつながっている。

・バレーボールは一人ではできない。仲間と一緒、仲間との絆。 

・新天地に行く時には、まず、何らかの実績、結果をつくり、周囲に認めてもらわないと、居場所ができない。 

・問題化する前の、ちょっとして違和感、の時に、未然に芽を摘み取る。

・調子が今ひとつの選手には、難しいトスは上げない。 

・結果が出ない時は、自分をとにかく信じる。不安だから、練習する。こんなに練習したのだからと、自分を信じる。


竹下選手は2000年のシドニーオリンピックに出場できなかった時に、「セッターが159cmの身長では世界を相手に通用しない」と、批判の矢面に立たされ、所属していたNECを退社し、一時バレーボールから離れます。

当時の一柳昇JT監督から、「一緒にVリーグ昇格、そして制覇という夢に挑戦してほしい。楽しいバレーをしよう」と誘いを受けて、復帰します。

どんな状況でも、ハンデがあってもあきらめないで、夢を目指す竹下選手、埋もれかけた才能を発掘した一柳監督、の見事なタグレースです。

本当に、あきらめなければ、夢は達成できる、と感じた講演でした。






2013年07月25日

研究者の仕事術

というサイトがあります。

研究室に閉じこもって、という研究者よりも、研究成果を社会において実践し、また、そこから新しい研究課題を得る、というタイプの方々のインタビューで、研究者だけでなく、むしろ、実務家に参考になるサイトです。

「研究者の仕事術」公開インタビュー

という案内が来ました。

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建築とまちづくりの専門家である川添善行さん(建築設計学・東京大学生産技術研究所)をゲストにお迎えし、建築家・研究者としてのお仕事の内容や働き方について公開インタビューを実施します。

「建築の設計とは、人々が帰りたいと思える風景をつくりだすこと」と語る川添さんは、建築家であり、建築デザインとまちづくりの研究者でもあります。最近のプロジェクトとして、人々が交流するお寺、長崎ハウステンボスの地元造船技術を活かした実験住宅、地元の歴史を語り継ぐ集会所、東京大学新図書館など、建築と社会をつなぐ設計事例をいくつかご紹介いただきます。

後半では、インタビューを通してこれまでのプロジェクトの内容を深堀りし、更にはそうした仕事をどのようにしてつくってきたのか?どんな仲間と一緒に仕事をしているのか?新しいまちづくりのアイデアはどこから来るのか?なぜ大学で活動するのか?など、川添さんの「仕事術」にフォーカスし、ざっくばらんにお答えいただきます。

アルコールや軽食をつまみながら、参加者のみなさまからも気軽に疑問を出していただき、随時インタビューに反映させながら進行したいと思っています。また、今回のインタビューの内容はウェブマガジン「研究者の仕事術」に記事として公開予定です。


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会場は東京大学駒場リサーチキャンパス内にある「カポカフェ」というカフェです。

軽食、オードブル、ビールが用意され、これらをつまみながら、ゲスト、参加者との対話が楽しみです。

レイアウトを見ると、テーブルに軽食が置かれ、椅子が配置されています。

立食で参加者とも自由に歓談、というよりも、ゲストとインタビューワーとのやり取りをベースに、周りの参加者とも意見交換、というスタイルでしょうか?

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さて、

建築:エンジニアリングとアートが出会い、人が住む場所

に書きましたが、


建築とは、クライアントのニーズに基づき、建築家のアイデアを形にし、外観、意匠などのアートと、耐震性などの強度、通気性などのエンジニアリングを融合させ、かつ、人間が快適に暮らす、という、極めて複雑な製作物です


エンジニアリング、アート、人、まち、住む、暮らす、研究者、いろいろな方向に対話が広がりそうです。

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ゲストの川添善行さんは、東京大学生産技術研究所の講師ですが、見た感じ、話し方が、あまり大学の先生らしくはなかったりします。

このような対話型のイベントでは、ゲストのお話を記述するよりも、ゲスト、参加者同士の創発、場の雰囲気がポイントなのですが、文字では伝えにくいので、写真で感じていただくとして、参考になったお話をいくつかあげます。

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・建築には、単にデザイン、構造、設備だけでなく、これまで生きてきた全人格が反映される。

・デスク(個人作業)とテーブル(共同作業)のバランス

・人生は有限なので、できないことをなんとかしようと時間をかけるよりも、できる人に依頼する。

・建築の仕事は依頼を受けることで始まる。当初は自分で仕事を選べない。 

・挑戦しなくても、世界、新分野が切り拓かれればよいが、通常、挑戦せざるを得ない。

・クライアントと対することで、自分だけでは知らない、情報、知恵が得られる。


21時を回ったので、中座しますが、これからも「研究者の仕事術」が楽しみです。





2013年07月24日

東大ベンチャースクエア

の案内が来ました。

東大ベンチャースクエア

とは、

「東大ベンチャースクエア」設立イベントに参加しました

で紹介しましたが、


このたび、東京大学の中に、卒業生、現役学生を問わず、 起業家精神(アントレプレナーシップ)・起業マインドを醸成する人的交流の“場”として「東大ベンチャースクエア」を継続的・定期的(隔月)に開催することになりました

東大ベンチャースクエアの設立趣旨

東京大学の中に、現役研究者・現役学生の枠を超え、卒業生をも巻き込んだ形での起業文化醸成の場づくりを推進していく。

1.卒業生である起業家、起業マインドの強い卒業生、あるいは起業支援のプロである卒業生に対して定期的会合の場を提供し、起業家精神溢れる現役研究者や現役学生との交流を通じて、広いネットワークの構築と、情報交換の促進を図る。

2.東大卒起業家、あるいは東大生起業家等による講演、あるいは体験談を披歴する場を可能な限り設け、お互いが学び、刺激し合う状況を、様々な形で設定する。

3.こうした交流の“場”を通して学習し、本学に起業文化を醸成するための様々な新たな創意工夫・仕掛けを発案し実行する。



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アントレプレナーシップ「業を起こす者よりも、むしろ業を企てる者」

に書きましたが、


アントレプレナーは必ずしもベンチャー企業を起す者ではなく、業を企てる(くわだてる)者、Passion(志)とIntelligence(知性)を併せ持つ者、と考えると、しっくり来そうです




なお、以前の参加記は、

「東大ベンチャースクエア」設立イベントに参加しました

世代を超えたつながり「東大ベンチャースクウェア」


に、アントレプレナーシップについては、

アントレプレナーシップ「業を起こす者よりも、むしろ業を企てる者」

アントレプレナーシップの教育は難しい?

企業家精神(アントレプレナーシップ)を発揮するにはイノベーション・エコシステムが大切

を見ていただくとして、この場の状況について、書こうと思います。


東大とは、安定志向で、ベンチャーよりも、大企業、官庁志向では?と考える人も多いと思います。

これは昔からそうだし、今でもその傾向は強い、と思います。

その一方で、通産省を退職し、村上ファンドを立ち上げた村上氏、ホリエモンなどの東大卒業生もいます。

上に書いた、


アントレプレナーは必ずしもベンチャー企業を起す者ではなく、業を企てる(くわだてる)者、Passion(志)とIntelligence(知性)を併せ持つ者、と考えると、しっくり来そうです



という意味での、アントレプレナーは東大にも定着してきているため、「東大ベンチャースクエア」が成り立っている、とも言えます。


企業家精神(アントレプレナーシップ)を発揮するにはイノベーション・エコシステムが大切




オースティンに限らず、シリコンバレー、ボストンでも同様と言うことですが、企業家精神(アントレプレナーシップ)を発揮するには、大企業、大学、ベンチャー企業、弁護士、弁理士などの専門家集団などのイノベーション・エコシステムにより、技術、知財、人材、資金が動くことが大切です

大企業、大学、ベンチャー企業、弁護士、弁理士などの専門家集団などのイノベーション・エコシステムは、ポジティブな関係だけではなく、

・大企業をレイオフされた人々が、新しい産業を創る

・大企業をスピンアウトしたベンチャー企業を、数年後にその大企業がM&Aで吸収

のように、かなりドロドロしたものも含みます。これらを含めたエコシステムの中で企業家精神(アントレプレナーシップ)は活かされる、ようです


と書きましたが、このに集まった人たちがエコシステムとなって、こういった動きを加速します。

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起業する人の中には、在学中、あるいは卒業時に起業する人もいますが、多くの人は大企業などに勤務した後に、起業しています。

そういったキャリア途中で起業した方から、「アイデンティティー・クライシス」という言葉を伺いました。

その方の言葉を借りると、


大企業でも、官庁でも入社して、10年以上が経過した際に、研究職、法律職などの専門で、

その道の第一人者と言われるほどの人を除いて、いわゆる総合職の場合、

「自分の価値とはなんだろう。自分の能力って、他の人で置き換え可能なものに過ぎない。」

という思いに駆られる。

このまま会社にいれば、安定した地位、収入かもしれないが、「自分の価値」は発揮できるのだろうか?

現時点では、「安定した地位、収入」だって、いつ、どうなるか、わからない。


東大卒ですら、このように考える時代だからこそ、


アントレプレナーは必ずしもベンチャー企業を起す者ではなく、業を企てる(くわだてる)者、Passion(志)とIntelligence(知性)を併せ持つ者



の時代なのかもしれません。




2013年07月18日

アイデア、人材が集積する「現代のえんがわ」シェアハウス




住居を入居者がシェアするだけではなく、ゆったりできる語りの場としてのリビングのほか、またイベントスペースでもあります。

シェアハウスが社会の「えんがわ」になり、アイデア、人材が集積し、新しい何かを生み出す「場」になっている


と書きました。

シェアハウスで感じた「知が生まれる予感」



「シェアハウスって研究室に似ているかも」と思ったんですよね。その理由は

・なんとなくゆるやかに似たような志向性を持った人が集まっていること
・それぞれが持っている書籍などを共有して本棚をつくっていること

あたりがあります。集まっている人たちのかんじとか、スペースの使い方のかんじからそう思ったのかもしれませんね。

でも研究室っぽいけど、研究室とは違うっていうのもこれまたミソなのです!

その違いのポイントは、「人と人とのネットワーク」かもしれません。

研究室って、実はけっこう閉鎖的ですよね。自分の研究室以外の人が出入りしやすい研究室ってあんまり聞いたことない気がします。

でも、シェアハウスは、住民だけではなくその外部にいる人たちを巻き込みながら広がっていくかんじがあります。

そこから僕は「知が生まれる予感」を感じたのかもしれません。



Twitter、Facebookが普及してきた2010年頃の、ネットとリアルを組み合わせた、多様な人々の出会いの「場」としてのシェアハウスを、「えんがわ」に例えたものですが、これが、また変わってきた兆しがあります。

博士のシェアハウス


博士のシェアハウスを始めた頃はいろんな分野の研究者が集まって

ワイワイ議論が起こり、出会いが生まれる場にしようと思っていました。

「家が研究者達のハブになる」イメージです。



しばらくして、異分野交流的な集まりは止めて

OO学会・若手の会のような分野特化型の集まりに絞って

場所を提供するようになりました。

出会いは場によって提供されるのではなく、紹介で提供する形になりました。

「偶然のコラボレーション」から「デザインされたコラボレーション」へと意識を転換し始めた時期とも言えます。

異分野交流会は内容が浅くなるから、という理由で、分野特化型の集まりに絞りました。


いわゆる異分野同士の交流は、Twitter、Facebookを通じて、日々行われています。

それゆえ、わざわざリアルの場で集まって、知らない同士が交流する必要がなくなった、と言えます。

異分野交流会から始まるつながり、始まらないもの




交流会では、名刺を配りまくっている人がいますが、一体どれだけ有効なのか?疑問です

また、挨拶メールをくださる方がいらっしゃます

「昨日はどうもありがとうございました。また、よろしくお願いします」

という感じでしょうか

交流会でその方と有意義な時間を過ごすことが出来たのであれば、これは有効です

ただ、単に名刺を交換しただけで、「この人、どの人だったかな?」と顔を思い出しながら、という状態だと、挨拶メールの交換で終わってしまいます


と書きましたが、「コラボレーションできるネットワーク」とは、交流会の名刺交換で、できるものではありません。

だからと言って、リアルの場がネットで代替され、不要になったか、というと決してそうではありません。

リアルな場とは、単に「つながり」をつくる場ではなく、既にネット上で考え方、スキルなどを十分に知っている人と実際に会って、何かを生み出す場、に進化した感があります。

コラボレーションできるネットワークとは?





ネットワークは創れない、出来上がるもの。知られる、貢献できるの偶然性


と書きました。

アイデア、人材が集積する「現代のえんがわ」はTwitter、Facebookになり、「えんがわ」から移動して、何かを生み出す場所がリアルな場、という流れを感じます。


ワークショップデザイン――知をつむぐ対話...
堀 公俊
アイスブレイク入門
今村 光章
ワールド・カフェ~カフェ的会話が未来を創...
アニータ ブラウン / デイビッド アイザックス / ワールド・カフェ・コミュニティ
ワールド・カフェをやろう
香取 一昭




2013年07月17日

MBAで何を学び、何を得るのか〜あなたの仕事・キャリアでのMBAの活かし方〜

という案内が来ました。

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講師の堀義人氏は、ハーバードビジネススクールでMBAを取得され、その後、1992年にグロービス経営大学院を設立されています。

2006年から学位が出せるようになったそうです。言い換えると、それまでは学位が出ないにもかかわらず、多くの人々が学んでいます。

「MBAで何を学び、何を得るのか?仕事・キャリアでのMBAの活かし方」というテーマ、
何をいまさら、と言われそうですが、実は結構難しいテーマです。

このブログでもこのテーマを扱ってきましたので、紹介すると、


MBA、MOTを取得したら、飛び出さないと グロービスGSC & Japan MBA Forum 共同企画に参加して


「会社が終ってから、私費でMBAプログラムに参加して、帰宅後、グループワーク、レポートを深夜、明け方までやります。

正直言って、きついです。

でも、こんなに頑張ったのに、会社ではMBA取得を全く評価されないのです。

昇進、昇格どころか、全くの横滑り、却って、閑職に廻されてしまった感じです

ハーバード、スタンフォードでMBAを取得したのなら、こんなことはないでしょう

国内のMBAは日本では評価されないのでしょうか?」



新鮮な経験を活かすには、元の鞘ではなく、新たな環境を切り拓いて


ローソンの新浪剛史社長のように、三菱商事から留学し、戻って活躍された例もあります。

でも、ほとんどは、元の組織に戻ると、ハーバード、スタンフォードのMBAプログラムでの新鮮な経験は色あせて、結局、日本の組織の中で小さくまとまってしまいます。

そして、「日本の組織ではMBAは評価されない、活かせない。」とぼやいています。

せっかく勉強したこと、素晴らしい環境での経験も、元の鞘に収まると、活かせないようです。


東工大MOT(技術経営)同窓会フォーラム


大企業から参加した方々は、MOT(技術経営)修了後に、起業するわけでも、転職するわけでもなく、ほとんどが、もとの大企業に戻っていきます

そこで、MOT(技術経営)での勉強はどのように活きているのか?定かではありません。

聞くと、皆、口をそろえて「役に立っています」というのですが、どのように役立っているのか?よくわかりません。

もしかしたら、せっかく受けたMOT(技術経営)での勉強も、しばらくすると、埋もれてしまうのかもしれません



どうやら、MBA、MOTで学んだことは、なかなか会社では活かせないし、また、会社ではMBA、MOT取得を評価されない、というのが実態のようです


と書いてきました。


理系MBA、MOTからみた仕事人に求められるプロファイル


キャリアアップを目指す社会人がMBA、MOTを目指す

向学心が高く、モティベーションもある彼ら、彼女らは首尾よく、MBA、MOTに入学し、それらのコースで一生懸命勉強する

ところが、MBA、MOTを取得した後のキャリア形成については、あまり考えていない

取りあえず、MBA、MOTを取ろうと考える。もちろん、彼ら、彼女らはMBA、MOTを取れば何とかなる、というような甘い考えではありません

さりとて、「MBA、MOTを取得して、これをやる!」というほど、明確な目標がある訳でもありません

ほとんどの社会人が所属している大企業に、取りあえず戻ります

そこに満足できないから、MBA、MOTを目指したはずです

ただ、安定した収入と職はあります

せっかく受けたMBA、MOTでの勉強も、埋もれてしまうのかもしれません


どういう起業をするのか?誰かパートナーを見つけて共同事業を起こすのか?元の会社に帰ってキャリアパスが拓けるのか?もっといい転職をするのか?

「MBA、MOTを取得した後のキャリア形成」をもっとしっかり考えることが大切ではないでしょうか?

これについて、あまり考える場、話し合う場がありませんでした

これは一人で悩むより、同じ悩みを持つ、多方面のいろいろな分野の人の知恵を持ち寄った方がよさそうです



いささか、前置きが長くなりましたが、このように既に十分考えたうえで、本日のセミナーに臨みます。

会場は若い人だけでなく、中高年も目立ち、男女比は7:3というところでしょうか?

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・知識、理論は道具、覚えているだけでは意味がない。使いこなしてこそ、意味がある。 

・現状分析(どうなっている?)と戦略立案(どうする?)を行う。分析は、かなり自動的にできるが、得られた数字の解釈は人により異なる。 

・各自が考えた分析、戦略は他者と突き合わせる。コンセンサスを得るのが目的ではなく、他者より自分にはない視点からのものを得て、また質問を受けることにより、自分の考え、根拠を明確にする。

・経営において、重要なのはユニークな発想。 

・ケースメソッドをすると、実生活においても、分析、戦略立案のくせがつく。かなり実用的。

・組織を引っ張っていくリーダーが学ぶのが経営。リーダーを体系的に育成するのがMBA。 

・マーケティング、ファイナンス、マネジメントなど、学んだ知識、理論を統合していく。

・成功した起業家は可能性を信じることができる人。

・ケースメソッド、正解はない環境下で、現在手に入る情報により、最善の解を探す。

・能力と人的ネットワーク、これさえあれば、何でもできる。お金はついてくる。さらに、志が大切。何にお金を使うか? 

・身体によくないのがストレス、もう一人の自分が、なぜ怒っているのか?嘆いているのか?分析する。

・お金、ビジネスが世界中で、どう動いているのか?わかるのが商社

・自分に向いていること、好きなこと、ワクワクすること、でないと、継続が難しい。ただし、これはやってみなければ、わからない。さらには、社会に貢献すること。 

・会社、外から見てもわからない、入ってみないとわからない。どっぷり浸かると、「あれ、違う」とわかる。

・MBAは、卒業が始まり。体系的なカリキュラムから離れるので、自ら、学びの場を作り、学んでいく。

・学び、成長するには、いいリーダーがいるところに行き、触れること。この人の何が凄いのか?吸収する。

・疑問に思ったことを納得するまで、考え続ける。最悪なのは、他人の言うことを鵜呑みにすること。自分が納得できることを、統合、再構築していく。

・能力開発は反復練習が基本。

・リスクを取らなければ、リターンがない。ただし、タイミングが大切。 

・天才と秀才の差、「物凄い努力」と「そこそこの努力」

・運がいい、悪い、というよりも、「起こったこと」には意味がある。

・自分の生き方は、他者に決めてもらう、決められる、のではなく、自分で決める。 

・最後にモノを言うのは、「気合い」と「体力」

・MBA、「経営層になる前に」ではなく、可能な限り、早い時期に学ぶほうが良い。経営に年齢は関係なくなってきている。

・成熟産業、衰退産業から成長産業に身を置くように、自分をシフトさせる。 

・「もっと早くやれば」と後悔することが多いが、「気づいた時に、やる。」しかない。


もちろん、今日の堀さんのお話で、「MBAで何を学び、何を得るのか?仕事・キャリアでのMBAの活かし方」の答えが得られたわけではありません。

でも、いろいろヒントをいただきました。

MBAと取得すると、ビジネスを起こす、起業することが必須のようにも言われたりします。

ケロッグで学ぶ、既成概念を打ち破る力


今、起業することがもてはやされているけれど、それが本当に自分に合っているか考えたほうがいい。

君たちには、組織の中でイノベーションを起こし、社会を変えていく力もあるのだから。

大企業の中で、既成概念を打ち破る方法は、私たち自身の既成概念を破る方法でもある







2013年07月08日

テニスのウィンブルドン選手権男子決勝でイギリスのマレーが世界一位のジョコビッチを破って、フレッドペリー以来77年ぶりのチャンピオンになりました。

77年前の1936年頃を振り返ると、その頃を境に、世界の経済、軍事の最強国がイギリスからアメリカに移行した、のと期を同じくした感があります。


東大駒場・高校生のための金曜日特別講座「世界の中のイギリス外交」

で、世界の中のイギリスに見る凋落と復活を伺いました。

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イギリス、古代文明が栄えた国ではなく、近代以前はヨーロッパの端に位置した国です。産業革命により、急速に経済力、軍事力を獲得し、世界最強国になりました。

ヨーロッパの外れの人口6000万人の島国イギリスが、かつては大英帝国として
世界に君臨したものの、その座をアメリカに奪われ、復活しつつある姿は、日本にも参考になりそうです。

この話をする前に世界近代史の復習が必要です。

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グローバル社会の基本は植民地政策に?


アメリカとて、もとをたどれば、イギリスの植民地で、1783年に独立戦争の結果、独立しています

ヨーロッパに近いアフリカ大陸では、古くは奴隷貿易、その後、金、ダイアモンドなどの天然資源が発見され、イギリスはエジプト・カイロから南アフリカ・ケープタウンへ縦断政策、フランスは西アフリカから東海岸への横断政策をとりました。

縦断と横断ですから、当然、どこかで交わる訳で、1898年にスーダンのファショダで両軍が衝突するファショダ事件が起きました

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同じ頃、東南アジアでも、インドの東インド会社を起点にパキスタン、バングラデシュ、ミャンマーを植民地とするイギリスと、ベトナム、ラオスを植民地とするフランスがタイで衝突します

アジアでもアフリカでも双方の間で小競り合いはあったものの、1904年に英仏協商を締結し、アフリカではエジプトはイギリス、モロッコはフランス、アジアではタイを緩衝地帯とし、東側をフランス、西側をイギリスとすることで妥結しています

ただ、アジアでは日清戦争による清の敗戦、弱体化により、代わってロシアが勢力を伸ばし、イギリスの植民地に迫ってきました

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日本と日英同盟を締結することにより、日露戦争(1904〜1905年)の日本の勝利につながります。

ここで、アジアにおけるロシアの脅威がなくなると、中東におけるドイツの進出を、ロシアと協力して食い止めるべく、英露協商を1907年に締結します

1882年にドイツ・オーストリア・イタリアが3国同盟を締結にしていたのに、対抗する形で、1904年にロシアとフランスは露仏協商を結んでいたので、イギリス・フランス・ロシアがお互いにブリッジする形で3国協商が出来上がりました。

ただ、この3国同盟と3国協商が、1914年に第1次世界大戦を引き起こす、引き金にもなってしまうのですが。


近現代史の発掘はこれくらいにして、何が言いたかったかと言うと、小競り合いはしながらも、昨日までの敵ともパートナーシップを組む、柔軟さにより、イギリスは自国の数十倍の領土、人口、産業をまかなっていけた、ことがわかります

また、英語と言う自国の言語を、世界共通語にもしてしまっています


外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する



第1次世界大戦では、サラエボでのセルビア人によるオーストリア皇太子暗殺事件が引き金となり、複雑な各国の同盟関係により、ヨーロッパ各国は戦争回避へと懸命の努力をしたのにもかかわらず、ヨーロッパを戦場をする大きな戦争になってしまいました

その教訓は十分に承知しながらも、必ずしも望まない当事者同士が戦争せざるを得ない状況に追い込まれる。これは今も当てはまる教訓です



希望とデザイン



1914〜1918年の第1次世界大戦前は、アメリカ、ヨーロッパは金本位制という、金と通貨が交換できる制度でした。

これにより、通貨の価値は金で保証されていました。

戦争には、兵器、物資、食料など、大量の需要が発生します。

主な戦場はヨーロッパでしたが、直接の戦場ではなかったアメリカ、日本には大量の製品の発注があり、工場はフル稼働で生産し、設備増強しても、生産が追いつかないほどでした。

アメリカ、日本の企業は大儲けし、「戦時成金」が発生しました。

この発注に大量の通貨が必要なため、金本位制は一時中断していました。

それゆえ、通貨の価値は下がっていました。

さて、戦争が終わり、平和がやってきました。



アメリカ、ヨーロッパは金本位制を再開し、日本も行いました。

ところが、戦争でふくらんだ通貨は、もはや金とはバランスしません。

順調な経済をもたらしていた、兵器、物資、食料などの発注もなくなりました。

そこで起きたのが、1929年のウォール街に端を発した世界大恐慌です。


結局、この世界大恐慌を乗り切ることができたのは、第2次世界大戦の勃発まで、待たねばならなかったでしょうか?

第1次世界大戦はアメリカは直接の当事者ではありませんでしたが、今度はアメリカ自身が戦わなければならなくなりました。

ルーズベルト大統領の要請の下、GM、フォードなどの自動車産業をはじめとする製造業が、通常事業を中止し、軍需生産に集中しました。

この期間に科学技術予算は20倍に増えました。

戦争終了後も、東西冷戦の中、ソビエト連邦との対抗上、宇宙開発、原子力などに、大きな予算が投入されました。

その結果、アメリカは世界大恐慌を克服するだけでなく、世界の科学技術のリーダーとなりました。

実は、第1次世界大戦前後のアメリカの科学技術はヨーロッパからの借り物でした。それが、世界一のものとなったのです。

以上が、アメリカが80年前の世界大恐慌を克服した、簡単な経緯でしょうか?


第1次、2次世界大戦を通じて、イギリスは疲弊し、凋落した一方、アメリカは超大国にのし上がっていった。

世界中に植民地をかかえることは、経済的にメリットがある反面、維持管理のための軍事費などが突出します。

一方、アメリカは広大な国土に移民を受け入れ、発展していった。ある意味、国内にたくさんの植民地を持っていたようなものです。

ちょっと単純化し過ぎですが、こんな前置きを踏まえて、出た話をまとめます。



・イギリスの3つのサークル(チャーチル)1.大英帝国と英連邦(カナダ、オーストラリア、インドなど)2.英語圏(特にアメリカとの特殊関係)3.統合ヨーロッパ、3つのサークルの交差点にいるイギリス、どのサークルからも外に出てはいけない

・第2次大戦を経たイギリスの衰退、戦勝国側だが、超大国はアメリカとソビエト、ドイツとの戦いに疲弊し、イギリスは単独は大国ではなくなった。さらにインドなど植民地が独立。

・1960年代以降、イギリスから植民地が独立し、大英帝国が解体し、独立した植民地の多くが英連邦に加盟したため、カナダ、オーストラリアなど、白人、キリスト教から、有色人種、イスラム等多様な宗教で、まとまりがとれなくなり、求心力を失った。

・1960〜70年代の米英関係、ベトナム戦争への英軍派遣拒否で、動揺。米英関係は常に安定なわけではなく、動揺する時期も数多くある。

・イギリスは当初ECヨーロッパ共同体に加盟しなかったが、1973年に加盟、大英帝国からヨーロッパへの軸足の移行。ただし、ECないで、主要国のフランス、西ドイツと足並みが合わず、「厄介なパートナー」

・ブレア労働党政権、米英関係とヨーロッパ統合に収斂し、「米欧間の架け橋」を打ち出すが、アフガニスタン、イラク、リビアへの軍事作戦、アフリカの貧困対策など、大西洋を超えたグローバルな取り組みも行い、大英帝国への名残も見られる 

・中国、インドなど新興国台頭の中で、イギリスは、接近を試みるが、両国とも対米関係をより重視。香港、インドが大英帝国化にあった頃への回帰を目指すが、難しいかもしれない。 

・イギリスは1.英連邦、2.米英関係、3.ヨーロッパ統合の複数のサークルが交差する位置に自らを置くことで、単独では持ちえない影響力の確保を目指す。

・イギリスは中国、インドなど新興国の台頭、EU脱退の可能性の中、1.英連邦、2.米英関係、3.ヨーロッパ統合の圧のサークルから、新たなサークルの組み合わせを模索

・イギリス、キャメロン首相が2017年末までに、EU残留の是非を問う国民投票。EUは28か国が加盟しているが、通貨であるユーロの危機、高い失業率など、危機を迎えている。 

・イギリスはEUから脱退した場合、ヨーロッパ内での影響力だけでなく、アメリカとの特殊な関係も損なうおそれ。間違えると、孤立化、影響力減退


かつての単独で支配できるスーパーパワーの実力を失ったのなら、3つの異なるサークルのコーディネーターとして、影響力を確保、日本も考えるといいかもしれません。

あるいは、日本だけでなく、個人も考えてみる価値がありそうです。




2013年07月04日

早稲田大学国際教養学部主催講演会「将棋における戦略論」羽生善治氏(三冠)

という案内が来たので、参加しました。

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会場は文字通り立錐の余地もない、超満員で、立ち見が出ていました。

なぜ、「TAK」さんが羽生善治氏(三冠)の講演に興味を持ったかというと、将棋が、

・定石というセオリーと、即興を、リアルタイムでフレキシブルに使い分ける競技

・相手との勝負が公然にさらされた状態で行われ、誰からの援助も得ることはできない

・勝敗が冷酷に下され、そこには過去の実績も、温情もない

という世界の中で、羽生さんの世界観を伺いたい、と思いました。

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最近では、将棋のソフトウェアがプロの棋士の勝つようになりました。

瞬時に高速、大量にいろいろな手を検討する、という点では人はコンピューターにはかないません。

この差はどんどん開いていくでしょう。

だから、プロの棋士が不要、ということではありません。

オリンピックの陸上で100m金メダリストのボルト選手だって、自動車にはかないません。

マラソンはアテネがペルシャ軍を破ったことを伝えるために、42.195卅ったのが起源ですが、今ならば、メールで瞬時に伝えられます。


さて、将棋はもともと盤上での戦争を模擬したものでした。古代版バーチャルゲームというところでしょうか。

そして、国ごとに、それぞれ修正、変更がなされています。チェス、中国将棋、などのように。

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こんな前提で、早速出たお話をまとめます。


・歴史の淘汰、面白いものは残るし、つまらないものは棄てられる。36×36の古代将棋は9×9と小さくコンパクトに

・小さくコンパクトは日本文化が得意、短歌31文字、俳句17文字、茶道は3畳、4畳半

・将棋は江戸時代までは家元制度があったが、勝負が明確につくため、家元制度から実力主義へ

・将棋は伝統、風習が重んじられつつも、勝負がつくことから、技術、戦略が大切

・投了、自分で負けを認め、戦いを放棄すること。プロの場合、最後まで戦うのは「失礼」とされ、潔さが求められる

・終了後の感想戦、さっきまでの対戦相手、つまり敵同士が、戦いを振り返って、フィードバック。他の競技にはあまり見られないが、向上のための重要なプロセス

・日本の将棋、取った駒を使える、という他に例を見ない特徴

・江戸時代、一度、名人になると終生、名人だった。名人になると敗戦を避けて、対戦は行わず、詰将棋を作った。 

・コンピューターにより、たくさんの対戦を見ることができるようになったが、記憶になかなか残らない。自分で駒を並べる、ノートに書く、などしないと記憶に残らない。

・視覚だけでなく、手、口、耳、など五感を使うと、より記憶に残る。

・忘れても、思い出せることは、より深く理解している、ということ。

・コンピューターの発達により、情報が大量に入手できるが、選択は一つだけ

・長考に好手なし。4時間かけても3秒で思いついた手を結局、同じだったりする。論理的思考はしっかりしていても、どちらを選ぶか、が踏ん切りがつかない、だけだったりする。締め切りは大切。

・相手が長考を始めると、将棋とは関係のない、邪念を考えてしまう。

・自分の経験の積み重ねが、今後の判断基準になる。それゆえ、積み重ねるだけでなく、実生活に適用できるよう、整理、システム化が必要 

・以前は、こういう将棋が王道、本格、セオリー、という考え方があったが、コンピューター、プログラムの活用により、いろいろな手法が試されるようになり、このような考え方はなくなった。

・トレンド、既存の価値観、経験に囚われない、若い人たちが作っていく

・将棋はここ400年間、駒、ルールが変わっていないが、内容は大きく変わっている。50年前の棋士が今の棋譜を見たら、怒り出す。大量のデータがネット、コンピューターにより、分析可能となった。

・以前は棋士は大都市圏からがほとんどで、地方出身はあまりいなかった。本人の資質以上に、指導者、ライバルなど、環境の影響が大きかった。ネット社会のおかげで、この影響は薄らいできた。

・ネットのおかげで検討できる対戦データは急増したが、プロになれるのは年に4人のまま。ネット社会のせいで高レベルの競争になった。

・対局、世代を超えて行われる。将棋盤があることで、対話、コミュニケーションが生まれる。 

・棋士、勝負を続けていくと、必ず想定外が起こる。想定外への対応が大切。

・大局観が大切。戦略、方向性が正しければ、指す一手が、必ずしも最善でなくても、それほど大きな害はない。

・「今日はいけるぞ!」と感じる時は、直感を信じて。そうでない時は、データ、セオリーに従って進める。データと経験の両方を適宜、使い分ける。

・ワインの醸造と同様に、マクロの予測はデータでできる。将棋もデータ分析が大切になってきた。 

・最初は、例えば、金将は2枚vs2枚、ところが、1枚とられると、3枚vs1枚、と圧倒的に不利になる。

・セオリー、戦術、常識は、常に変わる。

・画期的なアイデアを発見した、と思っても、ネットにより、あっという間に普及し、「一般的なもの」になってしまう。



将棋という、長い歴史を持つ、伝統文化もネット社会により、変化を迎えつつありますが、今後の羽生さんの取り組みが楽しみです。




2013年07月03日

トップアスリートの挑戦 為末大氏「走りながら考える」

という案内が来ました。

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為末大さんは、男子400mハードルの日本記録保持者であり、世界大会で銅メダルを2度獲得しています。

マラソンのような長距離では日本人選手のメダル獲得も珍しくありませんが、短距離、中距離では黒人選手が圧倒的に有利とされ、日本人選手のメダル獲得は画期的でした。

為末さんは、現在はアスリートのセカンドキャリア支援や執筆等されており、

オフィシャル・ブログ

Twitter

にいろいろな記事を書かれています。


このブログでもアスリートのキャリア・トランジションは

キャリア・トランジションは答えがない?

キャリアトランジションは悩み、苦しむ?

キャリアトランジション勉強会:人生の分岐点に 八木沼 純子さん

など書いてきています。


今日は為末さんからどんなお話がうかがえるのか?楽しみです。


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早速出たお話をまとめてみます。

・定型の質問には、定型の回答しか返ってこない。自分の経験を交えて質問すると、本音が出てくる。

・トップアスリートは社会貢献の形で、20代後半以降は子供の指導を行う。用語を子供にも分かるように平易にできない場合は自分がよく分かっていない 

・どうして、その目標なのか?どういう手段で、その目標を達成するのか?どういう時に、その目標を強く感じるのか?モチベーションが高いのか?

・コーチをつけなかった。どの練習メニュー、方法がうまくいき、うまくいかなかったのか?自分でチェックしたかった。ただし、自分を完全には客観視できなかったのが欠点

・自分で仮説を構築し、自分を使い、検証し、修正、フィードバックを行う

・サンフランシスコに行った時、現地で生まれ、育った日本人と、日本からの滞在者では歩き方が違った。人は他の人のまねをして学んでいく。

・自分の身体に起きていることを、可能な限り、客観的に記述する。

・運動能力と運動神経は異なる。後者は身体の動きを制御するもの。

・問題に捉われている時は、ひとつしかアプローチが思いつかないが、実はアプローチは複数ある。

・「心」「技」「体」に加えて、実は「知」が大切。

・100mの中学記録、ただし、身体の成長が早熟だったためで、成長が止まったら、後発に追いつかれた。

・世界大会では、日本では断トツ1位のアスリートが勝てないことに感動。

・100m(花形)から、ハードル(マイナー)に変更。周囲へのメンツもあった。 

・勝つ可能性は薄いが、やりたいことをやるか?勝てることをやるか?の選択。やりたいことを捨てて、可能性が高いことへ変更することによる覚悟。

・ハードルは100mに比べて、歩数、後半で追い上げる、など、戦略を立てる余地がある。

・アウトドア競技、当日の天候(晴れ、雨)風(向かい風、追い風)によって、臨機応変に走り方を変えなければならない。

・ハードルがあるために全力疾走できない、ことを戦略に使う。

・人はパニックに陥ると、予定していた動きをできなくなってしまう。

・100m、400mは疲れると遅れるだけだが、ハードルはころんで、すべてが台無しになるおそれ。 

・条件が良くて、運がよくても、「金」ではなくて「銅」、表彰台ではビリ 

・イメージすると叶う、は、ある程度本当。ただし、イメージできないことを無理にイメージしようとしてもダメ。

・武器だった、スタートから1台目のハードルまでのスピードが100分の5秒出なくなって、武器が使えなくなって、引退を考えるようになった。

・「老いる」とは、身体が堅くなること。

・引退特需は1年半だけ。その後も継続できるキャリアを築く。

・アスリートの心理、技術、気持ちの発信は、ほとんど例がなかった。 

・母親が同級生と会った時に、母親の顔ではなくなった。関係性の移行の事例。

・事実はひとつだが、見方はたくさんある。見方はかみ合わないことが多いが、社会では折り合いをつけざるを得ない。

・ピークにずっと、いたいが、ピークは必ず過ぎ去っていく。次のものを取りにいかざるを得ない。

・問題となっていることのメタを考える。なぜ、それが問題となっているのか?

・自分で考えることに加えて、妻との会話による創発が大きい。

・日本の学校、体育館、プール、グラウンドなど、スポーツ施設のクオリティーが高い。廃校になる学校の再利用法がたくさんある。 

・人は驚いたことによって、変わる。

・知識を得ることが「学ぶ」ではない。「学び方」を学ぶことが大切。

・野茂効果、国内外に日本人野球選手が大リーグで活躍できることを示し、多くの先取が自信をつけ、大リーグに挑戦するきっかけとなった。

・スポーツは平和で、余裕、余暇がある時にできる。

・もうひとりの「自分」から「自分」を見ようとしても、結局は「自分」を離れることはできない。できる限り客観的に自分をみる。

・トップアスリートに「ゆらぐ」「緊張する」など、人間性≒「人間であること」が見えた時、自分も「なれる」と感じた。

・アスリート、パニックする時、カットする時がどうしてもあるが、この状態を「平熱」にすぐ戻すことが大切。


トップアスリートの戦いとは、決してスマートで華やかなものではなく、ドロドロとした、血なまぐさいものであったりします。

また、キャリア・トランジション、アスリートからの引退を考える、きっかけ、タイミングも人によって、全く異なります。

為末さんが今後どういう方向に進むのか?文字通り、「走りながら考えている」気がしました。






2013年07月02日

JMBAリーダーズフォーラム「ソーシャルジャーナリズムと伝統的新聞社の協働の可能性」

という案内が来ましたので、参加しました

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主催団体のJapan MBA Forum

は、

Japan MBA Forum (J-MBA) は、現在ビジネススクールに通っている人、また既にMBAを取得し活躍されている人で構成される国内最大のMBAネットワークです。

国内MBAの活性化と社会的な評価の向上を目指して活動しています。

組織の活動理念

1.国内MBA/MOTの活性化と社会的評価の確立。

2.国内におけるMBA/MOTの人的ネットワークの構築と発展を目指し、社会貢献出来る基盤を作ること。

3.日本のMBAが世界において誇れる地位を確立すること。

ということです

なお、前回の参加記は

MBAリーダーズフォーラム「日本経済を救う女子力」に参加しました

に書いてありますので、ご参照ください。

さて、今日のテーマは、「ソーシャルジャーナリズムと伝統的新聞社の協働の可能性」

ハフィントンポストジャパン松浦茂樹氏と朝日新聞社山田亜紀子氏の講演、パネルディスカッションがあります

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ハフィントンポスト

とは、読者参加型のニュースコミュニティーで、政治やビジネス、社会ニュース速報を分かりやすく整理して提供し、各分野の専門家や有識者と個人が、意見をやり取りできるソーシャルニュースです。


刻一刻と変わるストーリーを:創設者が語る「ハフィントン・ポスト」のアイデンティティ

によると、


紙媒体は、読者の減少に伴う紙の広告収入の減少に悩まされている。

ニュース業界は、音楽界のiTunesモデルのような新しい答えを待っている。

人々の間の対話が、オンラインに移動しつつあることを感じていた。

面白い視点をもった知識層がたくさんいたけれど、自分でブログを始めたりするタイプの人間ではないと思ったから、彼らが表現できるプラットフォームをつくりたかった。

同時に、大きな声をもたない人に、声を上げることのできる場所をつくれると思った。

そしてコメンタリーとニュース、調査報道をひとつの場所で共存させる場所をつくりたかった。


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伝統的新聞社の問題は、

「メディア研究のつどい」に参加しました〜ハイパーローカル・メディアとは?

に書きましたが、


新聞の有料購読者は減少し、報道関係者が職を失っています

新聞は紙からWebへ急激に移行しています

長い歴史を誇る新聞社の休刊や廃刊が相次いでいます。

生き残っている新聞社も多くは取材拠点を縮小し、記者や編集者をレイオフしています。


ただし、紙媒体をオンライン版に移行すればよい、というだけの問題ではないようです。

紙媒体の方が収益性がずっとよいのに加え、オンライン版に切り替えたものの、無料のYahooニュースとの違いが感じられず、結局辞めてしまう人が多いそうです。


では、早速出た話をまとめます。

・ソーシャルニュース、情報を基点にユーザー同士のコミュニケーションが発生する場

・新聞社サイトからYahooなどポータルサイトにニュースが編集、掲載され、ここにユーザーが集まっている。 

・ソーシャルニュース、見るだけでなく、誰でも発信できる。

・ラジオ、古くから公開生放送により、メディアとリアルの融合

・リアルとメディアの組み合わせによる、ポジティブなスパイラルが大切 

・ネットビジネス、サーバー、インフラが極めて安価で借りることができて、ビジネスの立ち上げが容易

・ネットメディアレポーター、新聞、雑誌を経験していると質が高い

・メディアの記事、中立性が求められるので、両論併記で書かざるを得ない。

・ネットに記事、コメントを投稿するメリット、自分の意見を発信して、レスポンスがほしい 

・新聞からネットメディアへの移行だけでなく、ネットメディアが新聞、テレビなどのマスメディアを活用する形態もある。

・MBAで学んだ知識、活用する場があまりないのが悩み。 

・新聞とソーシャルメディア、対立軸ではなく、協働できる。

・鉄道会社が衰退した要因、自社事業を「鉄道事業」とし、「輸送事業」としなかったこと

・従来のジャーナリズム:世論、当事者(国、企業、市民)の動きを伝える。これからのジャーナリズム:膨大な情報の中から大事な情報を選び、意味づける。当事者発信の情報、世論や市民の声を検証する。

・ソーシャルメディア上のデマが実際には起きていないことを確認し、ソーシャルメディアに返すのもジャーナリズムの役割

・ジャーナリズム、社会の中からみんなで共有すべき出来事、事件を発掘し、伝える 

・Yahooニュース、それぞれのメディアの記事をモジュール化して掲載する。オリジナルのメディアの意味は薄れる。

・事件現場のリアル中継第一報はプロではなく、その場に居合わせた人が行う。 

・twitter,Facebookの拡散がマスになりうる。

・情報はコト、モノから、人へ。誰が発信したが、が重要な時代。

・新聞社の看板で仕事をするのではなく、一人一人の記者が集まって新聞社を創る

・新聞社、いろいろな商品のライナップがあるのではなく、基本的に単一商品

・マスとソーシャル、顧客と市民の関係が変化、モノの販売でつながる関係から人同士がつながる関係へ 

・リアルの取材でカバーできないことをソーシャルメディアで拾う 

・新聞社のオンライン版、Yahooニュースが置き換わる?

・新聞社のネットニュース、将来的には自社ニュースだけでなく、各社ニュースを編集して、掲載し、自社が確認したものにマーク?

・ネットの広告、非常に安い。顧客に応じた自動広告はさらに安い。

・紙の新聞とオンライン版、収益は前者の方がずっと大きい。新聞社にとっては、現在、紙からオンラインへの流れを食い止めるのが重要作業になっている 

・他人が持っていないスキルを持っていると強い。例えば、エンジニアがアナリストのスキルを持っていると強い。


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伝統的新聞社は、収益性の高い紙媒体が衰退し、収益性の薄いオンラインに置き換えられる、イノベーションのジレンマに直面しています。

MBAとキャリアという面では、

・松浦氏は、日産自動車の宇宙開発事業部に所属していましたが、カルロス・ゴーン氏がCOOとして乗り込んできて、
事業部ごと廃止、会社生活の厳しさを味わう

・山田氏は朝日新聞に所属しながら、早稲田MBAを修了し、起業、転職することなく、朝日新聞に勤務

と、MBA取得後のキャリアを考える上で、大変参考になります。

この辺の事情は、

MBA、MOTを取得したら、飛び出さないと グロービスGSC & Japan MBA Forum 共同企画に参加して


現役MBA生、MBAを取得したばかりの方の



「会社が終ってから、私費でMBAプログラムに参加して、帰宅後、グループワーク、レポートを深夜、明け方までやります。

正直言って、きついです。

でも、こんなに頑張ったのに、会社ではMBA取得を全く評価されないのです。

昇進、昇格どころか、全くの横滑り、却って、閑職に廻されてしまった感じです

ハーバード、スタンフォードでMBAを取得したのなら、こんなことはないでしょう

国内のMBAは日本では評価されないのでしょうか?」


というお話なども参考になるかと思います





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