2014年03月

2014年03月31日

組織を越えた変革「二枚目の名刺」が新たなつながりを生む




会社で支給される名刺とは別に「二枚目の名刺」を持つ

勤務していた企業をやめるのではなく、所属したまま別のつながりを広げる

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所属する組織での仕事にやりがいを見出せないから、組織外の活動で自分の能力を発揮して、社会貢献することに生きがいを見出している、これが相当の実態のようです

組織と個人の関係には「波」があります。組織と個人の目的がぴったり一致し、やりがいがある時期もあれば、必ずしもやりたい仕事ではなく、やりがいを見出せない時もあります

それゆえ、「プロボノ」がブームであるならば、多くの人が、「所属する組織での仕事にやりがいを見出せないから、組織外の活動で自分の能力を発揮して、社会貢献することに生きがいを見出している」ことになります

これって、本末転倒である感じもします。

本来、自分の能力が最大限に発揮できる組織を選択すべきではないか?

140331プロボノ創職時代の生き方にもつながるのですが、ひとつの組織の中で自分のやりがいを実現、という時代がとっくに終焉を迎えた

ほんの数年前の超人気企業が衰退、経営破綻という例が珍しくなくなりました

上記のように、組織と個人の関係には「波」があります。組織と個人の目的がぴったり一致し、やりがいがある時期もあれば、必ずしもやりたい仕事ではなく、やりがいを見出せない時もあります

それならば、所属している組織の枠に縛られることなく、自分の能力が活かせる場、能力が磨かれる場を見つけていく、のは極めて自然な流れかもしれません

所属している組織よりも、組織外の活動の方が自分にあっているのならば、バランスの比重を変えるもよし、思い切って飛び出すのもあり、かもしれません


と書きました。

この事例としては、例えば

アート・コミュニケーター「とびラー」に見る、創職時代の生き方




会社員などが、休日は「活動は無償で、交通費の支給もない」市民によるアート・コミュニケーター「とびラー」の活動をする。

これには、いろいろな深い意味合いがありそうです

すなわち、お金の問題ではなく、会社員の活動では果たせない活動を、アート・コミュニケーター「とびラー」で行いたい。

最近、社会人・学生の勉強会でも「謝礼はいらないから、ぜひ講師をやらせてください」と言う人が多い、と伺っています

平日夜間、休日などの就業時間外の生活を無給でいいから、充実させたい、様々なスキルを持つ人材がたくさんいる


と書きました。

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ちょっと気になる、動きを紹介するサイトがあります。

イベント好きボランティアにうんざり〜増える自己満足ボランティア


「もういい加減、子供に何でもあげるのはやめてほしい。

毎月のようにイベントするのもしないでいい。

これだけの震災が起きたのだから、子供たちに我慢させることも教育」

と福島のある学校の先生が嘆いているという話を聞いた。

被災地の自立支援ではなく、自己満足のボランティア中毒者が、避難所なき後、被災地で熱中しているのがイベントである。

花火、ハロウィーン、クリスマス、お正月などだ。

「無償でやっていることの何が悪い?」

「被災地を見捨てるのか?」

「子供たちは喜んでいる」

「好きでやっているんだから、他人からとやかく言われる覚えはない」


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本業外の「二枚目の名刺」の活動とは、上記のボランティアのように、例えば、「参加者」と関わり、「参加者」のニーズを満たして、満足してもらう、ことでしょうか?

この「参加者」との関わり、満足してもらうプロセスの中に、自分のやりがいを見つける、ということでしょうか?

それゆえ、この活動は、「参加者」のフォーカスし、「参加者」に満足してもらうことが「主目的」です。自分の「やりがい」は、そこからもたらされる「副次的」なものです。

ところが、上記のサイトのように、「参加者」よりも、関心が自分、自分たちに向いてしまい、

・本来の活動の目的よりも、自分の「やりがい」「満足」の追求が主目的

・「二枚目の名刺」の活動の中で生まれた「仲間とのコミュニティー」での居心地のよさ、に満足感

となっていることは、ないでしょうか?

上のサイトにあるように、

「無償でやっていることの何が悪い?」

「好きでやっているんだから、他人からとやかく言われる覚えはない」

という言い分ですが、他人を巻き込んでしまう時は、その人たちが参加するための時間、スケジュール調整など、多大なコストを伴ってます。

例えば、こういう「二枚目の名刺」の活動イベントを行う場合、フォーカスは外に向かわなければなりません。

特に、司会を務める人は、外部からの参加者にフォーカスしなければなりません。

ところが、この役を務める人は、主催者側のメンバーの苦労などを十分に知っています。

そこで、イベント中に労をねぎらったり、など、注意が主催者側に向いてしまうことがよくあります。

「内輪で盛り上がる」という現象です。

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「TAK」さん自身、こういった本業外の社会人、学生が行うイベントに参加したところが、「自己満足」「内輪のコミュニティー」だった、ことが何度かあります。

なにしろ、「内輪で盛り上がる」のですから、参加者が楽しいはずがありません。

本業にも「自己満足」「内輪のコミュニティー」はあるでしょう。

でも、顧客を相手に「自己満足」「内輪のコミュニティー」では、たちまち、顧客は離れ、自身の評価は下がります。

「二枚目の名刺」の活動では、

「無償でやっていることの何が悪い?」

「好きでやっているんだから、他人からとやかく言われる覚えはない」

という言い分が、「自己満足」「内輪のコミュニティー」を招いているのかもしれません。

一度、自分たちの「二枚目の名刺」の活動が、「自己満足」「内輪のコミュニティー」になっていないか?チェックするといいかもしれません。




2014年03月26日

30代・40代の若手や女性を中心とした「国・行政のあり方に関する懇談会」 〜企業・NPO・社会起業家などとのパートナーシップが生み出すソーシャルイノベーションの可能性

という通知が来ました。

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懇談会メンバー

を見ると、安田洋祐氏、山崎亮氏、小林りん氏ら、一人でも講演を聞きたい委員たちがずらっと並びます。

傍聴可能と言うことで早速参加することとします。

「TAK」さん自身、こういった委員会や懇談会の委員をよくやるのですが、この懇談会で特徴的だったことを、まず書きます。

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1.中央に机がない。

こういった委員会や懇談会では、通常、中央に大きな長方形の机があって、

その周りに委員が座ります。

そして、委員長、議長が上座に座り、議事を進行します。

ところが、この懇談会では中央に机がありません。各委員は車座に座る感じです。

そして、委員長、議長というよりも、ファシリテーターが立って、各委員の間を回って議事を進行しました。

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2.タブレット端末から意見を発信できる

こういった委員会や懇談会では、発言したくても、発言するのが難しい雰囲気であったり、

ひとりの委員が場を占拠して、長々と演説したり、

発言する機会が回ってきたら、話したいことからテーマが移行してしまったり、ということがあります。

この懇談会では各委員にタブレット端末が支給され、思いついたことをその場で発信できる、仕組みになっていました。

なお、傍聴者は議事には参加できませんが、

Twitterのハッシュタグでの参加はできました。

ちなみに、この懇談会のTwitterハッシュタグは、#kataroJPN です。

なお、稲田朋美行政改革担当大臣も参加されていました。

では、早速出た話をまとめます。

・民間の営利でも、行政の税金還元でもないところに、社会起業家が活躍する場 

・社会起業家は社会にある課題に対して、自らのリソースをもとに、関連する人々、必要なスキルがある人々を巻き込んで解決していく。 

・社会起業家はフロンティアにいるべきで、事業が広がっていくような社会ではダメ。既存事業、行政が吸収していくべき。

・社会が細分化しすぎて、行政の手が回っていない。

・「参加する場」は、いろいろできているが、参加する市民が一過性で継続的ではない。

・専門家集団、地域の問題を自ら解決するよりも、市民を巻き込んで、解決するスキームを作って、しっかり機能するようになったら、去っていく。

・ナイチンゲールはチェンジメーカー、彼女が作った野戦病院というスキームは、彼女が居なくなっても機能している。

・課題解決を広げていく方法と、ある特化した問題を掘り下げた結果が、全く別の場所の問題解決に役立つこと、もある。

・行政、民間、NPOという区分が課題解決スキームを難しくしている。目的、プロジェクトが設定されれば、既存の枠組みはない方がよい。民間が株主利益を最大にしない、こともあり得る。

・Twitter、Facebookなどにより、情報共有ができるようになり、社会人が本業外活動をするのが容易になった。あとは、官庁、企業の兼業規制がネック、報酬をもらうと規制に引っ掛かるおそれ。

・少子高齢化の進展により、74歳まで働く社会に。1か所で、この期間働くことは現実的でなく、数か所で勤務することを前提とする。

・社会に違和感を感じる人々が行動を起こす変化の流れは不可逆的に進んでいる。

・日本は課題先進国、ここで使った手法は海外で活用できる。

・デモ、集会などの旧来型の社会活動、いつか仲間割れ。社会企業は共通の目的があるので、継続性が高い。 
・利益のため、社会貢献のため、がそれぞれ単独ではなく、両者の境界がなくなっている。それゆえ、企業、NPOの境界もなくなってきている。

・事業採択、NPOならば採択しやすい、のような傾向はなくすべき。

・全学連、全共闘の時代に社会起業という概念があったならば、どういう展開をしていただろうか?

Collaboration


少し整理すると、

・社会の課題が、利益のため、社会貢献のため、などと明確に区分がつくものではなく、両者が一体化している。

そのため、解決も行政、民間、NPOの境界もなくなり、一体化して取り組む。

・上記の対応に、社会人が本業外活動として取り組む事例が増えている。Twitter、Facebookなどにより、情報共有ができるようになっため。ただし、兼業規制がネック。

Metaleadership IV

この辺は、

組織を越えた変革「二枚目の名刺」が新たなつながりを生む

に書いた


勤務していた企業をやめるのではなく、所属したまま別のつながりを広げる

会社の中で認められなくても、チャンスは他にあるのではないか?組織の限界を前に悶々としている多くの人が会社以外の場であっても、持てる力を最大限発揮できればもっと社会に活力が生まれるのではないか?

組織と個人の関係には「波」があります。組織と個人の目的がぴったり一致し、やりがいがある時期もあれば、必ずしもやりたい仕事ではなく、やりがいを見出せない時もあります。

それならば、所属している組織の枠に縛られることなく、自分の能力が活かせる場、能力が磨かれる場を見つけていく、のは極めて自然な流れかもしれません

所属している組織よりも、組織外の活動の方が自分にあっているのならば、バランスの比重を変えるもよし、思い切って飛び出すのもあり、かもしれません

「二枚目の名刺」は、誰もあなたに用意してくれません。自分で見つけるか、創るしか、ありません。

一人でできることは限界があるので、いろいろなスキルを持ったパートナー、仲間を見つけるとよいでしょう。


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よくできる人は、よくつながっている人である


よくできる人は、よくつながっている人である

「よくつながっている人」には、いろいろな機会が舞い込みます。その中から、適宜取捨選択して活用していきます。

機会が舞い込むのは、意識的なものもあれば、本人は意図しないものもあります。

意図しないため、「たまたま」と感じます。

イノベーティブなビジネスパーソンは、組織内外のネットワークの中で情報が集まり、新たな物事が生まれるような「構造的周辺」に、自らの身をおくような振る舞いを、自然としている


などとも、つながってきそうです。




2014年03月25日

東大、早稲田、慶応などの大学院で、経済、金融、企業戦略などを教えている宿輪純一先生の勉強会

宿輪ゼミ「国際経済・金融情勢」

に参加しました。

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前回の参加は

国際経済・金融の宿輪ゼミ「クリミア紛争の影響は?」

3月上旬の参加です。

海外を見ると、アメリカの金融量的緩和の縮小が取りざたされ、新興国から資金が流出し、その結果、インフレを招いています。

また、これまで世界の景気をけん引してきた中国景気に減速が見られます。

この間までは貿易黒字国だった日本ですが、今は貿易収支は赤字です。

アベノミクスによる円安で輸出が好調なはずなのですが、原発トラブルにより、増加した燃料費など、輸入品の円安による高騰が、これを上回っています。

さらに、今回、世界に影響を大きく及ぼしているのが、ロシアとウクライナの間のクリミア紛争でしょうか?

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これについては、

クリミア、ウクライナを巡るロシアと欧米の駆け引き

クリミア、ウクライナ情勢、ロシアの視点からの考察

を見ていただくとして、今日は「金融と市場の基本」について考えます。

まず、量的金融緩和策についての復習から始めます。

経済の教科書では、市場に流通する通貨の量を調整するのが、政策金利(昔の公定歩合)であり、

好景気の時にはインフレ防止で金利を上げ、逆に、不況時には、デフレ対策で、金利を下げる、というものでした。

ところが、政策金利がほぼセロに近いゼロ金利状態では、これが機能しないため、ゼロ金利の状態で、市場にさらに資金を供給するという政策がとられます。

これが量的金融緩和策です。

久しぶりの宿輪ゼミ「剥げ落ちたアベノミクスの期待/米国の量的緩和解除に注目」

にも


・金融の量的緩和とは?本来は金利の上げ下げで、市場に出回るお金の量をコントロールするのだが、金利がほぼゼロに近いため、量でコントロールせざるを得ない 

・アメリカの金融の量的緩和、余ったお金が株式市場に流れている。緩和が解除されると、金融が引き締まり、株価が下がる 


と書きました。

しかし、「紙幣」を大量に市場に供給するのであれば、「紙幣」の価値が急落するのでは、と考えるのが自然です。

金本位制の時代には、紙幣は金と交換されることで、その価値を担保していました。

紙幣が金と交換されない現在は、紙幣が大量に出回れば、ハイパーインフレで、文字通り、紙屑同然になってしまうリスクも、ないわけではありません。


アメリカ「雇用統計」

アメリカ労働省が毎月第一金曜日に発表する雇用に関する統計で、アメリカ経済の状態を知る上で、極めて重要な指標です。

失業率、非農業就業者数を中心として、製造業就業者数、小売業就業者数、週労働時間、賃金インフレの状態を示す平均時給など10数項目が同時に発表されますが、特に重要なのは、失業率、非農業就業者数です。失業率は経済の状態の反映に少し遅れがありますが、、非農業就業者数は遅れがなく、すぐに反映され、よりタイムリーな指標と言えます。

さて、前置きが長くなりましたが、国際経済、国際金融について、検討する時は、このくらいの前提はしっかり整理してからでないと、表層だけなぞって、本質は理解できないことになってしまいます。

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上記事項を踏まえて、出た話をまとめます。


・ロシア、不凍港のクリミアを確保したい以上、北方領土の交渉は難しい。

・中国の理財商品の焦げ付きが顕在化、中国版リーマンショックのおそれ

・中国の成長率7.5%の達成は難しい。中国と取引する新興国も苦しい。

・人民元、G20など国際会議の前に引き上げ、終わると引き下げる、操作。

・国際緊張が高まると、安全な通貨の円は円高、原油、金など商品の価格も高まる。ユーロは当時諸国なので下がる。

・アメリカ、金融量的緩和の縮小のスピードがポイント。株価と雇用に注目。

・アベノミクスへの、特に金融緩和への期待がしぼんでいる。国際的に追加緩和は難しい情勢。

・日本は貿易収支、経常収支、財政収支のファンダメンタルが悪化して、赤字で、長期的には円安傾向。

・財政赤字と国債、国債に金利がまだ低いが上昇しだすとピンチ。

・ユーロ、アイルランドが市場復帰するなど、予想よりも回復しているため、ユーロ高。

・中国、成長率低迷、理財商品焦げ付き、テロ、今後の成長は伸び悩みそう。 

・新興国、金融緩和縮小の影響で、資金が引き揚げられ、ブラジル、インド、トルコ、でインフレ、金利引き上げ。 

・欧米とロシア、資源の貿易などの経済関係が進行しており、冷戦時代への逆戻りはあり得ない。

・金融の取引は2つ、売買(価格 通貨、株、国債、商品)と賃借(金利 資金、国債、社債)よいモノは売れるし、悪いモノは売れない 

・国のお金の集め方、通貨(現在のお金、インフレに影響)と国債(将来のお金)

・昔は通貨を増やすとインフレになったが、現在は仕組みが複雑で、すぐにはインフレにならない。

・通貨、国債ともに、金本位制など、金との交換などの信用の裏付けはない。

・貨幣(両)から紙幣(円)への移行により、貴金属の産出量にかかわらず、通貨が大量に発行できるようになり、信用の裏付けもなくなった。

・債券、現時点価格を100、利率を10%、満期時価格110とする。満期時価格110が不変で、現在価格が105に上がると、利率が5に下がる。これが「価格が上がり、金利が下がる」 

・株式、外国人投資家が配当を望むため、比較的高配当。預金利率よりはずっとよい。




2014年03月24日

シンポジウム「各界の女性リーダーから見たグローバル人材育成のあり方」

という通知が来ました。

パネリストを見ると、日本を代表する大企業の女性役員がずらりと勢ぞろいです。

日本の大企業は、グローバル化、多様化の時代に応じて、「女性の視点」を期待して、女性役員、女性管理職の比率を増やそうとしています。

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今日は、どんなお話が伺えるのかしら?

さて、「TAK」さんは、通常、こういったシンポジウム、パネルディスカッションでは、これまでの自分になかった視点、ポイントを中心に、気づいたことを、とにかくメモして、ブログにアップします。

ところが、です。結論から言うと、このシンポジウムは、特に、「自分になかった視点、ポイント」がありませんでした。

大企業の女性役員たちから、どんな話が伺えるのだろう、と期待していたのですが、率直な印象としては、彼女らの話す内容は男性役員のものと全く違いがなく、「女性の視点」などは感じられませんでした。

女性アスリート、アーティスト、経営者、官僚、医師などの場合、必ずどこかしらに女性の視点を感じるのですが、今回はそれが全くありませんでした。

メモしたことは後で述べるとして、この

・大企業の女性役員たちの話す内容は男性役員のものと全く違いがなく、「女性の視点」などは感じられなかった

について考えてみます。

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パネルディスカッション「グローバル化した21世紀をリードする女性の育成」に参加しました。




・女性は、暗黙の裡に、母親(多くは専業主婦)をモデルとしている。まだ見ぬ夫や子供のために、時間を確保しようとし、仕事上の目標を妥協してしまう。

・就職に際し、男性は総合職で生涯働く(同じ会社かどうかはともかく)ことを前提に考えるが、女性は総合職or一般職、必ずしも生涯ではなく、結婚、出産までという考えがある。

・女性の6割が出産を機に仕事を辞める。続けられる制度がまだまだ未整備。


と書いたように、未だに社会、特に女性からすら「女はそんなに学歴つけなくていい、むしろないほうがいい」「短大出て受付やれば?」「学ばっかり女がつけても」のような考えがあります。

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そんな社会の風潮の中、彼女らは大企業の中で、頑張って出世してきました。

「半沢直樹」に見る、人事異動のメカニズムとは?




人事異動は、高得点者から順番に昇格、ポストに就く、訳ではなく、組織の責任者が、その時の状況に応じて、自分が組織を運営しやすいように、人材をポストにあてはめていきます。

全体数に比べて、極めて少ない定員数しかなく、それを入試のような、公正な高得点順ではなく、組織の長が、自分が組織を運営しやすいように選考するプロセスですから、大多数から見れば、不合理であり、そこに「公平性」を求めること自体、ナンセンスかもしれません。


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と書いたように、組織の中で出世するためには、「能力がある」ことはもちろんですが、それと同じくらい、「評価者の評価基準を理解し、それに自らを適合させる」ことが大切です。

彼女らは、男性社会の中で、たくましく生き抜いていく中で、女性特有の視点を活かすよりも、極力抑えて、男性の価値観に合致させてきた、のでしょう。

右肩上がりの成長社会が終焉し、多様性が求められる社会になりました。

皮肉なことですが、多様性のために、「男性の価値観」で生きてきた女性役員を増やしても、望む結果は得られそうもありません。

彼女らは、新しい時代に応じて、「女性特有の視点」を提供できるのか、それとも、旧態然たる、おじさん男性管理者となんら変わるとことがないのか、このへんも見極めたいポイントです。


パネリストの大企業女性役員に厳しいものになっていますが、取りあえず、出た話をまとめてみます。

・異文化に対する理解とコミュニケーション、考えたことを言葉にして説明してみる。

・常に他者とは違った視点で、イノべーティブな価値を生み出す。 

・将来のリスクを予見して、ある程度のリスクをとる。 

・リーダーシップはリーダーのポジションでなくても発揮できる。権限を持つ人を動かす、周囲を巻き込むなど。

・外へ出ていくグローバル化だけでなく、国内に入ってくるグローバル化への対応も必要。

・何でも自分でやろうとすると、自分でできることしかやらない。自分はできないことをできる人を巻き込む。 

・相手が何を望んでいるのか?これがわからないと交渉できない。自分の主張だけをしてもダメ。

・人間味あふれるリーダーでないと、人がついてこない。

・先入観はどうしても持たれる。自分がどう見られているか?知って、先手を打つ。 


出てきたお話自体は、上記のように、気づくポイントもありました。別にこれらのお話は素晴らしいものです。

ただ、特に「女性特有の視点」ではなかった点が、大きな発見でもありました。




2014年03月20日

クリミア、ウクライナを巡るロシアと欧米の駆け引き

に3月16日以降のクリミア、ウクライナ情勢について、

・クリミア自治共和国の住民投票はウクライナ憲法に違反しているうえ、ロシアによる軍事介入の脅威の下で実施された

・ロシアの行動はウクライナの主権と領土に対する侵害

と書きましたが、これは欧米諸国の見方であり、ロシアには違う主張があるようです。

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ここで書いた2014年3月16日のクリミア自治共和国の住民投票以降のこと、と

クリミア戦争から考えるウクライナ情勢

で書いたクリミア戦争(1853〜6年)の間に起きたことにポイントがありそうです。

これについて、今度は欧米ではなく、ロシアの視点から、

ウクライナ情勢の焦点となったクリミア半島:ロシアによる軍事介入の可能性は?

クリミア併合5つの理由―プーチン大統領の主張

クリミア共和国

を参照しつつ、書きます。


1.1954年(ソビエト連邦時代)にソ連の最高指導者だったフルシチョフがクリミアの帰属をウクライナに移管

クリミア戦争から考えるウクライナ情勢

に書いたとおり、クリミア戦争(1853〜6年)はイギリス、フランス側の勝利、ロシアの敗北、となりましたが、1877年に、ロシアはイギリスやフランスが介入しない形でトルコと露土戦争を行い、その結果、オスマン帝国の属国であるクリミア・ハン国より、クリミア半島をロシア帝国に編入しています。

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1917年にロシア帝国で起きた2度の革命「二月革命」、「十月革命」、いわゆるロシア革命の結果、ソビエト連邦が樹立します。

ソビエト連邦時代の1954年に、ウクライナ出身のソ連の最高指導者だったフルシチョフがクリミアの帰属をウクライナに移管します。

当時は、ソビエト連邦だったために、クリミア半島がロシアに帰属しても、ウクライナに帰属しても、それほど問題はありませんでした。

ところが、1991年にソビエト連邦が崩壊すると、事態は変わってきます。

1991年8月24日、ウクライナがソ連から独立を宣言すると、ロシア人が多いクリミアでは、1992年5月5日に、クリミア議会が独立を決定し、クリミア共和国憲法を制定します。

1995年3月17日ウクライナはクリミアへの武力介入を構えを見せつつ、大統領と独自憲法を廃止させ、クリミアはウクライナの統治下に戻し、ク リミア自治共和国となりました。

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ロシアが、この事態を傍観していたのかと言うと、そんな訳はなく、特に、ソビエト連邦が崩壊すると、黒海艦隊の本拠地であるセヴァストーポリ市を含めたロシアの重要軍事施設がウクライナ領内に存在することになってしまい、大変関心を寄せていました。

しかし、当時ロシアはチェチェンの独立を阻止のための軍事弾圧の追われており、こちらまで手が回らなかった感があります。

ただし、クリミア半島の海軍基地はロシアが20年間使用できることになりました。

ただ、クリミアはロシアからの支援が期待外れに終わった感が強かったに違いありません。


2.2014年2月に樹立したウクライナ新政権はクーデターによるもの

2013年11月に親ロシアのヤヌコーヴィチ前政権がEU加盟の条件となる協定の署名を見送ったことにより、ウクライナの首都キエフで大規模な反政府デモが行われました。

膠着状態は次第に騒乱状態に移行し、死者の出る事態となりました。

そして、ついにヤヌコーヴィチ大統領が持ちこたえられず、国外に逃亡し、議会によって大統領を解任されたのが2014年2月22日。

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ただ、ソチ・オリンピックの真っ最中だったため、ロシアは手を出したくても、出せない状態だった、と考えられます。

プーチン大統領にしてみれば、

・キエフの新政権は2月のクーデターで違法に権力を握っており、西側諸国が新政権の側についたのは偽善的

・ウクライナには正統な当局がなく、そのためロシア系住民中心のクリミアに住む人々が脅威にさらされている

ということになります。

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こうやって見てくると、

・クリミア自治共和国の住民投票はウクライナ憲法に違反しているうえ、ロシアによる軍事介入の脅威の下で実施された

・ロシアの行動はウクライナの主権と領土に対する侵害

とは、必ずしも言い切れない気もしてきます。

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Americans say Putin stronger leader than Obama

というサイトがありますが、シリア、クリミアでの米ロの対応を見ると、

アメリカのオバマ大統領よりも、ロシアのプーチン大統領の方が、数枚したたかで上手、という感もあります。




2014年03月18日

クリミア戦争から考えるウクライナ情勢



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ロシア、アメリカ、EU諸国を巻き込む形でウクライナ情勢が緊迫しています。

ウクライナはヨーロッパとロシアの間に位置し、ロシアからヨーロッパ向けの天然ガスパイプラインが通り、しかも、ロシアがウクライナへの制裁として、このパイプラインを閉止したこともあるので、危機感は深刻です。

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ウクライナ新政権は、ロシア影響下から脱し、EUへの加盟を模索しているとしても、黒海に面するクリミア半島にはロシア系住民が多く、ロシアへの編入を望んでおり、ロシアが軍事侵攻しても、住民はむしろ、それを歓迎していたかのように、生活ぶりは、何事もなかったかのように、今のところ平穏です。

また、ウクライナは、約100億ドルの外貨建て債券が年内に償還を迎える、など、多額の債務を抱えており、EUへの加盟は簡単な道筋ではなく、デフォルトした場合、主な債権国のロシア、ドイツ、フランスは影響を受けます。

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ロシアは、ロシアとウクライナの問題、としたいことろでしょうが、ウクライナはアメリカ、EU諸国の関与を望みます。

日本はと言うと、欧米陣営に加わりつつも、ロシアへの理解を示すことで、北方領土問題を優位に進めたい、という思惑でしょうか?


と書きました。

ソチで行われていたオリンピック、パラリンピックが終了したため、ロシアはある意味で、国際社会を気にせずに、行動できるようになりました。

その後の動きを時系列的に書くと、

クリミアで行われた住民投票の結果、ロシアへの編入が賛成多数で承認されたことを受けて、クリミア自治共和国の議会は3月17日、ウクライナから独立し、ロシアに編入を求める決議を採択

クリミア議会 ウクライナからの独立決議

オバマ米大統領は3月16日、ロシアのプーチン大統領と電話で会談し、住民投票はウクライナ憲法に違反しているうえ、ロシアによる軍事介入の脅威の下で実施されたと改めて批判。米国や国際社会がその結果を認めることはないと強調

ロシアの行動はウクライナの主権と領土に対する侵害だと非難し、「欧州諸国と協力してロシアにさらなる代償を科す用意がある」と述べた。

クリミア住民投票、ロシア編入承認へ 欧米は「違法」と反発

ウクライナのトゥルチノフ大統領代行は17日、最高会議(議会)で演説し、ロシア編入を決めた16日のクリミア半島の住民投票を「茶番」と批判し、承認はあり得ないと述べた。

住民投票「承認あり得ず」=ウクライナ大統領代行

プーチン大統領は18日、ウクライナ南部クリミア半島のロシア編入を議会に提案しました。

クリミア編入を提案=ロシア大統領

欧米諸国はロシア政府関係者らに対するEUへの渡航禁止や資産凍結などの制裁を決定

米欧、対ロシア追加制裁決定 ウクライナ問題

一方、日本は欧米の制裁に加わりつつも、経済制裁には踏み込まず、欧米との開きが際立ち、北方領土問題を抱えて関係強化を進めるロシア側に一定の配慮も示した形

外相が談話、対ロシア制裁発表 クリミア住民投票受け

クリミア独立承認:日本も対露制裁決定

という進展をみせています。

では、今後どういう展開をたどり、日本にどういう影響があるのでしょうか?

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クリミア戦争(1853〜6年)はロシアとイギリス・フランスなどの戦いになりましたが、いくら何でも、今回はロシアと欧米の戦い、になることはないでしょう。

ロシア系住民が多く、ロシアへの編入を望んでいるクリミア半島には、ロシアは「平和的に」軍事侵攻しましたが、クリミア半島以外のウクライナにロシアが軍事侵攻、となると、欧米諸国との対立は決定的になります。

また、ウクライナ向けの天然ガスパイプラインを閉止すると、その先のヨーロッパに対しても閉止することになり、EU諸国の反発は必至です。

また欧米のロシアへの経済制裁は、ロシアだけでなく、欧米諸国への影響も大きいのです。すなわち、自分で自分の首を絞める、ことになってしまいます。


クリミア戦争(1853〜6年)後に、日本の選択肢として、南下を伺うロシア自体とパートナーシップを結ぶ「日露協商」と、同じくロシアを警戒するイギリスとの「日英同盟」の2つがあり、日本は後者を選択しました。

結果として、日露戦争(1904〜5)でロシアと戦うことになりました。もちろん、こんな結果は招いてはいけません。

ロシアは欧米諸国と対立する中、同じくTPP(貿易協定と言うよりも、対中国軍事同盟)を巡り、欧米諸国と対立する中国とパートナーシップをとるでしょうか?

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クリミアがロシアに編入されるのか?ロシアに編入されることなく、ウクライナに残留するのか?

さらに、ウクライナはEUに加盟するのか?

その結果のロシアと欧米諸国の関係はどうなるのか?日本にどういう影響があるのか?

全く予断を許しません。


なお、予断を許さない中、予測されるのが、

国際経済・金融の宿輪ゼミ「クリミア紛争の影響は?」

に書いた


金融市場、クリミア紛争時は安全な通貨の円に資金が集まり、円高傾向だが、終結すると円安方向へ向かう、と推測される。


でしょうか?




2014年03月17日

日比谷図書館から

明治時代の日本人が希求した、新しい日本のための書物

という案内が来ました。

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案内文によると、


明治時代の日本では、西洋の文化や技術を吸収しつつ日本独自の近代化を目指す、「和魂洋才」的な取り組みが幅広い分野で行われました。

その試みと成果は、岩倉使節団など渡欧者の視察記録や、明治半ば以降に続々と出版された百科事典など多くの近代的な書物からうかがうことができます。


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長い鎖国から開国した明治時代には、西洋からいろいろな文明を取り入れようとしました。

また欧州使節団は、自分たちの見聞を記録し、人々に伝えようとします。

さて、それでは、のぞいてみることにします。

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米欧回覧実記、理学入門、富国策など、

単に西洋の書籍を翻訳するだけではなく、それを読んで考えたことを整理して伝えようとしたり、

自分たちの海外での活動の記録を残そうとしていたことがうかがえます。

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右大臣岩倉具視、伯爵大隈重信、などの実署名も見える貴重な原書です。

写真撮影も、手に取ってみるのも可、なのがうれしいです。

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インターネットはおろかコピー機すらない時代に、

手書きと簡単な印刷機を駆使して、とにかく知を伝え、広めようとした先人の努力には頭が下がります。

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全国の図書館、博物館には、このような貴重な文書、書籍が、たくさん保存されています。

そのほとんどが人々の目に触れることもなく、埋もれていきます。

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デジタル化は知的遺産を再生する 知の構造化


で締めくくります。


20世紀までの知的成果は、主に紙、書籍の形で生産され、蓄積されてきました。

これらの紙、書籍による知的集積は、どんどん埋もれていき、活用されない、という残念な宿命がありました

どんなに意義深い文章であっても、何百ページもある書籍の中に書かれたものは、再び読者の目に触れなければ、活用されずに埋もれていきます

ところが、インターネット時代の到来とともに、これまでの紙による知的集積がデジタル化されるようになりました。

するとコンピューターによる検索技術により、埋もれていた知的遺産が、再び活用されるようになりました

文献資料だけでなく、放送局、一部のマニア収集家が持っていたフィルムなどの映像資料もデジタル化され、専門家でなくても活用できるようになってきました


現在の知的遺産再生化は、Googleなどの検索エンジンによる「検索」による、知識の掘り起しが主体です

しかし、その後、掘り起こされた知識同士が有機的に結びつき、新たな知識を生み出す、ことも期待できます




2014年03月13日

「東日本大震災4年目に向けたジャーナリズムの課題と展望ーディジタル化の力」

というイベントがあり、参加することにします。

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ディジタル化、ネットワーク化により、取材、編集、情報発信、記録すべてのプロセスが大きく変化し、それが大震災時に出現しました。

テレビ、新聞などのマスメディアだけでなくグーグルなどプラットフォームが大きな役割を果たしました。

メディアの進化、変遷、今後の行方、については、このブログでも何度も取り上げてきましたので、少しまとめてみます。

地域社会から世界へ:20世紀のメディアとコミュニティー


1920年代にラジオが登場した時、そのメディアが新しいコミュニケーションを巻き起こした。

毎日、同じ時刻に流される全国ニュースは、それまで小さな地域社会に生きていた人々を瞬時に国家や世界の出来事に結びつけ、日本人という国民としての意識や世論を醸し出す媒体となった。

地域の祭りや労働と結びついて伝統的に継承されてきた民謡とは違い、全国各地の若者が同じ流行歌を口ずさみ、レコードを買う、という現象が同時多発的に生じ、親の世代を大いにまどわせた。



メディア:そのしたたかなビジネス戦略


正力読売新聞社長の「新聞ほど、戦争で儲かった商売はない」という言葉はあまり知られていません。

この時代には、ラジオはありました。

同時性の強い、ラジオにより、日本中に、

・日米戦争開始「臨時ニュースを申し上げます。帝国海軍はハワイ真珠湾沖において、米英艦隊と戦闘状態に入れり」

・戦況「硫黄島玉砕」

などが知らされました。

しかし、ラジオは音声によるものです。

録音装置が豊富な現代ですら、音声は、原則として、その場で消えていきます。

残るのは、文字です。

それゆえ、この時代は、ラジオと新聞が、うまく補完する形で共存していました。

戦争になると、人々はより詳しい情報を求めます。

それゆえ、戦争になると、購読者は急激に増えました。

政権側も、当初は検閲という形で、新聞の内容に圧力を加えますが、次第に、国威発揚のために手段に使おうと考えます。

新聞社側も、購読者である国民が受け入れやすい内容で、購読数が増えるのに、賛成でしょう。

それゆえ、「戦時下の新聞」とは、実は、軍部と新聞社のwin-winの関係であったのではないか?とも考えられます。

こう書くと、ジャーナリストの方々から、

「ジャーナリズムの中立性、公平性をどう考えているんだ」「戦時中に書きたくても書けなかった記事があるんだ」

と怒られそうです。

ただ、戦争とは特需を生むのですが、その中でも、「新聞ほど、戦争で儲かった商売はない」ことを考えると、軍部と新聞社のwin-winの関係もあながち、否定できるものではないでしょう


さて、軍部と新聞社の関係は、これくらいにしましょう

上に書いたように、ラジオの音声と、新聞の文字、はお互いに補完する形で共生していました。

テレビ放送が始まると、ラジオの衰退は起こりましたが、衰退が予想された新聞は、予想に反して伸びていきました。

テレビの映像と音声は、録画・録音して後で見る人は多いですが、情報は原則としてその場で消えます。

文字で残る新聞とは共存の関係でした。

しかし、インターネットは文字情報をふんだんに持っており、しかも、原則、無料です。

有料で、毎日、印刷し、宅配する新聞は、このインターネットと競合し、スピード、手軽さ、選択性において、はるかに劣ります。

このままの形では、新聞の衰退は避けられません。


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JMBAリーダーズフォーラム「ソーシャルジャーナリズムと伝統的新聞社の協働の可能性」に参加しました


新聞の有料購読者は減少し、報道関係者が職を失っています

新聞は紙からWebへ急激に移行しています

長い歴史を誇る新聞社の休刊や廃刊が相次いでいます。

生き残っている新聞社も多くは取材拠点を縮小し、記者や編集者をレイオフしています。

紙媒体をオンライン版に移行すればよい、というだけの問題ではないようです。

紙媒体の方が収益性がずっとよいのに加え、オンライン版に切り替えたものの、無料のYahooニュースとの違いが感じられず、結局辞めてしまう人が多いそうです。


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メディアで変わる 所有からシェア(共有)へ


メディア、特にインターネットのおかげでライフスタイルが変わった、と言われて久しいでしょうか

インターネット自体もYahooなどのポータルサイトへの一極集中から、

Facebook、mixi、twitterなどで個人が、ほとんどコストをかけずに情報発信する時代になりました

個人が情報発信する時代になって、情報の価値がコモディティー(潤沢生産品)化しました。

専門知識を持っている人がその知識をタダで提供してくれるようになりました

さらに、個人が持っている日記、スケジュールなどの情報が机の引き出しの奥にしまわれているのではなく、

プロバイダーのクラウドにアップロードされるようになりました。

すなわち、個人が持っている日記、スケジュールなどの情報がいろいろな人に共有されるようになりました


メディアの進化、変遷「社会を変えるメディアを創造する」


メディアは紙媒体からウェブ、マスからカスタマイズ、一方向から双方向、という流れに加えて、

Facebook、twitterなどでの個人の情報発信に呼応する形で、いわゆるマスメディアも世界的、全国的なニュースだけでなく、

ハフィントンポスト、Yahoo個人のように、各分野の専門家や有識者と個人が、意見をやり取りできるソーシャルニュースが登場してきました。


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前置きが長くなりましたが、メディアのこれまでの進化、変遷をまとめると、こんな感じでしょうか。

では、講演で出た話をまとめます。

・短期的な災害情報、中期的な日常情報、長期的なアーカイブ 

・グーグル、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスして使えるようにする。いつ(時刻)どこで(地理)何が、など、情報を付加して、アクセスする人にとって意味を持つ情報にする。

・震災直前と直後の航空写真を比較することにより、被害状況がすぐに把握できる。

・避難所の情報、避難所のネットのアクセスが難しいことろにあった。写真をアップするだけで役立つ情報が提供された。

・計画停電、避難所、交通渋滞などの情報、リストよりもマップにすると使いやすい。

・震災直後の大きな喪失感。震災前の写真を整備する。時刻、イベントの情報も付与して。すると、楽しかった思い出がよみがえる。

・思い出を取り戻す、デジタル・アーカイブ・プロジェクト、グーグル、ヤフー、国立国会図書館が連携。

・震災遺構、保存については賛否両論。デジタル・アーカイブ化による保存は可能。例えば、ビルの3Fまではめちゃくちゃで4Fはきれい、など津波の影響がよくわかる。

・キーワードから見える風景。ひとりひとりが検索するキーワードは異なるし、制作側はわからない。時刻、地理、イベントなど、なるべく多くの情報を付加する。

・時間の経過が語るストーリー、被災直後は生々しい被害の爪痕が見えるが、今はすっかり撤去され、草が生えて、災害があった跡すら残っていない。記録アーカイブの重要性。

・オンラインだけでなく、目で見て、触れるものに。見せ方を変えることによって、感じ方も変わる。

・アーカイブを時間が経過したのちに、あらためて見返すと、直後には気づかなかったことが見えてくる。

・データと向き合い、変化のなぜ?(=ニュース)を見つける。 

・データでは見落としてしまう、マイナーデータに込められた意味を読み取る。 

・データ・ドリブン。ジャーナリズム、データ→フィルター→ビジュアライズ→ストーリー

・ビッグデータ、意図せずに集まったデータを分析するだけでなく、意図して、センサリングして、データを収集する。

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・紙媒体新聞の購読減少傾向が加速、新聞の統廃合は必至。

・ジャーナリズム、デジタル化、ネットワーク化により、個人が受信側から発信側に、ただし、事実確認が希薄化。

・グーグル、情報のプラットフォームの役割で、通常コンテンツ制作はしない。 

・取材、取材者の興味、関心に基づき、どうしても偏る。離れた位置から俯瞰することが必要。

・デジタル化、ネットワーク化により、ニュースの検索、トレース、2次使利用が容易になった。ただし、テレビ放映の2次利用はまだ難しい。

・デジタルvs紙、デジタルor紙、デジタルはバーチャル、紙はリアル、という先入観念。媒体に適した情報提供が望まれる。 

・デジタル化によって、新聞は紙、写真以外に、動画、アニメーションという手法を獲得した。

・皮肉なことだが、震災により、新しい人と人のネットワークが構築された。 

・取材の基本は変わらないが、デジタル化、ネットワーク化による情報の読まれ方、使われ方が多様化しており、それに応じた編集、配信が必要。 

・デジタル・ネイティブ、小さい頃からPCを使うことには慣れているが、テクノロジー、音声、画像を駆使したコンテンツ作りには大きな個人差がある。 

・グーグルによる検索、世界どこでも共通。最小の努力で最大、最速の情報アクセス。 

・情報プラットフォームの整備は進んでいるが、取材が希薄になり、プラットフォームを流れる情報が希薄化するおそれ。



2014年03月11日

2011.3.11東日本大震災から早3年、いまだに解決しない原発問題、なかなか進まない被災地の復興、など、問題山積です。

被災地から離れた首都圏でさえ、鉄道が止まり、帰宅難民、原発だけでなく火力発電所の停止に伴う計画停電、など、いろいろの問題がありました。

震災の検証、教訓の記録などが行われていますが、とにかく自分の3.11の記録を振り返り、そこから教訓を引き出すことにします。


「TAK」さん自身も帰宅難民になりました。

携帯電話も固定電話も通じません。インターネットもJR、東京メトロの運行情報サイトはつながりにくくなりました。

帰宅をあきらめた人たちが水、食料の確保をはじめ、流通もストップしたため、コンビニエンス・ストア、牛丼店が閉店しだします。


また、「TAK」さんは以前、耐震工学を専攻していたので、耐震についても気づいたことを書いています。

震災直後に書いたものですが、びっくりするほど、修正不要です。

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帰宅難民になった時のメモ

被害の中心は東北地方ですが、相当離れている東京でも、何度か強い揺れを感じ、しばらくの間、交通、通信などの都市機能がマヒしました

東京のような巨大都市が都市機能を失ったのに、治安が乱れることもなく、人々が整然と行動したことは、すばらしいことだと思います

「TAK」さん自身も帰宅難民になってしまったのですが、この経験は今のうちに、書いておこうと思います

「TAK」さんは以前は耐震工学の研究者だったし、阪神大震災の時は、救援隊として現地に行っております

これまでの世界中の大地震の波形を、研究対象として扱ってきましたが、通常これらの大地震でも主要動は30秒〜1分程度です。

ところが、今回は30秒〜1分程度の大きな揺れの後に、正確に測ってはいませんが、2〜3分のもっと大きな揺れがありました

「TAK」さんは、ちょっと古いビルの4階にいました。2〜3分のもっと大きな揺れの時には、建物の倒壊を危惧して、階段を駆け下りました

東京のど真ん中で、ビルからの落下物を避けて、自動車がストップした車道の中央に人々が集まりました。

東京のこんな光景は、これまでに見たことがありません


●携帯電話も固定電話も通じない

これは、今回の話で、もちろん、これから技術の進歩で解決していくかと思います

自分の身の安全を確保して、しばらくしてから、家族の安否を確認します

しかし、東京はDocomoの携帯電話、NTTの固定電話は通じずに、数少ない公衆電話に長蛇の列となっていました

東京から故郷へ自分の無事を知らせる場合は、通じていたようです

オフィスに戻って、PCより、PCと携帯電話にメールを出して、PCからの返信により、無事を確認しました

いいでしょうか?釜石、陸前高田、宮古など、被災地の中心で、携帯電話、固定電話が通じなかったのではありません。

相当離れている東京で通じませんでした

災害時の連絡手段として、携帯電話は使えない、と考えていいでしょう


●食料、水の確保は早めに

ターミナル駅では「全線で止まっています。復旧の目途は立っておりません」とアナウンスしていました

でも、この時点では夜には、鉄道が復旧するのではないか?と思っていました

夕方になって、「もしかしたら、帰れないのでは」と考えて、すぐにコンビニエンス・ストアに食料と飲み物の確保に行きました

その頃は、どこのコンビニエンス・ストア、牛丼店などは、長蛇の列

売り切れ、つり銭がなくなる、で閉店する店が続出しました

食料、水の確保は早めにしましょう

ただ、このような状況でも、買物客は整然とレジに並び、店員もてきぱきと客の対応をしていたのは、たいしたものです


●無理に帰宅しないこと

JRは終日運行を取り止め、地下鉄は夜に運転を再開しましたが、JRとの接続駅へは接続されませんでした

おそらく、深夜にはJRも地下鉄も運転再開できたのでしょうが、帰宅客が殺到して、駅、電車が大混乱となることを避けたのでしょう

結果として、賢明な判断だった、と思います

ターミナル駅には、帰れないことを知っていながら、人が集まり、新聞紙を敷いて、座り込み、運転の再開を待っていました

この方々がどういう事情なのか?わかりませんが、オフィス、学校など、安全が確保された場所で宿泊できる場合は、

無理に帰宅しない方がよい、考えます


●情報の入手、発信について

「TAK」さんはオフィスにいたので、テレビもインターネットも使うことができました

まず、全体の状況を把握するには、やはりテレビが有効です。

ただ、テレビは必ずしも自分がほしい情報は提供してくれません

この時、一番入手したかったのが、鉄道の運転再開情報でした

ところが、JR、東京メトロ、都営地下鉄のサイトはつながりにくく、また、運転の再開見通しについて、十分な情報は掲載されていませんでした

一番早く、地下鉄の情報を得ることができたのは、twitterでした

実際にその場でどうなっているのか?情報を得るには、twitterが有効です

ただし、このような時に、twitterにデマを掲載する不心得者がいたことは許しがたいことです

いろいろなメーリングリスト、facebook、など、信頼できる知り合いだけが利用しているにより、自分が無事で、どこにいるか?の連絡がありました

災害時の連絡方法としては、いろいろなメディアの使い方が望まれます


●とにかく一人でいないこと。家族でも友達でも、心の通う人と一緒にいること

非常時には、とても心細くなることがあります

家族でも友達でも、心の通う人と一緒にいましょう

トラブルがあったときに、一人では対応が難しいし、何よりも心の支えになります



次のことを考えよう!頭と身体のリフレッシュを!

(心がけ編)

●非常時には、一人ではいない方がよい。家族でも友達でも、とにかく心が通う人と一緒にいる。何かアクシデントがあった時に、一人では対応が難しいし、何よりも心の支えになる

●危機意識では人は動かない。しかし、実際に危機に直面すると、動き出す。

●駅、電車内での人々の対応が、地震発災当日は譲り合い、整然としていたが、2、3日たつと、一触即発喧嘩寸前の場面に何度も出くわす。みんな疲れて、空気が殺伐としてくる。

●「被災地のことを考えれば」と歯をくいしばるよりも、「自分たちも被災者」と開き直るくらいの気持ちで、いたほうが良い。長丁場では、そうでないと気持ちも身体ももたない


(生活編)

●電車の運行事情による、通勤困難な状態は、在宅勤務のあり方を検討するいい機会かもしれない

●コンビニからパンがなくなっても、パン屋には美味しいパンがある。何でもかんでもコンビニに頼る生活をしているのでは?


(エネルギー対策計画編)

●オール電化のように、エネルギーの種類を絞ると、それがなくなった場合の対応が困難。電力、ガス、石油、再生可能エネルギーなど、多様なエネルギーを適材適所に利用する

●リチウムイオン電池など蓄電池の開発が進んでいるが、大規模大容量の蓄電池の開発、低コスト化が急がれる

●石油は大昔に、ガスも数年前までに、種類が統一され、どこの地域でも互換性がある。電力のみ、明治時代に最初に導入した設備に引きずられたまま、東日本は50Hz、西日本は60Hzと分かれているが、これを機に統一すべき


耐「津波」建築はやりようがない!一刻も早く逃げること!

東日本大震災では、震度7を記録するものでしたが、地震での建物の損傷はそれほど大きくないにもかかわらず、その後の津波で大きな被害がありました(もっとも、地震で損傷した建物が直後に津波で流されてしまったかもしれませんが)

日本では、初めての都市被害があった宮城県沖地震(1978年)を契機に新耐震基準(1981年)が作成され、阪神大震災でもこれに基づいた建築物は被害が少なく、今回の東北・関東大震災もその有効性は確認された、と考えます

ところが、防波堤など海岸に設置される土木構造物を除いて、耐「津波」設計は行われません

津波が襲ってくると、どのような力が建築物に加わるのでしょうか?

厳密な議論では置いておいて、簡単に述べると、流体力学のベルヌーイの定理(Wikipediaによる)によると、


1/2 ρv^2 + ρgh + P

ρ:流体の密度、v:流体の速度、h:流体の高さ、g:重力加速度、P:圧力

の力が加わります

簡単に言えば、津波の高さに比例、速度の2乗に比例した力が働きます。

密度は、当初は海水の密度ですが、砂を巻き込み、重くなり、密度、すなわち、働く力がさらに大きくなります

加えて、テレビの映像にもあるように、自動車、木造住宅など、中空で比重が軽い構造物が浮遊して、流されてきます

杭基礎がしっかりしている鉄筋コンクリート構造物は、何とか残っても、木造建物は、ほとんどが流されています


工学的にこれらに耐え得る建築物を作ることは無理ではありませんが、上述のように、防波堤など海岸に設置される土木構造物を除く、建築物には現実的ではありません

今回大きな被害があった三陸地区は、明治三陸地震(1896年(明治29年)震度2〜3)、チリ地震(1933年(昭和8年)日本では地震は感じられず)により、大きな被害があり、その経験に基づき、防潮堤の設置は進んでおり、高台などへの避難も極めて迅速であったことが、テレビの映像からもうかがえます

140311防潮堤

ただし、三陸地震、チリ地震の教訓に基づき岩手県田老町(現・宮古市)に作られ、これまで多くの津波被害を防いできた、当時世界でもまれに見ると言われた、高さ10mの防潮堤が今回は役に立たず、津波が街を破壊してしまったことから、今回の津波の威力をまざまざと実感します

工学で災害対策において、相当部分は対応できますが、その対策想定をはるかに超える災害には、役に立たないことが、わかります

このように被害は決して小さくありませんが、対策、啓発先進地であったため、被害が最小限で済んだのでは、と推測されます。

スマトラ地震(2004年12月26日)では、津波に対する警戒心が極めて薄かったために、数十万人の被害が出ました

繰り返しになりますが、防波堤など海岸に設置される土木構造物を除いて、耐「津波」建築はやりようがありません。

とにかく、このような場合は、一刻も早く、遠くの高台に避難しましょう

こう書いている間に、原子力発電所の問題がクローズアップしています。



耐震対策と耐「津波」対策について 隣接する分野のあり方

原子力発電所の耐震設計は非常にしっかりしたもので、

・設計用最強地震(将来起こり得る最強地震):発電所周辺で過去に発生した地震および周囲の活断層より想定される地震

・設計用限界地震(おおよそ現実的ではない限界地震):地震地体構造から想定される限界地震

を設備の重要度に応じて、原子炉格納機、圧力容器などは、設計用限界地震に対して設計されています

今回の東北・関東大震災でも建屋は無傷です

140311原発

ところが、津波対策は、と言うと、湾口防波堤と呼ばれる津波が押し寄せても、中まで届かない設備が見られます。それゆえ、一応の津波対策はされていました。但し、写真にあるように、発電所全体に達する津波を防ぐというよりも、中心設備を限定的に守るため、と考えれれ、今回の地震のような十数mの津波に耐えられるものではなさそうです

そのため、津波が来た際に、建屋は被害がなかったが、非常用装置が被害を受け、機能しなかった、と推測されます


想定外のことから学ぶのが工学の進歩

今回の東北・関東大震災では、特に津波の大きさについて、想定外だった、と言われています

つい、この間まで、ホリエモンの「想定の範囲内」がはやり言葉だったものが、最近は「想定外の」がはやり言葉になっています

ただ、新しい機械、装置を作る時に、起こり得る、すべての事象を想定することは大変難しいことです

想定外のことから学ぶのが工学の進歩、とも言えます

よく引き合いに出されるのが、

・完成直後のタコマ橋の崩壊・・・カルマン渦、共振現象

・溶接鋼の輸送船の冬期の破壊・・・鋼の低温脆性

・コメット機の墜落・・・疲労破壊

でしょうか?

これらは尊い犠牲を出してしまった事故から学んだことを、他分野にも活かしています



津波については、過去の教訓を活かせてなかったのかもしれません。

三陸地方は明治三陸地震(1896年(明治29年)震度2〜3)、チリ地震(1933年(昭和8年)日本では地震は感じられず)により、大きな被害がありました。

写真のように、「ここまで津波が来たから、ここより下に家を造ってはいけない」という碑もあります。

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先祖の教訓を活かして高台に移住した人たちは、今回の津波でも被害は少なく、漁業等を生活の糧としているからと、碑よりも下に住み続け、防潮堤で対応しようとした人は、想定外の津波の被害に遭っています

日本一と謳われていた旧・田老町(現・宮古市)の防潮堤が軽々と越えられてしまいました

津波で被害を受けた町を再建したとすると、やがて、またいつか、津波の被害を受ける、ことになるおそれがあります。

高さ50mある防潮堤を延々と造れば、今回の津波にも耐えられるかもしれませんが、現実的ではありません

工学は、安全性だけでなく経済性も考えなければなりません

ある程度の防潮堤を造って、町を再建し、また、いつか大きな津波が来た時に、町が壊滅し、「想定外だった」という過ちは繰り返したくないものです




●津波てんでんこ

津波の時は、どんなに家族のことが心配でも、とにかく自分のことだけ、てんで守ること。そうでないと、みんな津波に襲われてしまう。

これは、昔から津波に襲われてきた三陸地方に、代々受け継がれてきた言葉ですが、残念ながら完全には活かされなかったようです。

●マニュアルを整備することは大切。ただし、作ったマニュアルに縛られない、柔軟性も大切。

非常時にどうすればよいか?普段から想定し、整備しておくことは大切です。ただ、災害は想定通りには起こりません。作ったマニュアルに縛られない、臨機応変も大切です。






2014年03月10日

例年3月10日は東大の前期日程合格者発表の日です。

本郷キャンパスには受験生、両親、先生方、マスコミ関係が押し掛け、もの凄い混雑になります。

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前日までには総合図書館脇に掲示板の設置を済ませるので、あわただしいのですが、今年の前日の本郷キャンパスはとても静か。

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東京大学の合格発表。本郷キャンパスで行われていた「合格番号の掲示」が取りやめになり、今年からネットでの発表のみに。

えっ、なぜ?

と言うと、表向きには、


本郷キャンパスの総合図書館の増改築工事のため、掲示場所を確保できないため


となっていますが、これは「できない理由」のこじつけ、に見えます。

安田講堂(ここも耐震工事中ですが)前の広場、工学部一号館前の広場、など、やろうと思えば、掲示場所を確保、はできないことはありません。

確かに、合格結果の通知、という意味だけであれば、ネットでの発表のみ、で事足ります。

しかし、「TAK」さん自身、数年(数十年?)前の記憶を振り返ると、東大の合格発表、とは、単なる「合格結果の通知」という意味を、はるかに超える意味があります。

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上記サイトに書かれているように、


本郷キャンパスの赤門をくぐり、胸の高鳴りを感じながら、合格発表の掲示板を目指した。

自分の名前をそこに見つけたときは、頭が真っ白になった(当時はまだ名前も掲示していた)。

気がつけば周りには、同じように喜ぶ受験生や、万歳三唱やら胴上げやらで祝福してくれる先輩たち(多くがアメフト部などの体育会)、そしてそれをカメラに収める報道関係者。

涙をこらえながら、公衆電話で両親や高校の恩師に報告したのを憶えている。


10代の最大イベントは大学入試かもしれない、回避するとどうなるか?




学生時代に経験できる人生の大きな勝負といえば、スポーツの世界を除けばやはり受験でしょう。

大学入試とは、良くも悪くも、人生前期の最大イベントで、相当の努力をします。


と書きましたが、東大合格は人生前期の大きなピークです。

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と言うよりも、振り返ると、これが最大のピークだった、という人も少なくないのですが。

合格が掲示されずに、ネットのみ、というのは、オリンピックで金メダルを取ったのに、表彰式がないようなものです。


東大の合格発表は、テレビでもよく取り上げられます。

この風景を見て、「頑張るぞ!」と決意する受験生も多いのでは、と思います。

また、卒業生にとっても、数年(数十年?)たっても、感慨深い、人生の大きな一コマ、です。

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単に、合格を通知するだけではなく、人生前期の最大イベントをねぎらうセレモニー、取り巻く独特の雰囲気が大切なのです。


難しいかもしれませんが、来年以降は復活されることを望みます。




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