2015年02月

2015年02月23日

東京大学で「一葉・漱石・鴎外」を読む

という案内が来ました。

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昨年11月から刊行が始まった「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」。その第13巻『樋口一葉 たけくらべ/夏目漱石/森?外』が2月に刊行されます。

収録作品は、明治を象徴する青春小説「たけくらべ」「三四郎」「青年」の三作。それぞれの作家・作品にゆかりの深い本郷の東京大学で、各作品の魅力と明治の文学について、全編集者の池澤夏樹氏、「たけくらべ」の新訳に取り組んだ川上未映子氏、近代文学が専門の紅野謙介氏と、東京大学現代文芸論研究室の沼野充義氏が語り合います。


明治時代に書かれた文章は、現代人にはわかりにくい表現が多くあり、日本語でありながら、「翻訳」が必要になるようです。

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さて、明治時代は西洋文明が急速に日本に入って来た時代で、文学の分野も例外ではありませんでした。

哲学がデカルト、カント、ショーペンハウエルなどの思想を導入し、教壇で講義されるだけ、なのに対し、自然科学は導入後、独自の進化を遂げ、随所で活用されていきました。

そのせいか、文学でも、思想を展開するよりも、事実あるいは自分の心の動きを、観察し、客観的に記述する文体が主流となったのかもしれません。

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ゲストスピーカーの川上未映子さんは、2008年『乳と卵』芥川賞、09年『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、13年『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞を受賞しています

TBS 情熱大陸 永井均 川上未映子芥川賞作家

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・告白します 僕は生きるのが好きで 吐く息は熱くふるえている 夜の果ての旅

・世界をあなたにあげましょう もうそこで何をしててもいいわ、あなたの世界よ 麒麟児の世界

・あなたと結ぼれ、絡まって、ほどけない 結ぼれ


のように作詞、作曲でも衆目を集めています。

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講演ではこんな話が出ました。


文体は、リズム、流れ。作家、あるいは小説、随筆などの作品の中で、必ずしも一貫、安定しているものではなく、「ゆらぎ」がある。書いているうちに変化する。

現代人は、小説を映像に映しながら読む。

三四郎、地方の青年の、西洋文化があふれる都会へのあこがれ。新しい時代を三四郎の視点で描ている。

明治時代は、新しい文化の担い手が若かった。

太宰治、現代人に凄い人気。自分のことを書いてくれている。自分にも書けるかもしれない。自分のことを他人に言う快感

私小説は比較的簡単。こんなダメな自分を客観的に見つめている、視点で書く。承認欲求。ただ、「なれ合い」「湿り気」が気になる。

はやっている短歌は私小説。

一方で、ルールにしたがって構築していく文章も見直されている


この講演で特段新しい発見があった訳ではありません。これまで文学、文章について考えていることを再掲します。

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文章は言語を使って表現するアートである


研究活動とは美しいアートである




アートとは音楽、絵画、写真、彫刻などの媒体を使って、自分が表現したいことを表現するもの、でしょうか?

作品を作る時は自分の概念を具現化させて自分の世界を構築させようという出発点から始まる

無から有を生む、というものよりも、既に自分が抱いている、持っているコアをベースに未知のものを創造していく

作品が重視されがちだけれども、アーティストにとっては、作品以上に創造するプロセスが重要であったりする

研究も既存の研究成果(自分、他者を含めて)をベースに、ある特定の分野を掘り下げて、探究し、真理を発見したり、仮説を構築し、何らかの手法で検討したりして、未知のものを創造して、自分の世界を構築していく


であるならば、文章とは言語という媒体を使って、自分が表現したいことを表現するアート、ということができます。

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文章を書く場合、絵画、写真のように、風景、人物、モノ、事象を、言語という媒体を使って、表現する場合があります。

この場合、風景、人物、モノ、事象を忠実に観察し、その結果を言語を使って表現することになります。

これはサイエンスの観察、観測に似ています。

写真の場合、同じ被写体であっても、写真家によって、全く異なる印象を受けるように、同じ風景、人物、モノ、事象の記述であっても、

筆者により、全く異なる記述になる場合が少なくありません。

風景、人物、モノ、事象を記述するだけでなく、自分の考え、アイデアも言語という媒体を使って表現します。

上記のように、無から有を生む、というものよりも、既に自分が抱いている、持っているコアをベースに、

いくつかのものを組み合わせて、新しいアイデアにする。これは工学に似ています。

あるいは、既にあるものを改良する。これは農学に似ています。

文章は言語が主体ですが、言語だけでなく、写真、イラスト、動画、音楽なども使うことができます。

文章には、読者がいて、読者に理解してもらうことが前提の文章(広告、企画書、ポスターなど)、

自分のために記録する文章(ノート、日記など)があります。

文化、思想を表現する媒体が、言語ですから、外国語のように、異なる言語体系で表現される文化、思想も当然異なるものになります。

異なる言語体系で表現される文化、思想を翻訳することは、単なる言語の置き換えではなく、文化、思想の背景を踏まえることが必要になります。

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デザイナー、クリエーターが発想について語り、言語学者が言語化すると?




・言葉のマングローブ効果、想いを言葉にするだけでなく、言葉によって想いが創られる

書いているうちに想いが創られる。詩では韻を踏む、というルールに従いながら、想いが紡がれるように、文法など、言葉を操るルールが想いを作る上で、重要な役割を果たす

クリエイティビティーというと、自由な発想から、と考えます。ただ、全くの自由よりも、ある制限があることからクリエイティビティーが生まれることがよくあります

研究活動とは美しいアートである




何でも自分の感じたことを表現できる、特に現代アートはいい反面、時にとてもつらくて、何にも表現できなくなることがあります

絵画のようにキャンバスと絵具と筆で二次元で、とか、あるいは、陶芸のように、土を手でこねあげて、それを焼く、のように予めルールが決められて、それにしたがって表現する方が楽なことも多いです


と書いたこととも符合します

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・頭で考える、口で話す、紙に書く、この順番で時間がかかるが、話し言葉、書き言葉に表現する作業も加わり、表現時に自身による再確認が可能になり、論理性が増し、記録が可能になり、さらに再現性も増す

頭の中で思いついてことって、そのまま記憶しているわけではありません。早いうちに記録しておかないと、思い出せなくなることがよくあります。

また、頭の中で考えを思いめぐらすと、どんどんあらぬ方向へ、特にネガティブなスパイラルに陥ることがよくあります

こういう時は、とにかく口で言葉に出す、といいかもしれません。自分が発した言葉を自分の耳で確認する。間違っていれば、確認できます。

さらには、自分で望ましいように言葉を組み直し、自ら発して、感じ直すこともできます

・「頭で考えた」ことをリアルタイムで「紙に書く」作業をすると、全く違う人格になる 

・人は常に記憶の書き換え作業を行う。書き換えられた記憶は、しばしば「事実」とは違うが、本人にとっては、それが「真実」。書き換えられた記憶をもとにさらに創作が行われる


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・小説を書く動機をよく聞かれるが、「書きたいテーマ、伝えたいことはない」からスタート。何かを伝えたくて小説を書くことはない。

・文学は文字により、読者に想像を引き起こす。絵画、写真、映像がない分、それぞれの読者に独自の強いイメージを描かせることがある

・小説を書くというよりは、モノを創っている。手段、媒体が文字。あなたに向けて手紙を書いている

・絵画、彫刻はすべて同時に鑑賞されるが、小説、音楽はある時間の経過と共に、伝わり、初めと終わりが同時に鑑賞されることはない

・読者は小説を自由に読む立場、傲慢な存在で構わない。どんな名作であっても、自分にフィットしない日は3行で飽きることがある

・読者と全く違う場所、空間、時間にいる作者が書いたものが、読者に深い感銘、懐かしさを引き起こす、時空を超えた共鳴現象が起き得る不思議がある

・瞬間瞬間に移り変わる水面に映し出されるものが「真実」。ちょっと前とちょっと後で全く異なることがあるが、それぞれが真実。

・生を受けるとは、本来、両親の生殖行為の結果であり、本人の意思とは全く関係がない、受動的なもの。しかし、受動的に生を受けながらも、主体的に生きていくことになる

・「なぜ小説を書くのか?」という問いかけは、答えがない問いかけ。「なぜ生きるのか?」と同じもの


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繊細だが、しなやかに移りゆくアートを言葉で表現すると


変わりゆくもの、現象を、その瞬間だけ止めて、言葉に記述することによって、消え去ることなく、記録に残すことができます

言葉とは、映像、図は使わず、表現手段が文字のみに限定され、その中で自分の思い、考えを表現する。表現するした言葉を再生する手段は、視覚による「読む」という行為によるもの、さらに音声にする「話す」という行為によるもの、があります。

そして、文学は文字により、読者に想像を引き起こします。絵画、写真、映像がない分、それぞれの読者に独自の強いイメージを描かせることがあります

文字、言葉、言語をうまく使うことによって、アートが表現できる可能性がぐっと広がるのでは




2015年02月19日

東大、早稲田、慶応などの大学院で、経済、金融、企業戦略などを教えている宿輪純一先生の勉強会

宿輪ゼミ「国際経済・金融情勢」

に参加しました。

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さて、前回の参加は

国際テロ危機が高まる中、EUはギリシャ危機でユーロ安、ロシアはウクライナ危機の再燃、中国の景気減速で、アメリカが独り勝ち、金利引き上げの予想で国際経済はどうなる?

で2月上旬の参加でした。

この時は、ISISによる国際テロ危機、EUはギリシャ危機でユーロ安、ロシアはウクライナ危機の再燃、中国の景気減速、暴落していた原油に下げ止まり感、日本の国債は金利安で買われずに金利高へ

でした。

上記で、国際テロについて書いたので、ここでは、ギリシャの経済危機、ウクライナの軍事危機について、感想を書いてみます。

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2009年9月にギリシャに旅行し、アテネ、ミコノス島、サントリーニ島に行きました。

アテネの古代の遺跡、美しい島には、北米、中南米、アジア諸国など、文字通り世界中から観光客が来ていました。

特にヨーロッパ諸国からは、格安航空会社を利用して、多くの観光客が来ていました。

ただ、気になることがいくつか、ありました。

アテネからミコノス島、サントリーニ島からアテネなどの国内線飛行機は1時間程度の遅延は当たり前、何のアナウンスもない、利用客もそれが当然という感じ。

タクシーが少なく、しかも、知らない人との相乗り、になる。

ミコノス島、サントリーニ島は英語が通じて、ホテル、ショップの人々の対応がよかったが、アテネでは英語もあまり通ぜず、

ファーストフード店などでは、アジア人の対応をしようとせず、レジの途中でもいなくなってしまう、などの対応。

その半年後に、政治、経済の混乱から、アテネで大規模な手もが連日起きるようになりました。

本当にいいタイミングで行きました。

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ロシアとウクライナは2006年1月にエネルギー価格の交渉が不調で、パイプラインを停止し、そのあおりで、そのパイプラインの供給先である、ヨーロッパ諸国に混乱が起きています。

ライフラインネットワークの脆弱性?(2006/12/30)

ロシアは1月にウクライナの紛争により、パイプライン供給を停止し、ヨーロッパへのガス供給が混乱しましたが、現在、ベラルーシ向けガス供給停止を検討しています。

太陽光発電導入の長期戦略を考える(2999/10/04)

ヨーロッパでは、ロシアがウクライナとの交渉不調からヨーロッパに至るパイプラインを止めたことが衝撃を与えています

自然エネルギーから産業革命、そして再生可能エネルギーへ(2009/10/27)

原油価格の乱高下、ロシアがウクライナ向け(その先はEU)のパイプラインを停止する、など、エネルギー・セキュリティーはますます緊迫しています

気候変動を取り巻くグローバル動向とビジネス機会(2009/12/17)

ドイツ、スペインなどのヨーロッパ諸国の太陽光発電の伸びは必ずしも、地球温暖化防止、CO2排出削減だけが目的ではありません。

それよりも、ロシアがウクライナ向けでヨーロッパに通ずるパイプラインを止める、などのナショナリズムの強い行動に出たことに対する、エネルギー・セキュリティーの強化が主目的だったりします。


石油、天然ガスなどのエネルギー資源を背景に、強硬な態度のロシアとウクライナ、ヨーロッパ諸国が対立を深め、ウクライナがロシアからEU陣営にシフトする、というのは、10年前から顕在化していたようです。

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貨幣の時代には金銀の採掘量により発行に制限がありました。

紙幣は発行されても、金本位制により、紙幣が金と交換される制度においては、紙幣発行量に制限がありました。

金本位制でなくなってから、紙幣を大量に発行できるようになり、株、債券などの金融の伸びが実体経済の伸びを上回るようになったことが原因とかんがえられます。


この辺の事情は、

宿輪ゼミ「国際経済金融」変動相場制開始から40年、通貨政策は?





経済、政策、国際社会の振り返りから見るアベノミクス


アメリカのニクソン大統領が1971年8月に金とドルの交換停止、いわゆるニクソンショックがありました。

これは、アメリカが1960年代後半のベトナム戦争などによる、財政支出を受けてインフレーションの加速や貿易黒字減少など、景気過熱気味で経常収支が悪化するアメリカは、歳出が増大する一方で歳入が減少し財政赤字が急拡大し、急増する失業者を前に国内雇用維持のためには財政支出が必要と考えられており、ジレンマに悩まされます。

ドルと金と交換するのであれば、ドル紙幣を大量に発行することはできません。そこで、金とドルの交換を停止しました。これによりドル紙幣は、政策的に発行できるようになりました。

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さらに、1971年12月に、いわゆるスミソニアン協定のより、1ドル360円から308円に切り上げられ、1973年2月14日に、第二次世界大戦後の通貨の枠組みであったブレトン・ウッズ体制が終結させ、固定相場制度を軸にした通貨体制から、金融政策の独立性が高い変動相場制度へ移行しました。


ブレトン・ウッズ体制とは、第二次世界大戦後の通貨の枠組みですが、第1次大戦(1914〜1918年)前は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ、日本も、紙幣を金と交換できる、金本位制を採用していました。

この辺の事情は、

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に書いたのですが、


1914〜1918年の第1次世界大戦前は、アメリカ、ヨーロッパは金本位制という、金と通貨が交換できる制度でした。

これにより、通貨の価値は金で保証されていました。

戦争には、兵器、物資、食料など、大量の需要が発生します。

主な戦場はヨーロッパでしたが、直接の戦場ではなかったアメリカ、日本には大量の製品の発注があり、工場はフル稼働で生産し、設備増強しても、生産が追いつかないほどでした。

アメリカ、日本の企業は大儲けし、「戦時成金」が発生しました。

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この発注に大量の通貨が必要なため、金本位制は一時中断していました。

それゆえ、通貨の価値は下がっていました。

さて、戦争が終わり、平和がやってきました。

アメリカ、ヨーロッパは金本位制を再開し、日本も行いました。

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ところが、戦争でふくらんだ通貨は、もはや金とはバランスしません。

順調な経済をもたらしていた、兵器、物資、食料などの発注もなくなりました。

そこで起きたのが、1929年のウォール街に端を発した世界大恐慌です。

結局、この世界大恐慌を乗り切ることができたのは、第2次世界大戦の勃発まで、待たねばならなかったでしょうか?



さて、このくらいの予習をして臨むことにします。

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EUの金融について

財政はどの国でも不足する。そのため紙幣を発行する。

最初の紙幣は、フランス、ルイ15世の時のジョン・ロー、それまでは金貨、銀貨、英仏がアメリカに進出していた時期で、

将来採掘される金を担保にミシシッピ会社を設立し、紙幣を発行するが、金は採掘されず、倒産し、80%のインフレを招き、これがフランス革命につながった。

国債は価格が下落すると、金利が上昇する。

ヨーロッパでドイツなどの国債がマイナス金利を付けるのは、暴落するおそれがある現金よりも安全なため。

ギリシャ、債券に対し、金利を経済成長率と連動(景気連動国債)、期限がない永久債(つまり返済しない)(ECB永久債)を要求、現政権は選挙公約の手前、強硬姿勢をせざるを得ない

ギリシャ国債は70%をECBが保有し、市場にあるのは30%程度なので、市場への影響は少ないが、心理的影響が大きい


ウクライナ

アメリカが介入する前に、ドイツ、フランスが調停、取りあえず休戦協定

ウクライナはEUに未加盟なので、EU枠組みでの支援ができない

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原油

100ドル以上から暴落が続いていたが、50ドル台で一応の下げ止まり


国際通貨

ドル、円など、金利が止まっている通貨にはマネーが来ない。金利の動きが激しい、北欧、ブラジルなどにマネーが行っている。


アメリカ

景気は回復しているが、加速して、金利引き上げが必要、というほどの状況ではない

ERBの前々議長のグリーンスパンは失業率5.6%で金利引き上げを行ったが、現在5.7%

イエレン議長は、失業率だけでなく、雇用の質(レイオフされたエグゼクティブが、パートタイムなどに就職したことによる、見かけの失業改善)を見ている


日本

GDP(昨年10〜12月)2.2%の伸び、株価は久しぶりの18000円台、個人消費は伸び悩んでいるが、企業業績は改善している

国債は低金利が嫌われ、値崩れ。追加緩和は難しいかも?

実体経済は金が要らないのに、金融経済で金が余剰状態

農協改革、コメの700%を超える関税は異常

移民、どんどん受け入れるのではなく、雇用が決まった労働者を受け入れる、介護分野などに不可欠


当面の金融市場

為替:対円でドル高、ユーロ安

円が買われるのはEUの金融量的緩和、ギリシャ危機

株式:米やや高、日レンジ

国債(金利):米やや安(株式買いのため)、日やや高(金利が安すぎて値崩れ、マイナス金利では買わない)

商品(金):やや高(国際的危機のため)




2015年02月18日

東大人工物コロキウム「人工物デザインのための人のモデル・「個」のモデル」

という案内が来ました。

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人工物は、人間に使用され、人間と相互作用をする中で価値を発現します。

人工物と人間もしくは人間同士の相互作用、および、人工物や他者との関わりの中で変化する「個」を、人工物のデザインにおいてどのように取り扱い、モデル化するか、人間中心の考え方、研究がようやく定着してきました。


このコロキウムでは、興味深い講演ばかりでしたが、「展示を通じて見た人の行動」が、

少し前に考えた

人の行動はどのように決められるのか?インセンティブ?モティベーション?

へ示唆をいただくものでした。

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まず、上記をおさらいすると、

経済とは、人の行動を予測し、一歩先を行くこと

古典経済学では、人々は合理的な行動をとる、という前提のもとに構成されていますが、

実際の人々の行動は、経済的に合理的なもの、とは言えません。

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人間の行動は合理的?




従来は、「物価が高くなれば、消費を抑える。安くなれば、購買が増える」のように「人間は合理的に行動する」という前提で、システム、モデルが設計、構築されていました。

ただ、Herbert Simonが指摘したように、人間は必ずしも、理性により合理的に判断するのではなく、感情により、非合理的な行動をとることもよくあります。


経済学は、理工学などと異なり、実験環境を整備することが難しいために、実験は難しい、とされていましたが、

お金を使わない新しい経済学〜暮らしに役立つ「マッチングの仕組み〜




経済を論じる時、市場があることが前提で、市場での需要と供給のバランスで考えるのですが、多くの経済行動を含む社会活動が、市場以外のところで行われます。

例えば、企業、学校など組織内あるいは、組織間の活動も、必ずしも市場を介さないものが少なくありません

この市場を介さない活動を考える特に有効になるのが「ゲームの理論」です

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・フォン・ノイマン(1944)社会の問題を分析する「ゲームの理論」:社会現象をプレーヤー、戦略、利得で表現される「ゲーム」に定式化

・ジョン・ナッシュ(1950)ナッシュ均衡:誰も自分だけ行動を変えようとするインセンティブがない(参加者がお互いに最適化を行っている)一般的な条件化で解が存在する


に書いたように、「ゲームの理論」が提案されてから、実験経済学、行動経済学と呼ばれる学問が生まれました。

「ゲームの理論」では、それぞれのプレーヤーが得点を最大化するように、プレーしますが、実社会の人々の行動は必ずしもそうではありません。

「不確実性」を積極的に利用する「確率論的生活法のすすめ」


確率とは、サイコロ賭博のように偶然に左右されるギャンブル、であったり、あるいは、海上貿易で輸送船が遭難して財産を失ってしまうことに備える保険金の算定に使ったり、

「自分がコントロールできない事象を捉えるためのツール」でした。

これを「自分がコントロールできる事象」に積極的に確率を適用することを考えてみようというものです。

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例えば、野球のピッチャーを考えます。

必ず投球パターンの癖があります。

高めのストレートの次には、低めのカーブが来る、など。

このパターンをデータ分析されていると、配球が予測されてしまうので、不利です。

さて、これは野球に限らず、広く一般の社会でも同じことが考えられます。

ところが、現在の社会では、誰がビッグデータを使って、あなたの行動分析をしているか?よくわかりません。

つまり、知らず知らずのうちに、行動パターンを読まれて、利用されている可能性があります。

簡単のために、ジャンケンで考えます。「グー」「チョキ」「パー」の3種類の手段がありますが、通常は勝負には有利・不利はなく「公平」と考えられています。

しかし、実際にはジャンケンに強い人、弱い人がいます。

ジャンケンに強い人は、相手の癖を見抜き、出す手を予測できる人でしょうか?

さて、あなたがジャンケンに強い人と、勝負をしなければならない、としたら、どうしますか?

実は、勝たないかもしれないが、絶対に負けない手があります。

サイコロをつかって、(もちろん相手に見えないようにし、)「1,2」が出れば「グー」、「3,4」が出れば「チョキ」、「5,6」が出れば「パー」を出すことにします。

すると、相手はあなたの行動パターンは予測できなくなり、不利に負けることはなくなります。

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次はちょっと応用問題です。

やはり、ジャンケンを使って、「グー」で勝つと「グリコ」と3歩、「チョキ」で勝つと「チョコレート」と6歩、「パー」で勝つと「パイナップル」と6歩得られるゲームがあります。

この時は、勝った時に得られるポイント、逆に言えば負けた時に相手が得るポイントが、「グー」「チョキ」「パー」によって異なりますので、1/3ずつ出す方法だと、


相手がグーの時

0 × 1/3 + (-3) × 1/3 + 6 × 1/3 = 1


相手がチョキの時

3 × 1/3 + 0 × 1/3 + (-6) × 1/3 = -1

相手がパーの時

(-6) × 1/3 + 6 × 1/3 + 0 × 1/3 = 0

つまり、あなたが「グー」「チョキ」「パー」を1/3ずつ出す方法だと、相手は、必ずチョキを出せば、よいことになります。

この場合は、「グー」「チョキ」「パー」を出す確率をp,q,rとすれば、

p + q + r = 1

相手がグーの時
-3q + 6r

相手がチョキの時
3p - 6r

相手がパーの時
-6p + 6r

p = 2/5 , q = 2/5 , r = 2/5

の確率で出せば、相手がどんな戦法で来ても、とにかく負けない戦法になります。


事例を示したために、話が細かくなってしまいましたが、何を言いたかったかと言うと、日頃、特に意識を置かなかった行動に確率の考え方を適用すると、もっと賢く生きられる可能性があります。

具体的な事例を思いついたら、また書きます。


今回の研究会で興味深かったのは、ゲームの理論を実際に被験者に試してみると、ゲームの理論から導かれる最大値、最適理論とは、異なる戦略を人々が選択していることがわかった、ということです

感情に流されて不合理な行動をするのではなく、理論的に考察して、合理的な、最適理論に基づく行動をとることで、例えば、経済的な損失は防げるのではないか?


と書きました。

さて、実際の社会は、予定通り、計画通りには進みません。

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即興演劇インプロ、「はみ出す」ことが目的ではなく、結果としてはみ出している


人生は即興の連続、台本のない人生を生きろ


人生は即興の連続。台本などない。即興とはその瞬間に想うことを表現すること。次のセリフは、なんて考えたらがっかりするだけ。思うように周りは動いてくれない。こんなはずじゃなかった、と思うのがオチ。この時、この瞬間を感じる。


創造性に関してのパラドックス、制限があるほど創造性が高まる


即興とは、参加者各自が言葉にできる考えをしっかり持っているからできること、音楽も即興演奏は実力がないとできない


変化が急激な時代、人生は即興演劇(インプロ)の連続。ただし、インプロは準備なしで、その場で行ってできるものではなく、型をたくさん習得し、瞬間的に、その場に応じた型を使う練習を十分に積み、状況に対応するだけではなく、瞬時に、これから起こる状況を無意識に(意識することなく)予測することにより、可能になる。


と書いたとおりで、何が起こるか、予測がつかない中、事前に、理論的に考察して、合理的な、最適理論を導き出して行動することなど、実際には不可能です。

「展示を通じて見た人の行動」とは、それほど、とっさの判断が求められるものではありませんが、興味深いものでした。

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・人間は理論的な最適経路よりも、自分がわかりやすい、近く見える経路、あるいは直感的に近いと考える経路を選ぶ。

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・パターンの固定化、直面する問題に対する解を考える、よりも、むしろ、過去にうまくいったパターン、自分が知っているパターンで解こうとする。そのプロセスで、正しいゴールを見失っている。

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・直感で判断、とは、これまで自分が蓄積した知識、経験に照らして、合理的に判断、というよりは、表面に見える情報をもとに、過去にうまくいったパターン、自分が知っているパターンで解こうとする。

・ゴールへの道筋がわかると、感情に動き(うれしい)があり、行動が早くなる。

・被験者の動きを、第三者的立場で観察すると、本来のゴールから、かけ離れたところで、悩み、決断していることがよくわかる


とっさの判断とは、理論的に考察して、合理的な、最適理論よりも、直感に基づくものになります。

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直感を大切に!


直感と言うと何か、いい加減な「勘に頼る」という印象があります。

でも、実は直感はこれまでのあなたの子供の頃からの人生経験

●うまくいったこと、失敗したこと

●好きだったこと、嫌いだったこと

●楽しかったこと、感動したこと、苦しかったこと、悲しかったこと

などをベースにしています。


しかも、あなただけでなく、あなたの周りの

●両親、兄弟、

●仲の良い友達、いやなやつ、先輩、後輩、先生、

●読んだ本、参加したセミナーで感心したこと

等など、周囲、環境からあなた自身が実際に学び、体験して、身につけてきたものの集大成のです。


直感とは、あなたのこれまでの人生経験すべてであり、とっても重みがあります。


直感をもっと大事にしませんか?


と書きました。

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ところが、これまで自分が蓄積した知識、経験に照らして、合理的に判断、という「直感」よりは、表面に見える情報をもとに、過去にうまくいったパターン、自分が知っているパターンで解こうとする「直感」、になってしまい、金槌でボルトを抜こう、とするように、正しいゴールを見失っていることがあります。


ディジタル化、ネットワーク化により生活、仕事はどう変わる?


その数学は現場を超え、現場を動かす


超巨大データの多変量解析、データマイニングにより、直感ではわからなかった意外な事実が浮上してくる事例を示しています


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電車を乗り継いで、どこかへ行く場合、予め、乗り換えのプランはありますが、スマートフォーンの路線検索を念のため調べると、思いもかけなかった、ずっとよい乗り換えプランが提供されて、びっくりすることがあります。

理想の、合理的な取るべき行動と実際の行動のギャップについて、もう一度考えてみるとよさそうです。





2015年02月16日

観光まちづくりシンポジウム「ヒトが地域資源に、コミュニティーを活かした持続的なまちづくり」

という案内が来ました。

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案内文によると、


東京都では、地域の特長を最大限に活かした魅力ある観光まちづくりの取組を支援しています。

このたび、観光まちづくりの一例として“コミュニティー”をテーマにしたシンポジウムを開催します。

今回は、コミュニティーや地域資源を活用し、地域に新しい価値を創造し続けるトップランナーを講師に迎え、地域を訪れる旅行者と、その地域で出会った住民との交流が続く仕掛けづくりなどについてお話いただき、地域おこしや地域をPRする方法について考えます。



つながれば、できることが、いろいろある、この指止まれの、コミュニティーづくり

を書きましたが、コミュニティーづくり、コミュニティー・デザインが最近のキーワードのようです。

上のブログでは、交通、買い物などの生活は便利な都会でも、みんな「やりたいこと」「困ったこと」をかかえている。

「つながれば、できることが、いろいろある、この指止まれ」がポイントでした。

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今日は、コミュニティーや地域資源を活用した、コミュニティー・デザインについて、山崎亮さん、三田愛さんのトークセッションです。

コミュニティーに変革が起こる仕掛け、外の人と中の人の関係性構築、継続する仕組みなど、活用できる場面がたくさんありそう。

山崎亮さんのお話は、

経済成長が無ければ、僕たちは幸せになれないのか

に書きましたが


経済成長は止まりましたが、生活は豊かになり、ゆとりも生まれました

そうだからこそ、「コミュニティーデザイン」とか「都市の孤独」のようなことが考えられるようになりました。食べるのに困っている時には、そんなこと考える余裕もありません

ただ、「経済は成長する」という、これまでの暗黙の前提が崩れました

それゆえ、経済が成長しなくても、やっていけるストーリーを作らねばならなくなりました

「金で買えないものはない」と言ったのはホリエモンだったでしょうか?これは一面では真実であり、そうではない面もあります

例えば、「儲からないけど、やってて楽しい」なんてことがあります。繰り返しになりますが、これは生活が豊かになり、ゆとりが生まれたので言えることです。食べるのに困っている時には、そんなこと考える余裕もありません

すると、居住だって、豪邸を建てて、高い固定資産税を払って定住するよりも、ライフステージに合わせて、いろいろなところを移住した方がよかったりします

結論めいたことを出す対談ではありません。だって、そうしたら、「経済成長が無ければ、僕たちは幸せになれないのか?」「そんなことはない」「その通り」のどちらかで終わってしまいます


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地域発のイノベーションについては、

夢ビジョン2020オープンセッション『人口減少時代を希望に変える地域と創造』


地域から発信するイノベーションの挑戦


一極集中し、人、モノ、文化を引き付ける東京の多様性が生み出すイノベーションだけでなく、ネット、SNSの時代には地方発のイノベーションも発信可能になっています。

以前は、地方には人、モノ、カネが集まらず、文化発信は難しかったのですが、地方独特の文化、名産をベースに、ネット、SNSにより、特徴あふれる文化が世界に向けて発信され、東京をバイパスし、世界中から集客する取り組みも出てくるようになりました。

かえって、地方の方が小回りが利いて、機動性もあったりします。


と書いたとおりです。

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では、早速出た話をまとめます。

・地域の資源の発掘、ただし、そのまま発信しても、地域内の人には受けるが、外の人には刺さらない。ならば、外の人に探してもらう。

・地域づくり、有名芸能人を呼んで人を集めても、一過性で続かない。

・ひとりではできないけれど、みんながつながれば、できることがたくさんある

・外の人がやるのではなく、外の人は中の人がやりやすい設定をして、中の人がやるのを後押しする

・「外の人」お客さんとしてもてなす人から、仲間へ

・いきなり完成品を提供すると批判を呼ぶだけ。情報を小出しにして、次第に巻き込んでいく。

・「関係の質」の変化が、「思考の質」「行動の質」やがては「結果の質」の変化をもたらす

・ギャップに基づく「やらねば」サイクルから、ありたいイメージを目指す「やりたい」サイクルへ

・複雑な仕事には、報酬などの外発的な動機付けよりも、内発的な動機付けが有効

・コミュニティー変革チーム、多様な3人、ひとりではめげる、ここから始まる多様なネットワーク

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・住民のために行政がすべき、という暗黙の意識から、地域の人々の取り組みに、行政がどうかかわるか、というパラダイムシフト

・住民と行政ではなく、「人」としてつながる、関係性の構築、「やらされている」ではなく「自ら動いている」継続のための仕組みづくり

・地域の人々に「火」をつける、地域のリソースに価値を付加、地域と外の関係性の構築

・実践する、から気づくことがある。学んだ、で終わりにしない。

・地域には先祖代々つながることができない人がいる。地域のしがらみ、外の人が入ってくることで、ほぐれることがある。

・眠っている地域資源の発掘、活用、外からの視点、スキルによる地域リソースのビジネス化。埋もれている人、モノの発掘

・地域に人々、何かしなければいけないのはわかるが、なにをすればよいのか?わからない

・対話の場から、関係性が変わる。話し合って終わり、ではなく、何かを始める。

・一時的なイベントで終わらせない、継続的な活動への基盤整備

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・業界だけだと、業界のため、と思われがちだが、異業種が集まると「みんな」のため

・閉鎖的なコミュニティーでも、関係性が構築された「外の人」ならば、受け入れられる

・変化は最初は見えにくいが、ある時から、急激に始まる。「点」を「面」に、「うねり」に

・消費としての「遊ぶ」ではなく、「遊ぶ」ことで、社会に貢献し、社会を変える

・今の時代、仕事をしながら、何かにチャレンジすることのハードルは低くなっている

・やっている人同士が「つながる」と新しいことが起きる可能性

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・火は起こすのに時間がかかる、一度起こした火は絶やさない

・「話」を聞くのは、情報の入手だけでなく、関係性構築のため。相手のもとに出向くと、話のネタに事欠かない。会議室ではすぐ、ネタが尽きる

・大切なのは専門性よりもスタンス

・人は「ほめられる」ことが好き

・「話」を聞く、のは、ヒアリングではなく、相手と共感できるレベルのインタビューを。思い込みが外れ、関係性がガラッと変わる

・まず、自分の「カラ」を外す、

・Yes,and でとにかく否定しないことが仲間づくりの基本

・評価、判断されていると思うと、身構えてしまう

・インプットのないところにアウトプットはない、自分が日頃関心がないワークショップに参加しても得るものも提供できるものもない

・クラス替え、リーダーがいなくなっても、新しいリーダーが出てくる

・「したい」と思うなら、自分でやる





2015年02月15日

ソーシャル・モティベーション研究会「心の理論と戦略的行動」

という案内がありました。

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案内文によると、


動機づけ研究では、利他行動や援助行動といった向社会性は、親和動機や所属欲求などに基づくものとされ、人間は生来的に協同や協力行動を志向するといった仮定の下で、ボランティアなどの「望ましい」活動を促進する要因が検討されてきた。

一方、自己の利益に資するような活動は、達成動機や優越動機に基づく根源的なものとされながら、競争や(利害の)対立といった「ネガティブな」相互作用は回避すべき状況と仮定されてきた。

しかし、このような動機づけ研究が自明としてきた人間性の価値は、人間行動を理解し、社会の在り方に貢献する上で、本当に適切なのであろうか。


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・デフォルトとしての協力行動、利己的な行動をとると不安になるので、利他的な行動をとる。人が自発的に協力行動をとるのは、原則的に、それが利益をもたらすから。協力行動をとったのに裏切られる、利益を生み出さない、のであれば、協力行動はとらない

・自分が得る結果は自分一人では決められない、相手の対応による(Interdependent)

・戦略的に考えられるか?ではなく、戦略的に考えるクセがついているか?

・相手の手を読むことにより、自分の利益が決まるのに、考えずに行動している。


何かにチャレンジするにはモティベーションを持ち続けることが大切、と言われながら、そのメカニズムはあまり研究されてきませんでした。

「こうしなさい」「これはしてはいけない」という社会規範、快感、不快感などによる内発的な動機、あるいは報酬、罰、褒められる、などの外発的動機で人が動くのならば、そのメカニズムを解明し、

それを誘導する社会システムを構築すると、よさそうです。

まだまだ、この分野の研究は進んでいないのですが、

今日は伺ったお話よりも考えてみたことを書き綴ってみます。

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芸術、創造性に関するトークセッション「裸体は何も語っていない。しかし、実は背後に意味がある。」




セックスは、当事者同士の内的なものと考えられているが、実は社会的な枠組みが構築されていて、それぞれが、その枠組みに従って行っているに過ぎない、かもしれない。


と書きましたが、最も個性が発揮され、当事者同士の内的なものと考えられているセックスが、「実は社会的な枠組みが構築されていて、それぞれが、その枠組みに従って行っているに過ぎない」のであれば、多くの行動が「実は社会的な枠組みが構築されていて、それぞれが、その枠組みに従って行っているに過ぎない」のかもしれません。

もちろん、社会的な枠組みだけで決まる訳ではありません。

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社会の本質を探るとやはり「ヤバい経済学」


ヤバい経済学は、人間の経済的に不合理な行動を示した行動経済学ではなく、人々はインセンティブに従って経済行動をする、といういわば本質的な経済学です

この場合の、「個人のインセンティブ」には、経済的のみならず、社会的インセンティブ、道徳的インセンティブも含まれます

「社会、組織はこう機能すべき、こうやって機能するはず」という「べき論、はず論」の、いわば建前を、「実際には、そのようには機能せずに、個人のインセンティブで動く」という本音を説明しているからでしょうか

例で挙げられているのは、

・「不動産エージェントは顧客に最大利益をもたらすべき」と考えられているが、実際には自分の手数料が最大になるように業務を行う

しばらくすると顧客の不動産価格の上昇が見込まれるが、すぐに売った方が自分の手数料が稼げるので、顧客にすぐ売るように勧める


・「相撲で力士は正々堂々戦う」とされているが、千秋楽に8勝6敗の力士と7勝7敗の力士が当たる場合、前者は後者に勝利をある程度の対価で譲り、逆の立場の時は、融通を受けた方がよい。その方が当事者同士にとっては、はるかに合理的。


などです


例えば、企業に勤める人は、企業のため、顧客のため、株主のため、社会のため、、その働く個人のために働くことになっています。しかし、それぞれの目的に基づく個々の行為は、往々にして矛盾します

実際に社会、組織を動かしているのは、個々人なのですから、「社会、組織はこう機能すべき、こうやって機能するはず」という「べき論、はず論」と「個人のインセンティブ」を一致させなければならないのですが、往々にして「ずれて」います

つまり、「社会、組織はこう機能すべき、こうやって機能するはず」という「べき論、はず論」は成立する訳がなく、実際には「個人のインセンティブ」で動く、ということを発表したことがヤバいのです


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モチベーションと感情のマネジメント


脳科学では、やる気を自分の意志だけで引き出すことはまず不可能であると言われています。

仕事へのモチベーションを、「何をしなければならないのかについて、自分が理解し、各時点においてそれを行動に移す動因」と定義できます。

これに影響を与えるのが、出来事を解釈して意味を与える「認識」と個人の持つ「感情」することができます。

この3つの「ダイナミックな相互作用」を指して「インナー・ワーク・ライフ」と呼ぶことができます。

感情は自分の意思では変えられませんが、行動することによって間接的に影響を与えることは可能です。

いやいやながらも勉強して成績が上がれば、勉強に対する嫌悪感は薄らいでいきます。

さらに、学力が向上すると自信がつき、少しずつ勉強が好きになります。このような成功体験が不可欠です。

嫌いであるからといって行動しなければ、結果を出すこともままならず、嫌いであるという感情によってモチベーションを高めることはできないでしょう。

優秀、と言われる人材は、自分のモチベーションをコントロールすることに長けています。

人間は誰しも、感情にムラがあります。同じ職場や仕事であっても、その時の心身の状態で好きであったり嫌いであったりします。

優秀な人材とは、嫌い(つまりモチベーションが上がらない状況)であっても、行動できる人材です。

そんな状態であっても、なんらかの行動を起こし、行動することによって、過去の成功体験を思い出し、それによってモチベーションを回復する方法を身に付けているのです


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快感、不快感などによる内発的な動機、あるいは報酬、罰、褒められる、などの外発的動機など、動機と行動を関連付ける研究が行われていますが、

「政治学と脳認知科学の融合のフロンティア」に参加しました




政治学者の方が、脳神経科学を勉強して、それを自らの研究領域で展開する、

そもそも、こういった研究が可能になったのは、MRI(Magnetic Resonance Imaging)による脳の機能計測技術が急速に進んだおかげです

簡単に言えば、脳の活動の活発なところに、血流が多く流れて、酸素化ヘモグロビンが増える

また、脳は部位毎に視覚、聴覚などの機能に対応している。それゆえ、酸素化ヘモグロビンが増えているところを見つければ、どの機能が働いているのか?わかる

ただ、必ずしも、脳の一つの部位が一つの機能に対応している訳ではなく、また、脳は部位毎だけでなく、全体としての活動もあるので、簡単に割り切れる訳でもないのが難しいところだったりします

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また、アマチュアとプロでは働き方が違います。

たとえば、将棋のアマチュアでは酸素化ヘモグロビンが増えて、脳の前頭前野が活発に活動しても、プロでは全く活動しないことがあります。プロは、ここ一番以外は考えることなく、反射的に将棋を指している、ようです


こういった研究は、あまり行われていない中でも、唯一行われていたのが、行動経済学への適用でしょうか?報酬を変化させることによる、被験者の脳神経的な活動との相関関係が少しだけ調査されています

経済学はお金という定量的な評価がしやすい評価軸を持つ、ため、社会科学のとっかかりになるようです


さて、このような試みは行われていますが、実験的状況と現実の差異、複雑な人間行動の結果の解釈は、まだまだです

たとえば、脳の働きをデータ解析して、その人の性格、行動パターンを解析することは不可能ではありませんが、その程度のことは、目利きの人は一瞬でやってしまいます



ただ、経営でも、研究でも、教育でも、アートでも、最終的には人間の脳神経活動に行き着きます

今回の研究の試みが、

・消費者の購買行動

・アートが見る人に及ぼす影響

など、いろいろな分野に応用できそうで、とても楽しみです


に書いたように、アンケートだけでなく、MRI(Magnetic Resonance Imaging)による脳の機能計測技術などを利用した研究が進むと、もっと多くのことが解明されるのでは、と思います。

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経済とは、人の行動を予測し、一歩先を行くこと

古典経済学では、人々は合理的な行動をとる、という前提のもとに構成されていますが、

実際の人々の行動は、経済的に合理的なもの、とは言えません。


人間の行動は合理的?




従来は、「物価が高くなれば、消費を抑える。安くなれば、購買が増える」のように「人間は合理的に行動する」という前提で、システム、モデルが設計、構築されていました。

ただ、Herbert Simonが指摘したように、人間は必ずしも、理性により合理的に判断するのではなく、感情により、非合理的な行動をとることもよくあります。


経済学は、理工学などと異なり、実験環境を整備することが難しいために、実験は難しい、とされていましたが、

お金を使わない新しい経済学〜暮らしに役立つ「マッチングの仕組み〜




経済を論じる時、市場があることが前提で、市場での需要と供給のバランスで考えるのですが、多くの経済行動を含む社会活動が、市場以外のところで行われます。

例えば、企業、学校など組織内あるいは、組織間の活動も、必ずしも市場を介さないものが少なくありません

この市場を介さない活動を考える特に有効になるのが「ゲームの理論」です

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・フォン・ノイマン(1944)社会の問題を分析する「ゲームの理論」:社会現象をプレーヤー、戦略、利得で表現される「ゲーム」に定式化

・ジョン・ナッシュ(1950)ナッシュ均衡:誰も自分だけ行動を変えようとするインセンティブがない(参加者がお互いに最適化を行っている)一般的な条件化で解が存在する


に書いたように、「ゲームの理論」が提案されてから、実験経済学、行動経済学と呼ばれる学問が生まれました。

「ゲームの理論」では、それぞれのプレーヤーが得点を最大化するように、プレーしますが、実社会の人々の行動は必ずしもそうではありません。

「不確実性」を積極的に利用する「確率論的生活法のすすめ」


確率とは、サイコロ賭博のように偶然に左右されるギャンブル、であったり、あるいは、海上貿易で輸送船が遭難して財産を失ってしまうことに備える保険金の算定に使ったり、

「自分がコントロールできない事象を捉えるためのツール」でした。

これを「自分がコントロールできる事象」に積極的に確率を適用することを考えてみようというものです。

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例えば、野球のピッチャーを考えます。

必ず投球パターンの癖があります。

高めのストレートの次には、低めのカーブが来る、など。

このパターンをデータ分析されていると、配球が予測されてしまうので、不利です。

さて、これは野球に限らず、広く一般の社会でも同じことが考えられます。

ところが、現在の社会では、誰がビッグデータを使って、あなたの行動分析をしているか?よくわかりません。

つまり、知らず知らずのうちに、行動パターンを読まれて、利用されている可能性があります。

簡単のために、ジャンケンで考えます。「グー」「チョキ」「パー」の3種類の手段がありますが、通常は勝負には有利・不利はなく「公平」と考えられています。

しかし、実際にはジャンケンに強い人、弱い人がいます。

ジャンケンに強い人は、相手の癖を見抜き、出す手を予測できる人でしょうか?

さて、あなたがジャンケンに強い人と、勝負をしなければならない、としたら、どうしますか?

実は、勝たないかもしれないが、絶対に負けない手があります。

サイコロをつかって、(もちろん相手に見えないようにし、)「1,2」が出れば「グー」、「3,4」が出れば「チョキ」、「5,6」が出れば「パー」を出すことにします。

すると、相手はあなたの行動パターンは予測できなくなり、不利に負けることはなくなります。

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次はちょっと応用問題です。

やはり、ジャンケンを使って、「グー」で勝つと「グリコ」と3歩、「チョキ」で勝つと「チョコレート」と6歩、「パー」で勝つと「パイナップル」と6歩得られるゲームがあります。

この時は、勝った時に得られるポイント、逆に言えば負けた時に相手が得るポイントが、「グー」「チョキ」「パー」によって異なりますので、1/3ずつ出す方法だと、


相手がグーの時

0 × 1/3 + (-3) × 1/3 + 6 × 1/3 = 1


相手がチョキの時

3 × 1/3 + 0 × 1/3 + (-6) × 1/3 = -1

相手がパーの時

(-6) × 1/3 + 6 × 1/3 + 0 × 1/3 = 0

つまり、あなたが「グー」「チョキ」「パー」を1/3ずつ出す方法だと、相手は、必ずチョキを出せば、よいことになります。

この場合は、「グー」「チョキ」「パー」を出す確率をp,q,rとすれば、

p + q + r = 1

相手がグーの時
-3q + 6r

相手がチョキの時
3p - 6r

相手がパーの時
-6p + 6r

p = 2/5 , q = 2/5 , r = 2/5

の確率で出せば、相手がどんな戦法で来ても、とにかく負けない戦法になります。


事例を示したために、話が細かくなってしまいましたが、何を言いたかったかと言うと、日頃、特に意識を置かなかった行動に確率の考え方を適用すると、もっと賢く生きられる可能性があります。

具体的な事例を思いついたら、また書きます。


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今回の研究会で興味深かったのは、ゲームの理論を実際に被験者に試してみると、ゲームの理論から導かれる最大値、最適理論とは、異なる戦略を人々が選択していることがわかった、ということです

感情に流されて不合理な行動をするのではなく、理論的に考察して、合理的な、最適理論に基づく行動をとることで、例えば、経済的な損失は防げるのではないか?

そんなことを考えた研究会でした。



2015年02月14日

文京区社会起業フェスタ2015

という案内が来ました。

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社会起業と言っても、いわゆる、貧困途上国にビジネスと取り入れて、貧困からの脱却、というものではなく、

また、いわゆる行政主導の地域振興ではなく、何かやりたい人たちがつながりつつ、プロジェクトを行い、行政はそのプラットフォームを用意する、

というものです。

こういった取り組みについては、

コミュニティーデザイン、人がつながり、活動する仕組みとは?

コミュニティーというと、以前は地域コミュニティーのような、集まりが考えられましたが、インターネットの時代になって、地域という、空間的な制約を超えて、時には国境も超えて、人々が集まるプラットフォーム、

組織が「壁」があり、出入りが制約され、閉ざされている、のに対し、コミュニティーは、オープンで、出入りが自由、なのが特徴だったりします。

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経済成長が無ければ、僕たちは幸せになれないのか




コミュニティーデザインとは、アメリカから入ってきた考え方で、ニュータウンと呼ばれる新しい街が形成される時に、住民が知らない同士の状況から、どのようにコミュニティーを築いていくか?という考え方で、主に「ハコモノ」を整備して、
同じ道、場所を必ず通るようにする、などの工夫をしました

そこから、ハードからソフトへという流れの中で、仕組み、仕掛けなどが考えられました

最近では、「場」という考え方から、設備の置き方、配置等、ハードも再び見直されるようになっています

ただ、地域コミュニティーのように、同じ地域に住む人が仲良くしなければならないのか?のような課題もあります

すなわち、地縁・血縁で「がんじがらめ」のムラ社会から都会に出てきた人にとっては、人間関係が希薄な都市の生活が却ってよかったりします


ハードからソフトという流れが主でしたが、最近、逆にハードの重要性が見直されてきました。

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将来への架け橋としての博物館、美術館、図書館




「箱物」行政と言うと、建築物を作って、職員も雇うのだけれど、ほとんど利用されず、税金の無駄遣い、のような言われ方をしていたことがあります。

ところが、最近では博物館、美術館、図書館などの「箱物」が元気です。

来る人を待っているだけではなく、活動の幅を広げて、いろいろなイベントを行っています。

「箱物」のいいところは、とにかく、人が集まる、物理的な「場」があること

共通のテーマに関心がある人が集まると、人と人のネットワークが生まれ、また、新しい動きが起きます


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文化の醸成に大切なのはふれあいの場




文化的環境の整備を目的に帝国劇場が作られたが、劇場で上演される演劇もさることながら、実際にはより重要だったのが、開幕までの時間を過ごす場、通路では政財界の知名人、文化人が挨拶を交わし、談笑するサロンの役目を果たした、ということ


ということで、人が集まる「場」の重要性が見直されてきています。

ネットの時代だからこそ、リアルな「場」が大切だったりします。


コミュニティーが選択されるのか、

「場」が、人が集まり、栄えるのか、人が去っていき、寂れてしまうのか、

は、「何をやる場なのか?」に加えて、「どんな人が集まっているのか?」が大切だったりします。

楽しそうな人が集まっていると、多くの人が集まってくるし、閉鎖的な内輪感がすると、去っていきます。


コラボレーション、組むのは『目的地が同じ人』ではなく、『この人とバスに乗りたい人』恋愛にも似ている


「誰とバスに乗り込むか」

『目的地が同じ人と同じバスに乗り込むな』という一見相反するお話です。

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バスの目的地は、常に世の中があっと驚く(FreakOut!!)方向であり、そのベクトルは時代によって変わります。

環境変化の激しいマーケットにおいて、先月立てた戦略やゴールを大幅に変更せざる得ない状況なんていくらでもあるし、その度に一緒に乗り込む人を変えていたら、いつまで立っても目的は達成できません。

合理的な人間は、目的地が自分と違う、と判断したタイミングで会社を出て行きます。

そこで溜めた知見やら、顧客資産を失うことになり、事業成長を一時停滞させる原因にもなり得ます。


では、継続的に事業成長させるためには、誰と同じバスに乗り込めばよいのでしょうか。

それは『目的地が同じ人』ではなく、『この人とバスに乗りたい!』と思える人なのだと思います。



どこに行きたいかでなく、『誰とイキたいか。』を軸に一緒に乗り込む人を選ぶ、ということです。

この人とイキたい!という気持ちさえあれば、目的地が変わったとしても一緒にイケるならどこでもいい!

と合理性を凌駕した領域にイキつくので、すぐに方針転換、マーケットの変化に順応した機動力の高い組織が組成されます。


これって、恋愛に似ているかもしれません。

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恋愛対象と紡ぎあげるプロセス


どんなフィールドの方々が恋愛対象となるのでしょうか?

・フィールドが近いと思想的な細かい相違が苦しくなるのが経験的に読めてるので、同業は避けたい

・ちょっとだけ見方をずらしてくれる人ですね。やはり距離感大切です


恋人でも夫婦でも価値観がある程度共通しますが、お互い相補うのであれが、あまりに、がちんこで全く同じ価値観、よりも、少しだけ違う見かたが出来る同士がいいようです



・いいおとこに会って(何かしらの意味で)磨かれる、っていうのは、いいおんなの形成の必要条件。

もちろん、逆も真なり。いい男、いい女になるためには素敵な異性に出会って磨かれる、というプロセスが欠かせないようです


どうやら、コラボレーション、プロジェクトを組むメンバーは「恋愛」にも随分似ているようです。

では、どのようにコラボレーションが起こるのでしょうか?

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コラボレーション:あなたが変えると、あなたも変わる?


あなたがいくら「優秀」でも、それだけで社会は変えられません。

あなたがいくら「非凡」でも、それだけでは幸せになれません。

あなたが変えると、あなたも変わる。「武器としてのコラボレーション」

・多様な人々からなるコミュニティーのイノベーション、多様であっても、他のメンバーの言語を理解できることが大切、これがないとバラバラ

・本当にクリエイティブな場では、場の誰が創ったのか、混然としてわからない

・コラボレーションは、抽象化と具体化、発想と実行を行ったり来たりしつつ行われる

・コラボすることにより、互いに理解し、変化し、結果を出すことができる。個人ではハイォーマンスだが、チームで働くのが苦手な人は、コラボを試みるとよい

・ネットワークを活用したコラボがあちこちで起こると面白い

・よいプロジェクトの前と後では、個人もチームも大きく変化する

・カリスマリーダーにより変わる時代から、参加者のつながりで変わる時代へ

・ゆるやかなつながりは、ビジョン、目標の共有により起こり、参加、離脱が自由

・グループディスカッション:自分のアイデアを説得し、優位に立ち、通そうとするのが一番ダメ、メンバーの意見をつなぐハブの役目が大切

・人はコラボレーションをすることによって初めて相互を理解出来る。ネットワークに価値がある。

・キーワード「冒険」 その世界において何か変化が起きていて、でも、目的地は何かわからない…。 その中で何をしたらいいかわからない。冒険が始まってから目的が変わる。

・自分の能力を高めるだけでなく、まわりの人と協力してものを創造する

・部分と部分の足し合わせで全体はできない。違う個性が個々に創って行く必要がある

複数の人々の間で、インタラクティブに考えをシェアするのが、コラボレーションでしょうか


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コミュニティー・デザイン、コミュニティーでコラボレーションする人について、これまでのまとめを行いましたが、

これを踏まえて、伺ったお話を書いてみます


・お母さん同士の協力は辛い、同じ立場では補えあえない、忙しい時間帯が同じ

・家に呼ぶのは辛い、どこかに場所を借りる

・場所づくり、よりも仲間づくり。仕組みだけでなく、関係性をつくる

・楽しいから続く

・苦手なことでも、みんなでやればできてしまう

・だいたいは思った通りには行かない

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・リーン・スタートアップ、もともとのアイデアを修正していく

・割を食っている感じを持つと続かない

・自分の周りにはいろいろな人がいる、と感じる

・目的よりもきっかけになる

・楽しいから来る

・アプローチは「解決」よりも「解消」

・マインドフルネス、瞑想など、忙しすぎる人の生産性が上がる

・このままではいけないのではないか、暮らしを良くしようとする人が多い

・多様なプロフェッショナル、クライアントのために、約束した仕事を実現する

・励ましキャピタリスト「いいね」を伝えることが、投資になる、何かが起きる

・プロジェクトはやりながら、変わっていく

・うまくいっていないことが魅力になる

・役所に来てもらう(苦情を言いにくる)のではなく、街に出ていく(話をする)

・プロジェクト同士のメンバーがつながると何かが生まれる




2015年02月11日

国際テロ危機が高まる中、EUはギリシャ危機でユーロ安、ロシアはウクライナ危機の再燃、中国の景気減速で、アメリカが独り勝ち、金利引き上げの予想で国際経済はどうなる?

に書いたように、トマ・ピケティ『21世紀の資本』が最近人気です。

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格差は、資本伸び率 > 経済成長率 、であることから、富裕層がますます豊かになることから生まれている。

そこで、富裕層に多く課税する累進課税を提唱しています。

詳しくは、

ピケティ『21世紀の資本』訳者解説

トマ・ピケティ『21世紀の資本』 

20世紀前半で大きく平等化が進んだ要因は2度にわたる大規模な戦争。高所得層の最高税率を引き下げて、所得税率をフラットにしたことが格差の拡大につながった

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トマ・ピケティ「21世紀の資本」 

社会は、とりわけ近代的な民主的社会は、不平等を正当化できる理由を必要としています。不平等の歴史は常に政治の歴史です。単に経済の歴史ではありません

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ピケティ教授が東大で講義

「富の格差と課税の問題は、歴史的遺産の一部であり、冷静に議論すべき」と指摘した上で、「累進課税が文明的な解決策ではないか」と結論づけた。

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『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティ教授の東大特別講義の模様を配信。(同時通訳による日本語音声)

などを見ていただければ、と思います。

ところで、「日本では、ピケティ教授の理論は成り立たない。」のような発言を見かけますが、

自然科学の法則と社会科学の法・法則の大きな違




ニュートンが発見した慣性の法則、作用・反作用の法則、酸化還元反応、エネルギー保存の法則、万有引力の法則などの自然科学の法則は普遍的に成り立っています。

人間がこれに逆らおうとしてもムダです。むしろ、これを利用することを考えましょう。

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一方、経済原理、市場原理などは、人と人の行い、振る舞いを観測するうちに、みられる現象に過ぎません

あらゆる現象がそれにしたがう訳でもないし、時代と共に変わっていきます。

このように自然科学の法則と社会科学の法・法則は、同じような名称でありながら、かなり性格を異にします。

ところが、これらを同じものと混同してしまう、ことが少なくありません。


自然科学の法則は全体から細部にいたるまで成立しますが、経済の法則は、成り立たない部分、あるいは細部では矛盾があるのは当然です。

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さて、資本伸び率 > 経済成長率、とは、株、債券、為替などの金融経済の伸び率の方が、労働し、賃金が支給され、生活財、娯楽費など消費する実体経済の伸び率よりも大きい、ということです。

言い換えれば、株、債券、為替などの金融経済で大きな収益を上げ、それを実体経済の消費に使うのならば、賃金が上がらない、残業代がつかない、などの実体経済での悩みなど、取るに足りないものになります。

高度経済成長時代でも、庶民、当時のいわゆる中流階級が一生懸命に貯金をして家などの不動産を購入しようとしても、不動産価格のインフレによる上昇に追いつかない、という事態がありました。

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ただし、大昔から、巨万の富を築いた人は、金融経済で大きな収益を上げ、それを実体経済の消費に使うという「格差」を巧みに活用してきました。

古代の東西貿易では、それぞれの場所では安価だが、よそへ持って行くと高く売れるもの(東洋の塩、コショウ、絹、西洋の鏡などの工芸品)

、つまり、安いものを買って、高く売れる場所で売る、ことにより、莫大な利益を上げました。財産である、商品を積んだ船は難破で沈むリスクがありましたが、これを回避するために作られたのが保険です。

江戸時代の両替商は、江戸の金貨、大阪の銀貨、各般の藩札を両替し、手数料で大きな利益を上げました。

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「お金は銀行に預けるな」の本当の意味




「金融リテラシーの基本と実践」1996年の日本版金融ビックバンにより、個人でも外貨が持てるようになる、など、個人でも金融市場への参加が可能になり、大きな変化が起こっています。

ところが、この変化は経済、金融の専門家以外には、あまり気づかれていません。実はホワイトカラーと呼ばれるビジネスマンも「聞いてはいるけれども、本質はよく知らない」状態です。

でも、気づかないうちに、あなたの預貯金、保険積み立て金、などに影響しているのです。

例えば、1000万円を10年間普通預金にしている人がいるとしたら、「定期預金にすれば、もっと利息がつくのに」というのは、誰でもわかります。

あなたが銀行に定期預金で預けたお金は、金庫に眠っているのではありません。

会社への貸し出し、株式・債券・外貨の運用に使われています。

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もちろん、定期預金の利率以上の利回りで銀行は運用し、利ざやが収益になります。

あなたの定期預金で銀行が行っている資金の運用を、あなたが直接行えば、銀行に利ざやを持っていかれることなく、あなたのものになります。

ということで、「金融リテラシーの基本と実践」をもう少し勉強すると、あなたの預貯金を他人任せで他人の儲けになる、のではなく、あなたが儲けられるのでは?と考えます。


と書いたとおりです。

この本「お金は銀行に預けるな(金融リテラシーの基本と実践)」の勝間和代さんは、この著書の中で、

素人が株を直接扱うのは難しいので、運用はプロに任せた投資信託を

勧めていますが、これには賛成できません。

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社会の本質を探るとやはり「ヤバい経済学」




ヤバい経済学は、人間の経済的に不合理な行動を示した行動経済学ではなく、人々はインセンティブに従って経済行動をする、といういわば本質的な経済学です

「不動産エージェントは顧客に最大利益をもたらすべき」と考えられているが、実際には自分の手数料が最大になるように業務を行う

しばらくすると顧客の不動産価格の上昇が見込まれるが、すぐに売った方が自分の手数料が稼げるので、顧客にすぐ売るように勧める


と書きましたが、銀行は、投資信託が儲かろうが、損をしようが、基本的に関係ありません。手数料で儲けるのですから

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ネットの時代になって、市場の動きが瞬時になり、今の直物商品は、以前の先物商品のような動きをします。

そして、インサイダーではない、公開の情報はネットにあふれ、プロと同様の金融情報がネットから得られるようになりました。

国際テロ危機が高まる中、EUはギリシャ危機でユーロ安、ロシアはウクライナ危機の再燃、中国の景気減速で、アメリカが独り勝ち、金利引き上げの予想で国際経済はどうなる?

に2週間に1度、国際経済・金融、ダウ30、雇用統計などの指標を示していますが、短期的な細部はともかく、中長期的には、ほぼ記述どおりになっています。


金融リテラシーを身に着け、株、債券、為替などの金融経済で大きな収益を上げ、それを実体経済の消費に使うのならば、賃金が上がらない、残業代がつかない、などの実体経済での悩みなど、取るに足りないものになり、豊かな生活が送れそうです。




2015年02月08日

東京大学高校生のための金曜特別講座「ウラジーミル・ナボコフの文学」

がありました。

小説『ロリータ』で有名なロシアの作家です。

こんなお話がありました。

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1955年「ロリータ」中年男が少女に魅了される。本人ではないか?との憶測。

小説の中の話と、本人を混同するのはレベルの低い話。

芸術作品には、詩の精密さと純粋科学の興奮(詩の興奮と純粋科学の精密さ、ではない)の間から生まれる類のものがある

「細部を愛撫せよ」素晴らしいことを言っていても、細部で破綻していることも多い。

文学作品は忠実な翻訳(パラフレーズ的、語彙的な翻訳ではない)でないと通じない

湯川秀樹

詩と科学は遠いようで近い。出発点が同じだからである。ただ、方向が違っている。でも、行きつく先は同じ。時に思いがけなく交差することさえある。


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研究活動とは美しいアートである




アートとは音楽、絵画、写真、彫刻などの媒体を使って、自分が表現したいことを表現するもの、でしょうか?

作品を作る時は自分の概念を具現化させて自分の世界を構築させようという出発点から始まる

無から有を生む、というものよりも、既に自分が抱いている、持っているコアをベースに未知のものを創造していく

作品が重視されがちだけれども、アーティストにとっては、作品以上に創造するプロセスが重要であったりする

研究も既存の研究成果(自分、他者を含めて)をベースに、ある特定の分野を掘り下げて、探究し、真理を発見したり、仮説を構築し、何らかの手法で検討したりして、未知のものを創造して、自分の世界を構築していく


と書きました。

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であるならば、文章とは言語という媒体を使って、自分が表現したいことを表現するアート、ということができます。

文章を書く場合、絵画、写真のように、風景、人物、モノ、事象を、言語という媒体を使って、表現する場合があります。

この場合、風景、人物、モノ、事象を忠実に観察し、その結果を言語を使って表現することになります。

これはサイエンスの観察、観測に似ています。

写真の場合、同じ被写体であっても、写真家によって、全く異なる印象を受けるように、同じ風景、人物、モノ、事象の記述であっても、

筆者により、全く異なる記述になる場合が少なくありません。

風景、人物、モノ、事象を記述するだけでなく、自分の考え、アイデアも言語という媒体を使って表現します。

上記のように、無から有を生む、というものよりも、既に自分が抱いている、持っているコアをベースに、

いくつかのものを組み合わせて、新しいアイデアにする。これは工学に似ています。

あるいは、既にあるものを改良する。これは農学に似ています。

文章は言語が主体ですが、言語だけでなく、写真、イラスト、動画、音楽なども使うことができます。

文章には、読者がいて、読者に理解してもらうことが前提の文章(広告、企画書、ポスターなど)、

自分のために記録する文章(ノート、日記など)があります。

文化、思想を表現する媒体が、言語ですから、外国語のように、異なる言語体系で表現される文化、思想も当然異なるものになります。

異なる言語体系で表現される文化、思想を翻訳することは、単なる言語の置き換えではなく、文化、思想の背景を踏まえることが必要になります。

上のウラジーミル・ナボコフの忠実な翻訳(パラフレーズ的、語彙的な翻訳ではない)でないと通じない、というものです。

さて、「考えていることを自由に書いてください」と言われても、難しくて、テーマやルールなどの「制約」があった方が書きやすかったりします。

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デザイナー、クリエーターが発想について語り、言語学者が言語化すると?




・言葉のマングローブ効果、想いを言葉にするだけでなく、言葉によって想いが創られる

書いているうちに想いが創られる。詩では韻を踏む、というルールに従いながら、想いが紡がれるように、文法など、言葉を操るルールが想いを作る上で、重要な役割を果たす

クリエイティビティーというと、自由な発想から、と考えます。ただ、全くの自由よりも、ある制限があることからクリエイティビティーが生まれることがよくあります

研究活動とは美しいアートである




何でも自分の感じたことを表現できる、特に現代アートはいい反面、時にとてもつらくて、何にも表現できなくなることがあります

絵画のようにキャンバスと絵具と筆で二次元で、とか、あるいは、陶芸のように、土を手でこねあげて、それを焼く、のように予めルールが決められて、それにしたがって表現する方が楽なことも多いです


と書いたこととも符合します

・頭で考える、口で話す、紙に書く、この順番で時間がかかるが、話し言葉、書き言葉に表現する作業も加わり、表現時に自身による再確認が可能になり、論理性が増し、記録が可能になり、さらに再現性も増す

頭の中で思いついてことって、そのまま記憶しているわけではありません。早いうちに記録しておかないと、思い出せなくなることがよくあります。

また、頭の中で考えを思いめぐらすと、どんどんあらぬ方向へ、特にネガティブなスパイラルに陥ることがよくあります

こういう時は、とにかく口で言葉に出す、といいかもしれません。自分が発した言葉を自分の耳で確認する。間違っていれば、確認できます。

さらには、自分で望ましいように言葉を組み直し、自ら発して、感じ直すこともできます

・「頭で考えた」ことをリアルタイムで「紙に書く」作業をすると、全く違う人格になる 

・人は常に記憶の書き換え作業を行う。書き換えられた記憶は、しばしば「事実」とは違うが、本人にとっては、それが「真実」。書き換えられた記憶をもとにさらに創作が行われる

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過去は変えられる?


スポーツ選手、著名人によくインタビューされる雑誌記者の方からうかがったお話です。

「インタビューさせていただいた方々のお話をまとめて原稿にした段階で、間違いがないか?必ずチェックをかけます。

すると、どうも「実際の記録」と合わないことがあります。

例えば、

・高校で生徒会長をしていた → 生徒会委員はしていたが、生徒会長ではなかった

・インカレで負けたとき → 関東学生選手権までで、インカレには進んでいない

・神宮球場でベスト4をかけて戦った → ベスト16で負けている

・東大に現役で合格した → 一浪している

など、です。

次の機会にそれとなく、伺うのですが、やはり「歴史的事実」とは違うお話を伺います。

でも、ご本人はインタビューを本当に「事実」として話されています。

一人や二人ではなく、多くの方のインタビューで同様の経験があります。」

本人の考えの中で信じ込まれている「事実」は、「実際にあったこと」と違っていようが、既にそちらが「正しい真実」なのです。


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・ダンサーによる実験:身体を緊張状態に置くと言葉が厳しくなり、リラックス状態に置くと、言葉が優しくなる。

東京大学公開講座「想像力ー想像から創造へ、混沌と構造化」に参加しました


・インスピレーション(触発):外界の刺激に触れることによって、表現のモティベーションが高まったり、新しいアイデアや作品が生まれる現象

・「他者の表現」との出会いからもたらされるインスピレーション(触発)は想像(イマジネーション)、創造(クリエーション)に大きな役割を果たす

・ダンス:周囲のダンサーの動きや音楽に触発されて、即興ダンスが生まれる 

・ストリートダンス:ダンサーは新しい踊りを発見する際に自らの失敗をうまく利用している

・ダンス競技:対戦相手を意識して、よりダイナミックな動きを試みた結果、動きの失敗が増え、その失敗が自身の動きのレパートリー外にある新しい動きを生み出すきっかけとして利用されている

・創作では他者作品の「模写」が他者表現との出会いをもたらしている

・アーティスト;他のアーティストの作品との出会いによって、認知的制約が緩和し、新しい着眼点が形成される



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では、アート、研究、文章について考えたことを再掲して締めくくります。

研究活動とは美しいアートである


「TAK」さんが言いました

「研究とアートは類似点があり、既知から始めて未知の分野を開拓し、他者に理解されるよう表現する。作品に自信をもって、満足していなければ、自分の中の迷いが作品に残り、見る人、聞く人に伝わってしまう」

アーティストの方からの答えです

「う〜ん、ちょっと違います

アートの作品は発表した時点から、作者の手を離れ、見る人、聞く人にゆだねられます。

作者の考えとは関係なく、見る人、聞く人から、予想外の点が好評をいただいて、次の作品へとつながっていくことがあります

たぶん、研究者の中には、自分の研究領域に閉じこもって出てこなかったり、自分の高尚な研究成果など一般人は理解できない、という人がいるのでは?と思います

アーティストの中にも、自分のアート、作品は決して俗人が理解できるような簡単なものではない、という俗世間から離れた孤高の人たちがいます

言い方は悪く聞こえるかもしれないけれど、この人たちは「自分のアート、作品で自慰」しているのかもしれません。でも、ある意味でこれはその人にとってとても幸せは状態なんです」


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まっとうするものの言葉 Resilience 朝吹真理子さん


・小説を書く動機をよく聞かれるが、「書きたいテーマ、伝えたいことはない」からスタート。何かを伝えたくて小説を書くことはない。

・文学は文字により、読者に想像を引き起こす。絵画、写真、映像がない分、それぞれの読者に独自の強いイメージを描かせることがある

・小説を書くというよりは、モノを創っている。手段、媒体が文字。あなたに向けて手紙を書いている

・絵画、彫刻はすべて同時に鑑賞されるが、小説、音楽はある時間の経過と共に、伝わり、初めと終わりが同時に鑑賞されることはない

・読者は小説を自由に読む立場、傲慢な存在で構わない。どんな名作であっても、自分にフィットしない日は3行で飽きることがある

・読者と全く違う場所、空間、時間にいる作者が書いたものが、読者に深い感銘、懐かしさを引き起こす、時空を超えた共鳴現象が起き得る不思議がある

・瞬間瞬間に移り変わる水面に映し出されるものが「真実」。ちょっと前とちょっと後で全く異なることがあるが、それぞれが真実。

・生を受けるとは、本来、両親の生殖行為の結果であり、本人の意思とは全く関係がない、受動的なもの。しかし、受動的に生を受けながらも、主体的に生きていくことになる

・「なぜ小説を書くのか?」という問いかけは、答えがない問いかけ。「なぜ生きるのか?」と同じもの





2015年02月05日

東大、早稲田、慶応などの大学院で、経済、金融、企業戦略などを教えている宿輪純一先生の勉強会

宿輪ゼミ「国際経済・金融情勢」

に参加しました。

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さて、前回の参加は

スイス上限撤廃でユーロ急落、100ドル以上だった原油は40ドル台、独り勝ちのアメリカは金利引き上げの予測

で1月下旬の参加でした。

この時は、スイスの上限撤廃によるユーロ急落、スイスフラン急騰、アメリカ金融量的緩和終了、原油価格下落で独り勝ち、原油だけでなく、鉄鉱石の価格も低下し、ロシアなど資源国は危機的状況、日本はつい以下金融緩和で長期金利が史上安

でした。

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この時点からの大きな動きは、ISISによる国際テロ危機でしょうか

国際テロの時代にどう生きるか?

国際テロ時代のリスクマネジメントとは?

を見ていただければ、と思います。

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04年3月のスペイン・マドリード、05年7月のイギリス・ロンドンのイスラム過激派による爆破事件を受けて、EU諸国が監視カメラ、通信記録などの厳重化の取り組みを行ってきました。

既に10年前から顕在化していた事象であり、熱しやすく、冷めやすい、対岸の火事、という意識に問題がありそう、という感もあります。

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さて、経済界では、トマ・ピケティ『21世紀の資本』が最近人気です。

格差は、資本伸び率 > 経済成長率 、であることから、富裕層がますます豊かになることから生まれている。

そこで、富裕層に多く課税する累進課税を提唱しています。

詳しくは、

ピケティ『21世紀の資本』訳者解説

トマ・ピケティ『21世紀の資本』 

20世紀前半で大きく平等化が進んだ要因は2度にわたる大規模な戦争。高所得層の最高税率を引き下げて、所得税率をフラットにしたことが格差の拡大につながった

トマ・ピケティ「21世紀の資本」 

社会は、とりわけ近代的な民主的社会は、不平等を正当化できる理由を必要としています。不平等の歴史は常に政治の歴史です。単に経済の歴史ではありません

ピケティ教授が東大で講義

「富の格差と課税の問題は、歴史的遺産の一部であり、冷静に議論すべき」と指摘した上で、「累進課税が文明的な解決策ではないか」と結論づけた。

『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティ教授の東大特別講義の模様を配信。(同時通訳による日本語音声)

などを見ていただければ、と思います。

ただ、富裕層に多く課税する累進課税については、

消費税増税によせて、日本の財政を考える

で書いたのですが、


消費税は、富裕層から貧困層まで、それぞれの消費に対して同率で課税されます。

一方、税とは、富の再分配、つまり、富裕層からお金を集めて、貧困層に分配するのが原則であり、基本的に富裕層ほど税率が高い、累進課税です。

消費税のように、同率課税ではなく、富裕層の税率を高くして、税収をあげては、のような意見も聞かれます。

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日本、イギリス、アメリカの所得税率の推移を見てみます。

すると、この3か国すべてにおいて、1980年頃までは最高税率は70%以上であったのが、その後、40%程度まで下げられた、ことがわかります。

所得の70%以上が所得税では、「どうせ、税金で取られてしまうのだから」とお金を稼ぐ意欲が減退します。

さらには、富裕層は、税金の安い国を求めて、国外へ脱出することになり、これでは、そもそも税が徴収できません。

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個人への課税が難しいなら、大企業への法人課税はどうでしょうか?

法人税率を見ると、1985年前後の43.3%をピークに、最近は25.5%まで低下しています。

企業にとっては、個人以上に、国境はありません。日本の法人税が高いのであれば、もっと安い国へ脱出します。国際競争力の意味から、法人税を上げることは難しい訳です。

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それゆえ、安定的な税収として、消費税の税率が5%から8%に引き上げられました。

そして、さらには10%まで引き上げられる計画です。

諸外国の消費税率を見ると、OECD各国では20%程度であり、10%から20%までが、日本の税収の「余裕しろ」と考えられます。


と書いたとおりです。

貨幣の時代には金銀の採掘量により発行に制限がありました。

紙幣は発行されても、金本位制により、紙幣が金と交換される制度においては、紙幣発行量に制限がありました。

金本位制でなくなってから、紙幣を大量に発行できるようになり、株、債券などの金融の伸びが実体経済の伸びを上回るようになったことが原因とかんがえられます。


この辺の事情は、

宿輪ゼミ「国際経済金融」変動相場制開始から40年、通貨政策は?





経済、政策、国際社会の振り返りから見るアベノミクス


アメリカのニクソン大統領が1971年8月に金とドルの交換停止、いわゆるニクソンショックがありました。

これは、アメリカが1960年代後半のベトナム戦争などによる、財政支出を受けてインフレーションの加速や貿易黒字減少など、景気過熱気味で経常収支が悪化するアメリカは、歳出が増大する一方で歳入が減少し財政赤字が急拡大し、急増する失業者を前に国内雇用維持のためには財政支出が必要と考えられており、ジレンマに悩まされます。

ドルと金と交換するのであれば、ドル紙幣を大量に発行することはできません。そこで、金とドルの交換を停止しました。これによりドル紙幣は、政策的に発行できるようになりました。

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さらに、1971年12月に、いわゆるスミソニアン協定のより、1ドル360円から308円に切り上げられ、1973年2月14日に、第二次世界大戦後の通貨の枠組みであったブレトン・ウッズ体制が終結させ、固定相場制度を軸にした通貨体制から、金融政策の独立性が高い変動相場制度へ移行しました。


ブレトン・ウッズ体制とは、第二次世界大戦後の通貨の枠組みですが、第1次大戦(1914〜1918年)前は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ、日本も、紙幣を金と交換できる、金本位制を採用していました。

この辺の事情は、

希望とデザイン

に書いたのですが、


1914〜1918年の第1次世界大戦前は、アメリカ、ヨーロッパは金本位制という、金と通貨が交換できる制度でした。

これにより、通貨の価値は金で保証されていました。

戦争には、兵器、物資、食料など、大量の需要が発生します。

主な戦場はヨーロッパでしたが、直接の戦場ではなかったアメリカ、日本には大量の製品の発注があり、工場はフル稼働で生産し、設備増強しても、生産が追いつかないほどでした。

アメリカ、日本の企業は大儲けし、「戦時成金」が発生しました。

この発注に大量の通貨が必要なため、金本位制は一時中断していました。

それゆえ、通貨の価値は下がっていました。

さて、戦争が終わり、平和がやってきました。

アメリカ、ヨーロッパは金本位制を再開し、日本も行いました。

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ところが、戦争でふくらんだ通貨は、もはや金とはバランスしません。

順調な経済をもたらしていた、兵器、物資、食料などの発注もなくなりました。

そこで起きたのが、1929年のウォール街に端を発した世界大恐慌です。

結局、この世界大恐慌を乗り切ることができたのは、第2次世界大戦の勃発まで、待たねばならなかったでしょうか?



さて、このくらいの予習をして臨むことにします。


金利について、

日本、EU、カナダ、インド、デンマーク、中国が緩和

アメリカ、ブラジルが引き締め

インフレになると、金利を引き上げて、物価上昇を抑制する。

新興国ではインフレになりやすく、成熟国はなりにくい。

カナダ、インドは原油価格が下がったので、インフレが収まり、金融緩和へ。

中国は春節の季節でお金がいるので、金融緩和。

デンマークは外貨が流れ込んでクローネが上がっている。国債発行を止めて、国債を買わせて、長期金利を下げた。財政黒字国だからできること。

ブラジルはインフレが止まらず、金融引き締め。

ロシアはルーブルの金利を17%に上げて、インフレを抑制しようとしたが、今度は金利を下げたため、ルーブルが乱高下


原油価格は43ドルまで下がった後、戻る傾向だが、以前の100ドル超えになるとは考えにくい。


アメリカ、経済成長率3%を予想していたが、2.6%で、株価が下がる。

ルー財務長官が「強いドルが望ましい」とドル高誘導

失業率5.5%で、ほぼ完全雇用。ただ、低賃金の職に就く、などによる、失業率低下では不十分、雇用の「質」が大切。

土木工事などの財政政策が効くのは、失業率が高い時で、低い時には効かない。

Windowsが無料など、ネットのフリー化が一層促進。


日本、原油安、円安で景気が回復しつつある。

2月16日発表予定のGDP昨年10〜12月期では、対前年比4%、インフレ2.6%の予想



EU

ギリシャはEUが求める緊縮財政に耐えられない国民性

債券に対し、金利を経済成長率と連動、期限がない永久債(つまり返済しない)を要求

実はドイツも1953年に債権放棄をしている。債権放棄のポイントは「まじめさ」


ウクライナ、EUに加盟していないので援助が受けられない。ロシアからの援助も止まり、苦境

ロシア国債はBBで投機的格付け、投資されずに売られる

98年にデフォルトしているが、海外のロシア国債保有率が1割強と少ないため、影響は小さかった



中国の景気減速、昨年7.4%、今年は7%割れ

世界中に決済銀行、アメリカの模倣


基軸通貨国、従来は経常黒字国だったが、最近は赤字国。自国通貨で決済


当面の金融市場

為替:対円でドル高、ユーロ安

円が買われるのはEUの金融量的緩和、ギリシャ危機

株式:米やや高、日レンジ

国債(金利):米やや安(株式買いのため)、日やや高(金利が安すぎて値崩れ、マイナス金利では買わない)

商品(金、石油):やや高(国際的危機のため)

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ユーロについて

欧州:ウラル山脈の西、ロシアを除くと5億人の人口、インド12億、中国13億に比べると随分少ない

ゲルマン、ラテン、北欧、東欧の4つのパートからなる

北欧は統一通貨ユーロには参加しない。東欧はEU内の新興国

第1次、2次世界大戦を経験し、もう世界大戦は起こしたくない

通貨の性質:経済、政治、象徴

最適通貨圏:一つの通貨でうまく回る経済圏

統一通貨ユーロの導入により、人、モノ、サービス、資本の自由な移動(景気が悪いエリアに経済進出しバランス)

を目指したが、実際には言語の壁などにより難しかった

EU28か国中、当初は12か国、現在は19か国がユーロ導入

通貨統合はまず貿易。国境を共有するなど、地理的に近いところ

ユーロの参加条件:財政、物価、長期金利、為替安定




2015年02月03日

超一流選手は結果としてできていて、「明後日(あさって)」を見ている

意味不明なタイトルです。少しずつ説明していきます。

一流の人の視線は、目の前には置かれない 〜為末大氏との対話

という記事がありました。

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「TAK」さんは為末大氏のお話は、

トップアスリートの挑戦 為末大氏「走りながら考える」

この記事の著者の窪田良氏のお話は、

東工大MOT(技術経営)卒業生・在校生交流会、ネットワーク力とは、他者を介して、外とつながる力

で伺ったことがあります。

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さて、この記事には面白い個所が満載なのですが、特に気に入ったのが


ほとんどのスポーツが、「見る」ことを条件に成立しています。だからとても重要だと思うんですが、中でもおもしろいなって思うのは、じつは音とか匂いとか、そういうものも統合して捉えたものを「見えた」と感じているのではないかと思うんです。

野球選手も「球が止まって見えた」なんて言いますけれど、実際は目だけの情報でなく、全部の感覚によって「見えた」ということになるんじゃないかと。

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経験の浅い選手は、ハードルを最後まで目で追いかける。トップ選手のは早い段階で視点が次のハードルに向かっていた。

「先取りをしていけるか」っていうか。ちょっと見ただけで、それがどうなっていくか予測できるのが、トップ選手の視覚

ボールをずっと追いかけていく選手と、ぼんやりと動ける選手。ぼんやりと動くようなときのほうが反応がよいということを、多くの選手は実感を伴って知っている


です。

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「トップ選手のは早い段階で視点が次のハードルに向かっていた。」とありますが、経験の浅い選手が直前のハードルを最後まで目で追いかけることをせずに、

早い段階で視点が次のハードルに向かったならば、ハードルに足をかけて転んでしまいます。

トップの選手は、やろうとして、早い段階で視点が次のハードルに向かっているのではなく、積み重ねた練習、経験の結果として、

早い段階で視点が次のハードルに向かっているのです。

これは、

結果としてできていること、やろうとしてできること、とは違う




知覚・心・運動の対話「知覚はだませても、運動はだまされない?」


トッププレーヤーはサービスリターンの時、相手プレーヤーがサービスを打つ瞬間より、わずかに以前に反応を開始しているのです。

つまり、意識、知覚する以前に無意識的に運動が起きているのです。


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と書きましたが、誤解を招く恐れがあるのでは、と考え、少し追記します。

これらは、結果としてできている、ということで、やろうとしてできること、とは違う、ということです。

例えば、アマチュアのテニスプレーヤー同士の試合で、相手プレーヤーがサービスを打つ瞬間より前に、意識的に反応したとしたら、リターンミスの山になります。

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キャリアトランジション勉強会:人生の分岐点に 八木沼 純子さん

で、「ジャンプをする前に何を考えていますか?」と以下がうと、「何も考えません。考えると飛べなくなります」という回答が返ってきました。

結果としてできることを、やろうとすると、うまくいかなくなります。


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「ぼんやり動く」とは、明確に決まっている明日ではなく、明日の次のハードル「明後日(あさって)」の「ぼんやり」ではないか、と思います。

「明後日(あさって)」の社会目指して


「明日」は何をすべきか?目標が明確で、そこから逆算して、今日の行動を計画します。

例えば、天気予報でも「明日」の天気予報は、外れることがあっても、ある程度の精度はあり、それにしたがって、レジャー、運動会の予定を決めます。

ところが「明後日」は、今日と地続きではありません。ぼんやりしています。「明後日」の天気予報は参考にはするけれど、もっと正確な情報は「明後日」が「明日」になってから入手します。「明後日」が「明日」になって、予報がそのままのこともあれば、変わることもあります。

例えば、「明後日の方向に飛んでいく」とは、予期していない方向へ、という意味でしょうか?

「明日」の行動、活動の結果が大きく影響するので、「明後日」から逆算することは難しく、今日、明日の行動の結果次第だったりします

キャリアプラン、ライフプランでは中長期的に決まっている計画、目標を作ります。

いつ大学に入学するのか?就職するのか?時期はほぼ決まっています。現時点で行きたい大学、会社の希望はあるでしょう。

東大に行きたい、スタンフォード大学のMBAに行きたい、外資系コンサルタント会社に就職したい、などなど

そのために、今日、明日何をするか?は明確です。でも、「明後日」以降の結果は、上記のように、今日、明日の行動の結果次第だったりします

20140712-220511

直近の「今日」「明日」とずっと先の「未来」は明確に決まっていても、それをつないでいく「明後日」以降は、ぼんやりしています

「今日」「明日」を積み重ねていくうちに、中長期的に決めておいた計画、目標を意図的に変える場合も、あるいは不本意ながら変える場合もあります

こう考えると、明確にスケジューリングされている「今日」「明日」にも、「明後日」の性質を持つものが多いのではないでしょうか?

現時点では、こうする予定だけれど、地続きではないので、変わるかもしれない、かなり近い将来「明後日」


まとまりがありませんが、何となく、いくつか結びつきそうなので、もう少し考えてみます。



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