2017年08月

2017年08月29日

北朝鮮ミサイル、太平洋上に落下 被害確認されず 政府

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北朝鮮が核開発に加えて、ミサイル開発を進め、日本海だけでなく、日本上空を飛行し、太平洋に届くようになりました。

そこで、北朝鮮のミサイル技術のレベル、その対策について考えてみます。

もちろん、「TAK」さんは北朝鮮情勢、軍事技術、ロケット技術の専門家ではありません。

入手できる情報を頼りに、検討します。


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宇宙旅行から宇宙開発、宇宙コミュニティーへ




宇宙開発は、ソ連(今のロシア)、アメリカを中心に進んできました。

人類で初めて地球を衛星で周回したソ連のガガーリン、アメリカのアポロ計画など

宇宙飛行士になるには、アメリカかソ連に生まれるしかありませんでした。

1984年に、アメリカのレーガン大統領が国際宇宙ステーション計画を発表し、日本も参加することになりました。 


国際宇宙ステーションを中心とした、国際協力あるいは国主導の大型プロジェクトが、宇宙開発には欠かせません


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超小型衛星の利用拡大、民生用部品の利用


人工衛星プロジェクトは上記のように数百億円もかかるため、国家、国際プロジェクトで対応することになります。

衛星、ロケットは特注品ですから、部品も特注品が使われます。特注品用のロットで少量の生産ですから、部品は極めて割高になります。

ところが、特注品の代わりに、同様の性能を持つ民生用部品を使うと、コストをぐっと抑えることができます。

このように、シンプル化することで50分の1程度のコストになると、ぐっとハードルが下がります。


と書きました。

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ポイントが2点あり、

(1)ミサイル技術は極めて高度な技術であり、通常はアメリカ、ロシア、中国、ヨーロッパ諸国などとの国際協力が不可欠

(2)ミサイル部品は高い技術で高額な特注品を使うことがほとんどだが、民生用部品でも可能で、その場合、コストははるかに安い

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まず、(1)についてですが、例えば、中国はアメリカから機密漏洩を嫌われ、国際宇宙ステーションに入れてもらえません。

そのため、独自に宇宙開発を進めています。

中国ほどの生産力、技術力があれば、単独でも宇宙開発は可能ですが、北朝鮮単独では、本来、極めて難しいはずです。

国連の制裁決議がある以上、中国、ロシアも表立った技術支援は難しいと考えます。

(2)についてですが、特注品を生産できる技術、生産工場が北朝鮮にあるとは考えにくく、民生用部品での対応と考えられます。

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外国メディアによると、3人ほど傑出した技術者がいるようです。

イランの核開発疑惑の際には、4人の技術者が暗殺され、イランとアメリカなど、西欧諸国は関係改善を進めました。

現在、金正恩委員長以上に、北朝鮮のミサイル技術者は暗殺に対して警戒しているのでは、と考えられます。

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さて、警戒、避難対策ですが、

北朝鮮ミサイル発射、早朝の街に警報音が鳴り響く

にあるように、6時2分にJアラートが発動され、ミサイルが北海道上空を通過したのが、4分後の6時6分です。

もっと時間があることが望ましいのですが、これが現状です。

この4分をどう見るか。

もちろん、十分ではありませんが、「ない」よりはずっとましです。

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緊急地震速報と同様かもしれません。

緊急地震速報は有効!


緊急地震速報の有効性を疑問視していました。

「数秒後に地震があるって、聞いたって、何もできやしない」

違うんです。

数秒前に地震が来るって、知っていて、地震が来るのと、いきなり知らずに地震が来るのでは。

まず、これから地震が来る、という心構えができます。これが一番大きいでしょうか?


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なぜ北朝鮮のミサイルは“これまでにない脅威“で、迎撃しなかったのか

日本だけでなく、アメリカも直接国土を攻撃された場合以外は、北朝鮮のミサイルを迎撃しないでしょう。

なぜなら、迎撃に失敗した場合、迎撃システムのレベルを北朝鮮だけでなく、自国民、世界に露呈することになりますから。

とにもかくにも、この北朝鮮の危険な兆候は、困ったものです。



2017年08月28日

現象学の異境的展開「江戸の身体観・死生観〜現象学的アプローチ〜」

という案内が来ました。

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新しい「普遍学」をめざす現象学の運動は、拡大と進化を続けている。

それは、幾つもの国境、地域と地域、人と人を隔てる境界線を踏破してゆくと同時に、それらの境界線をめぐる攻防をも刻みつけている。

地域的な広がりとともに、現象学は、精神医学や教育学や宗教学、さらには芸術など多様な分野に「応用」されている。

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ちょっと難しい案内文です。

今日は伺ったお話の紹介ではなく、伺ったお話をベースに考えたことを書きます。

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文化、社会は国、地域により異なり、その変化、進歩は急速です。一方、人間の身体的特徴の国、地域による違いは、文化、社会に比べると小さく、変化、進歩もゆるやかです。

そんなことないよ、という人もいるかと思います。

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引退したボルト選手の100m世界記録が9秒58、日本記録が10秒00、1/20の差です。また、足が遅い人でも100m20秒くらいで走れるでしょうから、1/2の差です。所得、資産、技術などの差に比べると、小さいものです。

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とは、言いながら、20世紀前半までは、大半の人が40歳までに亡くなり、どんなに生きても限界は60歳、70歳まで生きる人は「古代稀なり」と言われていましたが、先進国では平均年齢が80歳を超えるようになりました。

一方で、途上国では、いまだに40歳までに亡くなる人も少なくありません。近年になって、先進国の向上により、その格差が拡大しています。

寿命が40歳と80歳では、健康、人生、生活に対する考えも大きく違ってきます。

寿命が急速に伸びたのは、食糧生産力増強、食糧の冷凍冷蔵保存技術の開発による食糧危機回避、栄養改善および抗生物質の発見による医療の進歩によるものです。

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再生可能エネルギーによる電力が貯蔵できるようになると?

南蛮菓子の伝来と貿易―グローバル・ヒストリー的に


食物の冷蔵手段がなかった時代、食物の長期保存のために、塩、胡椒などの香辛料は重要で、その主要産地インドとの交易は大切だったのですが、陸路では輸送量が限られ、大量輸送が可能な航路の探索が重要な課題でした。


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医食農イノベーション、グローバル・フード・チェーンへ


人々は早い時期から「火」を使って、煮る、焼く、炊く、などの調理行為を行ってきました。

ただ、肉、魚、などの生鮮食料品を家庭で保存できるようになったのは、昭和30年代の冷蔵庫の普及からです。

それまでは、肉、魚、などを長期に保存するには、煮干し、鰹節など、乾燥させていました。

家庭で、冷蔵、解凍できるようになってから、生産、流通にも劇的な変化が起こっています。

・20世紀後半から食料は生産力が過剰、余っているのではない、生産調整。

・穀物価格は高騰はしていない。乱高下しているだけ。原油価格、銅価格と連動。


食料の保存が難しかった時代は、人口は食料生産量に依存し、一時的な余剰はあっても、慢性的に不足していました。

食料の貯蔵技術が進んでいない時代には、飢饉など食糧不足に見舞われました。

昔の平均寿命が短く、著名人の寿命はそこそこ長いのは、食料危機になると、裕福な人以外は、栄養不足でなくなったためです。

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ところが、農薬の進歩、品種改良、機械化に加えて、冷蔵保蔵できるようになり、食料不足は原則的になくなり、むしろ価格を維持するための生産調整、食べられるのに捨ててしまうフードロス、などが問題となるようになりました。

平均寿命が伸びたのは、医療の進歩もありますが、食料の保存技術によるものが大きいです。

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生物多様性学の最前線

医学上の大発見が、

抗生物質の発見

でしょうか。

ペニシリン、ストレプトマイシン、カナマイシンなどの抗生物質は、人類にとって強大な脅威だった感染症──コレラ、赤痢、破傷風、結核、食中毒など──に優れた効果を示しました。

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最近の研究では、同じ遺伝子のセットでも、環境が異なると、異なる生体発達をし、進化は数世代にわたり、数千、数万年かかるものだけでなく、一つの世代、個体で数週間、数年で行われるものもある、ことがわかってきました。

環境が変化すると、細やかな対応ができるのが生物の特徴です。

最近の死亡原因のトップは「がん」ですが、年に1回の定期検査ではなく、血液検査、常時測定で早期発見、治療が可能になれば、より寿命が延びることも期待できそうです。

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さて、興味深いことは、このように寿命は大幅に伸びてきたのですが、徒然草など、古くからの文学作品をみると、30歳くらいが体力、気力の全盛期、それ以降、老いが始まる、とされています。

これについては、寿命が大幅に伸びた最近でも、大きな違いはありません。

徒然草大全(高田宗賢 1677年)などをみると、60歳近くまで生きて、髪は白くなり、腰は曲がって生きているくらいなら、「四十に足らぬほどにて死なんこそ」40歳になるまでに死んでしまった方が、という考え方もあったようです。

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プロスポーツ選手でも以前は35歳くらいには引退する選手が多かったのですが、最近は40歳過ぎまで活躍する選手も少なくありません。

老化は始まっても、それとうまく付き合いながら、現役を続けることはできそうです。







2017年08月21日

「写真ワークショップVol1.?写真と心理学を考える?」

という案内をいただきました。

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「被写体の心理」に関する研究内容をベースとして、写真と心理との関係について楽しくお話できたらとおもいます。

特に、「撮られることが苦手・・」という方にご参加頂けたら嬉しいです。

また、人を撮る機会のあるフォトグラファーの方にもぜひご参加頂ければと思います。

人を撮ることが好きな方、もっと人の撮影が上手くなりたいと思っている方、ぜひお気軽にご参加ください。

撮影技術や知識とは一味違う、被写体とフォトグラファーとの関係性や撮影環境による被写体への影響などを理解した上での人物撮影のあり方や意義について、皆さんとお話できればと思います。

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ここ10年あまりの間に、写真はフィルムからデジタルに急速に変化しました。

フィルムの時代には卒業式、運動会、旅行など、非日常の記録のための写真が主でした。フィルム、現像は有料で、写真の枚数も限られていました。

それが、急速にデジタル化し、Instagram,FacebookなどSNSへの投稿、シェアが普及し、日常生活の表現、シェアの手段、媒体へと進化しています。

また、これらの写真をアーカイブ化することにより、特に意図することなく、日常、非日常の生活が記録されていきます。

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この主催者の方のイベントには何度か参加したことがあり、その様子は、

コスカ写真展「cuteait for you(かわいい人物写真)に行ってきました

Marco展“イツモ”のわたしから“ハジメマシテ”のわたしへ

に書いたのですが、

カメラがアナログからディジタルに変わり、フィルムも現像も不要になり、さらには携帯電話、スマートフォーン、タブレット端末に組み込まれ、常に持ち歩き、どこでも簡単写真が撮れて、しかも発信できるようになりました。

これにより、記録アーカイブ(いつ、どこに、誰といて、何をしていたのか)が、特に意識することなく、形成されていくようになりました。

また、写真には「記録アーカイブ」に加えて、「表現・アート」の機能も持ちます。

絵を描く、アニメをつくる、のは、才能がないと難しくても、写真ならば、もちろん、うまい、へたはあるものの、誰でも撮れます。

写真はアートのハードルを下げ、誰でもできるものにしてくれています。

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写真は撮影者も被写体も、予想だにしない本質を、時として表現することがあります。

ひとりひとりが見せる、本人も気付かない、一瞬の表情を、特徴を引き出しつつ、表現しているのが楽しかったです。


またFacebook,Twitterのアイコンだけでなく、個人の情報発信、紹介用のホームページなどに、有名人ではなくても、個人の写真が使われる時代になってます。

ウェブ上の写真で印象が決まってしまったりします。

こういう写真は普段着よりも、ちょっと「よそゆき」にメイク、ファッションに気を付けることが大切だったりします。

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身体に出る、身体はウソをつかない、バロメーター、表現手段としての身体

に書いたように、

身体、感情はウソをつきません。

本人の意図とは関係なく、無意識、反射的に本心、本音、実態を表現します。

その一瞬の、本人も気づかない、本人の表情、表現を映し出すのが写真だったりします。

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自分と対象とのインタラクション、さらに、その受け手へのコミュニケーション

に、写真家篠山紀信氏のお話、


写真は直感、ひらめき。光の照射、撮影する方向などは当然検討するが、結局は一瞬のひらめき、直感、臨機応変

被写体がどう撮ってほしいか?感じ取る

最初に撮った1枚を、何枚撮っても超えられないことがよくある

一芸に秀でた人は、それだけではないところを見せたがる

写真家と被写体の間の壮絶なコミュニケーションがある、しかし、それを表現するのは難しい。そういう時は演出する

風が吹き抜けていく感じで、自分の存在が感じられない、写真を撮りたい


と書きました。

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表現、シェアの手段、媒体、さらにはアーカイブとしての写真、撮影者と被写体、受け手の関係の進化が楽しみです。








2017年08月09日

外交政策におけるシンクタンクの役割−アイデアからアクションまで−アメリカ大使館主催
という案内が来ました。

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世界はめまぐるしい変革の時代に突入しています。

日進月歩の技術開発、近代化とグローバリゼーション、各国で広がる大衆迎合主義(ポピュリズム)の台頭、そして政策と実践として築かれた国際的な規範への挑戦。

これまでになく世界中の人々が繋がり、個人が様々な影響力を持つようになった世の中で、その変化の波は国境を越えて進んでいます。

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それでは、このような進化の時代に各国はどのように適応すべきなのでしょうか?

本講演では、こうした時代の変化にシンクタンクのような政策研究機関が果たす役割について、専門家達を迎えて考察します。

シンクタンクはどのように機能し、アイデアをアクションへと深化させ、課題の克服に貢献できるのか。

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製品、サービスを販売するのに、研究開発部隊がいるように、外交だけでなく、通商、農作物、科学技術などにも、政策を立案し、実務を行う部隊だけでなく、一歩引いた立場から、幅広い視野で俯瞰し、政策、戦略を立案する機能が不可欠です。

基本的には政策、計画立案と実務は密接に連携していることが望ましいのですが、現在のアメリカ・トランプ政権の温暖化政策のように、政権を批判する場合もあります。

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以前は実務を行う政府、官僚機構が政策、計画立案を行っていたのですが、社会構造が複雑になり、時代の変化が急激になると、

実務からは一歩引いた立場で、幅広く全体を俯瞰し、現に起きている事象の理論的背景を踏まえつつ、政策、戦略を立案する機能が必要になりました。


そこで、実務と、主に大学で行われている理論研究をつなげる役割としてのシンクタンクが、

アメリカでは1910〜1920年代、ヨーロッパで第1次世界大戦が勃発し、戦費をまかなうことができなくなったヨーロッパ諸国が金本位制を放棄し、紙幣を乱発した時代に始まり、

1960〜1970年代の米ソ冷戦時代、宇宙開発、核兵器開発競争の時代に大幅に増えました。

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日本では1970年代に、シンクタンクの原型が始まりました。

日本では、官僚機構、特に大蔵省、通産省、外務省などは優秀な官僚が集まり、政策立案にも長けていましたが、

ベトナム戦争の疲弊により、アメリカが金とドルの交換を停止する、ニクソンショック、さらには、第二次世界大戦後の通貨の枠組みであったブレトン・ウッズ体制が終結させ、固定相場制度を軸にした通貨体制から、金融政策の独立性が高い変動相場制度へ移行しました。

それまでは欧米を追随していればよかったのですが、独自の政策、計画を立案する必要が出てきました。

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この辺の事情は、

宿輪ゼミ「国際経済金融」変動相場制開始から40年、通貨政策は?





経済、政策、国際社会の振り返りから見るアベノミクス


アメリカのニクソン大統領が1971年8月に金とドルの交換停止、いわゆるニクソンショックがありました。

これは、アメリカが1960年代後半のベトナム戦争などによる、財政支出を受けてインフレーションの加速や貿易黒字減少など、景気過熱気味で経常収支が悪化するアメリカは、歳出が増大する一方で歳入が減少し財政赤字が急拡大し、急増する失業者を前に国内雇用維持のためには財政支出が必要と考えられており、ジレンマに悩まされます。

ドルと金と交換するのであれば、ドル紙幣を大量に発行することはできません。そこで、金とドルの交換を停止しました。これによりドル紙幣は、政策的に発行できるようになりました。

さらに、1971年12月に、いわゆるスミソニアン協定のより、1ドル360円から308円に切り上げられ、1973年2月14日に、第二次世界大戦後の通貨の枠組みであったブレトン・ウッズ体制が終結させ、固定相場制度を軸にした通貨体制から、金融政策の独立性が高い変動相場制度へ移行しました。


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ブレトン・ウッズ体制とは、第二次世界大戦後の通貨の枠組みですが、第1次大戦(1914〜1918年)前は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ、日本も、紙幣を金と交換できる、金本位制を採用していました。

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1914〜1918年の第1次世界大戦前は、アメリカ、ヨーロッパは金本位制という、金と通貨が交換できる制度でした。

これにより、通貨の価値は金で保証されていました。

戦争には、兵器、物資、食料など、大量の需要が発生します。

主な戦場はヨーロッパでしたが、直接の戦場ではなかったアメリカ、日本には大量の製品の発注があり、工場はフル稼働で生産し、設備増強しても、生産が追いつかないほどでした。

アメリカ、日本の企業は大儲けし、「戦時成金」が発生しました。

この発注に大量の通貨が必要なため、金本位制は一時中断していました。

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それゆえ、通貨の価値は下がっていました。

さて、戦争が終わり、平和がやってきました。

アメリカ、ヨーロッパは金本位制を再開し、日本も行いました。

ところが、戦争でふくらんだ通貨は、もはや金とはバランスしません。

順調な経済をもたらしていた、兵器、物資、食料などの発注もなくなりました。

そこで起きたのが、1929年のウォール街に端を発した世界大恐慌です。

結局、この世界大恐慌を乗り切ることができたのは、第2次世界大戦の勃発まで、待たねばならなかったでしょうか?


に書いています。

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日本のシンクタンクは官庁の所属の他、三菱、野村総研あるいは銀行系、生保系など、いくつかのシンクタンクがあります。

政策、計画立案をシンクタンクが行うのか、官庁が行うのか、時代、社会、政権の動き、と共に推移しています。

基本的には政策、計画立案と実務は密接に連携していることが望ましいのですが、

社会、時代、地政学的な情勢により、その関係は大きく、激しく推移します。

現在のアメリカ・トランプ政権の温暖化政策のように、政権を批判する場合もあります。

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アメリカでは民主党と共和党の政権交代がありますが、政権につくと官僚として実務、政権から外れると、シンクタンクで政策研究、

というスタッフが多くいます。この形式がよいか、悪いか、いろいろありそうですが、この制度のおかげで議員、官僚が即戦力、政策通で、素人が大臣、副大臣、政務官に就くケースが多い、日本とは異なるようです。




2017年08月06日

夏の疲れは身体に出る、無理は身体に出る、気持ちは身体、特に顔に出る、などなど

本当に身体は正直なようです

痛みを検知し、病気、けがなどのセンサリング機能としての身体、

無理して働いた、あるいは、酒を飲み過ぎた、結果が現れるバロメーターとしての身体

気持ちは身体、特に顔に出る、状態表示としての身体

少し異なる視点からは、「理屈ではなく身体で覚えろ」など、学習媒体としての身体

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これまでに考えたことを整理してみます

アートとクリエイティブティーのトーク「身体は「うそ」をつかない。」


身体は「うそ」をつかない。

表現する自分の身体、自分の身体なのに、自分が思うように動かない


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タコツボでの局所最適を目指すのではなく、全体を俯瞰して、win-winな関係を


感覚を回復する。感じ取ったことについて考え、受け止め、自ら変化する。

ただし、「感覚を回復させよう」という意識が感覚を停止させるジレンマ。

感覚を捉えようとするのではなく、感覚を含め、何かを捉えようとする態度を放棄する。


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身体、感情、直感は、うそをつかない、正直なバロメーターで、未解明な神秘な部分がほとんどですが、

「未解明な神秘」のブラックボックスのままにしておくのではなく、構造化、言語化して、少しでも解明していくのが学問の役割だったりします

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無意識、反射的をどうやって言語化、再現するか?


制御理論を人間に適用する場合には、目、鼻、皮膚などの知覚センサーを基に、脳が手、足などを制御する、ではうまくいきません。

目、鼻、皮膚などが知覚センサー以外の計測センサーを付加する

に加えて、無意識、反射的などのブラックボックスを言語化、構造化する、ことが必要です。

「言葉にしにくい」ことを言語化し、「理屈ではなくて、身体で覚えろ」と言われていたものを、理論化します。

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脳波、脳血流を計測したところ、超高周波音は耳ではなく、全身で聴き、感じていることが分かった。つまり、耳だけで聴くのではなく、全身を使って聴いているのです。

脳は目から入った情報だけで判断するのではなく、目から入った情報をこれまで自分が蓄えてきた知識と照らし合わせて判断します。

目で見て、耳で聴く、のが基本ですが、実はそれだけでなく、全身の感覚を駆使して、これまで自分が蓄えてきた知識と照らし合わせて、状況を知覚、認識し、判断して行動しているようです。

錯覚は変に見えて不思議と言うだけでなく、外界を心に映し出す近く情報処理の本質を解明する格好の材料でもある。

また、錯覚を利用することで芸術作品に臨場感を与えるし、視界を明瞭にする技術にも応用できる。


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自分で守る健康社会、健康の自分ごと化


これまでは「患者の自覚症状により、通院する」というパターンでしたが「計測データから未然に対策」が現実のものになりつつあります。


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とりとめがありませんが、「未解明な神秘」のブラックボックスの「身体」を少しでも解明していきたい、と思います。



2017年08月04日

早稲田大学伊藤比呂美氏講演「アメリカと私、「日系」人としての私」・「人生相談ライブ!万事OK」

という案内が来ました。

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伊藤比呂美さんは、文化芸術活動において著しい貢献を認められ、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞しています。

今日は日系アメリカ人、人生相談の2部構成です。

どちらも、外から見るのと、実際に当事者になった場合では、全く違うことだったりします。

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「アメリカと私、「日系」人としての私」

アメリカ、トランプ大統領就任で、揺さぶりが起きて、いろいろな問題が露呈したが、一時期の激動は治まって、トランプに揺さぶられるのではなく、トランプは放っておいて、それぞれが進むべき方向へ進んでいる。

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日系アメリカ人、太平洋戦争中のため、日本語を話さない時期が長かったため、二世三世は、あまり日本語を話せない

パスポート、ビザのオーバーステイは「犯罪」と同等。いろんな局面で著しく不利になるので、絶対にやらないこと

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海外に駐在する日本人、駐在している国のことにはあまり関心がなく、日本への帰国のことだけを考える人が多い。

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「人生相談ライブ!万事OK」

本当の「自分」がみつからない、というが、「自分」なんてあるのか?状況に応じて、フレキシブルに生きていくのが人生ではないか。

例えば、子供が生まれて、生活が変わった人は、しばらくは、元の生活は取り戻せない。

人の気持ちは変わる瞬間がある。でも、いつ変わるかは、わからない。

受け入れられないならば、受け入れなければよい。

放っておく。言いたい時だけ、言いたいことを言う。ただし、追い詰めない。

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「死後も意識がある」そう考えるのが宗教。すると、死が怖くなくなる

自分で直接、自分に対応するのではなく、自分を外から客観視して、対応する。

理不尽なことに遭いそうになったら、逃げる。理屈は置いておいて、とにかく逃げる。

50歳を過ぎると、今、抱えている、いろいろな悩みから解放されて楽になる。ただし、新たな悩みを生まれるのだが。

「断られる」たびに、自分が拒絶された、と感じるが、実はそうではない。繰り返し、断られても、自分が拒絶されたのではない。

寝る時に、今日良かったことをひとつでもいいので、思い出す。

朝、思いついたことを必ずやる。

付き合わなくて済むならば、付き合わない。いやなことはやらない。

歳を取って、性格が改善することは、ますない。通常、もっとひどくなる。

母と娘の問題。最終的には、娘が折り合いをつけて、許す。

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人生相談では、同じ質問でも、相談者の状況によって、答えが全く違うことがあります。

答えは最終的には本人が見つけるしかないのですが、

「自分のことがわからない」ときに「自分ひとりで考え込む」と「胃液」しか出てこない理由!?

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自分のことがわからなくなって、自分一人で考えこんでしまっても、何も出てきません。

こういう時は、「他人という鏡」を通して、自分を見つめるのがよさそうです。

自分では、自分が見えないので、他人から見てもらい、ヒントを得ることができそうです。





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