2008年10月30日

少し前のクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」は勝ったアメリカ側からだけではなく、日米双方から見たもの、ということでした。

そうは言っても、やはりアメリカ側の視点はぬぐえませんでした。

例えば、このタイトルは「「いおうじま」からの手紙」でしたが、その後、旧島民から「いおうとう」と呼んでいた、という申し出により、国土地理院は島の名前を正式に「いおうとう」としました。

物語は、通常、勝者により、勝者からの視点で語られます。

敗者は、どう言っても、何と言っても、「言い訳」「愚痴」「負け惜しみ」にしか、聞こえません。

企業間の争いでは、ビデオテープの「VHS 対 ベータ」、次世代DVDの「ブルーレイ 対 HDDVD」が思い浮かびます。


1980年代まで家庭用洗剤の分野では、花王とライオンがお互い35%シェアを争っていました。

ライオンが、河川の汚染を防止する無リン洗剤「トップ」の投入で、一歩リードしていたでしょうか?

この頃、洗剤の小型化が検討され、花王もライオンも技術的には可能なところまできていました。

ところが、当時は、洗剤の箱に注ぎ口を開け、そこから、目分量で洗剤を入れていたため、量が少ないと、損をした気分になり、テスト販売では消費者から不評でした。

花王、ライオンの経営陣ともに、小型化には慎重な態度でしたが、結局、花王は当時の丸田社長の決断で小型化洗剤の発売に踏み切り、ライオンは主力製品「トップ」の売り上げを喰ってしまう小型化洗剤の発売は行いませんでした。

その後、お互い35%程度だったシェアは、花王が50%に上がり、ライオンは20%に落ちました。

コンビニエンス・ストアの普及が、小型化洗剤にマッチしたのです。

その後、これを契機に、花王は1兆円企業に成長し、ライオンは3000億円企業のままにとどまっています。

花王は、同じ時期にフロッピーディスクの製造に乗り出し、一時は世界シェアの15%を獲得しますが、その後、さっさと撤退しています。

これについては、多くのビジネススクールのケーススタディーに取り上げられ、「経営トップの決断力の重要性」とされています。もちろん花王側からの視点です。

では、「経営トップの決断力」が重要なのは、間違いありませんが、それだけで、すべてが決まってしまうのでしょうか?

経営トップが決断を誤れば、社員も一緒に沈む、いやならば会社を飛び出す、しかないのでしょうか?

ライオンの技術者たちは、経営トップの決断に影響を与え得なかったのでしょうか?説得できなかったのでしょうか?

ライオン側からの物語を聞くと、「実はそうでもない」ようなのですが、ここでは書けません。

敗者からの物語も、もっとたくさんビジネススクールのケーススタディーになるとよいのですが?




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